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体力思想の論理

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全文

(1)

P 湛

赤目

保健体育脇 育教室 入 江 克 己 は じ め に 戦後の一時期

,即

ち生活体育論が一般化 した昭和20年代 をのぞき

,わ

が国体育教育の歴史的過程 で思想的にも

,ま

た実践的にも優位を占めてきたのは

,い

わゆる体 力論であった。 体育教育学の将来的 な構想という問題は

,教

=学

習過程 における身体の統合化の過程 を基底 と した体育実践をいかに構造的

,体

系的に把握するかとい う実践的な課題の上に成 り立っており

,体

育教育において身体 をどう描 くかという問題 と深 く関連 してくる。その意味において体力論に内在 する機械的な身体観と対置することは避けられない。 本稿では

,人

間は

,本

来社会的

,身

体的に規定 された存在であり

,

したがって

,身

体 も当然社会 的現象 として生起せ ざるをえないという観点から

,昭

和4C咋代 における体 力問題 とその政策的特質 を戦時体制下との関連 において分析すると同時に

,体

力論における身体観 と体力科学の問題性を明 らかにすることによって教育目的論としての体力形成論の限界を指摘 したいぱ

1

現 代 にお ける体 力 問題 と体 力政策 の特 質 (― ) 戦後 の体 力問題 は

,昭

和20年代後半 か ら30年代 前半 にかけて

,児

童・生徒の基礎体 力問題 として 他教科 における基礎学力問題 と系統学習理論 に触発 されると同時に

,オ

リンピック選手強化対策 と セ ッ トになった戦後新体育 一 生活体育 ― 批判 として提起 されるとい う

,い

わば教育問題 として 成立 したことを一つの特徴 としてぃる。 しか し

,昭

和39年の東京オ リンピック大会以後 このいわゆる基礎体 力問題 は

,教

科 か ら学校 の全 構造へ

,

さらに学校 の枠 を越 えて「国民体 力」問題 とい う具体的 な社会問題 としての性格 をもつよ うにな り

,国

家の政策領域へ と体 力問題 が変貌 をとげたことカン旨摘 される。りその端緒 となったのは , 昭和39年 12月の「国民の健康・体 力増強対策 について」 に関する閣議決定であった。同決定は ,「基 本方針」 として(1深健 ・栄養の改善

,(2淋

育・スポーン・ レクリエー ションの一般化,(3)堅固 な精 神 (根性

)の

養成 をかかげ,「推進方針」,「施策の重点」等国民体 力の向上 に関する基本的施策 を明 らかに している。 また

,総

理府 は

,こ

の閣議決定の基本方針 にそって翌年の昭和40年3月 に「国民 保健 ・体 力増強対策協議会」 を設置 し

,同

協議会 を連絡調整機関 とす る一方

,閣

僚間に「国民健康 ・体 力増強対策閣僚懇談会」 を設置 したのである。この内閣ならびに総理府 を頂点とする国民体力 推進運動 は

,文

部省

,政

府関係省庁おょび日本体育協会傘 下の各競技団体 によって組織化 され

,昭

︱ ・ ・ ´ ・ ヽ

(2)

入江克己 :体 力思想の論理 和40年 3月 には「体 力づ くり国民会議」 が発足 している。 この「体 力づ くり国民会議」 は

,各

都道 府県 に設置 された「体 力づ くり県民会議」 を下部組織 とし

,

さらに全国的 な規模で体 力づ くり事業 を推進す る中央組織 として「国民体 力づ くり事業協 会」 が設立 された。 これ ら諸々の体 力政策は

,社

会教 育審議会の答申「急激 な社会構造の変化 に対処す る社会教 育の あ り方」3)(昭和46年4月),中央教育審議会の答申「今後 における学校教育の総合的 な拡充整備 のた めの基本的施策 につ いて」(昭和46年6月),さ らには保健体 育審議会の答 申「体 育・スポーツの普及 振興 に関す る基本方策 につ いて」4)(昭和46年12月

)等

にみ られ るよ うに

,昭

和40年以後の能 力主義, 経済合理主義的 な教育の再編策 と相互 に関連 をもちなが ら生涯一貫 した体 力の国家的

,中

央集権的 な管理体制の組織化 を目的 とす るものであった。例 えば

,先

の閣議決定 は

,そ

の「趣 旨」のなかで 「国の繁来の もとは

,た

くましい民族 力にある。た くましい民族 力を育成す るには

,高

い徳性

,す

ぐれた知性 とな らんで強 じんな体 力を培 うこと力司]干要で ある」0と述 べ るとともに,「国民すべてが健 康 を楽 しみ

,ひ

いては

,労

働 の生産性 を高め

,経

済発展の原動 力を培 い

,国

際社会 における日本の 躍進 の礎 を築 くため

,健

康の増進

,体

力の増強 につ いて国民の自党 を高め

,そ

の積極的 な実践 を図 る必要 がある」ωと労働の生産性

,国

家的躍進

,国

民的 自覚 に うらづ けられた体 力形成の必要 を強調 している。 ところで

,昭

和40年代 における国民体 力問題の成立 とその政策的実施 は

,重

化学工業 を中心 とし た産業構造の動 向 とそれに起 囚す る国民生活の破綻

,健

康 ・医療の社会問題化 を主要 な契機 として いる。昭和30年代 における高度経済成長政策は

,40年

代 に入 り公害

,自

然破壊等の環境問題

,住

宅 問題

,都

市問題,イ ンフ レ等 による国民生活問題 を顕在化 させ

,ま

,技

術革新の一般化

,出

生率 の低下

,進

学率の上昇 に伴 う慢性的 な若年労働 力不足

,労

働 力の高齢化等 といった労働 力問題 は, 総資本 に対 し労働 力の合理的 な保全 と再生産 を要求す るに至 る。国民生活の相対的 な窮乏化 を背景 に人的能 力政策 が国際競争力の強大化 の名のもとに実施 されて きたので あるが

,国

民体 力問題 とそ の政策 は

,そ

うした矛盾の もとに生 れたものであった。 そ して

,昭

和40年代 に顕著 となった余暇政 策 も基本的 には経済合理主義的 な労働政策 を逸脱す るもので はな く

,経

済タト的 な強制 として の性格 をもつ もので あった。 労働時間の短縮

,週

休 2日 制への動 きは

,具

体的 には労働大臣の私的 な諮問機関で ある「労働基 準法研究会」の設置 (昭和44年 9月),日経連 による「労働時間管理研究会」の設置 (昭和46年 5月), 労働省 による「労働者生活 ビジ ョン懇談会」の設置 (昭和46年9月

