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『もう一つの国』における不自然な男らしさの意識

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菅 原 あさみ

『もう一つの国』における不自然な男らしさの意識

──人種と性差の関わり──

序:強迫される男性としての意識

男女の違いというものは日常生活に大きく影響を与える。「男の子だから泣 いてはいけない」「女の子だから優しくありなさい」というような、性差によっ て区別される言葉は、幼いころからよく耳にするものである。私たちは成長す るにつれて、性差により求められる態度が異なっていることに気づかされてい く。男性らしさ、女性らしさというものは自身で定義するより先に、社会によっ て定義されたものが存在するのだ。またそのイメージが強く根付いている社会 の中で育つため、私たちはその理想像を確固たるものとして捉え、そのイメー ジ通りの自分になろうとしがちである。そのイメージに自身の姿が重ねられな い場合は、「男なのに」「女なのに」と社会から抑圧されてしまうからだ。

性差は、アイデンティティを形成する要素のうちの一つである。性差は人々 にプライドを与える場合もあるが、反対に生きづらくさせることもある。一般 に、男性は強さを持って女性を守り、女性はか弱いため、男性に従属するとい う男女の役割のイメージが出来ている。家父長制はそうした役割を再生産する 制度である。その制度のなかで、男性には許される一方、女性には許されない ことが多く存在してきた。顧みても、アメリカで女性に選挙権が与えられたの

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は 1920 年と遅く、女性は家庭を守る役割を与えられてきたため、女性の社会 進出は阻まれていた。それに比べ、男性には昔から道が開けており、自分の意 思通りに動くことが許されやすかった。そのため女性のほうが社会から抑圧さ れている、という印象を人々に与えがちである。

だが、社会が決める「像」に縛られてしまっているのは男性も同じであると 言えるだろう。男性には強くあることや、女性に対し主導権を握ることがたと え許されていたとしても、なかにはそれを望まない男性がいてもおかしくはな い。だがそのような男性は男性らしくない、と非難されてしまうのだ。女性は、

男性が独占していた権利や役割を獲得する動きを徐々にではあるが成功させて きた。例えば、結婚生活においては、もともと男は仕事をし、女は家を守ると いう核家族的性役割分業が存在していた。その体制に変化が見られるようにな り、女性も外へ働きに出ることが許容されるようになった。しかし認められる 変化の形はあくまで女性が働くこと、つまり女性が従来のイメージを破ること である。男性が主夫になり女性が働く家庭の場合、男性は男らしくないと非難 され、女性を働かせるなんてみっともないと言われてしまう。つまり、女性が 男性化することよりも、男性が女性化することのほうが社会においては受け入 れがたいのだと言える。女性が女性らしくあることに疲れるのと同様に、一見 女性よりも優位に見える男性であっても、その男性らしさを保つことに疲れを 感じているのではないだろうか。

その男女の役割に人種が絡むと、その性差の意識はさらに、本当は不自然な 作り事であったという事実が明るみになる。黒人の男性は、白人から一人前の 男性としてみなされないことが多い。黒人男性は白人男性との関係において、

その肌の色のせいで社会から蔑まれる、弱い自分に劣等感を持つことになる。

そうした弱者としての自分を救う手段の一つとして、自らの男性性を意識的に 作り上げる行為が存在する。男性であれば、女性に対しては強者である自分を 保つことが出来る。だからその男性らしさを保つために、意識して、社会の定 める男性性に沿うような行動が、特に「弱い」男性のうちに確認されることが ある。

James Baldwinの作品、Another Countryでは、様々な人種とセクシュアリティ が交錯する愛を描いている。主な登場人物は、黒人男性のRufusと白人女性の Leona、Rufusの妹のIdaとRufusの親友で白人男性のVivaldoである。また、

Rufusをかつて愛した白人男性のEricはパリで男娼のYvesと結ばれながらも、

アメリカで女性の友人であるCassと関係する。その多様な登場人物の中で、

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本論はRufus Scottに焦点を当てていく。彼は白人女性Leonaと出会い、彼ら は互いに愛し合うが、次第にその関係は立ち行かなくなる。RufusがLeonaに 暴力を振るうようになり、気が狂ったLeonaは精神病院に入れられる。その 罪の意識からRufusは放浪し、他人との距離を取っていき、遂には川に身を投 げる。

本論では、Rufus Scottの黒人男性としての男性性について、身体との関わ りや、女性や白人男性との関係でどのように男性性が意識されているのか、ま た同性愛がどのような意味を持つのかを論じていく。男らしさや女らしさとい うものは、他者の存在を認識することにより、意識が生まれるものである。白 人の親友と恋人を持ち、同性愛者からも愛された経験のあるRufusは、それぞ れの関係の中でどのように自身の男性性について意識し、行動していくのだろ うか。以下 3 つの章において明らかにしていきたい。

1.身体と男性性の関わり

男女の違いを考える際、身体の違いは明白なものである。単に身体の機能が 異なるだけではなく、社会から期待される身体の使い方や、その身体に向けら れる目線も男女で違いが存在する。それほど身体と社会は切り離せないものな のである。1 章ではこの身体と男性性がいかに関わりを持つのか、またそこに 人種の違いが関係するのかを探る。Baldwinは、同じ黒人男性であるRufusを 通して、どのような姿を黒人男性の理想として描いているのであろうか。

まず例として挙げるのは作品の冒頭で、人生のどん底にいるとされるRufus が思い返す、過去の自分の姿だ。Rufusは白人女性のLeonaと出会い、二人 は互いに愛し合う。だが次第にRufusはLeonaに暴力を振るうようになり、

そのせいで気が狂った彼女は、家族によって精神病院に入れられてしまい、

RufusとLeonaは引き離される。次の場面は、まだLeonaに出会う前のRufus

の姿である。

It made him remember days and nights, days and nights, when he had been inside, on the stand or in the crowd, sharp, beloved, making it with any chick he wanted, making it to parties and getting high and getting drunk and fooling around with the musicians, who were his friends, who respected him.

(Another 5)

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ここでは、「社会の中に入り」「自信を持っている」Rufusの姿が読み取れる。

この姿は、Leonaを破滅させてしまった後、周囲との距離を取っていく彼の姿 と対照的である。Rufusは、Leonaを失った後放浪し、1 か月程してから住処

であるGreenwich Villageに戻ってくる。そこで彼はバーに入る際に、“Maybe

somebody would see him and recognize him” と期待しながらも、“[H]e hoped that he would not be recognized” と願う(Another 3, 4)。ここから彼が周囲から の疎外感、孤独感を強めている様子が読み取れる。Leonaを破滅させてしまっ た罪の意識から、Rufusは周囲からの目線に過敏に意識を働かせてしまうのだ ろう。しかし同時に、バーで白人が彼の方を見向きもしなかった、という描写 もある。Rufusの意識は外に向かっていても、彼が気にするほど周囲の人間は 彼に注意を止めていないことがわかる。

ただ、Rufusは自分を気にかけてくれる人を無くしたわけではない。唯一の 親友である白人のVivaldoや妹のIdaがいるのにもかかわらず孤独感を強めて いるのだ。彼は、周囲から哀れみや憐憫、からかいの目を向けられるのではな いかと恐れているが、先述した白人の描写に見られるように、実際に彼の親し い人達からもそのような目線が向けられていたとは限らない。そのような他者 からの視線は、Rufusの意識が生み出した、幻のようなものかもしれない。彼 がこのように過剰な自己否定感を強めたのはLeonaに対する罪の意識に起因 する。Leonaと会う 7 か月前を、Rufusは “a lifetime ago” (Another 7)と表現し ている。Leonaとの一件があった前と後では、Rufusは異なる世界に住んでい るのだ。その世界の違いは自分に対する自信の違いである。

