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南アジア研究 第23号 002高橋 晃一「大乗仏教のヴァルナ観に関する一考察」

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(1)

執筆者紹介

大乗仏教のヴァルナ観に

関する一考察

高橋晃一

たかはし こういち●東京大学大学院人文社会系研究科 インド仏教 ・ 高橋晃一、2005、「『菩薩地』「真実義品」から「摂決択分中菩薩地」への思想展開― vastu概念を中心として―」、Bibliotheca Indologica et Buddhologica 、12、231頁。 ・ Koichi TAKAHASHI、2009、“Why was the Mānuṣyakasūtra cited in the Bodhisattvabhūmi?:

An example of a shared scripture in the abhidharma and Yogācāra philosophy”、『印度学 仏教学研究』、57–3、87–93頁。

1 はじめに

生まれによって賎民なのではない。生まれによってバラモンなので もない。行為によって賎民なのであり、行為によってバラモンなの である。(『スッタニパータ』第 136 偈)1 この『スッタニパータ』の一偈に代表されるように開祖ブッダ以来、仏 教はインド文化圏固有の身分制度であるヴァルナ制(またはカースト制) に対して批判的であったと考えられている。ヴァルナ制を批判し、バラ モン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四つのヴァルナの平等 を説く記述が、いわゆる原始仏典に散見されることはすでによく知られ ている2。また、ヴァルナ制に対する批判の書として知られる『ヴァジュ ラスーチー』はこのような仏教徒の立場を突き詰めた著作とも言える3。 一方で、『根本説一切有部律』(*

Mūlasarvāstivādavinaya

)には次のよ うな記述が見られる。 比丘が人の欠点に関して話をしようという意図をもって、バラモン 出身の比丘のところに行き、「あなたにとって沙門の道理はどこにあ るのか、バラモンの道理はどこにあるのか。あなたはバラモンの出 執筆者紹介

(2)

身である」と、このように言うならば、〔そのように言われた〕比丘 が恐れを抱こうと、抱くまいと、〔そのように言った〕比丘にとって は悪作罪(註5参照)となる4 これは出家者同士が互いの出自について話題にしてはならないこと を規定したものであり、バラモン以外の出自の者に対しても同様に述べ られている。なお、バラモン・クシャトリヤ階級の出身者に対してこの ような行為を行う場合よりも、ヴァイシャ・シュードラ出身者に対して 行う場合の方がより重い罪に問われることになる5。『根本説一切有部 律』のこの規定は、教団内部の差別意識を排除することが目的であった ろうが、このような規則が必要になった背景には、出家教団内部で実際 に出身カーストを尋ねる比丘がいたことを示唆しているように思われる。 仏教徒として出家した者であっても、ブラフマニズムの文化圏に生まれ た者であれば、もとは何らかのヴァルナに属していたはずであり、直ち に慣習的な階級意識を捨て去ることが難しかったことを伺わせる。 仏教文献を俯瞰するとき、理想と現実の間で生じる、ある種の矛盾が 見られることは興味深い。ところで、一部の大乗仏教徒について、ヴァ ルナ制を肯定的に受け入れていた可能性が報告されている。大乗仏教の 一派である中観派に属するバーヴィヴェーカ(

Bh

ā

viveka

、清辨、6世 紀頃)の著作である『般若灯論』(Prajñāpradīpa)と、それに対するア ヴァローキタヴラタ(

Avalokitavrata

、8世紀頃)の注釈に、その傾向 が見られることが先行研究で指摘されている(3

-

1を参照)。本稿では、 大乗仏教に関する文献のうち、「論書」と言われる文献に焦点をあてて、 ヴァルナ観を概観したのち、上記の指摘について再検討を試みる。

2 大乗論書におけるヴァルナ観

大乗仏教には大きく分けると中観派と唯識派の二つの学派がある。ま ず、両学派の文献に見られる主なヴァルナ観について概観しておく。 2-1 中観派のヴァルナ観 中観派の第二祖、アーリヤデーヴァ(Ā

ryadeva

、2

-

3世紀頃)は厳 しくバラモンを批判したことで知られている。鳩摩羅什(344

-

413、また は350

-

409年頃)が中国に伝えた『提婆菩薩伝』によれば、アーリヤデー

(3)

ヴァは南インドのバラモンの出身であり6、厳しくバラモンを批判したた め、その怨みを受けて殺害されたという7。なお、アーリヤデーヴァの著 作に注釈を施したチャンドラキールティ(

Candrak

ī

rti

、600

-

650年頃) は、アーリヤデーヴァをスリランカの王族の出としている8。伝承に相違 点が見られるものの、アーリヤデーヴァがバラモンの権威に対して批判 的であったことは、その著作『四百論』(Catuḥśataka)の以下の偈などか ら窺い知ることができる。 もし、行為によってシュードラもクシャトリヤとされるのであれば、 どうして、〔バラモン〕僧も行為によってシュードラに生まれないの か、と私は思うのだ。(『四百論』第4章 23 偈) 仏教と裸形派とバラモン、三者の教えは〔それぞれ〕心と目と耳で 理解する。それゆえ、〔シャカ〕ムニの教理は微細なのだ。バラモ ンたちの教えは概ね捏造されたものと言われるように、同じように、 裸形派たちの教えは概ね、ばかげていると言われる。(同第 12 章 19 ‐20 偈)9 現存するアーリヤデーヴァのバラモン批判はこの程度のものであり、 これによってバラモンから危害を加えられたとも思われない。アーリヤ デーヴァの場合、むしろ『四百論』第4章全体が王権(クシャトリヤ) 批判であり、そちらの方が論調は厳しい。しかしながら、後代の注釈家 たちはここに引用した偈に注目し、しばしば手厳しくバラモンを批判し ている。例えば、チャンドラキールティは先述の第4章23偈に関して、 バラモンであっても、牛乳を売る者はシュードラになるという『マヌ法 典』の一偈を引用し、バラモンの地位が絶対的なものではないことをバ ラモン自身の典籍によって示そうとしている10。また、第12章19偈以下 に対しては、ダルマパーラ(護法、530

-

561年頃)が詳細なバラモン批判 を展開しており(『大乗広百論釈論』、220

c

10

-

221

a

6)、「バラモンは生活 のために様々な手段で女性やシュードラをだますのだ」と述べている11。 ダルマパーラの時代には異教徒が優遇され、仏教が弾圧されていたと伝 えられる12。そのような時代背景がダルマパーラの論調に影響を与えた 可能性は否定できないであろう。なお、チャンドラキールティも同じ箇 所に注釈を付けているが、ここまで厳しくバラモンを批判してはいない

(4)

