著者 吉田 健一
雑誌名 鹿児島大学稲盛アカデミー研究紀要
巻 6
ページ 149‑178
別言語のタイトル The First Inamori Academy Symposium, Outline on "Infiltration of Managerial Philosophy: The JAL Revival as a Case Study"
URL http://hdl.handle.net/10232/25821
「経営哲学の浸透―JAL再生を題材として―」の概要
吉田 健一(鹿児島大学学術研究院学内共同教育研究学域准教授)
The First Inamori Academy Symposium
Outline on “Infiltration of Managerial Philosophy: The JAL Revival as a Case Study”
YOSHIDA Ken ‘ichi(Associate Professor, Kagoshima University, Education and Research Institutes Coalltion)
1.はじめに
2.シンポジウムの構成 3.第1部 基調講演 1.日本航空の歴史
2.世界の航空業界の現状 3.会社更生法の概要 4.稲盛経営哲学
5.日本航空再生のプロセス 6.稲盛経営哲学の価値
4.第2部 パネルディスカッション【再現】
5.まとめ
1.はじめに
平成27年2月15日、鹿児島大学稲盛アカデミーでは、鹿児島大学郡元キャンパスの稲盛 会館において、第1回稲盛アカデミーシンポジム「経営哲学の浸透―JAL再生を題材とし て―」を開催した。シンポジウムには、稲盛経営哲学履修証明プログラム関係者、民間企 業関係者、自治体関係者、一般の方など315人が参加した。
平成20年に、稲盛経営技術アカデミーから、学内の共同利用施設として新たな組織とし てスタートした稲盛アカデミーだが、今日までは学部への共通教育科目の提供、また社会 人を対象とした「稲盛経営哲学履修証明プログラム」などに力を入れてきた。今回の一般 向け公開シンポジウムは、初めての試みであった。
筆者自身が準備段階からシンポジウムの企画に参画し、当日は第2部のパネルディス カッションでモデレーターを務めた立場から、このシンポジウムの概要をまとめておきた い。なお、本報告書では第1部の大田氏の基調講演部分は、講演そのものの再録ではなく、
大田氏が、当日、聴衆に配布されたスライド資料を要約したものを紹介しておく。第2部 のパネルディスカッションの部分は当日の模様を忠実に筆者が文字起こしして収録した。
開会の挨拶を行う吉田アカデミー長。鹿児島大学学長・役員(左側)と基調講演の大田氏及びパネリスト(右側)
2.シンポジウムの構成
シンポジウムは、能勢明雄稲盛アカデミー特任専門員が総合司会を務めた。はじめに、
吉田浩己鹿児島大学稲盛アカデミー長が開会挨拶を行い、「これまでは学内や社会人向け 講義を中心に人材育成に力を入れてきたが、より広く一般の方にも学んで頂く機会を提供 するために、公開シンポジウムを企画した」とシンポジウムの趣旨を述べた。続いて、本 学の前田芳實鹿児島大学長、清原貞夫理事、島秀典理事の紹介も行われた。
シンポジウムは2部構成で、第1部は、稲盛アカデミーの寄付者で本学工学部卒業生の 稲盛和夫氏と共に日本航空(JAL)の再建に携われた大田嘉仁鹿児島大学稲盛アカデミー 客員教授(京セラ株式会社取締役執行役員常務)が登壇し「日本航空再生プロセスと稲盛 経営哲学の価値」と題し、JAL再生の過程について基調講演を行った。
大田氏は、スライド資料を示しながら、JALの再生プロセス及び稲盛経営哲学の特徴に ついて説明し、「稲盛氏の経営哲学は、人間として何が正しいのかを判断基準として作ら れてきた」と述べた。
後半のシンポジウム第2部では、筆者(吉田)の司会で、大田氏、濵田雄一郎氏(濵田 酒造株式会社代表取締役社長)、引頭麻実氏(稲盛アカデミー客員教授、大和総研常務執 行役員)の3人をパネリストに、JALの事例を題材にしつつ、経営者のもつ経営哲学の組 織への浸透などをテーマに活発なパネルディスカッションを行った。
引頭氏は「多くの会社の場合は、経営者の方が変わると殆どが組織改革からをすること が多い。あるいは大きな人事異動をする。それで人心を一新するとかいうのが結構多い。
が、仕組みであるとか、制度を変える前に、やはり意識改革があるべきだというふうに思 う」などと述べられた。討論は非常に盛り上がり、一般の参加者からも2人の質疑を受け、
会場の参加者をも巻き込んだものとなった。
最後に、吉田浩己鹿児島大学稲盛アカデミー長の閉会挨拶が行われ、シンポジウムは盛 況のうちに閉会した。シンポジウムは、270人が満席の稲盛会館に入り切れない315人の方
が来られ、一部の人にはホールの外のモニターで見ていただくこととなった。
以下、基調講演、パネルディスカッションについて報告する。
3.第1部 基調講演
第1部の大田氏の基調講演は14:10から15:10まで1時間行われた。大田氏の講演のタ イトルは「日本航空再生プロセスと稲盛経営哲学の価値」というもので、自身が携わられ たJALの再生を中心に話された。
大田氏の講演は自己紹介の後、以下の順に進められた。
1.日本航空の歴史
2.世界の航空業界の現状 3.会社更生法の概要 4.稲盛経営哲学
5.日本航空再生のプロセス 6.稲盛経営哲学の価値
以下、大田氏の基調講演の概要を、配布された大田氏作成の資料を参考に記しておく。
【資料概要】
1.日本航空の歴史
・1951年 「日本航空株式会社」の設立 ・1954年 日本企業初の国際線運航を開始
・1961年 証券取引所市場第二部上場。翌年ホテル業進出 ・1970年 証券取引所市場第一部に指定
・1972年 日本航空は国際線と国内線を運航 ・1983年 国際線定期輸送実績で世界一に ・1985年 御巣鷹山事故
・1987年 完全民営化(官僚体質は変わらなかった)
・1992年 567億の赤字を計上。厳しい経営状況が続く ・2003年~ 原油価格の高騰、SARSなどによる海外渡航者減
・2007年~ 世界同時不況、リーマンショック等によりさらに経営悪化 ・2009年8月 日本航空の経営改善のための有識者会議を設置
・2009年9月 JAL再生タスクフォースの設置 ・2010年1月 会社更生法の手続き申請 ○企業再生支援機構による再建計画
① 人員の削減(社員約16,000名の削減)
② 給与制度の見直し(給与の20 ~ 30%カット)
③ 事業規模の縮小(不採算路線からの撤退による40%ほどの路線縮小、全大型機材 の売却など)
④ 収益改善による早期のV字回復を目指す (営業利益 1年目:641億、2年目:757億)
○2012年 再上場
・3,600億円のつなぎ融資は2010年12月にはすべて返済 ・再上場で国庫に3500億円返納
2.世界の航空業界の現状
・1990年代 オープンスカイという自由化が本格化、競争の激化
・企業同士の提携、統合により3つのアライアンスに集約化されていく
・3つのアライアンスは、ワンワールド、スカイチーム、スターアライアンス ・昨今の動き…LCC台頭などにより、航空業界の競争は激化
・大手航空業界の利益率も大変低い状況 3.会社更生法の概要
・経営破綻に陥った企業の再生手続きを定めた法律 ・管財人が事業を継続しながら破綻企業の再建を目指す
