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拝小

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(1)

声 ヲあげ候 二付 .不計 お よびへ共析 .御状箱遥

拝小

川へ うつむけこ落 テ直様 お き上 9近所 之 家 二持込急 二心配仕見便所 .格月雌 所等 も無之 .彼是致候 中延刻 二相成候而 ‑恐入供 二付 . 持参候所送 b状 ・桐油 ・御封 En等価居候 二付 ,如何之蔀鼓御 野坂成僚 二付 .久世近所 二両落 ち候様 申侯得 とも.なぜ久世へ沙汰不致哉 之御答 も可有御座故 と奉存候処 .勝山椿より落 ち候 冒.申上置候 旨申立 .右廿三 日夕,取調

と述べ ているO この よ うな継 送 b中の郡故性.御状箱延着 の原因 とな b,水懸D.又は病気 等 の附紙 を以 ってニ ッ判I‑L十五.六 日tn:ち.又三 ソ判は公用で至 って急 を要 す る場合で ある のVE,それが特 上′こLTt十 日 もかか って届 くことがある と松江津庁 よb各継 所の道中吟味役人は 注意 を受け ‑LいるO その為 ,遺中吟味役人は荷物 仕出 しの節 とか.道 中で飛脚 に出合 った節 には.送状等 を改め て.刻付 ・天気相等 まで も吟味 忙及んで遅滞 のをい よう.又飛脚が不将 をことを しない ように心 を配 る梯 しば しば申 し付け られ てい る。

‑ 御状箱持賃銀割増願

御状箱特 の頂鎖割増願 いは.一般 に階候家中が備稚 忙 よって使用す る人鴨の御定訳銭 の 増額 を幕府vc対 し.願 い出てそれが許 され ると.七旦飛 脚鮎 送 b脚夫貨銀 に対 しても同 じ歩 合 の割増額 を松江拝 忙申 し出 ているO文化以降 の刺増築硯 の状態 奇襲示 すれば次の如 くであ

る。

文久二年 の文郡 に よると.幕府へ通行者 に対 す る御定頚城 の割増 を願 い出 てその年 の六月 よb五 力年間七割増御 了憶に浸ってお り.それ忙伴 って御状箱持TE銀 も七割増 K と松江群忙 願い出てい る。 しか し,翌年 の文部 に よるとこの株頗 性四鼓lj増御 了筒vcとどまってい ること が わかる【 この よう女御状箱項銀刷餌願 いの理 由 と して. ここ拾四五 ヶ年以来 の鉦相場 の下 霜 .諸色の高値特 に異 国船渡来以後は御状箱の夜行 に必要 をろ うそ くが前代未聞vc高 くなっ てい ること ・御状箱 を迎ぷ仕事 忙対 す る人気が菅 ほ どでは な くを ってお り.夜行難儀 な仕tqTr を城ひ.売沓/」、債 の類 に心 を寄せ る為持人不足こと.昔托御軟箱 目方が六貫 目召人拝 の定 めであったのが .今は五H 巳を待人が 申立 てるためそれ以上 の時 Lて虹増日朝 を出 してや った D.又 は弐人づって走 らせた bすること.当駅東西典範12の総 合 であ D.山Fr府畔 で抜手問 がかか 銅 垂刻 になるため通 し人足 して松立 させてお .時 々多分の僻銀 を董 遺 し.風雨夜 中 雪 中等 の時蛇管荷 vc三 ,四人 も差立 てす ること苛 々を掲げ内損が多レ・・ことを述べ てい る。そ

l::‑

(2)

に してもこの よ うに久世駅 が通行者継送

D

と同額 の七割 もの御状箱貸銀 割増轍 い を して いるとい うことは.継 送 Dを純負 ってL^た本陣 と しての財政難 とも開運 してか b.水練 と して しば しば松江藩へ拝借銀 を願い 出てい るが .そ の返済 は飛脚の諦負銀等で年賦払いの 方式 をとっているので ある。久世駅 に限 らず.幕末 の痛財政の窮乏は文久頃 を境 と して急 速 忙悪化 しているoそ して宿駅制度 も間 もな く契質的 に適営団#(/こ陥 っていったのである。

そ してやが て明治 の新政府が起 ると.明治四年郵便制定 の規定 となって. これが飛脚制度 に取 って代 るように食ったのである。

御状 箱賃銀割増 (世 .正徳 二年 を元賃銭 とした場合)

年 代 l久 世 駅 西継合 (勝 山.美甘 .新庄) 束継 合 (坪井 .津山,勝 間田) 文 化 文 化11年 (1814)‑1 ̲ 文化10 (181弓)

(1804‑) 面

文 政

∩818‑) 五年カ 文政占 (1825)

天 保 天保15(184ろ‑i l 員

(1854‑) 副 駅 品

# 永 冒 Vこ 三 題 永 元年l (184

9=

五 節

∩848‑) 餐カ 継I

安 政 l V冒E 安政5 (1858)一・・一」 轟

(1854‑) ‥ 1859)「 山

万 延

(18占0‑) 継節 五l

カ 二刺幽

文 久

(18占1‑)( 文久来ル卯が東西 とも七割増了簡下 さっているは三割五分増は御(但 し函解合新庄迄2(年 41867ろ 4

i]

占月1月迄 分間刺五 1

(3)

5 道 路 交 通

イ 久世町 の現在 の道路 久世町 の道路

主 要 道 路 久世町 内総延長 平 均 暗 点 舗 装 延 長 舗 装 率

国 道 181号 線 7.5 Km 4.5 4 55

県 道 中和久世 9 4.5 2.8 5 1

腺 道 雷東谷久世 9 4.5 1.5 17

地方道 久世建部 2 4.5 2 100

県 道 目木 .大庭久出 1.5 4.5

0 0

行 当 .定池 1.5 5.□ 0 □

西原 .久世 1,5 4.5 0,5 58

余野上 .鏡野

4.5 □

0

余野上 .久米

2.5 0

0

久世町の道路は.せず鹿西 に国道 18 1号藤 これは東へ24Kmで津山VC通 じ.西は勝 LLJ へ5Km苔 ら忙 7 5Knで米子 vc通 じるo久世町 の町 中で性西の町境 よ り郡是製糸工場前 まで幅 員 が 815m .郡長前か ら役場 まで新道托 して偏 1 1,4m,役場 か ら東境 まで又a Smの 「r]と なってい るo この国道は以前は役場前 か ら久世銀座 を通 っていた ものを昭和5 9年 vc北側 vc との幅員11.4mの広い道路 に切

b

換 え を完成 し.里 40年1月か ら通行開始 してい る。南 へ牡.主賓地方道久世 ・建部瀕 で岡山へ75Kn.約1時間半かか る. この道路Jji現在 ,国道 18 1号糠 .さ ら

V

C津LIJか ら束へ接続す る風道179号瀞が悪路 のため.阪神方面への岡LIJ 回 Dの荘園蜂 と して.交通玉は;多V,O又 .岡山か ら米子 ・島根方面へ通 じる近道 と して盛事 で あるO平均怖負は表 の ように6.5mであるが.二扱国道か ら中原怒 までが狭 く.大型 トラ

ックで紘朝7‑ 9時 夕方 4‑8時 の ラ ッシュ7 ワ一にかい ては充分 で ない。北方面へ は大 倉 を迫 って中和村 .さ らに倉吉へ抜け る県道中和 ・久世瀞 ・宮原 を通 って奥津か ら人形蝉 を 通 9.倉吉方面へ抜ける禽東谷 .久世礎 .いずれ も倍見 4 5mで巾鉄 バスの定期便が通 って

‑ 179‑

(4)

い る。 この他県道 と しては下原 か ら落 合の河 内へ抜ける西原 ・久世凱 白木か ら大庭へ の 目木 ・大庭G .行当皆原 の行 当 ・定池磯が ある。 この他町道の総延長は 8 9・8Kmで内舗装 延長は 6.5K皿.街路 綻全部舗装 (簡 易舗装) してあ り.簡易舗装が北へ北‑ と伸びてい るo その他 の道路設備 と して.町 内踏切 (姫新線)教 1 0の うち信号機 のある もの4.又橋梁 は ,上表 の道路

上 にあるもの126 梁 の うち永久橋

(コンク リー ト 7 ス フ 丁ル ト作 b) は5 7で ,

数 総延長 (皿) 総延 長割合

木 橋 ‑

永 久 橋 5 7 2 8 7.4,1 0.25 10m

上の橋 .2 9 8 8 4.9 0.7 8

10m以 上の橋

(但永久橋 ・木橋 を含む) は29とそ の数姓少 ないが総延長 1,14 OldSm中の約78確 を占める。 尚.木棒 は数が多いので統酎で きない。道路信号機ttt.国道18 1号細 の姫新 線久世駅交差点

v El

カ所 ある。 中国僻耳

加立道 の落合 インターチェンジが本決 Dと13:っ た現在 .久世 で もそれに接続 す る助骨道 路の豊 帆 国道181号船 の5反 一 役場前の 間 .約1,5 0 0皿の切 り換え=串 .三坂川下流 の久世橋上 75:どの河川工事等が急 ピ ッチで 進んでいるQ

ロ 道路交通丑 a 」 投交泡立

下表 は園の番号 の地点 にかいて観軌 した ものであるO

久世町内 .交通 鮭 (役場調査)

