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地1三 農 民(36人)

ドキュメント内 西アジアの農業と社会(2)後藤晃 (ページ 59-64)

灌 概 人(1人) 畑 番(1人)

12000kg 2400kg 900kg 60kg

灌 概 用水 につ いて は契 約 時 に地 主 と農 民 の間 に翻 鰭 が あ った。 農 民側 は水 は 地 主 の負担 で あ る と考 え て いた が,地 主 は共 同経 営 とい う建 前 か ら分益 比 に応 じて 分 担 す る もの と理 解 し8月 に は争 いが 生 じた。 差 配 は収 穫 の分 配 の際 に

「農民 が 水 を 盗 ん だ」 と文 句 をっ けて い たが これ が分 益 に影響 したか ど うか は わか らな い。

この米 作 経 営 で はヘ ク タール 当 た り1ト ン程度 の収 量 しか な く,差 配 は この 理 由を農 民 の怠慢 の せ い に した。 確 か に栽 培 管 理 に農 民 は熱 心 で はな か った の で あ り,農 民 は この責 任 を 十分 に負 わ され た とい って よ い。

農 場 の この米 作 地 の事 例 は例 外 的 な もの とい って よ い。 しか し,農 地 改 革 前 の状 況 を よ く示 して い る。 農 民 はす で に地 主 の くび きか ら解 放 され て いたが, 地 主制 の 時 代 に お け る地 主 が 単 に土 地 の所 有 者 で は な く 「農 場 」 の経 営 者 で あ った こ と,ま た,分 益 にっ いて は地 方 的慣 行 や要 素 分担 に応 じて取 分 比 が 契 約 によ って決 め られて いた が,実 態 は この契 約 が履 行 され た訳 で は必 ず しもな か った こ とを知 る こ とが で きる。

小括

本 稿 で主 に対 象 と した の は乾 燥 地 の オ ア シス灌 概 農 業地 帯 で あ る。 イ ラ ンの 農 業 はす で に第 一章 で述 べ た よ うに気候 や地 形 また水 の条 件 の違 い に よ る多様 な環 境 の もとで営 まれ て きた。 この ため農 業 技術 の体系 で あ る農 法 や農 業 の諸 制 度 に は地 域 性 が 大 き く,乾 地 農 業 地帯 や温帯 湿 潤 の カ ス ピ海沿 岸 地帯 の農 業

は ここで記 述 した もの とか な り異 な る。 したが って,地 主 制 の構 造 にお い て も 同様 で あ り,こ こで地 主 経営 の 「農場 」 と して描 い て き た もの はマ ル ヴ ダ シ ト 地 方 の事 例 な どあ くまで オ ア シ ス的 農業 の環 境 にお い て実 証 され た地主 制 の構

造 で あ る。以 下 地主 経 営 の 「農 場 」 が成 立 した条件 を整理 して み よ う。

1.農 民 に対 して地 主 が強 い権 限 と請 求 権 を もち得 た こと。 イ ラ ンで は国 家 が地 主の権 限 を 体制 的 に保 証 したが,地 主 の権 限 を よ り大 きな もの と した の は,農 業 の生 産手 段 で あ る水 を地 主 が独 占 して い た ことが大 きか った。

水 は乾燥 度 が高 く水 の限 界生 産 性 が非 常 に高 い と ころで と りわ け重 要 な生 産 の要素 を な した ので あ り,乾 燥地 の灌 概 農業 とい う条 件 が土地 と と もに 水 を所 有 す る地 主 の権 限 を強 い もの と した。

2.農 地 の利 用 や 耕作 に強 い共 同 関 係 を必 要 と し,分 割 地 を経 営 す る小 農 が 存在 しな い こ と。 オ ア シス農 業 地帯 で は第 二章 で詳述 した よ うに強 い共 同 関係 がみ られ たが,こ れ は伝 統 的 な農 業 技 術 に規 定 され て い た。 分 割地 農 民 が不 在 で あ る ことで,地 主 は小 作地 を もっ農 民 との1対1の 関係 で はな

