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〈特集「海外での日本語教育事情」〉

   マレーシア中等学校の日本語教育における現地化の現状

        一現地教師の体験と実践活動を通じて語る一

アン・チュイ・キエン

1. はじめに

 マレーシアのマハティール前首相は、未来のマレーシアの国造りのため、従来の欧米志 向を離れ、東方の国々、即ち日本や韓国をモデルとして人材を育成する構想を1981年に発 表した。これが東方政策(ルック・イースト)である。日本に関しては、日本の成功と発 展の秘訣に関わる学術的知識および技術とともに、日本の労働論理などを日本との直接の 接触を通じて学び取ることが、自国の経済・社会的発展と産業基盤の確立のために必要で あるという考えに従って、日本の大学や高等専門学校への留学、産業技術研修生派遣など、

多様な事業が行われてきた。これがマレーシアにおける日本語教育の背景となっている。

 本稿では、筆者が直接に関わってきた中等教育における日本語教育を中心に紹介し、現 在までの日本語教師としての体験や成長とともに、日本語教育改善のための自分なりの教 育方針に基づく工夫や実践活動について述べてみたいと思う。まず、現場であるマレーシ アの中等学校における日本語教育について簡単に触れる。

2.マレーシアの中等学校における日本語教育

2.1日本人教師からマレーシア人教師へ:レジデンシャルスクールでの日本語教育

 前述した東方政策のもと、マレーシア政府は、日本から様々なことを学ぶために、日本 語の習得が第一歩であるという見解をもった。特に若年層からの日本語教育が必要という

ことで、当時の国際協力事業団(現独立行政法人国際協力機構=JICA)に日本語教師の派 遣を要請した。こうしてマレーシアの中等学校の日本語教育は、1984年に青年海外協力隊

(JOCV)によって、外国語選択科目としてレジデンシャルスクール(以下RS)1と呼ばれ る国立全寮制中等学校を中心に開始された。当時、RSの数が急速に増えるにつれ、中等学 校の日本語教育も普及していった。これに対応するため、1990年から9年間にわたり、マ

レーシア政府の政策により元々他教科の小・中学校の現職教員を日本の大学に送って学士

1レジデンシャル・スクール(Residential School:マレー語名Sekolah Berasrama Penuh)は、国家の  発展に必要な人材を育成するために、小学校修了時の試験UPSR(Ujian Penilaian Sekolah Rendah)の成  績優秀な13〜17歳のマレー系マレーシア人を優先的に入学させる国立全寮制中高等学校。

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の学位を取得させる日本語教師養成プログラムが実施された2。同プログラムは1998年に 一時中断されたが、2003年より再開されている。

 開始当初は、日本語教師は全員JOCVの日本人であったが、1995年からは日本留学を終 えて帰国した現地の教師が教えはじめ、最後のJOCVの日本人教師が2000年に帰国してか

らは、全員現地の教師のみによる運営されるようになった。こうして日本人中心からマレ ーシア人中心の日本語教育へと変遷した。

2.2 日本語教育の拡大と発展:デイスクールへの拡がり

 マレーシア政府は1991年にビジョン2020、つまり2020年までに先進国の仲間入りを目 指す政策を発表した。この政策の達成のためのプログラムの1つである国際化プログラム に沿って、全中等教育機関に日本語教育を拡大する方針が、2004年に教育省により示され、

2005年からデイスクール(以下、DS)3の13校でも日本語教育が開始された。 DSでの日 本語教育の拡大を予想し、マレーシア教育省は2005年9月よりクアラルンプール国際交流 基金(JFKL)の協力を得て、国内の国際言語教員養i成所(IPBA)で、日本語教員養成プ ログラムを開始した。これは日本で学位を取得するプログラムとは別のもので、マレーシ ア国内の大学の学位を取得している、他教科の現職教師を対象としたプログラムである。