Rufusは、Leonaとの一件の後、周囲の人間達と意図的に離れていく。バー

ではVivaldoと、その恋人のJaneの会話のなかにも入っていけず、家族のも

とへ帰ることもない。徐々に他人や共同体、社会から距離を取っていき、最終 的に生きている世界からも離れてしまう。最初に例に挙げた回想のRufusの姿 は、彼の現状から時系列的にはそう遠くないはずであるのにも関わらず、昔の 良き時代のような理想化された印象を与える。この文章にあるような、白人も 含まれる “crowd” に、自分に自信を持ちながら積極的に入っていくことが黒人 男性の理想像なのではないか。

自分に自身を持つという精神の美しさに加えて、黒人・白人男性双方にとっ て身体の美しさも重要な価値観である。かつてRufusを愛した両性愛者のEric は黒人の美しさを以下のように語る。

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They laughed differently from other people, so it had seemed to him, and moved with more beauty and violence, and they smelled like good things in the oven…the bodies of dark men, seen briefl y, somewhere, in a garden or a clearing, long ago, sweat running down their chocolate chests and shoulders, their voices ringing out, the white of their jock-straps beautiful against their skin, one with his head tilted back before a dipper―and the water splashing, sparkling, singing down!―one with his arm raised, laying an axe to the base of a tree? (Another 194)

この一節は、肉体のたくましさと、力強さへの賛美を伝えている。ここで描か れる黒人の姿は肉体労働にいそしむ姿を表している。黒人は奴隷制の歴史と切 り離せないものでありながら、ここでは歌を歌う姿が強調され、強いられる労 働の喚起する消極的なイメージは無い。さらには、後述する黒人の体臭とい うものも良い香りであると肯定されている。Ericのなかで、Rufusの肉体と、

Ericが目にしたはずの無い遠い昔の黒人の肉体が重ねられていることから、こ の美しさは、昔から変わらず黒人に受け継がれているものであることが読み取 れる。このたくましい肉体の美しさを称賛する観点は、男性を性の対象として 見るEricだからこそ持ち得たものなのかもしれない。また、先述のRufusの 回想にも、“sharp” という肯定的な言葉が使われていることから、たくましい 肉体は、人種にかかわらず美的要素を感じられるものとして描かれている。

このことに関連して、Rufusは身なりをとても気にしている様子が見受けら れる。作品の冒頭でRufusが街を放浪している際、“[B]ut they knew why he was in the streets tonight…why his hair was nappy, his armpits funky, his pants and shoes too thin” (Another 4)と自分の身なりの汚さについて意識している。

ここでのtheyは、Rufusにとって関わりのない、街にいる他者たちのことを 指す。Rufusの他者への過敏な意識と、身体の清潔さへの配慮は、関係して いることがわかる。また、Rufusは身体のなかでも特に、自分の体臭を気に している。彼は友人であるVivaldo、Cass、Richardとバーで過ごす際、“The air in the back room was close, he was aware of his odor, he wished he had taken a shower at Vivaldoʼs house” (Another 75)と 体 臭 を 気 に し て い る。 こ の 時 の

Rufusは、CassとRichardがLeonaの件について知っているため、二人に対し

後ろめたさを感じている。このように他者の存在、他者からの視線を意識する 際、彼は自らの臭いをとても気にする。臭いというのは、とても動物的なもの

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と言えるかもしれない。獣と例えられることが多かった黒人男性にとって、臭 いというものは他の者以上に気にするのではないか。であるからこそ、“Rufus smelled his odor and the odor of the men around him” とあるように、白人の臭 いを気にすることはなくても、同じ黒人男性のバンドマン達の臭いは、自分の 臭いと同様に気になるのではないだろうか(Another 9)。

身なりの美しさを保つということは、もちろんrespectableな人間であろう という意識からくるものであるだろう。ただ、肉体の美しさが魅力として考え られるのならば、その肉体の清らかさが保たれないことは、魅力が失われてし まうことにつながる。そのため過敏に気に掛けるのではないか。ジョージ・L・ モッセは身体と男性らしさの関わりについて以下のように述べている。

外見が男性の内面の象徴となった。個人の不具合な外見は、情動に対する 抑制の利かない心を表していた。そこでは、男性の名誉に憶病さが取って 代わり、正直さは見えてこず、性的な純潔さに好色さが取って代わってい た。要するに、徳が悪徳の実践に変えられてしまっていたのである。(93)

上記のように外面の美しさと内面の美しさは比例すると考えられてきた。鍛え られた身体は、鍛えられた精神を意味していた。ただ、白人優位の社会において、

適切な外見というのは、白人を基準にされているのではないだろうか。白い肌 が良しとされる以上、肌の色は、黒人にとっては乗り越えることのできない壁 だ。それゆえに、身なりを清潔に保つこと、たくましい身体であるというのは、

男らしさを保つために黒人男性が出来る最大限の努力なのではないだろうか。

このような肉体のたくましさや清潔さに加えて、冒頭で挙げたような、社 会に積極的に関わる姿をBaldwinは黒人男性の理想として捉えていると考え る。Vivaldoの学生時代の先生であり、作家としてVivaldoより先に成功した

Richardが、Vivaldoの将来の成功を期待のまなざしで見つめる時、Rufusはそ

のまなざしをうらやみ、自分もかつてはそのように見られていたことを思い出 す。Rufusがかつて周囲から受けていた 羨望のまなざしが、“They wondered where it came from, this force that they admired. Dimly, they wondered how he stood it, wondered if perhaps it would not kill him soon” と描かれている(Another 77)。このRufusの、周囲から賛美される “force” とは、肉体のたくましさは勿 論、社会の中で生きていく生命力のたくましさも含まれているのではないだろ うか。ここで使われる “they” とは、どのような人々なのか具体的に書かれて

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いない。白人も黒人も、男も女も混じった社会の人々を指すのかもしれない。

そのような普遍的な「人々」から、彼の力強さが認められている。その力強さ とは、白人の親友を持ち、ジャズクラブのような黒人の世界にも属し、白か黒 かどちらかの世界に偏ることなく社会との関わりを持っていける力強さなので はないか。ただ、いかなる時も痛感させられる人種の壁が厚いことを周囲は知っ ているからこそ、それが続けられるか疑念を抱いたのではないか。これまで述 べたように身体と精神のたくましさが求められるのならば、身なりを汚し、周 囲から距離を取っていくRufusの最期の姿は、黒人男性の美しさを失っている と読める。

BaldwinはRufusの姿を通じて、身体的・精神的な力強さを賛美しながら、

白人の抱く黒人男性のステレオタイプを否定することにも挑戦していると考え る。否定するというよりも、そのイメージが実は白人とも共通しているという

ことをBaldwinは訴えているのかもしれない。「黒人男性」というと、「暴力的」

と「性欲が強い」というこの二つのイメージが、社会から勝手に持たれること が多い。黒人男性のステレオタイプについてアール・オファリ・ハッチンソン は「ブラックメイル=犯罪者、落伍者、怠け者、すぐに暴力に訴える粗暴なケ ダモノ、性的にも無責任な人間のクズという神話」と表し(13)、これらは「白 人の優位性、支配力、権力を維持するため」に作られたものだと述べる(77)。

