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Vol.65 , No.2(2017)055ウルジージャルガル 「『金光明経』「最浄地陀羅尼品」と『大宝積経』「無尽慧菩薩会」について」

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(1)

『金光明経』「最浄地陀羅尼品」と

『大宝積経』「無尽慧菩薩会」について

ウルジージャルガル

1.問題の所在

『金光明経』(Suv)の成立過程には複数の編纂段階の存在が指摘されている.Suv の原型が成立した段階で,菩薩十地説に関する記述がなかったと考えられること は,最初の漢訳である【曇】に菩薩十地説が現れないことから裏付けられる.し かし本経典が様々な思想を包摂していくに連れて,陀羅尼を説く過程で必要とな る菩薩十地思想が取り入れられた. 【真】,【義】1),Viś の構成は,【羅】,【吉】及び【流】と Akṣ の構成と類似して いる.これらのうち【羅】,【吉】は『華厳経』「十地品」の別訳であることが須佐 [1930a, 1930b]により指摘されており,【羅】,【吉】,【流】の内容は木村[2007, 2008]により比較考察されている.また【真】と【義】に上記の漢訳経典類との 類似点があることは筆者が指摘した2).また Radich[2014]によって【真】の源 泉資料の解明の試みがなされている. しかし Viś と Akṣ は構造上類似し,訳語にも多くの共通点が見られるにもかか わらず,先行研究では両者の関係について考察されていない.本論は Viś と Akṣ を中心に次の 2 点を解明することを試みる.(1)両者及びそれらの漢訳並行資料 の間にどのような違いが見られるか.(2)両者の訳語・内容の共通点は訳者 Ye shes sde によるものか,或いは彼が翻訳に用いた伝本に基づくものであるか.

2.Viś,Akṣ および漢訳並行資料の比較

まず初めに菩薩十地について説く【羅】,【吉】,【真】,【義】,【流】,Viś,Akṣ の導入部を見よう.これらの経典が伝える記事と Suv のそれとの顕著な相違は, 世尊が説法する場所を Suv は示さないのに対し,その他は Rājagṛha(王舎城)の Gṛdhrakūṭa(霊鷲山)とする点である.Suv が世尊の説法を行う場所を示さない理  2)「如来常在定」説は『大毘婆沙論』では「分別論者」の主張として有部によって排斥 される(T no. 1545, 27.410b26).『異部宗輪論』はこれが大衆部系の通説であるという (T no. 2031, 49.15c3–4).

 3)satatasamāhito hi śāntamate tathāgataḥ na tathāgata ucchvasati vā prasvasati vā vitarkkayati vā vicārayati vā TG 5a5.

 4)api ca śāntamate ye yathādhimuktāḥ satvāḥ yathāparipakvāśayāḥ te tathaiva tathāgatavācaṃ niścarantī saṃjānate | tatra ca tathāgataḥ avikalpa upekṣakaḥ TG 6a8–9.

 5)『如来秘密経』と全知者論証と Kumārila による全知者批判については,吉水(2015) 参照.

〈参考文献〉 (一次文献)

Tathāgataguhyasūtra 写本.Shāstri 目録 vol. I, no. 18. Substance, Nepalese yellow paper. 16 × 3¾ inches.

Lévi, Sylvain, ed. 1907. Mahāyāna-Sūtrālaṃkāra: Exposé de la doctrine du Grand Véhicule

selon le système Yogācāra. Tome I, Texte. Paris: Champion.

Poussin, Louis de La Vallée, ed. 1903. Mūlamadhyamakakārikās (Mādhyamikasūtras) de

Nāgārjuna avec la Prasannapadā Commentaire de Candrakīrti. St. Pétersbourg:

Commissionnaires de l’Académie Impériale des Sciences. 南条文雄編 1923『梵文入楞伽経』大谷大学. (二次文献)

Lamotte, Étienne. 1976. The Teaching of Vimalakīrti: Vimalakīrtinirdeśa. London: Pali Text Society.