く,経 営 の単 位 とな る農民 集 団 と関係 した。

3.高 い収 益 性 が保証 され て い る こ と。 地 主 が土 地 以 外 の経 営 資 金 を負 担 し て経 営 の主体 とな る積 極 的 な動 機 は高 い収 益性 にあ り,土 地生 産 性 が 高 く 穀 物 だ け で な く商 品 価 値 の 高 い夏 作 が 栽 培 可能 で あ る こ とが必 要 と され

た。

この3つ の条件 を もつ の は オ ア シ ス灌 概農 業 地帯 で あ る。 っ ま り,こ こで は 利 益 を求 めて 農業 部 門 に投 資 し,土 地 と水 を所 有 す る地 主 によ って,伝 統 的 な 農 耕 方式 と労 働組 織 に依 拠 した 「農 場 」 が形 成 され たの で あ る。 村 が地 主 的所 有 と経営 の 単位 を な したの は,村 が共 同 関係 の強 い農 業 生 産 の 単位 を な して い た か らで あ る。

乾 地農 業 も,オ ア シス農 業 同様 に農 地 の利 用 にお け る共同 関係 が 強 く小農 的 経 営 が成 り 立 って い な い と ころが多 か った。 しか し,天 水 に依 存 し人 工的 な灌 概 を行 わ な いゆ え に地 主 は単 な る土地 の所有 者 に過 ぎず,ま た収益 性 も低 く夏 作 栽 培 に優 れ て い なか った と い う2点 で 上 の条 件 を満 た して いな い。 この た

西 ア ジ ア の 農 業 と社 会(2)131

め,地 主 は オ ア シスほ どに は強 い請 求 権 を もち得 な か った の で あ り,村 か ら余 剰 を根 こそ ぎ収 奪 す る ことが で きず,地 代 のみ を手 にす る寄 生地 主 的 性格 を も つ こ と にな った。

一 方 ,温 帯 湿 潤 の カ ス ピ海 沿岸 で は土 地 と水 が 地主 によ って独 占 され,こ の 点 で はオ ア シ ス農 業地 帯 と共通 して い る。 しか し,小 農 的 な家 族 に よ る分 割 地 の経 営 が一 般 的で あ った とい う点 で上 の条 件 を満 た して い な い。 ここで は,地 主 が村 全体 を所 有 す る大 土地 所 有 者 で あ る場 合 も,地 主 は差 配 を介 して農民 個 人 と土 地貸 借 の契約 を したの で あ り,農 民 は地 主 所 有 地 に お ける小 作 農 で あ り 小 作 地 の経 営 者 で あ った。

したが ってr収 穫 に対 す る地 主 の取 分 も,小 農 か らな るカ ス ピ海 沿 岸 部 の村 や乾地 農 業 地帯 の村 で は土 地 所 有 に もとつ く小 作 料 で あ り,地 主 が土地 以 外 の 経営 資本 の一部 を提 供 す る場 合 に は利 潤 や利 子 を含 む もので あ ったが,オ ア シ ス灌概 農 業 地帯 で は収穫 は地 主 の もの で あ り,分 益 の農 民取 分 は一 部利 潤 を含 む労 働 の報酬 とみ る ことが で きる。

この よ うに地 主 と農 民 の 関 係 に は農 業条 件 の違 いが 大 き く影 響 した。 しか し,以 上 の3っ の類 型 はあ くまで類 型 に過 ぎな い。 イ ラ ンの農 業 を あ ぐる地 理 的環 境 をみ る と連続 性 の中 で変 化 して い るか ら農 業 条 件 は多 様 で あ り,農 業条 件 に規 定 され た農業 の方 式 も多 様 で あ った。 したが って,地 主 と農 民 の関係 も