歩 行 者 自 転 車 二 輪 車

1. 役 場 前 8 9 9 2,4 0 0 1.4 19 4.占 2 8

2. 下 原 1 7 1 9 9 2 2 d l 1.4 2 4

5. 中 央 町 1,5 d d 1.7 59 1,5 09 4.4 5 4 4. 高 瀬 1,4 5 4 1.5 4 9 1.0 52 5.8 5 5

計 i 5.8 7

0

6.5 2 0 4.0 5 1 14.5 2 1

‑ 18)‑

(5)

軽 自動 車 普 通 乗 用 普 通 貨 物 iS 客 室 特殊 偶逸走

1 7 4 2 4 2 8 8 占 1 2 58 5 6 2.5 2 5

2 巨 ,9 d A 10 5 10 1 5 5 42 4

5 l 9 5 8 占 4 1 1.18 4 5 4 5 5 8 5.1占 占 4 70 5 5 占 1 1.0 5 1 2 15 4 6 2.5 7 占

5 5

与 一 一一181魂 まず歩行者 と自転輩 についてみ ると・旧 . 国道 (久世銀座) を商店街 vcL.国道 は J2 ' 北 vcつけかえたため.歩行者 比.中央町 高瀬 の商店街付近 に集 中 し.又少 しはな れた役場前 では 自転車交通丑が多 くなっ てL^るO

又 自動克類 では普通if物 が圧倒的 に多 く役場前 .下原 .中央町で2 : 1 高瀕 では5 : 1忙

もなってい るO普通貨物 は役場前 ・中央町で 自動直 全休 の5割 を占め.高瀬 では4割 4分 を 占めてい る。下原だけは一般的傾向 を示 して,軽 自助束が一番多いO又 この交通史 を時間別 にみてみ ると.下の折れ故 グ ラフが示す ように歩行 者類 ・自転車軒 は起伏がはげ しい.歩行 者勅 は7‑ 10時 .12‑ 15時, 15‑ 18時 に ピー クが ある。朝夕食 と一致 してい て.

買物 に出るためであるo又高瀬 で8‑ 9時に 408を こえるのは. これ旺久 世高校 の生徒 の 通学時間 vc当るためで.久世町内.あ るい忙姫新 線久世駅 で下車 した生徒 達が徒歩 で中島の 久世高校 tR:登校す るO 自転車類は大 きく 7‑ 1 0時 .15‑ 19時 に極大が あるが. これ も 通軌 通学 .買物 のためである。二輪茸 忙なる と7‑ 8時が多 くた 9.朝 の t=l‑クが1時間 早 くをってい るのが 目立 つが . これは二輪巷 の通勤 ・通学はか 7Eb.自転車 よbさ らに逮 L^ 所 vcなるか らであるO 自動車類 は12‑‑ 15始 の在小 .16‑ 18時の梅大が あるが他 の5 つくに比べ るとか

なb

一定 しているo これ比やは

b

自動直 が仕歩 vc使 われ てい るか らで あ る.

‑ 181‑

(6)

4 00 5 0 0 ー

2 0 010 0 歩 行 者.賦

/I ①⑦ 役場前下 原

/ / /

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I

④ 高 瀬中央町

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∫I 〜 I I 1

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7 8 。 10 11 12 15 14 15 1占 17 18

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4 8 0 5 0 0

2 0 010 0 L ①②((多 中央町垂 高 瀬役場前下 原

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/ / \I @ 7 8 9 10 11 12 15 14 15 16 17 18

〜 〜 〜 〜 〜 〜 i 〜 i 〜 i く

8 9 10 11 12 15 14 15 1占 17 18 19 時

1 182‑

(7)

S O D

2 010 0.〔) 自 動 尊 類 一

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ら ⑦

7 8 9 10 11 12 1

5

14 15 1占 17 18

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一 二l輪 逢 瀬l

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18

貨物 が多い ことを上 述 したが久世町 の保 有 自動蕊台数 をみ てみ る と表 の よ う把 を

J h.

伸 び賓

と して托 .′」\̲q無 用が圧倒的 に多 く昭和5 5‑ 40年間に 2 1倍に もなってい るO 次 いで普 通公物 で9Jr.k]・.又昭和4lif.eの きみ る と小型頚物 の伸び虹めざ 王 しく,昭和48‑ 4 1年 の 1年間に 1.7倍 に も7TJ:ってい る

砦物 が 伸びてい る とい うこと虹 トラ ック簡送が伸 び てい る ことにつ なが る。

‑ 185 ‑

(8)

久世町保有 日動車 台数

年 次 l普通公物 小型貨物 普通乗用 小型乗用 I特殊 自動卓 軽 自動車

昭和5 0年 l 5 7 1 7 r 5 占

占 4

昭和5 5年 18 10 9 1 15 1 1 7 1

昭和4 0年 1占 4 4 5 0 9 5 25 7 1 4 5 4 昭和4 1年 2 1 7 7 57 10 4 5 7 9 5 5 5 0

.伸翠 555044ii13 年年 I 94.l l.4 5 4.152.占 5 95 5 42 1.1 7.占 7 7 1

72.0 9.4 占 41 年

40 1.5 2 1.65 1.1 1.4 1 1.5 1 1.2 1

l

年 次 原付 自陣 自動二輪 I) 方面別交通丑

昭和5 0年

aの項 で1物 日加重 が多い ことを述べたが 昭和5 5年 5 15 2 1

自動克交通 だけ吋 娼してみ る と.下表の よう 昭和4 0年 1.2 占 5 5 忙 なるO

昭和4 1年 22.0 2 2 1,5 8 5 これは膿道久世 .建部 線 と国道18 1号線 と の三叉路 の北側vc位fE:して調達 した もので.

伸 4551 年 4̲0 1 0.1 4 瀬物 自励束 は朝8‑ 9時 の岡山か ら勝LLr方面

5

4

X

勾三

審 朝夕共 に津LLJか ら勝 山方面が多いが . これは

4J 目 42

4 0 dd1.占 7

方 面 別 A M .8∴ 10 ‑‑ 9°10 12●05 〜 15●05 rM 4:10 ‑ 5●10 乗用亙 貨物韮 百十 乗用車 貨物輩 計 東 用並 貨物輩 膏十

⑦ 岡山‑勝山 2 1 74 9 5 2 1 49 7 0 1 4 占 7 8 1

⑦ 勝 山‑ 岡山 25 5 5 7 8 1 7 5 7 5 4 19 ム 4 8 5

③ 浄山一勝山 5 0 5 8 8 8 2 2 L1 0 占 2 5 4 8 1 1 15

④ 勝 山‑浄LIJ 5 4 58 9 2 2 5 5 占 79 5 8 8 8 9 4

(9 岡山‑津山 4 2 9 5 5 8 19 2 7 占 2 8 5 4

③ 津山‑ 岡山 7 2 4 5 1 占 2 1 2 7 7 5 1 5 8

‑ 184

(9)

紘.都 内の材木葬者 が原木 を仕入れ,製材 した出 品は.大阪へ性岡山回 Dで夜 .岡山へは朝 出荷す るためであるo又 .津山 一 勝山方面が朝 .昼 .夕共 vC占める割合が大 きいのは図

⑧ 上 i ↑ 慧

沖 山 一 ‑ 勝 山

の よう忙調査地点が Cであ りAに其庭木

材市場が あ 9.

B

地点 に比製材薬者が林 立 して

かb.

その間 を行 き来す る貨物が

かな bあるoi軒勿屯 の勘 合 .岡LLJ ‑ 浄山間では津山へひかれ てVlる憤向が あ るO しか し.大阪 への灘茄出荷 比夜 8時頃出発す るので.夜遅 くなる と.又 との剖合 性変 る で あろ うO乗用遵 は とL^えば岡山 一 勝 山間で比岡山へ.津山 一 勝 山間では坪山へ . やは り町‑ ひかれ る傾向が ある,そ こで全体 と しては常 グ ラフの ようにな り.朝は,岡山か ら勝山方面 .勝 山か ら韓山方両へ昼 も同 じく.夕方比脚 LU 一 同山方面 .⑦ の津 山 一 勝 山方面への割合が大 きいo

G)丁21=

8 10 20 50 40 50 60 70 RO 90 100

‑ 185

近年 になって.自動車安通 の伸びは めざせ しい もので あるO下表 は昭和5 5

年 か ら5 7年 さ らに 4 0年 と8年間に わた る交通11の推移 を出 し.その仲孝 を求 めてみたo まず 日立 つのが昭和55 年〜 40年 の5の伸率 .いずれ も50 倍以上 に なってい るo

(10)

交通情勢調査推移 ( 岡山県道路建 設株票1uq )

軽 自動車 .二輪卑類 仲 乗 用 壷 l1 伸 率

S 5 5 8 5 7 S 4 0 ̲A且生57年 l5o垂5年 S 5 5 S5 7 S A D 5 7む旦̲餐年̲土且生55年 1 17 7 4 5 9 占 4 5 1.4D 5.占 5 5 1 10 7 1 4 9 0.9 5 2.5 5

2 l 2 5 5 8 79 1.2 0 4 1.5 7 4.7 2 10 1 2 5 0 4 2 2 1.2 4 2.5 0 5 l 8 4 4 1d1l 4 8 占 1.1 7 5,7 9 5 1 6 7 1 1 8 1.5 7 4.5 0 4 15 5 4 占 2I5 5 3 1.2 0 5.5 7 占 1 10 9 19 1 1.2 7 2.5 2 5 7 2 0 9 5 18 1.5 2 4 5.4 5 a 5 2 19 4 1.2 9 52.5 占

A ‑ l 2 2 4

l

‑ ‑ 1占

7

̲ l

l 14 5

I

l 5 5

1 ト ラ ッ ク 伸 牢 1 自 励 連 合 吾「 45i̲D5*̲.垂

S 5 5 S 5 7 S /lO .A5 7年̲CI.餐 A5̲5年旦̲餐 S 55 S5 7 S 4 0 ̲L巨5 7̲餐年

15 5 10 7 14 9 1.5 9 2.9 2 5 7 1 9 D 7 1.1 1 1 1.2 2 2.9 9 2 2 9 2 2 5 0 JI2 2 1.8 5 4.1 8 4 5 8 1,7 5 5 2.4 0 1 1.5 9 5.6 5 5 7 5 ム 7 1 18 1.7 占 1 8 1 19 4 7 12 9 1 8 1.2 9 4,7 5 4 170 10 9 19 1 1.7 占 5,15 5 8 占 9 0 8 1.1 75 1.2 9 5.0 4 5 9 5 2 19 4 ま 7 5 5 2.5 5 2 2 4 8 8 8 0 占 1.ム 5 5占.ム 4

A ‑ ‑ 5 0 ‑ ‑ d d

将vcトラ J/クは.昭和5 7毎 〜 4 0年 vf:も5・75倍に浸 ってい るO これは山陰 との原 木椴 り引 き.