・ メリット…債権者集会において、賛成を得ることができれば、反対債権者を含む全 債権者に対する債務を圧縮することもできる。強制的な社員の整理解雇、賃金カッ トを伴うリストラも可能
・ デメリット…経営者は責任を取り、退陣せざるを得ないこと。手続が厳格で時間も 費用もかかること。
・ これまでの再建成功の最短期間は約7年であったが、日本航空はわずか2年8ヶ月 という異例のスピードで再上場
4.稲盛経営哲学
・ 稲盛経営哲学の概要…「人間として何が正しいのか」→公平、公正、正義、勇気、
誠実、忍耐、努力、親切、思いやり、謙虚、博愛
・ 稲盛経営哲学の源流…郷中教育→「負けるな」、「嘘を言うな」、「弱い者をいじめる な」、日新公いろは歌→実践することの大切さを学ぶ、西田小学校校訓→「清く、
正しく、美しく」
5.日本航空再生のプロセス ・JAL会長就任3つの大義 ① 日本経済への影響
② 日本航空社員の雇用の確保 ③ 利用者のために
・意識改革にあたっての6つの原則 ① 自社の文化は自社でつくる ② リーダーから変える
③ 全社員に一体感を持たせる
④ 現場社員のモチベーションを少しでも高める ⑤ 変化を起こし続けることで本気度を示す
⑥ スピード感を重視する 6.稲盛経営哲学の価値
○どうすれば心を変えることができるのか
・ 日々の生活の中で、世間の垢にまみれてしまっているのが人間。その垢さえ取り 除けば人間は本来の姿を現し、美しい心を発露できる
・ JALの方々は稲盛経営哲学、つまりフィロソフィを学ぶことによって、その垢を 取り除き、本来持っている美しい心、良心を発露できるようになった
○リーダー自らが体現しなければならない
・ リーダーが、稲盛経営哲学、つまり、フィロソフィを真摯に学ぶだけでなく、率 先垂範し、実践し、体現できなくてはならない
・ リーダーがフィロソフィを実践してみせてこそ、多くの仲間にその重要性を気づ かせ、納得させ、もっと学びたい、一緒に実践したいと思わせることができる ○体現するために何が必要か
・実行するためには、まずは心を磨き、美しいものにする必要がある ・自分の心を変えることで周囲の協力も得ることができる
○3社に共通する経営理念
・ 京セラ…「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発 展に貢献すること」
・ KDDI…「KDDIグループは、全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、
お客さまの期待を超える感動をお届けすることにより、豊かなコミュニケーショ ン社会の発展に貢献します」
・ JAL…「JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、一、お客さまに最 高のサービスを提供します。一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します」
大田氏は、講演の最後の部分で「また、稲盛哲学は一般の人々にとっても大変価値があ るものだと思います。JALフィロソフィの第1部は『素晴らしい人生を送るために』となっ ていると紹介しましたが、稲盛の経営哲学とは、すべての人が幸せな人生を送れるように なるための考え方が示されたものでもあります。それは稲盛が創業した京セラやKDDIの 経営理念の冒頭にも、稲盛が再建したJALの経営理念の冒頭にも「全従業員の物心両面の 幸福を追求する」ことが経営の目的であると明記されていることでも明らかです。その意 味では、稲盛経営哲学とは、人々が幸せになるための考え方が示されたものと理解しても いいと思います」、「そのような大きな価値のある稲盛経営哲学の神髄をこの稲盛アカデ ミーで学生だけではなく、多くの方々に伝えて頂きたいと心から願っている次第です」と 述べられた。
第1部:基調講演を行う大田氏と会場(稲盛会館)の様子
4.第2部 パネルディスカッション
15:25から第2部のパネルディスカッションが始まった。モデレーターは筆者が務め た。以下は、司会者の挨拶の後からの再現である。
吉田 大田さん、先ほどは貴重なご講演ありがとうございました。まず私からお話をお伺 いする前に濵田さんと引頭さんの方から、大田さんの基調講演を聞かれてのご感想を一言 ずつ述べて頂きたいと思います。それでは濵田社長の方から宜しくお願い致します。
濵田 はい。濵田です。宜しくお願い致します。大田さん、ありがとうございました。実 はこのJALの再建についてはいろいろな形で報道もされましたので、それなりに承知して いるつもりでした。しかし、実際にその中枢にいて中心的な役割を果たされた方から生で
(お話を)お聞きしして、改めて細部にわたって感じるところが多々、ございました。
さて、実は私は大田さんと一緒にJALに入っていかれた稲盛和夫さんの弟子を自任して おります。実は盛和塾という勉強会を主宰して頂いているのですが、私はその塾生であり ます。その塾生の私の立場から、初めてこのJALの再建を、稲盛さん、あえて塾長と呼ば せて頂きますが、塾長が引き受けられそうだというお話を聞いた時には、正直、個人的に は大反対の気持ちでございました。
京セラを創業されKDDIをつくられ、そして盛和塾という素晴らしい世界的な組織を展 開され、さらに京都賞という国際的な大きな賞まで主催されておられる、その方が78歳に なってあえてそのようなことをされて、万、万、万が一うまく行かないときには、晩節を 汚される、あるいはこれまでやられて来たことを支えてきた稲盛哲学そのものが、価値 を落としてしまうのではないか、そういうことのリスクに比べるとJALがつぶれてもよい じゃないかと正直思うほどでございました。
ところがとうとう引き受けられてしまった。そして次々に手を打って行かれました。そ
れが報道されるなり、あるいはご当人からいくらかお話を聞かせて頂く機会が我々、塾生 にはございましたけれども、改めて師匠と弟子である自らのこのギャップの大きさという か、天と地の開きを痛感させられてしまう、それは一体、何かというと、お引受けになっ たこと自体が稲盛哲学の実践というものであり、目にものを見せて頂いたということであ ります。
しかもそれは、将来の成功の約束保証があったからやったのではなくて、殆ど約束され ていない、約束されていたのは失敗するであろうという約束、保証がされていた、そのこ とに取り組んで行かれた、まさに損得抜きというのを見せて頂いた。そういうことを改め て思い返しながら、先ほどの大田さんのお話を聞いておりました。
幾分、先ほど準備の時に楽屋みたいなところでお話を面白おかしく質問して聞かせても らったのですけれども、実は私が想像していたより遙かに大変な、ギリギリの命のやり取 りというのに近いところでやられていたということを改めて感じまして、改めて約束のな い未来に対して78歳の方が、全てをかけて、全てを投げ打って入っていかれたのだという ことを知って心震える思いで聞かせて頂きました。ありがとうございました。
吉田 濵田さん、ありがとうございました。引き続きまして引頭さん、お願い致します。
引頭 大田さん、今日は本当に貴重なご体験、お話し下さいましてありがとうございます。
大田さんのお話、私は何回か聞かせて頂いたことあるのですが、今日は特に3点、感想め いたことを申し上げたいと思います。まず1点は大田さんのスライドの中、最後の方です が、稲盛さんが経営されてきた三つの会社、京セラとKDDIとJALがございまして、今日 の話はJALだったのですが、実はこの上二つとJALとは大きな差があります。
