大都市制度改革の思想・序説
辻
隆 夫
一 はじめに
﹁もしこの人が生きていたなら︑今回の事態をどのように批判するであろうか﹂
一九八六年三月末日をもってイギリスの首都ロンドンから︑大都市自治体であるグレーダー・ロンドン・カウンシ
ル︵以下GLCと略す︶が消滅したとき︑真っ先に筆老の脳裏に浮かんだのは︑この素朴な疑問に他ならなかった︒
周知のように︑サヅチャー政権のもとでの地方行財政改革の一環として︑多分に政治的意味を含みながらも断行され
たこのドラスティックな機構再編は︑GLCのみならず他の六つの大都市自治体であるメトロポリタン・カウンテ
ィ・カウソシルを廃止し︑その機能を基礎的自治体であるロンドン・パラ・カウンシルとメトロポリタン・ディスト
リクト・カウンシル及び特定のアド・ホック機関︑合同委員会︵一〇誘けび8a︶に再配分するものであった︒この改
革については︑その発端というべき八三年十月の環境省による﹁都市の合理化︵ω窪$日折巳量臼ΦΩ江Φω︶﹂と題す
る白書の発表から︑三年半後の廃止の実現に至るまでの経緯とこれらを巡るさまざまな議論が︑当時の我が国にも詳
早稲田社会科学研究 第42号 91(H3).3
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細に伝えられた︒そして︑この問題について我が国においても︑多くの研究老や自治体関係者︑さらにはマスメディ
アによって分析や論評が試みられたことは︑未だ記憶に新しい︒筆者自身も︑先学の願尾に付して︑幾つかの論稿を ︵1︶公にしている︒
以来五年の歳月が流れた︒最近のイギリスの地方制度に関するニュースと言えば︑新しい地方税︵Oo目元⊆艮蔓
Oげ胃αqΦ︶導入を巡る混乱がクローズアップされているとはいえ︑嘗てのGLCが消えたことによって特段に市民生
活上の混乱が生じたとの情報も伝え聞かれぬまま︑昨年秋には︑この改革の中心人物であったマーガレット・サッチ
ャー自身が首相の地位を退いた︒新しいロンドンの地方行政システムは︑無論すべての問題が克服されたとはいえな
いまでも︑既に市民の間に定着しつつあると見るのが順当なのであろう︒
しかし︑冒頭に挙げた素朴な疑問は︑五年の間筆者の内部に生き続けた︒そして︑GLC廃止それ自体のみなら
ず︑これをめぐって交わされた霧しい議論までもが︑歴史の流れのなかに次第に埋没してゆくのではないかと感じら
れるにつれて︑この疑問に対する解答を求めねばならないという気持ちは︑さらに強まっていったのである︒もとよ
り︑社会科学において実証性を重視する立場に立てば︑ ﹁もし﹂という言葉を用いることには慎重でなけれぽならな
い︒けれども︑ここでいう﹁もし﹂とは︑決して空想の世界における仮説に尽きるものではない︒何よりも︑GLC
問題はこの人の見解を抜きにしては論ずることができないからである︒この人の理論と実践の両面にわたる貢献なく
しては︑一九六五年四月にGLCが誕生することはなかったと言っても過言ではないからである︒ ﹁この人﹂とは︑
イギリスにおける行政学研究の開祖︑︵ho二巳ぎαq貯些臼︶と呼ばれ︑ ロンドン大学経済政治学部︵LSE︶教授とし
て︑第二次世界大戦を挟む半世紀にわたり︑イギリス行政学の第一の指導者であった人︑すなわちウィリアム・A・
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ロブソンヘミ旨﹂貯§﹀﹂①6閑OずのO昌︶に他ユならない︒
大都市制度改革の思想・序:説
二 研究者ロブソンの素描
W・A・ロブソンは︑一八九五年七月一四日ロンドン近郊のノース.フィンチュリーに生まれた︒一五才のとき真
珠商を営んでいた父親の急死によって︑学業の継続が不可能となった彼は中学校を退学し︑グレアム・ホワイトとい
う民間航空会社に勤務することとなった︒そして︑同社での仕事の経験と第一次世界大戦中の空軍パイロットとして
の体験に基づいて︑ 一九一六年に﹃戦時と平和時における航空機﹄ ︵﹄受G︑ミ監ミミミ§︑ミミ︶と題する書物
を出版した︒ところが︑この書物の内容に当時著名な劇作家であったバーナード・シ︒ウが注目を寄せ︑彼によって
LSEの創設者シドニー・ウエブに紹介されたことから︑ロブソンの研究老としての道が開かれることになったので
ある︒すなわち︑これを契期にLSEに学んだロブソンは︑優秀な成績で法律学の学位を取得し︑一九二六年に同校
の講師に迎えられ︑さらに四六年には教授の地位に就いた︒また︑第二次世界大戦中の四〇年から四六年まで︑イ
ギリス航空省等に公務員として勤務した経験ももつ︒このようにロブソンは︑社会科学研究老としては極めて異例の
