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西アジアの農業と社会(2)後藤晃

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〈論 説〉

西 ア ジ ア の 農 業 と社 会(2)

後 藤 晃

目 次

第 一三章 イ ランの地 主制 と村落 は じめに

一一 地主 的上地所 有 二 地 並と農 民

三 地 セ経営 「農場 」 の経 営組織

四 農業 近代 化 と地主 経営 「農場」 の変容 小括

第三 章 イ ラ ンの地 主制 と村 落

は じめ に

前章 で は,マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の調 査 事例 を もと に イ ラ ンの オ ア シス農 業 地 帯 に一 般 的 な農業 制 度 を検 討 した。調 査 を行 った1970年 代 前半 期 は,農 地 改革 が 実 施 され て か ら程 な く,ま た1973/74年 の オ イル シ ョ ックに よ る豊 か な財 政 資 金 を も とに進 め られ た開 発 の波 が農 村 地 帯 に も及 び は じめ た いわ ば農 村 の変動 期 に当 た る。 都 市 にお け る雇 用 の拡 大 で農村 か ら都 市 に向か う人 の移 動 が 激 し

く進 み,農 産物 の商 品化 と消 費 の拡 大 に よ って農 村市 場 もま た拡 大 過 程 にあ っ た。 しか し,農 地 改 革 まで の時代 で み る と,都 市 と農 村 の間 に は経 済 の二 重 構 造 が存 在 して いた。 農業 余 剰 は地 代 や利 潤 と して地 主 を媒 介 に都 市 に運 び出 さ れ,こ の余 剰 が都 市経 済 の循 環 の主 た る基 礎 を な し消 費 と資本 形成 に向 け られ た の に対 して,農 村 は余剰 を収 奪 され て 自給 的経 済 を余儀 な くされ農 村 市 場 は

(2)

きわめ れ狭flな 状 態 にあ った。 都 市 が 発達 しな が らこれ と対 照 的 に農 村 市場 の 核 を なす 町が 貧弱 で あ った とい うイ ラ ンの特 徴 は,こ の経済 社 会 的 な二 重 構造 が空 間 的 に表 現 さ れ た もの と い って よ い。 この構 造 を大 き く変 え た の が1960 年代 に実 施 され た農 地 改 革 と石 油 を財 源 と した地 域 開 発 で あ った。 都市 を 中心

と した経 済 に活 発化 しっ っ あ った農村 地 域 の経 済 が 町を接 点 に接合 され,農 村 を含 め た国民 的 市場 が発 展 す る こ とに な る。 マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で いえ ば,こ の 地 方 の中央 に位 置す るマ ル ヴ ダシ ト町 の急 激 な発 展 は この時代 の経 済 社 会 の変 容 を象 徴 す る もの で あ った。

かっ て植 民地 で あ った ア ジ アの諸地 域 で 大 土地 所 有制 が展 開 した と同様 に, イ ラ ン もまた19世 紀 半 ば以 降 の国 際 分 業 化 の過 程 で農 産 物 の 市場 形成 に と も な う商 業 的農 業 が 展開 し,こ れ を契機 に領 † 層 や 国有地 に 下賜地 を もつ 都 市 の 官 僚,商 人 な どに よ る大 土地 所有 が 発展 した。 ラム トンによ れば 「占 くか らの 土地 所 有者 や,土 地 を所 有 す る部 族 のハ ー ンは,レ ザ ー ・シ ャーの治 下 で そ の 所 有地 を失 う傾 向が み られ た。 一方 で は国家 が これ らの地tや ハ ー ンの 土地 を 没 収 し,他 方 で は新 興 の商 人 お よび請 負 人,新 官 僚,な らび に軍 人 が新 しい地

C1)

主階 級 と して新 た に と って代 わ った」 ので あ る。 この時代,国 は土 地 の登 記 法 を施 行 す る こ とで私 的所 有 を保 証 しまた農 業 銀行 に よ る土 地 取得 と経営 に対 す

(Z)

る資金 の提 供 な どで地t的 土地 所 有 の 発展 を促 す政 策 を と った。 また民 法 で は

「土 地 は所 有 す る意思 を もって利 用 され て お らず しか も何 人 も権 利 を 主張 して い な い土 地 を耕 作 す る もの は,そ の土 地 の所 有 者 にな る。 また あ る土 地 の周 縁 を開 拓 す れ ばそ の土 地 の所 有 権 も得 られ る」 と定 め られ て いた こ とで,水 利 施 設 へ の投 資 と農民 の リクル ー トに よ って多 くの新 村 や枝 村 が 建設 され た。

こ う した政 策 が と られ た背 景 に は近 代 国 家 が地 主 制 を制度 的土 台 に近 代化 と 工業 化 を進 め た ことが関係 して い る。 都 市 の上 層 は,国 家 に よ って土地 所 有 権 の安 定 が保証 され た こ とま た農 業部 門 の収 益性 が高 か った こ とに よ り土地 所 有 に積 極 的 な対 応 を示 した が,地 主 が農 業 部 門 か ら収 奪 した余 剰 は専 売,関 税, 直接 税 な どの形 で 歳入 の 主要 な源 泉 を な し,ま た地 主 の余剰 資 金 は金 融 を通 し て民 間 の投 資 を拡 大 した。 つ ま り,近 代 化 を 目指 した王 政 は再 編 され た地 主 と

(3)

西 ア ジ アの農 業 と社 会 ②73

の 同 盟 関 係 に よ って 近 代 的 蓄 積 を は か っ た の で あ り,地 主 制 と工 業 化 が 展 開 し た1930年 代 以 降 の レザ ー シ ャ ー期 は地 室 王 政 の 時 代 と い って よ い。

しか し,イ ラ ンの近 代 化 の 歴 史 的 性 格 を 問 題 に す る際 こ の地 主制 に つ い て は これ まで ほ と ん ど論 じ られ る こ と は な か っ た。 明 治 維 新 の ア ナ ロ ジ ー で 議 論 も さ れ 都 市 の 近 代 的 な社 会 層 の 登 場 と ナ シ ョナ リズ ムが 問 題 と され な が ら,地 主 制 が経 済 的 七台 と して 再 構 成 さ れ た近 代 イ ラ ンの 経 済 構 造 に つ い て は関 心 を も た れ な か っ た の で あ る。 む しろ,ト ル コ の ケ マ ル ア タチ ュ ル クの 近 代 化 と の 比 較 で,地1;制 は 「封 建 制 の 残 潭 」 と して イ ラ ンの 不 徹 底 な近 代 化 の 側 面 と して 論 じ られ て きた 。 こ の 負 の 側 面 は 否 定 す る こ と は で き な い。 マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の あ る村 の 農 民 の話 に よ る と,「土 地 も水 も地 主 の もの で あ り,地 セ は め っ た に 村 に や って 来 な い が,問 題 が 起 き る と農 民 を 並 べ て ビ ン タを 食 らわ せ,非 常 に 横 暴 で あ っ た 」 の で あ り,ポ レ ノ ウ村 で は 地 主 の 差 配 で もあ る 村 長 が 地 主 の 意

向 に した が って 農 民 に 対 して 手 荒 な扱 い を して い た 。 こ の た め 農 民 の恨 み を 買 い,農 地 改 革 後 は隣 村 に住 居 を 移 して い る。 こ う した 事例 は 数 多 く報 告 さ れ て い る。「地i'は 農 民 を 事 実 上 の 奴 隷 類 似 の もの と み な し,か れ らの 唯 一 の 機 能 は 地tの た め に利 益 を生 み 出 す こ と に あ り,か っ ま た 厳 格 に扱 わ な い 限 り,地 主 の 当然 の権 利 を諏 す るお それ が あ る」 の で あ留,地 主 濃 民 の間 は相 互 の不 信 感 に よ るむ き出 しの関 係 で あ った と い って よ留1.地 主は細 ∫に居 住 す る不在 地tで 村 に と って 外 部 者 で あ り,農 民 との 人 間 的 っ な が りを もた ず,利 害 を ま った く共 有 して い なか った。 ま た暴 力 装 置 を もって強 烈 な権 限 を行 使 し得 た ことか ら地L」と農 民 の関係 に は 「封 建 的 」 と呼 ぶ べ き側 面 が あ った こと も否 定 で きな い。 この場 合,暴 力装 置 と して機能 したの は国 家 で あ り地 主 と農 民 の ト ラ ブル に は警 察 が 介 在 したか ら,国 家 の体 制 自体 が 「封 建 的」 性 格 を帯 び て い た と も誌え る。 しか し,国 家 が地 主 を保 護 し農 民 か らの収 奪 に警察 力 を も って 保 証 を与 え た の は,イ ラ ンの近 代化 の 蓄積過 程 に地 主 が重 要 な役割 を担 って い

たか らに ほか な らな か ったの で あ る。

この イ ラ ンの近 代 化過 程 に お け る国 家 の体 制 は,20世 紀 半 ば にな る と修 正 が 求 め られ る ことに な る。 石油 国 有化 の反英 闘 争 と して展 開 した民 族 主 義 の運 動