何かというとですね、上二つは直接、間接含めて稲盛さんが、株式を持っているという ことです。つまり、いわゆるオーナー経営、オーナー会社であると。JALは違うのですね。
管財人ということで裁判所から指名されて経営者としての代理ですね、経営代理というこ とで裁判所に成りかわって(経営を)されたということなのです。ここで申し上げたいこ とは、自分が株主でいろいろやる時の情熱というのと、あるいはそのやり方というのと、
株主でない会社に対する経営というのが、稲盛さんをよく知らない人から見ると、それは 違うだろうと思っていたわけです。
ところが今回のお話を承っておりまして、全く同じように、むしろ従来の2社の方は業 績も安定しているということもありますが、それ以上の形で稲盛さんの経営哲学を開花さ せられた、これがものすごく大きな話だいうふうに私は今日、感じました。これが1点目 です。
2点目はですね、大田さんの今日の話でですね、リーダー教育、1回目のリーダー教育 の合宿を反対されて、どうにか合宿をやって夜、夜中まで議論がされるようになり、JAL をこれからどうするかということで幹部の方々が議論したと。ここでですね、少し良くな るんじゃないかと確信したというお話がありました。
でもその後でですね、実はそうはいってもいろんな意見が出過ぎてまとまらない、そこ で「JALフィロソフィ」につながったというお話だったかと思います。まさにこの点が大 事でですね、どんなに熱意があっていろいろ頭が良くて考えがまわったとしても分散して
しまったら企業の力というのは全くないのですね。いろいろ思うところがあっても分散し てしまっては、会社としてどこに向かっていって良いか分からない、そうした面でベクト ルを作って行くというのがすごく大事なのだなということを改めて感じました。これが2 点目です。
3点目は今日、私、初めてお伺いしたのですけれども、稲盛さんがここの鹿児島の地で いろいろ学ばれて、その中にですね、人間としてどう考えたらいいのか、そういうことを 学ばれたという話がありました。稲盛さんの経営哲学のベースがここ鹿児島にあるという ことを改めてといいますか、今日、初めてよく認識して、その地で大田さんと濵田さんと ディスカッションできることを大変、うれしく思っております。勝手ながら楽しみたいと 思いますので、宜しくお願い致します。
吉田 引頭さんどうもありがとうございました。それではここからはまず、私が大田さん へご質問、そして順次、濵田さん、引頭さんに総括的な質問をさせて頂きたいと思います。
まず、基調講演をされた大田さんには、私から7点ほど考えていますが、分けて質問させ て頂きます。先ほど、私もお話を拝聴する中で、最初にJALに行かれる時、どのようなお 気持ちだったのかということとですね、また正直のところ再建は成功すると思っておられ たのかどうか、はじめて、大丈夫だと思ったのは、幹部の1泊研修だったというお話でし たが、この辺りからお話し頂けますでしょうか。
大田 ありがとうございます。最初にJALに行けといわれた時のことを思い出しますと、
想定をしていなかったものですから、非常に最初は迷いましたけれども、稲盛さんに大変、
お世話になって私、これまで来ておりますので、恩返しできるかどうか分かりませんけれ ども、稲盛さんのために自分の持てるものを全てやろうと、稲盛さんも命がけで一生懸命 されるということでしたから、それについて行こうというふうに思いました。
後、再建ができるかどうかということですけれども、思い返してみますと、私、3年間 いたわけですけれども、ずっと無我夢中で仕事に取り組んでいて、振り返ってみたら成功 していたというのが実感ではありますよね。これはおそらくJALの方もそうだと思うので すが、我々が行っただけではなくて、とにかく皆さんが新しいJALの経営の仕組みの中で 本当に一生懸命、真剣に無我夢中で取り組んでいて、ふと気がついてみると世間の人から 大成功したねと言われているという、そういうことだろうと思います。それが実感だろう と思います。ただ行った時にどうだったのかといえば成功するとかしないとかということ よりも自分がやっていることは必ず結論を出さなくてはいけないという、そういう使命感 のようなものはありました。
それがこういう数字になるとかならないとかいうことは分からないわけですけれども、
とにかく自分に与えられた役割は徹底的にやろうと、実行しようと、実践しようと、思い つくことを考えて、これは正しいと思ったことは全てやろうと、そういうことは思ってい ました。そして、それは経営実績がうんぬんということよりは、自分がやった部分は必ず 成果が挙がるはずだと、そう思わざるを得なかったということもあったのでしょうけれど も、そういう気持ちは持っていました。
吉田 本日のお話のなかでもJALの幹部の人々の官僚的な体質のお話がございましたが、
大田さんが最初に意識改革を担当されることになった時ですね、言葉は悪いのですが、い わば、よそ者が稲盛さんと一緒に乗り込んで行ったわけですが、最初はどんな人にどんな コミュニケーションを取るところから始められたのでしょうか。
それからですね、倒産した企業であるにもかかわらずプライドだけは高いといういわゆ る官僚体質、エリート根性の抜けない幹部の方々と仕事を始められたわけですけれども、
本当のところ、それこそ、最初の1週間や2週間目、行かれて1週間目なんか、どんなと ころからコミュニケーションを取り始められたのか、そんなところからお聞かせ頂ければ と思います。
大田 当然、航空業界のことは何も知らないですし、JALに知っている人は誰もいないわ けです。知っている人は一緒に行った企業再生支援機構の方々も管財人としてJALに入っ ていましたので、そういう方々とは話はしていましたけれども、JALで知っている人は、
最初に紹介してもらった秘書のメンバーの方々くらいですから、そういう人たちに経営の 状態を聞いたりしていました。また担当の方を呼んで経営の実態を勉強するという意味で いろいろ教えてもらいましたけれども、これも当たり前なのですがお互いに何も知らない わけですから、非常に孤立感というかですね、想定内ではありましたけれども、孤立無援 の中にいました。
ただ、JALの方も当然、倒産した直後ですから非常に落ち込んでおられたわけですね。
二つあったと思うのですが、倒産した理由は自分じゃないのだと、運が悪かったとか国が 悪いとか、講演の中でもお話したように、評論家的にですね、自分は全く関係ないのだと、
外部的な要因で倒産したのだと、そういうことを倒産したにもかかわらず、本当に評論家 的な発言をする人もおられました。
ただ、最初の1週間というのは、唖然とすることもありましたが、孤立感を持つと同時 に唖然とした感じもあったのですが、ひと月くらい経つとですね、個人の人は非常にいい 人ばかりなんですね。官僚的な文化の中で皆さんが無意識のうちにそういう態度をしてい るだけであって、人間としては基本的にはいい人が多いなと思いました。JALを良くして 行こうという気持ちも本当は持っていると。
ただ入社した時から官僚的な組織の中、官僚的な文化の中で20年、30年と過ごしている のでプライドを持った態度をしなくちゃならない、昔からのルール通りに発言しなくちゃ ならないという、そういう縛られた環境の中で、文化の中に染まってしまったのは間違い ないのですが、本当に一人一人お話をする中では、いい人ばかりだったなと思っています。