Shāstri, Haraprasad. 1917. A Descriptive Catalogue of Sanskrit Manuscripts in the Government

Collection under the Care of the Asiatic Society of Bengal. Vol. I. Calcutta: Asiatic Society of

Bengal. 伊久間洋光 2013「『如来秘密経』の梵文写本について」『印仏研』61 (2): 888–884. ――― 2016「一字不説――『如来秘密経』の神変を中心に――」『密教学研究』48: 1–14. 丹治昭義 2002「一音説法」『南都仏教』81: 19–44. 藤田宏達 1984『〈俱舎論〉所引の阿含経一覧』北海道大学文学部印度哲学研究室. 本庄良文 1984『俱舎論所依阿含全表』私家版. 吉水清孝 2015『クマーリラによる「宗教としての仏教」批判――法源論の見地から――』 龍谷大学現代インド研究センター. 〈キーワード〉 『如来秘密経』,一字不説,虚空説法,禅定,語密 (東京大学大学院)

(2)

次に Suv は菩薩十地と仏地(buddhabhūmi)それぞれについて 2 種の障害となる ものについて説く10).その他の並行資料には障害についての記述が見られない. また各経典では菩薩十地にそれぞれ十波羅蜜を配当させて波羅蜜を実践すべきこ とが説かれる11) その次に菩薩十地の各地で三昧を修め,陀羅尼が習得されるべきことが説かれ る.『十地経』では陀羅尼を獲得できる菩薩は,第九地「善慧」(sādhumatī)以上の 菩薩とされる.つまり「不退転地」(avaivartikabhūmi)に達した菩薩が得ることの できる徳目なのである.しかし上記同様の十地が説かれるこれらの経典では,菩 薩は十地の初地の段階から陀羅尼を習得できるとされる.それらの陀羅尼と平行 に守護呪としての「真言陀羅尼」を説いているのが,Suv の特徴である.これら の「真言陀羅尼」は,菩薩十地の各地の菩薩を守護するために説かれたものであ る.そのことは,経典中で世尊が「一筋のガンガー河の砂の数よりも多くの如来 たちが初地の菩薩を守るためにこの真言陀羅尼を語った」と述べていることから 裏づけられる. Suv では世尊がこれらの菩薩十地で習得される陀羅尼を説いた後,師子相無碍 光焰(Viś: blo gros mi zad pa)菩薩が登場し,世尊を賞賛する.その他の経典では師 子相無碍光焰菩薩は経典読誦の功徳が説かれる箇所で世尊に対して質問する天子 (devaputra)として登場する. 各経典はその末尾で経典読誦の功徳を説く.当該箇所でも世尊に質問する者が 登場するが,この質問者は Suv では「王」である.その他の並行資料は「天子」 としており,異なっている.次に経典読誦の功徳として陀羅尼が習得できること が説かれる.

3.Viś

と Akṣ のチベット語訳の比較

Viś と Akṣ は異なる経典の一部を構成しているが,翻訳には驚くほど多くの共 通点がある.想定されるサンスクリット原典からチベット語に翻訳したのが Ye shes sde である.彼は Śīlendrabodhi や Surendrabodhi など 15 人のインド僧らと 300

部以上の経典の翻訳を行っている12).下記は両者を比較したものである.