こういった勝手なイメージは黒人を劣等化させるため、白人によって作られた ものであり、実際の黒人の姿とは異なるものである。

確かに、Rufusにはそのステレオタイプ通りの一面があるといえるかもしれ ない。暴力については、Leonaを凌辱したこと、Vivaldoにナイフを向けた行 為にも表れている。しかもその暴力は、Rufusが「愛している」と自覚する二 人に対して向けられている。また、直接暴力をふるわずとも、Leonaを愛する 行為が激しく、暴力的に描かれている。

Under his breath he cursed the milk-white bitch and groaned and rode his weapon between her thighs. She began to cry. I told you, he moaned, I’d give you something to cry about, and, at once, he felt himself strangling, about to explode or die. A moan and a curse tore through him while he beat her with all the strength he had and felt the venom shoot out of him, enough for a hundred black-white babies. (Another 22)

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上記の引用文は、初めてRufusとLeonaが身体を合わせる場面であり、ロマ ンチックに描くことも出来たはずである。にもかかわらず “moan” や “beat” や “weapon” などの言葉が使われ、激しく暴力的に描かれている。Rufusは、

Leonaを泣かせると、それが望みであったはずなのに、自分自身も締めつけら

れるような苦しみを味わっている。相手に対してのみならず、彼自身にもその 激しさが返ってきている。ただ、Rufusは誰に対しても暴力的というわけでは ない。そこには白人に対しての意識が影響しているのではないだろうか。上の

描写でもLeonaのことが、名前や代名詞ではなく、“milk-white bitch” と表さ

れている。それほどRufusにとって、Leonaが白人であるということは常に意 識させられるものであるということが読み取れる。

またVivaldoに対してもそれと同様の表現がされている。Rufusは放浪し

た後、Vivaldoのもとへ姿を現す。彼が落ちぶれてしまったとVivaldoに思わ れているのではないかと疑う。そこで、“Rufus watched the tall, lean, clumsy white boy who was his best friend, and felt himself nearly strangling with the desire to hurt him” と、Vivaldoに対し暴力的な感情を向ける(Another 50)。

RufusがVivaldoを傷つけたいと感じる際、Vivaldoのことは名前ではなく

“clumsy white boy” と表現される。このようにRufusが他者を傷つける意図を 持つときには、Leonaではなく、白人の女、Vivaldoではなく白人の男として 書かれ、それぞれ「個人」ではなく「白人」と存在が抽象化される。Rufusが 暴力的になるきっかけは、愛する相手を白人として見てしまう意識に起因して いるのかもしれない。

このようにRufusが暴力的に描かれているのは確かだが、Baldwinは黒人男 性=暴力的という短絡的なイメージを否定しようとしていると考える。例え ばVivaldoは、Rufusと暴力の関わりについて “He had never associated Rufus with violence, for his walk was always deliberate and slow, his tone mocking and gentle” と述べている(Another 66)。Rufusは、Leonaを殴った際も、Vivaldに 刃物を向けた際も、決してそれを楽しんでいるわけではないし、自ら進んで その方法を取っているわけではない。つまり、暴力を好む気質はRufusには無 いのである。また、暴力を受けているLeonaでさえも、“ʻI love him,ʼ she said, helplessly, ʻI love him, I canʼt help it. No matter what he does to me. Heʼs just lost and he beats me because he canʼt fi nd nothing else to hitʼ” と、Rufusが彼女に振 るった暴力を擁護する(Another 59)。Rufusは他人に暴力を向けた後、深く後 悔する。この態度が、意識的というより衝動的であり、ぶつよりほかに仕方が

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ないというLeonaの言葉の裏付けになっている。彼女が、自分を殴った主人 の行為をいじめだと考えるのに対し、Rufusについてはそれを愛だと思ってい るのも、このことが理由ではないだろうか。

同様に黒人男性に関する暴力のイメージを排除するものとして、Vivaldo、

Janeとのバーでの一件も挙げられる。ここでRufusはVivaldoの恋人のJaneと、

いさかいを起こす。すると、黒人男性と白人女性がもめているというので、バー の客からの視線が二人に集まってしまう。それに気づいたRufusは譲歩し、話 をまとめようとした直後、RufusとVivaldoは周りにいる男たちから殴りかか

られる。Rufusは自分から周囲に喧嘩を吹っかけたわけではない。彼らに何の

関係も無い、個人的な恨みがあったとも書かれていないアイルランド人から殴 りかかられるのだ。しかも、そのアイルランド人の目は、“with the green eyes

ablaze” (Another 33)と描かれているように、輝いている。この表現から、彼は

暴力をふるうことを楽しんでいるような様子が受けられる。一方、殴られた後

のRufusは、それによって逆上することもなく、いたって冷静である。殴り飛

ばされても、なぜ自分はこんな場所にいるのか?と客観的に状況を見ている ようである。またVivaldoが傷を負っても、Rufusは感情的にならずに、自分 の黒人としての立場と、Vivaldoの白人としての立場を考え、有効的なVivaldo の助け方を思案する。こう見ると、黒人は暴力を好むというイメージは必ずし も読み取ることは出来ない。たとえ黒人に暴力のイメージがあったとしても、

それは白人も同様であると言えるのではないか。

Vivaldoと黒人と暴力の関わりについて、高校時代の黒人たちの姿を思い出

しながら、こう考える。

There had been a few colored boys in his high school but they had mainly stayed together, as far as he remembered. He had known boys who got a bang out of going out and beating up niggers. It scarcely seemed possible―

it scarcely, even, seemed fair―that colored boys who were beaten up in high school grow up into colored men who wanted to beat up everyone in sight, including, or perhaps especially, people who had never, one way or another, given them a thought. (Another 61)

このVivaldoの考えは、Baldwinの考えに通じるものがあると言えるだろう。

ここでVivaldoが問いかけているのは、黒人たちの成長の仕方を周囲が決め

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つけるのはおかしい、ということだ。Baldwinも、黒人たちが白人から与え られるイメージや劣等感をそのまま受け入れることの危険性を訴えていた。

BaldwinはThe Fire Next Time(1963) に お い て、“[O]ne must be careful not to take refuge in any delusion―and the value placed on the colour of the skin is always and everywhere and for ever a delusion” と述べている(88)。このこと からこの一節には、白人たちからの勝手な黒人イメージからの脱却を図ろうと

したBaldwinの訴えが表れていると言えるのではないだろうか。それゆえ問い

かけの形で、白人のVivaldoに述べさせているのだと考える。

そもそも、暴力という行為自体にはどのような効果があり、男性らしさとど のような関係があるのだろうか。ジェームズ・ギリガンはこのように述べる。

言い換えれば暴力は、非暴力的な手段─たとえば、富、権力、知識、技能、

あるいはそれ以外の尊敬や地位を手に入れるための資源─が使えなかった り十分でなかったりしたときに、恥辱感や劣等感をぬぐい去るひとつの手 段なのだ。(19)

この「手段としての暴力」は、Rufusが自殺する直前、街を放浪し、電車を見 ながら空想をするシーンに表れている。

[T]he people screaming at windows and doors and turning on each other with all the accumulated fury of their blasphemed lives, everything gone out of them but murder, breaking limb from limb and splashing in blood, with joy―for the fi rst time, joy, joy, after such a long sentence in chains, leaping out to astound the world, to astound the world again. (Another 85)

ここでは “blasphemed lives” の中にいる人物が、暴力によって世間を “astound”