また、そうはいっても、ずっと私がやろうとしたことに対しては、当然、ダメだという のが全てだったわけですが、それも当たり前の話であって、ある意味で自分の会社、自分 が20年、30年過ごしてきた会社のことに対して誇りを持っているのは当たり前ですから、
面従腹背で、分かりました、分かりましたといって、何でも受けてくれるよりは、できな いとか違うとか反発してもらったことはかえって良かったのかなと思います。ただ最初の 1週間という意味でいえば、最初の数週間というのは本当に言葉も通じませんし、我々も 航空業界のこと何も知りませんし、顔と名前も誰も一致しないしということで、一番、し んどい時期ではありましたね。
吉田 大田さんは意識改革の担当をすぐにされたということで今、お話を伺ったわけです が、意識改革のメンバーが4人とのお話でございました。まずこの4人は最初からベクト ルが合っていたのでしょうか。よく稲盛名誉会長はベクトルを合わせなければならないと おっしゃいます。京セラから行かれた方が名誉会長、大田さん、森田さんの3人だけであ りました。森田さんはアメーバ経営担当でしたので、当然ながら意識改革担当の残りの4 人の方はJALの方であったわけですが、この4人のJALの方は最初から大田さんにすぐに 付いてきてくださったのでしょうか。
大田 当たり前ですけれども話はかみ合わないですね。私もJALの内容を分からずに勝手 なことをいっていたということもあったのでしょうけれども、JALの4名の方も混成部隊 で、人事の人が1人、北京から1人帰って来た、関空から1人帰って来た、整備か何かの 人というので、彼らも1人の人事出身の人以外は意識改革というのは初めてのことですか ら、ベクトルが揃うという以前の問題で、お互いに何も知らないというようなことでした。
ですからベクトルがそろうどころではなかったのですね。
それと元々、JALも長年、意識改革をしようということは、ずっと過去、トライしてき ておられたのですね。それは先ほど説明したように外部の力を借りてとかでしたが、自分 たちでも意識改革にトライしようとして、官僚的だということを社会から批判されている ので、それも直そう、マニュアル至上もやめようという我々が実行したことを全部しよう と、彼ら自身は思っていたらしいのですね。
それが部外者が来て、全く別の意見を言ってくるわけですから、大変、戸惑われただろ うと思います。ですから全く合わなかったのですが、ただ先ほども言いましたが、彼らも やはりJALを良くしたいと、意識改革を成功させたいという、手法はいろいろ違ったのだ ろうと思いますが、基本的な思いは一緒でした。ですから私はそういう意味では反発が あっても当然だったと思っていますし、反発がなかったらかえって納得ずくで仕事ができ なかったということですから、ここまで成功しなかったのだろうと思います。
私は当時、最初にメンバーの方々に絶対に私のやり方をやれば成功すると、必ず成功す るというのは間違いないと、2年後、3年後には取材が殺到すると、そういうふうに最初 に言ったということなんですね。私は覚えていなかったのですが、意識改革の担当の人が、
辞める時に大田さんがあの時、一番最初に会った時に、そう言われていたんですが、ここ まで成功するとはよく見えていましたねと言われたのですが、先ほど言いましたように自 分のやり方をすれば業績はどうか分からないけれども、とにかく社員の心はまとめること はできるんじゃないかなという思いはあったんだろうなと。それでそういうことを発言し たのだろうなと、今から思えば思います。
ただ、意識改革の(担当の)人に関しては本当に感謝していますね。無理難題をずっと 言ってきたんですね。ベクトルが合うとか合わないとかいうのではなくてですね、とにか くこれをやってくれ、これをやってくれと先ほど私が実行したことをずらずらとお話させ て頂きましたが、一緒に仕事をするようになって、非常に少ないメンバーなんですが、あ れをやれ、これをやれと無理難題をずっと言ってきました。多分、経営陣の方とは板挟み になって本当に苦労されたのだろうと思いますけれども、結果として私に付いてきて頂い て、本当に私以上の苦労を意識改革の方はされたのだろうと思います。
そういう意味では心から感謝していますし、先ほどいいましたようにベクトルが合わな かったから合うまでうんぬん、というようなことを考える余裕もなかったと思います。と にかく無我夢中で一つの目標に向かって純粋に進めていくと、いつの間にかベクトルがそ ろって、いつの間にか同志というかですね、阿吽の呼吸でいろんなプロの人を集めるよう になったと思います。
そういう意味では結果としてベクトルはそろっていたんですけれども、そろっていない ことを気にして何もしないよりもベクトルはそろっていないけれども、これはしなければ いけないという信念の方がずっと大事だったなというふうに思います。JALの意識改革の 人は本当に素晴らしい仕事をして頂いたなと感謝しております。
吉田 2月に行かれてわずか4カ月目の6月からリーダー教育を社内の反対を押し切って 断固としてやるんだと強い意志で実行されたわけですが、当然ながら幹部の方の中でも意 識改革が早くできた方、そうではなかった方いらっしゃったと思うのですが、リーダー教 育を進めて行かれる過程で幹部間での軋轢はなかったのかということと、JALは幹部と現 場、本社と現場、そして本社の中ででも運航と整備とCAと非常に壁が多かったというこ とを本でも読んでおります。大田さんが仕事をされていく中で壁が壊れていくなという感 じをどのあたりで実感されましたでしょうか。時期的なことや象徴的なエピソードなどが あれば、その辺りをお聞かせ頂きたいと思います。
大田 どこの会社でも一緒だろうと思うのですが、日本航空は特に当時、官僚的な組織で したので、非常に縦割りでですね、講演でもお話しさせて頂いたように、本部間でも本部 長同士が直接、話をするということもなかったのですね。
リーダー教育を始める時に、そのことが非常に気になっていましたので、リーダー教育 というのは50人くらいの方が、コンパをするにしても1テーブル8人くらいが集まってす るのですけれども、リーダー教育の研修の時もコンパの時も、とにかく、席を毎回、変え ると、毎回、隣には違う人が座っているということをやりました。ですから、それは2、
3週間目だったですね。我々はメール友達だとか、困ったことがあればお互いに何でも言 えるようになったと言っていました。その一体感というのは、物理的に接点を増やすとい うことで、また共通の勉強会をするということで、なくなっていったような感じです。
その中で最初にお話しした温度差のようなものですね。これは本当にすごくありました ね。最初は皆、しらっとしていたわけですが、何回かするうちに、よしという人が出てき たわけですが、象徴的なのは、名前を出すと怒られるのでしょうけれども、ある航空関連 会社の社長をしていた前の企画の担当をしていた方で池田さんという方がおられたのです が、その方が手を挙げて、本当に自分がこれまでやっていたことは間違っていたと、稲盛 さんがいったことが正しいというようなことを勇気をもって発言して頂いたのですね。そ れが切っ掛けとなって、皆さん、稲盛の話を素直に聞くようになっていったというように 思います。
また、コンパの中でも稲盛が一人一人に耳を傾けてくれると、それも非常に気さくに、
仕事の話だけではなく、日常生活の話もしてくれると、そういうことで稲盛に対する距離 感というものがどんどん、短くなっていったと思います。