由は,Suv はその「序品」で問題の場所を Rājagṛha の Gṛdhrakūṭa だと述べている からである.同様に説法を受ける対告衆に関する記述も Suv には存在しない.と ころが Suv 以外の経典では登場する対告衆の数や名前に相違が認められる3) また跋陀波羅(Bhadrapāla)を代表とする 16 の大士の名称は同一である.文殊を 始めとする 60 人の名前には訳語の相違がある4).無尽慧(Akṣayamati)菩薩に代表 される菩薩摩訶薩は,【流】と Akṣ に登場する中心的な菩薩である5) 以上に続いて,世尊に対して質問する菩薩の名前と彼等の質問が説かれる.菩 薩の名称は経典によって異なるが,【羅】,【吉】,【流】,Viś,Akṣ が指しているの は同一の菩薩,すなわちアクシャヤマティ(Akṣayamati)である6).しかし【真】 と【義】では師子相無碍光焰(*Siṃhadhvajāpratihataprabhaṃkara)となっており7),同

一経典でありながら Viś(blo gros mi zad pa, Akṣayamati)とは異なる.これらの経典 における菩薩が世尊に対して質問する内容は「菩提心とは何か」であり,それに 対して世尊が菩提心を起こす条件を説く点はすべての伝本で同一である. 世尊は菩提心とは何かを説いた後,菩提心を起すのは波羅蜜によることを説く. 【羅】では菩提心を起す時に,波羅蜜がそのきっかけとなることを述べるが,それ は第二発心からであり,第二から第八発心まで檀(布施)乃至方便という七波羅 蜜を順番にあてる.【吉】は初発心から【羅】と同様の七波羅蜜をあてる.【真】, 【義】,【流】,Viś,Akṣ は十波羅蜜を初発心から第十発心の順であてる8) 次にこれらの経典には波羅蜜を完成させるためにはある種の道理(dharma)の習 得が必要となることが説かれる.【羅】は六波羅蜜,【吉】は七波羅蜜にそれぞれ 十種の道理が必要となる.一方【真】,【義】は十波羅蜜に対してそれぞれ五種の 道理を要することを条件とするが,【流】,Viś,Akṣ では十波羅蜜にそれぞれ十種 の道理が必要となる.また各経典は波羅蜜の意味について説くが,経典によって 意味を説明する回数が異なる9).【真】と【義】は概ね一致し,Viś と Akṣ は完全 に同じ内容である. 次に各経典は,十地の各地で菩薩が見るものについて説く.この箇所について 各経典に大きく異なる点は見られない.但し【羅】,【吉】,【真】,【義】,Viś,Akṣ は,菩薩十地の名称をあげないのに対し,【流】は「華厳十地」を菩薩の各地にあ てている.Suv は菩薩が十地で見るものを具体的に説いた後,初地から十地まで に歓喜乃至法雲の順であてる.Suv は菩薩が見るものと十地の名称とを別立てし て説明するのに対し,【流】は別立てせず,同時に説明している.【羅】,【吉】, Akṣ は十地の名称を具体的にあげていない.

(3)

次に Suv は菩薩十地と仏地(buddhabhūmi)それぞれについて 2 種の障害となる ものについて説く10).その他の並行資料には障害についての記述が見られない. また各経典では菩薩十地にそれぞれ十波羅蜜を配当させて波羅蜜を実践すべきこ とが説かれる11) その次に菩薩十地の各地で三昧を修め,陀羅尼が習得されるべきことが説かれ る.『十地経』では陀羅尼を獲得できる菩薩は,第九地「善慧」(sādhumatī)以上の 菩薩とされる.つまり「不退転地」(avaivartikabhūmi)に達した菩薩が得ることの できる徳目なのである.しかし上記同様の十地が説かれるこれらの経典では,菩 薩は十地の初地の段階から陀羅尼を習得できるとされる.それらの陀羅尼と平行 に守護呪としての「真言陀羅尼」を説いているのが,Suv の特徴である.これら の「真言陀羅尼」は,菩薩十地の各地の菩薩を守護するために説かれたものであ る.そのことは,経典中で世尊が「一筋のガンガー河の砂の数よりも多くの如来 たちが初地の菩薩を守るためにこの真言陀羅尼を語った」と述べていることから 裏づけられる. Suv では世尊がこれらの菩薩十地で習得される陀羅尼を説いた後,師子相無碍 光焰(Viś: blo gros mi zad pa)菩薩が登場し,世尊を賞賛する.その他の経典では師 子相無碍光焰菩薩は経典読誦の功徳が説かれる箇所で世尊に対して質問する天子 (devaputra)として登場する. 各経典はその末尾で経典読誦の功徳を説く.当該箇所でも世尊に質問する者が 登場するが,この質問者は Suv では「王」である.その他の並行資料は「天子」 としており,異なっている.次に経典読誦の功徳として陀羅尼が習得できること が説かれる.