(Bodhisattva yogācāracatuḥśatakaṭīkā

, P ya

218

a

2

-

219

a

2)。チャンドラキー ルティの批判は、バラモンよりも王権に向けられている感があるが、こ れはアーリヤデーヴァの『四百論』の構成によるところも大きいのでは ないかとも思われる。アーリヤデーヴァが一章を割いて王権を批判して いるため、結果としてチャンドラキールティの注釈も王権批判の部分に 多くを費やすことになったのではなかろうか。 2-2 瑜伽行派のヴァルナ観 大乗仏教のもう一つの学派である瑜伽行派のヴァルナ観については、 この派の基本典籍である『瑜伽師地論』(Yogācārabhūmi)に散見される。 この著作は4世紀頃の成立とされるが、全体が一時に成立したのではな く、ある程度の時間をかけて現存する形に編纂されたと考えられてい る。その最古層に属する「本地分中思所成地」では「バラモン、クシャ トリヤ、ヴァイシャ、シュードラという四つの種姓に属する人々がやっ て来るたびに、法に適った律、〔すなわち〕教導によって教示すること が、『優れた人々に対する教導』と言われる。そして、その人々はブッ ダによって法に適って導かれる、〔すなわち〕教導され、教示される。」 と説かれている13。この文章は経文の一節に登場する「優れた人々」と いう表現を解説したものだが、四つのヴァルナに属する人々が総じて 「優れた人々」として理解されていることがわかる。 一方、同じく古層に属する「本地分中」『声聞地』では、人には「沙 門」「バラモン」「梵行者」「比丘」「精勤者」「出家者」の6種があるとした うえで、バラモンについては、「生まれとしてのバラモン」「呼称としての バラモン」「行為によるバラモン」の3種があるという(Śrāvakabhūmi

p.

338

,

9

ff

)。このうち、前二者は社会制度上の身分としてのバラモンを指 すものと思われるが、最後の「行為によるバラモン」は、単なる家柄や 出自ではなく、悪法を離れた者、すなわち宗教上の理想的人格を象徴し ている存在と言える。『声聞地』はこれらの3種類のバラモンについて 詳論しないが、やや成立時期が遅いとされる『瑜伽論』「摂決択分」で は「生まれによるバラモン」を、次のように批判している。 生まれによるバラモンたち、彼らは〔以下の〕三つの立場を正しい もの、〔すなわち〕真理として設定している。けれども、それ故に、

(5)

彼ら生まれによるバラモンたちは、まさにその三つの立場に、三つ の過誤によって完全に汚された心を伴って、留まっているのであり、 したがって、彼らは勝義として非バラモンと称される。何が三つ〔の 立場〕かと言うと、生活の糧とすること、福徳に励むこと、果報を 思うことである14。 バラモンの家系に生まれた者がその地位を生活の糧とすることを批 判している点は、前節で紹介したダルマパーラと同じだが、それほど厳 しい論調ではない。「摂決択分」ではこの直後に、真のバラモンについ ての言及があり、むしろ、そちらの方が要点であったと思われる。それ によれば、たとえバラモンの出自でなくとも、「すべての衆生が殺害され るべきではない」「すべての現象は無常である」「すべての法は無我であ る」という三つの立場を受け入れた者は真のバラモンとされる15。三つ の立場の内容からすれば、大乗仏教に帰依した者が、真のバラモンと見 なされることになる。『瑜伽論』の場合、実在のバラモンを批判し、そ の権威を否定するよりも、宗教上の理想的人格としての「バラモン」と いう概念を自らの体系に取り込み、同化しようとする傾向があると言え る。ただし、それは4種のヴァルナの平等を前提としたものであり、慣 習的な身分としてのバラモンの権威を容認するものではない。

3 大乗仏教はヴァルナ制を容認したのか?

3-1 ヴァルナ制に肯定的な仏教徒 これまで見てきたように、大乗仏教は「バラモン」を理想的人格として認 めることはあっても、社会的な階級組織としてヴァルナ制を認めるもの は見られない。しかし、本稿の冒頭で紹介したように、中観派に属するバ ーヴィヴェーカ(

Bh

ā

viveka

、清辨、6世紀頃)の『般若灯論』(Prajñāpradīpa) と、アヴァローキタヴラタ(

Avalokitavrata

、8世紀頃)がそれに対し て施した注釈(Prajñāpradīpaṭīkā)には、ヴァルナ制を容認するような記 述が見られるという報告がある。 バーヴィヴェーカの『般若灯論』においてヴァルナ制が肯定的に捉え られているとした最初の研究はKajiyama[

1963

]であろう。これは『般 若灯論』のドイツ語訳研究だが、その中で、「(聴衆の)生まれ、年齢、 ヴァルナ、場所、時間を無視しない」という『般若灯論』の一節に注を

(6)

付し、アヴァローキタヴラタの注釈に基づいて、「この縁起は、地獄の 住人、餓鬼などにではなく、天界の住人や人に説かれるべきである。そ れが『聴衆の生まれを無視しない』という言葉の意味である。(略)カー ストに関しては、例えばバラモンやクシャトリヤには説かれるべきであ るが、しかし、ヴァイシャやシュードラには(説かれるべきでは)ない」 と解説している16。この見解は『般若灯論』第1章を和訳した能仁[

1992

にも踏襲されており、上述のKajiyama[

1963

]で紹介されたアヴァロー キタヴラタの注釈の内容を「仏教受容者の現実的側面」と捉えている17。 さらに、de Jong[

1990

]でも、『般若灯論』の同じ箇所を取り上げて同 様の見解が表明されている18。なお、de Jong[

1990

]は、アヴァローキ タヴラタの一連の注釈の中で引用される「異教徒の典籍」が、『マヌ法 典』(4.80)であることを明らかにしている。チベット語訳でしか伝わら ないアヴァローキタヴラタの注釈について、引用元のテキストを同定し たことは非常に大きな貢献であった。de Jong[

1990

]では、アヴァロー キタヴラタが引く『マヌ法典』の一偈について、批判的な意図によるも のではなく、賛意をもって引用されていると述べられている。 これらが是認されるとすれば、バーヴィヴェーカやアヴァローキタヴ ラタはヴァイシャやシュードラに対するある種の差別的立場を公言して いることになり、仏教徒のヴァルナ観研究における非常に興味深い資料 となるはずであろう。しかし、上述の先行研究で扱われた資料を綿密に 調査すると、こうした見解は必ずしも容認されるべきものではないこと がわかる。 3-2 テキスト解釈の問題 バーヴィヴェーカの『般若灯論』も、アヴァローキタヴラタの注釈も、 サンスクリット原典は散逸しているので、その内容はチベット語訳や漢 訳を通じて知るほかない。上述の先行研究で指摘されてきたヴァルナ差 別に関する問題は、すべてチベット語訳に基づいてなされているが、チ ベット語訳『般若灯論』の当該箇所は次のようになっている。 最高の乗り物(大乗)によって行く者たちに対して、至宝の縁起の 教え、〔すなわち〕生まれ、年齢、種姓(ヴァルナ=カースト)、場 所、時について《超えることがなく》(’da’ ba med pa)、すべての異