そういう意味でいうと、すごく差がありましたが、最初は本当に1割、2割というのが、
本当に月を追うごとにまた、変わっていったな、また変わっていったなというのが、分か るような、月を追うごとに、最初は週を追うごとに、どんどん変わっていったなというの が、本当に目に見えるような感じがしました。結局は稲盛さんの話を聞いて、本を読んで、
直接、稲盛さんの人柄に触れて、すごいなと納得する方がおられたということと同時に実 績がどんどん上がってきましたので、やはり稲盛さんがやっている経営改革というのは正 しいのだなと肌で感じた人がいたと思います。
もう一つは現場の様子が変わってきたというのがあると思います。自分たちが変わる と、よく言われたのですが、稲盛さんの言う通りにやってみたら、部下の人から尊敬とい うか信頼されるようになったと。今までは威張り散らしても部下はついてきてくれなかっ た。やはり、部下以上に頑張ろう、一生懸命やろうと言うと、現場の人がついてくるよう になったと。
昔は部長とか役員になると、これはJALだけではないのでしょうけれども、仕事をしな くて良いのだと、威張っておけば良いのだと。命令するだけで良いのだと。そういうのが 普通だったと思うのですが、稲盛から上に立てば立つほど、一番、仕事をするのが上司だ という話を聞いて、誰にも負けない努力をリーダーはするのだと聞いて、実際にそういう ことをし始めるとついてきてくれるようになったと。そういうことがあったようです。そ ういういろんな要因があってですね、一遍に全員ということはないのですが、徐々に変わっ ていったというふうに思います。
それと部署間の壁といったことですが、リーダーは先ほど言った通りですが、一般社員、
これも先ほど言った通りですが、フィロソフィ勉強会ということで、それまでCAの人と 整備の人が会うこともゼロだったと思いますし、営業と整備の人が会うということもゼロ に近かったと思いますし、カウンターの女性とパイロットの人が会うということもなかっ たと思うのですが、そういうフィロソフィ勉強会というところで職種の壁を越えて机を並 べて、同じ講義を聞くと、そういう中で、あっ何だと、お互いJALにいたけれども何も知 らなかったのかとか、みんな、一緒に苦労したのだなと、敵だと思っていたけど、みんな、
仲間じゃないかと、そういうふうな意識が生まれたようです。
ですからリーダー間の壁は1年目でなくなったのですが、職場間の壁は2年目、フィロ ソフィ教育を始めたあたりからなくなっていったような気がします。以上です。
吉田 次に濵田社長にお伺いしたいと思います。今の大田さんのお話の中でも、やはりリー ダーが大事であるということ、そして、そのまたリーダーの哲学、基本的なものの考え方 を組織に浸透させていくということがいかに大切なことなのか。しかし、これはいかに困 難なことかということを認識させられました。実際に日々の経営の現場で社員の方に「濵 田フィロソフィ」を伝えておられる立場の濵田社長、会社といいましても、人間の集団で すから、トップのいうことをなかなか聞いてくれない方など、いろいろおられると思うの ですが、日ごろどんなことに苦労されているかということと、それと部下の方とコミュニ ケーション取られる時に一番、気をつけておられること、またはご自身で大切になさって いること、これはどんなことでしょうか。
濵田 はい。実は稲盛哲学をベースに勉強させて頂いていまして、私ども、社内で『濵田 フィロソフィ』というまとめたものを全従業員に配布して進めています。勿論、これを配っ たからといって、浸透するわけでも何でもないわけです。それともう一つ、当社で良いこ と、逆に厄介なことは、実は私ども伝統産業で私、5代目でございます。
つまりオーナー企業で、伝統的地場産業であり、中小企業だという中で、実は私、昨年、
還暦を迎えたのですが、社員の中では最高齢という、年齢的にはですね、優位性もあって、
幸いにしてつぶれずに今日まで来ている。私、当社で40年のキャリアですけれども、これ も一番、長いのですね。つぶれずに来たと。そこそこ、良くなってきたようにも見えると いうところから、私のいうことについては聞かない人はいないですね。聞いてくれます。
だけど、やってくれるかどうかは別です。
だんだん、若い人たちが増えてきているのですが、一番、苦労しているのはJAL倒産の 時にJALの会社の人は誰も、倒産した会社のメンバーであるということを知らなかったと 仰るのですね。それと同じであります。つまり、濵田酒造という中小企業が現状、どんな 状態なのかということを知らないでいる社員が大半であるということなので、苦労するの は濵田酒造の現状を認識してもらえるかどうかというところをかなり意識しています。
現在、仕事というのはその現状と、我々が目指そうとするこの目標、レベルとのギャッ プをフィロソフィの指し示す価値観で埋めていこうと、これが仕事なのだということを伝 えたい、あるいはその決意をトップ、幹部がど真剣に思っているんだと、そこにおいて妥 協はないのだという決意と覚悟のほどを伝えられるかどうかという、この勝負をやってい ると思っているわけです。
実は私どもは11月の1日から増設工場という新しい機能をスタートさせました。これは 当社にとっても非常に大きな投資を伴う案件だったのですが、それが竣工した時にこうい うペーパーを社内に配布しました。その中の一部を読みます。「増設施設竣工、この新設 施設というのが我々の現状を強くしてくれる。しかし、これはゴールではない。いよいよ これから来るべき大競争、サバイバルレースに勝ち残るために必要な準備が整ったところ であり、新たな環境に適応すべくスタートする。全社員、特に最近しか知らない若い社員 の方々はくれぐれも誤解、あるいは錯覚しないで欲しい。我々は順調期にあるのではない。
厳しい戦いに臨む準備が整ったばかりなのだということであります。とはいえ、みんなで 力を合わせ、40年かけてここまでのレベルにたどり着いたこともまた事実であろう。我々 はそのことに誇りと自信をもって、これからの闘いに勇敢に突入して行こう」というよう なペーパーを全社員に配ったのですね。
つまり、こういうことを、これだけではなく日々、こういう機会、機会を通じてそのよ うなことを伝えていくということができるかどうかということに、勝負をかけていこうと 考えております。さて、その時に2番目の質問ですが、コミュニケーションを取る時に一 番、気をつけていることは何かということですが、これについて私は仏と鬼と人間、この 三つを間違わずにバランスを取りつつ使い分けることというのを意識しています。
特にそれが、その対象の相手のためになるようにということを意識しています。意識し ているけれども、それがそのようになっているかどうか、私が意識しているように受け止 めてもらえているかどうかは分かりません。それはやはり未熟でもありますので。ただ、
そのようなことを努めて意識しながらやっていこう、言いにくいことでも言ってしまうと
いうような気持ちもかなり持っています。しかし、往々にして伝えきれていないなと、い つも反省するばかりでもありますけれども。
吉田 どうも、ありがとうございました。非常に深い心に染み入るお言葉でした。さて、
次に引頭さんにご質問させて頂きたいと思います。引頭さんは、ここにございます『JAL 再生』という本の編著者でもございます。今日はこの本を読まれておられない方をも対象 としたシンポジウムでございますので、基本的なことからお伺いしていきたいと思いま す。「それは本に書いてある」とはおっしゃらずにいろいろとお話を頂ければと思います。