)あ

るいは週休2日制の推進本 部 とす る労働省労働基準局福祉部の設置 (昭和47年4月),経済企画庁

,通

産省内に各 々「余暇開発 室」,「余暇開発産業室」の設置 (昭和47年5月),財団法人「余暇開発セ ンター」の設置 (昭和47年 5月 ),労働大臣による48時間労働法再検討の示唆 (昭和47年8月

)等

としてあ らわれている。 これ ら労働時間短縮への動向は,(1)国際社会 における日本経済

,社

会 に対す る批判 の回避

,(2回

内 にお ける経済的

,社

会的危機の隠蔽,(3)技術革新 による急激 な労働形態の変化 に対応 した労働 力の合理 的 な確保 と資質の向上 とい う観点 か ら労働時間短縮 の検討 を余儀 な くされたとい うのが問題 の本質 であった。 先述 した労働大臣の私的 な諮問機関で ある労働基準法研究会の報告書「 日本の労働時間・休 日・ 休暇の現状」(昭和47年 1月

)は

,「労働時間・休 日・休暇間題 の背景」 には(1)社会構造の変化

,(2済

働 力事情の変化

,(3済

働態様 の変化

,(4所

得水準 の向上 と生活意識 ・生活慣行 の変化

,(5済

働 の動 向

,(6屈

際的動向 があげられるとし

,特

に慢性的 な労働 力不足への移行

,高

学歴化 と高年齢化 に伴

(3)

鳥取 大学教育学部 教 育科学 第19巻 第1号 う労働条件 の改善 と機械労働 による質的変化 ― 労働 における人間疎外の深化 ― に対応 した労働 時間の適正化 が要求 されると述べてぃる。のまた

,日

経連 の労働時間管理研究会の中間報告「労働時 間の現状 と時短・休 日増問題 につ いて」(昭和46年 9月

)は

,「最近

,外

圧論や余暇論の立場 か ら個別 の産業や企業のおかれた実情 や条件 をとびこえて

,時

,休

日増問題 がムー ド的 に論 じられる傾向 が一部 にみ られる」働が,「経営者側 としては関係者の協 力の下に

,そ

れ らが生産性上昇

,真

の意味で の福祉向上の もた らす方向で

,業

,業

態の実態 に即応 して計画的

,段

階的 に慎重 に対処 しなけれ ばならない情勢 にある」のと生産性上昇 が保証 される場合においてのみ時短

,休

日増問題 は

,現

実の もの にな りうるとい う労働時間短縮政策の原則 を明 らかにしている。そ して,「労働時間は量的 な問 題 もさることなが ら

,

きわめて質的 な問題 であ り

,時

間意識高揚 による時間単位当 り労働効率改善 が重要 な視点」0柊あ り,「わが国労使 は長年の労働 力過剰の習弊か ら一般 に時間の観念が稀薄であり , 時間単位当 り労働効率 には改善の余地 が多い」1)と 述べ るとともに

,時

,休

日増問題 は

,労

働時間 中における私用

,ア

イ ドル・ タイムの排除

,出

勤率の向上

,出

退勤の厳正化

,交

替制の導入 と拡大, 組織

,職

,工

程 の合理化 による人員増

,残

業士 :12庁産減

,納

期延長等企業経営 に対 す る負 の影響 を最/1部民にとどめ うる限 り可能 で あるとしている。 労働時間短縮 に関す る生産性向上の原則 は

,労

働者生活 ビジ ョン懇談会の中間報告「週休 2日 制 普及促進 の考 え方 と推進策 につ いて」(昭和47年10月

)に

も反映 されている。同報告 は

,技

術革新 に 伴 う労働 の質的転換 ― 監視作業 に代表 される単調労働

,生

産過程 における有害物質の増加等 ― が労働者の健康問題 を成立 させてぃる根源 となっていることを認 めながらも

,あ

くまで も労働時間 の短縮 ― 週休 2日 制 ― が労働生産性の従来通 りの維持 とい う前提 において許容 されるものであ り

,そ

れが労働能率の低下の理 由 になってはならないことを強調 しているよ3与で に触 れたよ うに , 体 力の国家的 な管理政策 が次の よ うな労働観念 を軸 としながら

,全

般的 な労働 力政策 と余暇管理政 策 との対応 もしくは錯綜す るなかで展開 されて きたことは看過 しえない点である。 「いかなる時代

,い

かなる国 において も勤勉 は経済発展 と福祉向上の源泉であることは不変の真 理である。是正 されるべ きは長年の労働 力過剰の中で習1貰化 した低能率長時間労働 を勤勉 とす る意 識である。経営者 は

,新

しい時代 にふ さわ しぃ高能率の勤労観 を育成す るとともに

,勤

労者 が労働 及 び職場 そのもの に価値 と生 きがぃ を見出すような経営体制の確立 にいっそ うの努力を払 う必要が あろ う。」4) 昭和40年代以降 における国民体 力問題の成立 が結局は国民生活の破壊の結果であること

,

しかも 労働 力の再生産策 として

,絶

えず政策決定の側 によって提起 されて きたことを確認す ることなくし ては国民体 力問題 の歴史的本質 を把握す ることはで きない。 しかも

,こ

の国民体 力問題 が政策的 に 鋭 い危機意識 をもって提起 されたのが日中戦争以後の総力戦体制下

,即

ちフ ァシズム体制下で あっ たことを想起せ ざるをえない。 (工) 歴史的 にみるならば

,わ

が国の体力問題は

,わ

が国資本主義の低質性に規定 された。家族国家主 義を基本理念 とした半封建的労働関係 にもとづ く労働力の絶えざる喰潰

,医

療政策の反近代的体質 は

,国

民生活 をその根底から破滅 させ

,産

業的

=軍

事 (内治

)的

観点から体力の政策的実施 を強い られたとい うのが近代における体力問題の特質であ

?た

。この国民体力問題の近代的

,合

理的解決

が日中戦争以後組織的に問題とされたその背景には昭和4年 の世界恐慌以後のインフレとそれに伴

(4)

入江 克 己:体力思 想 の論理 う労働者の実質的 な賃金低下

,労

働強化 とい う「国民生活不安の全般化」めといった問題 をかかえて いた。風早 は,「)F常時」の経済的本質 を「『非常時』 とは

,利

潤経済 が自己を貫徹せん として 自己 の対立物 を貫徹せ しめ ざるを得 な くなった時期である。労働 力を極 限的 に使用せんとして却って こ れを極 限的 に保護せ ざるを得 な くなった時期で ある」°ことを指摘 し

,戦

時体制下 における「労働 力 の維持増進」 は,「労働 の生産 力の向上」 と「労働 の強度化」 を意味す るが

,現

下 においてはいずれ も「労働 の強度化」 として表現 されているとしているより こ うした動向は,「戦時」 という特殊 な歴史状況 を考慮 しても現代の状況 と酷似するもので あった。 その結果,吹的資源」の計画的配置 と再生産 が総 力戦国家の原理 とな り