キャリアを経ながらも︑イギリスにおける行政学︑地方自治論の泰斗としての地位を確立したのである︒そして︑
一九八○年五月一二日八四才の生涯を閉じるまでの間に︑イギリス行政法学の起点と評価される﹃司法と行政法﹄
Q譜翫ミ§亀﹄駄ミ㍉ミ無ミ妹馬弓卜貸§6b︒Q︒︶を始め︑﹃富と福祉の関係﹄︵↓堅肉災ミごミミきミミききさ︑♪μ㊤漣︶︑
﹃地方自治の展開﹄︵↓譜b塁晶帯ミ恥ミミト︒§︑O︒竃§ミ§卦一〇︒︒H︶︑﹃ロンドン市政の成功と失敗﹄︵↓ミO︒ミ§ミ鳴ミ
§犠ミ四二︒器§ミ§︑旦卜︒ミ︒斜H㊤ω㊤︶︑﹃国営企業と公的経営﹄︵き§§ミミミ§無送§︑導ミOミ§鳶空券δ8︶︑
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﹃危機に立つ地方自治﹄︵卜︒ミhOo竃§§§妹§○謎辞Hり8︶︑﹃福祉国家と福祉社会﹄︵きさ鳶⑦ミ譜§犠ミミミ焼
⑦8昔§HO﹃①︶等の多くの著作の他︑公務員制度︑地方自治・大都市制度︑公営企業論︑社会福祉論︑教育行政︑社 へ2︶会主義と労働組合運動等多様な分野において膨大な数にのぼる論稿を発表している︒
また︑一九三〇年には︑バーナード・クリックとの共同で︑季刊誌き︑ミqミOミ轟ミ◎を創刊し︑レオナード・ウ
ォルフ等とともに以後四五年間にわたってその編集に携わった︒同誌の創刊五〇周年にあたる第五一巻第一号︵一九
八○年一月︶に掲載された扇一h解団Φ母ωohOびきσqΦ.は︑過去半世紀のイギリスにおける経済︑社会︑政治の変化 ︵3︶を社会主義思想の変遷との関連で回顧したものだが︑文字通りロブソンの遺稿となった︒
さらに︑ロブソンによる行政の実践面における多大な貢献も付記しておかねぽならない︒彼が︑一九五八年にLS
Eの研究者グループを中心に自ら結成したグレーダー・ロンドン・グループのリーダーとして︑GLC創設とその後
の運営のために調査研究及び助言活動を通じて果たしてきた役割は︑余りにも広く知られている︒また︑ロンドンの
みに留まらず︑彼の都市問題に対する知的興味は広く海外にも及んでいる︒すなわち︑ニューヨーク︑シカゴ︑スト
ヅクホルム︑モスクワ︑東京等の諸都市についても︑ロブソンは実際にその地に足を運び︑その現状や問題点につい
て優れた識見を発表することで︑大都市制度改革問題の第一人者としての国際的評価を得たのである︒
右のように︑ロブソンの研究活動は期間と対象領域の両面において︑極めて広範囲に及んでいる︒それゆえに︑研
究者ロブソンの残した業績のすべてに対して網羅的な検討を加え︑その全体像を描き出すことには︑膨大な時間とエ
ネルギーを必要とする︒したがって当面筆者が目的とするのは︑彼が最も継続的に取り組んだ研究課題のひとつであ
り︑しかも冒頭に掲げた筆者の素朴な疑問に対する解答を得るために直接的な手掛かりを与えてくれるであろうとこ
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大都市制度改革の思想・序説
ろの︑ロンドン市政改革問題を中心として︑ロブソンの大都市制度改革論の意義と問題点を検討することにある︒以
下では︑そうした作業の前提として︑ロブソン研究のもつ意義と彼の展開する地方自治論のもつ幾つかの特色につい
て︑脈瞼しておくこととしたい︒
三 ロブソン研究の音心義
ロブソンの大都市制度改革論を検討の将士に取り上げる意義は︑次の三点に大別できよう︒第一にイギリス行政史
研究としての意義︑第二にイギリス行政学史研究としての意義︑そして第三に比較研究としての意義である︒
︵一︶ イギリス行政史研究としての意義
過去において︑イギリスの地方自治制度史は︑行政史研究のなかでも比較的研究密度が山口同く︑多くの業績が残され
ている分野であろう︒古くは︑ルドルブ・グナイストやウエブ夫妻に始まり︑C・レードリッヒ︑H.ファイナi︑
J・J・クラーク︑K・B・スメリー︑B・キース・ルーカス等︑この分野に取り組んだ人々の名前は枚挙にいとま
ない︒ロブソンもまたこうした一人に数えられ︑前掲の﹃地方自治の展開﹄︑﹃ロンドン市政の成功と失敗﹄の二著を
はじめ︑既に一九二〇年代からこの分野に関連する多くの論稿を公にしてきている︒戦後の我が国におけるイギリス
地方自治制度論・大都市制度論を扱った研究のなかでは︑必ずや彼の著作からの引用が少なからず散見される︒
しかしながら︑前述のように彼の死後僅か三年を経ずして廃止問題が顕在化したとき︑これをめぐって交わされた
議論の内容の大部分は︑当時のサッチャー政権による労働党の地方拠点潰しという政治的意図︑或は廃止にともなう
行政効率の面でのメリット・デメリットの問題及び一連覇地方財政改革との関連等に費やされていたように思われ