この3っ の類 型 が す べ てで あ った訳 で はな い。 オ ア シス農 業 地帯 の地 主 経営 の

「農場 」と乾 地 農 業地 帯 の寄生 地 主制 を対 極 とす れ ば,そ の 中間 に多様 な関係 が み られ た し,こ れ は また共 同性 の高 い農 業 社会 と小 農経 営 の村 との間 に もみ ら れ たの で あ る。

ここで重 要 な こ とは この多 様 な形 態 が同 時代 的 に存在 し,発 展 の段 階 を示 し もの で はな い とい う ことで あ る。 国民 国 家 が成 立 した時 期 につ いて は論 議 が あ る もの の,イ ラ ンは19世 紀 半 ば に西 欧 を 中心 と した 世界 経 済 に周 辺 と して包 摂 され,20世 紀 に は国 民 国家 の枠 組 み の 中 で近 代 化 が 進 め られ た。 この過 程 で 村 落 共 同体 は崩 れ,地 主 制 が イ ラ ン全体 を覆 う こ とに な った。 っ ま り,共 通 し た社 会経 済 の条 件 の もとで多様 な地 主 と農 民 の関係 が存在 した。 こ こに農 業 を

め ぐる地理 的 な条件 を取 りあ げ る意 味 が あ り,農 業 生産 を め ぐる技術 的条 件 の 地 域 的 な差異,農 業 の 主要 な手 段 あ る水 の存在 形 態 の違 いが地 主 制 の形 態 に無

視 し得 な い要 因 を な した と考 え られ るの で あ る。

(lyA.Lambton,LandlordandPeasantinPersia,London,1953(岡 崎 正 孝 訳 『ペ ル シ ア の 地 主 と 農 民 』 岩 波,1976年)263ペ ー ジ

{2)後 藤 晃 「イ ラ ン に お け る 国 民 国 家 形 成 の 問 題 」(後 藤 晃 ・鈴 木 均 編 『中 東 に お け る 中 央 集 権 と 地 域 性 』 ア ジ ア 経 済 研 究 所,1997年,134‑142ペ ー ジ 参 照

(3)Lambton1953,266ペ ー ジ

(4)大 野 盛 雄 「ペ ル シ ア の 農 村 』 東 京 大 学 出 版 会,1971年,58ペ ー ジ (5)A.Najmabadi,LandReformandSocialChangeinIran,UniversityofUtah

Press,1987,p.4fi

(61F.Khamsi,TheDevelopmentofCapitalisminRuralIran,ColumbiaUniversity, 1965,p.47

(7)K.McLachlan,"LandReforminIran',TheC¢mbridgeHistoryinIranVol.1, 1968,pp.686‑7

{8)S.バ デ ィ 「現 代 イ ラ ン の 農 業 関 係 」(『 ユ ー ラ シ ア 』7,新 時 代 社,1972年),25ペ

(9}Lambton1953,271‑3ペ ー ジ,バ デ ィ 前 掲 書,31‑4ペ ー ジ,"AStudyofthe RuralEconomicProblemsofKhorasanandtheCentralOstan",Tahgigate‑egte‑

sad%Vol.6,No.15‑6,UniversityofTehran,1969,pp.150232 f10)Lambton1953,277‑8

(11)同 上 書270‑271ペ ー ジ

(la勝 藤 猛 「イ ラ ン 国 ポ レ ・ノ ウ 村 の 農 地 売 買 契 約 文 書 に つ い て 」 『史 林 』58‑4,1975, 135ペ ー ジ

