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阿久澤 あずみ
駅構内における群集歩行シミュレーションモデルの研究
A Study of Simulation Model for Pedestrian Movement in a Station Yard
情報工学専攻 阿久澤 あずみ
AKUZAWA Azumi1 序論
コンピュータによる群集歩行シミュレーションは,現 実では実測が困難な状態での歩行流動を視覚的に予測・
分析できる有用な方法のひとつとされている.しかし,
既存研究においては,空間を細かく分割することによっ て進行方向が限定されるなど,かなり限定的な条件の 下でのモデルが多く,鉄道駅のように経路が複数存在 する空間に適用され,個人単位の人の動き
(ミクロな動き) と群集としての人の流れ
(マクロな動き)まで表現 できるモデルは少ない.そこで本研究では,ネットワー クとポテンシャルモデルを組み合わせることによって,
進行方向を限定することなく,鉄道駅構内においても 歩行行動の特徴を表現する群集歩行シミュレーション モデルを構築することを目的としている.
2 駅構内移動ネットワーク
歩行者は合理的に経路を選択すると仮定し,駅構内 における歩行者の経路選択を表すネットワーク
(以下,駅構内移動ネットワークとする) を用いて,群集とし てのマクロな動きを表現する.
2.1
駅構内移動ネットワークの作成
まず,駅構内を面の役割ごとにポリゴンに分割し,属
性
(階段,エスカレータ,改札,通路,壁)を持たせる.
次に,歩行者の最終的な目的地となるポリゴン
(以下,最終目的地とする) を作成する
(図1の斜線領域).通 行可能な各ポリゴンにノードを対応させ,隣接するポ リゴン間の境界辺が通行可能であれば各ノード間にリ ンクをはり,ネットワークを作成する.
ある鉄道駅構内を対象に作成した駅構内移動ネット ワークは,ノード数
22,リンク数40である.
エスカレータ 階段
壁 改札
図
1駅構内移動ネットワークの作成
2.2
混雑を考慮したリンクコストの決定
密度が高い領域においては,歩行速度が下がり目的 地までの所要時間が延びることを表現するために,[1]
の密度
Kと歩行速度
Vの関係式
V(K)を利用し,ポ リゴン
P liからポリゴン
P ljへのリンクコストは
d(Gi, Gj)±
V(Kij) (1)
とする.G
iはポリゴン
P liの重心,d(G
i, Gj)はポリ ゴン
P liとポリゴン
P ljの重心間距離,K
ijはポリゴ ン
P li,P l
j内の密度である.ただし,歩行者が現在 属するポリゴン
P liからポリゴン
P ljへのリンクコス トは,式
(1)の分子を,歩行者が現在いる地点
Pから 重心
Gjまでの距離
d(P, Gj)に変更した値とする.ま た,最終目的地へのリンクコストは
0とする.
上記で定めたリンクコストを用いて,歩行者が現在 属するポリゴンから最終目的地までの最短経路を,歩 行者の歩行経路とする.歩行経路として選択したポリ ゴン間の境界辺を中間目的地とする.
3 群集歩行シミュレーションモデル
ポテンシャルモデルをもとにした
[2]のモデルを参考 に,群集歩行シミュレーションモデルを構築する.ま ず,歩行者を円として捉え,各歩行者に半径
R,パーソナル・スペース比
c,位置座標P,速度ベクトル
V, 自由歩行速度
Vs,目的地
(辺)をパラメータとして与
える
[5].次に,人間の視野を考慮し,視野に入る歩行者や壁などの障害物を微小な時間ステップ毎に認識さ せる.障害物に正の電荷,2 節で定義した中間目的地 に負の電荷を与え,これらの電荷の間に働く引力
E,反発力
Fを計算し,速度ベクトルを決定する.