 これまで、RSでは、教育省が承認したJOCV教師による1987年完成のシラバスをもと に、4年間(1〜4年生)の日本語教育を行なってきたが、日本語カリキュラムが、従来の4年 制から5年制に移行するのに伴い、2004年より、現地教師による全中等教育機i関への日本 語教育拡大を視野に入れたシラバス改訂作業が開始された。新しいカリキュラムに準拠し た新シラバスは、2008年より新1年生に導入されている。

 現在日本語教育は、現地教師によって、RS43校、 DS22校で行われている。他の外国語 選択科目と比べ、生徒たちの人気が集中しており、国際交流基金(JF)の2006年海外日本語 教育機関調査によると初等・中等教育機関学習者数において、マレーシアは上位10力国の

中で第10位に位置している(8,984名)。

 以下に筆者のマレーシア中等教育の日本語教育にたずさわる一人の現地教師としての体 験や実践活動を振り返ってみる。

3.現地教師としての体験や実践活動

2筆者が第5期生として1994年から1999年まで日本に留学に行った。本プログラムの中で人数が一番多  い派遣のグループだった。1年間は当時学友会日本語学校(現在東京日本語教育センター)で勉強し、

 東京外国語大学の日本語学科に進学した。

3デイスクール(Day School:マレー語名Sekolah Menengah Harian)国立全日制の一一般中等学校。

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3.1最初の赴任先

 私は、1999年3月末に日本から日本語課程を修了し、帰国し、西マレーシア北部にある RSに赴任した。ここでは、前年の1998年から日本語教育が開始されていた。当時、5年 ぶりの教師生活とともに、日本語教師としての経験は全くなかったため、仕事への不安で いっぱいだった。幸いなことに、本校に派遣される直前、クアラルンプール国際交流基金 日本語センター(以下JFKL)でオリエンテーションがあった。そのときに、当時マレーシ アの中等学校の日本語教育で使われていた『にほんここんにちは』という教科書4を初めて 見ることができ、また、カリキュラムなどの情報も得られた。それで多少安心したものの、

実際に学校に赴任すると、そこにすでに2名の日本語教師(JOCV教師と先輩の現地教師 が1名ずっ)が在籍していたため、日本語教師より、美術教師としての役割を期待されて

しまった。はじめは同時に新しい2つの科目を教えることに苦労したが、両方とも楽しい 授業になるよう努力した。日本語より、全国統一試験科目である美術の方に力を入れなけ ればならないという事情もあったが、日本語教師であることをアピールするため、日本語 の授業を受ける生徒には必ず日本語で話しかけることとし、それ以外の生徒たちにも「せ んせい」と呼んでもらい、日本語で日常挨拶をしてもらうというような工夫もした。また、

学習や時間管理に対する態度を学んでもらうために、朝体操を行ったりもした。

3.1.1抱えていた問題点とその解決への工夫

 当時抱えていた問題は多くあったが、以下に主なものを3つ挙げる。

1)教師の授業での使用言語

 日本で日本語専攻の学部を卒業した現地教師といっても、必ずしも当初から上手に日本 語を教えられるわけではなかった。当時直接法を信じていた自分は、日本語ばかりを使用 することによって、生徒たちを不安な気持ちにさせてしまったこともあった。また、生徒 のレベルに合わせた日本語の使用に関しても戸惑うことがあった。

2)日本語学習の動機づけ

 海外で日本語を教える場合、学習動機や意欲を育てたり、それを維持するのが難しいこ とがある。日本語は全国統一試験の科目ではないため、試験を受験する学年になれば、生 徒たちはどうしても日本語を軽視してしまう。動機付けとして、日本語学習に対する好奇 心を持たせる、日本的環境を作り出すといったことが必要になる。幸いなことに日本に留 学中、日本民謡の踊りを教わっていたので、民謡の話をしたり、その民謡の先生とのふれ あいや経験などを語ったり、踊りを教えたりすることができた。この活動は、学校の修了

41984年から1988年にかけてJOCV教師によって作られたRSのカリキュラムに沿ったシラバス(教授細  目)に基づくオリジナル教科書。

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式に日本の民謡のパフォーマンスを行うように学校の指示があるほどまでになった。また、