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と政 治体 制 の民 主化 要 求 の運 動 の中 で農 地 改革 もま た不 可 避 と され る状 況 が生 まれ る。 地 主 制 に対 す る大衆 の批判 に はその 「封 建 的」 性 格 と地 主 の強 い権 限 に もとつ く収 奪 が 問題 と され た。 地主 制 の廃Lが1950年 代 に国 民 的 な課 題 と な った背景 に はイ ラ ン議 会 が地 主勢 力 の強 い影響 下 に あ った とい う政 治 的現 実 が あ った が,こ の要 求 に対 して権 力基盤 が脆 弱 で あ った国王 は その安 定 化 を は か る意 図 か ら1952年 に王領 地 を農 民 に解 放 す る と い う選 択 を行 う。 しか し重 要 なの は,国 家 また民 間 の資 本形 成 とい う点 で地主 制 は その役 割 を終 え,国 民 市場 の発 展 とい う点 で はむ しろ樫楷 化 して いた こ とで あ る。 成 長 しっ つ あ った 資本 家層 や都 市 の 中産 層 の間 に国民 的市 場 の拡 大 と りわ け農 村市 場 の 開放 の要 求 が高 ま って い た こ とで あ る。20世 紀 半 ば にな る と蓄積 シ ステ ムつ ま り国 家 主 導 型 の地主 制 を土 台 に した資本 の蓄積 に変更 の要 求 が 強 ま り,民 主 化 と農 地 改 革 は こ う した 資 本 主 義 発 展 の 時代 的 状 況 に対 応 した運 動 と して の 側 面 を強 く

もって い た。1960年 に国 王 は 白色 革 命 を宣言 し農地 改 革 が スケ ジュー ル に挙 げ られ るが,こ れ はイ ラ ン経 済 の構 造 的 転換 を意 味 し,そ れ まで の蓄 積 メ カ ニ ズ ム に終 止 符 が打 た れ,地 主 王 政 を払 拭 して国 民経 済 発 展 の契 機 を な した とい う 点 で歴 史 的意義 を もって い た。

地主 制 を問題 とす る時,近 代 イ ラ ンの政治 経 済 的枠 組 に お いて論 じる必要 が あ る。19世 紀 後 半以 降 の世界 経 済 の シ ステ ムに周 辺 と して編 成 され変 容 した経 済 社 会 とそ の後 の近代 化,工 業 化 の過 程 で の地 主 制 の位 置づ け は,イ ラ ンの政 治 経 済体 制 を論 じ る上 で不 可避 とい って よ い。 この点 に関 して は第 二部 で詳 し

く論 じる予定 と して お り,こ こで は まず第 二章 との関連 で,射 程 を村 に置 き地 主 と農 民 の 関係 に焦点 を据 え て地 主制 の構 造 を 明 らか にす る。

.̲̲.地 主 的 土 地 所 有

1.大 土 地所 有 者 の 系譜 と所有 規 模

20世 紀 前 半 期 にお ける土地 所 有 の実 態 を示 す 資 料 は少 な い。土 地保 有 の規 模 別 分 布 に関 す る最 初 の統 計 は1960年 の イ ラ ン最 初 の農 業 セ ンサ ス に示 され て い る(表3‑1)。 これ によ る と,20ha以 下 の規模 が農 地 全 体 の67%を 占めて い る

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西 ア ジ ア の 農 業 と社 会(2)75

3‑1農 地 保有 の規模別 分布 保有規 模(ha)

0‑2 2‑5 5‑10 10‑20 20‑50 50‑100 100‑500 500一

農 地 面 積(1000ha)全 農 地 の 割 合(%) 571

1554 2413 3054 2209 564 fi84 307

5,0 13.7 21.2 26.9 19.5 5.0 6.0 2.7

(出 所)1960年 農 業 セ ン サ ス(A.Najmabadi,LandReformand

SocialChangeinIran,UniversityofUtahPress,1987 ,p.46)

の に対 して100ha以 上 は イ ラ ンの 全 耕 地 の8 .7%に 過 ぎ ず,こ こか ら は大 土 地 所 有 制 の 姿 は浮 ん で こな い 。 も っ と も この 数 字 は 所 有 と い う よ り経 営 規 模 で 分 け た もの と して読 む べ きで あ るが,後くの に述 べ るよ うにY人 土地 所 有 制 の村 の地 主 と農 民 の関 係 を地 主 ・小 作 関係 とみれ ば経 営 単位 はそれ ぞれ の農 民 に分 割 さ れ るが,地 主経営 の 「農 場」 とみ れ ば村 が一 っ の経 営 体 で あ り,こ の統 計 は所 有 と経 営 の いず れ の分 布 を示 す もの と して も問題 が多 い。一一方,ハ ム シー は富 裕家族 の5な い し20%が イ ラ ンの全農 地 の70な い し90%を 所 有 して い る とす

(s>

る大 ま か な 推 定 を 行 って お り,ま た,バ デ ィ と マ ク ラ ク ラ ンに よ れ ば1950年 頃 に は イ ラ ンの全 耕 地 の56%を 農 村 人 口 の1%に 過 ぎ な い地 主 が 所 有 し,1家 族 が100ha以 上 を所 有 す る大土 地 所 有者 の土 地 は全耕 地 の33.8%を 占あて い健。

いず れ の数 字 もセ ンサ ス とは大 き く違 って い る。 また バ デ ィの数 字 に は部 族 地 や宗 教 組織 に属 す る ワ ク フそれ に国 有 地 と王 領地 が除 か れて お り,こ れ を含 め る と耕 地 の90%近 くが地 主 的 所 有 の下 にあ る土 地 とな る。いず れ が実態 に近 いcs)

か につ いて は不 明 とい う他 はな い が,少 な くと もセ ンサ スの数 字 は イ ラ ンの地 主 的 土地 所 有 につ い て一 般 的 に認 識 され て い る もの と大 き くか け離 れ て い る と い って よい。そ の主 な理 由 は,セ ンサ スが実 施 され た1960年 に は近 い将 来 に農 地 改革 が 予測 され,改 革 の対 象 とな るの を避 け るた め に多 くの地 主 が所 有 地 を 家 族 や親 族 に分 割 す る動 きを示 した こ とにあ り,セ ンサ スの数 字 は この結果 と

(6)

み る こ と が で き る。

さ ら に一 っ の数 字 が あ る。 こ れ は所 有 別 村 数 を 示 し た1958年 の 農 務 省 の も の で あ る (表3‑2)。 イ ラ ンで は,全 体 を6と して6に 分 け た う ち の1っ を1ダ ン グ で 表 す こ と が あ る。 村 の 土 地 で い え ば,1ダ ン グ は土 地 全 体 の1/6と な る。 こ れ に よ る と,一 人 の地 主 に よ っ て 所 有 さ れ て い る村 が 全 体 の1/4近 く に 及 ん で い る こ と が わ か る。

大 土 地 所 有 制 に つ い て は セ ンサ ス よ り も 観 察 や 調 査 に よ っ て 実 態 に 近 づ く こ と が で

き る。 ラ ム トンや バ デ ィ ま た テ ヘ ラ ン大 学 の 調 査 資 料 に 依 拠 して イ ラ ン の 各 州 に お け る

fig)

状 況 を羅 列 す る と次 の よ うで あ る。

・1949年 に お け る テ ヘ ラ ン と ダ マ ー ヴ ァ ン ドに 近 い地 域 の1300の 村 を 対 象 と し た調 査 で は,

表3‑2村 の種 類別割合 村 の種類

(i)

6ダ ン グ の 村

(z)

ダ ン ギ の 村

(3)

小規模 保有 の村 王領地 の村 ワ クフの村 国有地 の村 複 合 した村

割合(%

23.4 10.9 41.9 2.0

1.8

豊 劉

(注)(1)は 一 人 の 地 主 に よ っ て 所 有 さ れ て い る 村 。 ② は 複 数 の 地 主 に 所 有 さ れ,各 地 主 が 村 の 十地 の1/6〜5/6を 所 有 す る 村 。(3) は 複 数 の 地 主 ま た 農 民 が そ れ ぞ れ1/6以 ト を 所 有 す る 村 。 (出 所)K.Khosravi,iffMaleki

darIranazDowrehQajarieh to‑beEmruz,Tehran,1961(岡

崎 正 孝 「イ ラ ン 地 主 の 二 っ の 型.↓ 滝 川 ・斉 藤 編 『ア ジ ア の

t地 制 度 と 農 村 社 会 構 造1』

ア ジ ア 経 済 研 究 所,1966年, 66ペ ー ジ よ り 引 用)

こ の地 域 に は大 土 地 所 有 が 多 い。

・ア ラ ク地 方 で は,農 地 の75%ま で が 大 土 地 所 有 者 に よ っ て 所 有 さ れ て い た 。

・ブ ー ル ジ ェ ル ド地 方 で は,農 地 の す べ て が 大 土 地 所 有 者 に よ って 所 有 され て い た 。

・ア ゼ ル バ イ ジ ャ ン地 方 で は,1930年 代 の 時 点 で 地 一一1;が90%の 土 地 を 所 有 し,そ の 内,6家 族 は平 均 で20な い し30の 村 を 所 有 して い た 。

・フ ァー ル ス地 方 で は,1930年 代 に耕 作 に 適 す る土 地 の70%は 大 土 地 所 有 者 に よ っ て 所 有 さ れ て い た 。

・ケ ル マ ン地 方 で は,農 地 の ほ とん ど が 人 土 地 所 有 者 に よ り所 有 さ れ て い た。

・マ ー ザ ンデ ラ ン地 方 で は,1952年 ま で そ の 大 部 分 が 王 領 地 で あ った 。

(7)

西 ア ジア の農 業 と社 会 ②77

図3‑1イ ラ ン の 州 区 分(1960年)と 年 間 降 水 量300mmの 等 高 線

瑠 猟

吻%

・フー ゼ ス タ ン地 方 で は,1950年 代 は じめ に 大 部 分 の農 地 が 大 地 主 に 所 有 さ れ て い た。

・ホ ラ ー サ ン地 方 で は,小 地 主 が 多 い と言 わ れ て い る。 しか し農 地 面 積 で は 大 地 主 に所 有 さ れ て い る方 が 多 い。

