博 士 ( 水 産 科 学 ) 柴 宇 学 位 論 文 題 名
人為催熟ニホンウナギの卵質改善に関する研究
学位論文内容の要旨
二 ホ ン ウ ナ ギ(Angz.ulla japonic .a) は 日 本 を 含 む 東 ア ジ ア に お け る 重 要 な 水 産 資 源 で あ る 。 し か し 、 種 苗 と し て 用 い ら れ る シ ラ ス ウ ナ ギ の 資 源 量 は 年 々 減 少 し て お り 、 資 源 の 保 全 と 養 鰻 業 の 安 定 化 の た め に 、 ウ ナ ギ の 人 工 種 苗 生 産 技 術 の 開 発 が 強 く 望 ま れ て い る 。 人 工 種 苗 生 産 の た め に は 成 熟 し た 親 魚 を 確 保 す る 必 要 が あ る が 、 ウ ナ ギ は 飼 育 環 境 下 で は 性 成 熟 せ ず 、 卵 巣 の 発 達 は 前 卵 黄 形 成 期 か ら 卵 黄 形 成 初 期 で 停 止 す る 。 現 在 の ウ ナ ギ 催 熟 方 法 は 、 雌 に 対 し て は サ ケ 脳 下 垂 体 抽 出 物 (SPE) を 週1回 連 続 注 射 す る こ と で 卵 巣 の エ ス ト 口 ゲ ン 合 成 を 促 し て 卵 黄 形 成 を 進 行 さ せ 、2〜 3カ 月 後 に 、 核 移 動 期 に 達 し た 個 体 に SPEの プ ラ イ ミ ン グ と 卵 成 熟 誘 起 ス テ 口 イ ド で あ る17a,20p‑ジ ヒ ド 口 キ シ‑4‑プ レ グ ネ ン‑3‑オ ン(DHP)を 注 射 す る こ と で 卵 成 熟 お よ び 排 卵 を 誘 導 し て い る 。 し か し 、 こ の よ う な 人 為 催 熟 法 で 得 ら れ る 卵 は 、 受 精 率 や 孵 化 率 が 低 い 場 合 が 多 く 、 大 幅 な 卵 質 改 善 が 望 ま れ て い る 。
最 近 、 飼 育 環 境 下 の 雌 化 養 成 ウ ナ ギ の 卵 巣 発 達 度 に 周 年 変 化 が あ る こ と が 報 告 さ れ た が 、 こ の よ う な 養 成 ウ ナ ギ を 催 熟 し 、 卵 質 の 周 年 変 化 を 詳 細 に 調 ぺ た 例 は な い 。 ま た 、 ウ ナ ギ の 人 為 催 熟 の 際 、 ホ ル モ ン 投 与 量 が 成 熟 率 に 影 響 す る こ と も 報 告 さ れ て い る 。 一 方 、 天 然 ニ ホ ン ウ ナ ギ の 産 卵 回 遊 過 程 に お け る 水 温 、 光 条 件 お よ び 水 圧 な ど の 物 理 環 境 は 不 明 で あ る が 、 こ れ ら 環 境 要 因 が ウ ナ ギ の 卵 黄 形 成 お よ び 卵 成 熟 の 進 行 に 影 響 を 及 ぼ す と 考 え ら れ る 。 し か し 、 飼 育 水 温 が 催 熟 前 親 魚 の 卵 母 細 胞 の 発 達 お よ び 人 為 催 熟 に よ っ て 得 ら れ る 卵 の 卵 質 に 及 ぽ す 影 響 を 調 べ た 研 究 は な い 。 飼 育 下 で の 雌 ウ ナ ギ の 卵 巣 発 達 は 秋 季 の 水 温 低 下 や 短 日 化 に よ り 促 進 さ れ る が 、 そ の 発 達 程 度 に は 大 き な 個 体 差 が み ら れ る 。 こ の よ う な 同 じ 環 境 条 件 下 に お け る 個 体 ご と の 反 応 性 の 相 違 は 遺 伝 的 形 質 で あ る 可 能 性 が あ る 。 最 近 、 水 産 総 合 研 究 セ ン タ ー に お い て 完 全 養 殖 が 初 め て 成 し 遂 げ ら れ 、 遂 に ウ ナ ギ で も 育 種 の 道 が 拓 か れ た 。 従 っ て 、 飼 育 環 境 下 で 生 殖 腺 が で き る だ け 発 達 す る 個 体 を 親 魚 と し て 用 い 選 抜 育 種 す る こ と で 、 将 来 、 人 為 催 熟 処 理 を 施 す こ と な し に 成 熟 に 至 る 個 体 が 得 ら れ る か も し れ な い 。 し か し 、 卵 の 場 合 は 凍 結 保 存 が 難 し く 、 代 わ り に 採 卵 し た 個 体 を 生 か し て 複 数 回 採 卵 で き る よ う に す れ ば 、 雌 魚 の 優 良 形 質 の 保 存 に 役 立 つ 。