(7)

教徒、声聞、独覚と共通でないものを、世俗と勝義の真理に基づい て、「生と不生」などの表現で説いたのである。

theg pa mchog gis

ʼ

gro ba rnams la rten cing

ʼ

brel par

ʼ

byung

ba

ʼ

i rin po che dam pa skye ba dang/ na tshod dang/ rigs

dang/ yul dang/ dus la

iʼ

da

ʼ

ba med pa/ mu stegs byed dang/

nyan thos dang/ rang sangs rgyes thams cad dang thun mong

ma yin pa kun rdzob dang don dam pa

ʼ

i bden pa la brten nas/

skye ba dang skye ba med pa la sogs pa

ʼ

i brjod pa dag gis bka

ʼ

stsal to//(

Prajñāpradīpa

P tsha

54

a

6

-

8

, D tsha

46

a

4

-

5

).

i

) la P; las D.

この文章では、「生まれ、年齢、種姓、場所、時について《超えるこ とがなく》」という表現がわかりにくい。「《超えることがない》」とは何 を意味しているのか、またこの表現は文章中のどの言葉にかかっていく のか、こうした点が判然としない19。この点について、アヴァローキタヴ ラタは次のように解説している。 またこの〔『般若灯論』の文章の〕中で、「至宝の縁起」というのは 特質の基体であり、「生まれと年齢とヴァルナと場所と時間から超え ることなく」と「異教徒と声聞と独覚すべてと共通でない」という この二つは、その特質である。

ʼ

dir yang

rten cing ’brel par ’byung ba’i rin po che dam pa

zhes bya ba ni

khyad par gi gzhi yin la/

skye ba dang na tshod dang rigs dang/ yul dang dus las ’da’ ba med pa

zhes bya ba dang/

mu stegs byed dangi nyan thos dangii rang sangs rgyas thams cad dang thun mong ma yin pa

zhes bya

ba de gnyis ni de

ʼ

i khyad par yin no//(

Prajñāpradīpaṭīkā

, P wa

17

b

7

-

18

a

1

, D wa

14

b

7

-

15

a

1

).

i

) dang P; dang/ D.

ii

) dang P; dang/ D.

これによれば、「至宝の縁起」は特質の基体であり、「生まれなどに関 して《超えることがない》」「異教徒・声聞・独覚の教義と異なっている」 という二つの表現はその縁起の特質を表している。言い換えれば「生ま れなどに関して《超えることがない》」などの表現と「至宝の縁起」は、

(8)

修飾・被修飾の関係にある。それでは「生まれなどに関して《超えるこ とがない》」とは具体的には何を意味するのであろうか。アヴァローキタ ヴラタは、さらに次のように述べる。 この至宝の縁起は、生まれと年齢とヴァルナと場所と時から《超え ることがない》のであり、それ(至宝の縁起)はそれら(生まれな ど5項目)に関して《除外されることがない》のである。

rten cing

ʼ

brel par byung ba

ʼ

i rin po che dam pa

ʼ

di ni skye ba

dang/ na tshod dang/ rigs dang/ yul dang/ dus las

(iʼ

da

ʼ

ba

i)

med pa yin te/

ii

de ni de dag la dbri bkol med pa yin no//

(

Prajñāpradīpaṭīkā

P wa

18

a

4

-b

4

, D wa

15

a

3

-b

2

).

i

)

ʼ

da

ʼ

ba P;

ʼ

das pa D.

ii

) te/ P; no// D.

この一文が、《超えることがない》という表現を解釈する上で重要な 資料となる。以下この内容を考察する。

3-3 チベット語訳dbribkolmedpaの語義

アヴァローキタヴラタは、「超えることなく」という表現を「それら (5項目)に関して《除外されることがない》」と言い換えている。すな

わち、「~から超えることがない」(… las ’da’ ba med pa)は「~に関し て《除外されることがない》」(…la dbri bkol med pa)という意味で理解 されていることになる。

しかし、ここで「《除外されることがない》」と訳した

dbri bkol med

pa

は問題のある単語で、このままの形では古典チベット語辞書に登録さ れていない。この単語を構成している

dbri

は他動詞ʼ

brid pa

(減らす、騙 す)の未来形であり、一方の

bkol

は他動詞

bkol ba

(取り出す)の現在・ 過去・未来形(いずれも同形)の語幹部分である。特に

zur du bkol ba

(または

zur bkol

)という場合、「端によけておく」「除外する」「無視す る」という意味にもなる。一般的に用いられている古典チベット語辞書 では、おおよそ以上の意味が説明されている(

cf.

『蔵漢大辞典』。

Jäscke

ed.

A Tibetan-English Dictionary。また、近年のチベット語翻訳語彙研究の

成果である

Negi

ed.

Tibetan- Sanskrit Dictionaryでも同様のことが言える)。

(9)

除外する」「一部を除外する」という意味になると考えられる。したがっ て、否定辞を伴うdbri bkol med pa は「一部を除外しない」という意味に なる。

3-4 注釈文の構造について

ところで、すでに述べたように、アヴァローキタヴラタによれば、dbri bkol med paという単語は、「縁起の至宝」を修飾する語であり、したがっ て、「縁起の至宝は(生まれなどの5項目に関して)、《除外されることが ない》」と理解することになる。しかし、それは何を意味するのであろう か。アヴァローキタヴラタのさらに詳細な説明を見てみると、例えば、 「生まれ」については次のように説明される。 このうち、「生まれに関して《超えることがない》」というのは、「彼 は神や人の中に生まれたので、彼に対して説かれるべきである。彼 は地獄の衆生や畜生や餓鬼の中に生まれたので、彼には説かれるべ きではない。」というように、生まれに関して《除外されることがな い》(dbri bkol med pa)のである。

de la

skye ba lai ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni

ʼ

di ni lha dang mir

skyes pa yin gyis

iiʼ

di la

iii

bstan par bya

ʼ

o//

ʼ

di ni sems can dmyal

ba dang/ dud

ʼ

gro dang/ yi dags su skyes pa yin gyis

ivʼ

di la ni

bstan par mi bya

ʼ

o zhes bya ba de ltar skye ba la dbri bkol ba

v

med pa yin no//(

Prajñāpradīpaṭīkā

P wa

18

a

5

-

6

, D wa

15

a

4

-

5

).