レジ ャー族 がふえ る忙つれ ての マイ カー 利 用の偶 光等 が あげ られ る0 1と4の伸 び率 を比 べ る と 僻 自加速 ・二拙速 で比 ,近年 は1が大きLnoこれは .柑山方面‑ の出.a

i

bのた めで あるQ 浄LLlへ は 約 50分 で行 け るのだか ら。索 月収 では4で滋近 岡山か ら観 光のための交通がふえた こと. 又 ト

ラ ックで も4の方が大 きく. これ も津山‑ の道が悪 Loため.阪神地方 は岡山経 路で あ る。

‑ 18占‑

(11)

そ こで全体 として も津LIJへの国道 よb.県道久世 .磯部線 の方が伸びてい るO又 ,中風梢m 自動立道が 出来 る と,米子 ・鳥取か ら物腰 .久世 魯迅174を過 って落合 イン ター チェンジか ら 総耳道 に乗 って51Jiへあるし、は西へ向か うようvCなるであろ う。

‑ 道 路 輸 送

a

木材粕送

交通hniの萌 で材木 .原木 トラ ックが多い ことを述 べたが.久世町 vcは1 4の製 材弟者が あ り.又その郡 内の原木 を敬 う.真庭水封市域が あるO原木 に しても.製材木 忙 して も鉄道貨 東 でお くれば①時 間がかか るO⑦ 駅 まで しか運 べ をVlなどの理 由か ら.その点戸 口か ら戸口 まで述べ る トラ ック輸送 に全面的 にたよ っ1レ、るQ 関東,東北ほ どの長距離 で 75:い と鉄道輸 送忙は しない。 そ こで木材 だけ を専 門忙扱 ってい る久tLtKある合同逆送 を例に とる と.仕入 先 .出荷先は嚢 の よう

v

C売る 。

原木仕入れ .製品 出荷先 「 久世町其JiB.送K K ) S 4 1転度

l 1 2 5 4 I 5 6 7 8 9 l10 ll 12

l

甜 印

製⊂】大 阪 1 l2 1 l 2 A

ロロ 出 荷

先 姫 11 2 1 2 1

l 1

5 2 154

原 木仕入

先 広 島

l

lI

福 山 12 ll 19 50 22 5 14 21 20 l21 ld 27 1216I

鳥 取 4 14 19 ll 占 2 4 1 1 占2

5 4 1 1 6 1 ー 1占

新 見 5 10 15 7 A 5 15 I 4 4 9 7ム

津 山 5 ー 2I 4 9

道後山 10 7 2 2 7 2 1 4 54

東 城 t 20 14 20 20 15 87

昭和4 1年 の原木仕入は福LIJか らが圧倒的 忙多.次いで新見 ・鳥取 とな っているO鍵

‑187

(12)

晶出荷先はS 4 1年は岡山が一番 多 く大阪 .姫路 の値 となってい るO これは年 に よって変 D, 4 0年は姫路が ト ップで大阪 ・岡山の服 となってい るc数品 出荷 の方 で紘 .大阪 ・姫 路へはB

t

革 (これは家 を姐 てる柱10.5cm角材が400本収 め るO)で夜の うちに出発 す るO とい うのは現在大阪 へ行 くのには国道1 8 1号線・ 1 7 9号線 の直通 コー スが迫が 悪く.岡山経 由で国道2号細 に出 るO昼2号線 を走 ると混雑 していて時間がかかるo 夜 8時 頃出れば2号牌 の「般利用者 はいないわけで ,大型 トラ ックな どの逓 送評者たけが 走 るので早朝 ゆ っ くb大阪へ着 き,一昼夜 で帰 って くることがで きるo原木入荷 につい て も福 LIJは8t束 で2号榛へ 出る経路 を通 るO又 ,月別 にみ ると 5・ 4月 9 . 1 0月が 多 く. 占月が 目立 って少いが . これは現在 の間巌点で あるo とい うのは迎転老壮全員が比黄 との米 英であ D. ム月の払無期 には20Ei連続 して休 むので .1日ずつ交替 で出動 させ一 台 を動 かすのがや っとの状態であるo ところが.依顔 主 である灘材弟者側 もこれ と同 じ現

1

象がお こD.盛繁期 .jEは平常の生産母の一 に も放 るoそ こで当然逓送LILも成 るのであ る 5

現在久世町 にある材木 を専 門vc扱 ってい る逓送罪 は ここだけで.迦材評者 のほ とん どが 自 家用 トラ ック利用 である。 自家用の場合 も同 じく原木入荷 は其磨郡 内 .蒔取 ・広毎か らで ある。 出荷先壮大阪 ・姫路 ・岡山 ・倉敦 で ある。

この場合 も大阪方面‑は夜走 るo そ して東京以東 vc売ると貨 鶴送 IG:する。又他町村 の一 般革者 に依振す ること もあるo今後道が よくなれば .‑iすます トラ ック輸送は便利 になる

であろ うC,

b 出産物輸送その他

久世町曲協 において .出荷す る蛙産物は米 ・流束類 ・牛乳 ・鶏卵である。米 は

脚 1 5 0 tの うち 5割が県外 で.鉄道貸塵輔送で ある。保 内では近 くは 日通 トラ ックで漣ぷO 又蒙 .生粟 も日

に よ舛 中戸‑出荷 する。 そ こで 日通 の昭和4 1年 の年間発送品 目別 にみ

ると.米 ・箕は1 1月・ 1 2月が圧倒的 vt多いQ これは.10月の刈人がすみ .お米がで きることと.か正月の前は現金が必要 と在る ことで物資が移馳す るO又.生業は.昨年

15・5

t

さ らに今年は2 5

t

v7:伸 びてい るQ これは将来観光 と締 びつけて伸ばそ うと力を 入れ てい る。胡瓜は久世町 忙おい てはS 4 1年疲れ全部地元洞萱草であるO牛乳1.7

00i

は.半 分が 自家用で他 の半分は離 京運送 (牛乳専門迎接並) vcより.一旦落合の クー ラー ステーシ ョン‑い きそ こか ら又蘭 友逓送に よb持山‑,津山か ら大阪 や県内の学校給食や 飼乳 となる0

‑ 188‑

(13)

E]通 (久世町)発送 トン数

1 2 5 4 5 A 7 8 9 10 ll 12

栄 28 57 22 55 27 53 59 72 79 24 402 105

裳 50

堤 dt] 5t] 45 50 75 45 45 120 105

飼 料 58

占1

58 48 42 dS 42 55 54 115 50 68 セ メン ト 102 159 占5 21 24 58 8 129 94 88 80 51 セ ン イ 18 1CId 84 4‑8 i 75 7

1

41 8 54 8 綿 糸

ワラエ晶 a

家 畜 2 2 20

キ カ イ ll 8 8 8 i 12

/

'ル ブ ー 2d

瓦 18

又 .勅卵 とか松茸 ・えん ど うなどのそ菜は鬼経済 連 の立 で大阪市執 仁出すD この他種鼎 を専 門vc扱 ってい る初 岡‑イチ ックK Kで性.ll.T在 5万羽 の穣租がい るが .その うち若鶏

:

C,

は9:1で種勅 は米国か ら職人す る。 ヒナを 1ケ月に 5回出荷 してい るのを昭和45年か ら 週2回出荷す るD 出荷先に 5割が県南 の岡山.西大寺 .笠 岡.矢掛 で残bの 5割托兵庫‑出 荷す るO 2月〜 5月が ヒナ版売脚 で生後運送す る問.えさは与 えないD従 って敏速 .安 全性が要求 され る。叉 .飼料 は玉野 .笠 岡 と神 戸か らの木材阪 b荷 と して入荷す る。又家畜 市場 vcかけ る取引先 は県内では,/J、田郡 .井原 .高梁 .和気 .上道 な どで トラ ック輪送であ るO県外では裏 の ようvc香 川.変控の四国 と群馬 .秋 乱 栃木 .LL・形 .埼玉 ,新潟 表ど関東 東北 夜との遺臣離が多い.輪送手投 として虹.貸壷が約5制で他托 トラ ック輪送である。

‑189‑

(14)

久世 家畜市場取 引先

S 4 0年 頭 数 S 4 1年 頭 数 S 4.2.年 頭 数

1 香 川 2 7 9 香 川 4 2 7 香 川 2 5 占

2 宮 城 5 5 愛 媛 1 5 5 秋 田 ‑ 7 6

5 山 形 5 1 秋 田 1 2 占 群 馬 占 5

4 群 馬 S D 群 馬 1 1 5 変 # 5 5

5 栃 木 5 0 潜 1 0 4 山 形 5 5

その他 5 2 0 l1.0 1 7 占 1 9

とし1うのは貨車 では迎rrBりの小 口扱 いで・運伽 トラ ック輸送の 丁 ですむが .指定列 車 に して も確実 ではあるが遅い とい うことで迎搬中.えさを与 えをい生 きものに とっては これ又 .敏速 に しか も安全 とい うことが要求 される。 現在 で.'l トラ ックで姫路 まで折山回 bで 5時 間 .さ らVC2時間 で大阪へ .大阪 か らさ らVC5時間 .つま

b

最低8時間で名古屋 まで行 くことがで きるo又 山形 まで もトラ ック輸送がふえ.貸重 で5日かか るところを.