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る︒少なくとも筆者が日本において入手できた文献の範囲内では︑長年にわたってGLCの創設と運営を一貫した研
究テーマとしてきたロブソンの議論の根本に立ち戻って︑廃止の意味を問い直そうとする作業を︑そこに見いだすこ
とはできなかったのである︒筆者が︑困難を予想しつつも︑ロブソンの大都市制度改革論そのものを研究対象とした
最大の理由もこの点にある︒
地方自治の母国といわれるイギリスにありながら︑或いはそうであるがゆえに︑地方行政単位としての首都ロンド
ンが辿った歴史は︑余りにも奇妙であった︒ 一般に近代以降のイギリス地方自治制度は︑ 一般目的型地方団体とア
ド・ホック型地方団体の二つの潮流を示してきたと言われるが︑ロンドンは正にこうした潮流に一世紀以上にもわた
って翻弄され続けてきたといえよう︒ 一八五五年の首都管理法︵竃︒#o℃o一一け§竃き節αqΦヨΦ韓>9︶による首都公共
事業庁︵竃Φ嘗80三碧劇8鼠oh芝︒美ω︶の設置から︑ 一八八八年と九九年のロンドン政府法によるロンドン・カ
ウンティ・カウンシル︵い︒巳︒昌Oo二口蔓OO巷︒出︶及び首都.バラ︵竃①霞80一諄きしd貧oqぴqげ︶の創設︑一九〇二年の
首都水道庁︵竃Φ梓↓OOO一一一9コ ぐく鋤一Φ戦 bdO簿同島︶等の特定目的のための様々なアド・ホック機関の相次ぐ設置︑さらには
外部ロンドン︵〇二けΦ円 ︼じO昌αO昌︶地域での多数の特別市︵Oo仁暮結切08信σqげ︶の誕生等を経て︑ 一九三〇年代のロン
ドンは一般目的型地方団体とアド・ホック型地方団体が首都広域に一〇〇以上も併存するという混沌状況に見舞われ
ていた︒そして︑この状況の克服のために︑長期にわたる試行錯誤と抵抗の繰り返しの果てに漸くにして辿りついた
結論が︑一九六〇年のハーバード委員会︵甲一Φ﹃σΦ﹃け ︵︶OゴPbρ一ωω一〇口︶報告とこれを受けた六五年のGLCの創設であっ
た︒そのGLCが︑僅か二〇年余で︑地方行政における二重機構の無駄の排除という名目のもとに消滅していった根
本的な理由は何処にあるのか︒こうした推移を︑近代以降のロンドン市政史のなかにどのように位置づけ︑どのよう
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大都市制度改革の思想・序説
に評価すべきなのか︒この疑問を解く鍵は︑混乱したロンドン市政のなかにあって︑常に民主的で責任ある包括的な
広域自治体の創設を説き続けてきたロブソンの著作のなかにこそ求めるべきであろう︒GLC廃止をめぐるさまざま
な議論を十分に弁えたうえで︑しかもなお我々はロブソンによる次のような指摘に立ち戻り︑ロンドンの辿った市制
改革の歴史の意味を考えてみる必要があろう︒
﹁イギリス地方自治の精神は︑次の三点に依存している︒すなわち第一にすべての地域社会が定期的に自らの選
択に基づく議会を選ぶ権利をもつこと︑第二にすべての市民が議会の活動に参加する機会をもつこと︑第三に自由
な議論と批判の権利が保障されることである︒この三点が浸透しなければ︑システムは速やかに衰え消滅するであ
ろう︒︵中略︶地方における自由は中央における自由をも意味する︒中央における独裁は︑必ずや地方の自由とイニ ︵4︶ シャチィヴにとって替わり︑地方の責任と活動機会の縮小をもたらすことになる︒﹂
︵二︶ イギリス行政学史研究としての意義
片岡寛光教授によれぽ︑イギリスにおいては伝統的に︑行政学がアカデミズムの世界からは実学として軽視され︑
実務の世界からは無用の長物として認知を拒否され続けたなかで︑LSEを拠点とするロブソンは﹁堂々と行政学構 ︵5︶築の努力を行っていた﹂と評価される︒前述のように︑ロブソンの研究対象領域は︑地方自治論および大都市制度論
のみならず公務員制度︑内閣制度︑行政学教育︑公営企業論等およそ現代行政学の当面する課題の大部分を網羅して
いる︒そして︑これらの研究を通じて︑組織理論との深い関わりのなかで展開されてきたアメリカ行政学とは異な
る︑独自の行政研究の系譜を築くための努力が積み重ねられてきたといえよう︒
しかるに︑これまでの我が国における行政学史研究の大半は︑ アメリカ合衆国に目を向けてきた︒W・ウイルソ
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ン︑F・J・グヅドナウ︑L・ギューリヅク等現代アメリカ行政学を代表する人々の業績については︑多くの優れた
研究が行われてきているにも関わらず︑イギリス行政学の展開に対しての正面からの取り組みは︑決して十分とは言