・ギ ー ラ ン地 方 で は,農 地 の90%ま で が 大 土 地 所 有 の 土 地 で あ る 。

こ の 記 述 か ら知 り得 る の は,農 地 改 革 以 前 の イ ラ ンの 土 地 所 有 を特 徴 づ けて い た の は 大 土 地 所 有 制 で あ った と い う こ とで あ る。 ま た地 宅 を そ の 出 自 で 分 け る と次 の よ うで あ る。

1.1g世 紀 に お け る地 方 の 名 士 層 。 地 方 勢 力 と して 私 兵 を 抱 え て い た 封 建 的 領 主 で あ り,立 憲 革 命 後 ま た レザ ー シ ャ ー の 新 体 制 で 貴 族 化 し新 た な 権 力

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機 構 を 構 成 す る存 在 と して 生 きの び た地 主 で あ る。2桁 以 上 の 村 を 所 有 す る文 字 通 り の 大 地 主 で あ り,こ の 例 は ア ゼ ル バ イ ジ ャ ン,ホ ラ ー サ ン, フ ァー ル ス な ど に み られ る。

2.部 族 の長 で あ るハ ー ン。 イ ラ ンの 部 族 地 に対 して はハ ー ンが 強 い 権 限 を も って い た。 レザ ー シ ャー の 時 代 に こ の 多 くは 没 収 さ れ た が,中 央 権 力 に 従 う こ とで 近 代 的 所 有 権 を 得 た もの もか な りあ った 。

3.ガ ー ジ ャ ー ル 朝 の 時 代 に下 賜 地 を 保 有 し,近 代 化 過 程 で 所 有 権 を 得 た も

の 。

4.商 業 的 農 業 の 展 開 過 程 で 土 地 に投 資 を 行 った 商 人 層 。

5.近 代 化 過 程 で 登 場 し た 新 官 僚 や 軍 人 。 立 憲 革 命 以 後,と く に レ ザ ー シ ャー の 時 代 に 国 有 地 の 購 入 な ど で 土 地 を 取 得 した 。 ヒヤ リ ン グ を行 っ た マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の村 の 地 主 の 多 く は この グ ル ー プ で あ っ た。

6,地 主 の 差 配 や 村 長 。20世 紀 半 ば に な る と経 済 の発 展 と農 産 物 価 格 の 相 対 的 低 落 に よ り地 主 が 土 地 か ら経 済 の 他 の諸 部 門 に 資 本 を 移 動 させ る動 き を 示 す が,こ の 過 程 で 土 地 を 購 入 し地 主 化 した 。

マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で 確 認 した 村 の事 例 で み る と,ラ ー ム ジ ェ ル ド地 区 の ドメ ア フ ィ シ ャ ン村 の 地 主 が 大 佐 に 昇 進 した 軍 人 出 身,エ ス フ ァ ドロ ン村 が 上 級 官 僚 で あ った 。 ま た コ ル バ ー ル 地 区 の キ ャ ミジ ュ ン村 が軍 人,マ ル ヴ ダ シ ト地 区 の ヘ イ ラー バ ー ド村 が 州 都 シ ー ラ ー ズ市 の 上 級 官 僚 で あ り,概 して 軍 人 や 官 僚 出 身 が 多 い 。 い ず れ も,20世 紀 初 頭 以 降 に 土 地 を 購 入 して 地 主 化 した もの で あ る。 ま た,村 の 上 層 が 地 主 と な る事 例 もみ られ た 。 村 長 は 同 時 に地 主 の 差 配 で あ る こ とが 多 く,こ の 役 職 に よ る収 入 と地 主 と の つ な が りで 土 地 取 得 の チ ャ ン

ス を 得 た 。 調 査 を 実 施 した ヘ イ ラ ー バ ー ド村 と ポ レ ノ ウ村 の 村 長 は い ず れ も農 地 改 革 前 に 近 接 村 の 土 地 の 一 部 を 手 に 入 れ て い る。 前 者 の 村 長 バ ー ズ ー バ ン デ ィ ー は隣 接 す る エ サ ー バ ー ド村 に60ヘ ク タ ー ル を 購 入 し,ま た 後 者 の 村 長

ゴル バ ニ ー は複 数 の 地 主 が 共 有 す る隣 接 の ドメ ア フ ィ シ ャ ン村 に全 体 の1/10 の 持 分 を 取 得 した 。 しか し,い ず れ も地 主 と して は小 規 模 で あ る。

耕 作 農 民 が 農 地 を 所 有 す る 農 民 的 所 有 もみ られ た。 こ れ は20世 紀 前 半 に は

(9)

西 ア ジア の農 業 と社 会 ②79

農 地 全体 の1割 程 度 で あ った と想 定 され るが,国 有地 が農 民 に譲 渡 され たわず か な村 を除 けば生 産性 の低 い農業 の限 界地 にみ られ た に過 ぎな い。 中 央砂 漠 の 南 西 辺 な らびに南辺 に沿 った地 方 に比 較 的多 いが,こ こで も大 土地 所 有 が優 勢 で あ り農民 的所 有 の村 は余剰 を生 み 出 さな い僻地 の 山岳 地,ま た大土 地 所 有地 の なか に点 在 す るや せ地 に分 布 し,優 等 地 は その ほ とん どは地 主 的所 有 に よ っ

ロの

て覆 われ て い た とい って よ い。

この多様 な出 自か らな る地 主 の なか で村 に居 住 す るの は差配 や村 長 出 身者 の み で あ る。 その他 は中 央 や地 方 の都 市 に居住 す る不在 地 主 で あ り,村 社 会 とは 農地 の所 有 と農 業 余 剰 の授 受 を通 して関係 を も って いたが村 の コ ミュ ニテ ィ ー に と って は外 部 者 で あ る。 農民 との間 に は信頼 と保 護 に もとつ くいわ ゆ るパ ト ロ ンと ク ライア ン トの関 係 を もっ こ とが な く,む しろ相 互不 信 が地 主 と農民 の 関係 を支配 して い た。

2.大 土 地所 有 者 の所有 形 態

ラ ム ト ンは大 土 地 所 有 を そ の形 態 か ら三 っ に 分 類 して い る。

1.所 有 規 模 が1ヵ 村 か ら数 ヵ村 に お よ び,例 外 的 に は3桁 に 達 す る数 の 村 を 所 有 す る大 地 主(オ ンデ マー レキ)。

2.い くっ か の 村 に持 分 を所 有 して い る地 主(ホ ル デマ ーレキ)。

3.村 が 複 数 の 地 主 に よ っ て 共 同 で 所 有 さ れ る持 分 所 有 の 地 主 。 大 地 主 の 所 有 地 が 複 数 の相 続 人 に譲 渡 さ れ る 時,こ の 土 地 が 共 有 され る こ とが 多 い。

共 有 地 は 通 常 は地 主 の な か の 一 人 に よ って 管 理 さ れ た(ホ ルデマ ー レキ)。

この3分 類 の うち2.と3.は 複 数 の地 主 が 土 地 を 持 分 で 共 有 す る形 態 で あ る。

この 形 態 は ム シ ャー と呼 ば れ,村 の 土 地 が 複 数 の 地 主 に よ って 所 有 さ れ る場 合 この ム シ ャ ー の 形 態 で 所 有 され れ こ とが 多 い 。

イ ラ ンで は,一 般 に 大 土 地 所 有 者 は オ ンデ マ ー レキ(。ndemalek)と ホ ル デ マ ー レキ(holdemalek)に 分 け て 区 別 さ れ る

。 オ ン デ マ ー レキ は,村 の 土 地 全 体 を 単 独 で 所 有 す る地 主 を 指 し,こ の 中 に は2桁,3桁 の 数 の 村 を 所 有 す る地 主 が あ り,こ れ は文 字 通 りの 大 土 地 所 有 者 で あ る。1960年 代 に 農 地 改 革 が 実 施 さ れ

(10)

地 主 は 村 か ら退 去 し て

「封 建 的」 といわ れ た地 主 と農 民 の関係 が消 滅 す る。

しか し}地 主 制 下 で 地 主 は強 い権 限 を 行 使 し,と

くに オ ア シ スな ど の灌 概 農 業 地 帯 で は,村 は地 主 の所 有 物 の ご と き様 相 を 呈 して い た。 こ う した 地

表3‑3所 有村落 数別 オ ンヂ マ レキの地主 数

所有村落数 地主数 所有村落数 地生数

地主数計

4016

12^14

9

1

3008

15^‑19

to

2 544

20^‑29

3

3〜5342

〜8173 【6

9〜11i2。

30^‑49 50^‑200 215

5 1 1

̲̲̲̲̲̲̲̲̲̲̲」 i

6793村

一一

(出 所)表rに 同 じ

主 と農 民 の 関 係 を 土 台 に一 人 の地 主 が 村 全 体 に所 有 権 を もっ 場 合,こ の 地 主 が オ ンデ マ ー レキ で あ る。 イ ラ ン に は1村 以 上 を 所 有 す る4000の オ ンデ マ ー レ キ が お り中 央 や 地 方 の政 治 に 強 い 影 響 力 を もっ もの も多 い と 言わ れ て い るが, 先 の 出 自 に よ る分 類 で は地 方 名 士 層 や ハ ー ンに 多 数 の村 を 所 有 す る オ ンデ マ ー

レキ が 多 い 。 ま た,新 興 の 地 主 の 中 に も オ ン デ マ ー レキ が み られ る。 ヘ イ ル ア ー バ ド村 の 地 主 は地 方 都 市 シ ラ ー ズ の 官 僚 出 身 で20世 紀 に 入 っ て 土 地 を 取 得 した地 主 だ が,彼 も村 を 単 独 で 所 有 して い た。 灌 概 農 業 地 帯 で は通 常 は土 地 だ け で な く水 利 権 や 水 利 施 設 を も独 占 的 に所 有 し,農 民 の居 住 す る家 屋 や 村 の 諸 施 設 も所 有 す る こ とが あ っ た。