i) la P; las D. ii) gyis P; gyi D. iii) la P; la ni D. iv) gyis P; gyi D. v) ba P; om. D. この一節も、チベット語の文章の構成をどのように捉えるのかという 点で難しい。少なくとも、チベット語の文章の区切りを示すニシェー(本 稿では“//”で表記)を字面通りに捉える場合、この一節は次の二つの文 章で構成されている。 ●このうち、生まれに関して《超えることがない》というのは、彼は 神や人の中に生まれたので、彼に対して説かれるべきである。 ●彼は地獄の衆生や畜生や餓鬼の中に生まれたので、彼には説かれ

(10)

るべきではない、というように、生まれに関して《除外されること がない》のである。 このように文章を区切ると、後半の文章に見られる「地獄の衆生などに は縁起の教えが説かれるべきではない」という内容が目を引くことにな る。しかし、そもそもこの文章が注釈文であり、「生まれに関して《超え ることがない》」という表現を説明していることを考慮すると、文章構成 の理解の仕方も自ずと変わってくる。すでに見たように、「除外されるこ とがない(dbri bkol med pa)」は「超えることがない(’da’ ba med pa)」の 言い換えである。したがって、注釈文の構成は「生まれに関して《超え ることがない》」(『般若灯論』の表現)=「~というように、生まれに関 して《除外されることがない》」(アヴァローキタヴラタの解説)となる。 注釈文では、「~」に相当する内容として、「彼は神や人の中に生まれ たので、彼に対して説かれるべきである。彼は地獄の衆生や畜生や餓鬼 の中に生まれたので、彼には説かれるべきではない」という具体例をあ げている。古典チベット語では引用を示す符号がないため、文章の構造 が見えにくいのだが、現代語で表現するならば、引用符に収めるべき 「~」の部分が、二つの文章で構成されていることになろう。したがっ て、当該の文章は先述のように理解することになり、「地獄の衆生など には縁起の教えが説かれるべきではない」という後半部分を特に強調す る必要はなくなる。 3-5 何が《除外されない》のか?

次に、dbri bkol med pa(除外されることがない)の対象について考察 する。『般若灯論』の「生まれ」「年齢」「種姓」「時間」「場所」という 五つの条件から《超えることがない》という表現を、アヴァローキタヴ ラタは、それら五つの項目に関して《除外されることがない》と解説し ていた。このうち、「生まれ」に関する詳細は直前で確認したが、その 他の項目もまったく同様の仕方で説明される。 「年齢に関して《超えることがない》」というのは、「彼は壮年なので、 彼には説かれるべきである。彼は非常に若輩である(ので)、また は非常に高齢であるので、彼には説かれるべきではない」というよ

(11)

うに、年齢に関して《除外されることがない》のである。

na tshod las ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni/

ʼ

di ni na tshod dar la bab

pa yin gyis

iʼ

di la ni

ii

bstan par bya

ʼ

o//

ʼ

di ni na tshod ha cang

gzhon ches pa dang/ ha cang rgan ches pa yin gyis

iiiʼ

di la ni

bstan par mi bya

ʼ

o zhes bya ba de ltar na tshod la dbri bkol med

pa yin no//(P wa

18

a

6

-

8

, D wa

15

a

5

-

6

).

i

) gyis P; gyi D.

ii

) ni P; om D.

iii

) gyis P; gyi D.

「ヴァルナに関して《超えることがない》」というのは、「彼はバラモ

ンまたはクシャトリヤであるから、彼には説かれるべきである。彼 はヴァイシャあるいはシュードラであるから、彼には説かれるべき ではない」というように、ヴァルナに関して《除外されることがな い》のであり、〔以下省略。次節で詳述する〕

rigs las ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni/

ʼ

di ni bram ze dang

i

rgyal rigs

yin gyis

iiʼ

di la ni bstan par bya

ʼ

o//

ʼ

di ni rje

ʼ

u rigs dang/ dmang

iii

rigs yin gyis

ivʼ

di la ni bstan par mi bya

ʼ

o zhes bya ba de ltar rigs

la dbri bkol med pa ste/

(P wa

18

a

8

-b

1

, D wa

15

a

7

).

i

) dang P; dang/ D.

ii

) gyis P; gyi D.

iii

) dmang P; dmangs D.

iv

) gyis

P; gyi D.

「場所に関して超えない」というのは、「彼は中心地に生まれたもの、 また村や経堂にいるものなので、彼に対しては説かれるべきであ る。彼は辺境に生まれたもの、火葬場や辻にいるものなので、彼に は説かれるべきではない。」というように、場所に関して《除外され ることがない》のである。

yul las ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni/

ʼ

di ni yul dbus su skyes pa

dang/ grong dang gtsug lag khang na

ʼ

dug pa yin gyis

iʼ

di la

ii

bstan par bya

ʼ

o//

ʼ

di ni yul mtha

ʼʼ

khob du

iii

skyes pa dang/ dur

khrod dang lam gyi gzhi

iv

mdo na

ʼ

dug pa yin gyis

vʼ

di la ni bstan

par mi bya

ʼ

o//

vi

zhes bya ba de ltar yul la dbri bkol med pa yin

no//(P wa

18

b

2

-

4

, D wa

15

a

7

-b

1

).

i

) gyis P; gyi D.

ii

) la P; la ni D.

iii

) du P; tu D.

iv

) gzhi P; bshi D.

v

) gyis

P; gyi D.

vi

) // P; om. D.

(12)

「時に関して超えない」というのは、「午前と昼夜は説かれるべきで ある。午後は説かれるべきではない」というように、時に関して《除 外されることがない》のである。

dus las ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni nang par dang nyin mtshan ni

bstan par bya

ʼ

o// dgongs kar ni bstan par mi bya

ʼ

o//

i

zhes bya

ba de ltar dus la dbri bkol med pa yin no//(P wa

18

b

4、

D

15

b

1

-

2

).

i

) // P; om. D.

アヴァローキタヴラタの注釈では、「場所」は人の出身地や居住地を 指すものとされている点に注意すべきであろう。もし、『般若灯論』が、 先に列挙した5項目それ自体、すなわち「生まれ」などそのものを《超 えない》あるいは《除外しない》と主張しているとすれば、アヴァロー キタヴラタは、場所に関しては、「中心地では説かれるべきだが、辺境 では説かれるべきではない」と解説したはずであろう。しかし、実際に は説法の対象としての人が問題となっている。つまり、アヴァローキタ ヴラタは、『般若灯論』の内容を、「出身地や居住地を理由にして、ある 人を説法の対象から除外しない」と理解していることがわかる。 「生まれ」「年齢」「ヴァルナ」は、そもそも個人と密接に関係している 概念であるために、例えば「あるヴァルナに属する人には説法されるべ きだが、あるヴァルナに属する人にはされるべきではない」という表現 が自然なものとして受け取られてしまうのだが、場所に関しては、そこ まで個々人と結びつける必然性はない。事実、個人との関係がさらに希 薄な「時間」という概念に関しては、午前・午後などの時間帯そのもの が、説法にとって相応しいかどうかが問題とされているのであるから、 「場所」に関しても、あえて出身地などとする必要はなく、その場所自体 が説法の場として適切か否かを論じればよいはずである。それにもかか わらず、「場所」という概念を個人と関連付けているのは、少なくともア ヴァローキタヴラタにとっては、《除外されない》対象として、暗黙のう ちに「人」が思い描かれているからであろう。したがって、その他の項 目に関しても、「生まれ」や「ヴァルナ」そのものが《除外されない》対 象なのではなく、「生まれ」などに関して、それを根拠として、「人」が 説法の対象として《除外されない》と理解すべきであると考えられる20