3.Viś

と Akṣ のチベット語訳の比較

Viś と Akṣ は異なる経典の一部を構成しているが,翻訳には驚くほど多くの共 通点がある.想定されるサンスクリット原典からチベット語に翻訳したのが Ye shes sde である.彼は Śīlendrabodhi や Surendrabodhi など 15 人のインド僧らと 300

部以上の経典の翻訳を行っている12).下記は両者を比較したものである.

由は,Suv はその「序品」で問題の場所を Rājagṛha の Gṛdhrakūṭa だと述べている からである.同様に説法を受ける対告衆に関する記述も Suv には存在しない.と ころが Suv 以外の経典では登場する対告衆の数や名前に相違が認められる3) また跋陀波羅(Bhadrapāla)を代表とする 16 の大士の名称は同一である.文殊を 始めとする 60 人の名前には訳語の相違がある4).無尽慧(Akṣayamati)菩薩に代表 される菩薩摩訶薩は,【流】と Akṣ に登場する中心的な菩薩である5) 以上に続いて,世尊に対して質問する菩薩の名前と彼等の質問が説かれる.菩 薩の名称は経典によって異なるが,【羅】,【吉】,【流】,Viś,Akṣ が指しているの は同一の菩薩,すなわちアクシャヤマティ(Akṣayamati)である6).しかし【真】 と【義】では師子相無碍光焰(*Siṃhadhvajāpratihataprabhaṃkara)となっており7),同

一経典でありながら Viś(blo gros mi zad pa, Akṣayamati)とは異なる.これらの経典 における菩薩が世尊に対して質問する内容は「菩提心とは何か」であり,それに 対して世尊が菩提心を起こす条件を説く点はすべての伝本で同一である. 世尊は菩提心とは何かを説いた後,菩提心を起すのは波羅蜜によることを説く. 【羅】では菩提心を起す時に,波羅蜜がそのきっかけとなることを述べるが,それ は第二発心からであり,第二から第八発心まで檀(布施)乃至方便という七波羅 蜜を順番にあてる.【吉】は初発心から【羅】と同様の七波羅蜜をあてる.【真】, 【義】,【流】,Viś,Akṣ は十波羅蜜を初発心から第十発心の順であてる8) 次にこれらの経典には波羅蜜を完成させるためにはある種の道理(dharma)の習 得が必要となることが説かれる.【羅】は六波羅蜜,【吉】は七波羅蜜にそれぞれ 十種の道理が必要となる.一方【真】,【義】は十波羅蜜に対してそれぞれ五種の 道理を要することを条件とするが,【流】,Viś,Akṣ では十波羅蜜にそれぞれ十種 の道理が必要となる.また各経典は波羅蜜の意味について説くが,経典によって 意味を説明する回数が異なる9).【真】と【義】は概ね一致し,Viś と Akṣ は完全 に同じ内容である. 次に各経典は,十地の各地で菩薩が見るものについて説く.この箇所について 各経典に大きく異なる点は見られない.但し【羅】,【吉】,【真】,【義】,Viś,Akṣ は,菩薩十地の名称をあげないのに対し,【流】は「華厳十地」を菩薩の各地にあ てている.Suv は菩薩が十地で見るものを具体的に説いた後,初地から十地まで に歓喜乃至法雲の順であてる.Suv は菩薩が見るものと十地の名称とを別立てし て説明するのに対し,【流】は別立てせず,同時に説明している.【羅】,【吉】, Akṣ は十地の名称を具体的にあげていない.