2000年に東京のお台場にある国際村の開村式に招待され、これに5人の生徒と共に参加し、

生徒に日本を体験させることができた。これによって学校側のサポートや、生徒の日本語 学習の動機を高めることができた。

 また、普通の授業だけではなく、日本の事情と日本人の生活を教えるために日本のドラ マやアニメのビデオを見せた。また、一方で、5年間の日本留学の経験をしても、日本の情 報や文化をすべて正しく教えられるわけではないことも分かった。

3)生徒の日本語発話能力

 3年以上日本語を教えてきて、もっとも悔しく感じていたことは、いくら生徒たちに簡単 な日本語で頑張って話してもらうように努力しても、生徒たちがまだ日本語が自由に話せ ない状態であったことである。当時まだ授業で使った『にほんここんにちは』の教科書は 文型中心であり、コミュニケーション能力が重視されていないことが判らなかった。また、

当時の自分の教授法が、一部不十分であったことにも気付かなかった。

3.1.2学校外での活動:教室活動集作成パネルへの参加

 2001年からは、当時の教育省の日本語教育担当者によるサポートや理解のおかげで、

JFKLの協力を得、マレーシア教育省内で、現地教師のみの日本語教育活動に対する支援や、

改善の動きが出てきた。同時に3つのパネル(試験パネル、教室活動集(アクティビティ ー集)パネル、新教科書パネル)が設定され、選抜した現地教師を分け、それぞれの委員 を任命した。筆者は教室活動集パネルの委員長となったが、この任命により初めて、日本 語を優先にする仕事に従事することができ、その後の2年間は、非常に大変なプロジェク

トに責任を持っこととなった。

 そのとき何よりも問題に感じたのは、現地教師の中で「先輩」と「後輩」という上下関 係の意識が強すぎることだった。また、現地教師は、それぞれの日本の留学先の大学での 勉強や経験が異なっていたため、日本語教育の方針に対する理解や考えが違うこともよく 見られた。一方で、当時このような集まりがあったおかげで、ある程度現地教師の勉強会 やネットワークができた。

 RSの現地教師たちが、学校の業務多忙のため、限られた時間のなかで、『にほんここん にちは』の教科書にある文型の練習活動用の教材として、教室活動のことを考え、すぐ採 用できるよう工夫して作ったものが教育活動集であった。筆者が編集委員長として2002年 7月に修正作業を完成させた。教育省は、2003年のRSの日本文化の日に、正式に出来上 がった活動集を全国の学校に配布した。しかし、使用する教師が当初少なかったため、当

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面はJFKLが地方教員を対象とした地域セミナーを開き、活動集の使用を推進した。

3.1.3修士課程への進学

 2002年9,月に国際交流基金の奨学金を得、再び修士課程進学のために渡日した。修士課 程では教科書改善のための調査研究に取り掛かった5。当時約3年しか日本語の教授経験が なかった自分にとっては、これはかなり大きな挑戦であった。一方で、その3年間の経験 を振りかえり、より学習者を中心とした授業を行いたいこと、また生徒に日本語が話せる ようになってもらいたい、という2つの目標を持っていた。したがって、「コミュニケーシ ョン能力の養成」と「学習者中心」という2つの観点を改善の方針とした。

 たったの一年間の修士プログラムであるため、勉強量が大変であったが、外大での勉強 の経験を活かし、研究や勉強に努力した。

3.2第二の赴任先へ

 2003年9月に帰国し、マレーシアの中部にある新しいRSに配属された。

3.2.1恵まれた環境での課題

 以前の配属先のRSと異なり、新しい配属先での日本語教育は、教材も日本人との交流機 会も恵まれている環境だった。従来抱えていた環境作りに関する問題はなかったが、環境 を最適に活用するという課題に直面した。具体的な工夫例を挙げれば、コンピューター設 備があったため、学習者を中心とした語彙の習得を目指す自習用の語彙学習リソース、即 ちCD−Romの語彙集の自作プロジェクトを導入した。また、学習者中心の教育方針に基づ く学習タスクを考え、休み期間中の宿題として学習フォリオやスケッチブックを採用した。

