政 治 的 言 語 を 考 察 す る た め の 枠 組 み に つ い て
大 河 原 伸 夫
は じめ に 一 表 現 の比 喩 性 二 表 現 と概 念 メ タフ ァ ー お わり に
は じ め に
いか なる こと を 政治 とと らえ る にせ よ︑ 言語 使 用が 政治 の重 要 な部 分を 成す こ とは 確 かで あろ う︒ 政 治的 言語 を考 察 す るた めの 一つ の 枠組 みは
︑ 字義 通 りの 意味 を持 つ 表現
と 説得
・支 持調 達・ 動員 の ため 使用 され る 比喩 的表 現 と い う二 分法 から 成 る1
︒︶
本稿 にお い ては
︑そ れに 代 わる
︑三 分法 か ら成 る枠 組み を 取り 上 げる
︒こ れは 抽 象概 念の 構築 に 関 する G・ レイ コ フ︵
L a k o ff
︶と M・ ジ ョン ソ ン︵
Jo h n so n
︶の 一 連の 認知 意味 論 的な 研 究⎜
﹁概 念メ タ ファ ー﹂ 論⎜ で 提 示さ れて きた も ので ある2
︒︶
(78‑3‑ ) 431 85 論 説
彼ら の議 論を
︑ 次の 四点 にま と めよ う︒ 一︶ 抽象 概念 は︑ 身 体的 経験 に直 接 根ざ す概 念に 基 づい て構 築さ れる
︒た と え ば﹁ 痛 み﹂
︵ 目標
︵
ta rg et
︶﹂ 概 念︶ は
︑ 存在 物﹂
︵ 起点
﹂概 念︶ に 基づ いて 構築 さ れ る︒ その 結 果︑
存 在 物﹂ の 要 素︵ たと え ば︑ なく な り 得 る もの
︶が
︑ 痛み
﹂の 要素 をも 成 すよ うに なる
︒ そし て︑
痛み
﹂と いう
﹁メ タ フォ リカ ルな 物
﹂が 措定 され る に至 る︒
︶ 二︶
概念 メタ フ ァー
﹂は
︑ 目標
﹂ 概念 が﹁ 起点
﹂ 概念 に 基 づい て構 築さ れた 結果 生 ずる
︑ それ ぞれ の要 素 間の 対応 で ある
︒概 念メ タ ファ ー﹁ 目標 は 目的 地︵
P U R P O S E S A R E D E S T IN A T IO N S
︶﹂ は︑
目標
﹂ の要 素 と﹁ 目的 地﹂ の 要 素の 間の 対応 で ある
︒概 念メ タ ファ ー﹁ 社会 集 団は 容器
︵
S O C IA L G R O U P S A R E C O N T A IN E R S
︶﹂ は
︑ 社会 集 団
﹂の 要素 と﹁ 容 器﹂ の要 素の 間 の対 応で ある
︒ 三︶ 抽象 概念 が﹁ 存 在物
﹂な どに 基 づい て構 築さ れ
︑概 念メ タフ ァ ーが 成立 する こ とは
︑通 常意 識 され ない
︒そ れ 故︑ 概 念メ タフ ァー に 由来 する
﹁メ タ フォ リカ ルな 表 現﹂
︵た とえ ば﹁ 痛 みが 消え た﹂
︶は
︑ 比喩 的と は認 識 され ず︑ 字義 通 り の意 味 を持 つと 認 識 され る
︒こ の点 を 踏 ま え れば
︑言 語 表現 に つ い て︑
字 義 通り の 意 味 を持 つ 表 現
風 船が 上 が った
﹂︶
︑ 概 念メ タ ファ ーに 由来 し
︑字 義 通り の意 味を 持 つと 認識 され る表 現
︵ 彼は 理論 を 構築 した
﹂︶
︑及 び 比 喩 的表 現
彼の 理論 はガ ーゴ イ ルで おお われ て いる
﹂︶ とい う三 分 法が 成り 立つ
︒ 四︶ 抽象 概念 の﹁ 存 在物
﹂な どに 基 づ く構 築 を 通 じ︑
現 実﹂ が 構 成 さ れる
︒ 文化 に よっ ては
︑ 時間
﹂の
﹁ 有用 な 物
﹂に 基づ く構 築 を通 じ︑
時 間﹂ を
﹁与 える
﹂あ る いは
﹁無 駄に す る﹂ こと は﹁ 現 実﹂ の一 部と な る︒
︶既 存の 概念 メ タ ファ ーの 批判 的 検討 は︑
現 実﹂ の 批判 的検 討の 一 手段 を成 す3
︒︶
さて
︑抽 象概 念
︵た とえ ば﹁ 権 力﹂
︶は
︑政 治的 言 語の 重要 な 要素 であ る︒ 抽 象概 念 を含 む個 々の 表 現の 背 後に ある 概 念メ タフ ァー を 特定 すれ ば︑ 政 治的
﹁現 実﹂ の 一側 面⎜ 身体 的 経験 を基 礎と し て︑ 意 識さ れな いま ま 構成 され る側 面
⎜ を浮 き彫 りに す るこ とが でき よう
︒ この 点は
︑ おわ りに
﹂ で再 び取 り 上げ る︒
︶も ち ろん
︑概 念メ タフ ァー 論 の政
(法政研究 78‑3‑ )86 432
治 的言 語の 考察 へ の適 用に おけ る 関心 は︑ 多様 であ り得 る︒ し かし
︑そ うし た適 用の 際に 焦 点を 合わ せる 表現 は︑
字 義 通り の意 味を 持 つと 認識 され る
︑ 抽象 概念 を 含む 概念 メタ フ ァー に由 来す る とい う二 つの 条件 を 満た すも ので な け れば なら ない4
︒︶
政治 的言 語の 考 察に レイ コフ ら の概 念メ タフ ァ ー論 を用 いよ う とす る︑ 様々 な 試み が 為さ れて きた
︒ 最近
︵二
〇〇 八 年 以降
︶刊 行さ れ た書 籍5
と︶
して は
︑
A h re n s 20 09
︵所 収 の論 文 十二 点の うち 七 点︶
︑
C a rv er a n d P ik a lo 2 00 8
︵所 収の 論 文 十八 点の うち 七 点︶
︑及 び
M u so lf f 20 10
が︑ 概 念メ タフ ァー 論 の適 用を 試み て いる
︒ しか し︑ 前記 の 二条 件を 満た す 表 現に 着目 して い ると 無条 件に 述 べ得 るも のは 見 あた らな い6
︒︶
言 語表 現に 関し 概 念メ タ ファ ー論 が提 示 する 三分 法は
︑ 政 治的 言語 の考 察 に未 だ充 分に 活 かさ れて いな い
︒ 本稿 にお いて は 最近 刊行 の書 籍 三点 を取 り上 げ
︑そ れら につ い て︑ 前記 の二 条 件を 満 たす 表現 に着 目 して いる と無 条 件 に述 べ得 ない こ とを 具体 的に 示 す︒ 概念 メタ フ ァー 論を 政治 的 言語 の考 察に 用 いる 際
︑焦 点を 合わ せ るべ きは そう し た 表現 であ ると 確 認す るこ と⎜ そ れが 本稿 の目 的 であ る︒ 以下
︑ 一﹂ で︑ 着 目し てい る表 現 が 字義 通り の 意味 を 持 つと 認識 され る と い う条 件を 満た して いる か とい う角 度 から
︑ま た﹁ 二
﹂で
︑着 目し て いる 表現 が 抽 象概 念を 含む 概 念メ タフ ァー に 由来 す る とい う条 件 を満 たし てい る か とい う角 度か ら
︑諸 文献 を検 討 する
︒な お︑ 諸 文献 が概 念メ タ ファ ー論 の提 示 する 三 分法 を充 分に 活 かし てい ない と 指 摘し ても
︑政 治 的言 語の 考察 と して それ らが 持 つ価 値を 疑問 視 して いる わけ で はな い
︒
一 表 現 の 比 喩 性
まず
︑ 政治
﹂の 構 築に つい て論 ず る
H o n o h a n 20 08
及び
S te n v o ll 20 08
︑ モ デル
﹂を 取り 上 げる
Y a n o w 20 08
︑ 権
