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Vol.65 , No.1(2016)070石川 美惠「オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について」

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(1)

に関してはどうであったのか.ことにゾクチェンという教えを擁するニンマ派に とって,『現観荘厳論』で説く修行階梯がゾクチェンの教えとどう結びつくのか, に関して未だ詳細な研究はなされていない.この研究の第一歩として,本稿では 先述した他派の学僧達の『小註』に対する複註のサチェー(科文)を抜き出し, それらとパトゥル・リンポチェの PP を比較することで,その構造を検討する. また,これにより,今後,特定の術語やテーマに関して各派の学僧達がどのよう に述べているのか,各派の定義や理解を横割りに比較・考察していくための基礎 作業にも成ると考える.

1.本稿で用いた『小註』複註

パトゥル・リンポチェには PP の他に,『小註』のトピックだけを列挙した『小 註科文』(PS)がある.本稿ではこの PS と PP を中心に,他の『小註』複註の科 文の対応箇所を抜き出した.テキストにはアル・チャンチュプイェシェー(Ar

byang chub ye shes, 11c; Ar),ニャオン・クンガーペル(Nya),ヤクトゥン・サンギェー

ペル(Y),ツォンカパ(Ts:略説部 TsN,詳説部 TsG),パトゥル・リンポチェの弟

子でもあるミパン・ギャムツォ(’Ju Mi pham rgya mtsho, 1846–1912; M)を用いた.先 述したゴク,プトゥン,ロントゥン,タルマリンチェンに関しては科文の構造が

上述のテキストとは大きく異なっていたため,本稿では割愛した.ドルポパ(Dol

po pa, 1292–1361)やコランパ(Go rams pa, 1429–1489),シャーキャチョクデン(ShAkya mchog ldan, 1428–1507),カルマパ 8 世・ミキュードルジェ(Mi bskyod rdo rje, 1507– 1554)にも複註はあるが,今回は触れない.

2.各章の科文の比較・特徴

『現観荘厳論』は 8 章 70 義から成るが,科文の比較によって明らかとなった各 章における顕著な特徴をここで述べる.第 1 章の一切相智のうち,帰敬偈に関し ては,「所化が信心を起こすための部門である礼拝」と言う項目に関して,Ar, Nya,Y,PS,M とも触れないが,PP と Ts には記述がある.また 70 義のうち第 1 章には 10 義があるが,そのうちの第 9「資糧行」のうち「地の資糧」である初 地から 9 地までについて PP は PS で立てたような一直線の形で各地を説明せず, 各地に対し角度を変えて繰り返し解説する方法を取っている.このような考究の 仕方は,上述の他のテキストには見られない.第 2 章の道種智では,70 義のうち 11 が配当されるが,その 4 番目に当たる「菩薩の見道」で四諦十六行相を説く部 オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)(103)

オギェン・ジクメ・チューキワンポの

『現観荘厳論 概説』について

石 川 美 惠

0.はじめに

パトゥル・リンポチェとして知られるオギェン・ジクメ・チューキワンポ(1808– 1887)には多数の著作があるが,その殆どは小品である.その中で大作と言える ものが,ゾクチェンの加行を説いた『クンサン・ラマの教え』(rDzogs pa chen po

klong chen snying tig gi sngon ’gro’i khrid yig Kun bzang bla ma’i zhal lung)と『現観荘厳論 

概説』(PP)である.『現観荘厳論』のハリバドラによる註釈書には,『大註』1)

『小註』2)と称される二作があるが,『現観荘厳論』研究が盛んなチベットで多くの

複註が作られたのは『小註』であり3),PP もまた『小註』の複註である.

チベットにおける般若学はほぼ『現観荘厳論』研究と言えるが,この『現観荘

厳論』研究の流れをまとめると4),まず挙げられるのは『小註』の改訳者で,サ

ンプ・ネウトク学院を創始したゴク・ロデンシェーラプ(rNgog blo ldan shes rab, 1059–1109)であり,ゴク流はプトゥン(Bu ston rin chen grub, 1290–1364)に継承され た.プトゥンの孫弟子から「古典的名著」とされる『現観荘厳論註』を著したヤ クトゥン・サンギェーペル(g-Yag ston sangs rgyas dpal, 1350–1414)が現れた.このヤ クトゥンの学系はサキャ派のロントゥン(Rong ston shes bya kun rig, 1367–1449)に継 承され,サキャ派の諸師に受け継がれていく.また,ヤクトゥンと並び称された ニャオン・クンガーペル(Nya dbon kun dga’ dpal, 1285–1379)の講義をツォンカパ (Tsong kha pa, 1357–1419)が聴講しており,ニャオンは弟子のレンダワ(Red mda’ ba gzhon nu blo gros, 1349–1412)を紹介し,このレンダワがツォンカパの生涯の重要な

師となる.レンダワ,ツォンカパ双方の弟子でもあるタルマリンチェン(rGyal tshab

Dar ma rin chen, 1364–1432)の『小註』複註である rNam bshad snying po rgyan は,現 代に至るまで般若学を学ぶ根本聖典としてゲルー派で重視されている.このよう に,『現観荘厳論』研究に関しては,サキャ派やゲルー派で盛んだが,その他の派 (102) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 1 号 平成 28 年 12 月

(2)

に関してはどうであったのか.ことにゾクチェンという教えを擁するニンマ派に とって,『現観荘厳論』で説く修行階梯がゾクチェンの教えとどう結びつくのか, に関して未だ詳細な研究はなされていない.この研究の第一歩として,本稿では 先述した他派の学僧達の『小註』に対する複註のサチェー(科文)を抜き出し, それらとパトゥル・リンポチェの PP を比較することで,その構造を検討する. また,これにより,今後,特定の術語やテーマに関して各派の学僧達がどのよう に述べているのか,各派の定義や理解を横割りに比較・考察していくための基礎 作業にも成ると考える.