,国

家政策 を決定す るうえ で根本的 な発想の軸 となっていつたのである。厚生省の設立(H召和13年)は

,総

力戦体制下 における 国民体 力の国家的 な管理機構 の確立 を意味す るものであ り

,厚

生省内には「体 力局」 と「労働局」 とが並置 され

,そ

の下部組織 として体育運動審議会が設置 されたので あるが,「国民体位の向上」 と 「国民福祉 の増進」 とが体 力政矢の理念 として統一的 に唱 われている点 は

,戦

後 の政策理 念 にも共 通 して指摘 されるところで ある。以後「体 力管理制度調査会」の設置 (昭和13年 ),「国民体 力法」 (昭和15年 ),「人 口政策確立要綱」(昭和16年

)の

制定等 によって総 力戦体制 に即応 した労働 力

=兵

力の合理的

,計

画的管理 と配置 を体制的 に確立 したので ある。 しかも

,こ

の体 力にかかわる政策的 意図は

,単

なる体 力の管理 と再生産 を目的 としたものではな く

,各

地方段 階での体 カテス ト

,調

査 を梃 としなが ら地方組織 のフアシズム的再編 を合理的 に遂行す ることにあった1働ここに戦後体 力政 策の中央集権的性格の原型 をみ ることがで きる。そ して

,こ

の広大 な総 力戦体制下の もとで体 力の 科学的研究 は人的資源開発

,国

民体 力政策のイデオロギー的機能 を果 しなが ら科学的研究の軍事化, ファシズム化へ と沈潜 していったので ある。 この体 力科学のフ アシズム化への過程で組織的 な役割 を果 したのが日本学術振興会で あった。 日本学術振興会は

,昭

6年

1月 に桜井錠二

,古

市公蔵, 小野塚喜半次等 によって提唱 され

,同

年 5月 に財団法人 日本学術振興会設立趣意書 を審議

,決

定 し, 政府 に建議 してい る。 その趣意書 は,「学術 ノ振興ハ国運隆昌ノ基調 ヲナスモ ノデアル。即チ産業 ノ 進展

,国

防ノ充実

,政

治経済 ノ発達等― トシテ人文科学及 自然科学 ノ研究 卜其 ノ応用 トニ俊 タザル ハナク

,其

ノ結果 トシテ益 々国家 ノ光源 ヲ発揮 シ倍 々社会 ノ品位 ヲ向上 シ更二人類 ノ福祉 ヲ増進 ス ルニ至 ルモノデアル」のと述べ

,諸

科学的研究の国家政策への従属 と産業一軍事的結合 の必要 を強調 したので ある。 その結果

,体

力の科学的研究部門は

,学

術振興会の第

8常

設委員会 ― 医学

,衛

生 学部会 ― におかれ

,昭

和11年には労働能 力の基礎 となる体 方向上 に関 して形態的体位

,生

理的機 能 および精神能 力の角度 か ら総合的研究 を行 い

,国

民体 力の現状把握 とその強化 を図 る目的 をもっ て第22小 委員会 一 国民体 力部会 ― を設置 した。 そ して

,

日本学術振興会 は,「国民ハ累年低下 シ 邦家 ノ前途深憂二堪ヘズ」 との認識 か ら,「国民 二対スル積極的 ノ体 力向上施設 二至 リテハ

,遺

憾 ナ ガ ラ見 ルベキモ ノナシ

,御

テ此種施設 ブ速 カニ統制強化 シ

,併

セテ国民 ノ関心 ヲモ助長 スルコ ト極 メテ緊要ナ リ

,城

二於 テ先 ヅ国民体 力管理法 ヲ制定 シ

,国

民 二定期体 力検査 ヲ受 クル ノ義務 ブ課 シ, 其向上改善二必要ナル指導 ヲ行 ヒ

,以

テ白良体 カラ白宏的統零」三蛮毛 ウ ト女fのとの建議 を行 ったの である。 また

,第

10回日本医学会 (昭和13年

)に

おいて「戦時体制下医学講演会」 が開催 され

,文

部省体 育官の小笠原道生, 日本労働科学研究所の日軍唆義等

,三

宅鉱一

,

日本学術振興会学術部体 力問題小 委員会委員長の林春雄等 がそれぞれ体 力問題 に関す る講演 を行 っている。 そこでは「体 力」の概念 は

,次

のよ うに規定 されたのである。 まず

,小

笠原道生 は,「国家 が国家的必要 に基 いて国民 に向 っ

(5)

鳥取大学教育学部 教 育科学 第19巻 第1号 て要望す る所 の国民的資質rl“あると規定 し,H軍峻義等 は,「国家的要請 としての作業能力r2“ぁ り, 「作業 に対 して最 もよく適応 したる身体活動の上 に具象せ られたる漆刺た る精神の輝 きであるr9と した。 さらに

,三

宅鉱― は

,精

神 との関連で体 力を論 じ

,特

に戦時体制下 における精イ申科的予防医 学の必要 を強調 し

,林

春雄 は,「一大有機体 である国家の一員 として平時 にあ りて各人はその業 に従 事 し

,国

家の進展 に寄与 しうる作業能であると同時 に

,一

朝事 あるに際 しては特 に男子 にあ りて困 苦欠乏 に耐へ て国家の急 に応 じうる精神 力具体 力を云 うr°と規定 したので ある。 このよ うに

,体

力 科学 は

,国

家 に対す る身体 の全面的 な従属 を強要 し

,優

生学的方法 によって遺伝質的向上 を目的 と す ると同時 に,「さらに追 いつ め られた体制の状況 において拙速 ながら個人的 な資質の向上 を計ろ う とす るぢ°もので あ り,「いずれ も

,環

境 よ り人間への直接的 な働 きかけによ り体制への組みこみを重 視す るf①ことで特徴的であった。 (三) 国民体 力問題 が終極的 には国民生活の否定 ない しは破断の上 に成立す るものであるとい う問題把 握 の視点 は

,か

って永野順造

,大

河内一男等 によって提起 されたもので あった。永野順造 は

,主

に 「国民生活の分析」(昭和13年

)に

おいて国民体 力の低下問題 が単 なる物価 の抑制 によって解決 され うる問題ではな く

,国

民体 力問題 は

,国

民生活の破断 にその主要 な原因があ り,「国民生活」の問題 として解決 されるべ きことを次の よ うに提起 したのである。 「我国 に於 けるこの体位低下の最根本的 な原因が勤労国民の過労 と栄養の不良不足 にあることは 何人 も否定 し得 ない事実であ り