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
(78‑3‑ ) 433 87
力
﹂に つい て論 ず る
M ei er a n d L o m b a rd o 20 09
など
︑七 点の 文献 を 検討 しよ う︒ こ れら は︑
比 喩的 表 現 に着 目し て い る︒
H o n o h a n 20 08
は
︑前 おき で﹁ メ タフ ァー は政 治 的言 語 に単 に装 飾を 施 すの では なく
︑ 政治 とい う分 野 その もの の構 築 に関 与す る﹂ と 述べ
︑
L a k o ff a n d Jo h n so n 19 80
に言 及し てい る
︵
p p .6 9 70
︶
︒し か し本 論で 取上 げ てい るの は︑
①
﹁政 治 的共 同体 の概 念 的・ 実際 的理 解 を表 現す るメ タ ファ ー﹂ とし て の﹁ 統治 体︵
b o d y p o lit ic
︶﹂ 及 び﹁ 国家 とい う 船﹂
p p .7 0 71
︶︑
②
﹁国 民
﹂に 関す る﹁ 様 々な 家族 メタ フ ァー
⎜特 に目 立 つの は 母国 ある いは 祖国 の メタ ファ ー﹂
︵
p .7 3
︶︑
③
﹁﹇ 家族 のメ タフ ァ ーの
﹈代 替物 と して しば しば 提 案さ れる メ タフ ァ ー﹂ と して の﹁ 市 民 的﹃ 友 情﹄
﹂︵
p .7 5
︶︑
④﹁ 現 代 政治
︑と りわ け 選挙 政治
︑に お いて 広く 使用 さ れて いる
﹃チ ー ム﹄ のメ タフ ァー
﹂︵
p .7 7
︶︑
⑤
﹁学 術 的な 政 治学 から 取 り出 され
︑現 実 政治 に吸 収さ れ たメ タフ ァー
﹂ とし ての
﹁社 会 資本
﹂︵
p .7 8
︶な ど で ある
︒ メ タフ ァー
﹂ は﹁ 政 治と い う分 野そ のも の の構 築に 関与 す る﹂ と述 べ ると き︑ 著 者の 念頭 に ある のは 概念 メタ ファ ーで は な く︑
比喩 的表 現 で ある
︒
S te n v o ll 2 00 8
は︑
セ クシ ュ アリ ティ
︑ 妊娠 中絶
︑及 び 新 しい 生殖 技 術﹂
︵
p .3 0
︶ に関 し︑ ノ ルウ ェー 議 会︵ 一九 五
〇 年代
〜一 九九
〇 年代
︶で 展開 され た﹁ 滑 りや すい 坂 道︵
sl ip p er y sl o p e
︶の 議 論7
﹂︶
の分 析で ある
︒著 者 は﹁ 滑り やす い 坂道
﹂及 び類 似 の諸 表現
︵ パン ド ラの 箱を 開け る
﹂︵
p .2 8
︶︑ ル ビコ ンを 渡る
﹂︵
p .3 2
︶︑ ドミ ノ効 果
﹂︵
p .3 5
︶な ど︶ に 着目 する
︒そ し て︑ これ らは
﹁ 人々 の政 治の 理 解・ 経験
・実 践 の仕 方を 形づ く る幾 つ かの 概念 メタ フ ァー の表 現で あ る
﹂︵
p .3 5
︶と 述 べ︑
政治 は 物理 現 象﹂ など の概 念 メタ ファ ーを 挙 げて いる
︵
p p .3 5, 39
︶︒ しか し
︑ 滑り や すい 坂 道﹂ 等 々は
比 喩的 表 現 であ る︒ な お著 者の 関心 は
︑ 概念 メタ ファ ー では なく
︶﹁ 言語 使 用﹂ が﹁ どの よ うに 政治 を形 づ く るか
﹂︵
p .3 9
︶と いう 点に も向 け られ てい る︒
滑 りや すい 坂道 のメ タフ ァー は 政治 を 物化 し︵
re if ie s
︶︑ 境 界 が不 明 瞭 であ る抽 象的 な 社会 的存 在物
﹇ 政策 など
﹈を
︑ 境界 が明 瞭な 物 体と する
﹂︵
p .3 9
︶と 論 じら れ てい る︒
(法政研究 78‑3‑ )88 434
Y a n o w 20 08
は︑
メタ フ ァー
﹂ を﹁ のモ デル
︵
m o d el s of
︶及 び﹁ ため の モデ ル︵
m o d el s fo r
︶﹂ と とら え︑ 二つ の 事 例を 分析 して い る︒ の モデ ル﹂ とは
︑ 状況 の﹇ 中 略﹈ まだ 明確 化 され てい ない 理 解の モデ ル﹂ で ある
︒ ため のモ デ ル﹂ とは
︑ 状況 の 中 で 行 動 する た め の モデ ル
﹂で あ る︵
p .2 26
︶︒ た とえ ば
﹁住 宅 の 腐 朽︵
h o u si n g d ec ay
︶﹂ と い う﹁ メ タ ファ ー
﹂は
︑
﹁住 宅 は︑ 歯︵ ある い は自 然界 の他 の 物質
︶が 腐朽 する のと 同じ よう に 劣化 する とい う観 念﹂ を具 体化 する
︒ 住 宅と 歯 の間 のア ナロ ジ ーに 明示 的に 頼 るこ とが で きる よう にな る前 に︑
﹇住 宅と 歯の 間 に﹈ 関 連性 があ った
︒言 語 使用 が両 者 の関 連性 を明 確 化し た﹂
︒︶ また この メタ ファ ー は︑ 歯科 医が 問 題の ある 歯を 抜 き新 し い歯 を入 れる よ うに
︑問 題の あ る 住宅 を撤 去し 新 しい 住宅 を建 設 する こと を︑ 妥 当な 行動 とし て 含意 する
︒ メタ フ ァー は︑ 事前 の 理解 のモ デル か ら︑ 後 の行 動 のた め の モ デル へ と 進 む﹂
︵
p p .2 26 22 8
︶︒ な お 著 者 は︑
住 宅の 腐 朽﹂ と いう メ タ ファ ー が︑ 住 民 の﹁ 社 会 ネ ット ワー ク﹂ を 閑却 した 点を 批 判し てい る︵
p .2 28
︶︒
︶ 著者 は
︑そ の﹁ メ タ ファ ー
﹂論 が﹁ 認 知 的 理 論︵ た と え ば レ イ コ フ と ジョ ン ソ ン が 一 九 八
〇 年 に︑ そ し
a n d Jo h n so n 19 99
てL a k o ff
な ど そ の 後 の 研 究 で︑明 確 化 し た 立 場︶ に 依 存 し︑ ま た︑ メ タ ファ ー を 行 動 の 文 脈 で 理 解 す る シ ョー ン︵
S ch o n
︶の プ ラ グ マ ティ ズ ム 哲 学﹇ 中 略
﹈に も 依 存 す る
﹂と 述 べ る︵
p .2 30
︶︒ し か し﹁ モ デ ル
﹂と し て の
﹁メ タ ファ ー﹂ に関 す る議 論に おい て 着目 され てい る のは
︑ 住宅 の腐 朽﹂ のよ う な 比 喩的 表現
であ る︒ 第一 の事 例 分 析に おい て論 じ られ てい るの も
︑イ スラ エル の
﹁コ ミュ ニテ ィ
・セ ンタ ー﹂ に 関す る
﹁ス ーパ ーマ ー ケッ ト﹂ とい う
﹁メ タ ファ ー﹂ であ る8
︒︶
M ei er a n d L o m b a rd o 20 09
は
︑男 女不 平等 問 題に 関す るオ ラ ンダ 及び スペ イ ンの 政 策文 書︵ 一九 九 五年
〜二
〇〇 四 年
︶を 素材 とし
︑ その 中で 為さ れ てい る﹁ 権力
﹂ への 言及 を考 察 して いる
︒第 一 節︵
序論
﹂︶ は
︑次 の よう に始 まっ て い る︒
本章 は
︑政 治 にお ける 男女 不 平等 に関 し︑ 概 念メ タフ ァー と して パワ ーが 用 いら れて いる か
︑﹇ 用い られ てい る
(78‑3‑ ) 435 89