1.本稿で用いた『小註』複註

パトゥル・リンポチェには PP の他に,『小註』のトピックだけを列挙した『小 註科文』(PS)がある.本稿ではこの PS と PP を中心に,他の『小註』複註の科 文の対応箇所を抜き出した.テキストにはアル・チャンチュプイェシェー(Ar

byang chub ye shes, 11c; Ar),ニャオン・クンガーペル(Nya),ヤクトゥン・サンギェー

ペル(Y),ツォンカパ(Ts:略説部 TsN,詳説部 TsG),パトゥル・リンポチェの弟

子でもあるミパン・ギャムツォ(’Ju Mi pham rgya mtsho, 1846–1912; M)を用いた.先 述したゴク,プトゥン,ロントゥン,タルマリンチェンに関しては科文の構造が

上述のテキストとは大きく異なっていたため,本稿では割愛した.ドルポパ(Dol

po pa, 1292–1361)やコランパ(Go rams pa, 1429–1489),シャーキャチョクデン(ShAkya mchog ldan, 1428–1507),カルマパ 8 世・ミキュードルジェ(Mi bskyod rdo rje, 1507– 1554)にも複註はあるが,今回は触れない.

2.各章の科文の比較・特徴

『現観荘厳論』は 8 章 70 義から成るが,科文の比較によって明らかとなった各 章における顕著な特徴をここで述べる.第 1 章の一切相智のうち,帰敬偈に関し ては,「所化が信心を起こすための部門である礼拝」と言う項目に関して,Ar, Nya,Y,PS,M とも触れないが,PP と Ts には記述がある.また 70 義のうち第 1 章には 10 義があるが,そのうちの第 9「資糧行」のうち「地の資糧」である初 地から 9 地までについて PP は PS で立てたような一直線の形で各地を説明せず, 各地に対し角度を変えて繰り返し解説する方法を取っている.このような考究の 仕方は,上述の他のテキストには見られない.第 2 章の道種智では,70 義のうち 11 が配当されるが,その 4 番目に当たる「菩薩の見道」で四諦十六行相を説く部

オギェン・ジクメ・チューキワンポの

『現観荘厳論 概説』について

石 川 美 惠

0.はじめに

パトゥル・リンポチェとして知られるオギェン・ジクメ・チューキワンポ(1808– 1887)には多数の著作があるが,その殆どは小品である.その中で大作と言える ものが,ゾクチェンの加行を説いた『クンサン・ラマの教え』(rDzogs pa chen po

klong chen snying tig gi sngon ’gro’i khrid yig Kun bzang bla ma’i zhal lung)と『現観荘厳論 

概説』(PP)である.『現観荘厳論』のハリバドラによる註釈書には,『大註』1)

『小註』2)と称される二作があるが,『現観荘厳論』研究が盛んなチベットで多くの

複註が作られたのは『小註』であり3),PP もまた『小註』の複註である.

チベットにおける般若学はほぼ『現観荘厳論』研究と言えるが,この『現観荘

厳論』研究の流れをまとめると4),まず挙げられるのは『小註』の改訳者で,サ

ンプ・ネウトク学院を創始したゴク・ロデンシェーラプ(rNgog blo ldan shes rab, 1059–1109)であり,ゴク流はプトゥン(Bu ston rin chen grub, 1290–1364)に継承され た.プトゥンの孫弟子から「古典的名著」とされる『現観荘厳論註』を著したヤ クトゥン・サンギェーペル(g-Yag ston sangs rgyas dpal, 1350–1414)が現れた.このヤ クトゥンの学系はサキャ派のロントゥン(Rong ston shes bya kun rig, 1367–1449)に継 承され,サキャ派の諸師に受け継がれていく.また,ヤクトゥンと並び称された ニャオン・クンガーペル(Nya dbon kun dga’ dpal, 1285–1379)の講義をツォンカパ (Tsong kha pa, 1357–1419)が聴講しており,ニャオンは弟子のレンダワ(Red mda’ ba gzhon nu blo gros, 1349–1412)を紹介し,このレンダワがツォンカパの生涯の重要な

師となる.レンダワ,ツォンカパ双方の弟子でもあるタルマリンチェン(rGyal tshab

Dar ma rin chen, 1364–1432)の『小註』複註である rNam bshad snying po rgyan は,現 代に至るまで般若学を学ぶ根本聖典としてゲルー派で重視されている.このよう に,『現観荘厳論』研究に関しては,サキャ派やゲルー派で盛んだが,その他の派

(3)

事することを願ったほどだが,科文を見る限りむしろヤクトゥンの Y に近い項目 立てをしていた.そして,ツォンカパの科文とパトゥル・リンポチェの PS,PP の科文は,言葉の言い回しまで酷似していた.特に PS にそれが顕著である6) パトゥル・リンポチェはツォンカパの学統もサキャ派もよく学んでいたが7) PP の中にはツォンカパの著作に引用されているものと同じ引用文が多々見られる ことが,カール・ブルンヘルツル氏などによって指摘されていることから,パトゥ ル・リンポチェはツォンカパを参照していたのではないか,と言う説がある.こ れに対し,ツォンカパが参照したツォンカパ以前の学僧達の著作から引用したも のであろう,とみる説もある8).今回,調査した限り,従来知られているような プトゥンとヤクトゥン,プトゥンとツォンカパという関わりは,『小註』註釈の構 造に関する限りは薄く,逆に Ts,PS,PP ともに Y の科文によく似ていることか ら,ヤクトゥンとツォンカパ,パトゥル・リンポチェの関係を考慮するべきであ ろう.また,パトゥル・リンポチェの弟子であるミパンは,PP のトピックではな く PS とほぼ同じトピック立てをしており,ミパンが『現観荘厳論』小註を註釈 する際に,骨組みとして PS を参照したことが伺える. 今回の成果を基礎とし,PS と PP での項目の立て方の違いの理由の検討やツォ ンカパとの関わり,ヤクトゥンの影響などを今後の課題としたい.