一 方,ホ ル デ マ ー レ キ は 村 の 土 地 を 複 数 の 地 主 が 所 有 す る場 合 の 地 主 で あ り,オ ンデ マ ー レキ よ り規 模 が 小 さ い も の が 多 い 。 しか し,村 の 土 地 全 体 を 所 有 して い な い が 複 数 の 村 に所 有 権 を もつ3分 類 の2.の 場 合,総 計 す る と か な り

の規 模 と な る 大地 主 もあ る。 ま た,村 の 土地 に 対 す る権 利 と い う こ とで は ホ ル デ マ ー レキ で あ って も実 質 は オ ン デ マ ー レキ の よ う に行 動 す る地 主 が あ る。 相 続 な ど で 土 地 の 権 利 が 複 数 の 相 続 人 に分 け られ て は い る が 相 続 人 の 一 人 が 村 の 管 理 を 行 って い る例 が これ に 当 た る。 法 的 に は所 有 権 者 は個 人 だ が,家 族 が 所 有 の 主 体 を な す こ と が 多 く,農 地 改 革 が 近 い将 来 に 予 測 さ れ た1950年 代 に 法 の適 用 を 免 れ る 目 的 で 駆 け込 み で 名 義 を 複 数 の 子 供 や 親 族 に 書 き換 え た地 主 の 場 合,実 体 は オ ンデ マ ー レキ と 同 じで あ る。 した が って,オ ン デ マ ー レキ と ホ

(11)

西 ア ジ アの農 業 と社 会 ②81

ル デ マ ー レキ を 規 模 の 差 で 分 け る の は適 切 と は い え な い。

で は,複 数 の 地 主 が 村 の 土 地 を 所 有 す る ホ ル デ マ ー レキ の場 合,所 有 の 形 態 に ど の よ う な特 徴 が あ っ た か 。 ラ ム ト ンは,大 土 地 所 有 者 の3分 類 の う ち ホ ル デ マ ー レキ に 当 た る2.と3.を い ず れ もム シ ャ ー で あ る と した 。っ ま り,大 土 地 所 有 者 に分 類 さ れ た ホ ル デ マ ー レキ は,村 の 土 地 の境 界 で 区 切 られ た 分 割 地 を 所 有 す る の で は な く,「非 分 割 の 持 分 に よ る共 有 」の形 態 で所 有 した と い っ て い る。先 に み た よ うに,イ ラ ンの 地 主 制 は都 市 が 村 を 支 配 す る19世 紀 の 所 有 関 係 を 引 き継 い で お り,領 有 権 が 近 代 化 過 程 で そ の ま ま所 有 権 化 さ れ る か,国 家 に よ って 没 収 され て 新 興 の 都 市 上 層 に譲 渡 さ れ る か の い ず れ か の 筋 道 に よ って 地 主 制 が 発 展 した た め,イ ラ ン の 大 土 地 所 有 者 の ほ とん ど は都 市 の 居 住 者 で あ

り,所 有 の 単位 も村 の 土 地 と い う よ り も村 そ の もの で あ っ た 。 村 が 所 有 の 単 位 と な り,相 続 な ど で 所 有 権 者 が 複 数 に な る場 合,村 の 土 地 を 地 片 を 区 切 って 分 け る の で は な く持 分 で分 け る ム シ ャー の 形 態 が と られ た の は一 っ に こ う した 理 由 が あ っ た 。

3.ム シ ャー に よ る村 所 有 の 事 例

次 に,ム シ ャ ー に よ る所 有 の形 態 を マ ル ヴ ダ シ ト地 方 と ホ ラ ー サ ン地 方 の 具 体 的 な 事 例 で み て み よ う。 イ ラ ンで は,全 体 を6と して6に 分 け た う ち の1っ

を1ダ ン グで 表 す こ と が あ るが,と くに土 地 を 共 有 す る場 合 に は各 地 主 の 持 分 は0般 に ダ ン グ数 で 表 現 され た。 ホ ル デ マ ー レキ に よ って ム シ ャー の 形 態 で 所 有 さ れ た村 で は,村 の 土 地 や この 土 地 を灌 概 す る農 業 用 水 の 水 利 権 は そ の 全 体 を6ダ ン グ と し}例 え ば そ の3分 の1に 持 分 を もっ 場 合 に は地 主 の 持 分 権 は2 ダ ン グ とな る。 こ う した 表 現 は ム シ ャ ー に よ る所 有 を 反 映 し,土 地 だ け で な く 不 動 産 一 般 さ ら に動 産 に お い て も ム シ ャ ー に よ る所 有 の形 態 が 広 くみ られ た こ

と と関 係 して い る。

1972/3年 に調 査 を 実 施 した マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の ポ レ ノ ウ村 で は,農 地 改 革 以 前 に村 は3つ の 家 族 に よ っ て ム シ ャ ー で 所 有 さ れ て い た 。 っ ま り,村 の 土 地 全 体 そ れ に コ ル川 の 堰 か ら分 水 さ れ た 農 業 用 水 に対 す る水 利 権 が 持 分 で 共 有 さ

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れ,こ の 地 主 家 族 に よ る持 分 構 成 は次 の よ うで あ った 。

デヘガー ン家3ダ ング

ジ ョー カール家L5ダ ング

ァブ ドル ラー ヒー家1.5ダ ング

権 利 の大 き さ で は3家 族 で2=1:1の 比 で あ る。 しか し,権 利 の 法 的 な 名 義 は個 人 に あ り,こ の 家 族 の 持 分 を 家 族 を 構 成 す る個 人 で み る と さ ら に細 か く分 か れ て い た 。 デ ヘ ガ ー ン家 の場 合,3ダ ン グ は3人 の個 入 に よ って1ダ ン グず つ の 権 利 と して登 記 され て お り,ま た ア ブ ドル ラ ー ヒ ー家 の1.5ダ ン グ は,農 地 改 革 の 直 前 に 家 長 で あ る ム ス タ フ ァ ー ・ア ブ ドル ラ ー ヒー か ら5人 の 幼 少 の 子 供 に以 下 の よ う に権 利 が 譲 渡 さ れ て い た 。 した が って,ポ レ ノ ウ村 は3家 族 9人 の 名 義 で 持 分 で 土 地 と水 利 権 が 共 有 され て い た の で あ り,ム シ ャ ー に よ る

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ホ ル デ マ ー レキ の村 と い う こ と が で き る。

ム ハ ン マ ド0.25 ナ ー デ ル0.25 ム ス タ フ ァ ー ・ ア ブ ド ル ラ ー ヒ ー一 マ フ ム ー ベ0.25

マ フ ラ カ ー0。25 フ ァ ル ノく一 〇.5

次 に,ホ ラ ー サ ン地 方 の フ ァ ラ ッキ村 の 事 例 を み て み よ う。 こ の 村 の 土 地 と 水 利 権 は 全 体 が108持 分(1ダ ングが さ らに18に 分 け られ て い る)か らな っ て お

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り,地 主 の 持 分 は 以 下 の よ う で あ っ た 。

ラ ザ ビ ー 廟(ワ ク フ)18(1ダ ン グ) カ ー シ マ ー ル 病 院(ワ ク フ)7

複 数 の 地 主83

ホ ラ ー サ ン 地 方 に は 寄 進 な ど で イ ス ラ ム の 宗 教 組 織 が 管 理 す る 財 産(ワ ク フ)

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が 多 く,ワ ク フ は 多 くの 村 に分 散 して い る。 この 村 も ワ ク フ の 一 っ だ が,こ の ワ ク フ を 除 く と村 の 地 主 は小 規 模 の ホ ル デ マ ー レキ で あ り,ポ レノ ウ村 の場 合 と 同 様 に,多 数 の地 主 に よ って ム シ ャ ー で 共 有 され て い た。 テ ヘ ラ ン大 学 で は 1950,60年 代 に テ ヘ ラ ン周 辺 や ホ ラ ー サ ン地 方 の 多 くの 村 の 実 態 調 査 を 実 施 し た が,調 査 村 の 多 く は 複 数 の 地 主 に よ って 所 有 さ れ る ホ ル デ マ ー レキ の 村 で あ った 。 先 に,ホ ラ ー サ ン地 方 に は 小 規 模 地 主 が 多 い と述 べ た が,こ の 小 規 模

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西 ア ジ ア の 農 業 と社 会(2》83

地 主 も必 ず し も分 割 地 を所 有 す る地 主 で は な く,オ ア シ ス の 平 坦 部 で は む し ろ ム シ ャ ーが 一 般 的 で あ っ た と い っ て よ い。

4.ム シ ャー の形 態 を と る理 由

この よ うにホ ル デマ レキの所 有 は ム シ ャー の形 態 を と り村 の土 地 が地 片 に分 割 され る ことが少 なか ったが,こ の理 由 は一 っ に は先 に述 べ た よ うに,地 主 的 所 有 が領主 的 な村 の領 有 を 引 き継 ぎ,近 代 化過 程 に お いて も村 の外部 者 に よ っ て所 有 が独 占 され て村 が そ の 単位 を な した ことが 挙 げ られ る。 しか し,領 主権 が廃 され て近 代 的 な 権利 関 係 が 法 的 に保 証 され しか も商 業 的 農 業 が展 開 した 20世 紀 の説 明 と して は これ だ けで は十 分 説 得 的 とは いえ な い。む しろ,農 業 生 産 の技 術 や農耕 の諸 制度 に分 割地 所 有 を難 し く して い る要 因 を求 め る方 が よ り 理 解 し易 い。 そ こで,前 章 で 詳述 した マル ヴ ダ シ ト地 方 の農地 改 革後 の農業 制 度 を振 り返 る と,そ の特 徴 を次 の5つ の点 に整 理 す る こ とが で き る。