いくつかに分けてご質問させて頂きたいのですが、JALの再生過程を取材されたわけです が、最初に稲盛和夫という一人の経営者に対して、率直にどのような印象をお持ちになら れましたでしょうか。そのあたりからお願い致します。
引頭 ありがとうございます。そのことは本には書いてはいないのですが、やはり偉大な 経営者の稲盛様に最初お会いした時にですね、確かに緊張はしたのですが、インタビュー させて頂いて、何というのかですね、とても温かくて温厚な方だと。とても激しい経営を される方には、その時には、インタビューでしたからね、私には見えなかったです。ただ、
その時にものすごく印象に残っているのが、お話しされた言葉、一言一言が、とても易し い言葉、つまり分かりやすい言葉で語られたということですね。
JAL再生においてのご苦労話であるとか、一体、どういうところが経営においてターニ ングポイントになったのかとか、いろんな質問させて頂いたのですが、その一つ一つがと ても難しい場面、大変な場面がいっぱいあったと思うのですが、繰り返しになりますが、
とても平易な言葉で教えて頂いたということなのです。
なぜ、これを言うかというとですね、難しいことを難しい言葉で言うという人は、世の 中にいっぱいいるのですね。でも、難しい言葉では、伝わらないのですね。今回、私ども の本の中に稲盛さんがインタビューに出ていただいたというのは、これは多分、多くの 方々、稲盛さんの言葉が直接伝わらない多くの方々にも、伝えたらよいという示唆があっ たのではないかと思っていまして、そのためにインタビューを受けてもらえたのかなと 思っております。
吉田 インタビューをされた時は再生がある程度、成功した後だったと思いますが、最初 に引頭さんがJALの再生が始まったというニュースを聞かれた時、率直にこの再生という のは成功すると思われたでしょうか。このニュースの一報を聞かれた時の感想を宜しくお 願い致します。
引頭 私は大和総研という証券系のシンクタンクに勤めているのですが、多くの金融関係 者は二次破綻は免れないと思っておりました。一般的にはJALというのは政府の支援をい ろいろ受けたと言われておりまして、その多くのものが債権放棄と、それから要らない飛 行機の減損、この二つでかなり受けたのではないかと言われていますが、実はその金額と いうのは大したことないのですね。
それは金融機関にいる私どもも直感的に分かっていたのですけれども、それでは良くて
ブレークイーブン、つまり損益トントンくらいまでが良いところだろうと。更生計画を出 したとしても、そんな数字はいかないだろうというふうに思っておりました。それほど、
この再生というのは困難を極めるものだろうというのが、一般的な見方でした。
吉田 ありがとうございます。今日、大田さんの方から再生のお話をお聞きしたのですが、
引頭さん、かつてのですね、ダメになった時のJALといいますか、それまでのJALのキャッ シュフロー管理というのは、どのような感じになっていたのでしょうか。
引頭 一般的に企業が倒産するパターンがありますけれども、一番多いのが、キャッシュ ショート、つまり支払いのお金がなくなって倒産する。つまり、社会の中における契約が 履行できない時に大体つぶれるわけなのですね。
JALはご案内の通り、海外のエアラインと提携しています。よくアライアンスという言 葉にあるように、いろんな航空会社に自分たちの席を貸したり売ったり複雑な会計処理を しているのですね。そういったことから、大体、大田さん、3カ月くらいでしたよね、以 前は。大体、3カ月後くらいでないとその月の様子が分からないと。ただ、分かった時に は3カ月後ですから、世の中が変わっていて手が打てないと、そういう状態がずっと続い ていたわけなのです。
特にインタビューの中で一番、印象にあるのは、これは本にも少し書いてありますが、
倒産した後、まだ再建計画も決まっていないわけですが、日々のお金の管理が一番、大事 なわけですね。払えるのか、払えないのか。一体、いくらあるのかと。ところが、JALと いう会社は、とても大きな会社だったので、誰かがやってくれるだろう、本部が見ていて くれるだろうという感じだったのです。先ほど、大田さんの資料の方に機械も飛行機も少 し二流だといいますか、そういう言葉があったようにですね、ヒューマンウエアは一流に なったわけですが、コンピューターシステムはかなり古いものだったのですね。ですから キャッシュ管理が全くできていなかったのです。
そこで倒産した後に、再建計画が決まるまでに何をしていたかというと、日々、銀行か ら残高を送ってもらうと。一体いくらあるかというのを本社に報告しろと、これはアメー バ経営の森田さんが大々的な指示をされてやっていました。その時にある北の方の、日本 というよりは世界の中の北の方の支店があったわけですね。そこは少し離れた場所にある ので、銀行の支店まで車で40分かかると。
雪も降っているわけですね。倒産したのは1月でしたから、北半球はまだ冬なわけです が、「毎日、毎日、銀行に行って通帳に記入するのですか」みたいな話があったようなの ですが、森田さんはそれでもやれという話で、銀行にその時は協力してもらって、毎日、
電話をもらったと思うのですね。電話で残高を確認しました。そこまで鬼気迫ることを支 店は、そんなことは一回もやったことがなかったのですね。何となく1カ月とか2カ月経っ て、残高いくらですねという感じで日々のキャッシュ管理をしていなかったのですね。
多分、今日、皆様方の中に経営者の方も何人もいらっしゃるということを吉田さんから 聞きましたが、日々のお金を管理していない経営なんて私はあり得ないと思っているので すが、大きい会社ですとそういうことがあったようです。経営の基本がやはりできていな かったのだなと思います。
吉田 今日のテーマ、意識改革ということがございますけれども、インタビューなどの取 材を通じて社員の意識改革の部分で何か印象的なことがおありだったのかということが1 点と、意識改革が大事だということは、「言うは易し行うは難し」でなかなか難しいこと だと思います。成功したポイントとしては何があるとお考えでしょうか。
引頭 ありがとうございます。1点目の印象的な出来ごとなのですが、マニュアルについ ての考え方が変わったというのがとても印象的です。御巣鷹山の事故があってですね、安 全についてのマニュアルがアメリカの航空局からもかなり詳しく言われてですね、マニュ アルを守りなさいというのが文化というか、カルチャーだったと思います。ただ、冷静に 考えてみると、マニュアルの中に全てのことを書きこむのは難しいわけですね。日々、い ろいろなアクシデントや想定もしない出来事というのがあるわけですけれども、それは全 部、書き込めないと。だからこそマニュアルが必要だという人もいるんですが、ある時に はそれがあまりに杓子(しゃくし)定規なものに映ってしまうこともあったわけです。
そうした中ですね、JALの社員の方々、これはフィロソフィ教育、リーダー教育を受け た後の方々ですけれども、その人がやったのがですね、アメリカの航空局の通達でですね、
