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◎チラシあり~

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Academic year: 2022

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(1)令和元年(2019)9月 13 日. 子々孫々に伝えたい「恐ろしかった記録」 『禁野火薬庫爆発遭難手記』を刊行 ◎チラシあり~ 昭和 14 年3月 1 日の「禁野火薬庫大爆発」に遭遇した枚方町(当時)在住小野清彦 氏の手記と、同氏が収集した爆発関係新聞記事及び市教委文化財課市史資料室が補足し て収集した新聞記事を1冊にまとめた資料集。被災体験記はこれまでにないボリューム で臨場感に溢れており、我々に事件を追体験させてくれる。これまで必ずしも明らかで はなかった爆発直後の罹災者の実態が窺える1冊。. ★禁野火薬庫は、弾薬類を収蔵する施設として明治 29 年に開設され、昭和 20 年の終戦ま で存続した。昭和 14 年3月1日に起きた爆発はすさまじく、大小 27 回の爆発を記録し、 陸軍の報告書によれば、死者 94 人、負傷者 602 人、また報告書以外に2人の死者名を 記す帳簿もあり、被害はこの数字を上回る規模であったと推察される。 ★伊加賀の友人宅で爆発に遭遇した小野清彦氏は、サイレンの鳴り止まぬなか自宅に戻り、 様子を見に倉敷紡績枚方工場(現関西医科大学枚方病院)付近まで来たところで三度目 の爆発に遭遇した。そのすさまじさに狼狽して急いで自宅にとって返し、家族とともに 京阪電鉄の線路伝いに南へと避難する。自らの葛藤や焦燥も包み隠さず叙述されており、 大爆発直後の本格的な被災体験記は初めてのものである。 ★清彦氏は手記のはしがきにおいて、戦時下における軍機の秘密厳守の観点から、新聞記 事に隔靴掻痒の憾みあるのは是非もなく、此の記録は絶対秘密であると記す一方、未来 永劫、忘れる事の出来ぬ「恐ろしかった記録」として子々孫々に伝えたいと記している。 爆発から 80 年目という節目にあたり、悲惨な出来事を将来に語り継ぐため、爆発当時 の新聞記事もあわせて資料集として刊行する。 全 248 ページ、1部 800 円。中央図書館5階市史資料室と市役所別館1階受付で9月 17 日から販売。. <お問い合わせ> 社会教育部文化財課. ☎:050-7105-8154. FAX:072-851-9062. HIRAKATA CITY PRESS RELEASE.

(2) 枚方市史資料第9集. 禁野火薬庫 爆発遭難手記. 1部 800円. たゞ未来永劫、忘れる事の出来ぬ「恐ろしかった記録」として子々孫々に 伝へたいと思ふに過ぎぬ。 昭和14年3月1日の禁野火薬庫大爆発に遭遇した枚方町(当時)在住の小野清彦氏の手記は、 これまでにないボリュームで臨場感に溢れ、80年の時を越えて我々に事件を追体験させて くれる。手記とあわせて、同氏が収集した爆発関係の新聞記事、市史資料室が補足して収集 した新聞記事を1冊にまとめた資料集。. 販売場所 中央図書館5階. 市史資料室. 枚方市役所. 別館1階受付. お問い合わせ 枚方市教育委員会 文化財課市史資料室 〒573-1159 枚方市車塚2丁目1-1 枚方市立中央図書館5階 電話050-7105ー8154 FAX072‐851‐9062.

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