L村 の土 地 と灌 概 用水 は持 分 を もっ農 民 に よ って共 有 され,個 々 の農 民 の 持 分 は等 し く1ガ ー ウで あ った。

2.村 の耕 地 は複 数 の耕 圃 に区 切 られ作 付 け循 環 が 耕 圃循 環 を な して い た。

この ため,農 民 は強 い耕 作 規 制 の もとで農 業 生 産 を行 い,栽 培 作物 を 自由 に選択 す る ことがで きな か った。

3.耕 地 は耕 区 に分 か れ,農 民 の利 用 地 は地 条 と して 各耕 区 に分散 し,散 在 耕 地制 の もとで強 い耕 地 規 制 が存 在 した。

4.2な い し4人,村 に よ って はそれ 以上 の数 の 農民 に よ る共 同耕 作 組 が 編 成 され,こ の組 を単 位 に地条 割 が され共 同耕 作制 が と られ て いた。

5.割 替 が慣行 とな ってい た。

以 上 の諸 制 度 は前 近 代 の 村 落 共 同体 を彷 彿 と させ る もの で あ る。農 耕 方 式 は,農 地 のか な りの部分 を休 閑地 と して お く休 閑 農業 で あ り,農 民 の耕 地 は耕 区 に分 散 し散 在 耕 地 制 が と られ,作 付 け循 環 が耕 圃循 環 を な して い た。っ ま り, 前近 代 の西 欧 の村 落 共 同体 にみ られ た開放 耕 地制 と極 め て よ く似 て い た ので あ る。 しか も,ボ ネ制 にみ られ るよ うな共 同耕 作制 度 を と り,ま た利 用 地 を毎 年

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く じ引 きで決 め る割 替 が慣 行 とな って いた。 この た あ,農 民 は固 定 した地 片 に 権 利 を もっ こ とが な く,土 地 制 度 で は,耕 作 権 を もっ村 の農民 全 員 が農 地 を共

有 し個 々 の農 民 の権 利 は持分 の形 態 を と って い た。

これ は あ くまで マル ヴ ダシ ト地 方 にみ られ た制度 で あ り,オ ア シス農 業 地帯 で は共 通 す る と ころが多 い もの の農 業 条件 を異 にす る地 方 に も一 般 的 で あ った と は限 らない。 カ ス ピ海 沿岸 部 の米 作地 帯 は村 社会 が灌 概水 利 の共 同組 織 と し て機 能 しなが らも経 営 の 主体 は農 家 で あ り日本 の村 とよ く似 た小 農 村 落 が分 布

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して い た し,乾 燥 ・半 乾 燥 地 のlll間 部 の小 規 模 な灌 概 農 業 村 落 に も小 農 的 な 村 が 多 い 。 ま たy農 地 の 利 用 に 共 同 関 係 の 強 い村 は半 乾 燥 地 の 規 模 の 大 き な 乾 地 農 業 地 帯 に もみ られ,耕 圃 一耕 区 制 を と る開 放 耕 地 制 が 明 確 な 村 もあ った 。 し か し,共 同 関 係 が 崩 れ て い る と こ ろ も 多 く割 替 慣 行 は一 般 に と られ て い な い 。

した が っ て,マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の 事 例 に み られ る 農 地 利 用 を め ぐ る 強 い 共 同 関 係 が ど こ で もみ られ た わ けで は な い が,小 農 的 経 営 の 一 般 的 な 地 方 を 除 け ば, 農 地 の 利 用 を め ぐ る全 体 に よ る 規 制 は 多 か れ 少 な か れ 存 在 して い た と い って よ い。 こ う した 村 で は農 地 の 利 用 に村 は分 割 で き な い 一っ の 単位 を な し,前 章 の 図2‑6を み る と わ か る よ う に,こ の よ う な耕 地 割 で 農 地 が利 用 さ れ た 村 で 地 圭 が 農 地 を 分 割 して 所 有 す る こ と は現 実 的 で は な か っ た。 つ ま り,村 が 農 業 生 産 の 単位 を な して い た た め に 所 有 も村 が 単 位 と な りf相 続 や売 買 譲 渡 で 複 数 の 地 主 に所 有 され る場 合 に は ム シ ャ ー の 形 態 が と られ た の で あ る。 た だ,ヘ イ ラ ー バ ー ド村 の よ うに 村 が 複 数 の マ ズ ラ エ(耕 作 区)で 構 成 さ れ て い る場 合 に は,耕 作 区 が 農 耕 の 単 位 を な して い た こ と か ら耕 作 区 ご と の分 割 は 可能 で あ る。 マ ル

(is>

ヴ ダ シ ト地 方 の シ シ ドンギ 村 や エ ス フ ァ ドロ ン村 が そ の 例 で あ る。 いず れ の 村 も2人 の 地 セ が 村 の 土 地 を 割 りそ れ ぞ れ の耕 作 区 を 単 独 で 所 有 し経 営 した。

この よ う に,農 業 が 強 い共 同 関 係 で 営 ま れ て い る村 で は地 主 は個 別 の 農 民 と の 間 に 地 主 ・小 作 の 関 係 を 結 ぶ こ と は な い。 地 主 が 対 峙 した の は村 の 農 民 集 団 で あ り,村 に お け る 代 表 が 地 主 に よ っ て 指 名 さ れ た 差 配 と して の 村 長 で あ っ た。 ホ ル デ マ ー レキ の村 で は 地 主 も ま た 複 数 で あ っ た か ら,地 主 と農 民 の 関 係 は複 数 の 地 主 と農 民 集 団 の 関 係 と な る。 こ の た め,複 数 の 地 主 は 地 主の 内 の 一

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西 ア ジア の農 業 と社 会 ②85

人 が管 理 者 ま た は代 理 人 とな るのが一 般 的 で あ り,こ の代 理 人 と差 配 と して の 村 長 が地 主 の村 管 理 に お け る直接 的関 係者 で あ った。 収 穫 時 に脱 穀 場 に赴 い て 収 穫 の 中か ら地 主 の取 分 を徴 収 す るの は この代 理 人 で あ り,村 の農民 は複 数 の 地 主 と面 識 が な い場 合 も多 か った。 ム シ ャー の形 態 で9人 の 名義 で所 有 され て い た ポ レ ノ ウ村 の場 合,村 の 農 民 が 直 接 関 係 す る の は代 理 人 で あ る ム ス タ フ ァー=ア ブ ドラー ヒー一人 で あ った。 彼 はか っ て この村 に1.5ダ ングの持 分 を もっ 地 主 で あ ったが,農 地 改革 時 に はす で に5人 の 子供 に譲 渡 して村 の土 地

に対 す る権利 を もって いなか った。

以 ヒか ら明 らか な よ うに,地 主が ム シ ャー の形 態 で所 有 した基 本 的 な理 由 は,分 割地 を経 営 す る小 農 が存 在 せず 農地 の利 用 な どに 共同 関係 が強 く,村 の 農 地 が 農業 生 産 の分 割 で きな い一 っ の 単位 を な して いた こ とにあ った と考 え ら れ る。 ここで は地}三は農民 個 々人 で はな く村 や耕 作 区 の農民 集 団 と対 峙 せ ざ る を得 ず,地 セが 関係 したの は村 その もので あ ったの で あ る。

二 地 主 と農民

1.「 農 業 生 産 の5要 素 」

イ ラ ンに は,農 業 生 産 の 主 要 な 要 素 をt土 地,水,種,役 畜,労 働 力 の5っ に分 け て 「農 業 生 産 の5要 素 」 と して 表 現 さ れ て き た。 農 業 生 産 に は 手 段 と し て まず 土 地 が 必 要 で あ り こ の 土地 に 人 が 働 きか け る こ と で 作 物 が 生 産 され る か

ら,土 地 と労 働 力 が 農 業 生 産 の 基 本 的 要 素 で あ る こ と は 言 うま で もな い 。 しか し,こ れ と 並 ん で 水,種,役 畜 の3っ が'‑1"要な 要 素 と して 挙 げ られ て い る の は イ ラ ンの農 業 の もつ 特 殊 な条 件 に よ る と い って よ い 。

まず,水 に つ い て み る と,乾 燥 ・半 乾 燥 地 で は灌 概 の 有 無 が 生 産 性 を 大 き く 左 右 す る こ と は 第 一 章 で み た 通 りで あ る。 と くに 乾 燥 地 で は 土 地 は そ れ だ け で

は 地 代 を 生 ま な い だ け で な く作 物 生 産 そ の も の が 不 可 能 で あ る 。 し か も,水 の 限 界 生 産 性 が 大 き い た あ に豊 富 な 灌 概 水 量 が 供 給 さ れ れ ば きわ め て 高 い生 産 力 が 保 証 さ れ る。 っ ま り,灌 概 の 有 無 が姥 産 力 を 規 定 す る た め 水 は生 産 要 素 と し て と りわ け 重 要 性 を も って い た。 も っ と も,日 本 の 水 田 農 業 で は水 は 土 地 に 内

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包 され た もの と して 属地 的 な もの だが,イ ラ ンで は土地 とは分離 し属 人 的 で あ る。 土地 の所 有者 は必 ず しも水 の所 有者 で はな く,灌 概用 水 の みが売 買 され る こ と もあ る。 水 が土 地 か ら独立 した生 産要 素 と して扱 われ た の も こ う した理 由 に よ る。

