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既漁村集落平松地区の住環境の変容に関する研究 [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)既漁村集落平松地区の住環境の変容に関する研究. 村上 明. 0 .はじめに. 0 10. 50. 100. 150M.   平松地区は北九州市の都心近傍に位置する既漁村集落 である。板櫃川の河口の砂州上に位置した漁村で、近世. 東港町. 板櫃川. 平松漁港. 九 北. 期に小倉城の帯郭に接する御菜浦として繁栄した地区で. 高 市 都 州. あるが、明治期以降、小倉が近代都市に成長する過程で. 路 道 速. 平松西. 漁村の自立基盤は徐々に失われていく。海浜に沿った鉄. 明松橋. 道敷設を始めとする周辺開発の進行は、漁労の場を制約. 平松中. し、都市産業の発展は住民の漁業離れを促した。一方、. 平松東. 急激な社会変化に対して、集落内では漁村特有の住居集. 日明1丁目. JR 鹿. 極楽橋. 合を保ちながら、共有地への居住拡大や戸別の増改築が. 児 島本 線. 鋳物師町. 平松町. 進み、特異な過密居住地となるに至った。近年、住環境 水神. の悪化による人口流出や居住世帯の高齢化が深刻化し、 平成6年より北九州市を事業主体とする住環境整備事業. 国家 公務 員官. 鋳物師西. 山陽新幹線. 舎. 至小倉. 至博多. が実施されている。  本研究では、近世都市の縁部に立地した漁村集落が、. ガス工場. 近代都市の形成に伴って変容し、住環境悪化の著しい過. 図 -1-1 地区周辺の現況と町内会の区分. 密居住地へと至る一連の過程を明らかにし、集落空間の. 2.初期の集落構成. 都市化による変容の縮図モデルとして考察する。.   平松集落の発祥についての定かな記録はないが「小倉. 1 .調査の概要 要 . 市史続編 /補遺」 (昭和 30年)には板櫃川流域の到津荘園.  平松地区は、JR 小倉駅の西約 1.5km に位置する。現. の年貢米積み出し港であったとの説もある。専業の漁浦. 在は周囲を河川や鉄道に囲まれ閉鎖性が高く、地区内の. が形成されるのは慶長 7 年(1602 年)の小倉城築城の際. 道路基盤は脆弱で木造住宅が密集している。平成 6年時. であり、紫川西岸の漁浦を当地に移転させたことに始ま. 点で地区面積 5.02ha、住戸 393 戸、世帯数 350 世帯、人. る。それまで寒村であった平松浦に網漁業を営む集団が. 口 835人である。高齢化率は 29.2%と非常に高い。就業. 合流し、砂州上の限られた可住域に高密な集落が形成さ. 人口に占める漁業従事者の割合は約 1 割である。. れた。以後、藩主の保護のもとに栄えるが、幕末の小倉.  当地区の町内会は図 -1-1に示す平松西、平松中、平松. 戦争により家屋を焼失しており、その後に再興した集落. 東、水神、鋳物師西に分かれ町の形成過程が異なる。平. 旧水難救済会の会長宅. 松西・中・東町の範囲は旧平松浦村の集落域に当たり漁. 旧網元宅. 0 10  . 50     100M. 村集落の構成を強く留め、住戸が密集し網目状の路地を 構成している。水神町は農村集落であった旧干上村の縁. 御大師堂. 部で終戦頃まで畑地であり、鋳物師西町は城下町屋敷の. 旧総代宅. 2.00. 1.50. 西縁部に当たる。本研究は、平松西・中・東町(以後、 平松と呼ぶ)を対象に漁村集落の変容過程を明らかにす. 2.00. 2.50. 2.50. 表 -1-1 調査概要. 3.00. 2.00. 調査の対象 地区内居住者 郷土史家 北九州市立図書館 北九州市法務局 地区内居住者 北九州市 地区内居住者 集落内の路地 地区内居住者 平松漁業組合員 地区居住の古老 地区居住の古老 平松漁港およびその周辺 地区内および周辺の史跡 北九州市立文書館. 旧網元宅. 2.00 旧網元宅. る。本研究の調査概要を表 -1-1 に示す。 NO.調査の方法と内容 1 集落の歴史に関するヒアリング調査 2 郷土史家へのヒアリング調査 3 古地図/地形図の閲覧 4 土地・建物登記簿調査 5 路地での生活に関するヒアリング調査 6 建物調査票の閲覧 7 路地の通行に関するヒアリング調査 8 路地の観察調査 9 共同水道の利用に関するヒアリング調査 10 漁労に関するヒアリング調査 11 地区の変容に関するヒアリング調査 12 地区内組織に関するヒアリング調査 13 平松漁港の実測および観察調査 14 地区と周辺の史跡の観察調査 15 公文書の検索および閲覧. 蛭子神社. 2.00. 12名 ー ー ー ー名 ー 60名 ー 18名 2名 11名 1名 ー ー ー. 調査時期 H9.11 H9.11 H9.11 H9.11 H10.11 H10.11 H11.10 H11.11 H11.11 H13.11 H13.11 H14.01 H13.11 H14.01 H14.01. 寺. 行者堂. 1.50. 2.50 2.00. 極楽橋. 2.50 2.50. 2.00. 2.00 3.00. 水神社. 2.00. 3.00 2.50. 2.50. 2.00. 板櫃川 2.50. (本研究は平成 9年から継続して平松地区での調査を行っている). 潮見やぐら跡 3.00. 3.50. 図 -2-1 現況の地勢と旧跡等の立地(整備事業の工事測量図を元に作成). 35- 1.

