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銅鏡のさび

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Academic year: 2021

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銅鏡のさび

著者 亀井 清, 杉本 隆史

雑誌名 関西大学博物館紀要

巻 5

ページ 103‑107

発行年 1999‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/16547

(2)

一般に銅鏡は耐食性に優れた銅I錫l鉛合金で作られている︒しかし

墳墓から出土したもの︑伝世されたものも程度の差はあるが︑さびてい

る場合が多い︒さびの程度は︑銅鏡の置かれていた環境により︑また年

月の長短により一部さびたもの︑半ばさびたもの︑全面が著しくさびた

ものなど種々さまざまである︒

筆者の一人が所蔵する古鏡のコレクションの中に︑﹁内行花文鏡﹂で全

面が著しくさびて︑塩基性炭酸銅の青白色に覆われた直径十九糎米︑重

さ七百九十グラムの銅鏡がある︒さびの程度からして到底漢代の白銅製

の鏡とは考えられなかった︒

中国の銅鏡は年代によってその組成が異なり︑組成が変わると色も変

わる︒そこで︑種々の鏡を研磨してさびを落とし︑製作され︑仕上げさ

れた当時の状態を復元して比較してみるため︑所蔵品の中から各年代の

銅鏡を選び出した︒ここに紹介する著しくさびた﹁内行花文鏡﹂は︑宋時

代の倣漢鏡の試料として選択したものである︒ |︑はじめに

銅鏡のさび

試料の研磨はエメリー紙を用い︑パフ研磨で仕上げることにした︒試

料にする﹁内行花文鏡﹂がどの程度さびているかを比較するために︑漢代

のさびの少ない︑大部分が白銀色の内行花文鏡二面を図一のA︑Bに示す︒

図二Aは試料の鏡から青白色の塩基性炭酸銅のさびを除去した後の表

面状況を示す︒ほとんどが黒い色のさびで︑一部︑鏡縁のまわりと紐の

上部が白銀色で︑黒色きびが除去された部分は赤銅色である︒さらに研

磨を続けると︑図二Bのように鏡縁と紐の上部に見られた白銀色の領域

が広がり︑他の鏡背面の全面近くが赤銅色となった︒赤銅色層は柔軟で︑

研磨が困難なため小型のたがねでこじあげると︑図二Cに示すようにさ

びの層を鏡体から薄片状に剥離させることができた︒剥離片の裏側とそ

れが剥離した鏡体部分は黒色と青白色の混じった層であった︒図二Dは

研磨終了後の表面で︑鏡体が白銀色であることを示す︒研磨課程での色

の変化を︑表面から鏡体に向かって表記すると次のようになる︒

︵表面︶青白色l黒色l赤銅色l黒色・青白色混合l白銀色︵鏡体︶

二︑試料の研磨 亀井清 杉本隆史

1

(3)

図ー さびの少ない「内行花文鋭」

A,B

二面(漢代)

    ヽ '   " . .

図二 試料にした「内行花文鏡」

A ‑ B ‑ D

の順に研磨を進めた、

C

は剥離片の一部を示す

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(4)

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図三剥離片のX線回析図形Aと現代のタフピツチ銅の回折図形B

一○五

(5)

試料の﹁内行花文鏡﹂がなぜ図四に示すような構造になったかを考察す

る︒墳墓内に埋められた銅鏡の表面がさびて︑黒色層︑青白色層が表面

を覆うようになる︒やがて地下水︑湧水︑雨水等によって鏡が水没し︑ 剥離した赤銅色の薄片のエックス線回折図形を図三Aに示す︒同図Bには現代のタフピッチ銅の回折図形をも合わせ示した︒Aの強度の高い回折線はBの回折線と全く同じ位置にあり︑回折図形から結晶形を解析すると︑格子定数は三・六一八オングストロームの面心立方晶で︑赤銅色層が純銅である事を示す︒薄片のマイクロビッカース硬さは百三十五︑比重が八・○であった︒硬さは︑現代の焼き鈍した無酸素銅の硬さ四十に比べて高く︑比重は九十パーセント程度の値であるが︑酸素等の不純物や引き剥がしによる加工の影響を考慮すれば︑薄片を純銅と見てよいと思う︒また回折図形Aには亜酸化銅自画○の回折線も認められ︑これが純銅中に混じったものか︑付着した青白色層あるいは黒色層のものかは定かでないが︑比重を下げる要因と考えられることより︐赤銅色層の主体が純銅であると判断した︒