また,こ こで の役 畜 は梨 耕 な どに使 役 す る雄 牛 を指 して い る。 この雄 牛 が農 業生 産 に不可 欠 な手 段 で あ る こと は第 二章 で農 耕 方式 を検討 した際 に詳 し く述 べ た が,い わ ゆ る摯 農耕 文 化 圏 と して一 対 の雄 牛 が 農民 の耕 作地 の規模 を規 定 し,農 民 の農 作 業 の能 力 は裸 の労 働 力 で はな く雄 牛 と一 体 化 し もの と して評 価 され た。 トラ ク ターの導 入 に よ って雄 牛 は村 か ら姿 を消 す こ とに な るが,伝 統 的 な技 術 で農 耕 が行 われ て い た時代 に は雄牛 は重 要 な生 産 の要素 で あ った。

主要 な作物 で あ る麦 で は播 種 用 の種 も主要 な生 産 要素 で あ った。 乾燥 ・半 乾 燥地 で は農業 は気象 の影響 を受 け非 常 に不安 定 で あ り,と くに乾地 農 業 で は降 水 量 の変 動 で生 産量 は激 し く変 動 し,干 ばっ の年 に は収穫 を ほとん ど望 めな い こ と もあ る。 この ため農 業 の再 生 産 の た め に種 を確 保 す る こ とは大 切 な ことで あ った。 しか も,伝 統 的 な農 業 で は生 産 性 が 低 く,乾 地農 業で は収 穫 は撒 いた 種 の2倍 な い し6倍 程 度 しか望 め なか った こ とか ら,種 は高 い価値 を も って い

た。

つ ま り,「農 業 生産 の5要 素 」の観 念 は乾 燥 ・半乾 燥 地 の農 業 に とって この5 つ の要 素 が不可 欠 な と りわ け重 要 度 の高 い もので あ った ことで生 まれ た とい っ

て よ く,と くに伝 統 的 な農 業技 術 と この技 術 に対応 した生産 力 の段 階 に お いて 重 要性 を もって い た。 したが って この 「5要 素 」 の観 念 も農 業 生産 の近 代化 で 変 わ らざ るを得 な い。 トラ ク ター化 で雄 牛 はその価 値 を失 う し,化 学 肥 料 の普 及 で これ も主 要 素 と して追加 され る必要 が生 じる。 ちな み に ポ レノ ウ村 の農民 に よ る と,化 学 肥 料 の投 入 で対 播 種 量比 で5倍 分 の増 収 が あ り主要 素 の一 つ と

して加 わ る理 由 は十 分 に あ った。 ま た,灌 概 を行 わ な い非灌 概 農 業 で は水 は天 水 と して得 られ るか ら,水 を除 い た4っ が主 要 な生 産 要 素 とな る。

この5っ が高 い価値 を もつ生 産 要 素 で あ った の は なに もイ ラ ンに限 った こ と で は な く,イ ラ ンで と くに 「農業 生 産 の5要 素 」 の観 念 が存在 した の に は理 由

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が あ る。 そ れ は地 主 制 の 時 代 に イ ラ ン に広 くみ られ た 地 主 と農 民 の 関 係,つ ま り分 益 制 で あ る。 この 分 益 制 は本 稿 で 地 主 制 を 論 じ る うえ で の 主 要 な キ ー ワ ー ドを な す た め こ こ で こ の 制 度 を 簡 単 に説 明 す る こ と に す る。

イ ラ ンで は,地 主 と農 民 の 関 係 は,

西 ア ジア の農 業 と社 会 ②87

表3‑4土 地 関係 の形 態別,農 地面 積の 割 合(%)

灘 蕊 評

54.8 7.4 26.2 11.6

(出 所)農 業 統 計 局 『イ ラ ン 農 業 セ ン サ ス 』 テ ヘ ラ ン,1960,15‑101

カ ス ピ海沿 岸 な どの一 部 の地 方 で は借地 契 約 に よ るが,そ の他 の ほ とん どの地 方 で は分 益 契約 の割 合 が圧 倒 的 に高 い。 借 地 契約 で は農 民 は地 主 に現物 また は 現 金 で借 地 料 を 支払 った が,分 益 契 約 で は収 穫 を地 主 と農 民 が現 物 定 率 で 分 け,イ ラ ンで は イス ラム法 お よ び世 俗 法 で認 め られ 占い歴 史 を もっ制 度 で あ っ

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た。 こ こで分 益 制 と い う用 語 を使 うの は,農 民 が借 地 し土 地 を除 く生 産 手段 を 所 有 して農 業 を経 営 す る小 作農 とは異 な り,地 主 は土地 以 外 の生産 手 段 を負 担 し,こ の負 担 に応 じて生産 物 を分 け た こ とに よ る。村 落 共 同体 が農 業生 産 の場 を な し領 主 的 な村 の支配 者 が経 済外 的強 制 に よ って生 産 物 を年 貢 と して徴 収 し た時代 と異 な り,少 な くと も20世 紀 の地 主 制 の時 代 に は経 済 的根 拠 を もって 分 益 が 行 わ れ た。 分 益 に お け る地 主 と農民 の取 分 は慣 行 と して農業 生 産 の 主要 な要素 の分 担 に応 じて い たの で あ る。 っ ま り,地 主 と農民 は 「農 業 生産 の5要 素 」 の分 担 に応 じて ま たそ れ ぞ れ の要 素 の評価 値 に応 じて収穫 に取 分 を得 たの で あ り,「農 業生 産 の5要 素 」の観念 は地 主制 下 の イ ラ ンに広 くみ られ た分益 制 と関係 が あ った。 も っと も,後 に述 べ るよ うに生 産 要 素 の分 担 と生 産 物 に対 す る取 分比 に は農 業条 件 の違 いや農 民 に対 す る地 主の 支配 力 の強 さに よ る地 方 的 な 慣 行 が あ っ た。

表3‑5農 民 の生産要 素分担(村 の構成比)

嚥 さ∵ E潅擁i

2.地 主 ・農 民 間 の要 素 分 担

で は,「 農 業生 産 の5要 素 」 は地 主 と農 民 の 間 で ど の よ うに 分 担 さ

3%

13%

84%

A 'a O れ た の か 。 バ ー デ ィ は上 の よ う な 数 字 を 示 して い る。

(18)

しか し,全 国 的 な 調 査 が 実 施 さ れ た 訳 で は な い の で こ の数 字 は根 拠 の乏 しい もの と い って よ い。 そ こで,テ ヘ ラ ン大 学 の 調 査 な ど複 数 の調 査 研 究 に 依 拠 し

表3‑6マ ル ヴダ シ トとケル マ ン地 方 の灌澱農業 にお け る地主 の要素分 担 と取 分比 農民の分担

マ ル ヴ ダ シ ト地 方(フ ァ ー ル ス 州)

ポ レ ノ ウ村(小 麦)

労働 土地

(夏作) 労働 L地

ヘ イ ラ ー バ ー ド村(小 麦)

労 働 ・雄 牛

土地

ケル マ ン市 近郊

平担 部(小 麦 ・夏 作) 労働 至地

高地部 労 働 土 地i

地 主 の 分 担

土 地 ・水 ・種 ・雄 牛 f地 ・水 ・種 ・雄 牛

± 地 ・水 ・種

至 地 ・水 ・種 ・雄 牛 土 地 ・水 ・種 ・雄 牛

地主 の取分

2/3 1/2 2/3 7/10 1/2

(出 所)マ ル ヴ ダ シ ト 地 方 は 筆 者 の 調 査,ケ ル マ ン 地 方 はP.English,CityandVillageinIr¢n, Wisconsin,1996,p.88‑9

表3‑7イ ラ ン の 各 地 方 の 灌 澱 農 業 に お け る 地 主 の 要 素 分 担 と取 分 比(小 麦)

テ ヘ ラ ン州

ヴ ァ ラ ミ ン の あ る村 上 地 ・水

ア ラ ー ク ーL地 ・水

サ ー ヴ ェ イ ス フ ァ ハ ン 州

多 く の 地 方

ボ ル ハ ー ル ロ レ ス タ ン 州

ボ ー ル ジ ェ ル ド フ ァ ー ル ス

マ マ サ ニ ー

フ ィ ル ザ ー バ ー ド フ ァ サ ー

ダ ー ラ ー ブ

ネ イ リ ー ズ ホ ラ ー サ ン

ト ク ロ と そ の 周 辺

トル バ テ ヘ イ ダ リ ー(暑 地 帯) (寒 地 帯) ビ ル ジ ヤ ン ド

カ ー エ ナ ー ト

.1二地 ・水

主の分担 地主取分

1/2

1/2

・種 2/3

・種 2/3,3/5,4/5

水 ・種 1/2

1/3

水 ・種 3/5

1

種 依

牛牛雄雄

種種種種

水水水水水水

地地地地地地L上tL土七 種種

水水水水

地地地地上上Lヒ

̲̲⊥ 」些 水

3/5

1/4 1/2 4/5 1/3

3/4(種 控 除 後) 3/4

1/2+種 2/3

3/5 3/4,2/3

3/4,2/3

(出 所)ラ ム ト ン 『ペ ル シ ア の 地 主 と 農 民 』310‑313ペ ー ジ

(19)

西 ア ジ アの農 業 と社 会(2}89

表3‑8非 液澱 農業 の地 主取 分 比(地 主 は 上地 の み分担)