(2) 50. 0 10. 100. 0 10. 150M. 西の浜. 西の浜 4. 平松漁港. 住宅地. 3. 平松町. 1867 明治維新に伴う戦災(小倉戦争) . 工場地. 日明町. 小倉-戸畑線. レンコン堀. 極楽橋. 明 治 期. 9. 極楽橋. 往還道路. 往還道路. 鋳物師町 水神町. 刑務所. 2. 6. 日明電停. 1895 小倉刑務所 鋳物師町へ移転 . 2. 1902 九州鉄道 小倉−戸畑間の開通 /. 3.    海岸に鉄道軌道の整備・抱き合い波止場の整備 . 大 正 期. 刑務所. ガス工場. 図 -3-1 明治末期の地形図 0 10. 50. 100. 1912 路面電車の敷設 /日明停留所の設置. 【図-3-1】 周辺に工場立地. 0 10. 150M. 6. 1934 板櫃川の河道付け替え工事 . 図 -3-2 昭和 20年代の地形図 50. 100. 150M. 戦 前. 1935 松方埋め立ての拡大/ 平松漁港の内陸化 . 14. 東港町 平松漁港. 東港町. 板櫃川. 明松橋. 14. 平松漁港. 明松橋. 低湿地 工場地. 工場地. 平松町. 昭 和 期. 1953 北九州大水害/板櫃川の河川改修・護岸工事  10 1960 小倉刑務所の移転 . 1965 国鉄鹿児島本線の複々線化工事 . 日明町. 1971 明松橋の設置  往還道路. 往還道路. 鋳物師町 公務員官舎. 水神町. 11. 【図-3-2】. 11. 臨海部の埋め立て拡大. 平松町. 日明町. 9. 1952 埋め立て地へ抜ける道路の整備. 低湿地. 13. 8. 1951 平松漁港魚揚岸壁の復旧工事. 都市高速道路. 住宅地. 住宅地. 7. 漁業離れの進行. 西の浜. 板櫃川. 5. 河道変更. 1. 12 複々線. 4. 鋳物師町. 水神町. 5. 1764 小倉城西の溜池 干上がり干拓により耕作地化 1. 網元漁労の最盛期. 耕作地. 耕作地 東の浜. 1602 小倉城築城 /紫川の漁労民が平松浦に疎開. 低湿地. 低湿地. 干上村. 表 -3-1 周辺開発の履歴 藩 政 期. 住宅地. 平松町. 150M. 平松漁港 8. 板櫃川. 100. 7. 板櫃川. 共同作業場(堆積物). 50. 鋳物師町. 水神町. 公務員官舎. 12. 【図-3-3】 13. 1972 都市高速道路の開通/ 高速高架橋の敷設 . 14. 1975 山陽新幹線の開通/高架橋の敷設 . 15. 1975 日明スーパーマーケットの開設 . 16. 日明マーケット 15. 16. 住環境の悪化. 山陽新幹線. 1985 平松漁港の大規模改修工事 /地下道の開設  17. 平 成 期. ガス工場. ガス工場. 図 -3-3 昭和 40年代の地形図. 1994 住環境整備事業の開始 . 【図-3-4】. 図 -3-4 現況の地勢図. が現集落の基礎となっている. 鉄道敷設以後は漁港の整備が行われた。戦後には漁港が.  図 2-1 は、現在の地勢に旧跡及び明治初期の有力者住. 沿岸の埋め立てにより漁港は内陸化し、すでに工場立地. 戸の位置を重ねたものである。