,結

局 は国民生活の問題である。国民の過労 は過度の勤労若 くは不 当な勤労条件 に基づ くもので あるが

,

しか し過労 を惹起 し体位 を低下す るよ うな勤労条件 の もとに 於 て も尚勤労 に従事せ ざるを得 ないことも亦結局 は生活の問題 に帰着せ ざるを得 ないのである。蓋 し適度の勤労 による収入 を以て しては

,意

識 され欲求 される一定 の生活水準 を維持 し得 ない場合 に は

,よ

り以上の勤労 を敢て して も生活水準 を維持 す るに必要 なまで収入 を増加せ しめざるを得 ない か らである。rの 国民生活は,「国民諸層の生活 力M固々に認識 され

,且

つ収入乃至生活程度 によって識

別されたもあでなくてはならぬ。この個々の国民層の生活の充分な認識と相互運関の基礎に立って

,

はじめて全体 としての国民生活は理解され得るゴ

8ち

でぁり

,国

民生活の水準は

,「

国民体位 と生産力

拡充 を前 に して 一 中略 一 体位 の向上 と技能の優秀化 とを可能 にするが如 き労働者の生活費fのに よって決定 される。 一方

,大

河 内一男 は

,国

民体 力問題の本質 をなす国民生活問題 を 母肖費」 と「休養」の問題 か ら とらえ

,両

者の社会的意義 を論 じたのである。彼 は

,消

費生活の積極的意味 を次のよ うに明 らかに している。 「消費生活 は

,消

費生活 として独立 に考 えられ得 ないと言 うこと

,論

ず る迄 もないであろ う。個 人の消費生活乃至消費経済 は

,彼

の勤労生活の反面で あ り

,消

費 によって規定 されるものである。 彼 がその勤労生活 か ら獲 るところの収入

,彼

がその労働生活 から与へ られるところの余H限

,ま

た彼 がその労働生活 に終 て置 かれるところの諸々の環境

,こ

れ等すべて勤労者の消費生活の基礎 を作 る と共 に

,そ

れを規定す る。換言すれば

,職

場 におけるところの これ らの諸条件 と切離 して労務者の 消費生活 は考 え得べ くもないので ある。反対 にまた

,勤

労者の消費生活 は

,単

純 な『消費』ではな く

,謂

はtゴ『生産的消費』 と呼ぶ ことが出来 るであろ う。蓋 し勤労者は消費生活 を経 ることによっ て

,彼

の生命並 びに家族 を維持す るが

,こ

れによって

,彼

の『労働 力』 は再生産せ られ

,経

済社会

(6)

入江克己:体力思想の論理 はまたこれによって絶 えずその『健全 なる』人間労働力を確保することが出来 るのである。このよ うにして

,個

人の動労生活は消費生活の基礎 を形成すると共に

,ま

た後者の順当なる保障は前者の ための条件 となるものであり

,此

処 に

,工

場労務者の場合に於て特 に重要 な二つの生活領域の相互 規定的 な関係 が存在 している。ゴω そ して

,彼

,国

民体 力問題 が休養の社会化の欠如の結果で あ り,「女工の肉体的磨滅」,「工女結 核」,「農村人 ロー般の体位低下」 によるものであると批判す ると同時 に

,「

休 養の社会的意義」 を 次の よ うに論 じたので ある。 「大部分の産業家 は依然 として休養の欠如 を日本的 な労資関係の特質 として

,即

ち『外来』の契 約思想 や労使利害 の階級的対立の思想 とは別個 な家族主義的 な或 は『主従の情誼』 を基調 とした協 同体的 な関係 として弁護 して譲 らなかったのであるゴ1)が

,「

単 に産業『労働 力』 とい う抽象 された 資格だ けに就 て考 えて も

,熟

練 の高度化

,作

業上の規律の遵守

,労

働の生産性 の伝承

,新

たな『労 働 力』の養成陶冶等

,総

じて人的要素の国民経済的規模 に於 ける再生産

,

とりわけ拡充再生産及び 高度化 が問題 となって来 るかぎり

,体

養は単 に肉体的疲労の回復 とい う消極的意義の もとに限定 さ れることなく

,遥

に積極的 な文化的実体 と意味 とを賦与 されなければならない。休養は単純 に疲労 の回復 として保健衛生行政的内容 を持つのみで なく

,言

葉の真の意味 に於 ける社会攻策 として勤労 者の社会的存在の保証

,そ

の文化捨 当者 としての資格の補強 を結果 とす るもので なければならない であろ う。ぢりまた,「栄養の問題 が『栄養食』の問題で ない と同様 に

,休

養の問題 もまた工場 内に於 ける娯楽施設や工場体操や工場ハ イキ ング奨励 の問題 と混同 されてはならない。すで に触 れた如 く, 休 養の問題は社会的 に採 り上げ られねばならないので ある。 それによって勤労者の社会的存在者 と しての資格 を物 的に保証 し支持す る限 りに於 てそれはは じめて文化政策的意義 を獲得す るので ある。 休養 と栄養 とが

,工

場内 に於 ける福利施設 として経営的立場 か ら処理 されている限 り

,勤

労者の教 養は社会的基礎 と展望 を持つ ことは出来 ないで あろ う。 この場合 には

,彼

等 は社会人 として創 り上 げ られる代 りに工場人 として鋳造 される。科学性 を持 たない勤労主義や人間『労働 力』を神秘化す ることのみを知 っている精ネ申主義は

,た

だに休養の社会的性格 を無視す るのみ ならず

,勤

労者 を萎 縮 した

,暗

,疲

労 と栄養不良の肉塊 に止 まらしめ るか乃至は特定工場内 に於 ける福利施設への埋 没 と安住 に終 らせ るか

,工

場 に対す る卑屈 な勤労者 を生みだす にす ぎない。休養 と来養の問題 が社 会化 され

,社

会政策 として解釈 され るので ない限 り

,個

々の産業家 にとって好 ま しい

,労

務者は造 られよ うが

,社

会的存在 としての

,文

化捨 当者 としての労働者 は喪 われる。f°したがって,「休養の 社会的保障は社会政策 を文化政策た らしめる最小 限の要求で あ り

,こ

の要求が果 されてのみ勤労者 は始 めて単 なる産業のための『労働 力』であることをやめて人間であることがで きる。]) これ ら戦前の国民生活研究 が戦時体制下 とい う状況把握の欠落の なかで社会政策論的観点か ら労 働 力の合理的

,科

学的保全の要請 が労働 力の担い手で ある国民の生活安定 と文化的水準 の向上 に結 びつ くとい う労働の論理 において成立 した点で肯首 しがたいが

,そ

れで もなお国民体 力問題 が結局 は歴史的

,社

会的 に制約 された全般的 な国民生活の問題 に帰着す るもので あるとい う問題提起 は, 今 日の体 力問題 に対 して一定 の有効性 を失 ってはいない。

2

体 力論 にお ける身体の問題

(― ) 体 力問題 とその政策 は

,身

体 がおかれた一定の歴史的

,社

会的 そ して政治的表現であることを確

(7)