トラ ックで 50時間 .群馬 までは4日かか るのを20時間で遊 ぶ ことが で きる。又 トラ ッ ク輸送 の内分けは 自家用が 4割 で他 は逓送革 それ も家畜限定讃者 に和 むo

以上生物 である典産物 ・家畜は敏速 ばか

b

で を く安全性 も要求 され るので.阪神 ‑の コー スで津山 を通 るのは.牛乳 と家畜 f̲lけで他 はやは b.岡山

Dである。 この他 日通 の発送 トン数 の巾に肥料 ・飼料 ・セ メン トがかた bある これは2年毒 せえ までは鉄道時速 で あったのが .速 くて便利 の よい トラ ック輸送 vc変 って きた. 日通 の他 vc久世 にはS 42年 占月か ら営弟所 がかかれた岡山県貨物が あるが. ここは定期便が一 日に岡LLJ 一 勝LLJ間 が 5回.津山‑の立寄り 1 大阪へ1 東京 へ1で計 6回 ある。が甘巣 は原則 と して遊 ば ず.火京‑グンゼの メリヤス.イー リー.阪

b

荷 として岡山へ の雑誌 ・荒物 ・芯機却晶 . 久世商店街 の注文 品をどで ある。 これ も同様 に津山行 きを除い て岡山経 由である。

‑ 190

(15)

4・ 中 国 縦 貫 自 動 車 道

イ 概 要

民触か らの要豊で昭和5 9年 甲国耗見 自動車道( 5 2 0払 )は他の路線 と共に予定路銀 として 姿 5:硯73したo当時登録 されたのは吹 田一清野一津山一三択 一六 日市 一山 ロー下関を産で あった。

昭和4 1年7月vcJt,‑ トの正規決定に至9, 12月落合が通過地点 になる ことO又 インターチ ェ ンジが出釆 ることが原糸的に発表 されたo ルー ト決定は,地 質 とか気候 (特 vc雪 の降 る状態 )と かな考えた上 で経 済的に舟 も良好 で あることが条件 となる。つ ま 9経 炎は 浸るべ く少 く完成後の 経済的 夜はね返 りが 多い ことが包 まれ る。昭和40年 忙完成 した名神高速道路は7年 の歳月 と

1.2

0

0僚円の巨資 菅投 じで作 られた.その初年度 の経済効果 甘金額 VCす ると走行硬の節約 ,斡 送時 間の垣kE,交通争故 の淑少等の直音効果が一鯨 7千万円,=薬 園発効果,交通混雑経和効果 等の間接効果が一千8百万円で あるo名神高遷道路は , 日本の‑ イ ウェイ時代 のひぶた甘 きったC 建設英等の関連産業 甘 うるか し,又それ以上忙 .梅送時間 の短 縮に よる利点 と沿線 の発遠が遅れ た地域 に対する開発効果 を もた らしてい る。京阪札 九州 甘結 ぶ中国縦 貫道,県 南 ,山陰 7dT轄 ぷ 中国横断道 (1 4 0Kn)が落合 インターチ ェyジVCかい て交差す る近い将来 ,久世町 にかい て も 直接,間連の影響は大で あろ う.僻VC虫垂 の京阪神 消受市場 vc対 する近郊 農薬的役乱 流 出入 口 を喰い止 める=埴誘致.商集の大手 メー カー 卸売薮の進出等の問題が生 じる。

ロ 中国縦貢 自動車道の形平 1)農 牧 業

名神高速 道路の 出来 た滋賀県下では 口:切進 出に 1る田園都市化で典薬は温 室や ビニールノ、 ウ,xな使 った集約園芸 と購入飼料 に依存 した大規模畜産 の方向にむかいつつ あ怒

」 (週間 ダ イヤモン ドエ9)o久世 町で も商運道 出現

v c1

9近郊 虚村的 役割 を果 す よ う

V U

rるで あろ うO 高速通の完成 vc備 え現在 きゅうDは地境消費位の生 産 で あるが, これか らきゅ うDの作付面疎 をふJPL,大阪市場 へ面接売 9出す予定で見耕Dと して壮抑制 きゅうDを2℃,い ちと 2℃ ■

トマ ト5t;〜 5℃その他 白菜 ,ばれh L 上等 を出荷で きる ようにす るO又 ク T)の生産が 多いが 現在 ク ・)の作付面横 6DJaが余野地区にあ9.成木が4 5本 ある.昨年 の生産高は1

0 a

1 5 0Kg全体で15.5

,今年はそれが2 5℃と大

vc伸びてい る。 これは2年前 vc町経 営で 5町の耕地 忙粟,梅 を植 えた もので観光 と拾 びつ けて企画 してい る もので あるO又阪神市場 で は椎茸の需要が伸びてい るので山陶地 帯に椎茸 な栽培 する予定。 これは原 木が鼻音vcあるので

‑ 191‑

(16)

利用 し,神戸地方主体で出荷す るO ぶ ど うは この地域 で も質 VCかいて南部 とか と らをV'のは出 来 るが南部 の方が時期が早いので輪送手段が便利忙た って もコス トの点 であま D安定 した収入

とならないo (役場聞 き取 i)的主 上D )

膚卵は久世町 vt現在約5万羽の軸が

9,年慣 5 0 0℃の細 卵生産が あるが これは ここ款 年 間横 ばいの状態で,落合の年間版売丑 7 0 0‑C忙比べて もあま9多い方ではないo牛乳は4 1 年の生産高 が1,7 0 0℃で これは日的ロ5 5年の4 7 0i;忙比 して高上昇 してV,るO現在約

7 00甑の乳牛がい るが久世町鼻薬Kかいて①米,②齢旗 とい う(3:ど離旗が進 出 してい るo牛 乳 は福建通が 出来 ることに よ

D

迎送業 者の車の稼動率 懲増 し,乳牛 をふや して生産 恕増大す る ことがで きよう。又名神沿線の大頒布 では年間 10万羽 で処理す る食粗加=版売叡協 を設立 し た よ うに沿線地域の典尭形態 として特色の ある ものが 出て くる。 そ こで久世町 と しては酪農 と エ くせレ、野菜が伸 びる可能性が大で ある.野菜類 は高速道が 出現す るととvC上9,その治椴地 域 は当然 どこ も近郊野菜 な作 るだろ うが,それ と共に沿僚地域 では工場誘致,高彦通の農地 分 断 などに よD,農地が減少す るので阪神市場への過当競争 とはな らないだろ う.実際名神沿線 の京都市南郊 の イ ンターチ ェンジ付近では昭和57年〜 40年の間 に ビニール‑ ウスづ

(

Dの 野菜が4倍近 く伸びているOが何 とい って も曲家の安定 した収入源は米 であるので,米作 Dを やめるわけにはいか7ihで あろ うo久世町では疏菜類 の ク リと散超が特色 あるもの として伸 び るであろ うo家畜市場で も トラ ,ク職送がふえ てい る現 在,耗耳道にかける期待は大 きい。 と 忙か く生鮮食料&,生物 を取扱 う般牧 薬で仕愉送時間の垣細や悪路 を避けて破壊を防 ぎ精匿 を 保 つ必贋 が あるので縦貫道は これ らVC対 し充分 役割を果 して くれ るで 参ろ う0

2)エ 其

縦貫道が 出来 ると阪神又は津山等の都市へ久他の労働 力が引かれ る可能性が大で ある。現 在 の ところ,久世町 には従弟者が1 0 0人 をこえ る串薬所 は 5ヶ所 で5 0□人 せ こえ るのは郡長 メ 1)ヤス工場 だけで あるOそれ も郡足守除 き土 地労働者 だけで あるo又郡是製糸=場では従業 且総数8 5 0人 の うち甲子従素見はわずか1 5 0人 で.ほ とん どが女子労働者 である0 5年間 作落 合では 男女 とも,総数で9.5 5 8人減少 してい るのVC対 し,久世町 では昭和5 5年〜 4 0 年で表の ように73す か総数で2 0人 しか減少 してい ない。男女別作み ると,やは 9男子は5 i 0 人波少 してい るの 忙対 し,女性は5 4 0人増加 してい る。 これ もやは D都農製糸への労働者導 入のためで あるo この ことか らも工場が進出すれ ば人 口減少が吸い止め られ ることが 73かるo そ こで誘致企業の ことが問題 とそって くるo現在の企業 誘致 と しては次表の ような ものがあ るo その代表 で ある郡長製糸 を例に とると,昭和5ム年1 1月操業 な開始,久世工場では メ 1)ヤス

‑ 192‑‑

(17)

人 口 (市町村勢賓覧 )

A 世一

町 年 月 日 l世 帯 数 人 口

9

1世帯 当人負 人 口 密 度(lkA 9) 総 数 男 女 女1

0 0 対 男

S55.10̲ 1 2.645 ll.755 5,585 i,152 91 4.5 156.8

L l 0 .