させる喜びが描かれている。これこそギリガンの言う暴力の効果なのではない だろうか。周囲から抑圧される環境のなかで、自尊心を取り戻し、周囲を見返 すためには、暴力はとても効果的な手段である。世間から認められるようなポ ジティブさを得られるのは白人であり、反対に黒人は世間から蔑まれる。自分 達を見下す世間を圧倒する手段を得ようにも、権力を白人に握られ、教育も不 十分であれば、暴力に頼るしかないのではないだろうか。また暴力は、周囲か ら見下される視線に反抗する手段でありながら、男性らしさを確立する重要な

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要素でもある。ギリガンは次のように指摘する。

男性の場合、暴力的でない人は侮辱され(臆病者だと言われ、ときには逃 げたからという理由で、銃で撃たれることさえある)、暴力的な人ほど尊 敬される。(勲章、昇進、肩書き、財産などを与えられる)すなわち、男 性にとって暴力は、ある種の戦略として非常に有効なものなのである(72)

この暴力による男らしさの維持はRufusにはどのように作用していただろう

か。RufusはLeonaを恋人にすることで、自らの優位性を確立し、男性とし

ての自信を強める。当初Rufusは、LeonaとCassを会わせた際、当分の間

Leomaの面倒をみるよりほかないと言っていた。だがその後RufusとLeona

の生活は荒んでいく。Rufusは職が無くなり、Leonaの収入に頼る。しかしそ

のLeonaの仕事も、Rufusが酔って彼女の仕事場を邪魔しに行ったことで無く

なってしまう。女性の収入に頼る男性の姿というものは、家父長制の社会にお いて「男性らしくない」ものであると言えるだろう。このように男性性を喪失

したRufusは、Leonaに暴力を振るうことによって、失われた男性性の回復を

図っていたと言えるかもしれない。

これまで述べてきたように暴力は、劣等感を拭い去り、同時に男性としての アイデンティティを保つ効果を与える。その暴力に走らせる衝動として、ギリ ガンは恥と罪の感情を挙げている。

恥は他人から発するものとして見なされているので、直接は他人を除去し ていくことによって可能になる。…それに相応して、罪の感情が動機を与 えることになるものは、罪の感情を除去したいという願いである。という のも、それがとても苦痛な感情だからである。罪の感情は自分のなかから 生まれてくるので、それを減らすただひとつの方法は、自分を除去するこ とである。(89-90)

上記の文章に沿って考えると、Rufusが最終的に自殺することも、自分に対 する暴力であるといえる。その暴力の対象が自分に向かってしまったのは、

ここで述べられているような罪の意識なのではないだろうか。Rufusの罪は

Leonaを破滅させてしまったことである。バーでCassやVivaldo、Richard

と話していても、“He kept thinking of Leona; it came in waves, like the pain of

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a toothache or a festering wound” と、 彼 はLeonaの こ と を 考 え る(Another 78)。またこの感情が “pain”、“wound” という語になぞらえられているように、

Rufusの心の傷になっていることがわかる。Rufusにとって、Leonaを破滅さ

せたことは、人間としての道徳の問題ということに加え、庇護すべき女性を破 滅させてしまったという男性としての意識も作用しているのではないか。恋人 を破滅させてしまったことは、男性としての役目を果たせなかったことを意味 する。であるとすると、Rufusは罪の意識を持つと同時に保持すべき男性らし さを損なってしまったということになる。この道徳性と男性性の二つの喪失が、

彼を定住の場所から放浪させ、自分自身をわからなくさせ、自殺に導いてしまっ たのだと思われる。

暴力と同様に、白人から見た黒人のステレオタイプを排除する試みは性欲へ の言及についても言える。黒人というと、先述したように性欲が強く、性に 不道徳であるというステレオタイプが流通してきた。Rufusは果たしてそのイ メージ通りと言えるのだろうか。彼が初めてLeonaに会い、パーティーに連 れ立った時は、“And pussyʼs just pussy as far as Iʼm concerned” というなかば軽 蔑的な表現を使い、Rufusは彼女と一夜を過ごすことだけを考えていた(Another 13)。彼は、夜を共に出来るなら誰でもよかったとは言わないが、女性に対し て深い関わりを求めているわけではない。彼女がRufusに身の上話をしている 際も、彼女が女性たちと部屋をシェアしていると聞くと、“[T]hey couldnʼt go to her place, anyway” と、彼女の話に耳を傾けるというよりは、自分の願いを いかに果たすかということに意識が飛んでいる(Another 18)。

Rufusが当初考えていた一夜だけの関係というのは、性欲の強さの証明にな

るのかもしれないが、それは白人であるVivaldoにも同様であると推察でき るエピソードがある。Vivaldoはバーで視線の合った白人女性と一夜を過ごそ うとする。そこに黒人の亭主が表れ、Vivaldoは金を巻き上げられてしまう。

このことに加えて、恋人がありながらも他の人物と関係する、EricやCass、

Ida、Vivaldoなどの他の登場人物と比べても、Rufusが性に不道徳とは言いき

れないだろう。Leonaと関係してから、Rufusがその愛を注ぐのはLeonaに対 してだけである。

Rufusも、黒人がそのようなイメージを持たれていることを意識している。

彼は、Leonaと結んだものは肉体的なつながりだけではなく、精神的なつなが りであるにも関わらず、それを認めようとしない。“Leona loves you” という Vivaldoの言葉にも、“She loves the colored folks so much” (Another 68)と返し、

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Rufusは自身を「黒人」という存在に、自ら置き換えてしまう。「Rufusだから 愛した」のではなく、「黒人だから」愛したのだと理由づけを自分自身でして しまうのだ。またこの会話の後には “ʻThe only thing [Leona] knows?ʼ He put his hand on his sex, brutally, as though he would tear it out” というRufusの言葉が 続く(Another 68)。LeonaがRufusを愛したのは黒人だからだと理由づけした 後に、自分の男性器をつかんで、彼女はこれしか知らないと言うRufusは、ま るで黒人の自分には性の魅力しかないと考えているようにみえる。続けて、二 人が性について言及する箇所がある。

“I just want to get laid―get blowed―loved―one more time.” “You know,”

said Vivaldo, “Iʼm not really interested in the details of your sex life.”

Rufus smiled. “No? I thought all you white boys had a big thing about how us spooks was making out.” (Another 70)

この二人の会話からは、白人が黒人の性についてどのようなイメージを持って いるのか、Rufusが意識していることがわかる。この会話のあとにVivaldoが、

他の白人はそうでも自分は違うと述べることから、実際に白人の間では、この イメージが根付いていることがわかる。またそれを黒人がわかってしまうほど 一般的であることも読み取れる。白人も同じ行為をしているにも関わらず、黒 人だからという理由で性交渉を好奇の目で見られることは、彼に不快な感情を 抱かせるだろう。

これまで述べてきたように、黒人男性の、暴力的であることと、性欲が強い というネガティブなイメージは、白人男性にも共通していると言える。世間が 規定するほど、また当人たちが意識するほど、白人と黒人の男性性というも のには差が無いことをBaldwinは訴えたいのではないだろうか。その意味で、

Rufusのmasculinityを語るには、頭にblackをつけるのはBaldwinの意図する ところではないのかもしれない。だからこそ、白人と黒人では違いが無いこと を知ろうとすること、また自分に自信を持って社会の中に足を踏み入れようと する黒人男性の姿が、理想的で美しいと書かれているのだと考える。