い難いであろう︒本国イギリスにおいてすら︑行政学のテキストにおける学説史の記述は︑アメリカ行政学の流れと
そのイギリス行政へのインパクトという部分に重点が置かれており︑ロブソンによって﹁堂々と﹂築き上げられてき
た筈の研究成果に関する言及は少ない︒例えば︑現代イギリス行政学の代表的なテキストと言えるA・ダンサイアの
︾職ミ︑ミ防賢ミごミ↓譜き︑駄§織ミ鴨⑦驚§亀︵HΦ¶GQ︶やP・セルフの冨織ミ軌ミ無︑ミき馬↓ぎ︒竃馬物§犠︑ミミ8︵穿り刈卜σ
Hリミ︑邦訳名﹃行政官の役割﹄︶のなかに︑ ロブソンの名を見いだすことは出来ないのである︒ ロブソンへの弔辞に
おいて彼を﹁行政に対する学術的研究の開祖﹂と評価し︑ ﹁イギリスの大学におけるこの専門分野の発展はロブソン
教授自身のキャリアと合致する﹂と述べているのは︑嘗てLSEにおけるロブソンの後継者と目されていた︑愚なら ︵6︶ぬセルフ自身である︒こうした点から見るとロブソンの業績は︑地方自治制度を始めとする行政史研究において数多
くの部分的な引用がなされながらも︑イギリス行政学史全体のなかに占めるその意義については︑日本はもとよりイ ︵7︶ギリスにおいても︑これまで十分に検討されてこなかったと考えられるのである︒
︵三︶ 比較研究としての意義
ロブソン研究のもつ第三の意義は︑大都市制度改革についての比較研究としての意義である︒既にふれたように︑
ロブソンは東京都制改革においても︑その足跡を残している︒すなわち︑一九六七︑六九︑七五年の三回にわたって
来日し︑このうち二度は東京都からの依頼で当時の都の行政制度に関する調査と勧告をおこなっている︒これらの報
告書の内容︑意義及び問題点については︑別稿において取り上げることとするが︑ロブソンは︑日本における行政上
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大都市制度改革の思想・序説
の具体的な諸問題に関おりをもち︑その解決のために貢献した欧米の研究者のなかでも特に影響力の大きかったひと
りといえよう︒
ロブソンの日本に対する知的関心は︑この来日よりも以前から始まっていた︒例えば︑一九六四年に彼が津︑ミらミ
◎ミミ︑ミ◎誌に発表した.日けΦ↓二男篤き二⇔ひqoh℃o一三︒巴ぎω葺守門8ω碧匹包金ω︑と題する論文は︑各国の政治制
度が多かれ少なかれ他国の政治理念や制度を移入することによって歴史的に形成されてきた過程を論じた内容だが︑
その最初の例としてロブソンは日本を取り上げ︑ドイツの影響を強く受けた明治憲法体制の成立とマッカーサーの指
導のもとで出来上が・た戦後の新憲法の制定過程から生じ藷問題を論じているのであ望欧米におけるいわゆるジ
ャパノロジーの傾向の台頭に先立つこの時期において︑ロブソンのこうした研究活動は注目に価しよう︒そして︑こ
のような素地と三度の来日による見聞の成果は︑彼の最後の著書である前掲の﹃福祉国家と福祉社会﹄のなかで見事
に結実する︒その第六章﹁成長と環境﹂及び﹁日本語版への序文﹂において︑戦後日本の急速な経済成長のもたらした
公害︑交通渋滞︑住宅不足︑公共施設の不備等の深刻な問題状況を詳細に分析していることは︑周知のとおりである︒
このように︑ロブソンにとって日本の政治と行政は︑彼自身の比較研究の対象領域を構成する不可欠な要素として
認識されていたと考えることができる︒したがって︑彼の二度の都政診断報告は︑長年にわたるロンドン市政改革論
とともに︑日本研究によって培われた視座を前提として理解しなけれぽならないであろう︒言うまでもなくロンドン
市と東京都は︑イギリスと日本において︑ともに政治・経済・社会・文化のあらゆる面での言わばナショナル・セン
ターとして拡大を続けてきた歴史をもつ︒彼は一九三〇年代のロンドンを﹁そこには︑富とファッション︑工業と商 ︵9︶業︑芸術と科学︑政治機関の極度の集中が見られる﹂と述べているが︑この言葉は今日の東京にそのままあてはめる
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ことができよう︒この二つの都市の行財政改革に対するロブソンの視点の再整理を通じて︑
政制度について比較研究を試みることの現代的意義は︑この点にある︒ 両国における首都の行財 84
四 ロブソンの地方自治論のもつ特色
ここで︑ロブソンの大都市制度改革論の前提として︑彼の地方自治論の幾つかの特色を明らかにしておきたい︒
第一は︑何よりもデモクラシーに対する徹底した信奉である︒彼は﹁民主的な中央政府の健全なるシステムは︑民 ︵10︶主的な地方自治の健全なるシステムの支えなくしては存在し得ない﹂と述べ︑また﹁地方自治の最大の価値は︑デモ