10. 1 2,7

26

ll.71 5 5.2 2 5 6,492 80 4.5 15丘.6

S5450.1口.10. 1. 1 45,040.575 22.277 10,974 ll,505 97.1 5.1 148ー5

企薬誘致の状況(S 4 1. 10・ 1 ) (久世を協 調 )

工 場 名 操 業 開 始 准 下 草 本 従美且 数 地 面 棟 生 産 品 目 グンゼ メリヤス S5& 11.15 1.DOOJ〕OO千円 7占5 55DODTTf メリヤス肌着

都 メ リ ヤ ス S56..2. 1 20,800 120 2310 毛 セ‑ クー タイツ シ ズ キ 電 機 S59. 5. 1 lSPOO 54 5200 コンデ ンサー 石 井 被 服 S5& 9. 1 6.000 81 690 学生服

ト モ エ 玩 具 S58. 2.1.7; 5,000 20 550 輸出用玩具

ク マ ヤ 紙 エ S40. i 22 50DOO 148 2.118 ダンボ‑リレ箱 メリヤス鹿袈

だけ JT生産 してい るo女子従発見の うち

55

年は久世近辺 か ら,又昔 グンゼが あった鹿児島白 杵か ら50車,閉鎖 した広島工 場 ら20〆その他は島根 ・山 口 ・鳥取 か らで あるQ 男子社員は

日本全国か ら集 っている.拠 点出荷は,‑ 日原貸物大型 (8t車 )5台で東京,大軌 名古屋, 岡山 広島,四国へ ,又 日通が一 日一 回九州,北陸 ,東京 を除 く関東一 円へ 出荷 し, 1日 5万 枚,約5 08KP出荷 す るo高速道 が出来 るか らとい って拡張す るとい うこともないそ うだが.

水資源が 上いので栴小 とい うことはないそ )だO久世町 と しては当然 グ ンゼ以上 の大企業 で男 子労働 力を吸収で きる企業 を誘致 したい との企画 で あるO工業用水 の豊富 を旭川水系は‑ 日干 トンは使用 して もさ しつかえないれ 郡長たけで現在一 日5 0t程 匿の使 用丑 で あるか らまだ まだ余地 が あるo久世町 として払 =場 団地 造成のための適地が現在4カ所,雷 鳥団地 ・惣団 也 ,野 白田軌 山根団地 (位置は後 ペー ジの地図参照 )が あ 9, との うち惣団地 は通産省へ工 業 団地 と して申諦中で あ D. もう登魚済で ある。又 , これ らの=菓 団地造成のための曲地異収 vcっいて この ところ地価の値上が 9が続 き,国道1 8 1号嬢 を北 につけかえた改修工串 の完成

‑ 195‑

L ̲ ̲ ̲ ̲ " ̲̲

(18)

後 昭和4 0年か ら急激に地価 騰思 し,現在生地 として贋 )場合は5 0‑ 5 0万円,宅地 と して は10 0万円位 にな ってい るO (これ は落合 と比べれば商いが勝 山に比 して2割安 い )又,農 地 か ら年平 均5町が宅地へ転用 してい る.地価膿食 も土地 が どん どん売れる73けではない し, ある程度 までい くと安定するのではをい か とh D見方 もあるO

又競 ってお互いrC地価 を上げ るとい うことvCも729かねない.基本的を考えが若年層の阪杵 ‑ への流出を防 ぐので あるか ら,若い人の魅力の ある働 き場 菅又 ,旭川の上 質の水が得 られ るの で滑涼飲料水 をとい うこともで きるが これでは 男子労働 力恕吸収で きない.次に名神高遜 道路 沿線の滋賀県下の=異部門の状況は下表の通 Dである。昭和25年 か ら5 8年 vcかけて伸びて 40

41構成比(合計ー) 20

実数

7 7

524 109D 1758(億円 ) いるの帆

2

倍 に なってい る

/

\ 、

o

昭25 5D 55 58っ 年 次 (日本道路公団調 )

① 央 料 品 窯美 ,わずかでは あるが金属

① 繊 維

③ 木材 ・木勲 品

④ 窯 業

⑤ 化 学

⑥ 金 属

⑦ 機 械

安定 して きてい る木材,木製 品 ,機械 が あるO これ らは名 神高透通 で機械部品,ぴん詰 め飲札 ガラス,陶磁器 ,棉 野機械 メーカ‑の利 用者が 多 ho (週間ダ イヤモy ド)こ

とと一致 してい る

この例 もある し又下表の よ うに町

VC機械=薬事某所 は 1つ しか をh L,又久世町の テ レビ普及率9 5帝か らみ て も消費力は あるのだ か ら,電 機器械 か良美機械等 の製造業 が望 ま しいのでは ないか。

5)林業 ・製材菜

昭和4 0年の=薬統計に よると,木材木製品の 出荷額は食料品,繊維品に次いで56東を占 めるO現在製材所は原木不足で真庭木 材市境では新庄.美甘.酉河 田 (落 合 )か ら5割他は県 外の広島 ・山陰 (鳥取 )か ら入荷 する。種類 としては杉,袷が7割で,松が2iJJ,Jiル ブ材 は どこも数が少 く,残 9は外材 (米松 )で あるO これ らは真庭郡 内の製材業者VtlD製 材 され, それぞれの薬者 に

D版 売され るQ又共産地区の製材技術が 高い とい73れ るがその理 由 として

‑ 194

(19)

工 業 (S 4 0年 )

英 領 別 事 薬 所 故 従 業 者 数 製 造 品 出 荷 額

総 額 内 出 荷 額

総 数 4 5 1.6 D 2 一・. 千fI 千円

食 料 品 1 5 7 2 10 8,4占8 1 0 7,700 衣服 そ雌 4 1.D 2 ? 9 2 4.790 9 20,650 木 材 .木 丑 晶 1 4 5 4 6 6 5 0.5 (〕8 6 2 9,4 20 家 具 .装 備 品 4 2 2 1 0.占80 10,5 6 0 熊 美 土 石 匙 品 5 5 7 1 a.5 6 0 ia 5 6 0

機 械 1 5 4 ‑ ‑

(久世役場調 )

①阪神の製材業者は単一薬 者であるのVC対 し.‑本の材木 か ら柱をとった或 Dで細 かい もの を 作 るo②人件聾が妥ho⑨ていねいVCひ く等であるが ,耗耳道の影響で,人件費が高くを9, 又都会的になると特色が な くなるとh D心配が 参る。製品出荷先 は薬者に

エD

異 ってい るが県 内では県南 (岡山 ・倉敷 ・玉野 )県外では阪神 ・名古屋 ・静岡 ・東京 ・遠 くは東北にまで出荷 する。 この場合韓送方法比県内はほ とん ど自家用 トラ,ク県外で遠い ところは逓送会社 ,鉄道 積送に依頼す るが.実車職送W.2割位 しかない。性 とん どが トラ タク犠送で ある.連珠 として は貨車の方が割安であるが ,貨車は柑 であるの 忙対 し, トラ ックは直藻先方 まで行 くことが で きるので便利で あるO中国株茶道が出来 た境合,コス トの点では市場値 段に左右され るので, 値段の よい所へ出荷するそ うだが ,一方高速道路の通行料金に もかか ってい るO今運賃 8

lC車で材木 を満赦 して距椎蛇 と73ナ 1万円位。

七重で7千円だそ Dで ある0 8Cとい うと 直径18Lnで長さ4mの角材が18本 で約1℃で あるか ら,角材が8 0本疎め るoそこで角材 一本の連字が12 5円になるok'か ら通行量が壱

tD

商い と道が悪 くて も他の道路 を通 ること になる.現在で も大阪へ 岡山経 由の国道2号瀬 を通 ると夜出ると明朝早 く大阪に着 き,一昼夜 で もどって くる ととがで きる.通行料が高い と意味が ない とい うことになる。 しか し株貫通, 横断道が出来 ると,広島,さ らには九411,四【凱 玉野か らの外机 山陰の原木が久世 に兼,A 世町で製材され.拙文道 に乗 9東へ,阪神方面‑ あるいは横断道で岡山‑出て行 く上うに凍る

‑ 1?5‑

(20)

だ ろ う。

4)商秦,観光

現在久世町の住民の購入状態は下表 の 上n こ地元商店 か らがほ とん どで あ 9.久世町外買物 先 と しては津山が一番多く 57.8宙を占め次いで周辺町村54.0再,岡山14Ll弟,京阪神