大潮時の潮位が+約 1.5m. が起こっている。高度成長期には埋め立て地の拡大と工. であること、帯郭の端部である鋳物師西町が標高 2.5 m. 業化がさらに進行している。. 以上にあることから、明治初期の平松集落は西部の比較. 4.漁労空間の変容. 的安定した土地に居住域が形成され、尾根筋に背骨道路.   次ぎに漁労空間の変容について考察を行う。平松の伝. が通り水際の要衝に有力者や社が位置したと推測され. 統的な漁家住宅は、住戸の東側の平入りで中二階建て. る。集落の中央部は現在の地積も狭小で立地条件による (屋根裏部屋兼倉庫)、通りニワとクドを持つ。共同浴場 を利用し内風呂を持たない。昭和の初期まではほとんど 漁民の資力の差がうかがえる。  旧地区総代宅に残る「平松人民共有地表」を昭和 9 年. の住戸がこの住宅形式をとっていた。そのため南北方向. の地積図と照合すると、平松は居住域の東西に共有地を. に住戸の列が生じている。平入りになることで住戸は前. 持っていた。西側は『西の浜』と呼ばれる網干場であり、 面路地に対して間口を大きくとっている。 東側は『東の浜』と呼ばれる網干場と、 『レンコン堀』と   当時の網元の住戸は集落の縁部に立地しているが、漁 呼ばれる湿地であった。 「筑豊沿海志」 (大正 6年)には、 労最盛期の沖合漁業で用いる漁具(刺し網など)は 6 ∼ 江戸期より西の河口部と東の浜(浦濱)が舟の係留所で 8 人で扱う規模の大きなもので、路地内を持ち運ぶこと あったと記されている。以上のように初期の平松集落は. が困難であり、休漁期には路地を通過せずに河岸や浜か. 構成されていた。(図 -3-1 参照). ら網元の住戸に直接アクセスし中二階に収納できた。網. 3 .集落域の変容と周辺開発. 元制の最盛期は近世期であり、 「筑豊沿海志」 (大正 6年).  図 3-1 に示す居住域東側の低湿地は都市化に伴い変容. によれば網元制の沖合漁業は大正期には衰退する傾向に. する。戦後に東側の共有地にバラック居住が始まり、昭. あり、個人操業化が進み小舟での近海漁業に移行してい. 和27年に埋め立て地へ抜ける道路が整備され沿道に住宅. た。網元は規模を縮小し操業していたが戦後になると網. が並び、共有地は切り売りされ細分化している。図 -2-1. 元は舟子を集めることが困難になり網元制の漁労は消滅. に示すように拡大部分は現在でも周囲より標高が低く. 表 -4-1 戦前戦後の漁労の変容 /出典「小倉の農業」小倉市 /1958. なっている。. 年代.  集落域の形成と変容に加えて、周辺開発の進行を図-32 ∼図 -3-4 と表 3-1 に示す。近世期には沿岸の砂州上に 位置し、その後、集落南の堀が埋め立てられ、集落北に. 1903(M35) 1914(T3) 1928(S3) 1948(S23) 1948(S23) 1956(S31). 35- 2. 漁労動態 漁船数(隻) 動力船数(隻) 漁業組合設立 123 124 0/124 164 171 8/171 漁業協同組合へ移行 51 47 42/47 35 37 37/37. 経営体数(戸).