 このような経験から、あらためてファシリーテーター(学習援助者)としての教師の役 割の重要さを実感した。特に海外の日本語教師は、その役割として、教室中だけでなく教 室外にある周囲のリソースを意識し、学習環境に取り入れる工夫をすることが非常に重要 だと考えられるようになった。

3.2.2 日本語学習の意義・日本語教師の質とは

 恵まれた環境の地域と学校に配属し、日本語学習の意義、あるいは日本語教師の質につ いてよく考えるようになった。

 また、学校での日本語学習の成果を、スピーチコンテストなどの大会での優勝実績で評

5その理由は新しい教科書パネルは中止されたため、当時の教育省の担当者からの依頼を受け、自分自身  も教科書改善の必要性が感じられたからであった。

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価されることにも、はじめて疑問に思うようになった。すべての生徒を対象に質の高い授 業をすることと、ある特定の優秀な生徒を特別に訓練し、大会優勝の実績につなげること が、日本語教師の資質にどのように関連付けられるべきであるか、とよく考えることがあ った。現在でも学校と教師の質、評判は、生徒の大会への参加や優勝実績によって判断、

評価される。私は、生徒に大会優勝などの一時的な達成感よりも、長期にわたる達成感を 経験させることも同様に大事ではないかということに気づいた。

 そこで、当時のRS部担当者、また8校のRS現地教師の理解とサポートを得て、クアラ ルンプールにある日本文化祭のイベントの1つとして、2004年に日本とマレーシアの文化

コンサートを主催し、日本民謡の稽古の他に、日本語生徒間の交流と日本文化体験取得を 目指した合宿(JAPANESE・IN−CAMP)を行った。また、その翌年、東京の落ち合い国際祭 りでの発表を通じて、日本の中学校との交流の機会ができ、6校のRS現地教師6名と生徒 51名を、日本体験と文化交流を目的にした研修旅行に連れて行った。この研修旅行への参 加により、その51名の生徒たちは、実際の日本の姿が見、東京での生活を体験することが できた。その経験は、帰国してから日本語学習の動機付けとなり、実際に日本留学を目指 すようになった生徒もいたそうである。

3. 2.3学校外での活動:シラバス改訂作業への参加

 2004年から2005年には、新しい中等教育の日本語シラバス作成委員長として、全中等 教育機関への日本語教育拡大を視野に入れたシラバス改訂作業に従事した。当時日本語教 育の管理は、学校部のRS課から、マレーシア教育省のカリキュラム開発センタ・一一一一一に移行さ

れたため、他の言語科目と同様のシラバスの構成を日本語教育にも適用するという困難が あった。また、よりいいシラバスを作るために、まず全国の学校を対象にニーズ調査の作 業6を行う必要があると思い、その回収や分析なども大変だった。しかし、シラバス改訂作 業では、他の現地教師とのネットワークづくりや、色々な勉強ができ、改めて教師として の考える力、即ち批判力(CRITICAL THINKING SKILL)と創造力(CREATIVE THINKING SKILL)の重要性を実感できた。

3.3日本語教員養成に関わる指導者として

 2005年、マレーシア国内での教員養成がIPBAで始まり、指導者の一人として赴任するこ

6ニーズ分析の実施の必要性が感じられたのは当時日本語教育はRSだけではなく、一般中等学校のDSに  取り入れることになったからである。

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とになった。このプログラム7は他の科目を教える現職教師を対象にしたものである。当時の 自分には「教師を育てる」役割を果たす実力があるだろうかという不安があったが、これま でのRSでの経験と反省や「教師・日本語教育の現地化」に向けた思いを活かせ、本格的に マレーシア中等学校の日本語教育の発展に貢献ができる機会を与えられたことは嬉しかった。