4・6多 となってい るO品 目別 で浄山か らの購入が 目立つのは男女服地,装 身具 ,贈答品であるo 縦野道が出来て も, 日常使用す る晶 を通行発 を払 って阪神へ買い物 に出かけ るとい うこと もな い であろ うか らこの割合は あま り変 らないだろ うQそれ 19,阪神の大資本が インターチ ェン ジ付近 に拠 点を設けて,地元較本 を レイ属化 し1 うとする影骨の方が大で あろ うo版売はほ と ん ど地元需要 に応 じる零度 で仕入 では現在,県 内7 占.9卓,京阪神15.9帝で あるQ 卸売集 が 生 存 しえた理 由の一つ と して交通上の擬壁 をあげ ることが出来 1う。従 って も しこの頃墓が縦 rr道,横断道の交通革命 に 1って取 9除かれれば この他 敏の御売店の立場 は弱め られ るで あろ うO又 この地域は これまで大 鞍本 の拠点 もな く経済的 な空間であ ったので,一 つの卸 売拠点 を 設け ようとする動 きがでて くるo名神治療 の茨木,三島 市で も昭和5 占〜 4 0年 間 に大 きを商 薬 鞍本 の倉庫が90以上 も設け られ た。 (週刊 9・イヤモ ン ド)又.従来の岡山経 由取 引は直接 京阪神 ルー トに変 9,京阪神の有力 メー カーの地 方進 出,直営版 売が考 え られ,支店,出張所 が かかれ,はげ しい商 戦が展開され るであろ うo

頼光 としては ,久世町 には特 に これ とい った ものはな く,高速 道が出来 た場合,美作三湯 の 一 つで ある勘原温泉 ,蒜山高原への休け い所 として始めの うちは トイ レ使 用だけで もエい とい う。 しか し観光 とい うほ どで も72いが昭和55年7月に完成 した宮芝 タラy トは今 では 日曜 日 にはほとん ど大会が あ 9,春秋 には大学野ブ乳 7 ・8月は合宿で い っぱい とい う1 うにスケジ

‑‑JL,がつ まってか 9.旅館利用その他で久世 町商店街 にとって も有益で あるd又 ,観光菜 園 造触計画が ある。 これは余野地区 に 5町歩 の土地 に町経 営づ く9を栽培 してい るが ,バス会社 と凍携 して, く9園 として栗 の収馳 抑 こなると通行者が行 ってみた 9栗 ひろい な楽 しめ るエう に したい との ことで ある.現在 もう個人で観光 く9園 を造成 してい る人が計 られ るO この観 光

く9園は高速道の落 合 インターチエyジか ら4Kmにある久世独 自の もの としてに ぎわ うだ ろ うo

‑・1ソ6‑

(21)

久世町の地域別購入割合 (県北地域有美私断乎 エ9)

品 目 地(商吉)元◆地盤 協元 周辺町村商 店 行商 津山 岡山

;新見 姫路 京阪神 その他

食 料 87 5 4 2 2 2 i 11 1 2

机 着 † 兼 82 11 4 5 7

男 子 服 地 78 2 2 10 4 2

女 子

78 4 2 ll 2 2 1

呉 服 80 5 5 10 22 1 1

寝 具 類 89 4 2 5 1 1

靴 .カバ y 84 5 12 8 1 21

装 身 具 78 2 1

0

41 41

日用品雑背 89 6 2 5

医 薬 品 85 1 5 4

化 粧 品 8占 1 4 225

2

5 1 21

家 具 91 1 2 5 1

喝 気 器 具 82 5 5 6 1

文 化 晶 88 1 2 5 1 152

贈 答 品 78 1 4 12 4 1

‑ 197‑

(22)

‑ 縦耳道完成後の久世町

図の エうに久世町 を通 D抜け るのは横断道で縦耳道へ は,現在の県道

世 .轟都銀 で落 合 イン ターチ ェンジに通 じるO ところが現在の久世建部線では中農棟 か ら国道18 1号線へ 出 る‑Sでの 間が狭 ,大型 トラ,クでは対向で きをhoそ こで図の エ 5に吉尾か ら直接18 1号線 に出 る新 道路 の計画が ある.その18 1号漆 も役場前〜五反

を南へ切 9換え るO これは もうすでに決定 してか9,用地 買収 も行い昭和4 1年か ら着= してい る。① の首尾‑の新道計画帆 現在通産省 へ 申請中で この新通の方が 中原橋 か ら国道 18卜琴線 tでの狭い通を町 の建物 をた ちの さして幅 を拡張 す るエ9経費 も安 くなる し,又久世町 として も発展す るのではをいか とい う針弁 であるC とい うのは,旧国道1 8 1号椴は現在の久世銀座 を通 っていたのであるが.それ 智北 の新1 8 1 号線 に切 9換え,a 2 7年商店衝 に してか ら店の売 9上げが上が ・,たO又最近町が粟へ東へ と発 展 してpD, なべや地区商店街 の人 口は516年前の2倍 にな.?てい る。

又,昭和5 5年 1 2月に役場が現在 の位置 (商店街 の東 端 )に移9, 2年後 に税務賓 も役場前 に移 した。図の=場 団地 は

,A

が 山根団地 で,団地東端 か ら約 18 0mで儲道 18 1号瀞 pこ接続 し,落合 インク‑チェyジまで約5分間の距離 に ある

c B

の野田Efl地 は田地東端 を国道 181号 線が走 り,京阪礼 西南地方 との連絡は至便で ある

。C・

I)の惣田地番屋田地は,中国縦耳道落 合 インターチ エyジと国道 18 1号瀞の連絡道,県道 .久世建部線 に沿接 し,通路輸送に健が l h。又 この他 にEが新久世,建部線沿道で適格 犠送.=辛 用水 とも最 良の場所 である。 昭和4 5 年落合 イyクーチ ェyジまでの縦fT通完成 に備 えて国道1 8 1号廟は じめ各道路の舗装や拡張=

串 を進 めてい る。前 に述べた ように車道 と衝 路は区別 する。街 路は昭和27年 か ら舗装 に と9か か9,昭和4 0年に舗装完 了 したo国道 18 1号細の役場前 〜五反陶約1,5 0 0n も昭和4 2年 最中 に完成 し又西の久世 〜勝山間 甘道路慣 4mか ら7.5mに拡張す るエ罫 も昭 和45年度中 には 完成 する。従 って落合 イyクーチェンジか ら国道18 1号瀞 も全部2車瀬 と729,下表 の エ うに

交通情勢調査推

移衰( 原庁

道路轍 練 調査 )

自 動 車 類 合 計 仲 畢 乗 用 車 伸 率 トラ ,ク伸翠 S55年 S57年 S40年 [上且生

土且

穿 L O i̲旦亜

4 . 旦室

土且生

5 7年 55年 5 7* 55年 5 7年 55年 571 907 1.111 1.22 2.99 1̲59 2.92 0̲95 2.55 658 1,755 2,401 1..59 i占5 1.85 4.18 1.24 2.50 194 712 918 1.2.9 4ー75 1.76 i81 1.57 4.50 586 908 1,175 1.2? iO4 1.76 5.15 1.27 2.52

(23)

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‑ 199‑

落 合 町

(24)

昭和55年〜 40年 間で5 占.a 4倍 とす こい伸 ひ率 智示 してい る久世 〜勝LIJ〜湯原闇 も緩和 され よう。

又 トラ ックにせ 上乗 用車 にせ

エF

交差 点か ら東

上D

も南 の Cl方向への伸ひ峯が大で ある こと.

昭和5 7年〜 48年のH方向への乗用車 の伸び率が4倍 近い数 字 な示 してい ることか ら柾il道 は 阪神か ら鳥取 ・米子へ,米子 か ら阪神へ の交通出 を吸収す ることになる.又 久世〜大 阪聞な 2時 間でつ な ぐこ とが で きるので あるか ら,縦 斑道 の完成 は もちろん,将釆阿山の経済圏 とも激十分 で結 ひつ く甲 国様方通 の早期突現 も望 でれ る。

以上 昭和 4 2年 5月,榛設 省道路局 高遷道路 操 か ら出版 され た 「匡仕 開発幹線 自動華 道が地 域 に与え る経済効果 につい ての調査」 中国株 H 自動車道 (津山地区 )の抜刷 ,名神商速 道路 につ い ての記劫 (週刊誌 ダ イヤモン ド)を参 考 とし,その他細 さ取

9.

統計 調査 を行 ない ま したO

‑200‑

(25)

第 9 章 久 世 町 の 経 済 構 造

1

農 薬

イ 久世町 の座薬 の機械化 ‑ 耕運機 ・トラク3‑の所有状況 よDみた ‑ 表1 196 0年世界鼻薬 センサスよ9,久世町 vcおける農業機械 の所有農

家数 と所有台数

農 業 機 械 名 所 有 典 家 教 所 有 台 数

動 力 耕 転 機 駆 動 型牽 引 塾

農 用 ト ラ ク タ ー 早 526561 ‑

発 動 機 625 4d7

電 動 機 201 107

動 力 脱 穀 機 758 540

動 力 板 宿 横 478 141

動 力 噴 票 横 101 21

動 力 撒 勅 概 555 42

動 力 カ タ ‑ 119 4占

典薬機械 と一 口に育 って もその種類は多 く.用途 も一種だけでな く部分品 を加えた D. とっ たbしてさせざ‑1に用vlられ るo しか も各地域 VC上って,その特殊性 に応 じた機械 もいろV,ら とある。

しか し米作 を行 な う場合,一応主賓 夜 ものは現在では動力耕在機,必用 トラクター及 び動 力脱 穀機であるD この場合,発動機は最 も主賓 をものと言え ないことは なV,が,動力脱穀機 の場合, 電動機 を使用する時 もあるが.一応両者 を使用する時 の動力蔽 となるので個別には取 bあっか わ なV、ことにするo

そ こで1960年の久世町 vcかける鹿賢椴蛾 の所有台数 及び所有鹿家数 を見 ると表 Ⅰの よう

V

C なるが, ここで動力脱穀機 を所有 している農家はナでVt全体の8 0多忙遺 しておD, (1980 年 の久世町 の農家数壮 1 2 5 4戸 )磯城化 とt

n

5両 か らみると一応完成 された ものとなって

v

l

る. とvlうの も久世町内におけるD,SLa未満 の土 地所有者仕 40飾以上 もあ れ その中VCは良 美 を副菜 とした兼業農家 も多 く又彼 らの耕又能力壮′J、さvl. そ こで脱穀VC限 らずそ うV,う兵家 壮共同で及協 とか又は個人か ら機械 を借 Dでやるか,貸作業 の ようVC他人 vEわた してやっても

らうか してvlるか らである0

‑201‑

(26)

ところが動力耕転機 ,魚 用 トラクターの方は ど うか とV,うと, わずか7虜 しか所 有 されてお ら ず,その所有率は非常vc低 く,他 の農業 機械 に対 しての後 れが 目立つ.