クラシーへの貢献という点にある︒いかなる国も強力で健全な地方自治の仕組みがなけれぽ︑福祉国家は言うまでも ︵11︶なく︑よきデモクラシーの運営をも望むことはできない﹂と説く︒そして︑公選による議会に︑行政権の行使に対す
る統制権限を明確に付与している伝統的なイギリスの地方自治の仕組みが︑デモクラシーの実現の手段として固有の ︵12︶利点をもつことを主張している︒また︑ロブソンは地方自治問題が政党間での政治的論争の対象となることを否定す
る︒彼は︑イギリスの政党政治家はすべて︑少なくとも理論的には︑この国の地方自治制度が最も貴重な憲法上の遺
産として尊重されるべきものであることに同意しており︑地方自治の再建と活性化のための方法は非党派的な立場で ︵13︶おこなわれるべきであるという点に政党政治家達が同意することが出来ると指摘している︒このように︑地方自治と
デモクラシーとの古典的な︵或は教科書記述的な︶内的関係を信奉する立場は︑従来地方自治問題に関心を寄せてき
たこの国の多くの研究者に共通する︒そしてその限りではロブソンもまた︑J・デイアラブが批判の対象としたイギ ︵14︶リス地方自治研究の﹁正統派﹂︵○﹁けゴO住O×一①ω︶に属するといえよう︒
大都市制度改革の思想・序説
しかしながら︑ロブソンは︑恰も﹁九世紀のJ・トゥールミン・スミスの如き住民自治の原則の絶対的な心酔者で
はない︒或いは︑ある種の連邦制を理想とするような地方分権論者でないことも言うまでもない︒寧ろロブソンは︑
地方自治の意義を︑常にそれが果たすべき社会目的との結びつきにおいて論じている︒ここに︑彼の地方自治論の第
二の特色を求めることができる︒彼にとって︑地方自治を巡るさまざまな論議の中心に置かれるべき第一の課題とは
地域において︑住民に対する適格な行政サービスを供給しうる︑責任ある政府機構はどうあるべきか︑またそれらを
時代環境の変化にどのように適合させてゆくべきか︑という点にある︒右に述べた︑地方自治とデモクラシーとの結
びつきに関する彼の信奉については毫も否定できないが︑しかし他方では﹁地方自治は︑それが人間とその物理的環 ︵15︶境の変化への対応に時とともに従うことによってのみ︑健全性を保つことができる﹂という言葉もまた︑彼の地方自
治論において重要な意味をもつのである︒そしてそれゆえに︑ロブソンは既存のイギリス地方行政の仕組み一中世
の遺物というべきロンドンのシティ及び全国に散在する特別市のもつ不合理な特権性︑またそれによってもたらされ
る基礎的自治体と広域自治体との間の二層問対立︑無数のアド・ホック機関の非能率な運営︑それらの機関のつぎは
ぎによって生じた区域の混乱︑或いは地方会計検査官︵︼︶一ωけ同一〇け ︾二α一けO同︶による地方行政への過度の介入や旧態依然
たる権限蘭越︵巳霞僧くヰΦω︶の原則等の中央統制11が︑二〇世紀における政府活動の量的拡大と質的複雑多様化に
応じることのできない現状を厳しく批判する︒わけても彼が重視するのは︑都市を中心とする広域行政︵おσq凶︒二巴δB︶
の必要性への対応であり︑またこれに不可欠な要素としての地方自治体における計画化︵娼置目冒σq︶機能の強化とそ
の機能分担の明確化である︒そして︑こうした目的を果たすための条件として︑既存の不適切な地域単位を適格な規
模と資源をもつ地域単位に再編成することが︑何よりも必要となるのである︒特に︑彼のロンドン市政改革の展望の
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なかにおいて︑区域再編の必要性は最も鮮明に強調される︒前述のハーバード委員会報告に対する見解を述べた論文
のなかで︑彼は次のように述べている︒
﹁市民との緊密な接触だけが︑地方自治の目的ではない︒もしそれだけが目的であるとすれば︑我々は教区会
︵勺9︒二珍Oo§oεしか持つことができなくなってしまう︒ ︵中略︶行政は︑それが有効に対応しうる規模に関す
る限り静止的ではない︒我々は︑毎日のように工業会社や商社︑保険会社︑新聞社︑銀行︑不動産会社等が合併す
るのを目にしている︒政府だけが︑深刻な能率の低下或いはデモクラシーに不可欠な〃合意の意識︵8霧一〇ロ讐Φωω
ohoo房Φ暮︶なくしては規模の拡大が不可能な領域であるのだろうか︒私は︑これと反対の証しを数多く目にし ︑ ︵運 ているがゆえに︑このような考え方に同意することはできなし﹂
この記述から︑我々は伝統的なイギリス地方自治の根幹といえる住民自治の原則を絶対視する態度とは︑明らか
に一線を画する彼の観点を見いだすことができるだろう︒
右のような問題意識の帰結として︑ロブソンの地方自治論の第三の特色が導かれる︒すなわち︑極めて実践的かつ