(13)

3-6 『マヌ法典』引用の意図

次に『マヌ法典』の引用について再考する。 「ヴァルナに関して《超えることがない》」というのは、「彼はバラモ ンまたはクシャトリヤであるから、彼には説かれるべきである。彼 はヴァイシャあるいはシュードラであるから、彼には説かれるべき ではない。」というように、ヴァルナに関して《除外されることがな い》のであり、異教徒達の典籍に「シュードラに対しては忠言が与 えられてはならない。食べ残しや神への供え物が(与えられてはな らない)。彼に対して教えが説かれてはならない。彼に対して懺悔 が課されてはならない。」と説かれているように《除外されることが ない》のである。

rigs las ’da’ ba med pa

zhes bya ba ni/

ʼ

di ni bram ze dang

i

rgyal rigs

yin gyis

iiʼ

di la ni bstan par bya

ʼ

o//

ʼ

di ni rje

ʼ

u rigs dang/ dmang

iii

rigs yin gyis

ivʼ

di la ni bstan par mi bya

ʼ

o zhes bya ba de ltar rigs

la dbri bkol med pa ste/ phyi rol pa rnams kyi gzhung las/

dmangv rigs la ni blo gros dang// lhag ma bsreg bya sbyin mi bya// de la chos bstan mi bya zhing// de la brtul zhugs bstan mi bya//

zhes ji skad

ʼ

byung ba

lta bu

ʼ

i dbri bkol med pa yin no//(P wa

18

a

8

-b

2

, D wa

15

a

6

-

7

).

i

) dang P; dang/ D.

ii

) gyis P; gyi D.

iii

) dmang P; dmangs D.

iv

) gyis

P; gyi D.

v

) dmang P; dmangs D.

「生まれ」などの5項目に関して、ある人には縁起の教義が説かれ、あ る人には説かれないというように排除しないことは、ヴァルナの場合に もあてはまる。ここで『マヌ法典』を引用する意図は、ヴァルナを根拠 とした排除を裏付けようとしているのではなく、縁起の教義に関しては、 バラモンたちが主張するようなヴァルナに基づく排他性がないことを強 調していると見るべきであろう。

3-7 『般若灯論』の’da’ ba med pa《超えない》について

アヴァローキタヴラタを見る限り、ヴァルナなどに関する排他的な見 解は見られない。しかし、注釈対象であるバーヴィヴェーカの『般若灯

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論』にその解釈が適用できるかどうかは、即断できない。そもそもdbri bkol med paと言い換えられていた’da’ ba med paという表現は基本的に は「超えない」という意味だが、それがなぜ『般若灯論』の文脈におい てdbri bkol med pa(排除することがない)と言い換えることができるの か、この点については考察が必要であろう。特に、「生まれ」などから 《超えない》ということと、「生まれ」などに関して「排除することがな い」という表現の間には、両者を等号で結ぶことを躊躇させるような違 和感が残る。その原因はチベット語の《超えない》という表現が従格 (las)と結びついているのに対して、《排除することがない》は於格(la) を伴っている点にあると思われる。 チベット語の’da’ ba(超える)はもともと従格と相性がよい語で、超 える対象を従格で示すことが多い。しかし、その相性のよさにも関わら ず、『般若灯論』チベット語訳の北京版では、…la ’da’ ba med paとなっ ており、於格と結びついている。チベット語訳のデルゲ版、およびアヴァ ローキタヴラタの注釈に引用される文章は、いずれも従格助辞(las)が 用いられているが、プラバーカラミトラ(*Prabhākaramitra、波羅頗蜜多 羅、7世紀)の漢訳『般若灯論釈』の対応箇所は「於彼趣壽分齊性處 時等。攝受利益」(大正30巻51c7-8)となっており、「生まれ」などの 5項目に対して「於」という介詞が付されている。あまり良い漢文では ないので、正確に訳すことは難しいが、「その人の生まれ、寿命、種姓、 場所、時間に関して、等しく利益を受ける」という意味であろうか。こ うしたことから、「生まれ」などの5項目はサンスクリット原典では於格 で表示されていた可能性も予想される。少なくとも、古典期の翻訳者た ちは、「生まれ」などの5項目は、「超えない」という動作概念の起点を 表すのではなく、「生まれ」などを関連対象として示していると理解して いたのではないかと考えられる21

4 おわりに

大乗論書を概観したうえで、『般若灯論』とその注釈について、やや 煩瑣な文献学的考察を試みた。その結果、先行研究において指摘されて いるような、ヴァルナに基づいて説法の対象を限定するような傾向は、 『般若灯論』およびその注釈において見られないことがわかる。したがっ て、少なくとも今回取り上げた資料の範囲では、バーヴィヴェーカとア

(15)

ヴァローキタヴラタに関して、仏教思想史上で特異な思想傾向を有する 例として取り上げる必然性は認められないことになろう。

付記・本研究は科学研究費基盤研究C(20529002)の助成を受けた研究成果の一部である。

略号 大正=大正新修大蔵経 P=Peking edition D=Derge edition PTS = Pāli Text Society

1 Suttanipāta v. 136, (p.23): na jaccā vasalo hoti, na jaccāhoti brāhmaṇo, kammanāvasalo hoti, kammanāhoti brāhmano.

2 藤田[1953: 55]によれば、「印度社会を顕著に特徴づけるカースト制について、原始仏教の経 律において四姓cattāro vaṇṇā の定型を認め、その無意義なることを説き、平等観にたった ことは広く知られている。(略)婆羅門教的階級観念に対する否定的態度は阿含の処々に散 見される…」とし、『スッタニパータ』『ディーガニカーヤ』『マッジマニカーヤ』『ダンマパダ』 などの例を紹介している。また、中村[1993: 33-128]は原始仏典のみならず、ウパニシャッド やジャイナ教文献などまで含めて参照し、原始仏典に描かれる古代インドの身分制を考察 している。仏教におけるヴァルナ観を文献学的に考える上では非常に重要な論文である。な お、本稿で扱う資料は主に大乗仏教文献であり、中村[1993]では言及されないものである。 また、ヒンドゥー法典における四ヴァルナ制度の問題については、山崎[1982、1985]に詳し い。 3 『ヴァジュラスーチー』の内容に関しては、中村[1966: 339-347、426-429]の和訳および解説を 参照。また、近年、英訳研究([Bharadwaj 2007]) が発表されている。