航空機の部品というのは、1回使った後は、マーケットに流通させてはいけないというの があるのですね。というのは飛行機の部品が仮に中古でちゃんと検査されていないまま使 われてしまったら大事故につながるかもしれませんよね。そういうことでそういうふうに 言われているわけです。でもそれは、大事故につながるからというのがマニュアルの奥底 にあるものだったのですね。それを社員はマニュアルの意をくみ取って、その部品をうま く利用して、ペンダントか何かの形を作って、JALに見学に来たお客様にそれをお渡しす るということを思いついたのですね。自分たちはプレゼントを買うとかそんなお金もない わけで、今あるもので何かお客様に報えないかということを考えたわけですね。
それは実は考えた人というのは二十幾つの若い女性の整備士の方なのですが、その上司 の課長の人は、私と同じ年の人だったのですが、意気投合して話していたのですが、びっ くりしたと言っていましたね。自分はずっと整備をやっていてそんなこと、考えたことも なかったと。だけど、その二十幾つの女性社員は何か誰かの役に立てないかと、そういう ことを考えて、考えに考えたあげくマニュアルの本当の意味を考えるというところまで変 わっていったということですね。そこに一つ大きな成長があったと思います。それが一つ 目の質問(に対する答え)です。
二つ目のご質問ですね。意識改革についてのポイントということですが、いろいろある と思うのですが、今日ここでは私は3点、挙げたいと思います。1点はですね、やはり社 員の方々に情報を行きわたらせるということです。先ほど、濵田社長の話にありましたよ うに、会社の情報をみんな知っているかというお話がありましたけれども、情報を行きわ たらせるというのはとても大事です。どういうふうになっているかが分からない中で、皆 が行動することはあり得ません。
二つ目がですね、共通の言語で話せるかということですね。共通の言語というと日本語 じゃないか、という人がおられるのですが、そういうことではなくて、別に中国語だろう がロシア語だろうが韓国語だろうが何語でも良いのですが、その言語ではなくて、共通す る考え方とか概念が一緒かということですね。これはすごく難しいのですが、逆に言えば
それを目指すのが意識改革であるわけですが、それがない限り、逆に言えばさらなる意識 改革もできない。これが二つ目です。
三つ目はですね、概念やそういうことはできても、どこに向かうのかと、会社の価値で すね。その会社の事業の価値、事業の価値とかいうと買収価格かとか(思われるかもしれ ませんが)全然、そういうことではなくてバリュー、つまり社会的バリューです。意義、
意味、存在意義、そういうことなのですが、ではそれがどういうものであって、会社とし てはどの方向に向かうのか、それはなぜなのか、そういうことを皆できちんと考えておく、
これは腹落ちしていないとダメだということですね。頭の中でこっちだなとか、うちはこ ういうものだからこうだろう、そういうことではなくて、腹落ちして進められるか、この 3点が重要なのではないかと思います。
吉田 実際には意識改革と一言でいいますが、やはり三つ、今日は引頭さんから3つ挙げ て頂きましたが、抽象的なことではなくて、やはり具体的に何をするかということが意識 改革の成否を分けるポイントだなということが私も今、腹に落ちました。それではこの辺 で私からの質問だけではなく、お二人のパネラーから基調講演をして頂いた大田さんへ質 問をして頂きたいと思います。
まず、引頭さんお願いします。勿論、取材過程でいろいろ聞かれているとは思うのです が、取材過程では聞かれなかったことや、今日の話を聞かれて初めて、もう少しそこを教 えてくれという部分を1問、ここではお願いしたいと思います。
引頭 ありがとうございます。今日の大田さんのお話しで、大田さんが中心となって先ほ ど、おっしゃったJALの3人の方、4人の方ですね。巻き込んで意識改革を進められたと いうお話を伺いました。そこでですね、今日、少し質問させて頂きたいのは、本にも書い てないことなのですが、その時に稲盛会長がどのように意識改革を見ていたのかというこ とです。
さらに大田さん自身が稲盛さんに、意識改革についてご相談されたとすればですね、ど ういうことでご相談されていたのか、さらにですね、今もいろいろなご苦労話を伺ったの ですが、本音のところで一番、大変だったことは何だったのか。大田さん自身が乗り越え るのに大変だったこと、あるいは稲盛さん自身が乗り越えるのに大変だったことは何だっ たのか。その辺を教えていただければと思います。
大田 意識改革を稲盛がどのように見ていたのかという質問ですけれども、勿論、適宜、
報告をしながら詰めていきました。焦るなというのが多かったですよね。慌てるな、慎重 にやりなさいというのがメーンで、その他はとにかく正しいと思ったことはやってくださ いと。ただ焦っちゃダメだよと。相手がいるのだから相手の立場を考えてやれというよう なことがありました。その中で相談をするというのは、最初の時は、もっと京セラから人 を送ってもらえないだろうかという相談はしましたね。それはダメだと。それはお前一人 でやりなさいというのは言われました。
本当にいろいろとお願いをいっぱいしましたね。相談というよりもお願いをしました。
リーダー教育の時に講義をしてほしいということ。毎週、土曜日に講義をしてもらったわ
けですけれども、そういう社内で話をするようなことは、京セラではもう何年もないので すね。KDDIでも何年もないのだろうと思うのですね。毎週、話をして欲しいというのも ありましたし、現場を訪問して欲しいとかですね、いろんな無理難題をお願いしたと思い ます。本当にそれを焦っちゃダメだとは言いながらですね、受けて頂いたというのは、非 常にありがたかったですね。いろんな新しい行事などを始めたのですが、JALアワードと かフィロソフィ発表大会とかなんですが、負担を大変おかけして、それを快く受けて頂い て、非常にありがたかったと思います。
一番、大変だったことというのはですね、最初、お話したように着任の当初ですね。お 互いに右も左も分からない、ただ本当に、今、引頭さんからもお話しあったように失敗す るだろうと公然と言われている中で、最初の数カ月は本当に何をするにしても大変でした。
それで6月にリーダー教育というものをやろうと決めたわけですけれども、一番初め、
仲間が誰もいない中で、どうしても始めなければならないという中で、そういうJALで過 去にやったこともないようなことを計画したわけですけれども、それは本当にJALの人か ら見れば、とても強引なやり方だったと思うのですよね。それがうまくいかなかったらど うしようというのはありましたし、それに対して稲盛もちょっと強引すぎるんじゃないか と、もっと慎重にやった方が良いよと、その時に言われたのですが、ぜひ、やらせて欲し いということでやらせて頂いたのですが、あれを乗り越えられたから良かったのだろうと 思います。
おそらくJALの方も驚きながら参加された方が多いんだろうと思うのですけれど、内 心、本当に強引だなと思っておられたと思うんですけれども、それが結果としては良かっ たなと思っています。以上です。
吉田 次に濵田さんいかがでしょうか。1問、大田さんに質問をお願い致します。
濵田 はい。お話の中でですね、官僚体質という言葉が何回も出てまいりました。また、
(大田さんの)役割というのが意識改革担当だったと。このことは、官僚体質の意識改革 と理解して宜しいのかどうかということと、それと意識改革を進めるための六つの原則を 決めたというお話しでした。さて、この六つの原則というのを決められるのに、どれくら いの期間を有したのか、また、あの内容というのは、どのようなプロセスでお考えになっ たのかというのをお聞かせ頂きたいと思います。