2.構築される男性性

ここまで論じてきた男性性が、なぜRufusにとって必要なものであるのだろ

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う。Rufusにとって男性性とは自明のものではなく、意識を免れえないものな のではないだろうか。なぜならば、常に白人と黒人の関係を想起させられる

Vivaldoが傍らにいるからだ。LeonaとVivaldoが共に街を歩く際はなんの心

配もいらない。だがRufusは黒人男性であるため、白人女性のLeonaと歩く 際は周囲の目線を気にしなければならない。世界にたった一人の友達であった としても、肌の色の違いに由来する社会的な対場の違いは意識せざるを得ない。

白人は黒人より優位に立っているとRufusは強く意識しており、白人に対して

であればRufusは黒人なので、弱者ということになる。ただRufusは黒人であ

りながらVivaldoと同じ男性でもある。つまり女性に対しては強者である男性

としての立場を守ることが、Rufusの心の安静を保つことに繋がっているので ある。よって女性のように「男性から庇護を受ける」ことは、彼の自尊心を深 く傷つけるに違いない。

この男性と女性の関係に類似したもので、RufusとVivaldoの関係が親子の 関係になぞらえられる文章がいくつか見受けられる。Vivaldoが、Rufusが白 人女性のLeonaを恋人にしたと知った際には、“ʻTrouble is, I feel too paternal towards you, you son of a bitch.ʼʻThatʼs the trouble with all you white bastardsʼ”

(Another 27) と 二 人 は 会 話 し、Vivaldoの 感 情 は “too parental” と 表 現 さ れ る。また放浪から帰ってきたRufusから、Leonaの話を聞くVivaldoは、その 話に飽き飽きしながらも、“Vivaldo felt that whatever was coming had already begun, that the master switch had been thrown” と考える(Another 72)。ここで はVivaldoのRufusに対して作用する感情が “master switch” と表現されている。

この二つの文章から、二人の「親子関係」においては、親はVivaldoであ

り、子はRufusであると捉えられているということがわかる。というよりも、

一方的に親子のように感じているのはVivaldoであり、RufusはVivaldoがこ のように感じていることを察していると言える。親と子の関係というのはつま り保護の関係であり、男女の関係も時にはそのような形を取ることがある。そ

してVivaldoが親、Rufusが子としてあるならば、二人の関係はVivaldoが男、

Rufusが女となってしまうのではないだろうか。またVivaldoの親目線の言葉

に対して、“all you white bastards” とRufusが返すことからも、その構図が出 来るのは二人の気質に起因するものではなく、肌の色によるものであるという のがわかる。同時にそれは二人の間だけではなく、世間一般の白人と黒人の関 係にも言えるものであるだろう。このように白人のVivaldoとの関係において、

勝手に庇護を受ける弱い女性の立場にされてしまうことが、Rufusには不快に

(15)

感じられることが読み取れる。

このように優位関係がはっきりしている白人と黒人の間で、男らしさが競い 合われる描写がある。RufusとVivaldoに関するものでは以下の文章が挙げら れる。

[Rufus and Vivaldo] had balled chicks together, once or twice the same chick―why? And what had it done to them? And then they never saw the girl again. And they never really talked about it. (Another 134)

RufusとVivaldoが同じ女性と関係を持つということは、男性としての魅力が

どちらのほうが上かを図ろうとしたからだったのではないだろうか。両方と関 係した彼女は、二人の男性を比較することが出来る。女性との肉体関係という のは、男性らしさを感じられる行為であるため、二人はその行為で比べようと したのだろう。それでも、その後RufusもVivaldoも彼女と会わず、互い口に 出さないというのは、どちらが男性としての魅力が大きいかを気にしていなが らも、その結果を知るのを恐れていたのではないだろうか。なぜ結果を恐れた のか。その答えは二人の肌の色に関係があると考える。

白人は黒人より社会的には立場が上とされている。であるからこそ、黒人 にとってすればそこで自らの男性性が認められることで、優位性を感じるこ とが出来る。しかしそこで男性性が劣っていると判断されてしまえば、黒人 男性の持つ唯一の強者である男性という要素が失われてしまうという恐怖があ る。また白人にとってみれば、魅力が性とよく結び付けられる黒人よりも優れ ていれば、より優位に立てる。しかしそこで劣っているとされるならば、今ま で根底にあった白人優位の関係が崩れてしまう。もし自分が相手より劣ってい た場合の結果が、自分のアイデンティティを揺るがすものであるからこそ、ま

たRufusとVivaldoは「世界でたった一人の友人」として関係が深いからこそ、

これまでの関係を下手に壊さないよう、互いにその結果を知ろうとしなかった のではないだろうか。同様の例として、RufusはVivaldoに対し、男らしさを 主張出来る意味を持つ性行為について “You better quit trying to compete with me. You ainʼt never going to make it” と語る。(Another 15)Rufusの、張り合う のはやめにしたほうが良い、という言葉は、冗談であると同時に、上記で述べ たような心の底では競い合いたくない気持ち、その結果を知りたくない感情が 働いているのではないだろうか。

(16)

白 人 と 黒 人 で 男 性 性 を 競 い 合 う 別 の 例 と し て、 軍 に 所 属 し て い た 時 の

Vivaldoと他の黒人とのエピソードを挙げる。彼らの場合は、男性器を同じ女

性に見せあう。その行為はRufusとVivaldoのように間接的ではなく、直接的 であり、またどちらが男性として優れているのかを判断するのは女性だけでは なく、当人たちでもある。

Perhaps they had merely been trying to set their minds at ease; at ease as to which of them was the better man…and it was just like his, there was nothing frightening about it. (Another 134)

ここで現れた結果というのは、お互いを安心させたのではないか。彼らは、相 手より優れていたいという気持ちよりも、劣るのを恐れる気持ちが強いように 見える。お互いが不安を抱えながらも、白人と黒人だからといって、男性とし ての魅力にその違いはない。

このような男性らしさは、男性との間だけでなく、女性との関係でも意識 されている。女性の存在は男性が男性であるために、必要不可欠なものとさ れているのではないだろうか。RufusはLeonaとの関係で、男性らしさを感じ ようとしていることが読み取れる。それは、男が女の上に立つことで感じら れる男性らしさだ。Leonaに初めて会った際には、彼女に対して、“I wouldnʼt ask you. If I say Itʼs all right, itʼs all right” と言って南部からやってきてまだ土地 に慣れていないLeonaをエスコートするかのようにパーティーに連れて行く

Another 10)。ここからは、Leonaの意見より自分の意見を通す強引さも読み

取れる。また、年上であるLeonaに対し “You ainʼt no bigger than a minute.” と 呼びかけている(Another 11)。先に挙げたようにVivaldoに子供扱いされてい

たRufusは、翻ってLeonaに対しては彼女を子供扱いする。ここで読み取れ

るものは、RufusがLeonaに対して主導権を握っている姿だ。物事の決定権を、

Rufusが握っているのだ。

Again something warned him to stop, to leave this poor little girl alone; and at the same time the fact that he thought of her as a poor little girl caused him to smile with real affection. (Another 18)

ここではRufusはLeonaを “poor little girl” と呼んでいる。夫や子供もいる年

(17)