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
と すれ ば﹈ どの よ うに 用い られ て いる か
︑と いう 問題 を検 討す る︒
﹇中 略﹈ 中 心的 な 仮説 は︑ 次 の通 りで あ る︒ 政 治に お ける 男女 不平 等 に関 する これ ら の﹇ オラ ンダ
︑ スペ イン の﹈ 政 策文 書は
︑パ ワ ーへ の アク セス に対 す る⎜ ジェ ンダ ー に 関わ る⎜ 重大 な 障壁 を構 成す る かも しれ ない よ うな
︑パ ワー の 概念 化を 含ん で いる
﹂
p .2 35
︶︒ 第四 節︵
政 治に お ける 男女 不平 等 に関 する オラ ン ダと スペ イン の 政策 文書 中の 権 力及 び概 念メ タ ファ ー﹂
︶の 三箇 所 で
︑政 策文 書中 の
﹁権 力﹂ への 言 及が
︑ メタ ファ ー
﹂の 語を 用い て 論じ られ てい る
︒ 一︶
最も 多く 使 用さ れて いる メ タフ ァー の一 つ は︑ 政治 的権 力 の座
﹇中 略﹈ へ の﹃ ア クセ ス﹄ とい う メタ ファ ーで あ る
︒こ のメ タフ ァ ーに より
︑権 力 は密 室⎜ 女性 が そこ には いる に は︑ その ドア が 開か れ なけ れば なら な い⎜ の中 の何 か で ある と我 々は 考 える
﹂︵
p .2 42
︶︒ レイ コ フら の 議論 に従 えば
︑ 権 力﹂ を
﹁密 室﹂ 中 の﹁ 何 か﹂ と 我々 が
︵無 意識 のう ち に︶
﹁考 える
﹂故 に
︑ ア クセ ス
﹂と いう 表現 が 用い られ ると い うこ とに なる 筈 であ る
︒こ の箇 所の
﹁ アク セス
﹂は
︑ 権力
﹂と
﹁密 室中 の 何か
﹂の 類似 性 を示 唆す る 比 喩的 表現
であ ろう
︒ 二︶
政治 的な 機 関に 女性 枠を 設 ける こと は︑ 権 力構 造へ の女 性 の接 近﹇ 中略
﹈ に対 す る障 害物 を乗 り 越え るた めに 提 案 され てい る解 決 策の 一部 であ る
︒﹇ 中略
﹈興 味深 い のは
︑こ れら の 文書 で使 用さ れ てい る主 要な メ タフ ァー が﹇ 中 略﹈
﹃バ ラ ンス のと れた プ レゼ ンス
﹄︑
﹃バ ラン スの とれ た 参加
﹄﹇ 中略
﹈な どの キー ワ ード と して 登場 する こ とで ある
︒た と え ば︑ 政治 に女 性 枠を 導入 する 根 拠は
︑し ばし ば︑
﹃バ ラ ン スの とれ たプ レゼ ン ス﹄ の メタ ファ ー
⎜そ れ は︑ 皿の 上で 男 女が 同じ 重さ を 持っ てい る秤 の イメ ージ を示 唆 する
⎜を 通じ て 示さ れて いる
﹂︵
p .2 43
︶︒ こ こで 著者 は︑
バ ラン スの と れた プレ ゼン ス
﹂等 の﹁ メタ フ ァー
﹂を
︑ 秤の イ メー ジ﹂ と結 び つい た 比喩 的 表現
と 把握 し てい る︒ 三︶ スペ イン の議 会 演説 の中 に︑
﹃ 権力
﹄を
︑﹃ 分か ち合 う﹄ べ き﹃ ケー キ﹄ と して 提示 する
﹂も のが ある
︵
p .2 44
︶︒ 演 説中 の﹁ ケー キ
﹂と いう 表現 は
︑ 比喩 的表 現 で ある
︒ 以上 に見 られ る よう に︑ 政策 文 書に おけ る﹁ 権 力﹂ への 言及 に つい て︑ 著者 が 着目 す るの は 比喩 的 表現
で ある
︒
(法政研究 78‑3‑ )90 436
V er te ss en a n d D e L a n d ts h ee r 20 08
は︑ ベル ギ ーの 政治 家の メ タフ ァー 使用 を
︑二
〇
〇三 年の 新聞 記 事及 びテ レビ 放 送 を 用 い て考 察 し て いる
︒著 者 に よれ ば︑
メ タ ファ ー﹂ 研 究 に は﹁ 二 つ の 重要 な ア プ ロー チ﹂ が あ る
︒第 一 の ア プ ロ ーチ に お いて は︑
メタ ファ ー﹂ は﹁ レト リカ ルか つ 言語 的 な 要 素﹂ で あ る︒ 第 二 の ア プ ロー チ に お いて は︑
メ タ フ ァー
﹂は
﹁認 知 的あ るい は概 念 的手 段﹂ であ り
︑そ れは
﹁思 考 を導 く﹂
︒ 概念 メタ フ ァー は︑ おお む ね気 づか れな い ま まで ある
﹂︒ レ イコ フ︵
L a k o ff a n d Jo h n so n 19 80
︶の かな り 最近 の認 知メ タ ファ ー 理論 は︑ この ア プロ ーチ の中 で 最 も目 立 つも ので ある
﹂︒ こ の よう に述 べ た 上 で︑ 著 者 は 両ア プ ロー チを
﹁結 合﹂ し
︑ メタ フ ァー
﹂を
﹁重 要 な認 知 的・ 感情 的効 果﹂ を持 ち 得る
﹁言 語的 要 素﹂ と把 握す る
︵
p p .2 72 27 3
︶︒ そし て
︑ ス ポー ツ・ ゲー ム・ 演劇 のメ タフ ァ ー﹂ な ど六 種類 の﹁ メ タフ ァー
﹂に 言 及し てい る︵
p .2 77
︶︒ 以上 に見 ら れる よう に︑
認知 的・ 感情 的 効果
﹂ を持 つも のと し て 著者 が着 目す る のは
︑ 比喩 的表 現 であ る
︒
M u so lf f 20 10
は
﹁身 体 を基 礎と する 政 治的 メタ ファ ー﹂
︵
p .8
︶に 注目 し︑ ヒ ト ラー の﹃ 我が 闘争
﹄及 び ナ チス の宣 伝 を分 析し てい る
︵第 一部
︶︒ また
︑ 中世 以降 の西 洋 文化 史に おけ る そう した メタ フ ァー を考 察し て いる
︵第 二部
︶︒ 第一 章﹁ 序論
﹂ で︑
身体
・ 病・ 寄 生虫 とい う﹃ 起 点﹄ 概 念 に含 まれ る諸 前提
﹂と
﹁ ジェ ノ サイ ドに 関わ る イデ オロ ギ ー︵ 及び 慣行
︶ とい う﹃ 目標
﹄ レベ ル にお ける 政 治的 結論
﹂ の間 の﹁ 認 知 的結 びつ き﹂ が
︑ 本研 究第 一部 の中 心﹂ に ある と述 べら れて いる
︵
p .4
︶︒ ま た第 五章
﹁方 法論 的な 反省
﹂に おい て︑
身体 と して の国 家あ るい は国 民 とい う観 念 を取 り巻 く概 念 メタ ファ ー複 合 体の 歴史 的展 開
﹂を 跡づ ける た めに は︑
L a k o ff a n d T u rn er 1 98 9
な ど﹁ 初 期の 認知 的 メタ ファ ー分 析
﹂を 発展 させ る
︑す なわ ち﹁ 文 化・ 歴史 的視 点 と認 知的 視点 を 結合 す る﹂ 必要 があ る と論 じら れて い る
︵
p p .7 4 76
︶︒ さて
︑同 書中 最 も詳 細に 分析 さ れて いる テク ス トは
︑﹃ 我が 闘争
﹄ であ る︒ 第三 章
﹁﹃ 我が 闘争
﹄に お ける 政治 的カ テ ゴ リー とし ての 身 体︑ 自然
︑及 び 病気
﹂全 体が
︑ その 分析 にあ て られ てい る︒ 同 章で 著 者は
︑﹃ 我 が闘 争﹄ 中の
﹁ 生物
(78‑3‑ ) 437 91
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
学 的・ 医学 的・ 生 理学 的用 語﹂
︵ 身体
﹂︑ 血液
﹂︑ 病気
﹂︑ 寄生 生物