 1)Āryāṣṭasāhasrikāprajñāpāramitā-vyākhyābhisamayālaṃkārālokā-nāma (Tib. P. no. 5189).  2)Abhisamayālaṃkārā-nāma-prajñāpāramitopadeśaśāstra-vṛtti (Tib. P. no. 5191: Shes rab kyi

pha rol tu phyin pa’i man ngag gi bstan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan).

 3)谷口 2002, pp. 295–317 に『現観荘厳論』関係チベット文献の詳細なリストがある.  4)兵藤 2000, pp. 17–24,谷口 2002, pp. 30–32,田中 2014, pp. 50–60 を参照した.  5)以下に,リストを掲載する.Nya は stod,smad にまたがり,Ts の詳説部分(TsG)

は Tsa 帙,Tsha 帙にまたがる.smad や Tsha 帙に切り替わる際にはその旨を示した. PP と PS のトピックがともに存在する場合は殆ど同じ語句が用いられているため,簡 潔な PS を記し,PS がない時のみ PP を挙げた.( )内はページ数もしくはフォリオ 数を示す.例:「PP (5): le’u gnyis pa /~, Ar (291), Y (46)」は,PS にトピックがなく,コ ロンに続くチベット文(le’u gnyis pa /~)が PP のトピック名であり,Ar の 291 頁,Y の 46 頁が同トピックに対応している.また「mtshan bsgyur /, PP (5)」のように最初に トピックが記されている場合は,PS のトピックとそれに対応する PP 以下の所在(例 では PP の 5 頁)を示す.尚,PP がない場合は,PS のトピックに下線を付した.本 来,科文によって内容の階層が示され,概念定義の上下の位階を知ることが出来るわ けだが,本稿では煩雑を避けるため階層を省きトピックのみ記した.いずれはそれぞ れの階層の立て方で概念のくくり方を確認し,修行道の道筋の細部を探る必要がある. オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)(105) 分や 11 番目の「畢竟清浄」に関しては,Ts や M と同様に PS は細目を立ててい るのに対し,Ar,Nya,Y に細目立てはない.第 3 章の一切智に関しては,70 義 のうちの 9 義が配当される中で 5,6 番目の「所断の対治とその分類」について, PS で項目を立てていても PP には載っておらず,Y や Ts もさほど細かいトピック は立てていない.M も PS に準じてはいるが,この項目に関しては必ずしも PS に 沿ってはいない.9 番目の「見道の十六刹那」に関しては,PS,Y,TsG が同じト ピックを掲げている.第 4 章の一切相現等覚(=基智)は,加行を解説する章でも あり,Y,Ts,M ともに詳しく説いており,特に PS と TsG はトピックが一致す るのに対し,Ar や Nya だけでなく PP も細かいトピックを立てて解説してはいな い.またこの加行の部分だけは,PP のトピック立ては Ar によく似ている.本稿 では紙数の関係で,この第 4 章のみリスト5)を掲げた(他の章に関しては別稿を予 定している.)第 5 章の頂現観は,PS,PP,Y,Ts,M ともにほぼ共通した項目立 てとなっている.第 6 章の漸現観,第 7 章の一刹那現等覚については,Ar と Nya の項目立ては少なくなるが,PS,PP,Y,Ts,M は項目立てが共通している.第 8 章の法身に関しても,これまで同様に Ar や Nya とそれ以外(PS,PP,Y,Ts, M)という二つの科文の傾向が出来ていた.

3.まとめ

PS と PP はともにパトゥル・リンポチェの著作であるが,トピックの取り方や 階層が違っていた.PS は科文列挙であるのに対し PP は複註のため,PP の科文の 階層において下位のトピックが省略されることは考えられるが,PS で挙がってい るトピックが PP にはない,或はその逆で PP や他テキストにはあるが PS にない 場合も見受けられた.他に,依用したテキストのうちツォンカパの Ts は特異で, 最初に全体を見通す略説を 92 フォリオまで述べ,その後さらに詳しく 8 章 70 義 を改めて解説していた.従ってリストにも,略説部分の TsN と詳説部分の TsG の それぞれの対応フォリオ数を記した.Ts は,略説で述べている箇所は詳説では述 べないか簡略に済ませ,略説で触れなかった部分を詳説する,という形式で全体 に目配りしていたが,興味深いことに,この Ts で触れているトピックは,パトゥ ル・リンポチェの PS と PP を合わせると,ほぼ重なっていることが,今回,明ら かとなった. さらに,Ar は Nya に近いものの,PS や PP のトピックの立て方とはかなり異な ることが分かった.また,Y と Nya にも相違があり,ツォンカパはニャオンに師 (104)オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)

(4)