なお本稿執筆中に、東北大学の吉水清孝教授より、Nāradaparivrājakopaniṣat (F. Otto Schrader (ed.), The Minor Upaniṣads, the Adyar Library, Madras 1912, p. 140) に含まれる yadā na kurute bhāvaṃ sarvabhūteṣu pāpakam / karmaṇā manasā vācā tadā bhavati bhaikṣabhuk// という偈 が、ほぼ Vajrasūcī 52 と合致する、とのご指摘を頂いた。教授のご厚意により、ここに紹

介させていただく。なお、教授によれば、Vajrasūcīには仏教教理らしいものは見られず、

仏教とは関係なく、出家修行者の一派が作ったものを、後から仏教教団で取りこんだので はないかという印象をお持ちとのことであった。今後の検討課題とさせていただきたい。 4 *Mūlasarvāstivādavinaya P je 215b1-2: dge slong gis mi’i skyon nas smra ba’i bsam pas bram ze las

rab tu byung ba’i gan du song ste ’di skad ces tshe dang ltan pa la dge sbyong gi tshul ga la yod/ bram ze’i tshul ga la yod/ tshe dang ldan pa ni bram ze las rab tu byung ba yin no zhes smras na dge slong spa gong ba nyid du gyur kyang rung ma gyur kyang rung dge slong la nyes byas su ’gyur ro//.

なお、訳文中で「あなた」と訳したのは*āyuṣmat(tshe dang ltan pa) であり、漢訳では「具寿者」 とされる。中村[1983]によれば、これは文脈によって訳し分ける必要がある語であり、若い 人や親しい人に対する呼びかけとして用いられる場合もある。

(16)

ヴァイシャとシュードラ出身の者に同様の行為を行った場合には「波羅夷罪」に問われる。平 川[1993: 117-119]によれば、「悪作罪」は本人の反省を促すに留まるもので、重罪ではないのに 対して、「波羅夷罪」は教団追放に当たる罪であり、いわゆる五篇七聚罪の中で最も重い(平川 [1993: 117]: 「五篇罪について簡単に説明すると、第一の「波羅夷」(pārājika) は「不可悔罪」と 言って、懺悔を許されない罪である。(略)波羅夷を犯した比丘は、(略)必ず僧伽から追放され るのである」。同[1993: 119]: 「第五の「突吉羅」はduṣkṛta、dukkhaṭa の音訳語で、「悪作」と訳さ れる。「悪いことをした」と後悔することである。心で後悔すれば、それで罪は清められる」)。 6 『提婆菩薩伝』186c10: 提婆菩薩者南天竺人。龍樹菩薩弟子婆羅門種也。 アーリヤデーヴァ菩薩は南インドの人であり、ナーガールジュナ菩薩の弟子で、バラモンの ヴァルナに属する。 7 『提婆菩薩伝』187c5-7: 婆羅門弟子来到其邊執刀窮之曰。汝以口破我師何如我以刀破汝腹。即 以刀決之…。 バラモンの弟子がそばにやって来て、彼(アーリヤデーヴァ)を問い詰めて「お前は口で私の 師を破ったが、私は刀でお前の腹を破ってやるが、どうか!」と言うや、刀で彼を切り…。 8 Bodhisattvayogācāracatuḥśatakaṭīkā P ya 34b3: ’di ltar slob dpon ’phags pa lha ni si ng-ga la’i gling

du ’khrungs pa si ng-ga la’i gling gi rgyal po’i sras zhig ste….

すなわち、師アーリヤデーヴァはシンハラ島に生まれ、シンハラ島の王子であって…。 9 Catuḥśataka, p. 52, chap. 4, v. 23: (gal te las kyis dmangs rigs kyang// rgyal rigs zhes byar ’gyur na

ni//) vipro ’pi karmaṇā śūdraḥ kena manye na jāyate// do, p. 116, chap. 12, vv. 19-20, 19. śā khy gos med bram ze ste// gsum rnams kyi yang chos yid dang// mig dang rna ba yis ’dzin pa// de phyir thub pa’i gzhung lugs phra//. , 20. ji ltar bram ze rnams la chos// phal cher phyi ’chos brjod pa ltar// de bzhin gcer bu rnams la chos// phal cher blun pa brjod pa yin//.

10 Bodhisattvayogācāracatuḥśatakaṭīkā, 66, 4-8: yadi śūdraḥ karmaṇā kṣatriyo bhavati evaṃ vipro ’pi

karmaṇā śūdro bhaviṣyati/ āha ca/ sadyaḥ patati mā[ṃ]sena lākṣayā lavaṇena ca/ tryaheṇa śūdro bhavati yo vipraḥ kṣīravikrayī[//][Manusmṛti X.92]ityādi/.

もしシュードラが行為によってクシャトリャとなるならば、同様に〔バラモン〕僧も行為に よってシュードラとなり得よう。なぜなら〔次のように『マヌ法典』で〕言われる。「肉、染料及 び塩により、直ちに堕落し、牛乳を売るバラモンは3日にしてシュードラとなる」(和訳は [上田1994: 67]を参照)。 11『大乗広百論釈論』220c22-23: 為活命故、種種方便、誑諸女人戌達羅等。 12 『大唐西域記』898b10-16: 龍窟東北大林中、行七百餘里、渡伽河、北至迦奢布羅城、…城傍有 故伽藍、唯餘基址、是昔護法菩薩伏外道處。此國先王扶於邪説、欲毀佛法、崇敬外道。… 龍窟の東北の大林中を、七百里あまり行き、ガンジス河を渡り、北に迦奢布羅城に至る。…城 のそばに古い伽藍があるが、ただ基礎を残すのみである。これは昔、護法菩薩が異教徒を折 伏した場所である。この国の先王は邪説を助け、仏教を廃し、異教を崇拝しようとした。… 13 Yogācārabhūmi Ś 34a6-7, Y 118b2-3: abhigatābhigatānāṃ caturṇṇām varṇṇānāṃ

brāhmaṇakṣatriyaviṣśūdrānāṃ dharmeṇa samenai vinayena praṇayena samanuśāsanāii

abhivarṇṇāyāḥiii jānatāyāḥ(sic) praṇītir ity ucyate/ sā punar janatā buddhena bhagavatā

dharmeṇa samena vinītāiv praṇītāv samanuśiṣṭā/.

(17)

iii) abhivarṇṇāyāḥY; abhivarṇṇāŚ. iv) vinītā Y; vinītāsriyabhūśiṣṭāŚ. v) praṇītāY; praṇītā/ Ś. (cf. Tib P dzi 267a7ff, D tshi 229b6ff. 玄奘訳[大正30 巻、no. 1579、p. 374c22ff.])