(4)

羅尼」を菩薩十地の各地に配当させ,讃仏するのが Suv の大きな特徴である. 以上から次の結論が導かれよう.(1)Viś は【真】や【義】と同一経典であり, Akṣ と【流】は同一経典であるから,経典の内容の展開は全く同じである.また Viś と Akṣ は異なる経典でありながら,訳語や内容の完全な一致が頻繁に見られ る.またこれら二つの経典は,【羅】や【吉】の独立した経典に比べ,内容的に著 しく発展した形態を示す.(2)Viś と Akṣ の訳語・内容が共通するのは両者がい ずれも Ye shes sde によって翻訳されたことによると考えられる.無論,翻訳に用 いた原典が一致していたということも否定できない.しかしもしそうであったと しても,翻訳者が違っていれば,訳語の完全な一致や部分的な一致はそう頻繁に は見られないはずである.

 1)【義】から Chos grub によるチベット語訳は Shin tu rnam par dag pa’i gzungs である.  2)ウルジージャルガル[2011, 2012]参照.

 3)【羅】では 1200 の「大比丘」(mahābhikṣu)であり,その他の伝本は 1250 の「大比 丘」である.「智光」といった菩薩の名はすべての経典に同じ名称で現れる.Akṣ を除 く伝本が菩薩の数を「一万」とし,Akṣ のみ「千」とする.

 4)【羅】の「菩薩」にあたる名称が【吉】では「同意」,【流】では「無比喩心菩薩」, Akṣ では sems dpa’ dpe med pa(*sattvānutpada)である.

 5)経典名も無尽慧菩薩に由来し,【流】は「六万」の菩薩とし,Akṣ は「六千万」(bye ba phrag drug cu)とする.

 6)【羅】思無量義,【吉】無尽智,【流】無尽慧,Viś and Akṣ: blo gros mi zad pa.

 7)Nobel[1958: 124],Radloff[1930: 101]は Uig. に基づき Siṃha-imita-Prabhankari[sic] と還梵する.

 8)【流】のみが力波羅蜜と願波羅蜜の説かれる順番を Suv のそれと逆にしている.当該 箇所は訳経上で混乱が生じたものと考えられる.

 9)【羅】19,【吉】21,【真】17,【義】17,【流】30,Viś: 28,Akṣ: 28 種の波羅蜜の意味 を説く.

10)Suv の仏地における二種の障害の Viś のみをあげる.Viś: D195a4–5「非常に微細なあ らゆる領域で知られるべきものを妨げる迷妄(所知障)と煩悩という非常に微細な悪 い性質に関する迷妄(煩悩障)という,これら二つの迷妄は仏地を妨げるものである」. 11)【羅】のみが第九地に「成就衆生満足波羅蜜」,第十地に「諸願満足波羅蜜」を割り

当てている.

12)Rhaldi[2002]の纏めでは 347 部の経典が数えられる.Rhaldi[2002]は Viś の翻訳 者として Jinamitra,Ye shes sde の共訳者に Surendrabodhi をあげているが,Śīlendrabodhi の誤りである. Viś Akṣ ― 175b2–7 Viś は欠く 188b7–194a5 175b7–181a3 完全一致 194a5–195a5 ― Akṣ は欠く 195a5–b5 181a3–b3 完全一致 195b5–199a2 181b3–182a2 部分的に一致 199a2–b3 182a2–b3 完全一致 199b3–b4 ― Akṣ は欠く 199b4–200a3 182b3–5 部分的に一致