ア ー ル ス 州 マ マ サ ニ ー カ ー ゼ ル ン ヌ ラ ー・バ ー ド ジ ャ フ ロ ム

ヘ ラ ン 州 ア ラ ー ク バ ヤ ー ト

フ ァ サ ー ダ ー ラ ー ブ

ド バ ラ ー ン ホ ラ ー サ ン 州

ト ル バ テ ヘ イ ダ リ ー シ ャ ド キ ァ ン

1/5 1/5 1/5 1/5^‑1/10

(都 市 か ら の 距 離 に よ る)

1/5 1/5 1/lp 1/10 1/10

1/10 1/5

(出所)同 ヒ書315‑6ペ ー ジ

表39ホ ー ラ マ バ ー ド州 に お け る 地 主 の 要 素 分 担 と 取 分 比(半 乾 燥 地)

ゴ ル パ ー エ ガ ン フ ー ル シ ェ ル ド Lホ ー ラ マ バ ー ド

灌概農業

地主分担 地主取分

土 地 ・水 L地 ・水 上 地 ・水

1/3 1/2 1/3

非 灌 概 農 業

地 セ分 担 打取 分

f地1/5 1二 地1/4 1h地1/5

(出 所)M・Atai,"E・ 。n・mi・R・p・ ・t・fCultivati・n",Tahgigate‑egtesadi ,V。1.4,凹N。,17‑1互 197Q,Tablc21

表3‑10イ ス フ ヤ ハ ン 州 に お け る 地 主 の 要 素 分 担 と 取 分 比 (乾 燥 地)

一̲塑 亜 ユ 匹 塾 盆…

ニ ー ル 地 ・水 ・種1/2

ヤ ズ ド近 郊i二 地 ・水1/2

ナ ー イ ン 近 郊L地 ・水 ・種3/5

カ ラ ー ナ グ 土 地 ・水 ・種 ・肥 料2/3 ク ー フ パ ー イ ェ 上 地 ・水 ・種 ・雄 牛3/4 ア ル デ ス タ ン ヒ地 ・水 ・種 ・雄 牛13/4

1シ ヤ=レ五.堕 水亜 董 到 ̲̲竺 一

(出 所)同 卜,Table21

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て 整 理 を 試 み る こ とに す る。

5つ の 表(表3略 〜3‑10)は イ ラ ン全 土 を 網 羅 して い る訳 で は な い が,い ず れ も ヒヤ リ ン グな ど の 調 査 に も とづ き信1,性 は 高 い 。 こ こか らお お よ そ 次 の よ うな こ と が 言え る で あ ろ う。

1.灌 概 農 業 と非 灌 概 農 業 とで 要 素 分 担 に 異 な る特 徴 が み られ る。 灌 概 農 業 で は,い ず れ の 地 方 に お い て も地 主 は上 地 の 他 に 水 を 分 担 し,加 え て 種 を

も分 担 して い る場 合 が 多 い。 ま た,イ ス フ ァハ ンの 東 に位 置 す る地 方,ケ ル マ ン と マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の 一 部 の 乾 燥 地 で は,役 畜 も地 主 が 負 担 して い

る。 これ に 対 して,半 乾 燥 地 の 非 灌 概 農 業 で は,ほ とん ど の 地 方 で 地 主 は 土 地 だ け しか 提 供 して い な い。 こ れ を 農 民 の 側 か らみ る と,非 灌 概 農 業 で は土 地 以 外 の 生 産 要 素 を す べ て農 民 自身 が 負 担 して い るが,灌 概 農 業 で は そ の 分 担 の 割 合 が 小 さ く,表3‑5に よ る と 自 らの 労 働 力 の み しか 提 供 して い な い村 が 全 体 の1/4を 占 め て い る。

2.生 産 物 の 分 益 で は}非 灌 概 農 業 で は 地 主 の取 分 は ほ と ん ど の 地 方 で1/4 な い し1/10で そ の 割 合 は と く に 高 く な い が,灌 概 農 業 で は地 方 に よ りか な り の ば らつ きが み られ る もの の 概 して 高 く,小 麦 で は収 穫 の1/2な い し 2/3を 地 主 が 取 分 と して 取 得 して い る場 合 が 多 い 。

3.以 上 は全 般 的 な 傾 向 で あ り,生 産 要 素 の 分 担 と分 益 比 に は地 方 的 特 徴 が み られ,農 業 条 件 や 地 主 ・農 民 関 係 に よ る地 方 的 慣 行 が あ る と考 え ら れ

る。

灌 概 農 業 で 地 主 の 生 産 要 素 の分 担 率 が 高 い の は な ぜ か 。 この 点 は地 主 と農 民 の 関 係 に 関 わ る 問 題 で あ る。 後 に詳 し く検 討 す る こ と に な る が,地 主が 単 に 土 地 の み を 提 供 す る場 合,近 代 的 土 地 所 有 が成 立 して い る と こ ろ で は,地̲1'̲は 農 業 余 剰 の う ち の地 代 部 分 を手 に 入 れ る近 代 的 な 地 主 と い っ て よ い 。 イ ラ ンで は 地 主 は 都 市 に 居 住 す る 不 在 地 主 で あ り 農 村 を 訪 れ る こ と も め っ た に な い と い わ れ て い る。 しか し,土 地 以 外 の 生 産 要 素 を 分 担 す る場 合 に は地 主 の 取 分 は 単 な る地 代 で は な く,分 担 した 要 素 費 用 に 対 して 利 子 を も要 求 す る こ と に な る。 ま た,複 数 の生 産 要 素 を 分 担 す る こ と で 地 主 の 経 営 へ の 参 加 も 可能 と して い る。

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西 ア ジ ア の 農 業 と社 会(2?91

マ ル ク スは,封 建 制 か ら資 本 制 へ の移 行 の過 渡 的 形態 と して分 益 農 制 を位 置 づ

tis)

け たが,形 態 的 に は次 の3っ を特 徴 と して もっ もの で あ った。

L地 主 は・借 地 関 係 に あ る農 民 に対 して土地 だ けで はな く農 業 に必 要 な他 の生産 手 段 や資 本 の一 部 を提供 す る。

2.農 民 は 自己 の労 働 に よ って農 作 業 を行 うが,生 産手 段 の一 部 を も所 有 し て お り,労 働 力 の み を提供 す る労働 者 とは異 な る。

3.生 産 物 は地 主 と農 民 の間 で定 率 また は定額 で分 け る。

借 地 農 は農 業 経営 者 と して登 場 す る過 程 で必 要 な経営 資 本 が 欠 如 す るた め に これ を地 主 に依存 し,一 方,地 主 は資 本 の提 供 に応 じて経 営 に一 定 の参 加 を し て・農 業生 産 物 に対 して は地 代 に加 えて 利潤(ま たは利 子)を 取 得 す る。 いず れ にせ よ,土 地 所 有 者 の取 り分 は地 代 の純 粋 の形態 で は な い。 この形 態 は,農 民 が 資本 の 不足 を地 主 に依 存 す る農 民 的経 営 の発 展 的方 向 と して も,地 主 が土 地 の他 に資 本 を提 供 して経 営 の 主体 性 を発 揮 し資本 家経 営 へ と発展 し農 民 を労 働 者 化 す る方 向 と して もあ り,い ず れ にせ よ,資 本 お義 的 農 業制 度 の成 立す る ま で の過 渡 的形態 と して 考 え た。

農 業 生 産 の主要 な要 素 を地 主 が分担 した イ ラ ンの灌 概農 業 は,こ の点 で は明 らか に経 営 へ の地 主 の参 加 を 可能 と して い た。 生 産要 素 の分 担 の構 成 は地 主 と 農 民 の関係 に反 映 して い たの で あ る。 地 主 が 土地 のみ を分 担 し農民 が他 の要 素

を分 担 す る非 灌 概農 業 の村 の場 合,経 営 の宝体 はあ くまで農 民 で地 主 は地代 の 取 得 に関心 を もつ寄 生 的性 格 が 強 い と考 え られ,地 主 が 多 くを分 担 す る場 合 に は,地 主 は経 営 資本 を提 供 して経 営 に参 加 す る いわ ば経 営 者 と して の性 格 が強 か った とい うこ とで あ る。

水 に関 して は,灌r1̲w… 業 で はおお むね地 主 に よ って提 供 され た。 イ ラ ンで は 灌 概 用 水 は土 地 に付 属 した属地 的 な もので はな く私 的 に所 有 され る属 人 的 な も の と して あ る。 近 代 的 な所 有権 が法 的 に確 立 して以 降 ,土 地 登 記 の過 程 で河 川 の水利 権 も地 主 に帰 属 す る ことが明確 化 され,ガ ナ ー トで はそ の建 設者 が所 有 権 者 とな った が,こ の施 設 は建 設 に多額 の資金 を要 し,開 発 に よ る収益 を期待 した地 主 に よ って建 設 され る こ とが多 か った。 つ ま り,地 主 は水 を も所 有 す る

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のが一 般 的 で あ ったが,水 の限界 生 産性 が著 しく高 い乾 燥 地 で は この権 利 を も っ地 主 は生 産物 に強 い請 求 権 を主張 す る ことがで き,こ の水 の提 供 は経 営 へ の 強 い発言 力 を 可能 と した。