大胆な改革論の提示である︒ ﹁我々が関心をもつのは︑無味乾燥な法律の骨組みに対する検証ではなく︑現在の不完 ︵17︶全な政府機構から必然的に生じている混乱︑非能率︑無駄︑重複︑浪費についてである﹂という主張に示されるよう
に︑ロブソンは︑地方自治についての洗練された精緻な理論よりも︑現状の分析と問題状況の把握を通じて︑具体的
な改革論を展開することに関心を置く︒こうした彼の姿勢は︑例えばGLC創設にあたって︑そこにおける行政機能
を︑①広域自治体自らおこなうべぎ機能と︑②広域自治体の一般的監督のもとで基礎的自治体が担うべき機能とに分
け︑前者については地域計画の策定から少年拘置所の設置まで二五項目︑後潟については公営図書館の設置からアイ
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大都市制度改革の思想・序説
お スクリーム販売業者の規制まで三七項目におたって詳細に列挙しているところに︑端的に現れているのである︒蓋し
彼の﹃地方自治の展開﹄及び﹃ロンドン市政の成功と失敗﹄のなかにおいて相当量を占める歴史分析は︑単にイギリ
ス行政史研究の分野での成果としてのみ捉えられるのではなく︑そこから導かれるこうした実践的改革案の前提とし
て理解されねばならないであろう︒
第四の特色は︑中央政府と地方自治体との関係についての彼の視点である︒ロブソンが︑地方自治の持つ意義に鑑
みて︑中央統制の拡大強化に批判的な立場をとることは言うまでもない︒特に︑優れて二〇世紀的現象というべき財
政統制の強化の問題は︑彼の中央一地方関係に関する主張のなかでも重要な部分を占める︒例えば︑ロブソンは中
央政府の任命による地方会計検査官の職を︑地方自治体自身が任命できるように改めるべきだとの見解を述べてい
華或いは・イギリスにおける国庫補助金制度改革の過程で導入された大臣への補助金削減の権限賦与等個・の地 ︵20︶方行政分野に対する財政統制の拡大の可能性にも警告を発している︒さらに︑中央政府が地方議会に対し節約義務を
課する命令を発することのできる規定を盛り込んだ︑一九三一年の国家節約法︵ツ嗣ρけ一〇づP一 国OOづOヨ畷 k〆Oけ︶について︑
彼は﹁中央の権力への地方自治の隷属を示すもので︑それがさらに継続するならば︑地方自治は実質的に終えんする
であろ饅とまで言い切・ている・また・こうした中央統制と密楚関連する現象であるが︑中央政府の活動領域
の拡大により︑相対的に地方自治体の果たすべき責任領域が縮小することに対しても︑ロブソンは極めて強い危機意
識をもつ︒こうした危機意識の具体的な表明は︑彼の﹃危機に立つ地方自治﹄のなかに︑明確に示される︒すなわ
ち︑一九四〇年代に相次いで制定された教育法︑国営医療サービス法︑国家扶助法皇によって教育︑医療︑福祉等住
民生活に密着する行政サービス機能が地方自治体の手から中央政府機関或いはその直接的監督を受け易い特別のア
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ド・ホック機関へ移管されたことをもって︑イギリス地方自治の危機であると主張したことは広く知られるところで
あ⑫
そして最後に第五の特色として︑右のような地方自治の領域に対する中央政府の統制.介入.侵害を否定する立場
にもかかわらず︑現実の地方制度改革の推進にあたって︑中央政府のイニシャティヴが重視されている点を挙げねば
ならない︒ ﹃危機に立つ地方自治﹄の末尾でμブソンは︑中央政府と地方自治との関係を規定すべぎ六つの原則を列
挙しているが︑その第一の原則は次のとおりである︒
﹁地方自治の組織が︑その遂行を求められている機能と充足を期待されている役割に正しく適合しているか否か
を見極めるのは︑中央政府の責任である︒ここで言う組織とは︑地方自治体の地位︑区域︑権限︑資源及び地方自
︵23︶ 治体問の諸関係を意味する︒﹂
第二の特色のところでふれたように︑ロブソンの地方自治論においては︑その果たすべき社会目的との結びつきが
極めて重視される︒したがって︑右の引用文の文脈から判断する限り︑彼は︑既存の地方自治の仕組みがその社会目
的に合致しているか否かを見定める第一の責任は中央政府にある︑と考えていると解釈できる︒こうした考え方は︑
ロンドン市政改革論においてより明確に︑より継続的に強調されている︒すなわち︑改革の推進そのものを中央政府
の強い指導力に委ねなけれぽならない︑という主張である︒彼は︑既に一九三〇年代において︑市政改革を妨げる最
大の要因が既得権益の擁護を画すさまざまな地方行政機関︵アド・ホック機関を含む︶の抵抗にあるとして彼らの姿