3.3.1本プログラムに取り入れた考え・方針

 教員養成部のシラバスの構成に沿って、12週間の予備コースとその続きの一年間の外国 語しての日本語教授のコースのシラバスを作る作業に関わった。

 また、両コース実施のために、シラバスに基づくコースデザインやカリキュラムデザイ ンを行う必要があった。本プログラム開始当時、一番大変だったのは、日本語の学歴を持 っている学習者とゼロからスタートした学習者に同時に教えなければならないことで、こ れは経験したことがなかった。そのため、「学習者中心」という方針に立ち戻って、体験学 習やポートフォリオ評価をいった適切な実践活動を再度考える機会となり良かったと思う。

また、考える力を育てるために、学習体験に対する内省を重視し、学習タスクや評価法の 内容や実施方法を変更した。さらに、修了生に自律性とともに教師成長に対する意識を育 てるために、「自己成長ファイル」を取捨選択させ、改善し、振り返り・自己評価・過程記 録、気づき・自己発見の記録、と実際に「次へっなぐ」働きをし、進歩を調節し方向づけ

るもの、つまり発展性がある「ポートフォリオ評価」8を取り入れた。また、さらに考える 力や自律性を促進するためのアクションリサーチも導入した。

3.3.2抱えている問題点とその解決のための工夫

 本プログラムにおける重大な問題は、日本語を教える際、教員側が教科書に頼りすぎる姿 勢を実感し、「教科書で教える」方よりも中等学校での「教科書を教える」という習慣に固ま ってしまう傾向が見られる。現場である中等学校で、従来の『にほんここんにちは』に沿っ た実践法から離れ、新シラバスに沿って授業の計画と実践をする能力を身につける教師を養

7このプログラムはBPG(マレーシア教育省教員養成・教育部)に管轄されている。 BPGは国際交流基金ク  アラルンプールの協力を得て、5年間を通して75名の日本語教師の養成を目指しているプログラムの計  画を立てた。当初の計画は、①1年で日本語、日本語教育の方法論をマスターし、②1年のインターン  シップを終えた後、③2ヶAの浦和研修を受け、④日本語教師として正式に採用される、という流れだ  ったが、1年での日本語力および日本語教育方法論の養成には無理があり、日本語の基礎力を養成する  12週予備コースが1年コースの前に設けられることになった。

8本プログラムでは3種のポートフォリオ、即ち、「ラーニングポートフォリオ」と「カルチャーポートフ  ォリオ」と「ティーチング・プロフェショナルポートフォリオ」が取り入れられている。また、インタ  ーンシップに当たって、継続的なポートフォリオ作成ができるように、3種のポートフォリオを1つの「プ  ロフェッショナル・ポートフォリオ」にする。2回のコースを通してお互いのポートフォリオの収集物の  検討とアイデア交換が行われる。

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成するためには、まず教員の授業の計画と実践に当たり、学習者を中心としたコミュニカテ ィブ的な教授法に基づいた指導法を採用しなければならない。つまり、学校の現場で、コー スの修了生が、新シラバスによる変化に対する対応ができるように育成する必要がある。そ のため、新シラバスに基づくコミュニカティブ的な学習目標設定や、授業計画や練習と評価 を考えさせ、準備させて、プロフェッショナル・ポートフォリオとして収集させておくとい う工夫をコース内で行った。また、本プログラム(12週間のコースと1年のコース)全体的 に1年3か月という限られた時間での教師養成コースであるため、対象者と指導者両方の責 任感とコミットメントが不可欠である。本プログラムの中の3つのコースの目標の関連性を

より明確にするために、筆者は2008年5.月から7月まで、浦和の国際交流基金日本語国際 センターの2ヶ.月の上級研修に参加した。その研修では、考える力と自律性を育てるための ポートフォリオ評価の改善を研究プロジェクトとし、コースのシラバスとJFKLの1年コー スのチェックリスト、及びヨーロッパ言語共通参照枠組みのCan−do記述を参照にし、学習

目標に沿った自己評価チェックリストの案を作ってみた。このリストは、教師と学習者の共 同理解を深める、学習者による当事者意識を向上させる、学習の次のステップや学習方向を 提示する、学習者自己モニターのツールとして使われるといったことが期待される。