(3) している。また現在でも季節による漁獲の狙いが異な. 増すために漁具も大型化し、個人での持ち運びが困難に. り、近海に好漁場を持つ平松では、当時も季節に応じて. なり、バラック倉庫を網干場につくったが、昭和 30年頃. 近海で個人操業を行っていたことは漁労者の住戸が漁具. にキヌ貝の大漁があり、貝を煮炊きする中二階建ての小. 倉庫としての中二階をもつ住戸であったことからもわか. 屋が漁港の網干場に大量につくられた。貝漁のピークを. る。原資を蓄えた舟子が、網元を離れ個人操業へと移行. 過ぎると漁具倉庫に転用され、漁具の大型化を図らな. することは早期に可能であった。個人操業の漁具は、個. かった漁労者も倉庫を利用した。地区内の居住圧の高ま. 人で持ち運びが出来、水際から自宅まで持ち運ぶため路. る昭和 30 年代後半から倉庫を改造し住居へ転用される。. 地の経路と幅員が必要であった。古老の話では戦前頃ま. 昭和40年には鉄道が複々線化され複数あった漁港と集落. では漁具を肩に担いで路地を行き来する漁労者が多くい. の経路は減少している。漁港の変容を図 -4-1∼ 4に示す。. たという。.  現況の集落域の形成は、共有地や低湿地へ居住域を拡.  漁労人口の変容と漁船の変化を表 4-1 に示す。個人操. 大させ、地区の居住圧の高まりを受け止めた結果である。. 業の漁労者が、不安定な漁労を捨て安定した収入を求. 5.路地生活の変容. め、大正期から戦前にかけ周辺に工場立地が進んだ頃に.   次ぎに居住域内の路地の変容を考察する。路地には属. 漁業離れを起こしている。漁業組合員の話では、漁労を. 性の違いがあり、古老の話では、幅員が広く玄関や縁側. 集落内部と切り離す要素として、鉄道敷設の際に整備さ. などの生活が面する家の表となる路地を「戸間」、家の裏. れた防波堤による内海の東側は堆積物により次第に陸化. 手で通路や物置となっている路地(家々の隙間)を「背. し低湿地になり「網干場」と呼ばれ共同作業場として使. 戸」と呼んでいる。背戸は家々の妻側どうしの隙間であ. われていた。戦後も漁労を続けた漁労者は、漁船の動力. る場合と、 『昔は広かったが、今では背戸になってしまっ. 化により船の規模が拡大し 2 ∼ 3 人で漁を行い操業性を. た。(人が通れなくなってしまった)』という、戸間と呼. :住戸. 0. 10. ばれた路地が、増築や専有化により幅員を失い通行出来. 100M. 50. :漁具倉庫 :その他. 表 -5-1 路地の属性. 外海. :低湿地. 路地. 松方埋め立て地(東の浜). 龍神様. 内海. 属性. 出入口. 通行. 現在の用途. 昭和30年代頃まで. 開口率. 背戸A. ー. ○. 通路. 通路. 13.6%. 背戸B. ー. ×. 物置. 物置/戸間. 10.5%. 戸間A. 有. ○. 通路・表出・あふれ出し 漁労・水汲み・縁側. 27.4%. 戸間B. 有. 専有. 専有庭・袋小路. 有. ◎. 道路・表出・あふれ出し. 商店・往来. 36.7%. 背戸 漁港への経路. 西の浜. 網干場. 東の浜. 戸間 行者堂 蛭子神社. 背骨道路. レンコン堀. 図 -4-1 昭和 23 年頃(昭和 23 年航空写真による) (現在の路地の用途を観察調査で把握、昭和 30 年代の路地の用途をヒアリ 0 10 100M 50 ングによる聴取により把握を行った。 ). :住戸. 平. :漁具倉庫 :その他. 外海. 地下道. :低湿地 龍神様. 調査範囲. 内海. 舟揚場. 魚揚岸壁. 舟揚場. 漁港への経路 西の浜. 蛭子神社. 蛭子神社. 図 -4-2 昭和 36 年頃(昭和 36 年航空写真による) 0. :住戸. 10. 50. 100M. :漁具倉庫 :その他 :低湿地 龍神様 舟揚場. 内海. 舟揚場. 漁港への経路. 西の浜. 複々線化 蛭子神社. 図 -4-3 昭和 44 年頃(昭和 44 年航空写真による) :住戸. 都市高速道路. :漁具倉庫. 0. 10. 50. 100M. :その他 :低湿地. 漁業組合事務所. 舟揚場 龍神様. 西顕寺 /分社 内海. 背戸A. 漁港への経路. 背戸B. 地下道. 戸間A 戸間B. 蛭子神社. 図 -4-4 昭和 59 年頃(昭和 59 年航空写真による). 35- 3. 図 -5-1 現況路地の属性.