﹂な ど︶ を 取り 上 げ︑ それ らは
﹁ メタ フォ リカ ル に 使用 され てい る
︑す なわ ち︑
﹃本 来 の﹄ 生物 学的
・医 学的 主 題で はな く︑ 社 会・ 政治 的 な問 題に 関わ っ てい る﹂ と述 べ る
︵
p .2 4
︶︒ また
︑ヒ トラ ーは
﹁ ユダ ヤ人 をで き る限 りネ ガテ ィ ヴに 描写 する と いう 彼の 目 的﹂ か ら︑
血液 に 毒を 注ぎ 込 む行 為 者﹂ とい う表 現を 選ん だ と述 べる
︵
p p .2 7 28
︶︒
﹃我 が 闘 争﹄ か らは
︑以 下 を引 用 して いる
︒ 同 じ こと
﹇ 破滅 的 でな い病 気は
︑ 人間 はそ れに 慣 れて しま うの で
︑か えっ て危 険 であ ると いう こ と﹈ が 国民 の身 体の 病 気に もあ ては ま る
﹂︒ ユダ ヤ人 が支 配 する 報道 機関 の
﹁毒
﹂は
︑ わが 国民 の血 液 に妨 げら れる こ とな く 侵入 し︑ 作用 す るこ とが でき た
︒ 国 家は
︑病 気を 制 する ほど 強く な かっ た﹂
︒ユ ダヤ 人 は﹁ 常に 他の 人 々の 身体 の 寄生 虫﹂ で あっ た
︵
p .2 5
︶︒ 以 上に 見ら れ るよ うに
︑著 者 の関 心は
比喩 的表 現 にも 向 けら れて いる
︒
R in g m a r 20 08
は︑ 中世 以 降の ヨ ーロ ッパ にお け る﹁ 国家
﹂理 解 の変 遷を
︑中 国
・日 本 にお ける
﹁国 家
﹂理 解に も触 れ つ つ︑ 概観 し て い る︒ 前 お き で︑ 著 者 は 次の よ う に 述 べ る︒
メ タ フ ァー は 認 知 的 な 道 具 で も あ
Jo h n so n 19 80 ; Jo h n so n 19 81
る︵L a k o ff a n d
︶︒ そ のよ うな もの と して メタ ファ ー は︑ 我々 が世 界 を体 系 化す るの を助 け る﹇ 中略
﹈政 治 に おい て︑ メタ フ ァー はし ばし ば
︑エ リー トが 批 判を 押さ えつ け
︑人 々に 身の 程 を思 い 知ら せる のに 用 いる 道具 であ る
︒ し かし
︑メ タフ ァ ーに レト リカ ル な使 用法 があ る と認 める こと は
︑我 々が メタ フ ァー な しで 済ま せ得 る と言 うこ とで は な い︒ 我々 が使 用 する メタ フォ リ カル な言 語の 先 に隠 れて いる
︑ ある いは その 背 後に 隠 れて いる
︑社 会 の真 なる 記述 は 存 在し な い﹂
︵
p .5 7
︶︒ 著者 は レイ コフ らの 議論 に 言 及す る が︑ 結局 着 目 し て いる の は 比喩 的 表 現 と し て の﹁ メ タ フ ァー
﹂で ある
︒ この 点は
︑本 論 の次 の箇 所に も 現れ てい る︒
①
﹁家 族も
︑社 会 秩序 の 問題 に対 処す る ため に用 いら れ て きた
︑人 気の あ るメ タフ ァー で ある
︒﹇ 中略
﹈ しば しば 支 配者 たち は︑ 自 分を 国 の﹃ 父﹄ と定 義し
︑被 支 配 者た ちを 年 齢・ 成熟 度が 様 々で ある よう な
﹃子 供﹄ と定 義 する こと が好 都 合で ある こと に 気づ い た﹂
︵
p .6 0
︶︒
②﹁ 一 七 世紀 後半 以 降人 気が あっ た
﹇中 略
﹈重 要な メタ ファ ー は︑
﹃機 械
﹄と して 理解 され た国 家 であ る﹇ 中 略﹈ 一 八世 紀 ヨー ロッ パの
(法政研究 78‑3‑ )92 438
啓 蒙専 制君 主た ち は︑ この メタ フ ァー を特 に好 ん だ﹂
︵
p .6 3
︶︒ 以上
︑ 比喩 的表 現 に着 目 する 文 献七 点を 検討 し た︒ 次に 検討 す る
H id a lg o T en o ri o 20 09
及び
D ru la k 20 08
が取 り 上 げて いる 表現 に は︑
比喩 的 表現
及び 前述 の二 条 件を 満た す表 現 が混 在し てい る
︒
H id a lg o T en o ri o 20 09
は︑ ア イ ル ラ ン ド の 大 統 領 M・ マ ッカ リ ース
︵
M cA le es e
︶ 及 び 総 理 大 臣 B
・ア ハー ン
︵
A h er n
︶ の演 説︵ 一九 九 七年
〜二
〇〇 七 年︶ にお ける ア イル ラン ドの と らえ 方を 比較 し てい る︒
序論
﹂で
︑ 著者 は次 の よう に述 べる
︒ 私 は︑ アイ ルラ ン ドの 男 女の 政 治指 導者 のデ ィス コ ース を形 づく る概 念メ タ ファ ーを 考 察す る︒ す な わち
︑表 現で
︑﹃ そ の﹇ 使 用 が﹈ 慣 例的
︵
co n v en tio n a l
︶︑ 無意 識的
︑﹇ そし て﹈ 通 常気 づか れ な い﹄
︵﹇
﹈は 原 文⎜ 引 用 者︶
︵
L a k o ff a n d T u rn er 1 98 9: 80
︶も のを 考察 する
﹂︵
p .1 12
︶︒ この 論文 には
︑ 前述 の二 条件 を 満た す表 現を 取り 上げ てい る箇 所 があ る︵
p p .1 26 12 7
参 照︶
︒し かし
︑ 比 喩的 表 現 を 取り 上げ てい る 箇所 もあ る︒ マ ッカ リー ス及 び アハ ー ンの 演説 の 分析
︵
p p .1 21 13 2
︶ の約 三分 の 一︵
p p .1 21 12 4
︶は
︑ ケ ル トの 虎
﹂と いう
比 喩 的表 現 に 焦点 を 合 わ せ てい る
︒著 者自 身
︑こ れを
﹁当 初 は 独創 的 な も ので あっ た メ タ フ ァー
﹂と 呼ん で いる
︵
p .1 22
︶︒ また 著者 は︑
Xは 旅﹂ とい う﹁ 旅 のメ タ ファ ー﹂ 及 び関 連す る概 念 メタ ファ ーに 着 目す る︒ し かし 取り 上 げて いる 表 現は
︑マ ッカ リ ース の演 説に お ける 以下 の部 分 であ る︒
①
﹁我 々自 身の 完 成そ のも のに 向 けた 旅と して の
⁝ヨ ーロ ッパ と いう 観念
﹂
②
﹁サ ウジ アラ ビ アと アイ ルラ ン ドは
︑長 い道 を 旅し てき た﹂
③
﹁彼 らは 自分 の 国を
︑最 も爽 快 な︑ 平和 の旅 に 出発 させ た﹂
④
﹁国 家の 舵を と って いる 方へ の 乾杯 に唱 和し て 下さ い﹂
⑤
﹁平 等主 義的 な 共和 国の 偉大 な 目的 地は
︑我 々 の手 の届 く所 に ある
﹂︵
p p .1 27 12 8
︶︒
(78‑3‑ ) 439 93
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
①
・③ の﹁ 旅﹂
︑② の
﹁旅 して きた
﹂︑
④の
﹁舵 を とっ てい る﹂
︑及 び
⑤の
﹁目 的地
﹂ は 比喩 的表 現 であ る
︒
D ru la k 20 08
は
︑ メタ ファ ーに 着 目し た国 際政 治 研究 は 方 法的 に充 分に 発達 して い ない まま であ る﹂ と い う認 識に 立 ち︑
国 際政 治デ ィス コ ース のメ タフ ァ ーを 研究 可能 にす る方 法﹂ の提 示を 目的 とす る︵