そ こ で 、 本 研 究 で は 、 人 為 催 熟 二 ホ ン ウ ナ ギ の 卵 質 改 善 を 目 的 と し て 、 (1) 雌 化 養 成 ウ ナ ギ を 用 い 、 秋 、 冬 と 翌 年 春 に そ れ ぞ れ 人 為 催 熟 を 開 始 し 、 催 熟 開 始 時 期 、 な ら び にSPE
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投与 濃度が卵 質に及 ぽす影響 を検討 するとと もに、 (2) 低水温(15℃) と高水温(20℃)
の催 熟環境を 設け、 卵質に及 ぼす催熟水温の影響を検討した。(1)の結果から、春季には 卵母 細胞の退 行が多 くみられ 、人為 催熟によ り得ら れた卵の卵質も悪いことが判明したた め 、 (3) 春 季 の 卵 母 細胞 退 行 を抑 止 す るた め 、2月 か ら4月 に か けて 、 月1回のSPE投 与を行なしゝ、これら雌親魚を人為催熟することで春季催熟技術の改善を試みた。また、(4) 採卵 後の親魚 を生残 させ、淡 水環境 下で1〜2年 体力回 復させた後に複数回採卵を試みた。
(1) 卵 質 に 及 ぽ す 催 熟 開 始 時 期 お よ び サ ケ 脳 下 垂体 抽 出 物(SPE)投 与 濃 度の 影 響 飼育 環境下 では、10月 からの 水温低下 に伴い、 ウナギ は摂餌を停止した。催熟開始前の 平 均 卵 径 お よ び ス テ ー ジ は 、9月 で 約170 pmの 油 球期 、12月 は 約210 pmの 卵 黄 形成 初 期 に 達し た が 、翌 年 の4月 に は 、約210 pmで 変わ ら ず、 卵巣中の 最大卵 群の卵母 細胞が 退行 した。こ の季節 的な卵母 細胞の 発達変動 は、秋 季の水温 の低下および短日化によって 調節 されてい ると考 えられた 。
春季 催 熟 開始 群 に おい て は 、高 濃 度(30 mg/kgーBW) SPE処理 に お いて も70%の個 体 が最 終成熟に 達した にすぎず 、かつ 排卵され た卵の 受精率も 極めて低かった。即ち、春季 催熟 開始の場 合は卵 質が極め て悪く 、秋季催 熟開始 では比較 的良質ぬ卵が得られる傾向が 認め られた。
低 濃 度 (15 mg/kg‑BW) SPE処 理 と 高 濃 度(30 mg/kg‑BW) SPE処 理 が 人 為 催 熟 に 及 ぼす 影響を検 討した 結果、低 濃度処 理群に比 ベ、高 濃度処理 群では成熟率が高いことが示 さ れ た。 ま た 、季 節 に 関係 な く 、低 濃 度SPE処 理 群よ り 高 濃度SPE処 理 群 の方 が 卵質が 高い 傾向にあ った。 しかし、 逆に、 低濃度SPE処理群の方が卵質が良しゝ場合もあった。こ れは 、催熟前 の卵巣 が発達し ていた ために、 高濃度SPE処理 群では反 応が早 すぎ、プ ライ ミ ン グ や DHP注 射 の タ イ ミ ン グ が 把 握 し に く く な っ た 可 能 性 が あ る 。 (2)卵質 に及ぽ す催熟水 温の影 響
卵母 細胞が 核移動期 に達する までのSPE注射 回数は 高水温で 少なく 、低水温 で多くな っ た。 すなわち 、卵母 細胞が核 移動期 まで発達 するた めには、 水温20℃ で催熟す ると2カ月 程 度 、水 温15℃ で 催 熟す ると3カ 月程度要 した。 天然ウナ ギが産卵 場に移 動するの も3カ 月 以 上要 し て いる と 思 われ ること から、催 熟水温 は20℃より15℃の方 が天然状 態に近 い と考 えられた 。
また 、いずれの催熟開始群においても、高水温群より低水温群の方が良質卵が多かった。
そ の 理由 は 、 卵母 細 胞 の発 達 ス ピー ド が 適 度に 遅 く なったた め、プ ライミン グやDHP注 射の タイミン グが把 握しやす く、過 熟卵や濁 卵にな るのを防 ぐことができたためと考えら れた 。