研磨過程の観察結果およびX線回折結果などを総合すると︑﹁内行花

文鏡﹂のさびの構造は図四に示すようになる︒

四︑考察 三︑X線回折試験︑マイクロビッカース硬さ測定および

比重測定

な鉄があると︑イオン化傾

向の小ざな銅が析出してくるためで︑この反応は銅製錬の湿式法として

利用されている︒銅鉱山や銅の製錬所などで︑自然湧水︑雨水︑廃水な

どに銅イオンが存在する場合︑池にこれらの水を貯め︑この中に鉄を入

れてその表面に銅を析出させて回収している︒この製錬法はかなり古く

から行われていたと考えられる︒

唐時代に編集され︑明代に完成された薬草に関する全集の﹁本草網目﹂

昔円低

称1径 =ト色混合

銅は水に溶けてイオンとな

る︒長年月の間に環境が変

化して水溶液が還元性とな

団った場合︑たとえば鉄イオ 側ンなどが運ばれてくると︑

畑電気化学列の上位にある銅

離は還一兀されて銅鏡の表面に

聡析出し︑長年の間に厚い純

郡銅の層が鏡の表面を覆う︒ のやがて水が引くと再び酸化

蝋が進み︑厚い黒色層と青白

硫色の塩基性炭酸銅に厚く覆 胸われた鏡が出来上がったも

四のと考えられる︒これは自 図然の銅メッキが行われたも

ので︑イオン化傾向の大き 一○六

(6)

以上の﹁内行花文鏡﹂の研磨過程およびX線線回折結果などをまとめる

と︑著しくさびた﹁内行花文鏡﹂のさびの構造は図四に示したようになる︒

純銅層ができたのはイオン化傾向の差によって説明され︑この現象は古

くから知られていた︒筆者の一人はこのイオン化傾向の差を利用してい

たのではないかと推定していることがある︒

古墳から出土する﹁鎧﹂﹁鞍﹂﹁飾り金具﹂などの鉄製馬具などには︑表面

に金メッキが施されている︒昔の鍍金法はアマルガム法であるといわれ

ている︒ところが鉄の上にはアマルガム法で金鍍金ができないので︑薄

い銅板の上に金鍍金をして︑それを鉄地に鋲留めしてある︒しかし︑微

細な文様部や鋲留めできない場合︑まず鉄を硫酸銅中に漬けて表面に銅

を析出させ︑これを還元性雰囲気中で加熱して︑鉄と銅を相互拡散させ

て鉄に銅を密着きせる︒そしてこの銅層の上に︑アマルガム法で金鍍金

を施したのではないかと推定している︒かって吹田市教育委員会から依

頼された馬具試料二点ほどについて︑この視点から観察を行ったことが

あるが︑鉄層の腐食がはなはだ著しく実証できなかった︒ に﹁石胆味酸寒色青白能化鉄為銅﹂とある︒石胆とは石彗のことで五分子の結晶水を含む硫酸銅のことである︒この文章は︑石胆は鉄を銅に変えることができるという意味である︒

五︑おわりに

本稿の第一著者︑亀井清関西大学名誉教授︵元工学部教授︶は︑平成十一年一月二十日早朝急逝されました︒ここに謹んで哀悼の意を表しま

す︒

亀井清先生は︑古鏡の収集家としてご専門の金属工学の立場から整

理・推考を重ねられ︑多くの論文を発表されてきました︒本稿も古鏡を

研磨するという収集家としては大胆な発想から書かれたもので︑機材を

お貸ししながら﹁削っていいんですか﹂と心配していたものです︒

昨年末︑名誉教授の会合で網干善教先生に本稿の紀要への投稿をお願

いされ︑快諾をいただいたと大変喜ばれて帰宅の後︑筆者にもすぐに原

稿を仕上げるようお電話を頂いた︒そして年明け︑投稿を終え初校をご

らん頂けぬままのご逝去となってしまった︒先生からの年賀状には︑本

稿に引き続き海獣葡萄鏡の踏みかえし回数と鏡体寸法の関係を︑金属の

凝固収縮と関連付けて考察きれた論文がほぼ出来上がったとの知らせを

聞いていた矢先である︒銅鏡をはじめとする多くの考古コレクションを

整理しながら︑それを論文に著わすことを楽しみにしておられた先生の

お姿を︑筆者は目の裏に焼き付けて今後の教育・研究の励みにしたいと

思っています︒先生︑長きにわたるご指導ありがとうございました︒ど

うか安らかにお休み下さい︒

共著者記

追記

一○七

参照

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