『瑜伽論』「思所成地」には、初期経典から偈頌(gāthā) を蒐集し、注釈を施した箇所がある。ここ

に引用した一文は、そのうちŚarīrārthagāthā と呼ばれる一連の偈頌に対する注釈の一部であ

る。ここでの注釈対象の偈文は、「何によって、優れた人々は導かれるのか」(kenābhivarṇṇā

janatā praṇītā: テキストは[Enomoto 1989: 26, 14] 参照)である。

なお、注釈部分は現在校訂テキストが存在しないが、写本は2種類が知られており、一つは レプリカとして出版されている(『瑜伽師地論声聞地梵文原文影印本』(Ś))。もう一つはゲッ ティンゲン大学所蔵の写本(Y) だが、こちらは写真の状態が悪くほとんど判読できない(写 本情報に関しては[Enomoto 1989] 参照。ゲッティンゲン大学所蔵写本の判読に関して、榎本 文雄先生からご教示いただいた。ただし、テキストの校訂は筆者の責任で行った)。 14 Viniścayasaṃgrahaṇī P zi 74a3-4, D zhi 70b3-4: rigs bram ze gang dag yin pa de dag ni gnas gsum

po dag yang dag pa dang/ bden pa las ’dogs par byed cing/ de nas kyang rigs bram ze de dag gnas gzum po de dag nyid la nyes pa gsum gyis yang dag par skyon chags pa’i sems kyis gnas par byed de/i de ltar de dag ni don dam par bram ze ma yin pa’i grangs su ’gro’o// gnas gsum po dag

gang zhe na/ ’tsho ba dang bsod nams yang dag par rtsol baii dang/ ’bras bu la sems pa’o//.

i) de/ P; do// D. ii) rtsol ba P; rtsom pa D.

15 Viniścayasaṃgrahaṇī Pzi 75b2-76a2, D zhi 72a2-b2: gnas gsum po dag gang zhes na/ sems can

thams cas bsadi par bya ba ma yin no zhes gnas dang po/…de bzhin du ’du byed thams cad mi

rtag pa’o zhes bya ba ’di ni gnas gnyis pa ste/…chos thams cad bdag med pa’o zhes bya ba ’di niii

gsum pa ste/…gnas gsum po de dag la nyes pa gsum po de dag gyis yang dag par skyoniii chags pa

med pa’i sems dang ldan pa de dag ni rigs bram ze ma yin yang don dam par bram ze zhes bya ba’i grangs su ’gro ba yin no//.

i) bsad P; gsad D. ii) ni P; ni gnas D. iii) skyon D; spyon P.

三つの立場とは何かというと、すべての衆生は殺害されるべきではないという第一の立場、

(略)同様に、すべての作られたものは無常である、というこれは第二の立場であり、(略)す

べての法(存在)は無我である、というこれは第三〔の立場〕であって、(略)これら三つの立場

に、これら三つの過誤によって、完全に汚されていない心を伴う彼らは、生まれによるバラ モンではないけれども、勝義としてバラモンと称される。

16 Kajiyama[1963: 40-41, esp. fn. 3]: …den herrlichen Edelstein des abhängigen Entstehens (pratītyasamutpādaḥ) mitgeteilt, welcher (des Hörers) Geburt, Alter, Geschlecht, Ort und Zeit nicht unberücksichtigt lässt, und den alle fremden Lehrer (tīrthikāḥ), Jünger (śrāvakāḥ) und Einzelbuddhas (pratyekabuddhāḥ) nicht besitzen.

fn.3: Das abhängige Entstehen ist nicht z.B den Höllenwesen, Hungergestalten usw., sondern den himmlischen Wesen oder Menschen zu verkündigen. Das is der Sinn der Worte, des Hörers Geburt nicht unberücksichtige lässt. In gleicher Weise ist es nicht z. B. einem Knaben oder Tappergreis zu verkündigen. Das wird mit den Worten, des Hörers Alter…‘gesagt’. Was die Kaste betrifft, so ist es z.B. einem Brāhmaṇas oder Kṣatriyaḥ zu verkündigen, aber nicht einem Vaiśya oder Śūdraḥ. Änlich ist der Rest zu verstehen (Vgl. Ava, Wa, 18, a 5ff.).

(18)

やシュードラには説かれないと言っている点は、仏教受容者の現実的側面として留意すべ きところかも知れない」。

18 de Jong[1990: 58]: It is surprise to see that in another Buddhist text the Manusmṛti is quoted not with a polemical intention as in the Vajrasūcī but with approval. In the first chapter of Bhāviveka’s commentary on Nāgārjuna’s Mūlamadhyamakakārikās, the Prajñāpradīpa, it is said that in preaching the doctrine one must take into account the birth, age, caste (rigs, Skt. varṇa), place and time of the hearer. In his commentary Avalokitavrata explains that the doctrine must not be taught to a vaiśya, or a śūdra. In this connection he quotes a verse from a work of the heretics….

19 先行研究では「《超えることがない》」という表現を「無視しない」(nicht unberücksichtigt

lässt, Kajiyama[1963: 41, 2]、cf. 能仁[1992: 62, n. 5])、「考慮する」(take into account: de Jong[1990: 58, 20]) と解釈しており、バーヴィヴェーカおよびアヴァローキタヴラタがヴァルナを容認 していたとする根拠となっている。

20 「生まれ」や「種姓」が極めて個人主体と関連が深いことはパーリ文献からもうかがうことが

できる(Collins[1982: 158])。

21 すでに述べたように、dbri bkol med pa は辞書に登録がなく、またそれによって言い換えられ

る’da’ ba med pa も『般若灯論』の当該の文章においては意味が明瞭ではない。筆者は本稿の

元となった口頭発表「仏教文献に見るヴァルナ観」(日本南アジア学会第23回全国大会 

2010年10月2日 於・法政大学多摩キャンパス)の原稿を起草するに当たり、独自に調査をす るとともに、ハンブルク大学のチベット学教授Dorji Wangchuk 博士に所見を伺った。 Wangchuk 博士から2010年5月8日付でいただいた回答によれば、dbri bkol という単語は Jäschke 辞書および『蔵漢大辞典』に登録がないことを断ったうえで、ご自身の見解として、X la dbri bkol med pa はwithout discriminating(lit. “degrading-and-excluding”) [someone] on account of X” or “with no discrimination on account of X”を意味するであろうとご指摘いた だいた。また、’da’ba med pa についても、“X las ’da’ ba med pa” = “not evading/ bypassing/ sidestepping (i. e. discriminating) [someone] on acount of X”, “X la ’da’ ba med pa” = “not evading/ bypassing/ sidestepping (i. e. discriminating) [someone] in regard to X” というご意見 であった。したがって、アヴァローキタヴラタが『マヌ法典』を引用する意図も、反例を示す ためであろうとの印象をWangchuk 博士も抱かれたとのことであった。本稿において提示し たdbri bkol med pa という単語に関する調査および結論に関して、一切の責任は筆者本人に あることは言うまでもないが、Wangchuk 博士から、重要な示唆をいただいたことをここに 記し、謝意を表したい。

参照文献

一次資料

Bodhisattvayogācāracatuḥśatakaṭīkā, by Candrakīrti = Candrakīrti’s Bodhisattvayogācāracatuḥśatakaṭīkā,

ed. by K. Suzuki, 1994, The Sankibo Press, Tokyo, P no. 5266, D no. 3865.