事することを願ったほどだが,科文を見る限りむしろヤクトゥンの Y に近い項目 立てをしていた.そして,ツォンカパの科文とパトゥル・リンポチェの PS,PP の科文は,言葉の言い回しまで酷似していた.特に PS にそれが顕著である6) パトゥル・リンポチェはツォンカパの学統もサキャ派もよく学んでいたが7) PP の中にはツォンカパの著作に引用されているものと同じ引用文が多々見られる ことが,カール・ブルンヘルツル氏などによって指摘されていることから,パトゥ ル・リンポチェはツォンカパを参照していたのではないか,と言う説がある.こ れに対し,ツォンカパが参照したツォンカパ以前の学僧達の著作から引用したも のであろう,とみる説もある8).今回,調査した限り,従来知られているような プトゥンとヤクトゥン,プトゥンとツォンカパという関わりは,『小註』註釈の構 造に関する限りは薄く,逆に Ts,PS,PP ともに Y の科文によく似ていることか ら,ヤクトゥンとツォンカパ,パトゥル・リンポチェの関係を考慮するべきであ ろう.また,パトゥル・リンポチェの弟子であるミパンは,PP のトピックではな く PS とほぼ同じトピック立てをしており,ミパンが『現観荘厳論』小註を註釈 する際に,骨組みとして PS を参照したことが伺える. 今回の成果を基礎とし,PS と PP での項目の立て方の違いの理由の検討やツォ ンカパとの関わり,ヤクトゥンの影響などを今後の課題としたい.

 1)Āryāṣṭasāhasrikāprajñāpāramitā-vyākhyābhisamayālaṃkārālokā-nāma (Tib. P. no. 5189).  2)Abhisamayālaṃkārā-nāma-prajñāpāramitopadeśaśāstra-vṛtti (Tib. P. no. 5191: Shes rab kyi

pha rol tu phyin pa’i man ngag gi bstan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan).

 3)谷口 2002, pp. 295–317 に『現観荘厳論』関係チベット文献の詳細なリストがある.  4)兵藤 2000, pp. 17–24,谷口 2002, pp. 30–32,田中 2014, pp. 50–60 を参照した.  5)以下に,リストを掲載する.Nya は stod,smad にまたがり,Ts の詳説部分(TsG)

は Tsa 帙,Tsha 帙にまたがる.smad や Tsha 帙に切り替わる際にはその旨を示した. PP と PS のトピックがともに存在する場合は殆ど同じ語句が用いられているため,簡 潔な PS を記し,PS がない時のみ PP を挙げた.( )内はページ数もしくはフォリオ 数を示す.例:「PP (5): le’u gnyis pa /~, Ar (291), Y (46)」は,PS にトピックがなく,コ ロンに続くチベット文(le’u gnyis pa /~)が PP のトピック名であり,Ar の 291 頁,Y の 46 頁が同トピックに対応している.また「mtshan bsgyur /, PP (5)」のように最初に トピックが記されている場合は,PS のトピックとそれに対応する PP 以下の所在(例 では PP の 5 頁)を示す.尚,PP がない場合は,PS のトピックに下線を付した.本 来,科文によって内容の階層が示され,概念定義の上下の位階を知ることが出来るわ けだが,本稿では煩雑を避けるため階層を省きトピックのみ記した.いずれはそれぞ れの階層の立て方で概念のくくり方を確認し,修行道の道筋の細部を探る必要がある. 分や 11 番目の「畢竟清浄」に関しては,Ts や M と同様に PS は細目を立ててい るのに対し,Ar,Nya,Y に細目立てはない.第 3 章の一切智に関しては,70 義 のうちの 9 義が配当される中で 5,6 番目の「所断の対治とその分類」について, PS で項目を立てていても PP には載っておらず,Y や Ts もさほど細かいトピック は立てていない.M も PS に準じてはいるが,この項目に関しては必ずしも PS に 沿ってはいない.9 番目の「見道の十六刹那」に関しては,PS,Y,TsG が同じト ピックを掲げている.第 4 章の一切相現等覚(=基智)は,加行を解説する章でも あり,Y,Ts,M ともに詳しく説いており,特に PS と TsG はトピックが一致す るのに対し,Ar や Nya だけでなく PP も細かいトピックを立てて解説してはいな い.またこの加行の部分だけは,PP のトピック立ては Ar によく似ている.本稿 では紙数の関係で,この第 4 章のみリスト5)を掲げた(他の章に関しては別稿を予 定している.)第 5 章の頂現観は,PS,PP,Y,Ts,M ともにほぼ共通した項目立 てとなっている.第 6 章の漸現観,第 7 章の一刹那現等覚については,Ar と Nya の項目立ては少なくなるが,PS,PP,Y,Ts,M は項目立てが共通している.第 8 章の法身に関しても,これまで同様に Ar や Nya とそれ以外(PS,PP,Y,Ts, M)という二つの科文の傾向が出来ていた.

3.まとめ

PS と PP はともにパトゥル・リンポチェの著作であるが,トピックの取り方や 階層が違っていた.PS は科文列挙であるのに対し PP は複註のため,PP の科文の 階層において下位のトピックが省略されることは考えられるが,PS で挙がってい るトピックが PP にはない,或はその逆で PP や他テキストにはあるが PS にない 場合も見受けられた.他に,依用したテキストのうちツォンカパの Ts は特異で, 最初に全体を見通す略説を 92 フォリオまで述べ,その後さらに詳しく 8 章 70 義 を改めて解説していた.従ってリストにも,略説部分の TsN と詳説部分の TsG の それぞれの対応フォリオ数を記した.Ts は,略説で述べている箇所は詳説では述 べないか簡略に済ませ,略説で触れなかった部分を詳説する,という形式で全体 に目配りしていたが,興味深いことに,この Ts で触れているトピックは,パトゥ ル・リンポチェの PS と PP を合わせると,ほぼ重なっていることが,今回,明ら かとなった. さらに,Ar は Nya に近いものの,PS や PP のトピックの立て方とはかなり異な ることが分かった.また,Y と Nya にも相違があり,ツォンカパはニャオンに師