(3)春季 催熟技 術の改善
飼育 条件下 で春季に みられる 退行を 防ぎ、春 季でも 良質卵を得るためには、外因性生殖
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腺刺激ホルモン(GTH)処理が有効と思われたため、淡水養成期の2月から4月にかけて、
SPE注射を行ない、これらの雌親魚を人為催熟することで春季催熟技術の改善を試みた。
その結果、外因性GTH処理により、春季の卵巣退行は抑制でき、催熟処理による成熟率 は向上したが、顕著な卵質改善はみられなかった。その主な原因としては、催熟開始前に、
実験魚の体カが消耗したためと考えられた。
(4)採卵後親魚を用いた複数回採卵の試み
採卵後の個体は催熟開始前に比べ体重が大幅に減少したが、l〜2年間の飼育により、体 重は増加し、卵巣発達ステージも再び油球期に達し、再採卵が可能となる個体もみられた。
採卵後1年の個体の多くは、卵巣中に退行卵由来と考えられるエオシン陽性のコ口イド様 物質を含む濾胞構造が観察され、卵母細胞の卵径は小さい傾向にあった。従って、採卵後 の1年間の淡水飼育中に、排卵後卵巣中に存在する卵黄形成中の卵母細胞は退行し、新た に卵原細胞あるい|ま極めて初期の卵母細胞が成長してくると思われた。採卵後2年の個体 では、卵巣中に退行卵由来の濾胞構造は観察されず、卵組成も初回の催熟開始前のように 完全に回復し、人為催熟により採卵でき、受精卵および孵化仔魚も得られた。従って、少 なくとも本研究の飼育条件では、採卵後の親魚の卵巣中に残留する卵母細胞が退行、消失 するのに1年以上要すると思われた。また、残留卵の退行と並行して新たに卵母細胞の供 給と成長が起こっていると考えられた。
以上、本研究では、ウナギの卵質に影響を及ぼす因子は非常に多く、催熟前の卵巣発達 度、催熟のためのホルモン投与濃度、催熟水温、プライミングや排卵誘導のタイミング、
ストレスや体カなどがあることを示し、これら多くの因子を考慮し、,飼育環境や催熟方法 を調節することが、卵質改善に必要であることを提案した。さらに、採卵後の雌親魚を生 存させ、複数回採卵し、受精卵および孵化仔魚を得られることを初めて明らかにした。こ れらのことを総合的に判断し、催熟方法の調節や選抜育種をすることで、さらに効率的な ウナギ人工種苗生産技術の確立に繋がるであろう。
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学位論文審査の要旨 主査 副査
副査 副査 副査
特任教授 原 教授 足 准 教 授 井 准 教 授 東 助教 平
彰彦 立 伸 次 尻 成 保 藤 孝 松 尚 志
学 位 論 文 題 名
人為催熟ニホンウナギの卵質改善に関する研究
ニホンウナギ(Angu也b脚。丑f〔.,a)は日本を含む東アジアにおける重要な水産資源であ る。 しか し、種苗として用いられるシラスウ ナギの資源量は年々減少しており、資源の保 全と 養鰻 業の安定化のために、ウナギの人工 種苗生産技術の開発が強く望まれている。人 工種 苗生 産のためには成熟した親魚を確保す る必要があるが、ウナギは飼育環境下では性 成熟 せず 、卵巣の発達は前卵黄形成期から卵 黄形成初期で停止する。現在のウナギ催熟方 法 は 、 雌 に 対 し て は サ ケ 脳 下 垂 体 抽 出 物 (SPE) を 週1回 連 続 注 射 す る こ と で 卵 巣 の エ ス ト ロ ゲ ン 合 成 を 促 し て 卵 黄 形 成 を 進 行 さ せ 、2〜3カ 月 後 に 、 核 移 動 期 に 達 し た 個 体 にSPEの プ ラ イ ミ ン グ と 卵 成 熟 誘 起 ス テ ロ イ ド で あ る17Q,209ー ジ ヒ ド ロ キシ.4‐プレグネン・3ーオン(DHP)を注射することで卵成熟およぴ排卵を誘導している。
しか し、 このような人為催熟法で得られる卵 は、受精率や孵化率が低い場合が多く、大幅 な卵質改善が望まれている。
最近、飼育環境下の雌化養成ウナギの卵巣発達度に周年変化があることが報告されたが、