齢の女性に “girl” という言葉を使っており、Leonaを幼く見ていることがわか る。またその言葉の前に “poor” という形容詞を付け、そのことによって “real

affection” が湧いてきたと述べられている。RufusのLeonaに対する愛情は、

Leonaを自分よりも下に見ることで湧き上がる愛情であると言える。

そのような女性の上に立つ男性の姿というのは、同じ男性の中で認められる ものでもあるだろう。RufusとLeonaが出かけるパーティーの主催者の黒人男 性は、女性の扱いに慣れており、Rufusもその人柄を好む人物である。Rufus はその彼と、Leonaと良い雰囲気になっていることを話した後、Leonaを残し てきたバルコニーに戻る。その際のRufusの感情は、“[H]e had a mild buzz”

(Another 19)と表現されている。この感情は、Leona自身にときめいていると

いうよりは、Leonaをものにし、またそれを別の男から認められていることに 対してときめいているのではないだろうか。その後バルコニーからの景色を 眺めるRufusは、そこから見る景色を “He could make it his, every inch of the territory which stretched beneath and around him now” と 表 現 す る(Another 20)。このことから、彼が自信に満ち溢れていることがわかる。冒頭で述べた

ような、Leonaと別れた後、街を放浪する際の疎外感に蝕まれるRufusの姿と

対極にある。つまり女性との間に、世間で認められるような男性優位の関係を 結ぶことは、自らの男性性を確立できることになり、自信を持つことにつながっ ている。

この男性性の確立は、白人男性よりも、黒人男性のRufusにとって自分のア イデンティティを守るために非常に重要なものである。白人に対しては劣る存 在と意識させられてしまうが、唯一自分の優位性を保つことが出来るのが、女 性との関係においてだからである。だからこそ、RufusはVivaldoとの間にあ るような親子の関係をLeonaとの間に認めることはとても嫌がる。Vivaldoと の間だと、冗談めかして流してしまうことが出来るのに、Leonaとの場合はそ のような態度すら無い。Leonaが「坊や」と呼びかけると、“Donʼt call me boy” と短く答える(Another 30)。またLeonaが、ミュージシャンとしての仕事の 先行きを案じるRufusを、CassとVivaldoの前で安心させようとする場面では、

“[Leona] put her hand on [Rufusʼs] head and stroked it. He reached up and took her hand away” という描写がある(Another 39)。その後、その場にいた誰もが 口を開かず静寂になったということから、Rufusにとって彼女が自分を子ども 扱いする態度は、心底受け入れがたいものであるということがわかる。

RufusとVivaldoとの間で描かれた「親子関係」は、白人と黒人という関

(18)

係に由来するということが読み取ることが出来た。RufusとLeonaとの間で も、白人と黒人という意識があったのかもしれない。ただ白人であると同時に

Leonaは女性でもある。男性の下にいるべき女性が、その決まりを超えて男性

の上から優しくしたり、慰めたり、たしなめたりすることはRufusの男性とし てのプライドを大きく傷つけるのではないか。黒人としてのプライドを持ちに くい社会で、男性としてのプライドまで損なわれてしまうことは、Rufusの存 在を危うくさせてしまう。

女性の上に立つ男性というのは、女性に対し所有者の立場を持っている。

男性にとって女性は、男性の価値を決めるような、ステータスとしての所 有物であるという感覚が読み取れる。その一例として、VivaldoがRufusに、

Leonaに暴力を振るうことについて問いただす場面では “ʻThis is my house,ʼ he said, ʻand thatʼs my girl. You ainʼt got nothing to do with thisʼ” とRufusは答える

Another 55)。物であるhouseとgirlが並列に並べられている。Rufusにとっ ては、恋人は「自分のもの」である意識が強いからこそ、他人の干渉を受け付 けていないのだ。ハッチンソンはこのような女性に対する男性の態度について、

以下のように述べている。

皮膚の色や所属階級の如何を問わず、男性支配社会では、男たちは常に一 つのメッセージを教え込まれる仕組みになっている。それは、「てめぇの女」

は、暴力も含めてどんな方法を使ってでも「てめぇの女」として支配しろ、

というメッセージだ。(144)

このように、男性は女性を支配し、所有するものという意識は、人種に関わ らず社会の根底にあるものである。教え込まれる、ということは、それが出 来なければ男として社会から認められないことを意味するのではないだろう か。またその所有の対象である女性は男性の価値を決めるものである。初めて VivaldoとLeonaを会わせた時、RufusはVivaldoのLeonaに対する視線に苛 立つ。

Perhaps Vivaldo was contemptuous of her because she was so plain―which meant that Vivaldo was contemptuous of him. Or perhaps he was flirting with her because she seemed so simple and available: the proof of her availability being her presence in Rufusʼs house. (Another 26)

(19)

RufusはLeonaが自分の女であるという理由から、VivaldoはLeonaを容易く 手に入れられると思っている、と感じている。Rufusが自分をVivaldoよりも 下に見ていることも、それゆえ自分の恋人であるLeonaも下に見ていること も読み取れる。Leonaの価値は、彼女自身の人間性などに由来するものではな く、付き合う男性によってその価値を決められてしまっている。Leonaに対 し暴力を振るうRufusをVivaldoが諌める場面では、“I guess you donʼt think sheʼs good enough for you” と(Another 57)、RufusがVivaldoに対し投げかける。

これも、Rufusが自分とLeonaを、Vivaldoよりも下に見ている意識が読み取 れる。パーティーの主催者の黒人男性にはLeonaのことを自慢げに話すこと が出来るにも関わらず、白人男性のVivaldoに対しては、自分と、その「所有物」

であるLeonaを下に置く意識が働いてしまう。女性との関係を持つことは男

性らしさを保つ有効な手段でありながらも、それに白という色が絡むとより自 分を卑下する作用が働いてしまう。

こ の よ う な、 女 性 と の 間 に 生 じ る 所 有 関 係 はRufus自 身 の み な ら ず、

Vivaldoにもあてはめられることであると、Rufusは感じている。Rufusは、

Vivaldoの恋人のJaneを嫌っている。そのJaneとVivaldoが恋人同士である ことについてについて以下のように語る。

[Vivaldo] would have found himself a smoother chick, with the manners of a lady and the soul of a whore. But Jane seemed to be exactly what she was, a monstrous slut, and she thus, without knowing it, kept Rufus and Vivaldo equal to one another. (Another 36)

黒人と白人の違いをどうしても感じてしまうRufusとVivaldoを対等の意識に 結び付けるのは、Vivaldoが「あずばれ」と付き合っているからだとRufusは 考える。色の違いはあっても、彼らに同じ男性としての共通点を意識させるの は、女性との関係においてなのではないだろうか。男性にとって恋人の存在は 劣等感を感じさせる原因にもなり、反対に対等の意識を生むこともある。ただ し優越感に関しては、Rufusが自らを白人より卑下する限り生まれないだろう。

男性性を維持するためには、もう一つの性である女性の存在が必要不可欠で ある。なかでも黒人男性にとって男性であることは、少しでも強さを感じるた めに必要なアイデンティティである。男性は家父長制の社会において、常に女 性の上に立つことが望まれる。しかし黒人男性たちは、白人によって自らが女

(20)

性のような弱者扱いをされてしまう危険性を持っている。であるからこそ、黒 人男性にとって男性性は「保たなければいけない」ものであり、必要以上にそ の意識が働いてしまっているのではないだろうか。

3.救いとしての同性愛

2 つの章で述べてきたように、Rufusにとって男性性とは維持しなければな らないものであり、彼を形作る大切な要素だ。その男性性の意識は、彼の黒人 としてのアイデンティティに大きく影響されている。そしてこの作品において は人種問題と同様に、同性愛というテーマも欠かせないものだ。その同性愛が、