p .1 05
︶︒ そ う し た﹁ 方 法﹂ に は︑
概念 メタ ファ ー の演 繹﹂
︑ メタ フォ リ カル な表 現 の探 索﹂
︑ 概念 メタ ファ ー の修 正﹂ な どの
﹁ス テッ プ﹂ が含 ま れる
︵
p .1 07
︶︒ 同論 文は こ れら の
﹁ス テッ プ﹂ の 具体 例を
︑
D ru la k 20 06
︵ EU 加盟 国・ 加盟 候 補国 の 代表 によ る演 説 七 四点 から 成る コ ーパ スを 使用
︶ から 引い てい る
︵
p p .1 09 11 2
︶︒ 両論 文に は︑ 前 述の 二条 件を 満 たす 表現 を取 り 上げ てい る箇 所 があ る︵
D ru la k 20 08 , p .1 12 ; D ru la k 20 06 , p .5 17
︶︒ し か し︑
D ru la k 20 06
が 比 喩的 表 現 の分 類法 を概 念 メタ ファ ーに 適 用し てい るこ とに 注 意し よう
︒著 者 は︑
運 動と し ての EU
﹂と い う概 念メ タフ ァ ーを
﹁沈 殿し た
︵
se d im en te d
︶﹂
︑ 容 器の 平 衡と し ての EU
﹂及 び
﹁容 器 と して のE U
﹂と い う 概念 メタ ファ ー を﹁ 慣 例的
︵
co n v en tio n a l
︶﹂
︑ 新 しい 中世 とし ての E U﹂ 及 び﹁ 企 業と して の EU
﹂ とい う 概念 メタ ファ ー を﹁ 非慣 例的
︵
u n co n v en tio n a l
︶﹂ と 呼ん で いる
︵
p p .5 12 51 6
︶︒ しか し﹁ 沈 殿し た︑ 慣例 的︑ 非 慣例 的
﹂と いう 分類 法 の説 明は
︑ 比喩 的 表現
に 即 して 行っ て いる
︒﹃ フ ラン スは ドイ ツ と同 盟し た﹄ の よう な 沈殿 した メ タフ ァー は︑ メ タフ ァー と了 解 され るこ とは 全 くな い︒
﹇中 略﹈ そ れは
︑﹃ 死ん だメ タ ファ ー﹄ と呼 ば れる こと があ る
﹇中 略
﹈﹃ ヨ ーロ ッ パ連 合に は三 つ の柱 があ る﹄ の よう な慣 例的 メ タフ ァー は︑ メ タフ ァ ーと 認識 され る
︒し かし それ は
︑
﹇中 略
﹈さ らに 説明 を 加え るこ とを 要し な い︒ 対 照的 に︑ 非 慣例 的 メタ ファ ー は﹇ 中 略﹈ 通 常の コミ ュニ ケー ショ ンに お いて 大抵 は理 解 され ない
︒た と えば
﹇現 在は 慣 例化 して いる
﹈ EU の柱 とい う 観念 は
︑将 来の EU の 非慣 例的 な描 写 の うち の 一つ とし て︑ 一 九八
〇 年代 末に 初め て導 入さ れ た﹂
︵
p .5 07
︶︒ この 箇所 で︑
D ru la k 20 06
は 比喩 的 表 現 に 着 目し
︑そ の分 類 法を 概念 メタ フ ァー に適 用し て いる
︒
D ru la k 20 08
に︑ こう し た点 を 撤回 した こと を 示す 箇所 は見 あ た らな い︒
同 論文 は
﹁沈 殿し た︑ 慣 例的
︑非 慣例 的
﹂と いう 分類 は 取り 上げ てい な いが
︑ 沈殿 した メ タフ ァー
﹂に は
(法政研究 78‑3‑ )94 440
言 及し てい る︵
p .1 10
︶︒
︶ 以上
︑着 目し て いる 表現 が 字 義通 りの 意味 を 持つ と認 識さ れ る とい う条 件 を満 た して いる かと い う角 度か ら︑ 諸 文 献を 検討 して き た︒ そう した 条 件を 満た して い ると 無条 件に 述 べ得 るも のは な いと 考 える
︒
二 表 現 と 概 念 メ タ フ ァ ー
レイ コ フ ら に よれ ば︑
概 念 シ ス テム の 中 に メ タフ ァー が あ る﹂ の で
︑ メ タ フォ リ カ ル な 表 現﹂ が 成 り 立 つ︵
L a -
k o ff a n d Jo h n so n 19 80 , p .6
︶︒ たと え ば︑
痛み
﹂︵ 目標
﹂ 概念
︶ の要 素と
﹁存 在 物﹂
︵ 起点
﹂概 念︶ の 要素 の間 に対 応 が ある 故に
︑ 痛み が 消え た﹂
︵
L a k o ff a n d Jo h n so n 19 80 , p .5 0
︶ とい う表 現が 成 り立 つ
︒言 い換 えれ ば
︑こ の表 現は 抽 象 概念
﹁痛 み﹂ を 中心 とし
︑そ れ が﹁ 存 在物
﹂に 基 づ いて 構築 され てい る 故に 成り 立つ
︒︵ 痛 みが 消え た﹂ は
︑ 抽象 概 念を 含む 概念 メ タフ ァー に由 来 する
と いう 条 件を 満た して い る︒
︶そ れ故
︑ 痛み が 消え た﹂ から
︑ 痛み は存 在 物 と い う 概 念メ タ ファ ーの 存 在を 推 測 可 能で あ る︒ なお
︑こ の 概 念メ タ ファ ーに 由来 す る 表 現 に︑
起 点﹂ 概 念 で あ る
﹁存 在 物﹂ は含 まれ な いこ とに 注意 し よう
︒ 注6 で言 及し た
C ie n k i 20 05
は︑ 米国 大統 領選 挙 にお け る候 補者 討論 に つい て学 生に 試 行的 な分 析を 行 わせ
︑そ の結 果 に関 し次 のよ う に述 べて いる
︒ 学 生た ちは これ
﹇ 違い を無 視 すべ きで はあ り ませ ん
⁝違 いは 理解 し なけ れば なり ま せ ん﹂ とい う候 補 者の 発言
﹈を
︑﹃ 道 徳性 は共 感﹄
﹇中 略﹈ を直 接 表す
﹇中 略﹈ メ タフ ォ リカ ルな 表現 と して 選ん だ︒ し か し﹇ 中略
﹈道 徳 性で はな く﹃ 違 い﹄ が語 られ て いる
︒こ の発 言 にメ タフ ォリ カ ルな も のが ある とす れ ば︑ それ は違 い を
⎜無 視あ るい は 理解 可能 な⎜ 存 在物
︵
en tit y o r b ei n g
︶と 特 徴づ け るこ と﹂ であ る
︵
p .2 86
︶︒ 候補 者 の発 言の 中心 は
﹁違 い
﹂で あり
︑ 無視 すべ きで は あり ま せ ん﹂ 等 は︑
違い
﹂が
﹁ 存在 物﹂ に 基づ い て構 築さ れて いる 故の 表 現で ある
(78‑3‑ ) 441 95
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
⎜ 著者 はこ のよ う に論 じて いる
︒ 但 し︑ 候補 者討 論の 分析 本体 にお い ては
︑ 著者 は概 念メ タ ファ ーに 由来 す る表 現に 着 目し てい ない
︒︶ 以下
︑ 抽象 概念 を 含む 概念 メタ フ ァー に 由来 する
とい う 条件 を満 たし てい る かと いう 角度 から
︑ま ず﹁ 家 族﹂ に 関 わる 文献 二点 を 検討 し︑ 次に
﹁ メタ ファ ー﹂ を 特定 する 手順 に 関わ る文 献四 点 を検 討 しよ う︒ 家
A d a m s 20 09
族は
︑一 九八
〇年 代 以降 の米 国の 選 挙に おけ る候 補者 討 論を 取り 上げ
︑ 核家 族﹂ に 関わ る語 の 使用 を分 析 して いる
︒著 者 によ れば