鳥取 大学教育学部 教 育科学 第19巻 第1号 認 しつつ

,改

めて今 日の体 力論 における身体 の問題 を検討 したい。 戦後 の体 力論の形成 に大 きな影響 を与 えた猪飼道夫は

,体

力の概 念は「 ょ く働 くこと」,「よ く生 きること」 を基本理念 とす るもので あ り

,体

力 とは「ス トレスに耐 えて生 を維持 してい くか らだの 防衛 力 と積極的 に仕事 を してい くか らだの行動力とをい う

Pと

規定 してい る。 そ して

,こ

の二大要 素 を柱 とす る体 力の構造 において「精神」的領域 は

,体

力が「精神 の統合作用 に支持 されな くては ならなしぜ°ものであ り

,

したがって,「 1個の人間 としての生存 と活動 とは

,中

枢神経 か ら分 かれて はあ りえない。精ネ申的要素 はす なわち神経的要素 といいなお してもよいゴのと神経的要素 に遠元 され, とらえられている。 また石河利寛は,「体 力と精ネ申力の間には深 い関係 があることを認 めなければな らない

Pと

しなが らも,曝日能

,意

,性

格 などの精神的能 力を体 力の一部 と考 えるのは多少の行 き 過 ぎがあるよ うに思 われるゴ9)と述べ

,体

力と精神 を峻別す る根拠 として(1淋 力は

,精

神 力の対概念 で あること

,(2淋

力は

,身

体活動 において現象す ること

,(3淋

力の測定 においては可能 な限 り精神 的領域 を除外すべ きことをあげている。そして

,体

力を「人間活動の基礎 となる身体能 力」0“ある と規定 した。 さらに

,わ

が国 における体 力研究の基礎 をつ くった福田邦三は

,体

力を人間の生存 と 活動の基礎である身体的

,精

神的能 力 として とらえ

,体

力は,(1)防衛体 カ ー 身体 が生 存 および健 康 をおびゃかす自然界の侵襲 に対 し

,生

理学的防衛作用 として発揮 される能 力

,(2府

動体 カ ー 身 体行動 において「体技」 として発揮 される能力から成 り立 ってぃると規定 している 「 )そ の他

,浅

井 浅― は,「体 力は歴史的

,社

会的発展段 階に応 じた生 きかたの中で

,人

間の本質 に したがって規定 さ れている

Pと

体 力を人間の本質的契機 としてみ

,こ

の体 力は,「個人の生命の保全だけで なく

,種

族 あるいは民族 の生命の保全」働な らびに「民族 や国家の繁栄 をはかる」4)た めに要求 されるものである と民族的

,国

家的立場 か ら論 じている。 そ して

,そ

の観点か ら彼 は

,体

力 を「抵抗 を含み

,

日標 に 向 って行動す るとき

,障

害 を〕F除した り克服 した りす る作用や能 力r5“ぁ り,「体 力の本質は人間の 身体活動や身体能 力の根源 をなす人間のはた らきである。このはた らきに体 力の本質が存在す る」① と述べてぃる。 今 日では

,主

に福田

,猪

,石

河 の体 力論 にもとづ く体 力概 念 とその構造 が一般化 しているが, これ らの体 力概 念 には体 力問題 の もつ歴史的

,社

会的 な相互規定的 な関係 は

,捨

象 され,糸屯粋 に生 物学的

,生

理学的概念 として規定 され

,戦

前の体 力概念を踏襲 しているにす ぎない。 (二) 体 力思想 における身体論的特徴 は

,そ

の体 力構造 に明 らかなよ うに

,人

間の身体 を機能 としての 筋 力

,持

久力

,敏

捷性

,協

応性 と形態 としての体格

,姿

勢等 といった各要素 に解体 し

,そ

の各要素 を幾何学的 に くみたてて「体 力」 とい う身体像 を描 くとい う方法 をとることにある。この素朴 な論 理 は

,17世

紀的 な人間機械論 に通ず るものであると云 わなければならず

,そ

の結果,「事物 (即) の秩序 と意識 (対自

)の

秩序 の交又領域子のとしての身体 は

,そ

の まま物理 一生理学的系 に移 され, 身体 は

,物

理 一生理学的秩序 に還元 され うるはずであるとい う前提 に立 ってぃる。周知のように , 反覆横 とび

,垂

直 とび

,背

筋 力

,握

,踏

み台昇降運動

,上

体 そらし

,立

位体前屈等体 力測定の方 法的運動 によって測定 された値の「総和」 が「体力

Jで

あるとされているが

,体

力測定の運動過程 において精ネ申的領域は

,石

河の よ うに捨象 されるべ きであるとされ

,ま

た猪飼 においては生理学的 な 町申経的要素」 に矮ィょヽ化 されて しまっている。 体 力測定 における諸々の方法的運動 は

,身

体 のいわゆる機械的装置 に

,そ

の他 の運動は

,心

=

(8)

入江克己:体力思想 の論理 精ネ申的領野 に関連ずけられるとす るのは

,

どう考 えて も「科学」的ではな く

,こ

の一種 の機械的反 射運動論 には,「機械モデル」 をもとに作業的環境 と作業活動の平均化 によって「生産効率」の上昇 を志向 したテーラー・システムの理論 が投射 されてお り

,事

,労

働科学的研究 と体 力研究 が癒着 す る思想的契機 となったので あるよ働その運動的環境 において身体運動 は

,単

なる肉体的肉体労働 も しくは肉体的神経労働 に変質 し

,そ

のため体 力論 においては逆説的 に人間が生物的存在で あること は否定 され

,空

物本来の複雑で微妙 な反応 を示すはずのない機械的 な物体 として規定 され

,行

動主 義的 な心理学的手法の論理 が反映 されてい る。 機械論 とは

,メ

ルロ

=ポ

ンテ イが云 っているよ うに「原因 と結果 を

(1対

1〉 で対応す る実存的 諸要素 に分解 しうるよ うな作用」9)のことで あ り

,そ

こでは人間の「意識

=心

的世界」の複雑 なメカ ニズムは

,全

て捨象 され

,生

物体 としての人間の行動 もしくは運動 は

,す

べて刺激

(StimuLs)→

反応 (Response)と い う機能局在論的 な生理的結合過程 に還元 されて しま うので ある。 そこでは, 人間の内部 には

S→

Rを な りたたせ る糸屯粋 に機械的機能 そのものだけが残 され ることになる。有 機体 の生命

,運

動現象 を物理 一化学的作用の並列的 な客観法則 に還元 されるとす る見解 は

,か

って の生気論 と機械論の対立 にみ られるごとく

,有

機体 に関す る一面的 な説明 にす ぎない。生命 を維持 し

,か

つ生物体 を支配 している客観的 な物理 一化学的法則 も究極 において有機体 のいわば「意味 さ れた もの」 との構造的 な連関の過程 につつみ込 まれるもので ある。 われわれの身体 は