4.まとめ

以上の各経典の内容比較から以下の点を指摘することができよう. ・世尊に菩提心について質問する時に登場する菩薩は【真】と【義】では「師 子相無碍光焰」であるのに対し,Viś と【羅】,【吉】,【流】,Akṣ ではアクシャ ヤマティである. ・【真】と【義】では波羅蜜の完成に必要とされる道理は五種であるのに対し, Viś と【羅】,【吉】,【流】,Akṣ では十種である. ・Suv と【流】では菩薩十地を歓喜地から法雲地まで順番にその名称をあげる が,【羅】,【吉】,Akṣ では各地の名称を出さない. ・Suv が菩薩十地と仏地における障害となる無明について説くのに対し,その 他ではそれについての記述がない. ・Suv は他の伝本にない守護呪としての「真言陀羅尼」を菩薩十地の各地に配 当させる. ・Suv が仏を褒め讃える偈頌を説くのに対し,その他の伝本はこれを欠く. ・Viś と Akṣ のテキストには互いに完全に一致,もしくは部分的に一致を示す 箇所が多数見られる. Viś と Akṣ は異なる経典の一部でありながら,最初に登場する菩薩名や波羅蜜 の完成に必要とされる道理を同じくしていることがわかる.また Viś は【真】や 【義】とは同一経典の異訳にすぎないにもかかわらず,内容を異にする.Suv が他 の経典と大きく相違する点は,菩薩十地に十地の名称をあてることである.また 菩薩十地とは別に仏地を持ち出し,それに対する障害を述べる.さらに「真言陀

(5)

羅尼」を菩薩十地の各地に配当させ,讃仏するのが Suv の大きな特徴である. 以上から次の結論が導かれよう.(1)Viś は【真】や【義】と同一経典であり, Akṣ と【流】は同一経典であるから,経典の内容の展開は全く同じである.また Viś と Akṣ は異なる経典でありながら,訳語や内容の完全な一致が頻繁に見られ る.またこれら二つの経典は,【羅】や【吉】の独立した経典に比べ,内容的に著 しく発展した形態を示す.(2)Viś と Akṣ の訳語・内容が共通するのは両者がい ずれも Ye shes sde によって翻訳されたことによると考えられる.無論,翻訳に用 いた原典が一致していたということも否定できない.しかしもしそうであったと しても,翻訳者が違っていれば,訳語の完全な一致や部分的な一致はそう頻繁に は見られないはずである.

 1)【義】から Chos grub によるチベット語訳は Shin tu rnam par dag pa’i gzungs である.  2)ウルジージャルガル[2011, 2012]参照.

 3)【羅】では 1200 の「大比丘」(mahābhikṣu)であり,その他の伝本は 1250 の「大比 丘」である.「智光」といった菩薩の名はすべての経典に同じ名称で現れる.Akṣ を除 く伝本が菩薩の数を「一万」とし,Akṣ のみ「千」とする.

 4)【羅】の「菩薩」にあたる名称が【吉】では「同意」,【流】では「無比喩心菩薩」, Akṣ では sems dpa’ dpe med pa(*sattvānutpada)である.

 5)経典名も無尽慧菩薩に由来し,【流】は「六万」の菩薩とし,Akṣ は「六千万」(bye ba phrag drug cu)とする.

 6)【羅】思無量義,【吉】無尽智,【流】無尽慧,Viś and Akṣ: blo gros mi zad pa.

 7)Nobel[1958: 124],Radloff[1930: 101]は Uig. に基づき Siṃha-imita-Prabhankari[sic] と還梵する.

 8)【流】のみが力波羅蜜と願波羅蜜の説かれる順番を Suv のそれと逆にしている.当該 箇所は訳経上で混乱が生じたものと考えられる.

 9)【羅】19,【吉】21,【真】17,【義】17,【流】30,Viś: 28,Akṣ: 28 種の波羅蜜の意味 を説く.

10)Suv の仏地における二種の障害の Viś のみをあげる.Viś: D195a4–5「非常に微細なあ らゆる領域で知られるべきものを妨げる迷妄(所知障)と煩悩という非常に微細な悪 い性質に関する迷妄(煩悩障)という,これら二つの迷妄は仏地を妨げるものである」. 11)【羅】のみが第九地に「成就衆生満足波羅蜜」,第十地に「諸願満足波羅蜜」を割り

当てている.