3.1
視野
他の歩行者に対する視野と壁
(柱)に対する視野を個 別に定義する.視野はどちらも中心角
120◦の扇形と
する
[1].歩行者に対する視野の半径rpedと壁に対す
る視野の半径
rwallは,速度
Vに依存するよう,
γ=
1 (||V|| ≥Vs
のとき)
||V||±
Vs (それ以外のとき)
(2)
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を用いて,それぞれ以下のように定める.
rped= 7.5×γ+ 3R×(1−γ) [m], (3) rwall= 25×γ + 2.1×(1−γ) [m]. (4)
つまり,歩行者の速度が速いほど
(密度が低いほど)遠 くの障害物まで認識し,歩行者の速度が遅いほど
(密度が高いほど) 近くの障害物のみを認識する.
一部でも視野に入る障害物を歩行者に記憶させる.
3.2
引力の決定
電荷の間に働く引力を
E1とする.引力
E1の決 定には,歩行者が現在属するポリゴン
P l1と次に目 指すポリゴン
P l2との境界辺である中間目的地
Dm1と,その次の中間目的地
Dm2を用いる.現在地から 各中間目的地への距離が最短となる位置ベクトルをそ れぞれ
eDm1,e
Dm2とする
(図2).ただし,中間目的地
Dmi(i= 1,2)までの最短経路上に障害物が存在す る場合,歩行者の現在地から障害物
(多角形および円)への接線を用いて位置ベクトル
eDmiを決定する.こ の
2つの位置ベクトルの合力として,引力
E1は
e= eDm1
||eDm1||+ eDm2
||eDm2||, (5) E1=QD· e
||e|| (6)
とする.
QDは目的地に与える電荷の大きさである.引 力
E1の大きさは,目的地までの距離にかかわらず一 定とする.中間目的地
Dm2が障害物によって完全に 遮られる場合,式
(5)の第
2項は
0とする.
また,追従を表現するために,追従ベクトルを導入 する.追従ベクトルとは,自分の進みたい方向と近い 方向へ進む,視野内の歩行者へ向かうベクトルであり,
これを引力
E2とする.
さらに,障害物周辺での動きを滑らかに表現するた めに,流体力学的ポテンシャルを用いる.流体力学的ポ テンシャルより求まる勾配ベクトルを引力
E3とする.
これらの引力を用いて,引力
Eは,
E =E1+E2+E3 (7)
となる.
3.3
反発力の決定
歩行者の現在地から,t
(t= 1)秒後の他の歩行者
iの位置への位置ベクトルを
fpedi,壁
iへの距離が最 短となる位置ベクトルを
fwalli,柱
iの中心への位置 ベクトルを
fporliとする
(図2).各障害物への位置ベクトル
fpedi,f
walli,f
porliを用いて,視野内の他の歩 行者,壁,柱からの反発力は,それぞれ
Fpedi= Qped
||fped
i||2 · fped
i
||fped
i||·cosθpedi, (8) Fped=
nped
X
i=1
Fpedi, (cosθpedi >0) (9)
Fwalli = Qwall
||fwalli||2 · fwalli
||fwall
i||· 1 + cosθwalli
4 , (10)
Fwall=
nXwall
i=1
Fwalli, (11)
Fporl
i= Qporl
||fporl
i||2 · fporl
i
||fporl
i||·cosθporl
i, (12)
Fporl=
nXporl
i=1
Fporli (cosθporli>0) (13)
とする.Q
ped,Q
wall,Q
porlは各障害物に与える電荷 の大きさ,θ
ped,θ
wall,θ
porlは引力
Eと各位置ベク トルとのなす角,
nped,n
wall,n
porlは視野内の各障害 物の数である.式
(8),式(10),式(12)において余弦 を乗ずるのは,障害物に向かって進めば進むほど反発 力を大きく,平行もしくは遠ざかる方向へ進むほど反 発力を小さくするためである.ただし,壁
iと壁
jの なす歩行者側の角が
180◦以上となる壁は,1 枚の同じ 壁として扱い,歩行者の現在地により近い壁を対象に,
式
(10)を計算する.