(4) 排水溝. 共道水道 A. A A`. A`. 共同水道 共同水道の利用と. 共同水道の利用と. 共同水道. 出資のグループ. 玄関/勝手口. 出資のグループ. 玄関/勝手口. 土間. 土間. 内風呂. 図 -6-1-1 昭和 30年代の住戸群の平面復元図. 図 -6-1-2 現況の住戸群の平面図 昭 和 30 年 代. なくなった場合がある。現況の路地を表 -5-1・図 -5-1に 示す属性(背戸 A/B・戸間 A/B)で分類した。. 6 畳. 通りニワ. 土 間.   大正期からの漁業離れや、漁港での漁具倉庫の建設で. 板 間. 6 畳. 押 入. 共同水道. 漁労空間としての路地の必要性は薄れつつあった。しか. 戸間空間. 内部空間. し大正 2年に地区内に敷設された共同水道より、路地の. 内部空間. 戸間空間. 作業空間. 幅員は保たれている。十数軒で出資し、路地の中まで水. 内部空間. 道管を引き共同水道とした。共同水道の 1グループの変. 2階を増築. 内部空間. 作業空間. 戸間空間. 内部空間. 戸間空間 専有. 内部空間. 増築. 隣家と合築. 大規模な改築. 容を図 -6-1-1・2 に示す。共同水道設置場所の周辺の空 6畳. 間および共同水道から、各住戸までの水汲み経路の路地. 現. の幅を保つ必要性があり、出資集団ごとに団子状の住戸. 況. 集団を考慮した路地を利用していた。昭和30年代から次 第に各戸が自宅に水道を引き込むようになり、水圧の変 化などから共同水道は使われなくなる。   複数あった漁港への経路や、共同水道まわり、共同水 道への経路が建て増しの対象になり建て詰まりを起こし た。改築により土間や縁側など、路地と住戸の中間領域 が、外部から閉ざされ住戸内空間に変わったことで戸間 の視覚的な広がりを失い、より一層の狭小感を生じた。 居住面積の拡充を目指して2階部分を増築する事例も多 くあり、1 階部分を残し周囲に柱を足して 2 階部分を増 築している。2 階部分の増築により戸間への日照も減少 し次第に路地の快適性は失われていく。各戸が増築する 中でトラブルも多く発生しているが、古くからのつき合 いであり近隣相互に増築により迷惑を掛け合っていたた めに、最後には『お互い様』ということで済ませていた。   建て詰まりの理由をまとめる。 1)漁港への出入りが鉄道により経路が限定され、通行 がない路地があらわれたこと。2)漁港に漁具倉庫がつ くられ、集落内へ漁具の持ち込みがなくなったこと。3) 共同水道が使われなくなり、共同水道の周りと住戸から の経路の幅員を保つ必要を失ったこと。4)土間や縁側 などの住戸内外をむすぶ中間領域も、居住面積拡大のた めに内化されたこと。5)内風呂を持たず、各戸が内風 呂の増築を求めたこと。6)漁業離れでサラリーマン化. 勝 手 口. 台所. 廊 下. 板間. 6畳. 6畳 板 塀. 板間. 玄 関. 板間. 6畳. 6畳. 板間. 6畳. 8畳. 図 -6-2 路地の断面の変容 A-A’. が進行し、安定した収入により増改築を行う原資を蓄え たこと。7)漁労者は沿岸埋め立てによる漁業権補償を得 たこと。8)建て詰まりで、戸間の快適性や魅力が失われ たこと。9)昔からの近隣関係が築かれており、増築時の トラブルを『お互い様』で許し合ったこと。 6.総括    漁村特有の空間基盤である水際と路地が都市化による 漁業離れを契機に変容している。漁業の近代化の過程で 生産域と居住域とが別離した。水際の生産域は埋立や護 岸により安定化しそこへ居住域を拡大して、高まった地 区の人口圧を受け止める空間となった。  路地には作業の伴う経路の幅員を保つ空間の優先性が あったが、路地での作業は次々に減退し、共用性の低い 路地に対し戸別の生活空間充実のため専有化が行われた。 高密居住を空間的に補完していた路地の環境は悪化し魅 力を失い更なる建て詰まりを招いた。また空間基盤のも つ制約上、道路や下水道など戸別の対応では対処できな い面が他地区の生活水準と比べ立ち後れた。  加えて、若年層が地区の生活環境の悪化を嫌い流失し、 地区を担ってきた戦前生まれの世代から、世代を越えた 居住地の継承がなされず、地区の高齢化は進んでいる。 町の世代交代の沈滞化で組織力や活気を失ったことも住 環境の悪化が招いた 2 次的な要素である。. 35- 4.

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