,あ

る 町面値」や「意味」 に対す る志向性のなかで具体的 に「生 きる」ので あ り,「知覚能 力あるいは運動能 力のシステム としての身体 は

,対

象 あるいは道具 として扱 われるよ う なものではな くて

,新

しい意味の結節 が生 じて くる生 きた意味作用の総体fのとして把握 される必要 がある。 ところが

,体

力論では「主体 がいろいろの環境や条件 にたい して

,そ

の内部環境 を一定 に 保持 してい くとい うことは

,恒

常性 を保 ち うる能 力は

,適

応 とい う機能で ある。 一 中略 一 適応 とい うことばは

,身

体 の面で も使 われるが

,精

ネ申の機能 について も使 われるので

,こ

こで生理的機 含ヒ(phySiO10gical adaptatbn)と いうのが道応である。生理的適応 は

,物

理的 な環境条件 にたいし, ならびに運動 による自体の内部 におこる一時的 な環境の変化 にたい し

,た

だ ちに内部環境 を平常 に かえてい くとい うはた らきで あるfl)と いった具合 に「生 きる」 とは

,物

理的環境 に対す る生理的道 応 とい う生物の 目的論的道応の原理 として完全 に生物学主義的 に解釈 され るので ある。 ここでは

,現

代 における工業技術の無節操 な拡大 に伴 う「環境」汚染 の問題 は

,不

間に付 され, た とえ関心 が払 われたとして も汚染 された工業的

,都

市的 な物理的環境 あるいは化学的環境 (空気, 水

,食

)に

対抗 もしくは道応す るための防衛体 カ ー 生理的 な身体的適応能 カ ー が強調 される だけで ある。確 かに

,有

機体 である動物 は

,欲

求 と本能 との単調 なア・プリオ リに対応す る安定 し た環境 に自らを「道応」 させ ることによって生体 を維持 しよ うとす る。 とはい え

,単

なる維持 は, 生命の前提で あって

,意

味ではあ りえないのである。ルネ・デュポスは

,こ

うした特定 の物理的, 化学的環境 に対 す る「l贋応」 を「道応」 として とらえることは, ダーウ イン的道応で あ り,「社会的 人間は

,自

分の生物的問題 がもはや単 にダーウ インの道合性だけで規定で きない段 階に達 してい る fめと警告 し,「道応 とい う概念 力半屯粋 に生物的 な関係で人間 に適用 された ときに

,道

応 がつ くり出す 怖 るべ き危険 さは

,適

応 とい う言葉 が しば しば人類 にのぞま しくない条件 を受動的 に容認 している f°ことで あると批判 している。 われわれの身体運動は

,所

与 としての物理的空間

=環

境への道応現象ではな く

,そ

れを背景 とし なが らも具体 的運動 に「象徴」,即ち意味 を与 え,「運動的企投」,「運動的志向性」 をもって物理的環

(9)

鳥取大学教育学部 教 育科学 第19巻 第1号 境 をの り越 え

,第

二次的 自然 ともい うべ く主体 の内的表出活動 を実現す る行動環境や文化体系 な り を構想 しよ うとす る「理念的統一体

Pと

して現象す る。人間 にとって社会的

,政

治的

,文

化的 とい った現実が環境で あって

,人

間は

,こ

の環境 の中 におかれた意識的存在で あ り,「自分 と物理 一 化 学的刺激 との あいだに,『使用物』 ― 衣服

,机 ,庭

― ゃ『文化物』 一 本

,楽

,言

語 ― など, 人間固有の環境 を構成 して行動の新 しい連環 を出現 させ るよ うなものを投入するゴのことによって生 きるので ある。 メルローポ ンテ イは

,あ

らゆる主体 の行動 を次の三つ に類型化 している。即 ち,(1)「癒合的形態」 ― 行動 が刺激 に癒着 し

,自

然的条件 の枠内に閉 じこめ られているもの。(2)「可換的形態」 ― 束U 激 の素 か ら比較的独立 した構造 それ自体へ と反応す るもの。「信号」 に反応 し得 る行動形態。(3)「象 徴的形態」 ― 意味

,シ

ンボル に対 して対応で きる行動形態である

Pそ

して

,世

界 を特有 な しかた で意味づ け

,構

成す るもの として身体 をとらえ,「象徴的形態」 を人間身体 の行動 としてみ るので あ るが

,体

力測定 における方法 と しての機械的反射 の運動過程では知覚

,視

覚等運動内容 を肉化す る 「 シンボル

=象

徴」化機能 が介在す る契機 は

,失

われ,「信号」 に反応 し得 る行動形態 としての「可 換的形態」の限界 に止 まるもので ある。 われわれは

,還

元主義的

,要

素主義的 に分断 され

,各

要素の反応の総和 をもって自己の「生 ける」 身体 として認識す ることはで きない し

,そ

の結果

,描

かれた体 力とい う身体像は

,い

わば「切 りと られた」虚像 としての うつ ろな肉体 に しかす ぎず,「意味 を失 った身体 は

,や

がて生 きた身体で ある ことを止 め

,物

理 一 化学的 な塊の地位 に下落す るfのことになる。 われわれの生 きられる具体的 身 体 が生理

,心

理等の自然法則 に条件づ けられるもので あることを拒否す るわけにはいかない。それ にもかかわ らず

,わ

れわれの身体 に内在す る情動

,感

性 が合理

,非

合理 の谷間を波状的 にゆ り動 か されるのは

,身

体 が社会的存在であるとい う理 由 にもとづ いている。世界

,環

境 を「分節化」 し, 「意味づ ける」 ものは

,要

素化 された解剖学的

,生

理学的 な身体構造や神経的要素ではな く

,既

成 の 始」造 されてある古 い構造 を超 出 してい く別 の (構造〉す る能 力f81員「 ち

,情

動 をも含めた総体 としての身体 の機能構造で ある。 市川 は

,対

象 としての身体 を単 なる「モノ」 と見 なす発想 を「石化」の思想 と呼び

,こ

うした発 想は

,他

者の身体 を決 して主体 としての身体 に変換す ることの ない

,物

体 に化す もので あると批判 しているが '9惰 動

,感

性は

,決

して無秩序で批難 され るべ きもので はなく

,そ

れ自身

,身

体的 な基 礎 をもつ ことによって秩序化

,理

性化の契機 をすで に合んでいると同時 に

,社

会的関係 を分節化 し, 体系化す る共同感情 ― 感情移入 ― を成立 させ るのである。体 力の構造 は

,い

わば身体 の単 なる 一面的 なモデルに しかす ぎず

,

しかも

,デ

ュポスがいみ じくも指摘 したよ うに機械的で効率的 な筋 肉的装置 と器官 を代置 した「至道人間」(optiman)の図式化 されたものにはかな らないfO)だが