(5)

(142) dngos lan /, Y (499), TsG (124b4) de la rtsod spang /, TsG (126b2) rtsod pa /, TsG (126b2) lan /, TsG (128a4) dngos don /, TsG (128a5) gzhan yang mtshon pa’i tshul /, TsG (128b5) dkyus ma’i don /, Y (506), TsG (131a2) gang zag de’i sgom rim /, PP (391), TsG (133a6), M (146) brten pa sangs rgyas ’thob par byed pa /, PP (391), Ar (708), Nya (629), Y (509), TsG (133b1), M (147) dngos kyis don /, TsG (134b5) de la klan ka spong ba /, TsG (135a6) rten zhing dag par byed pa /, PP (391), TsG (142b6) sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, PP (392), Nya (634), Y (518), TsN (84b3), TsG (143b4), M (149) PP (392): (sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu thabs /), Nya (635), Y (520), TsN (84b3), M (149)

 6)例えば,第 4 章第 10 義の「仏国土清浄」は PS: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, PP: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu thabs /, Nya: gzugs sku’i rgyu zhing dag pa bshad pa /, Y: zhing dag pa’i sbyor ba /, TsN: zhing dag sbyor ba /, TsG: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, M: longs sku’i rgyu rten zhing dag pa rgya che ba’i yul can (/ zhing dag sbyor)であり,PS と TsG が同一であることがわかる.さらに言えば,こ のトピックだけを見ても,TsN は Y とほぼ一致し,Nya とは異なっている.

 7)rTsom pa po rDza dpal sprul rin po che’i rnam thar mdor bsdus, dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po’i gsung ’bum bzhugs so 1 ([Khreng tu’u]:Si khron mi rigs dpe skrun khang, 2009).

 8)Brunnhӧlzl 2012, pp. 23–28.また pp. 688–689, n. 27 参照.パトゥル・リンポチェはツォ ンカパの Ts に依拠したのではないかという説に対し,ニンマ派の中には「むしろツォ ンカパもまたロンチェンパ(kLong chen rab ’byams pa, 1308–1363/1364)の失われた『小 註』複註に影響を受けている」という主張があることを紹介するほか,ツォンカパが 教えを受けたカダム派の師(Lho brag grub chen nam mkha’ rgyal mtshan, 1326–1401)が, ニンマ派とも深い関わりを持っていたことを著者は記している.

〈略号〉

Ar Ar byang chub ye shes. Shes rab kyi pha rol tu phyin pa’i man ngag gi bstan bcos mngon

par rtogs pa’i rgyan ces bya ba bzhugs so. Ed. dPal brtsegs Bod yig dpe rnying zhib ’jug

khang. Ar byang chub ye shes kyi gsung chos skor 2: 270–779. Pe cing: Krung go’i bod rig pa dpe skrun khang, 2006.

M Mi pham rgya mtsho. Sher phyin mngon rtogs rgyan gyi mchan ’grel puNDa ri ka’i do

shal bzhugs so. ’Ju Mi pham rin po che’i gsung ’bum 16. [s.l.]: ’Jam dpal d+hl [sic] yig

ser po’i dpe skrun tshogs pa, 2008.

Nya Nya dbon kun dga’ dpal. bsTan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan ’grel ba dang bcas pa’i

rgyas ’grel bshad sbyar yid kyi mun sel zhes bya ba bzhugs so. Ed. Mi rigs dpe skrung

khang gi bod yig rtsom sgrig khang. Jo nang dpe tshogs, 4 (stod cha), 5 (smad cha). Pe cing: Mi rigs dpe skrung khang, 2007.

PP dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po. Shes rab kyi pha rol tu phyin pa’i man

ngag gi bstan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan gyi spyi don bzhugs so. Ed. Si khron dpe

オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)(107) 第 4 章 一切相現等覚 nyams len sbyor ba bzhi’i yan lag rgyas par bshad pa /, PP