 この学習経験を通して筆者は、「目標」、「学習過程」、「評価」の一貫性の重要性を改めて

認識することができた。また、学習者中心の方針に基づく相互学習とともに、相互評価を 取り入れる重要性に対する意識が高まった。

 今まで現地による日本語教師養成プログラムに3年間以上関わってきたが、当初から今 まで「良い教師とは何か、より良い教師になるためには何が必要なのか」と悩み、自問自 答してきた。自分の経験から気づいたことは、学習者や環境に応じて、最大の効果を引き 出すための「柔軟性」、そして、自分の実践の内容と方法に対しての「内省力」とともにそ の改善法に関する「考える力(批判力と創造力)」という内面的なところが非常に重要であ るのではないかということである。要するに現状をよく理解、分析し、適切に進歩してい くことが必要だと言えるだろう。

4.現地化における課題と今後の展望

 現在中等学校の日本語教育に関する最大の課題は、現地教師の教師としての成長・自己 発展(PROFESSIONAL&PERSONAL DEVELOPMENT)である。まず、現地教師の内

省力と教師成長・自己発展に対する意識をどのように育てていくかを考える必要がある。

そのために現地教師の今後の課題として、他の仕事よりもまず日本語教師としての仕事を 優先にすることと、また、同じ実践のあり方や方法を何度も繰り返すのではなく、実践の

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内容や方法をより効果的に改善するためには何が必要なのかを考え、実際に努力していく ことが必要なのではないかと思う。

 また、現場の関係者に日本語教育の重要性を認識してもらい、日本語教師である意義が 認められ、自尊心(SELF−ESTEEM)を持つことが不可欠である。仕事に対する満足感が なく、自尊心が低くなってしまったため、日本語教育を離れてしまった現地教師は少なく ないという。また、筆者による2003年の教科書改善の調査研究の結果では、現場の日本語 教育の改善が必要だと考える現地教師は多く、あわせて学校環境の改善も必要であること が明らかになった。

 これまでJFKLを中心に現地日本語教師の研修が行われてきたが、今後もグローバル化が 進むにつれ、日本語教育を行う中等学校の数も増えていくに違いないため、日本語教育の質 を維持する、またはその質の向上のため、日本語教師の質に関する教師研修の実施に向けて、

教育省の学校部、カリキュラム開発センターと教員教育・養成部との本格的な協力が必要と なってくる。また、現地の教師の日本語教育力を高め、より効果的な日本語教育の実践法を 共有するとともに、お互いの成長と発展に対する認識を強めるようにするために研修や会議 などの集まり、つまり一時的な形のネットワークではなく、現地の教師たちとの本格的なネ

ットワークが不可欠であろう。そこで、現在、教師成長・自己発展を重視に見られることに なってきた筆者が距離に関係ないインターネット上でのプロフェッショナルグループ

(PROFESSIONAL GROUP)を作る試みを考えている。この試みを成功させるためには、マ レーシアの教育省に日本語教育において、「量」(即ち機関の数)よりも「質」(即ち教育の中 身とその成果)を重視するという理解や方針が必要ではないかと思われる。

《参考文献》

1.安部洋子(2000)「マレーシアにおける日本語教育の概要」『第5回海外日本語教育研究会「マレーシア  の日本語」』国際交流基金日本語国際センター

2.アン・チュイ・キエン(2003)「マレーシアの全寮制中等学校における日本語教科書改善のための調査  研究〜コミュニケーション能力の養成と学習者中心の日本語を目指して〜」『日本語教育指導者養成プ  ログラム論集 第2号』

3.楠本貴久(2004)『マレーシア全寮制中等教育機関日本語教育20年の歩み』

4.中間報告作成委員会(1991)『マレイシア国レジデンシャル・スクール日本語教師隊員活動中間報告書』

 国際協力事業団青年海外協力隊事務局

5.「2006年度日本語教育国別情報」国別一覧《マレーシア》

 http:〃www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/country/2006/malaysia.html#JISSHI(2008年12月12日)

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