,そ

れは

,あ

る特定 の身体 のイ ミテーションの限界 を越 え

,い

つの間にか一人歩 きをは じめているので ある。 (三) 体 力論 に特徴的 な機械的身体観 は

,近

代 における禁欲主義的 な労働観 と人間の二元的 な分裂状況 の投射 された ものである。近代 における資本主義的労働 の倫理的基盤 が中世 におけるプロテスタン ティズムの倫理 とい う非合理的エー トスに求め られることを明 らかにしたのは

,云

うまで もな くマ ックス・ ウエーバーで あった。彼 は

,人

間は

,神

の恩恵 によって与 えられた財貨の管理者 にす ぎず,

(10)

入江克己 :体 力思想の論理 その「委托 された財産 に対 して義務 を負 っているとの思想は

,人

間 をむ しろ管理 す る僕

,あ

るいは まさしく『営利機械 』 として財産 に仕 える者 となしつつ

,わ

れわれの生活の上 に冷やかな圧 力をも っての しかかる。財産 が大 きければ大 きいほ ど ― もし禁欲的 な生活態度 がこの試練 に堪 えるな ら 一 神 の栄光のた めにそれをどこまで も維持 し

,不

断の労働 によって増加 しよ うとす る責任感 もま す ます重 きを加 えるのである。 こ うした生活様式の起源 も

,近

代資本主義の精神 の多数の構成要素 と同 じく

,一

々の根 につ いてみれば中世 まで胡 るので あるが

,そ

れは禁欲的 プロテスタンテイズム において

,は

じめて

,自

己の一貫 した倫理的基礎 を発見 したので あった。 それの資本主義 の発展 に 対 して もつ意味 は きわめて明白で あるゴ1)と指摘す るとともに,「この禁欲 は企業家の営利 をも使命 た る『職業』 と考 えることによって

,こ

の独 自な労働意欲の搾取 を合法化 した。 このよ うな職業 (使 命

)と

しての労働義務の遂行 によって神 の国を求めるひたむ きな努力と

,他

な らぬ無産階級 に対 し て教会の規律 がおのずか ら強要 した厳格 な禁欲 とが

,資

本主義的意味での労働 の『生産性』 を

,い

かに強 く促進せず におかなかったかは明瞭である。営利 を『使命 としての職業』 とみなす ことが近 代の企業家の特徴 となったの と同様 に

,労

働 を『使命 としての職業』 と考 えることが近代の労働者 の特徴 となったfめと述べている。 また

,ハ

ンナ・アレン トも「近代 は伝統 をす っか り転倒 させた。 すなわち

,近

代 は活動 と観照の伝統的順位 ばか りか,(活動的生活内部の伝統的 ヒエ ラルキー

)さ

え も転倒 させ

,あ

らゆる価値の源泉 として労働 を賛美 し

,か

っては 〈理性的動物

)が

占めていた地位 に (労働 す る動物

)を

引 き上 げたのであるfめと近代 における人間観 の転換 を特徴づ けている。 その 結果

,古

代 における労働

=俗,遊

=聖

とい う観念構造 は

,逆

転 し,「聖 なる」 もの としての労働観 念が確立 されるに至 るのである。中世 プロテス タンテイズムによって内面化 され

,か

つて ラファル グによって糾弾 されたこの聖 なる労働観念の沈潜,「理性的動物」 か ら「労働 す る動物」への上昇 は, 同時 に道具か ら機械 制生産への代替 を契機 とし

,近

代 における価値体系の なかで「生産性」の原理 が全面的 に定着す ることになる。 この生産性の原理 は

,諸

個人 のあ らゆる人間的能 力 と欲求 を否定 し

,そ

の否定の上 に成立す る社会的 に有用 な労働 力を最高の価値 とす る観念 として普通化 され るの である。_事

,機

械制生産の出現 は

,性

,年

齢差 あるいは生得的 な技能的素質 に制約 された古典 的 な先天的分業 か ら人間 を解 き放 し

,後

天的分業へ と転化 させ ることによって労働 力の再生産 を可 能 とさせ る積極 的 な契機 となったが

,そ

の代償 として人間の非性化 と抑圧 を促進す る契機 ともなっ たので ある。即 ち

,機

械労働 において人間は

,自

己の身体 を外在す る物体 の機械的運動 に関係づ け ることによって身体 のタト延 として同化す る以前 に

,自

らを物体 に格下 げ しなければならず

,自

己の 身体 を労働手段 に下落 させ るとい う致命的 な犠 牲を払 うことになったので ある。 かっての原初的労働 は

,人

間主体 が客体の中に対象化 された自己を確認す ることによって同時 に, その関係 一運動 を媒介 としなが ら客体 の中に対arLさ れた自己を確認す る過程 で あつた。 しか し, 近代の機械的生産過程では自己を確認 し

,ま

た実現す る契機 は

,喪

われ

,古

典的 な意味での頭 と手 の労働 の統一 とい う労働形態 は

,解

体 し

,生

産過程 における労働 力の分断の システムは

,固

定化, 永久化す るとともに

,労

TEll能力の格差 を原則的 に定常化す るとい う歴史的 な機能 を果 して きた。 こうした近代労TH/における細分化

,半

熟練労働の非人間的性格の主要 な特徴 としてフリー ドマ ン は,「労働 の個性的特質の喪失」 をあげ

,そ

の個性的特質の喪失 が労働 における思考 と遂行の分離, 想像 力の放逐 によって

,さ

らに計器的 な指示 に対す る没主観的

,没

心情的 な単純部分労働へ か りた て る科学的管理法 によって倍加 されると批判 している評 それは

,か

っての牧歌的 な愛すべ き人間的対象 とは疎遠 なもので あ り,「巨大 なるブロ ック資本の 10

(11)

鳥取大学教育学部 教育科学 第19巻 第1号 重工業の機械生産 の中で人間は新 たなる貧窮の意味 を知 りはじめ,個性の喪失 を味 わって慄然 としは じめるのである。ゴ5七代 における人間主体 の喪失は