勢を強く批判し︑ ﹁ロンドン政府の再編は国家の指導力と指揮を必要とする国家的な問題であることが明確に認識さ
れねばならな.膨と指摘している・そして・以後ご6年近くを経て面がりなりにもG﹂Cが発足した後影九六六
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年に発表されたロンドン市政改革論のなかでも︑次のような記述が見られるのである︒
﹁いかなる遠大な改革も︑たとえそれが良き地方自治のために必要であるにせよ或いはその存続のための改革で
あるにせよ︑関係地方自治体によるなりふりかまわぬ反対を受けるであろうことは︑明らかである︒実際︑中央政 ︵25︶ 府が自らのイニシャティヴで行動することによってのみ︑改革がもたらされ得るのである︒﹂
このように︑ロブソンは︑中央統制の拡大に対する批判においては地方自治の原則に忠実でありながら︑その改革
の実現過程を論ずるにあたっては極めて現実主義的な見方を示しているのである︒この点こそが︑彼の地方自治論に
おける最も注目すべき特色であり︑また同時に最大の論点ともなりうる部分であるといえよう︒
五 おわりに
大都市制度改革の思想・序説
冒頭に記したように︑筆者のロブソン研究は素朴な疑問から出発した︒この疑問を︑新たに取り組むべきひとつの
研究課題として形づくるために︑言わば心構えの整理を試みたものが本稿である︒したがってここでは︑ロブソンの
広範にわたる業績のなかから︑都市問題及び地方自治に関する一部分を︑恰も虫喰いのごとく摘みとっただけに過ぎ
ない︒もとより︑彼の大都市制度改革のもつ真の意義の把握は︑それらを公務員制度論︑公営企業論︑社会福祉論等
で展開された彼の浩灘な理念や研究手法と結びつけることによってのみ可能である︒さらに︑本稿では敢・兄て言及し
てこなかったが︑ロブソンのフェビアソ主義への深い傾倒も︑彼の思想的基盤を理解するうえで不可欠な要素である
ことが認識されねばならないであろう︒
ロブソンが生きた時代は︑イギリスの行政機構が中央・地方を問わず悉く大規模な変革を遂げた時代である︒その
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時代の流れのなかにしるされた彼の足跡を辿ろうとする筆者の前途には︑右のような大きくかつ重い課題がある︒
︵1︶ 拙稿﹁イギリス地方自治と中央統制﹂︑片岡寛光編﹃国と地方一政府間関係の国際比較﹄︵早稲田大学出版部︑昭和六〇年︶︑ 註
同﹁書評Z霞甘き固団口Pω8く①い8︒ゲ9巳O母9≦9びρ﹄ぎ︑馬§蕊ミ肉§︑ミゆ⁝↓ミO卜O§概き鳴ミ駆馬ミ慧ミ§
Oミミ勘O︒§ミ⇔﹂早稲田社会科学研究第三三号︵昭和六一年︶︑同﹁サッチャー地方制度改革への抵抗﹂︑﹃月刊自治研﹄第
三〇巻三四八号︵昭和六三年︶︒
︵2︶ ロブソンの生涯については︑彼の死を追悼してLSEから発行された寒さ§︒遂ミ§h§§︸肉︒穿§h︒︒81這︒︒O噛
と題するパンフレヅトに収められている↓げ︒自目①︒・︵一㎝ り臼①鴫 HO◎oO︶の記事及びJ・グリフィス︑G・ポソソンビイ︑セ
ルフの弔辞と︑口d會98ぎ.ミ農置皇図︒びω05︵HG◎ゆ㎝一HO◎oO︶..℃oミ讐鼠O§識ミ鞠S<oピ凹鴇Zo.ω︵お◎︒O︶︑辻清明﹁ロブソ
ン先生の懐い出﹂﹃學鐙﹄第七七巻一〇号︵丸善︑昭和五五年︶を参照︒著作については︑︾buミ皆鴫︑愚ξミき鳴ミミ︑ミ陰
ミミ・︸勘︒窪§噂O同8話目ピ05ら︒昌囹昌Φあ20・嵩噂ピ︒◎炉b︒︒①を参照︒
︵3︶ ミ●﹀・国︒びωo戸︑霊津団饗鷲ωohOず99口αqΦ︑魑︑ミミミ︑O§轟ミ¢ゆく9.㎝ごZo・H︵一㊤○︒O︶.
︵4︶開︒げω︒罫︑竃犀巳︒曽箪O︒く①導B①ヨ⁝節O窪言q国88.臆︾謹ミ§Oミ旧<︒ど㎝O︵6し︒切︶噂b・㎝駆・
︵5︶ 片岡寛光﹁行政学の現状と課題−諸外国の動向と行政理論の試み﹂︑﹃年報行政研究︸七・行政学の現状と課題﹄ ︵ぎょ
うせい︑昭和五八年︶︑七〇頁︒
︵6︶ ﹀目ユげ巳︒げ矯℃o件︒﹃ω①拝寒さミミ勘ミ§ミ亀ミ沁&︒︒§旧oO6芦℃.刈︒
︵7︶ 無論︑ロブソンの業績に対する評価がイギリス行政学のテキストにおいて皆無であるわけではない︒例えば︑R・J・S
・ベイカーは公営企業論の分野に関する包括的な理論はロブソンによって構築された︑と述べている︒O︷.男﹂●ω.切更Φ♪
諏概ミ馬ミ︒・壁ミ︑器↓譜ミ発犠醤儀︑さ︑詩ム職ミ︑ミ詮ミ欺03ピ︒昌侮oPH㊤蕊噛℃﹂お.
︵8︶ 国︒げωoP .↓鑓霧O冨巨言︒自oh℃o一二一〇2ぎω葺安詳〇昌助ロ住一留p︒ω..︑oミ苛ミO§ミミなく︒ドQ◎9Zρ帰日㊤2唱噂弓﹂OQoI心8.