︑ ここ で 詳論 する 三 つの 概念 メタ ファ ー は︑ 討 論に おけ る 候補 者家 族へ の言 及 のう ち︑ 極 め て多 数の もの を 説明 して いる
﹂︵
p p .1 88 18 9
︶︒ 概念 メタ ファ ー
﹁核 家族 は熟 達
︵
A N U C L E A R F A M IL Y IS
9︶
M A S T E R Y
︶﹂ に由 来 する 表現 とし て
︑以 下が 挙げ ら れ てい る︵
p p .1 88 , 19 0 19 3
︶︒
①
﹁ジ ョー
・ロ ジ ャー ズは
﹇中 略
﹈二 児の 父親 で す﹂
︵傍 線は 原文 下 線︒
②〜
につ いて も同 じ⎜ 引 用者
︶
②
﹁私 に州 上院 議 員に なる 資格 を 与え るの は︑ 私 が親 であ り︑ 夫 であ り︑ ラス
・ ヴェ ガ スに 住む 二人 の 高齢 者の 息子 で あ ると いう 事実 で す﹂
③
﹁私 は幸 運に も
︑愛 情に 満ち た 家族 の一 員で す
﹂
④
﹁ア ンダ ーソ ン 氏は
﹇中 略﹈ 現 在独 身で す﹂
︑ J・ D・ ヘイ ワ ース は﹇ 中略
﹈ ノー ス
・カ ロラ イナ 州 立大 学で 学び
︑ 夫 人と 三人 のお 子 さん がい ます
﹂︑ オー ウ エン ズ 氏に は︑ 夫人 と 二人 のお 子さ ん がい ま す﹂
⑤
﹁こ れ﹇ 選挙 戦
﹈が 終わ れば
︑ 私は 他の こと
﹇ 核家 族を つく る こと
﹈に 取り か かる つ もり です
﹂
⑥
﹁ホ ール の台 車 に︑ 私の 履歴 を 書い たカ ード が おい てあ りま す
﹂
⑦
﹁キ ャロ ル・ ラ ミラ ンド です
︒ 妻で あり
︑母 親 であ り︑ 教師 で す﹂
(法政研究 78‑3‑ )96 442
⑧
﹁私 は妻 であ り
︑母 親で あり
︑ 農業 者で す﹂
⑨
﹁彼 には
︑素 敵 な夫 人と 素敵 な お子 さん と立 派 な家 族が いま す
﹂︑ 彼女 には と ても
︑ とて も素 晴ら し い夫 ビル がい る こ とを
︑私 は知 っ てい ます
︒彼 女 のお 子 さ んの 少な くと も一 人 には
︑ 会っ た こと があ り ます
︒ 彼女 にも
︑﹇ 私と
﹈ 同じ よ うに
︑立 派な 家 族が いる と思 い ます
﹂ 以上 の①
︑②
︑
④︑
⑥︑
⑦︑ 及 び⑧ にお いて
︑ 抑も
﹁目 標﹂ 概 念の
﹁核 家族
﹂ は用 い られ てい ない
︒ 従っ て︑ これ ら は 概念 メタ ファ ー
﹁核 家族 は熟 達
﹂に 由来 して い ない
︒③ 及び
⑨ にお いて は﹁ 家 族﹂ が 用い られ
︑⑤ に おい ては 実質 的 に
﹁家 族﹂ が言 及 され てい る︒ し かし
③︑
⑤︑ 及 び⑨ それ ぞれ の 傍線 部か ら︑
家 族﹂ が﹁ 熟達
﹂に 基 づい て 構築 され て いる とは 推測 し 得な い︒ たと え ば③ の﹁ 幸運 に も﹂
︑ 愛 情に 満 ちた
﹂︑ 及び
﹁の 一 員で す﹂ から
︑ 家 族﹂ が﹁ 熟達
﹂ に 基づ いて 構築 さ れて いる とは 推 測し 得 ない
︒ 従っ て 各傍 線部 は︑
家 族﹂ が
﹁熟 達
﹂に 基づ いて 構築 され て いる 故の 表 現で はな い︒ 概念 メタ ファ ー
﹁地 元で 生ま れ たこ とは 熟達
︵
A N A T IV E B IR T H IS M A S T E R Y
10
︶︶
﹂に 関 して は
︑以 下の 表現 が 挙 げら れて いる
︵
p p .1 95 19 6
︶︒
⑩
﹁私 はア リゾ ナ 生ま れで す﹇ 中 略﹈ テン ペ生 ま れの 妻と
︑テ ン ペで 出会 いま し た︒ 彼 女の 両親 もテ ン ペ生 まれ です
︒ で すか ら︑ 私は こ こテ ンペ にあ る 程度 根を 張っ て いる と言 える と 思い ます
﹂
﹁私 たち の二 人 の娘 は︑ 幸運 に もこ こで 生ま れ まし た⁝ です か ら︑ 私に はこ こ テン ペ で生 まれ るだ け の先 見の 明は あ り ませ んで した が
︑こ この コミ ュ ニテ ィに はあ る 程度 の利 害関 係 があ ると 思い ま す﹂
⑩の
﹁ア リゾ ナ 生ま れ﹂
︑ テン ペ生 まれ
﹂︑ ま た の﹁ ここ で生 まれ ま した
﹂︑ こ こテ ンペ で生 まれ る﹂ は︑ 上 記の 概 念メ タフ ァー の
﹁目 標﹂ 概念 で ある
﹁地 元で 生 まれ たこ と﹂ に 対応 して いる
︒ しか し
⑩及 び それ ぞ れの 傍線 部か ら
︑ 地元 で生 まれ たこ と
﹂が
﹁熟 達﹂ に 基づ いて 構築 さ れて いる と は推 測し 得な い︒ た と えば
の
﹁先 見 の明 は あり ませ
(78‑3‑ ) 443 97
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
ん でし た﹂ から
︑ こ こテ ンペ で生 ま れる
﹇こ と﹈
﹂が
﹁熟 達﹂ に 基づ いて 構築 さ れて い ると は推 測し 得 ない
︒従 って 各 傍 線部 は︑
地 元で 生 まれ たこ と﹂ が
﹁熟 達﹂ に基 づ いて 構築 され て いる 故の 表現 で はな い︒ 著者 は︑ 概念 メ タフ ァー とし て
﹁核 家族 の構 成 員は 候補 者︵
N U C L E A R F A M IL Y A R E C A N D ID A T E S
︶﹂ も取 り 上 げて いる
︵
p p .1 97 20 1
︶︒ しか し
﹁核 家 族の 構成 員﹂ は
︑レ イコ フら の 議論 にお ける 抽 象概 念で はな い︒ 従 って
︑ 核 家 族の 構成 員は 候 補者
﹂は
﹁概 念 メタ ファ ー﹂ で はな い︒ 以上 述べ てき た よう に︑ 著者 に より 取り 上げ ら れて いる 表現 が
︑提 示さ れて い る概 念 メタ ファ ーに 由 来し てい ない 場 合 があ る︵
③︑
⑤
︑⑨
︑⑩
︑及 び
︶︒ ま た︑ 抑 も 取り 上げ られ てい る 表現 に︑ 概 念メ タフ ァー の
﹁目 標
﹂概 念が 含ま れ てい ない 場合 が ある
︵①
︑
②︑
④︑
⑥︑
⑦
︑及 び
⑧︶
︒概 念メ タフ ァー と して 提示 さ れて いる もの に︑ 抽 象 概念 が含 ま れて いな い場 合 もあ る︒
A h re n s a n d L ee 2 00 9
は︑ アメ リ カ連 邦上 院に お ける 議員 の演 説
︵二
〇〇
〇年
〜 二〇
〇七 年︶ の 分析 であ
19 96 /2 00 2
る︒L a k o ff
が 現代 アメ リカ 政 治に 関し 提示 し た﹁ 厳格 な父 親︵
S tr ic t F a th er S F
︶︶ モ デル
﹂ 及び
﹁育 成的 な
tu ra n t P a re n t N P
親︵N u r-
︶︶ モデ ル
﹂を 取 り上 げて いる
︒ 前者 と結 びつ く 主た る概 念メ タ ファ ーは
︑ 道徳 性 は力
﹂及 び﹁ 道 徳 性は 権 威﹂ で ある
︒ 後者 と 結 び つく 主 た る 概 念メ タ ファ ーは
︑﹁ 道 徳性 は 育 成﹂ 及 び﹁ 道 徳性 は 共 感﹂ で あ
63
る︵p .