(288), Ar (619), Nya (491), Y (378), TsG(以下は tsha 帙:1a1),M (95) dbang du bya ba /, PP (288), TsG (1a1), M (95) dbang du byed pa’i rgyu rnam kun /, PP (288), TsG (1a2), M (95) sbyor ba khyad par can rgyud la bskyed pa /, PP (288), TsG (2a4), M (95) sbyor sa rnam pa /, PP (289), TsG (2a4), M (95) mdor bstan /, TsG (2a5), M (95)  rgyas bshad /, TsG (3b5), M (96) gzhi shes /, PP (291), Nya (512), Y (380), TsG (5b2), M (96) lam shes kyi rnam pa rgyas par bshad pa /, PP (296), Nya (531), Y (391), TsG (9b6), M (98) rnam mkhyen gyi rnam pa rgyas par bshad pa /, PP (304), Nya (543), Y (401), TsG (14b1), M (100) sbyor ba bo’i gang zag bstan pa /, PP (346), Y (410), TsG (42b3), M (106) sbyor ba rang gi ngo bo /, PP (347), Y (412), TsG (43b6), M (106) sbyor ba’i sngon ’gro’i chos /, PP (351), TsN (84a2), TsG (50a5), M (109) thob bya yon tan /, PP (351), Nya (559), Y (416), TsN (84a3), TsG (50a6), M (109) dor bya skyon /, PP (354), Nya (563), Y (419), TsN (84a4), TsG (53b6), M (110) shes bya mtshan nyid /, PP (363), Nya (567), Y (424), TsN (84a4), TsG (58b4), M (114) ngo bo’i sgo nas mdor bstan /, Nya (567), TsG (63b3), M (114) dbye ba’i sgo nas rgyas par bshad pa /, Nya (571), TsG (64a5), M (115) shes pa /, Nya (571), Y (427), TsG (64a6), M (115) gzhi shes kyi shes mtshan /, Y (427), TsG (64a6), M (115) lam shes kyi shes mtshan /, Y (433), TsG (70b6), M (118)  rnam mkhyen gyi shes mtshan /, Y (435), TsG (72b1), M (119) khyad par gyi mtshan nyid /, Nya (579), Y (439), TsG (74b5), M (121) mdor bstan pa /, TsG (75a4), M (121)  rgyas par bshad pa /, TsG (75b6), M (121) byed pa /, Nya (583), Y (444), TsG (79a5), M (123) ngo bo nyid kyi mtshan nyid /, Nya (586), Y (448), TsG (82a3), M (125) rgyud la brten bya thar pa cha mthun /, PP (372), Nya (590), Y (452), TsG (84b5), M (127) ngo bo /, PP (373), Ar (662), Y (453), TsG (85a6), M (127) dbye ba /, Y (453), TsG (86b2), M (127) ngo bo /, TsG (86b3), M (127) rgyud kyi dbye ba /, Y (455), TsG (87a6), M (128)  sbyor ba khyad par can rgyud la skyes pa’i sgom rim /, PP (375), Ar (687), Y (456), TsG (89a5), M (128) sbyor ba khyad par can skye ba’i dus /, PP (375), Nya (594), Y (456), TsN (84a6), TsG (89a5), M (128) skyes pa’i rten gyi gang zag /, PP (378), Nya (600), Y (465), TsG (100b6), M (130) sbyor ba rgyud la skyes pa’i gang zag gi rtags yod pa’i sgo nas mdor bstan /, Nya (601), Y (468), TsG (103a6), M (130) yod chos rtags kyi ngo bo rgyas par bshad pa /, M (132) sbyor lam pa /, TsG (103b4), M (132) mdor bstan /, Y (468), TsG (103b4), M (132) rgyas bshad /, Y (469), TsG (103b6), M (132) mthong lam pa /, PP (383), Nya (607), Y (476), TsG (108a1), M (135) mdor bstan /, Y (477), TsG (108a2), M (135) rgyas bshad /, Y (477), TsG (108a4), M (136) sgom lam pa / phyir mi ldog pa’i rtags /, PP (390), Nya (615), Y (488), TsN (84b1), TsG (117b6), M (138) zhar byung /, TsG (118a1) sgom lam gyi khyad par /, Y (488), TsG (118a1), M (138) khyad gzhi sgom lam /, Y (490), TsG (118b6), M (138) de’i rab dbye /, Y (491), TsG (119b3), M (140) dngos /, TsG (119b3), M (140) de la rtsod pa spang ba /, Y (493), TsG (120b6), M (140) gnyen po grangs nges /, TsG (120b6), M (140) byed pa la rtsod pa spang ba /, Y (496), TsG (124a3), M (141) rtsod pa /, TsG (124a3), M (142) lan /, TsG (124b4), M (106)オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)

(6)

(142) dngos lan /, Y (499), TsG (124b4) de la rtsod spang /, TsG (126b2) rtsod pa /, TsG (126b2) lan /, TsG (128a4) dngos don /, TsG (128a5) gzhan yang mtshon pa’i tshul /, TsG (128b5) dkyus ma’i don /, Y (506), TsG (131a2) gang zag de’i sgom rim /, PP (391), TsG (133a6), M (146) brten pa sangs rgyas ’thob par byed pa /, PP (391), Ar (708), Nya (629), Y (509), TsG (133b1), M (147) dngos kyis don /, TsG (134b5) de la klan ka spong ba /, TsG (135a6) rten zhing dag par byed pa /, PP (391), TsG (142b6) sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, PP (392), Nya (634), Y (518), TsN (84b3), TsG (143b4), M (149) PP (392): (sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu thabs /), Nya (635), Y (520), TsN (84b3), M (149)

 6)例えば,第 4 章第 10 義の「仏国土清浄」は PS: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, PP: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu thabs /, Nya: gzugs sku’i rgyu zhing dag pa bshad pa /, Y: zhing dag pa’i sbyor ba /, TsN: zhing dag sbyor ba /, TsG: sangs rgyas kyi zhing der don mdzad pa’i rgyu /, M: longs sku’i rgyu rten zhing dag pa rgya che ba’i yul can (/ zhing dag sbyor)であり,PS と TsG が同一であることがわかる.さらに言えば,こ のトピックだけを見ても,TsN は Y とほぼ一致し,Nya とは異なっている.

 7)rTsom pa po rDza dpal sprul rin po che’i rnam thar mdor bsdus, dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po’i gsung ’bum bzhugs so 1 ([Khreng tu’u]:Si khron mi rigs dpe skrun khang, 2009).

 8)Brunnhӧlzl 2012, pp. 23–28.また pp. 688–689, n. 27 参照.パトゥル・リンポチェはツォ ンカパの Ts に依拠したのではないかという説に対し,ニンマ派の中には「むしろツォ ンカパもまたロンチェンパ(kLong chen rab ’byams pa, 1308–1363/1364)の失われた『小 註』複註に影響を受けている」という主張があることを紹介するほか,ツォンカパが 教えを受けたカダム派の師(Lho brag grub chen nam mkha’ rgyal mtshan, 1326–1401)が, ニンマ派とも深い関わりを持っていたことを著者は記している.