尚︑この論文は︑後に発刊された彼の論文集︑ミミ霧§織O︒ミ§ミ§牒ミき§恥§職﹄ミ§みピ8α︒P一㊤①刈 に収められ
ている︒
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大都市制度改革の思想・序説
︵9︶謁︒び8昌鴨§馬9ミミミミミミ苛題ミミミ§一目い§§き︒・8︒民亀筐︒Pぎ巳8LO︒︒燭唱・H①ピ
︵10︶ 菊︒ぴ︒︒o昌噛︑↓ずoO①昌茸巴Uo歩一p江︒昌ohピoo巴Oo︿⑦機ロヨ①旨一.唱︑ミ㌧職§︑◎ミミミ③︑<oド駆馳Zo・同︵ごωω︶︾づ﹂O膳●
︵11︶ 閑︒σωo♪.いoo註Oo︿oN昌Bo三言§Φ≦︑o罵9︒おω富8.鴇︑ミ馬欺§︑Oミ貸轟ミ◎唱く︒ドω8Zρb⊃︵目㊤①①︶噛O﹂トっ㎝.
︵12︶ 図︒げ︒︒oP↓︾恥bミミ︒︑ミ鳴ミミ.トミミOミミ蕊ミ鳴ミ.け三﹃︵一①首邑︒戸い︒印住oP6α斜︑博Qo刈.
︵13︶ 守達ごU戸◎◎①lQ◎刈・
︵14︶ Oh・匂・∪①①二〇<o噂↓︾恥沁ミ︑偽貸ミ恥亀職︒着ミ切ミ騎︒︒隷卜8ミO竈恥︑蕊ミ§ユOミO︑き︒魯ミ恥向亀蕊職織︑ミ馬勘§︑︑出門︾禽牒琶♪
09ヨげユ住oqoゆ毎刈㊤やPトっQQ一◎Q9
︵15︶ 閑︒び︒︒oPドoo舘Ooく︒露δ①三冒葺︒≦o胃費︒ω富け①.りob●9仲・℃想﹂b⊃9
︵16︶ 開︒σωoP︑図①h霞ヨoh目︒昌住︒昌Ooく感冒ヨΦ目け.讐︑ミミ詩毎織ミ馬ミ無ミ嵩︒蕊●<oHωO︵ωユ昌伽q一8H︶胃O戸㊦卜⊃1①ω・
︵17︶ 男︒げωoP↓魯馬bミ乳︒㌧§§牒ミートoqミO暑ミ蕊ミ馬ミ噛︒や9けごO﹂O一.
︵18︶ 男︒げωoP↓ミ恥Oきミ蕊ミ§牒蹟蕊ミ︒・唄§ミ論ミ馬ミミート§§蕊oや9山房弓●ωトっ刈1もQωO・
︵19︶ 閑︒げωo戸↓き恥bミ災︒辱§馬ミ号卜8ミOミミ醤ミ§計︒ワ9け戸QQoo㊤.
︵20︶国︒びωoPトミミO︒ミミミ§こ嵩O§蟄い8α︒詳一8①噛も﹄︒︒◎東京市政調査会研究部訳﹃危機に立つ地方自治﹄ ︵勤草書
房︑昭和四二年︶︑五ニー五三頁︒
︵21︶ 守二ご弓Oおi㎝9同訳書︑五四−五五頁︒
︵22︶ 同三α宕﹂︒︒1同①.同訳書︑五i=二頁︒
︵23︶ 凄一掴.り冨・に㊤lH㎝ρ同訳書︑一八七頁︒尚︑他の五つの原則の内容を要約すると︑第二に中央政府は地方自治体の主要
業務のための広範な政策上の指針︵耳︒巴鵠昌①ohO9週目︶を作成すべきである︑第三に警察︑住宅︑幹線道路︑消防︑保
健︑教育︑福祉といった業務については︑ナショナル:ミニマムを達成するために︑地方自治体は中央各省の監査に服する
︵ωロ三Φ9↓o言聲①&o昌げ鴇O①巨轟一〇①冨詳ヨ︒巨ω︶べきである︑第四に中央各省は情報センターとして活動し︑地方自治
体に技術的助言を提供すべきである︑第五に国庫補助金は地方自治体の主要業務に対し︑地方税源の不足を補填するために
交付されるべきで︑その総額は地方の自己税源の総額を越えてはならない︑第六に地方自治体が新しい方針を打ち出すため
のより広範な自由を認める必要がある︑となっている︒さらにロブソンは︑これらの原則に付加する形で︑地方自治の価値
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に関する彼自身の信念として︑住民参加の重要性を強調している︒
︵24︶ 閃︒げoooP↓︸僑Oミ⇔鴨論ミ鴨ミ織嵩織婁も︒ぴqo鵯馬憶醤§㊦ミミト︒論織︒斜︒噂・o詳・づ.心Φω・
︵25︶ 図︒σωoP卜︒§︑O︒魁ミ篭ミ馬ミミOミ器層8・o蹄・娼・=9前掲訳書︑ 一八二頁︒
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