これらの反発力を用いて,反発力
Fは
F =Fped+Fwall+Fporl (14)
となる.
Dm1
eDm1
Dm2
eDm2
E
fwall1 fwall2 fporl
1
fped
1
視野
図
2各位置ベクトルのとり方
3.4速度ベクトルの決定
単位時間
dt後の速度
Vnewは,現在の速度
Vおよ
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び,上記で求めた引力
E,反発力Fを用いて
V´ =V + (E−F)·dt, (15) Vnew=Vs·V´±V0 (16)
とする.V
0は,自由歩行時のシミュレーションより算 出される式
(15)の
||V´||の最大値である.これにより,
Vnew
は
0から
Vsの大きさをもつベクトルとなる.
したがって,単位時間
dt後の位置座標
Pnewは,現 在の位置座標
Pを用いて
Pnew=P+Vnew·dt (17)
となる.
4 駅設備周辺の歩行行動
エスカレータ・階段
(以下,移動施設とする),改札といった駅特有の設備回りにおける歩行行動を表現する.
4.1
移動施設
目指す移動施設が視野に入っている歩行者が,エス カレータまたは階段を選択するモデルを考える.2 項 ロジットモデルに基づいて,時刻
tにおいて目指す移 動施設が視野に入っている歩行者のうち,エスカレー タ
E・階段Sをそれぞれ選択する歩行者の占める割合
(以下,移動施設選択確率とする)
を求める.
いま,目指す移動施設が視野に入っている歩行者は,
各自の効用を最大化するように移動施設を選択すると 仮定する.効用
Vi(t) (i∈ {E,S})は,時刻
tにおける 移動施設前までの移動時間
Xi1(t),移動施設の昇降時間
Xi2(t),移動施設前での待ち時間Xi3(t),肉体的負荷
Xi4(t),およびパラメータθ1,θ
2,θ
3,θ
4を用いて
Vi(t) =P4
j=1θjXij(t) i∈ {E,S} (18)
と表現できるものとする.以上より,移動施設選択確 率は以下のようになる.
pE(t) = exp(VE(t))
exp(VE(t)) + exp(VS(t)), (19) pS(t) = 1−pE(t). (20)
上記で決定した移動施設選択確率を用いて,歩行者 を各移動施設へ配分する.なお,過去に行なった選択を 頻繁に変更しないよう,選択した移動施設の選択確率 が低下した歩行者のみ再度移動施設を選択し直す.こ れにより,途中で移動施設を変更する歩行行動を表現 する.
4.2
改札
歩行者は,改札へ向かう際,改札口を選択してから,
どの改札機を通るか,
2度の選択をしていると考えられ る.そこで,ネットワークの階層構造を作成する.具 体的には,歩行者の経路選択を表す駅構内移動ネット ワークの下に,改札機の選択を表す改札ネットワーク を作成する
(図3).改札ネットワークは,改札領域に,改札口前を表すポリゴンを追加して作成する.作成方 法は
2.1節と同様である.本研究の対象領域内にある 改札機を全て一方通行と設定すると,作成した改札ネッ トワークは,ノード数
18,リンク数28となる.
2.2
節で歩行経路として決定した改札口
(中間目的地) が視野に入る場合,改札ネットワークを用いてど の改札機を目指すか選択する.待ち行列に加わってい る歩行者は,自分の前にいる歩行者に対し追従ベクト ル
E2が働くものとする.
図
3駅構内移動ネットワークと改札ネットワーク
改札ネットワークのリンクコストは,改札機前にい る前方の歩行者が改札機を通り抜ける
(改札機の長さ1.6[m])
まで待たなければならないと考え,
d(P, Mj)
+
1.6×Nqj (21)とする.
d(P, Mj)は,歩行者の現在地
Pから改札機
j入り口の中点
Mjまでの距離,N
qjは,改札機
jに並 んでいる待ち行列の人数である.なお,改札機から改 札機通過後のポリゴンへのリンクコストは
0とする.