(13)Tahgigdte‑‑egtesad%Vol.6,No.15‑16,p.224

(凶 ワ ク フ は 宗 教 的 寄 進 に よ る 財 産 で あ り,モ ス ク や 聖 廟,宗 教 組 織 に よ る 病 院 や 学 校 な ど の 財 政 的 地 盤 と な る 。 イ ラ ン で は,イ ス ラ ム の 宗 教 組 織 は こ の ワ ク フ を も っ こ と で 最 大 の 大 土 地 所 有 の 組 織 と い っ て よ く,全 国 の ほ ぼ4万 か 所 で 上 地 を 所 有 し て い る 。 そ の 多 く は,ム シ ャ ー で 所 有 さ れ た 村 の 土 地 の 持 分 と し て の 所 有 だ が,村 土 地 全 体 を 所 有 す る オ ン デ マ ー レ キ で あ る も の も 数 百 か 所 に 及 ぶ と い わ れ て い る 。

し か しr実 態 を 示 す 統 計 は な い 。

f157T.Suzuki,LandReform,TechnologyandSmallFarming,MichiganGeograph‑

icalPublicationNo.29,1985参

西 ア ジ ア の 農 業 と社 会{2)

133

(1⑤ (1の

(19?

伽}

㈱㈱⑳㈱⑳侶①⑳働⑬Gの㈲㈲⑳㈱㈹㈹㈹㈹⑬㈹㈲

1.Ajami,Shishdangi,Shiraz,1969,p.9

A.Lambton,ThePersianLandReform,QxfordUniversityPress ,1969,p.24 K.マ ル ク ス 『資 本 論 』(長 谷 部 文 雄 訳)第 皿 部 下1130‑1146ペ ー ジ

M.Arnid,Agriculture,PovertyandReforminIran ,London,1990,pp.33‑34

バ デ ィ,前 掲 書48ペ ー ジ

同 上50‑51ペ ー ジ

こ う し た 主 張 が み ら れ る も の と し て は,N.Keddie ,"Stratification,SocialCon一 trotandCapitalisminIranVillage",inRuralPoliticsandSvcialChangeinthe

MiddleEast,E.Hookiund,LandandRevolutioninIran ,1966‑‑80,Universityof TexasPress,1982が あ る

侶3)P.English,City¢ndVillageinIranSettlementandEcvnvmy伽theκ づ7フπαη Basin,TheUniversityofWisconsinPress ,1966,p.88‑89

×24}M,Atai,"EconomicReportonCultivation:IntheRegionoftheSixProvince

includingtheTownshipsofBoroojerd,Golpayegan ,KhoramabadandAligood‑

arz,Tahgigate‑egtesad%Vol.6,No.17‑18,UniversityofTehran ,1970,pp.116‑7 バ デ ィ ,剛 掲 書50ペ ー ジ

同 上 書51ペ ー ジ

Tahgigat‑ektesadi,Vol.6,No.15‑16,p.118 ibid.,pp.119‑20

Lambton,1953,318ペ ー ジ

Hooglund,op.cit.,p.22 M.Amid,op.cit.,1990,p.35 P.English,op.cit.,p.90

Lanbton,1953,299ペ ー ジ,Hooglund,op.cit.,p.22 Lanbton,1953,332‑3ペ ー ジ

大 野,1971年92ペ ー ジ

大 野 盛 雄 『イ ラ ン 農 村25年 の ド ラ マ 』 日 本 放 送 出 版 協 会,1990年,26‑7ペ ー ジ Hooglund,op.cit.,p.22

原 隆 一 『イ ラ ン の 水 と 社 会 』 古 今 書 院1997年,113〜120ペ ー ジ 参 照 Tahgigat‑‑ektesadi,Vol.6,No.15‑16,p.197

岡 崎 正 孝 「イ ラ ン の 農 村 」(『 ア ジ ア 経 済 』 第5巻2号,1964年)93‑4ペ ー ジ

大 野,1971年59ペ ー ジ

Lanbton,1953,273ペ ー ジ

J.Safinejad,Talebdbad,Tehran,p.115

Lanbton,1953,274ペ ー ジ

S.Akhavi,ReligionandPoliticsinContemporaryIran,NewYork,1980,pp .56一

ドキュメント内 西アジアの農業と社会(2)後藤晃 (ページ 59-64)

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