︶︒ 議員 が何 れの モ デル に依 拠す る かに
︑そ の所 属 政党 の違 い・ 性 別は 影響 する か
⎜著 者 はこ の点 を明 ら かに する ため
︑ 議 員十 二 人 の演 説に おけ る﹁ S F 語彙 素︵
le x em e
︶﹂ 及 び﹁ N P語 彙 素﹂ の 使用 頻度 に着 目 する
︵
p p .6 2 63 , 65
︶︒ S F 語彙 素﹂ は﹁ S Fモ デル
﹂と 結 びつ く 語 彙素 で︑ 具 体的 には
﹁力
﹂ 及び
﹁ 権威
﹂︑ そし てそ れぞ れの 定義 に 含ま れる 語 及び それ ぞれ の 上位 語で ある
︒ 権 威﹂ の定 義に 含 まれ る語 の一 例は
︑ 権 利﹂ で あ る︵
p .6 5
︶︒ NP 語 彙素
﹂ は﹁ N P モデ ル﹂ と結 び つく 語彙 素で
︑ 具体 的に は﹁ 育成
﹂ 及び
﹁共 感
﹂︑ そし てそ れぞ れ の定 義に 含ま れる 語及 び それ ぞれ
(法政研究 78‑3‑ )98 444
の 上位 語で ある
︒ 育 成﹂ の定 義に 含 まれ る語
・﹁ 育 成﹂ の上 位語 の 一例 は︑
配 慮﹂ で ある
︵
p p .6 5 66
︶︒ 私 は公 民権 を 剥奪 され た︵
d is en fr a n ch is ed
︶有 権者 の投 票す る 権利
︵
vo tin g ri gh ts
︶ のた め
︑一 生 懸命 戦っ てき ま した
﹂と いう 文
︵
p .7 3
︶に おい て
︑ S F語 彙 素﹂ が 一点 使用 され て いる こと にな る
︒ しか し︑
力
﹂等 の
﹁S F語 彙素
﹂ 及び
﹁育 成﹂ 等 の﹁ NP 語彙 素
﹂は
︑ 道徳 性は 力
﹂︑ 道徳 性は 育 成﹂ 等の 概念 メ タ ファ ーの
﹁起 点
﹂概 念そ のも ので ある
︒こ れ らの 語 彙素 は︑
道徳 性﹂ が﹁ 力﹂
・ 育 成﹂ 等 に基 づい て構 築 され てい る 故の 表現 では な い︒ しか も著 者 は︑ 右の
﹁私 は 公民 権を 剥奪 さ れた 有権 者の 投 票す る 権利 のた め︑ 一 生懸 命戦 って き ま した
﹂と いう 文 を含 め︑ 諸演 説 から 八点 の文 を 引用 して いる が
︵
p p .7 2 73
︶︑ 道徳 性﹂ を含 むも の はな い︒ この こと か ら︑ 著者 は抑 も 概念 メタ ファ ー の﹁ 目標
﹂概 念 を含 む文 に焦 点 を合 わせ てい な いこ と がう かが われ る
︒
﹁メ タ ファ ー﹂ を特 定 する 手順 最後 に︑
メ タフ ァ ー﹂ を特 定す る 手順 に重 きを お く文 献四 点を 取 り上 げよ う︒
S te fa n o w it sc h a n d G o sc h le r 20 09
は︑
メタ ファ ー の概 念理 論︵
L a k o ff a n d Jo h n so n 19 80 , L a k o ff a n d T u rn er 1 98 9,
L a k o ff 1 99 3
︶﹂ を 前提 に︑ 話者 の 男女 の別 及び イ デオ ロギ ーの 違 いに より
﹁空 間 的メ タ ファ ー﹂ の使 用 頻度 は異 なる か
︑ と いう テー マを 設 定し てい る︵
p p .1 66 17 0
︶︒ 使用 して い るの は︑ ドイ ツ 連邦 議会 の議 事 録で ある
︵
p p .1 68 , 17 2
︶︒ 著者 が議 事録 中 の﹁ 空間 的メ タ ファ ー﹂ を特 定 する 手順 は︑ 次 の通 りで ある
︒ 議事 録 から
﹁空 間的 名 詞﹂
︵ 目 的地
﹂ な ど︶
︑ 空 間的 動詞
﹂︵ 行 く﹂ な ど︶
︑及 び﹁ 空 間的 前 置詞
﹂︵ の前 に﹂ など
︶ を取 り出 す︒ そし て︑
﹇当 の 語を 含む 文 の﹈ 真 理 条件
﹂ が﹁ 具 象物
︵
co n cr et e o b je ct
︶ の位 置︑ あ るい は 位置 の変 化︑ へ の 言 及﹂ を 必 要 とし な け れ ば︑ 当 の 語を
﹁空 間的 メ タフ ァー
﹂と 判 断す る︒ 一例 を 挙げ れば
︑議 事 録中 の﹁ 彼は 経 済原 則 に基 づい て︑ す なわ ち割 当を 用 い て︑ こ の目 標 に 到 達す る
︵
er re ic h en
︶ こと を 提 案 した
﹂に お ける
﹁到 達 する
﹂は
︑ 空 間 的 メ タ ファ ー
﹂で あ る︒
﹁こ の 文が 真で ある た めに は︑ 参加 者 の誰 も空 間的 位 置を 変え る必 要 はな い﹂ から で ある
︵
p p .1 70 17 3
︶︒
(78‑3‑ ) 445 99
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
この 文に おけ る
﹁到 達す る﹂ は
︑抽 象概 念﹁ 目 標﹂ が﹁ 目的 地
﹂に 基づ いて 構 築さ れ てい るこ とに 由 来す る⎜ この よ う に解 釈す れば
︑ 到 達す る﹂ は︑ レ イコ フ らの 議論 にお け る﹁ メ タフ ォリ カ ルな 表 現﹂ で ある11
︒︶
著者 の手 順 に基 づい て
﹁空 間的 メタ フ ァー
﹂と 判断 さ れる 語は
︑ メタ フ ォリ カル な表 現
﹂で もあ り得 る
︒し かし
︑ 彼女 は 見え ない 昇進 の 壁 にぶ つか った
︵
sh e re a ch ed a g la ss c ei lin g
︶﹂ に おけ る
re a ch ed
を考 え よう
︒ これ は
﹁空 間的 メタ フ ァー
﹂で はあ る
︒ し かし この 文に 抽 象概 念は 含ま れ ず︑
re a ch ed
は 概念 メ タフ ァー に由 来 する 表 現で はな い︒
空 間的 メタ ファ ー
﹂に は︑ レ イコ フら の議 論 にお ける
﹁メ タ フォ リカ ルな 表 現﹂ でな いも の も含 まれ る︒ 次に
︑
P ra g g le ja z G ro u p 20 07
が提 示し た﹁ メタ フ ァー 特定 手順
﹂ を用 いる 研究 三 点を 取り 上げ よ う︒
C ie n k i 2 00 8
は︑
概念 メ タフ ァ ー理 論12
﹂︶
が政 治 研究 に従 来ど の よう に応 用さ れ てき た か︑ そし て今 後 どの よう に応 用 さ れ得 るか
︑に つ いて 論じ てい る
︒素 材は
︑二
〇
〇〇 年の 米国 大 統領 選挙 にお け る候 補 者討 論の 記録 か ら抽 出さ れた
︑ メタ フォ リカ ルな 表 現﹂ を含 む文 で ある
︒
K o lle r a n d S em in o 20 09
及 び
S em in o a n d K o lle r 20 09
は︑
概念 メ タフ ァ ー理 論︵
L a k o ff a n d Jo h n so n 19 80 ;
K o v ec se s 20 02
︶﹂ と﹁ 社 会 構 築 主 義 的 な ジ ェン ダー 観︵
S u n d er la n d 20 04
︶﹂ を 組 み 合 わ せ︑
男 女 の 政 治 家 の メ タ フ ァー 選択 にお け る相 違と 類似 性 を﹇ 中略
﹈説 明 する こと を試 み る﹂
︵
S em in o a n d K o lle r 20 09 , p .3 6
S em in o 20 09
︶︒K o lle r a n d
は ドイ ツ の政 治家 の演 説・イ ンタ ビュ ー
︑
S em in o a n d K o lle r 20 09
はイ タリ アの 政治 家 の演 説・ イン タ ビ ュー から
︑ メタ フ ォリ カル な表 現