〈略号〉

Ar Ar byang chub ye shes. Shes rab kyi pha rol tu phyin pa’i man ngag gi bstan bcos mngon

par rtogs pa’i rgyan ces bya ba bzhugs so. Ed. dPal brtsegs Bod yig dpe rnying zhib ’jug

khang. Ar byang chub ye shes kyi gsung chos skor 2: 270–779. Pe cing: Krung go’i bod rig pa dpe skrun khang, 2006.

M Mi pham rgya mtsho. Sher phyin mngon rtogs rgyan gyi mchan ’grel puNDa ri ka’i do

shal bzhugs so. ’Ju Mi pham rin po che’i gsung ’bum 16. [s.l.]: ’Jam dpal d+hl [sic] yig

ser po’i dpe skrun tshogs pa, 2008.

Nya Nya dbon kun dga’ dpal. bsTan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan ’grel ba dang bcas pa’i

rgyas ’grel bshad sbyar yid kyi mun sel zhes bya ba bzhugs so. Ed. Mi rigs dpe skrung

khang gi bod yig rtsom sgrig khang. Jo nang dpe tshogs, 4 (stod cha), 5 (smad cha). Pe cing: Mi rigs dpe skrung khang, 2007.

PP dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po. Shes rab kyi pha rol tu phyin pa’i man

ngag gi bstan bcos mngon par rtogs pa’i rgyan gyi spyi don bzhugs so. Ed. Si khron dpe

第 4 章 一切相現等覚 nyams len sbyor ba bzhi’i yan lag rgyas par bshad pa /, PP (288), Ar (619), Nya (491), Y (378), TsG(以下は tsha 帙:1a1),M (95) dbang du bya ba /, PP (288), TsG (1a1), M (95) dbang du byed pa’i rgyu rnam kun /, PP (288), TsG (1a2), M (95) sbyor ba khyad par can rgyud la bskyed pa /, PP (288), TsG (2a4), M (95) sbyor sa rnam pa /, PP (289), TsG (2a4), M (95) mdor bstan /, TsG (2a5), M (95)  rgyas bshad /, TsG (3b5), M (96) gzhi shes /, PP (291), Nya (512), Y (380), TsG (5b2), M (96) lam shes kyi rnam pa rgyas par bshad pa /, PP (296), Nya (531), Y (391), TsG (9b6), M (98) rnam mkhyen gyi rnam pa rgyas par bshad pa /, PP (304), Nya (543), Y (401), TsG (14b1), M (100) sbyor ba bo’i gang zag bstan pa /, PP (346), Y (410), TsG (42b3), M (106) sbyor ba rang gi ngo bo /, PP (347), Y (412), TsG (43b6), M (106) sbyor ba’i sngon ’gro’i chos /, PP (351), TsN (84a2), TsG (50a5), M (109) thob bya yon tan /, PP (351), Nya (559), Y (416), TsN (84a3), TsG (50a6), M (109) dor bya skyon /, PP (354), Nya (563), Y (419), TsN (84a4), TsG (53b6), M (110) shes bya mtshan nyid /, PP (363), Nya (567), Y (424), TsN (84a4), TsG (58b4), M (114) ngo bo’i sgo nas mdor bstan /, Nya (567), TsG (63b3), M (114) dbye ba’i sgo nas rgyas par bshad pa /, Nya (571), TsG (64a5), M (115) shes pa /, Nya (571), Y (427), TsG (64a6), M (115) gzhi shes kyi shes mtshan /, Y (427), TsG (64a6), M (115) lam shes kyi shes mtshan /, Y (433), TsG (70b6), M (118)  rnam mkhyen gyi shes mtshan /, Y (435), TsG (72b1), M (119) khyad par gyi mtshan nyid /, Nya (579), Y (439), TsG (74b5), M (121) mdor bstan pa /, TsG (75a4), M (121)  rgyas par bshad pa /, TsG (75b6), M (121) byed pa /, Nya (583), Y (444), TsG (79a5), M (123) ngo bo nyid kyi mtshan nyid /, Nya (586), Y (448), TsG (82a3), M (125) rgyud la brten bya thar pa cha mthun /, PP (372), Nya (590), Y (452), TsG (84b5), M (127) ngo bo /, PP (373), Ar (662), Y (453), TsG (85a6), M (127) dbye ba /, Y (453), TsG (86b2), M (127) ngo bo /, TsG (86b3), M (127) rgyud kyi dbye ba /, Y (455), TsG (87a6), M (128)  sbyor ba khyad par can rgyud la skyes pa’i sgom rim /, PP (375), Ar (687), Y (456), TsG (89a5), M (128) sbyor ba khyad par can skye ba’i dus /, PP (375), Nya (594), Y (456), TsN (84a6), TsG (89a5), M (128) skyes pa’i rten gyi gang zag /, PP (378), Nya (600), Y (465), TsG (100b6), M (130) sbyor ba rgyud la skyes pa’i gang zag gi rtags yod pa’i sgo nas mdor bstan /, Nya (601), Y (468), TsG (103a6), M (130) yod chos rtags kyi ngo bo rgyas par bshad pa /, M (132) sbyor lam pa /, TsG (103b4), M (132) mdor bstan /, Y (468), TsG (103b4), M (132) rgyas bshad /, Y (469), TsG (103b6), M (132) mthong lam pa /, PP (383), Nya (607), Y (476), TsG (108a1), M (135) mdor bstan /, Y (477), TsG (108a2), M (135) rgyas bshad /, Y (477), TsG (108a4), M (136) sgom lam pa / phyir mi ldog pa’i rtags /, PP (390), Nya (615), Y (488), TsN (84b1), TsG (117b6), M (138) zhar byung /, TsG (118a1) sgom lam gyi khyad par /, Y (488), TsG (118a1), M (138) khyad gzhi sgom lam /, Y (490), TsG (118b6), M (138) de’i rab dbye /, Y (491), TsG (119b3), M (140) dngos /, TsG (119b3), M (140) de la rtsod pa spang ba /, Y (493), TsG (120b6), M (140) gnyen po grangs nges /, TsG (120b6), M (140) byed pa la rtsod pa spang ba /, Y (496), TsG (124a3), M (141) rtsod pa /, TsG (124a3), M (142) lan /, TsG (124b4), M