彼の男性性にどう関わるものであるのかを最後に探っていく。

Rufusは、Leonaと結ばれたことから異性愛的傾向を持っていると言える。

その彼にとって身近な同性愛者は、彼の友人であるEricである。彼は以前に

Rufusを愛していたが、Rufusが彼のその想いを侮辱してしまったため、傷心

の彼はアメリカを離れ、パリに旅立つ。では、なぜRufusは同性愛者のEric を軽蔑したのか。それはRufusが同性愛を、男性性を失うものであると考えて いたからではないか。以下の描写からそれを読み取ることが出来ると考える。

He had despised Ericʼs manhood by treating him as a woman, by telling him how inferior he was to a woman, by treating him as nothing more than a hideous sexual deformity. (Another 46)

ここではどのようにRufusがEricを侮辱したのかが描かれている。Rufusは、

Ericを男性ではなく女性として扱い、そしてそのように女性として扱うことは、

相手の男性性を傷つけることが出来ると彼は考えている。これはRufus自身に おいても言えることであり、2 章で述べたように子供扱い(女性扱い)される ことを彼はとても嫌っている。またRufusにとって女性は男性よりも劣ってお り、また同性愛者は女性よりも劣るものであると順序づけされていることが読 み取れる。それほどまでに、Rufusにとって男性性を損なう同性愛というもの は、忌み嫌うものなのだ。しかしそれでも同性愛の関係を結ぶことにおいて、

RufusがEricより優位に立つ限り、彼自身の男性性は損なわれるものではない

とRufusは考えている。

(21)

“You act like a little girl―or something.”

And even now there was something heady and almost sweet in the memory of the ease with which he had handled Eric, and elicited his confession.

(Another 45)

これはRufusがEricからの告白について回想する場面である。ここでも同様に、

Ericを “a little girl” と女性扱いしている。またEricからの告白を引き出すとい うことは、Rufusが彼に対し主導権を握っている様子を読み取ることが出来る。

そのことが甘美な記憶であると書かれていることからも、女性に置き換えられ たEricに対し、男性らしい振る舞いをとったことに関して、Rufusは満足して いると見える。

この二つの引用から、Rufusにとって同性愛とは、男のどちらかが女性とし て扱われることであるとの考えを読み取ることが出来る。Ericとの関係にお いては、自らが女性の立場になる恐れはない。男性の立場を守ったまま関係を 結べるからこそ、RufusはEricとLeonaの愛を重ねて考えるのだろう。その 男性性が同性愛の交わりによって脅かされるのは、街でのRufusと白人男性と の売春の取引の場面である。RufusはLeonaの気を狂わせ、Greenwich Village から離れた後に放浪する。仕事も定住の場所も無い彼は、社会の落伍者が集ま るバーの前で白人男性に声をかけられる。Rufusは、それが白人男性に身体を 売ることを許容する態度であると知りながら、バーの中に入り彼に食事を恵ん でもらう。しかし最終的にRufusは “Iʼve got so little left, Lord, donʼt let me lose it all” (Another 43)と拒絶し、彼のもとを去る。Rufusにとって、この白人男性 と同性愛の関係を結ぶことは、Ericとのそれとは異なる。白人男性はRufusに 食べ物や場所を与える側であり、明らかにRufusよりも優位に立つ人物だから である。しかもその白人男性の容姿は “well dressed” であり(Another 41)、放 浪生活の末に身なりを汚くしているRufusとは正反対である。このように圧倒

的にRufusより優位に立つ男性との間で結ばれる同性愛の関係は、Ericの場合

とは異なっている。つまり、Rufusは自らが女性扱いされてしまうことを恐れ たのではないだろうか。これまで述べてきたように、Rufusにとって、つまり 黒人男性にとって、男性であることは重要なアイデンティティの一つである。

Rufusが失いたくないと恐れた、“so little left” なものとは、この男性性を指し

ているのではないだろうか。

Rufusは同性愛の関係を結ぶことで、男性のどちらかが女性の役割を演じる

(22)

ことになると考えているが、果たして本当にそうなのであろうか。この作品 中の同性愛の恋人同士であるEricとYvesはどのように描かれているだろう。

EricはRufusに侮辱された後、パリに渡り、そこで男娼のYvesと出会う。二

人は徐々に互いを信頼しあい、深い関係を築いていく。以下はEricがYvesに ついて語る描写である。

Yves always seemed, a moment before the act, tentative and tremulous;

not like a girl―like a boy: and this strangely innocent waiting, this virile helpless, always engendered in Eric a positive storm of tenderness. (Another 225)

ここではEricはYvesのことを “tentative” や “tremulous” などの、一般的には 女性に使われがちの言葉で形容する一方、“not like a girl―like a boy” と述べて いる。EricにとってYvesは、同性愛の関係を結んだとしても変わらず男性で ある。つまりこの二人の関係において、どちらかが女性の役割を果たすという ことはない。どちらも男性として、互いを愛し合っている。この図式はRufus の考えには無かったものであると言えるだろう。

このように、EricやYvesにとって同性愛は、対等な関係のまま結べるもの であっても、Rufusは同性愛を、男性性を失うものであると考え、自らがそこ に組み込まれることを恐れている。だがRufusは同性愛を恐れると同時に、そ れに憧れる感情も持ち合わせているのではないか。以下の描写からそのことが 読み取れるだろう。

“Did you ever have the feeling,” [Rufus] asked, “that a woman was eating you up? I mean―no matter what she was like or what else she was doing

―that thatʼs what she was really doing? ...“Have you ever wished you were queer?” Rufus asked, suddenly.

Vivaldo smiled, looking into his glass. “I used to think maybe I was. Hell, I think I even wished I was.” He laughed. “But Iʼm not. So Iʼm stuck.” (Another 51)

これはRufusが放浪した後、Vivaldoのもとへ姿を現した際の二人の会話であ

る。ここでRufusはVivaldoに対して二つの問いかけをする。Rufusは、男性

(23)

であるならばこの感情は自然なものなのか、それとも自分だけのものなのか、

確認したいようでもある。女性に喰われそうになったことはないか、という問 いかけが生まれることから、Rufusが女性に対して恐れを抱いていることがわ かる。この恐れは、Leonaの前では彼が決して見せることのなかった恐れであ る。“eating you up” という言葉から、Rufusが、女性は男性を浸食してしまう ような力を持っていると考えていることが読み取れる。RufusとVivaldoはど ちらも、「女性はか弱いため、強い男性が守るべき」、という男性の役割が前提 にある社会において生活している。その強くあるべき男性が女性に対して恐れ を抱くことは、社会において認められないものなのではないだろうか。だから こそ男性は、実際は女性の持つ強さを知りながらも、男性としての体裁を保つ ため、無理をして女性の上に立とうと努力しているのではないだろうか。

そうであるならば、二つ目の問いかけの「同性愛者であること」は、男性で あろうとすることの疲れから、彼らを解放することを意味すると考えられるだ ろう。男性を愛するのであれば、女性に対して生じる、男性としての義務を負 うことはなく、社会が理想とする男性の姿に沿うべく努力する必要もないから

だ。RufusとVivaldoの二人のセクシュアリティは、文章に仮定法が使われて

いることから、彼らは二人とも同性愛者ではないと認識していることがわか る。それでも、そうであればいいのにと願うということは、彼らが同性愛者に 対し、世間で言われるような性的倒錯者というネガティブなイメージではなく、