5 シミュレーション
シミュレーションにおける単位時間
dtを
0.05[sec],自由歩行速度を
1.33 +σ[m/sec]とする.
σは,平均
0,標準偏差
0.1の正規分布に従う乱数である.
5.1
シミュレーション実験
駅構内の改札機は,すべて一方通行の改札機とする.
流率
Q[人/m·sec]および歩行者の最終目的地の利用
比率は,エスカレータの利用割合や目的地の利用割合
を考慮して定める.ただし,電車の到着による影響を
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考えず,到着率が一定のポアソン分布に従うものとし てシミュレーションを行なう.
駅構内における群集歩行シミュレーションを図
4に 示す.黒い円は乗客,白い円は降客を表す.
図
4駅構内における群集歩行
(縦25.9[m]×横
65[m])追従ベクトルの導入により,帯状の流れが交互に形 成され,互いにすれ違う様子が見える.また,流体力 学的ポテンシャルの導入により,障害物回りにおいて も,滑らかな歩行行動を表現している.局所的には,エ スカレータ前における待ち行列の形成が見られる.特 に,図下のエスカレータ前は,改札口から近いことも あり,待ち行列が形成されやすいことがわかる.待ち 時間や肉体的負荷を考慮しているため,エスカレータ へ向かっていた歩行者が,途中で階段へ経路変更する 動きが見られる.改札前においても,エスカレータ同 様,途中改札機を変更する歩行行動が見られる.
5.2
密度と歩行速度の関係式
本モデルが現実的であるか数量的に見るために,密 度と歩行速度の関係について述べる.本モデルと既存
研究
[3, 4]を比較するために,歩行者の進行方向を一
方向
(一方向流),二方向(対向流)に限定し,縦
10[m],横
50[m]の平面領域においてシミュレーションを行な
う.密度に変化をつけ,様々な状況を再現するために,
流率
Q[人/m·sec]を以下のように設定する.
一方向流:
Q= 1.2−0.002t (0≤t≤600)対向流:
Q= 0.6−0.001t (0≤t≤600) 10秒間単位で平均値を算出した結果得られる,一方 向,二方向における密度と歩行速度の関係を図
5に示 す.図
5より,本モデルから得られる密度と歩行速度 の関係は,既存研究と似た傾向があり,現実的な数値 を示していることがわかる.一方向流の歩行速度と比
べ,対向流の歩行速度は全体的に
0.1m/secほど低い 値をとっており,対向者の影響が表れている.
0 0.5 1 1.5 2
0 0.5 1 1.5 2
密度 K (人/m^2)
速度V(m/sec)
John J.Fruin 佐藤(一方向流)
吉岡(通勤)
吉岡(行事・催物)
吉岡(買物)
木村・伊原 中村
本モデル(一方向流)
本モデル(対向流)
図
5密度と速度の関係式
6 結論
駅構内をネットワークで表現し,ポテンシャルモデ ルと組み合わせることによって,追従・追い越しなど の個人単位のミクロな動きと,障害物を回避しながら の目的地への移動や歩行流といったマクロな動きを表 現する群集歩行シミュレーションモデルを構築した.
謝辞
本研究を進めるにあたり,多大なるご指導,ご助言 を頂いた中央大学理工学部 田口 東教授に深く感謝い たします.
参考文献
[1] John J.Fruin (著者),長島正充 (訳者),歩行者
の空間=理論とデザイン=,鹿島出版会,東京,
1977.
[2]
安西保幸,地下鉄大手町駅における群集歩行シ ミュレーション, 中央大学大学院理工学研究科情 報工学専攻修士論文,2001.
[3]
社団法人 日本建築学会,建築・都市計画のため のモデル分析の手法,井上書院,東京,1992.
[4]
社団法人 日本建築学会,建築設計資料集成―人 間,丸善株式会社,東京,2003.
[5]