大田 意識改革というのは官僚的な体質を変えるということですかということですが、ま さにその通りですよね。官僚的な体質とは何か、官僚的な文化とは何かということですが、
事なかれ主義というか、当事者意識がないというか、会社全体を見ずにセクショナリズム で自分の部署さえ良ければ良いとか、そういういろんな特徴、言い方があるんだろうと思 いますけれども、それを変えることが意識改革だといえば、まさにその通りですね。民間 企業的な発想、まずは民間企業的な意識を持って欲しいということを一番、最初に私は言 いました。
最初の意識改革の目的は、民間的な意識を持って欲しいということですけれども、それ は今、おっしゃった官僚と対峙する概念ですから、そういうことだったと思います。最初、
ちょっと申し上げましたけれども、代表的な官僚的な意識というと、黒字を出す必要はな いんじゃないかという、京セラから来た人は黒字を出せというけれども、そんなものは民 間企業だから、普通の企業だから言うのであって、我々は公共性のある企業だから黒字を 出すのは問題だと思いますという人がおられて、理由を聞くと、黒字になると組合から賃 上げを要求されるとか、黒字になると赤字路線を飛ばさなくてはならなくなるとか、そう いうもっともらしい理由があるんですが、黒字が出て利益がたまらないとどうしようもな いし、いざとなったら倒産してしまいますよという、そういうことも話をしました。そう いうことを含めて、民間的な考えをまずは持ってほしいというのが最初です。
二つ目の質問の六つの原則というのですが、これは1月くらい経った時には、このメモ を作ってですね、稲盛にこういうことで改革を進めて行きたいということを言ってみまし た。どんどんアイデアも浮かんできますが、それを全部やっていたらグチャグチャになっ てしまうだろうというのが一つありましたし、大きな問題点というのは分かっていまし た。ただ、最後に言いましたスピード感を重視するというのは、それが私にとっては一番 大事なことだと思いました。
全部、大事なのですが、実行するというのが大事だと思いました。他の5点というのは 一般的な話だろうと思うんですね。ある意味で一般的な話で皆が思っていることだろうと 思いますけれども、6番目のスピード感をもって実施するというのは、3年間という期限 が区切られていたのが非常に良かったと思いますし、3年間でやらなくてはいけないと思 えば、1年目に仕組みを作って、2年目に実行して、3年目に集成するというのが一般的 なパターンでしょうし、1年目に仕組みを作らなくてはならない、時間がない。JALフィ ロソフィのようなのも、普通なら自社のフィロソフィをつくるのに1年も2年も議論して つくるのが良いのだろうと思うのですが、それは絶対できないという、そういう時間的な 制約を自分に課したという、あの6番目が私にとっては一番、しんどかったですけれども、
結果としては良かったなというふうに思っています。以上です。
吉田 この辺りから徐々に議論をJALの再生を題材にしながら、本シンポジウムの大テー マでございます経営哲学の浸透という部分に移行させていきたいと思います。ここから は、パネリストお三方同士でのディスカッションをして頂ければと考えております。これ 以降は大田さんも基調講演者というお立場ではなく、1人のパネラーとなって頂いて、ご 発言をお願い致します。まず、濵田さんから引頭さんへのご質問、そしてお答え、そして 濵田さんから大田さんへの質問、お答え。そして、その後に引頭さんから濵田さんへ、そ して引頭さんから大田さんへということで進めたいと思います。
ここのところは、勿論、JALの話を入れて頂いても結構ですし、テーマは経営哲学の浸 透ということですが、今までのお話を総合しますと、やはりリーダーの人間性、リーダー 教育の重要性、教育論、組織論、そして稲盛経営哲学の価値、そして人間の心とはという やや抽象的なテーマ、人間論や哲学的なテーマでも結構ですので、少し話題を拡大して頂 き、経営哲学の浸透という観点からお話し頂きたいと思います。では、濵田社長から引頭 さんへご発言お願い致します。
濵田 はい。私の場合には地元の中小企業で伝統産業、地場産業というジャンルを引き継
いできているわけですけれども、その中であまりよく分からないのが官僚機構とか大企業 と中小企業との違いが実は私、分からないんですね。私は大企業とか官僚機構というとこ ろに所属した経験がないものですから。今日、大田さんのお話の中で出たのが、リーダー 教育をしようとしたところ、そんなの要らないと、マネジメント教育にしてくれという声 が出てきたけれども、断固としてそれをはね付けて、いや、そうじゃないんだとマネジメ ント教育なら、もう皆さんできているじゃないかと。そうじゃなくてリーダー教育が必要 なんだと。こういうことで貫かれたというお話があったんですね。
私、思うに実は私の場合にはたまたま後継者という立場にありましたので、どうしても リーダーシップを執らざるを得ないポジションにいるわけです。それで非常に難儀しまし たのは、リーダーシップのビジョンと覚悟は持っているのですが、自覚もあるのですが、
マネジメント力がないんですね。それでいつも会社をつぶしかかって、つぶしかかってと いう、つぶしかかった経験で少しずつ少しずつ学んできたと。こんなので大丈夫かと…。
いつまでかかるのかと思っていたところに、実は稲盛和夫氏との出会いがあって、そこで 極めて重要なことを体系的に教えていただけるという機会に恵まれたということが救いに なったわけです。
さて、今回、JALで発揮された部分というのは、そのような部分が欠けていたからだと 思うのですが、そのような部分が欠けていて大企業なり、官僚機構というのは機能するの ですか。
吉田 引頭さん、その当りについて知見を宜しくお願い致します。日本の現実を語って頂 ければと思います。
引頭 ええ、私は大企業や官僚のまわし者ではないのですが、実はですね、大企業の組織 であるとか、官僚機構だとかというのは、いわゆる、高度成長期においては大変、機能的 なものだったのですね。どういうことかというとですね、大体、これくらい伸びるだろう という道筋があって、それにはできるだけ、司、司の人が効率的に動く必要があるわけで すね。そのためには今、大企業が採っている組織であるとか、官僚がやっている官僚機構 の方が、いちいち、いろいろなことを考えなくても、そこで最大限効率化を発揮すれば国 全体としては良くなるという仕組みだったのだと思います。
ところが、今、そうなっていないよというお話だと思うのですが、これは成長が止まっ てしまったわけですよね。つまり、従来の道筋というものがなくなったわけです。これか ら新たにいろいろなものを考えなくてはいけないということになった時に、今の先ほど おっしゃった大企業とか官僚の組織というのが立ち行かなくなったということなのです。
これはクリステンセンという学者がおっしゃっているのですが、イノベーションのジレ ンマというのがありまして、これは何かというと企業は成功すればするほど変われないと いうことなのですね。成功してないと何かおかしいと思ってですね、いろいろ試してみる のですが、ただ、なまじ中途半端に成功しているとですね、あるいは、なまじ大成功して いると、その成功体験が邪魔をしてイノベーションを起こすことが出来ず、そうこうして いるうちに、中小企業がイノベーションを起こして取って代わって行くと。
これは、例えばアップルしかり、後、グーグルだとか、ツイッターだとか、例えばハイ