しか し5年後 の19 8 5年 をみると. この所有率壮大 巾VC変化 してvlるのである。 つ ま b他 の 機械は殆ん どその率 を変えてV,なvlの忙対 して動 力耕転機 ・鼻用 トラクターは19 6 0年 と比 較 した場合, お よそ6倍強 の4 5.5車の所有 に なってV,るので ある。

蓑I

l 19 65年 に おけ る動力耕転機 .典用 トラクターの所 有台数及び所有農家数 所有 戸数 (台数) 機械 を所有 してい る戸数0,5La未満 の土地所有者 で 場1La未満 の

原 動 塾 (個有 ) 82戸(82台 ) 8戸 48戸

(共有 ) 85 ( 17) 6 55

5馬力未満 (個有 ) 255 (254 ) 22 152

(共有 ) 16 ( 8 ) 2 12

5‑ 1D馬力 (個有 ) 85 ( 86 ) 6 59

(共有 ) 51 ( ll) 15 34

そ こで久世町 におけ る姓薬 の機械化が どのよ うVCなされてV,るか, この動 力桝転機 .虚 用 ト ラクターの所有状況 に よって見 てvlくことにす る。

1 9d 5年 におvlて,久世町 の全曲 象数は12 18戸 (6 0年 と比擬 して4 4戸 も滅少 してvl ることは最近 の牡鹿 が多い状況 か ら充分に判断 で きる )その うち1La未満 の土地 を所有す る盟 家 が1D 37戸で全体 の8 5,7飾,0.5La未満 の曲 家がその うちの約半 分 の5 28戸で これが 全体 の4 5.d車で ある。 ただ, ここでい う土地 とは総経営耕地 を言 ってvlるので, そ の中Vtは 田 ・畑及 び樹園地 は含 まれ てい るが草地及 び山林 は含 まれてV,なvlo そのため,実際 vcは山間 部vc行 くと山林所有がか なbあるので,土地所有は これ よ

b

幾分変 わ った ものになるで あろ う。

しか し姓薬 の機械化 とV,う面か らV,くと直接 tn:は野中 は少なvlと思 われ るので山林所有 の方 は 一応無視 す ることに したO表

に示 してvlるよ うに動力耕転機 ・農用 トラクターを所有 してV, る もの5 50戸 の うち1Aa未 満の土地所有者 (10 5 7戸, 8 5.7虜 )が5 58戸で全体 でV, うと29.6宙,機械 を所有 してV,る ものの うちの6 5卓であ れ D.5也未満の凸 家 (5 2 8戸, 4 5.6虜 )で払 5 9戸で全体 の5序,機械所 有者 の うちの10,7解である。 久世 町 の8 5.7 帝を占め る1La未満 の良家で機械 を所 有 してい るものが全体 の機械 を所有 してい る ものの うち の6 5帝, 4 516錦を占める0・5Lb未満 の兵家 がわずか1D・7啓である とV,うことは.経営耕 地が小 さ くなれば 在る春動力耕転機 ・農 用 トラクターの所有 ・塊薬 の機械化が 72されてvlなV'

とvlうことを示 してvlる。 しか し経営 耕地 の大/」、に よってのみ機械化 が左右 され る ものではな V,。機械化 が行 をわれてV,くKは この他 に さまざま在要因が あると思 われ る。 そ こで次に久世

2D 2‑

(27)

町 の各地域別にこの餅転機 ・トラクターの所 有状況 をみ る と表Ⅲ の よ うに をD, この所有率 を 図忙表 わす と図 Ⅰの ように なる.

19 8 5年 中 間農 兵 セy サ ス よ

b

地 域 名 盤表敬 戸 1LD束柄 戸 0.5LD未満 戸 耕転機 .トラクター所 有 戸 所有率 〆 上 口 57l 55 (8?,2頚) 12 (52.4%) 12 (6台) 54.5 西 口 55 58 (71.7) 17 (52.1) 44 (20) 85 宿 ,昭 和 .橋 本 27 2占 (9ム5) 14 (51.9) 5 ( 2) ll 大 内 原 1占 15 (81.2) 5 (18.8) ll (ll) da8 中 原 24 10 (41,7) 4 (1占,7) 17 (17) 70,8 崎 51 22 (71 ) 7 (22.6) 24 (25) BO̲7 五 反 27 14 (5一.a) 5 (ll.1) 15 ( 4) 48.1

柱 居 2占 25 (88.5) 14 (55.8) 8 ( 8) 50,7 金 屋 28 2占 (180) 12 (46.2) 5 ( 4) ll.5 定 松 . 梶 堀 19 18 (94.7) 10 (52.6) 4 ( 4) 21.1 行 当 .打井畑 .横 瀬 28 28 (100) 10 (55J)

0 0

山 生 . 伏 ケ 茅 25 22 .(88 ) 12 (48 ) 5 ( 5) 2〔】 鍋 屋 . 中 島 50 28 (9ま3) 18 (占0 ) 5 ( 5) 10 樫 東 上 . 彫 築 19 15 (占8.4) 4 (21ー1) 2 ( 2) 10̲5 西 浦 矢 古 21 17 (81 ) 8 (58.1) 2 ( 2) 9.5 入 江 17 15 (76.5) 7 (41.2) 7 ( 5) 41.2 江 森 18 16 (

8

89) 9 (50 ) 8 ( 8) 44.4 佃

一 川

西 20 18 (90 ) 6 (50 ) 10 ( 9) 50 士 井 原 17 14 (82.4) 5 (17.6) ll (ll) 占4.7

鍋 屋 20 18 (90 ) 15 (65 ) 5 ( 5) 25

多 田 泉 55 22 (4ム7) 18 (54.5) 15 (15) 45.5 下 原 16 1

5 (

81.5) 5 (51.2) 9 ( 8) 5占.5 土 居 49 48 (980) 55 (67.5) 10 ( 占) 20.4 中 島 45 45 (1ロD) 29 (84.4) 4 (4) a?

宮 尾 5占 45 (80.4) 25 (44.占) 58 (5占) 89.5 徳 45 ・ 52 (71..1) 9 (20 ) 〔52〕 (55) [115.5] 高 瀬 ll ll (100) 7 (65.占) 1 (1) 91 大 下 50 26 (8ム7) 10 (55.5) 29 (25) 96,7

‑ 2〔】さ̲

(28)

地 域 名 鹿家教 戸 1La未滞 戸 0.5▲魂 消 戸 耕転機クター所有 戸 所有率 飾トラ 浜 57 54 (91.9車) 15 (55

1

多)

28 (24台) 75.7 大 上 28 22

( 7

86) 5 (17.9) 22 (22) 78.占 秀 和 21 21 (100) 15 (占1.9) 19 ( 5) 95.2 野 白 ll ll (100) 5 (45.5) 1 ( 1) 9.1 黒 尾 41 40 (97.占) 24 (58.5) 24 (25) 58.5

元 17 16 (94.1) 12 (7口.占) 5 ( 5) 29.4 上 ケ 市 15 ll (84,1) 9 (69,2) 8 (4) 61.5 小 谷 . 研 矢 55 50 (90.9) 10 (50.3) 24 (23) 72.7 西町.北町,駅 田下中 56 36 (100) 25 (9.4) 8 ( 8) 22.2 田 下 上 24 24 (100) 15 (54.2) 5 ( 5) 20.8 阪 下 21 19 (90.5) 10 (47.6) 3 ( 4) 14,5 阪 上 26 25 (88.5) 5 (ll.5) ll ( 9) 42.5 上町 .中町 .早川町 15 15 (川 0) ll (84.8)

口 0

栄町.元町.旭町 .下

町 .東町.東町三T B 9 9 (100) 9 (10D) 0

0

所有率は各地域別鹿 家数 分の動力餅転機 ・必用 トラクター所有農 家数 で共同所有 も経営耕地が 小 さ くて使用回数が少 なV,ため とか,近所 で共同作業 を した bす る場合等で あるのでそれぞれ 各農家が所有 してvlる もの として抜 か っているo そのため惣では1 15・5蕗とい う所有率 に な ってvlるが, これは一戸IA=2台個有 してvlた 9, 1台個有 し,他 の ものを共有 してvlるとvlう よ うな場合2戸所有 となってvlるためで あるo

図Ⅰをみ ると,全体的 vt南部vc下 る程所有率は高 く

D,北部にV,く程低 くなってV,る. これ は地形的にみて北部は山が ちで南部に 75る巷平坦で あ9,南西 よ

b

南東にかけて南 のは しに旭 川 が流 れてか D.叉経済的にみて も久世町 の現在の交通 の大動脈 と もvlえ る旭川沿 V,忙走 る姫 新顔沿瀬 が 中心地 で あ D.又歴 史的 にみて も牛市 などが開かれた所が現在 の中心地 であD,当 然 の ことで ある。