(7)

lTa ba klong yangs の一考察

安 田 章 紀

1.序

ドルジェリンパ(rDo rje gling pa, 1346–1405)は,ニンマ派史上最も偉大なテルト ン 5 人(gter ston rgyal po lnga)の 1 人である.彼の膨大なテルマのうちで最も重要 なものと目される TBKY は,彼が 15 歳の時(1360 年),ナムチャクダク(gNam lcags brag)にて発見したとされる.彼は由来書,儀軌,手引き書など関係するテ ルマをも多数発見し,それらは浩瀚な TBKY 関連文献群を形成している.

2.所属先

TBKY は複数の rNying ma rgyud ’bum に収録されている.収録先は,管見の限 り,Rig ’dzin tshe dbang nor bu 版(Nga, no. 10)1),gTing skyes 版(no. 89)2),sDe dge

版(no. 429)3),mTshams brag 版(no. 188)4),sGang steng-b 版(no. 188)5)である.

このうち,Rig ’dzin tshe dbang nor bu 版および gTing skyes 版は,TBKY の所属先

を,ゾクチェン 3 部のうち,界部(Klong sde)と明記している.これは,ラツン・

ナムカジクメ(lHa btsun Nam mkha’ ’jigs med, 1597–1650),ダライラマ 5 世ガワンロサ ンギャツォ(Ngag dbang blo bzang rgya mtsho, 1617–1682),ギュルメドルジェ(’Gyur med rdo rje, 1646–1714),コントゥル・ロドゥーターイェ(Kong sprul Blo gros mtha’ yas, 1813–1899)の聴聞録でも同様である6).ところが,ドルジェリンパ自身の見解は

異なる.すなわち,自著で TBKY は教誡部(Man ngag sde)であると明記している

のである(DT 147.5–148.3, 149.2–3).一方,TBKY 自体では自らの立場をゾクチェン 3 部を超えた大アティ(Ati chen po)と明記している(TBKY 410.1, 411.7–412.1, 453.3– 4, 583.6).したがって,TBKY の所属先につき,3 つの異なる立場が確認される.

3.影響

53 章からなる長大なタントラである TBKY の内容は多岐に亘る.例えば,2–3 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 1 号 平成 28 年 12 月 (109) skrun tshogs pa. dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po’i gsung ’bum bzhugs so

4. [Khreng tu’u]: Si khron mi rigs dpe skrun khang, 2009.

PS dPal sprul O rgyan ’jigs med chos kyi dbang po. Sher phyin mngon par rtogs pa’i rgyan

gyi bsdus don sa bcad bzhugs so. Ed. Si khron dpe skrun tshogs pa. dPal sprul O

rgyan ’jigs med chos kyi dbang po’i gsung ’bum bzhugs so 2: 244–261. [Khreng tu’u]: Si khron mi rigs dpe skrun khang, 2009.

Ts Tsong kha pa. Shes rab kyi pha rol tu phyin pa’i man ngag gi bstan bcos mngon par rtogs

pa’i rgyan ’grel pa dang bcas pa’i rgya cher bshad pa’i legs bshad gser gyi phreng ba’i sa bcad. 東洋文庫チベット研究室編. Sa-bcad of rJe yab sras gsung ’bum 1. Studia Tibetica

33: 84–139. 東洋文庫, 1996.

Y g-Yag ston sangs rgyas dpal. mNgon rtogs rgyan dang ’grel pa don gsal rtsa ’grel gyi dgos

don stsol ba rin chen bsam ’phel dbang gi rgyal po zhes bya ba bzhugs so. Sher phyin

mngon rtogs rgyan rtsa ba dang ’grel pa. [Khreng tu’u]: Si khron mi rigs dpe skrun khang, 1994.

〈参考文献〉

Brunnhӧlzl, Karl. 2012. Groundless Paths: The Prajñāpāramitā Sūtra, the Ornament of Clear

Realization, and Its Commentaries in the Tibetan Nyingma Tradition. Ithaca: Snow Lion.

田中公明 2014『「般若学」入門』大法輪閣. 谷口富士夫 2002『現観体験の研究』山喜房仏書林. 兵藤一夫 2000『般若経釈 現観荘厳論の研究』文栄堂書店. 真野龍海 1972『現観荘厳論の研究』山喜房仏書林. (平成 28 年度科学研究費補助金基盤研究 C(15K02044)による研究成果の一部である.) 〈キーワード〉 『現観荘厳論』,パトゥル・リンポチェ,オギェン・ジクメ・チューキワン ポ,ツォンカパ,ヤクトゥン (東洋大学東洋学研究所客員研究員) (108)オギェン・ジクメ・チューキワンポの『現観荘厳論 概説』について(石 川)

参照

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