﹂を 抽出 して い る︒ さて
︑三 つの 論 文何 れも
︑ メタ フォ リ カル な 表現
﹂ を抽 出す るに あ たり
︑
P ra g g le ja z G ro u p 20 07
が 提 示し た﹁ メ タ ファ ー特 定手 順
﹂を 用い てい る
20 09 , p .4 0
︵C ie n k i 20 08 , p p .2 47 24 8, 25 0; K o lle r a n d S em in o 20 09 , p .1 6; S em in o a n d K o lle r
︶︒ これ は︑
語彙 単 位の 文 脈上 の意 味が
︑ その 基礎 的な 意味 と対 照的 であ る が︑ 前 者が 後者 との 比 較に より 理 解可 能で ある
﹂ 場合
︑当 該文 脈 中の その
﹁語 彙 単位
﹂を
﹁メ タ フォ リカ ル﹂ な もの と 判断 する
︑と い う手 順で ある
︒
(法政研究 78‑3‑100 446)
文脈 上の 意味
﹂と
﹁ 基礎 的な 意味
﹂ が相 異な る場 合
︑後 者は
﹁よ り 具体 的で ある
﹇ 中略
﹈︑ 身体 行動 に 関係 する
︑よ り 精 密で ある
﹇中 略
﹈︑ 歴史 的に 先行 す る﹂
︵
P ra g g le ja z G ro u p 20 07 , p .3
︶︒
P ra g g le ja z G ro u p 20 07
は︑ この 手順 を 次の 文に 適用 し てい る︒
F o r y ea rs , S o n ia G a n d h i h a s st ru g g le d to co n -
v in ce I n d ia n s th a t s h e is f it to w ea r th e m a n tle o f t h e p o lit ic a l d y n a st y in to w h ic h sh e m a rr ie d , le t a lo n e to b ec o m e p re m ie r
︵ソ ニ ア・ ガン ジー は
︑嫁 ぎ先 の政 治 王朝 の継 承に 彼 女が ふさ わし いこ とを イ ンド 人に 納得 させ よ うと
︑ 長年 四 苦 八 苦 して き た︒ 首相 に ふ さ わ しい こ と を 納得 さ せ よ う と四 苦 八 苦 し て き た こ と は︑ 言 う ま で も な い
︶﹂
︒そ し て
st ru g g le d
︑
fit
︑
w ea r
︑
m a n tle
︑
d y n a st y
︑及 び
in to
を︑
メ タフ ォリ カル
﹂ なも のと 判断 し てい る︵
p p .3 , 5 6, 8 11
︶︒ レ イコ フら の観 点 から は︑
in to
は︑d y n a st y
概念 の﹁ 容器
﹂概 念 に基 づく 構築 に 由来 する
﹁メ タ フォ リカ ル な表 現﹂ で あ ろう13
︒︶
し かし
st ru g g le d
及び
fit
は
︑抽 象 概念 に関 して 使 用さ れて おら ず
︑概 念メ タフ ァ ーに 由来 する 表現 では な い︒
W ea r th e m a n tle
及 び
d y n a st y
は 比喩 的 表現
であ る︒ 以上 に見 られ る よう に︑
P ra g g le ja z G ro u p 20 07
の﹁ メ タフ ァ ー特 定手 順﹂ に 基づ い て﹁ メタ フォ リ カル
﹂と 判断 さ れ る表 現に は︑ 概 念メ タフ ァー に 由来 しな い表 現 及び
比 喩的 表 現 が混 在す る
︒従 っ て前 記の 三つ の 論文 が抽 出す る
﹁メ タ フォ リカ ルな 表 現﹂ にも
︑そ れ らが 混在 して い るこ とに なる
︒ 以上
︑着 目し て いる 表現 が 抽 象概 念を 含む 概 念メ タフ ァー に 由来 する
とい う条 件 を満 たし てい る かと いう 角度 か ら
︑諸 文献 を検 討 して きた
︒そ う した 条件 を満 た して いる と無 条 件に 述べ 得る も のは な いと 考え る︒
お わ り に
最近 の諸 文献 を 検討 し︑ 言語 表 現に 関し 概念 メ タフ ァー 論が 提 示す る三 分法 が 充分 に 活か され てい な いこ とを 指摘 し
(78‑3‑ ) 447 101
政治的言語を考察するための枠組みについて(大河原)
た
︒ 諸文 献か らは
︑ 比喩 的表 現 に対 す る関 心 の強 さ︑ また
︑ 抽象 概念 を中 心 とす る 表現 に対 する 関 心の 弱さ がう か が われ る︒
︶概 念メ タフ ァー 論 を 政 治 的言 語 の 考 察に 適 用 す る 際︑ 焦 点 を 合わ せ る べ きは
抽 象 概 念を 含 む 概 念メ タ フ ァー に由 来し
︑ 字義 通り の意 味 を持 つと 認識 さ れる 表現
であ ると いう 点を 確 認し 得 たと 考え る︒ 最後 に︑ 前記 の 三分 法か ら成 る 枠組 みに 即し 政 治的 言語 を考 察 する こと の意 義 につ い て述 べ︑ 締め く くり とし よう
︒ 抽 象概 念を 含む 概 念メ タフ ァー に 由来 し︑ 字義 通 りの 意味 を 持つ と認 識さ れる 表 現 が︑ その 抽象 概念 に 対応 する 抽 象物 に関 して 使 用さ れる 場合 が ある
︒た とえ ば
﹁大 きな 権力
﹂ は︑
権力 は 存在 物 とい う 概念 メ タフ ァー に由 来 し︑ 字 義通 りの 意味 を 持つ と認 識さ れ る表 現で ある
︒ そし て︑ それ は 権力 とい う抽 象 物に 関 して 使用 され て いる
︒ さて
﹁は じ めに
﹂で 述 べた よ う に︑ レイ コ フ ら の議 論 に 従 え ば︑ 抽 象 概 念に 対 応 す る抽 象 物︵
メ タ フォ リカ ル な 物
﹂︶ は︑ 抽象 概念 の
﹁存 在物
﹂に 基 づく 構築 を通 じ措 定さ れ たも ので ある
︒政 治 的﹁ 現実
﹂ の重 要な 構成 要 素で ある 抽 象物 は︑ 概念 メ タフ ァー に基 礎 を持 つ︒ 言い 換 えれ ば︑ 政治 的
﹁現 実﹂ には
︑ 概念 メ タフ ァー を通 じ て構 成さ れる 側 面 があ る︒ かく て︑ 個々 の 言語 表現 を手 が かり に概 念メ タ ファ ーを 特定 す るこ とは
︑政 治 的﹁ 現 実﹂ の一 側面
⎜ 意識 され ない ま ま 構成 され る側 面
⎜を 浮き 彫り に する ため の一 手 段を 成す
︒ま た
︑そ うし た表 現 を手 が かり に特 定し た 概念 メタ ファ ー の 批判 的検 討は
︑ 政治 的﹁ 現実
﹂ の批 判的 検討 の 一手 段を 成す
︒ 前記 の三 分法 か ら成 る 枠組 みを 政治 的 言語 の考 察に 活 か すこ とは
︑政 治 的﹁ 現実
﹂の 記 述及 び批 判に 資 する とこ ろが あ ると 言え よう
︒ 1
︶ 以下 は
︑ 比 喩 的表 現 に 焦 点を 合 わ せた 研 究の 例 で あ る︵ 括 弧 内 は
︑当 該 文 献 の 着 目 点 で あ る
︶︒Novek 1992
︵ 読 み 書 き 能 力 に関 す る 極め て 狭い
︑ 不完 全 な見 方
﹂ と結 び つく
﹁ 比喩 的 表現
﹂︵pp.223,230
︶︶
︑Pancake 1993
︵ 説 得 の 道具
﹂︵p.282
︶と し て の 表 現
︶︑
Elwood 1995
︵ 麻 薬 に 対 す る 戦 争
﹂と い う
﹁﹇ 一 九八
〇 年 代 の ア メ リ カ
﹈ 大統 領 の レ ト リッ ク に お け る メ タ ファ ー
﹂
(法政研究 78‑3‑102 448)