この よう な養成ウナギを催熟し、卵質の周年 変化を詳細に調べた例はない。また、ウナギ の人 為催 熟の際、ホルモン投与量や水温が卵 質に及ばす影響を調べた研究はない。飼育下 での 雌ウ ナギの卵巣発達は秋季の水温低下や 短日化により促進されるが、その発達程度に は大 きな 個体差がみられる。このような同じ 環境条件下における個体ごとの反応性の相違 は遺 伝的 形質である可能性がある。従って、 飼育環境下で生殖腺ができるだけ発達する個 体を 親魚 として用い選抜育種することで、将 来、人為催熟処理を施すことなしに成熟に至 る個 体が 得られるかもしれなぃ。しかし、卵 の場合は凍結保存が難しく、代わりに採卵し た 個 体 を 生 か し て 複 数 回 採 卵 でき るよ うに すれ ば、 雌魚 の優 良形 質の 保存 に役 立 っ。
そこで本研究では、人為催熟ニホンウナギの卵質改 善を目的として、(1)雌化養成ウナ
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ギ を 用い 、秋 、冬 と翌 年春 にそ れぞ れ人 為催熟を開始し、催熟開 始時期、ならびにSPE投 与 濃 度が 卵質 に及 ぼす 影響 を検 討す ると とも に、 (2) 低水 温(15℃ )と高水温(20℃)
の 催熟環境を設け、卵質に及ぼす催熟水温の影響を検討し た。(1)の結果から、春季には 卵 母 細胞 の退 行が多くみられ、人為催 熟により得られた卵の卵質も悪いことが判明したた め 、 (3) 春 季 の 卵 母 細 胞 退 行 を 抑 止 す る た め 、2月 か ら4月 に か け て、 月1回のSPE投 与 を行ない、これら雌親魚を人為催熟することで春季催熟技術の改善を試みた。また、(4) 採 卵 後の 親魚 を生残させ、淡水環境下 で1〜2年体力回復させた後に複数回採卵を試みた。
(1) 卵 質 に 及 ぼ す 催 熟 開 始 時 期 お よ び サ ケ 脳 下 垂 体 抽 出 物(SPE)投 与 濃 度 の 影 響 春 季催 熟開 始の 場合は卵質が極めて悪 く、秋季催熟開始では比較的良質な卵が得られる 傾 向 が 認 め ら れ た 。 低 濃 度 (15mg/kg‑BW) SPE処 理 と 高 濃 度(30 mg/kg‑BW) SPE処 理が 人為 催熟 に及 ばす影響を検討した結 果、低濃度処理群に比べ、高濃度処理群では成熟 率が 高い こと が示 され た。
(2)卵 質に 及ば す催 熟水 温の 影響
催 熟水 温は20℃ より15℃の方が良質卵 が多かった。その理由は、卵母細胞の発達スピー ドが 適度 に遅 くな ったため、プライミン グや卵成熟誘起ステロイド注射のタイミングが把 握 し や す く 、 過 熟 卵 や 濁 卵 に な る の を 防 ぐ こ と が で き た た め と 考 え ら れ た 。 (3)春 季催 熟技 術の 改善
SPE処理 によ り、 春季 の卵 巣退 行は 抑制 でき 、催熟処理による成熟率は向上したが、顕 著を 卵質 改善 はみ られなかった。その主 な原因としては、催熟開始前に、実験魚の体カが 消耗 した ため と考 えら れた 。
(4)採卵 後親 魚を 用い た複 数回 採卵 の試 み
採 卵後 の個 体は 催熟 開始 前に 比 べ体 重が 大幅に減少したが、ト2年間の飼育により、体 重 は 増 加 し 、 再 採 卵 が 可 能 と な る 個 体 もみ られ 、受 精卵 およ び孵 化仔 魚 も得 られ た。
以 上、 本研 究で は、ウナギの卵質に影 響を及ばす因子は、催熟前の卵巣発達度、催熟の ため のホ ルモ ン投 与濃度、催熟水温、プ ライミングや排卵誘導のタイミングなどがあるこ とを 示し 、こ れら 多くの因子を考慮する ことが、卵質改善に必要であることを提案した。
さら に、 採卵 後の 雌親魚を生存させ、複 数回採卵し、受精卵およぴ孵化仔魚を得られるこ とを 初め て明 らか にした。これらの結果 はニホンウナギの人為催熟法の改善のための重要 な基 礎的 知見 を提 供したものと評価され 、審査員ー同は申請者が博士(水産科学)の学位 を授 与さ れる 資格 のあ るも のと 判 定し た。
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