東京外国語大学論集第76号(2∝18) 2J∂
教養科目としてイスラムをいかに教えるか
八木久美子
1.教養科目としてのイスラム 2.日本の学生と宗教 3.どう教えるか
1.教養科目としてのイスラム
大学における教養教育のあり方が議論の対象となってきたことは周知の事実である。しかし 最終的には、専門的に学ぶのではないにしても高等教育を受けた者として身につけておくべき
ものがあるという了解に基づき、教養教育の重要性が再確認されることになった。2002年に出
された「新しい時代における教養教育の在り方について」という中央教育審議会の答申では、
第二章で「新しい時代に求められる教養」として五つの項目を挙げている。そのなかで本論の テーマであるイスラムについて教えることと関わりがあるのは、二番目の項目であるu
東西の冷戦構造の崩壊後,グローバル化が進む中で,他者や異文化,更にはその背景にある宗 教を理解することの重要性が一層高まるなど,世界的広がりを持つ教養が求められている。そ のためには,幾多の歳月を掛けてはぐくまれてきた我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解 を深めるとともに,異なる国や地域の伝統や文化を理解し,互いに尊重し合うことのできる資
質・態度を身に付ける必要がある。世界の人々と外国語で的確に意志疎通を図る能力も求めら れる。1)
「他者や異文化、更にはその背景にある宗教を理解すること」が挙げられているのは「新し い時代」の教養教育としては当然のことであろう。しかしこれを「わが国の伝統や文化、歴史 等に対する理解を深める」こととともに実践するには、どうすればよいか。もちろん、この二 つを別のこととした上で、平行して行うことも可能である。しかしながら、それでは下手をす れば、「わたしたち」日本人と「かれら」外国人との差異を際立たせることに終わる危険もある。
本論ではこの間題意識を出発点として、大学という場でイスラムを教えることの意味について 考えてみたい。
現場に目を移してみると、昨/今のイスラムについての関心の高まりは、大学での開講科目あ