Catuḥśataka, by Āryadeva = Āryadeva’s Catuḥśataka, ed. by K. Lang, 1986, Narayana Press, Copenhagen. Mūlasarvāstivādavinaya = ’dul ba rnam par ’byed pa, Peking no. 1032.

(19)

Institute, Patna.

Suttanipāta, ed. by Dines Andersen and Helmer Smith, 1913(reprint 1948), PTS.

Viniścayasaṃgrahaṇī = rnal ’byor spyod pa’i sa rnam par gtan la dbab pa bsdu ba, P no.5539, D no. 4038.

鳩摩羅什(訳)、『提婆菩薩伝』、大正50 巻、no. 2048。

護法造、玄奘(訳)、『大乗広百論釈論』、大正30 巻、no. 1571。

玄奘『大唐西域記』、大正51 巻、no. 2087。

中国民族図書館・大正大学綜合佛教研究所、 1994 、『瑜伽師地論声聞地梵文原文影印本』。

二次資料

Bharadwaj, Ramesh, 2007, Vajrasūcīof Aśvaghoṣa and the Concept of Varna-Jati Through the Ages,

Vidyanidhi Prakashan, Delhi.

Collins, Steven, 1982, Selfless persons: Imagery and thought in Theravāda Buddhism, Cambridge University Press, London, New York, New Rochelle, Melbourne, Sydney.

de Jong, J. W., 1990, “Buddhism and the equality of the four cast”, Earliest Buddhism and Madhyamaka, ed. by David Seyfort Ruegg, Lambert Schimithausen, Leiden, New York, København, Köln, p. 58. Enomoto, Fumio, 1989, “Śarīrārthagāthā A Collection of Canonical Verses in the Yogācārabhūmi Part 1: Text”, Sanskrit-Texte aus dem buddhistischen Kanon: Neuentdeckungen und Neueditionen, Göttingen and Zürich Vandenhoek and Ruprecht in Göttingen, pp. 17-35.

Kajiyama, Yuichi, 1963, “Bhāviveka’s Prajñāpradīpaḥ (1. Kapitel)”, Wiener Zeitschrift für die Kunde

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上田昇、1994、『チャンドラキールティ著『四百論注』第一~八章和訳』、山喜房仏書林。 中村元(編)、1966、『仏典I』(世界古典文学全集6)、筑摩書房。 中村元、1983、「若き人āyuṣmat」、『印度学仏教学研究』32-1、62-66。 中村元、1993、『中村元選集[決定版]第18 巻 原始仏教の社会思想』、春秋社。 能仁正顕、1992、「『智恵のともしび』第1章の和訳(1)─縁の考察─」『佛教と福祉の研究』、永 田文昌堂、45-66 頁。 平川彰、1933、『二百五十戒の研究I』(平川彰著作集14)、春秋社。 藤田宏達、1953、「原始仏教における四姓平等論」『印度学仏教学研究』2-1、55-61 頁。 山崎元一、1982、「古代インドのシュードラ─律法典、仏典、『実利論』を資料として─」、『國學 院大學紀要』、20、130-159 頁。 山崎元一、1985、「ヒンドゥー法典のシュードラ規定─義務と儀礼的地位について─」、『東洋学 報』、66-1.2.3.4、515-573 頁。 辞書類

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Tibetan-Sanskrit Dictionary vols. 1-16, ed. by J. S. Negi, Dictionary Unit Central Institute of Higher

Tibetan Studies, Sarnath, Varanasi, 1993-2005.

蔵漢大辞典編纂組(編)、『蔵漢大辞典』(Bod rgya tshig mdzod chen mo) 3 巻、成都、1978(再版・北京、 1984、1993)。

(20)

要旨 本論稿では、大乗仏教のヴァルナ観を概観し、先行研究の提起した問題を再 考する。 仏教はインド文化圏固有の身分制度であるヴァルナ制に批判的であったとさ れる。この姿勢は初期仏典に散見されるだけでなく、大乗仏教にも見出すことが できる。 大乗仏教は中観派と唯識派に大別できるが、中観派のアーリヤデーヴァは厳し くバラモンを批判したと伝えられ、また瑜伽行派の文献『瑜伽師地論』では四 ヴァルナの平等が標榜されている。 一方で、中観派のバーヴィヴェーカなどは、ヴァルナ制に肯定的であったとの 報告もある。しかし、この主張の根拠となった一文を文献学的に精査すると、彼 らが必ずしもヴァルナ制を容認しているとは言えないことがわかる。少なくとも 現時点で大乗仏教がヴァルナ制を許容したとする根拠は見いだせない。 Summary

Consideration of the View of Varṇa (caste) in Mahāyāna Buddhism Koichi Takahashi

It is well known that the Buddha (5th century B.C.E.) advocated the equality of four kinds of varṇas or castes, i.e. brāhmaṇa, kṣatriya, vaiśya, and śūdra, which comprise the traditional class structure in India. This attitude seems to have been followed by the schools of Mahāyāna Buddhism, including both the Mādhyamika and the Yogācāra schools. For example, Āryadeva (circa 3rd century), a member of the Mādhyamika school, was famous for his strict censure for the authority of brāhmaṇas and kṣatriyas. In the case of Yogācāra, the equality of four castes was advocated in the Yogācārabhūmi, which is con-sidered to be composed in the 4th century.

Some studies[Kajiyama 1963, de Jong 1990, and Nonin 1992], however, indicated that the tradition of varṇas was accepted in the Prajñāpradīpa of Bhāviveka, a commentary on the Nāgārjuna’s

Mūlamadhyamakakārikā and Avalokitavrata’s commentary on the former. But when the sentence of the Prajñāpradīpa and its commentary that was cited by Drs. Kajiyama, de Jong, and Nonin are critically

investigated from the philological point of view, we will find that both Bhāviveka and Avalokitavrata were actually attempting to reduce the discrimination against the śūdra and the vaiśya, the lower two castes. Therefore, the sentences of the Prajñāpradīpa and its commentary do not lend any support to the argument for the existence of the Buddhists who supported the Brahmanical hierarchy.

参照

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