灌 概農 業 で は小 麦 の 播 種 用 の種 も地 主 に よ って 提 供 され る こ とが多 い。 乾 燥 ・半 乾燥 地 の農業 は気 候変 動 に よ って生 産量 が大 き く影 響 を受 け農 業生 産 は 安定 性 に欠 け る。 この た め,旱 魎 の年 に は農 民 は翌 年 の種 を確保 で きな い状 態 に陥 る危 険 が あ り,地 宝 に よ る種 の提 供 は この危 険 の回 避 に 目的が あ る といわ れ て ぎ19)f̀。この 点 で い え ば 地 主 制 の 時 代 に 限 っ た こ と で は な く,領 主 支配 の 時 代 に も種 は領 主 に よ って 提 供 さ れ る こ とが 多 か っ た の で あ る。 貢 納 の 中 に翌 年 の 種 の 分 が 含 ま れ て い た。 しか し,地1'が 種 を 分 担 し た の に は も う一 っ 理 巾 が あ る。 そ れ は,種 の 提 供 が 利 子 を 生 ん だ と い う こ と で あ る。 土地 が 肥 沃 で 」Si 施 設 が 整 い か っ 労 働 力 が 豊 富 で 高 い 生 産 量 を 期 待 で き る と こ ろで 地 主 は進 ん で 種 を提 供 しよ うと努 め 灘 これ は播 種 期 に提 供 され 樋 に対 して収arcこ 高 率 の 利 子 を 得 る こ とが で き た た め で あ る。 例 え ば,マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で は,収 穫 時 に農 民 は そ の 取 分 か ら5割 の 利 子 を っ け て 地 主 に 支 払 わ な け れ ば な らな か っ た。 ま た,イ ラ ン東 部 お よ び 南 部 地 方 の灌 概 農 業 地 帯 で は,種 子 の提 供 に

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対 す る取 分 は収 量 の1/4,地 方 に よ って は1/3で あ った とされ るが,仮 に,収 穫 が播 種量 の8倍 以 上 あ った とす る と,種 の提供 によ る利 子率 は100%以 ヒで

あ った こ とにな る。

しか し,播 種 用 の 種 の地 主 に よ る分 担 が危 険 の回避 に あ る とす れ ば,降 水量 の変 動 の影 響 が大 き く危 険 が よ り高 い非灌 概 農 業 で こそ地 主 によ る種 の提 供 が 必 要 とな る。 播種 用 の種 の不 足 を地 主 が補 うこ とで 飢餓 販 売 な どに よ る生 産 基 盤 の崩壊 を避 け る こ とが で き る。 また,高 い利 了 率 に動 機 が あ る とす れ ば,灌

概農 業,非 灌 概 農業 の区 別 な く地 主は種 を提供 した はず で あ る。 しか も,農 民 の側 か らす れ ば高 い利 子 を払 って まで 種 を提 供 して も ら う積 極 的 な理 由 はな

い 。

で は,ど う して必 要 度 が高 い非 灌 概 農業 で は な く灌 概 農業 で地 主 は種 を分 担 し農民 は これ を受 け入 れ た のか。 これ は強 い権 限 に基づ く地主 の経営 権 か ら説

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西 ア ジア の農 業 と社 会 ②93

明 す る こ とが 可能 で あ る。後 に述 べ る よ うに,地 主 は商 業 的農 業 が 展 開 す る19 世紀 後 半か ら20世 紀 半 ば にか け て所 有 す る村 の土 地 を み ずか らの 「農場 」と し 農 民 の権利 を剥 奪 して こ こに経 営 権 を主張 したが,こ れ は地 主 が 土地 と と もに 水 を独 占 して い た こ とで 可能 で あ った。 イ ラ ンの地 主 制 に つ いて は地 主が 強 い 権 限 を もった ことか ら封 建 的土 地 所 有 とす る理 解 が欧米 の研 究 者 に は一般 的 で あ る。 農 民 が水 利 施 設 の維 持 な ど に無 償 の労 働 を提供 す る こ とか らこれ を封 建 的 な労 働 地代 と考 え,経 済 外 的 な強制 関 係 と と らえ て これ を根 拠 と して し1碧。

しか し,灌 概農 業 と非 灌 概 農 業 との間 に生産 性 格 差 が大 き く,前 者 にお い て高 い利 潤 を期待 した地 主経 営 が展 開 す るが,こ れ は圭要 な生 産 手 段 で あ る水 を地 主 が独 占 して い た こ とで 可能 で あ った。 したが って,地 主 の強 い請求 権 は経 済 的要 因 に よ る もので あ り,地 主 が種 を分 担 した の は地 主 が村 の農業 の経 営 者 で あ った こ とを表 して い る。 経 営 の コス トで あ る種 は当然 に経 営 者 で あ る地 主 が 提 供 した とい うこ とで あ る。

役 畜 は,灌 概 農 業,乾 地 農 業 を 問 わず農 民 に帰属 す る傾 向 が強 い。 地 主 は都 市に居 住 す る不 在地 主 で あ ったか ら,雄 牛 や ロバ は農 村 に居 住 す る農 民 に よ っ て飼 養 され た ので あ る。 しか し,地 主 が寄 生 的性 格 を も った乾 地農 業地 帯 で は 雄 牛 は あ くまで 農民 に よ って所 有 され て い た もの の,地 主経 営 化 した灌 概農 業 村 落 で は,地i'.が 自 ら飼 養 す る能 力 を もた な いた め本 来 地 主 に帰 属 す る もの が 便 宜 上農 民 に委 託 され て い る とす るの が よ り実 体 に近 い。例 え ば ポ レノウ村 で は,雄 牛 は農 民 に よ り飼 養 され て いた が,農 民 自身 は雄 牛 は地 主 の もの で あ る と思 って いた。 農民 が地 主 の所 有 す る農地 で働 く権 利 は雄牛 を もつ こ とが条件 とな って いたが,農 民 が雄 牛 を持 た な い時 は地 主 によ って提 供 され た。 マ ル ヴ ダ シ ト地方 で は,地 主に よ って農 民 に提 供 され る雄 牛 購 入 の資 金 を モサ ー エデ (musaideh)と 言い,ポ レノ ウ村 で は,農 民 が地 主 の下 で働 くことが決 ま る と, 地 主 は2000リ ア ルを渡 して雄 牛 を購入 させ る。そ して,村 を出 る時 に地 主 に こ の金 を返 し,地 主 は この金 を次 の農 民 に渡 した。 ただ,一 般 に モサ ー エ デ は農 民 救 済 のた め の前 貸 しを意 味 した。 食 料 が不 足 す る時 期 に穀 物 で与 え られ,収 穫 後 に現 金 や時 価 で 換 算 され た量 の穀 物 で 返 済 され た た め農 民 は高 い利 子 を

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払 っ た。表3‑6〜 表3‑10に よ る と,雄 牛 が 地 主 に よ って 分 担 され た 地 方 は多 く な い が,こ の 中 に は雄 牛 が 地 主 に帰 属 しな が ら農 民 に よ って 飼 養 さ れ て い た た め 地 主 の 分 担 と して 記 載 さ れ た もの が か な り含 ま れ て い る と考 え られ る。 ケ ル マ ン市 の 近 郊 の 村 の 事 例 で い え ば,ラ ム ト ン は雄 牛 を 農 民 の 負 担 と して い る が,実 態 調 査 を 実 施 したP.イ ン グ リ ッ シ ュ は地 主 の 負 担 と し,地 主 は土 地 ・

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水 ・種 ・雄 牛 を 負 担 し収 穫 の7/10を 手 に して い た の で あ る。

1950年 代 に 入 る と,ト ラ ク タ ー が 普 及 を は じめ るがr村 で これ を 導 入 した の は地 主 で あ る。 自 らの経 営 の機 械 化 と い う こ とで あ り雄 牛 は不 要 と な っ た。 こ の 結 果,雄 牛 を農 民 が分 担 して い た 村 で は,農 業 生 産 の5要 素 の う ち の 農 民 の 分 担 率 が 減 り,労 働 力 の み 負 担 と な る場 合 が 増 え た。 表3‑5で は,灌 概 農 業 村 落 の25%で 農 民 は労 働 力 しか 提 供 して い な い と な って い るがsこ の 中 の か な り

の 部 分 が トラ ク タ ー導 入 に伴 う もの と思 わ れ る。 雄 牛 に代 わ っ た トラ ク タ ー は 農 民 で な く地 主 に帰 属 し,労 働 力 の み 分 担 す る こ と に な っ た農 民 は労 働 者 と大 き く変 わ る と こ ろ が な くな った 。 この た め 地 主 の 経 営 と して の性 格 は さ らに 強 あ られ,農 民 は地 主 経 営 に お け る 契 約 労 働 者 と い う性 格 へ と転 化 した 。 ゴ ル パ ー エ ガ ー ン地 方 の 事 例 で は,農 民 は労 働 力 の み しか 提 供 せ ず,収 穫 に対 して は そ の4分 の1を 手 に す る に過 ぎ な か った が,こ う した生 産 手 段 か ら切 り離 さ れ た 農 民 は分 益 労 働 者 を 意 味 す る バ ル ゼ ギ ャル と呼 ば れ る こ と もあ り,地 主 の

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「農場 」 に雇 用 され賃金 を現物 で支払 わ れ る労働 者 とい うべ き存 在 で あ った。

3.生 産 の5要 素分 担 と生 産 物 の取 分

収 穫 に対 す る地 主 と農 民 の取 分 は生 産 要 素 の分 担 に対 応 す る とい って よ い が,で は収穫 物 は地 主 と農民 の間 で何 を基準 に分 配 され たか。 バ デ ィは分 担 す る生 産 要 素 の評 価 値 が分 益 率 の基 準 に な る と して次 の よ うに述 べ て い る。 「灌 概地 の収 穫 は15要 素 に分 け られ,土 地 所有 者 に3,水 の利 用 代 と して 国家 ま た

は地 主 に2,種 子 の所 有 者 に5,役 畜 の所 有者 に2,小 作 人 に3の 割 合 に な る。

… … こ う した契 約 の場合 ,地 主 は土地 を貸 して収 穫 の15分 の3,っ ま り5分 の 1,水 も提供 した場合15分 の5,っ ま り3分 の1を 受 け取 る。地 主が土 地 と水,

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