所有率が20飾以下 とV,う特 vc低 V,所有 を示すのは,だvlたい鴻殖以北 と姫新綬沿嬢 の久世 町 におけ る繁華街で あ D,又三崎 、中原 のあた bは姓業構造改督事薬 を行 7iった所 でその所有翠 は特に高 く75:ってV,る。 ただ,経営耕地別 にみた場合, 0・5‑ククール未 満の土地 所有者 のパ ーセン トが,鴻 ノ楕以北 の方 がむ しろ低 くな っておb 2 0‑ 50啓であるの忙対 して南部は改 善事業 を行 なった中原等 を除 V,て殆ん どが40%以̲上〜 占0串で ある。

ところが東北 の土井原 を中心 に した佃 ・江森 の あた bと南部中央 .中島 ・土居地区性他 のまわ Dの地区 とはか な b遮 った所有率 を しめ してV,るO

鴻 ノ殖以北が殆ん ど20帝あ るvlはそれ以下 の所有率 を示 してV,る中で,士井原 は占 5飾,佃 が50飾.江森4 4帝を示 してお りその差は非 常に激 しvl。又 中島,土居地区 のまわ Dが高 い

‑204‑

(29)

図 Ⅰ

勝 山

o D o 0 a

r) o・、.?.:''o a a ro 。

0 0 0' o Q r, a a

o Lj r, Q O ′つ x

)

c) f)〜 P O o メ

o o D P 一0 0 9 0

r'oo oc ; 。 o o ぺ

y X O D JD o

姫 節 級

所 有 率

0‑ 205 ‑ 崇oDeoQo 21‑40 ‑ ・て圭.I 41〜60 yメイY I:1血 61〜 一一一ノW//

所 有率 を示 しているの

V C(

首尾‑ 8 9帝,他 1 115声,下原‑ 56帝 )対 して.土居が2 0 帝,中島が

9

帝 とV,う低 さで ある。 との よ )な久世町北部忙おV,て高 vl所 有率 を示 す士井原 と.

南部 にかvlて低 い所 有率を示す中島 とを比概 して機械化 の行 覆われ てvlく条件 ,行 なわれ をV' 要因 をほ bさけ てみ てvlく。

19 占 5年. 1 7戸 の うち1 1戸, 1 1台の耕転機 ・トラク クーを所 有 してV,る土 井[京では.

19 占 0年 vcは共有 の一 戸を除 vlた ら. 1台 も入 ってV'75:か ったので あ れ 動力源 はその殆ん どを畜力 (役 肉牛 と馬 )vcた よってvlた。 この ととは中島 vcかvlて も同様 で19占 0年 VCは1 台 も入 ってV,75:か ったので あるo Lか しわずか5年 の間 に士 井原 と中島 (1 9 占 5年, 4戸.

4台 )両者間vcこん なVC大 きな開 きがで きて しまったのは何故 だ ろ うか0

久世町 の東北 の端,旭川 の支流 目木川沿い

のぼ って きて苫田郡鏡 野町 と隣接す る士井原 は左 右 を山でか こずれた細長い谷 の ような土地 で, ゆるやかVC傾斜 のつVlた道 をのぼ る と両側 に家 がた ち並んで

れ 久世駅か ら川沿 いVCのほ ,て くる道か ら見 え る限

b

で払 南 の五反 あた

D

を除vlては水EElがか

b多 く見 られ る土地 であ る。 一方 中島は久世町中央 部の虫南端 で旭

川v c

沿 ってあ D, 田 よDも家 の方がか な

b

たて こんでみえ る土地 で川 を境 に落合町 と隣接 して

D,

‑2ロ5

(30)

部落 よb少 し離れた旭川 の中州VCな ってV,る中島 とV,う土地 も砕石場が あ った b,畢潟場が あ った bしてEE]は部落 のまわ bよbやや多 V,がやは b少 なV,0

1 9 占 5年 でみる と,士井原 の総経営耕地は17戸 を平均 して8 5aであ れ その うちの5 9 aが田で残bqj:畑 で あるO 田 の59aの うち,‑毛田が5 4帝の2 0a,二毛EE]が残 Dの5 8

a

とな ってお D,轟作 と しては牧草 (イタ リア ン )が主 VC杓 えつけ され ている。 中島は4 5戸 を平均 して総経営耕 地が4 5

a

(これは士井原 の55多で ある )で この殆ん どが田で‑毛田二 毛EE]それぞれ約半 分づつで あ D,士井原 VC比べ て小規模経営で あるとV,うこのことは先 VCのべ た ようVC機械化 の行 なわれ

V,一要因 で あるo Lか し. 中島 と同様久世町南部 に位置 してV,る 寿和 では,総戸数2占戸の うち, 114菜摘 が21戸で10 0多.0.514未満が15戸で占 2帝 (中島は1La未満が4 5戸で1 0 0帝, 015La未満 が2 9戸で占 4op )であ D, これは中島 とl 殆 ん ど同 じ耕地所有率で あるのVC対 して,耕転機 ・トラクj7‑の所有は個有が4戸 の4台,共 有 が1占戸の1台で ある.個有は少 なV,が, a,514未満 の鹿家15戸の うち12戸が共有で所 有 してV,るのであるO 中島地 区 には桝転機 ・トラクターの共有が一つ もな く,個有4台 の うち,

0,5La未満 は5 0‑ 4 9aの経営耕地 を所有す る鹿家が一戸 と5 0‑ 占9aの農 家が1戸,そ れぞれ5‑ 10馬力の耕転機 を所有 してお 9, 7 0‑ 9 9aの農家が2戸それぞれ 1台 の駆動 型 を所有 してV'るだけである。 (ことでV,う馬力 とは桝転機 の上 に乗せ る発動機 の馬力 のこ と で あ D,耕転機 ・トラクターには馬 力は なV,)

経営耕地が 小さければ,盈英 樹城 の使用回数 も少 なV,し,使用度 も低 V,。 それvc対 して盛業機 械 の価格 は非常vc高 V,0 (餅転載浅だけで2 0‑ 2 5万円 )だか ら0・5La未満 の土地 を所有 して V,る典家だ った ら寿 和の ように,個有 よDも共 有の方 がは るかに良策 だ と思われ る. しか し中 島vcは,動力撒粉機 は共同で 1台所有 してV,るが,排転機 .トラクターの共有は なvl. これ ら 桝転機 .トラクター を所有 してV,なvl鹿家 の うち. 5 5戸は水稲作 の作業 の うち耕起 を賃作薬

あるV,は請負作薬vcl戸平均5 4

a

出 してV'るので ある。 (ただ し代 か きは殆ん ど墳作業,甜 負作薬vc出 してV,なV,。 これは役肉牛及 び馬 の飼育がか な bあるためで ある ) 以上 よb経営 耕地 の大/」、だけで な く他の要因が中島 に壮 あると思 われ る.

士井原 17戸の平均世帯 負数 は4・1人 でこの うち1占才未満の人が1.2人過 去2年 間主 vc曲英 vc従車 した人 は2.4人であるO これに対 し中島 は4 5戸 の平均世 帯 負数4.4人, 1占才未満 が 1.4^.鹿菓従車者 が2・占人 であ b,家族構成人数 において中島 の方が やや多vlo しか し,鹿 業従 事者 の士井原2・4人 と中島2・占人 とV,う中島 の方が0.2人 多V,とい うことは,総経営耕地 が逆 忙士井原 の方が多 V,ことか らみて,中島に機械 の少 なV,一要因vcあげ られ る。

士井原 は中島 と比較 した場合,経営耕地が多 vlとV,うだけで な く,久世 町東北 VC位置す るここ は各戸平均2・7山 とい う山林 を保有 してい る。 山林所有は直接 には機械化 に影砂 は少 ないが, 農家の収入 に

V,て盃要 を位置 を占める場合 が あるのでみてみ ると, この山林 の うち

54

帝が 人工林で残 りが 自然林 で あるが,昨年1年間 (19 占4年 )にそ こよ

b

あが った林産物 (薪炭

1 208 ‑

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表 6 経 営 規 模 別 鹿 家 数 専 業 兼 業 総 菓 蘇 ‑‑ 種 第 二 種 . 鹿 家 総 数 147 ( 12. 4) 1 .058 (87 . 6) 555 ( 45 , 1 ) 505( 42
表 7 産 業 別 総 生 産 額 (昭和 5 5年) 分 類 総 生 産 額 分 類 総 生 産 額 分 類 総 生 産 額 1) 農 耕 地 194 , 238 (千円) 2) 果 樹 栽 培 2
表 5 乳 牛 飼 養 農 家 数 と 頭 数 ( 1 9 8 5 年 ) 大 字 別 農 戸 数家 賛助 家総乳牛飼 数 の乳牛 だ曲け の飼2才未満家養 1 頭角兼 2 〝2 才以上 だけ の飼養虚 家5 〝4〝 5 .8 7‑ 9 上 の乳牛頭数2 才以 久 世 659F 109戸 15戸 21 戸 45 戸 20 戸 8 戸 2 戸 戸 215 銅 屋 20 2 1 1 5 多 田 54 占 5 5 6 中 島 108 8 5 1 5 1 10 富 尾 56 15 1 1 5 5 2 1 55 惣
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