12)Rhaldi[2002]の纏めでは 347 部の経典が数えられる.Rhaldi[2002]は Viś の翻訳 者として Jinamitra,Ye shes sde の共訳者に Surendrabodhi をあげているが,Śīlendrabodhi の誤りである. Viś Akṣ ― 175b2–7 Viś は欠く 188b7–194a5 175b7–181a3 完全一致 194a5–195a5 ― Akṣ は欠く 195a5–b5 181a3–b3 完全一致 195b5–199a2 181b3–182a2 部分的に一致 199a2–b3 182a2–b3 完全一致 199b3–b4 ― Akṣ は欠く 199b4–200a3 182b3–5 部分的に一致

4.まとめ

以上の各経典の内容比較から以下の点を指摘することができよう. ・世尊に菩提心について質問する時に登場する菩薩は【真】と【義】では「師 子相無碍光焰」であるのに対し,Viś と【羅】,【吉】,【流】,Akṣ ではアクシャ ヤマティである. ・【真】と【義】では波羅蜜の完成に必要とされる道理は五種であるのに対し, Viś と【羅】,【吉】,【流】,Akṣ では十種である. ・Suv と【流】では菩薩十地を歓喜地から法雲地まで順番にその名称をあげる が,【羅】,【吉】,Akṣ では各地の名称を出さない. ・Suv が菩薩十地と仏地における障害となる無明について説くのに対し,その 他ではそれについての記述がない. ・Suv は他の伝本にない守護呪としての「真言陀羅尼」を菩薩十地の各地に配 当させる. ・Suv が仏を褒め讃える偈頌を説くのに対し,その他の伝本はこれを欠く. ・Viś と Akṣ のテキストには互いに完全に一致,もしくは部分的に一致を示す 箇所が多数見られる. Viś と Akṣ は異なる経典の一部でありながら,最初に登場する菩薩名や波羅蜜 の完成に必要とされる道理を同じくしていることがわかる.また Viś は【真】や 【義】とは同一経典の異訳にすぎないにもかかわらず,内容を異にする.Suv が他 の経典と大きく相違する点は,菩薩十地に十地の名称をあてることである.また 菩薩十地とは別に仏地を持ち出し,それに対する障害を述べる.さらに「真言陀

(6)

法華経における五道と六道

前 川 健 一

1.問題の所在

法華経における五道・六道については,壬生[1990]が「五道」「六道」の用例 を検討し,平岡[2012]243–245 は四悪趣を説く箇所や六道を列挙する箇所も含 めて用例を整理している.また,冨田[2012]も阿修羅の用法を調査している. これらの結果,「五道」に言及する薬草喩品の後半(『妙』に欠く部分)を除いて, 法華経は基本的に六道説とされている.しかし,従来の研究では五道や六道を含意 しうる表現が網羅的に取り上げられておらず,諸漢訳や梵文写本の異同も十分考慮 されていない.本稿では関連表現を網羅的に収集し,今後の研究の基礎としたい.

2.法華経諸本における五道・六道関連資料

本稿では,漢訳諸本・梵本における以下の諸用例を関連資料として用いる(チ ベット語訳は梵本とほとんど同じため今回は取り上げない). (1)直接,「五道」「六道」という句がある箇所 (2)「五道」「六道」の句はないが五道・六道を列挙するもの (3)三悪道・四悪趣を列挙するもの (4)仏の教化する世界(loka)の形容句 (1)は先行研究ですでに取り上げられているものであり,(2)(3)は部分的に 平岡[2012]・冨田[2012]に取り上げられているが,網羅的ではない.特に阿修 羅を含まない五道列挙や三悪道列挙の箇所は従来注目されていない.三悪道列挙 の場合,五道説(天・人 + 三悪道)・六道説(三善道 + 三悪道)の両方の可能性がある. (4)は,仏が出現したり教化したりする世界(loka)の形容句である.これはさ らに以下に細分される. (a)天のみ(sadeva loka)