男性という役割の締め付けから解放された存在として、ポジティブなイメージ を持っていることを意味しているのではないか。

このような、男性であることからの解放という意味での同性愛は、他の人物 によっても語られる。男娼として多くの男の相手をしてきたYvesは、彼のも とにやってくる男たちを以下のように表現する。

And yet the need did not seem to be predominantly physical. It could not be said that they were attracted to men. They did not make love, they were passive, that they were acted on. The need seemed, indeed, to be precisely this passivity, this gift of illicit pleasure, this adoration. (Another 211)

ここでは男性たちは、男性を好きなのではなく、自分が “passive” になりたい ため男を求めるのだと述べられている。受動的で、相手の行為を待つ態度を望 む男性たちの願いが表れている。文中の “passive” という要素は女性に付与さ

(24)

れた要素であり、男性は持つべきものではないとされるものである。男性と女 性の役割のステレオタイプについて、バーバラ・シンクレアは「男性は能動的 であり、主体的である、女性は受動的であり、依存的である。男性は行為し、

女性は存在する」とまとめている(2)。男性と女性の行動の役割はそれぞれ対 極に位置しており、そのステレオタイプを守ることは社会から期待されている。

この役割は、男性が女性を、女性が男性を意識する際に生まれるものなのでは ないか。そうであるならば、異性間では忠実に守られなくてはならないイメー ジを、同性間では、破ることが許されると言えるだろう。

この “passive” という言葉は他にも作中の同性愛についての記述において使

用されている。Ericは演劇の仕事のためYvesを一時パリに置いたまま、アメ リカに帰郷する。そこでCassと関係し、Vivaldoとも一夜を過ごすことになる。

その際、同性愛の男たちについての彼の見解をVivaldoに話す。

But if you went to bed with a guy just because he wanted you to, you wouldnʼt have to take any responsibility for it; you wouldnʼt be doing any of the work.

He’d do all the work. Heʼd do all the work. And the idea of being passive is very attractive to many men, maybe to most men. (Another 337)

ここにおいても “passive” という言葉が使用されている。ここで語られるよう な、責任を取らず何もしない姿は、決して否定的に描かれていない。受動的と いうのは確かに女性的な要素であると言えるが、ここに叙述されていること全 てが女性の特徴であるとは言えないだろう。しかし、本来能動的であるべき男 性像とはかけ離れていることはわかる。このような姿を男性が望むというのは つまり、普段の男性の振る舞いは、男性本来の自然なものではなく、その姿を 演じ切ろうとしていること、またそれに疲れていることが読み取れるのではな いか。男性の理想の姿が、いかに社会からの抑圧の上に、「作られて」成り立っ ているかということがわかる。

Vivaldoも、自分は女性を相手にするように生まれてきたのだと自覚してい

ながらも、Ericとの間では受動的でいることの出来る自分を堪能している。

Now, Vivaldo, who was accustomed himself to labor, to be the giver of the gift, and enter into his satisfaction by means of the satisfaction of a woman, surrendered to the luxury, the fl aming torpor of passivity, and whispered in

(25)

Ericʼs ear a muffl ed, urgent plea.(Another 385)

同性愛者ではないVivaldoも、普段とは異なり女性に左右されないこの同性愛 の心地よさを感じている。普段の彼は “giver of the gift” の役割を果たしていて も、Ericとの関係においては逆転してプレゼントを受け取る側になることが 出来る。Vivaldoはもともと、男性間での性行為について、“He associated the act with the humiliation and the debasement of one male by another, the inferior male of less importance than the crumpled, cast off handkerchief” と、見下した ようなイメージを持っていた(Another 384)。このVivaldoが抱いていた、男 が男を屈辱させ、男が男を堕落させるという同性愛のイメージは、Rufusの抱 いていた「同性愛が男性性を損なわせる」という考えに通じるものがある。し

かしRufusと同様に、同性愛についてネガティブな考えを持っていたVivaldo

も、自分が実際に男性と結ばれてみると、普段は与えられないもので満たして くれるこの同性間での関係にとても満足する。

このような男性間の同性愛の肯定は、決して女性を排除し、否定している わけではない。男性にとって女性は、時に男性としての役割を強制させるよ うな消極的な効果をもたらすが、女性が男性に対し肯定的な効果を与えるこ ともある。そのことがEricによって語られる。Ericはアメリカに帰国し、人 妻であるCassと関係する。しかしEricはCassをYvesのようには愛しておら ず、Cassもそのことを承知している。EricはCassと一緒にいる際に感じる気 持ちを、“And it makes me feel kind of restful and protected―and strong―there are some things which only a woman can give you” とVivaldoに語る(Another 336)。このような感情にさせるのは女性だけだと述べ、また挙げられている感 情が “restful”“protected”“strong” など、ポジティブなものである。ただEricの 場合は、同性愛者として周囲からの厳しいまなざしにさらされたことがあるた め、女性の恋人を持つ「普通の男性」であることが彼を安心させるのかもし れない。しかしEricが、女性だけが君に与えられるもの、と話すことからも、

それはVivaldoにも共通することであると考えていることがわかる。いずれに

しても女性にしか与えられない感情があるのと同時に、男性にしか与えられな い感情も存在するということが読み取れる。

VivaldoはEricという一人の男に愛されたという事を、“He felt fantastically protected, liberated, by the knowledge that…there was a man in the world who

loved him” と述べる(Another 387)。ここで、男性に愛されることが、女性に

(26)

愛されることとは区別されていることがわかる。男性の前であるがゆえに男性 らしく振舞わずに済むことが彼を “liberated” させるのではないだろうか。こ れは男性が男性に愛されたからこそ手に入れることの出来る感情である。

この男性に愛されることの効果はRufusにも当てはめることが出来る。暴 力を振るわれていたLeonaを助け出し、Rufusの部屋で夜を共にしたVivaldo は、Rufusが横になり、うっすら目を開けてVivaldoの方を見ている姿を目に し、“I had the feeling that he wanted someone to hold him, to hold him, and that, that night, it had to be a man” と 感 じ る(Another 342)。 な ぜ こ こ でVivaldo

は、Rufusを抱くのは男でなくてはならないと考えたのだろうか。恋人である

Leonaの存在が言及されないのはなぜか。それは、RufusもVivaldoも、弱さ

を見せられるのは同性の男性の前でだけであると考えているからではないだろ うか。

女性の前で男が弱さを見せることは、男として望ましくない。男性性は女性 がいるからこそ成り立つものである。男性は女性に対して、努力して「男らし く」見せることをしているということが以下のCassの言葉から読み取ること が出来る。

“[A] man meets a woman. And he needs her. But she uses this need against him, she uses it to undermine him. And itʼs easy. Women donʼt see men the way men want to be seen. They see all the tender places, all the places where blood could fl ow.” (Another 108)

この場面では、CassとRichardが、RufusのLeonaを破滅させた行為につい て話している。そしてそれを自分達の関係に引き付けて考え、更に抽象的な男 女の関係について話し出す。このCassの男性観によると、男性にとって、自 身の血の通うところ、優しいところは、女性には見てほしくないものなのであ る。なぜ見られたくないものなのか。それは、それらが女性の特徴と結び付け られやすいからではないだろうか。先述した男女の役割のステレオタイプはそ れぞれが対義語のように対極に存在する。つまり女性のような特徴を持つこと は、社会的に認められる男性らしさを失っていると読める。

また、一般に女性的な男性よりも、男性的な女性のほうが肯定されやすい。

デニス・アルトマンはこう述べる。

参照

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