( b ) 天 ・ 魔 ・ 梵 ・ 沙 門 ・ バ ラ モ ン の 列 挙( sadeva loka samāraka sabrahmaka 〈略号〉

Akṣ Āryākṣayamatiparipṛcchā. Surendrabodhi, and Ye shes sde, trans. ’phags pa blo gros mi zad pas zhus pa zhes bya ba theg pa chen po’i mdo『聖無尽意所問大乗経』(Tōhoku no.

89; Ōtani no. 760, 138a7–146b3).

【曇】 曇無讖訳『金光明経』(T16, 335a2–359b1).

【真】 宝貴合『合部金光明経』「陀羅尼最浄地品」(T16, 372c3–378a24). 【義】 義浄訳『金光明最勝王経』「最浄地陀羅尼品」(T16, 417c20–422b20).

D sDe dge, bKa’ ’gyur, pha 1b1–62a7.

T 大正新脩大蔵経. Uig. See Radloff [1930].

Viś Jinamitra, Śīlendrabodhi, and Ye shes sde, trans. ’phags pa gser od dam pa mdo sde’i

dbang po’i rgyal po zhes bya ba theg pa chen po’i mdo, Sa rnam par spyong (Tōhoku no.

556; Ōtani no. 175, 188b7–200a4).

【羅】 鳩摩羅什訳『仏説荘厳菩提心経』(T10, 961b4–963b3).See 衛藤[1932]. 【吉】 吉迦夜訳『仏説大方広菩薩十地経』(T10, 963b8–965b27).See 木村[2007]. 【流】 菩提流志訳『大宝積経』「無尽慧菩薩会第四十五」(T11, 648a14–650b16). 〈参考文献〉

Nobel, Johannes. 1958. Suvarṇaprabhāsottamasūtra. Leiden: J. Brill.

Radich, Michael. 2014. “On the Sources, Style and Authorship of Chapters of the Synoptic

Suvarṇaprabhāsottama-sūtra T664 Ascribed to Paramārtha (Part 1).” Sōka Daigaku Kokusai Bukkyōgaku Kōtō Kenkyūjo nenpō 創価大学仏教学高等研究所年報 17: 207–244.

Radloff, Wilhelm. 1930. Suvarṇaprabhāsa. Leningrad: Russian Academy of Sciences.

Rhaldi, Sherab. 2002. “Ye-Shes sDe; Tibetan Scholar and Saint.” Bulletin of Tibetology 38: 20– 36. ウルジージャルガル 2011「『金光明経』の研究―― 「最浄地陀羅尼品」 の構造について」 『印度学仏教学研究』59 (2): 124–127. ――― 2012「『金光明経』「最浄地陀羅尼品」 の内容と十地説」『東洋大学大学院紀要』〈文 学研究科〉48: 199–208. 衛藤即応 1932「仏説荘厳菩提心経」『国訳一切経』 華厳部 4,大東出版社. 木村清孝 2007『仏説大方広菩薩十地経』,『新国訳大蔵経』5,華厳部 4,大蔵出版. ――― 2008「漢訳『菩薩十地経』考――同系統の二経との比較考察――」『国際仏教学大 学院大学研究紀要』12: 1–26. 須佐晋龍 1930a「華厳経十地品の研究――初歓喜地を中心として――」『現代仏教』69: 60–75. ――― 1930b「華厳経十地品の研究――初歓喜地を中心として――」『現代仏教』70: 53–69. 〈キーワード〉 陀羅尼最浄地,最浄地陀羅尼,Sa rnam par spyong,*Viśuddhabhūmidhāraṇī (東洋大学東洋学研究所奨励研究員,博士(文学))

参照

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