,何

よりも人間の内的世界 をも等質化

,量

化 さ れた商品性の中に解体 され

,生

計維持 の地点 にまで均質化 されることによって多元的 な内面的世界 の 自己表出の質料 となるべ き契機 を失 っていることにある。 そ して

,恒

常的 な機械労働 の生活への 浸ε虫は

,も

ともと時間的

,空

間的

,集

団的 な次元において 日常性 に対す る「 け じめ」 一 ホイジン ハの云 う「不真面」 ― として生活 を立体化

,構

造化 させ

,生

活の リズムを構成す る「ハ レ」 と「 ケ」,「聖」 と「俗」の緊張関係 をも崩壊 させ

,機

械 の恒常的運動 に巻 きこみ

,産

業革命期 に集 中的 に表現 されるよ うに

,労

働時間の延長

,休

息の収奪 となって現象せ しめ られたので あるf° 近代以降 における文明の急激 な発展 と社会的変化 のなかで失 った ものは

,遊

,仮

,祭

祀 とい った象徴的世界 が錯綜す る空間であった。近代 の合理主義

,実

用主義の浸透 は

,そ

うした感性的世 界 を解体 させ

,人

間の内的世界 をも反感性的契機 をもって制度的 に律す ることを特徴 としているfD 近代 におけるこ うした全般的 な物象化 の論理 は

,歴

史的

,社

会的構造 に定位 し

,規

定 されている 身体 にも反映 され ざるをえない。近代 に支配的 な単純部分労働形態 は,「理念的統―ド」 としての身 体 をフ リー ドマ ンの云 う「技術環境」 の なかで「労働 力」 とい う自然 力として対象化 し

,管

理すべ きもの として対応す る。感性 と理性 とが統合す る身体 は

,労

働 力 として機械 のメカニズムに対応す るよ うにパ ターン化 され

,人

間身体 の筋 肉

,感

覚の働 きを機械 の運動 に変換 させ るとい う人間の機 械化論 が定着す ることになる。 この機械論的身体の論理 が体 力論 に支配的で あることは

,す

で に指 摘 した通 りであるが

,体

力問題 と体 力思想の一般化 が自然環境問題 の成立 とその軌 を同 じくしてい ることは日音示的であるとさえ云 える。 自然環境 問題 は

,改

めて述べ るまで もな く

,人

間 と自然 との関係 の変化 もしくは分断 をその本質 としてお り

,経

済合理主義 の観点 か ら自然 を徹底的 に対象化 し

,生

産手段 として有用 なもののみを 抽 出す ることによって自然 と生態系の法貝」の破壊

,攪

乱 をもた らしたので ある。近代 における進歩 の観念 と合理主義の結合 は

,人

間的 自然 ― 身体 内

,外

的 自然 ― の浸蝕 を顕在化 させ

,労

働 の失 息 と管理 システムの浸透 が文化 を合めた総体的 な人間の生 を枯渇 させて きたので ある。体 力思想 に 流 れる身体 の分断の論理 は

,そ

うした人間 と自然 との関係の喪失 を表現す るもの にほかな らず

,近

代労働 に起因す る労働者意識の解体 な らびに近代技術思想の論理 とその根底 において共通 している。 この観点 からすれば

,総

体 としての体 力論は

,近

代 の合理主義

,機

能主義 を貫徹 させるイデオロギ ー的表現の意味 あい さえもつ にいた るで あろ うし

,す

で に歴史的事実 として証 明ずみで ある。結局, 体 力論 は

,人

間 を「遊戯」 と「労働」の世界 から疎タトす る否定の思想であ り

,そ

れが故 に近代的思 想で もあるので ある。 (四) 体 力論の もつ これ らの限界は

,同

時 に対象化 した身体 の上 に成 り立つ体 力科学の限界で もある。 医学

,生

理学

,解

剖学 といった自然諸科学 にその科学的基礎 を求 めて きた体 力科学 は

,そ

の成立 と発展の過程 において人間の身体 か ら感性的

,情

動的世界 を排除 し

,点

と線 に分断す ることによっ て純粋 の対象身体

,即

ち対象 ― 物 と化 して きた。マルクスは,「自然諸科学 は途方 もな く大 きい活 動 を展開 し

,た

えず増大す る材料 をわがもの として きた。 一 中略 ― 自然科学 は産業 を介 して ま 十 ます実践的 に人間生活のなかに入 りこみ

,そ

れを改造 し

,そ

して人間的解放 を準備 したので ある が

,そ

れだけます ます直接的 には自然科学 は

,非

人間化 を完成 させず にはやまなか ったf°と人間の

(12)

入江克 己 :体 力思想 の論理 物象化 が科学領域 に出現す ることをすで に予見 していた。 近代科学 が自然および社会 にIDhける人間の主体的 な「働 き」 を捨象す ることによって成立 し

,人

間が生物的有機体 としての側面 をもつ が故 に

,こ

の人間の側面 が科学の対象 になるとい うことは首 肯 しうる。事実

,体

力科学 は

,そ

の科学的研究の過程で身体 のあらゆる心的世界 を切捨 て

,全

身体 と自然 との交渉 を分断

,解

体 させ ることによって この近代科学の特徴 を忠実 に反映 させて きた。身 体 を物象化 し

,精

神 と対立 させたのは云 うまで もな くデカル トであったFのこのデカル ト的 な機械的 身体 図式 が「体 力」概念 とその構造 にその まま投射 されていることは

,す

で に触 れた通 りで あるが, 近代科学の もとで対象化 された人間は

,自

,人

,意

志 といった実在的契機 が捨象 されてお り, 人間の身体 を物理 一化学的モデルによって説明 しうるのは

,身

体 と自然的

,生

的状況 との交流 が意 図的 に切断 されている場合だけであるとい う状況認識 がなければな らない。 さらには

,身

体 を対象 化 し

,数

量化す るとい う方法的視点 その ものの中に

,す

で にイデオロギー的 な制約 を内在 させてい るのであ り

,単

なる事実への埋没 は

,人

間の経験 がもっている生的 な意味 をも喪失 させ ることになる。 近代 の理性哲学 とい う主観主義 と実証主義 とい う客観主義 が主観的で あると同時 に

,客

観的で あ る具体的 な身体 を疎外 して きたので あるが

,生

理学

,医

,キ

ネシオロジー等個別の 自然諸科学 に 科学的体系 としての成立契機 を求め

,具

体的 な生 きられる存在 としての身体 を中心 に据 えることの なかった従来 の体育学 もそ うした批判の対象か ら免 れることはで きない。 体 育

,ス

ポーツとい う文化的世界 における諸局面で展開 される身体現象 は

,単

に自然科学的対象

として設定された各身体的要素の総和をもってしても説明されえず

,諸

科学領域の研究成果を各個

別科 学 の限界 を越 えて

,具

体 的 な経験 の なかで位置づ けなお し

,そ

の意 味 を明 らか に して い く必要

がある∫

0)

3

学校経営近代化論 と体力形成論

(― ) 学校教育 における体 力形成論の全般的浸透 は

,昭

和33年の学習指導要領以後 の教育内容 に対す る 国家統制

,教

=学

習過程の合理化

,効

率化 さらには学校構造 における管理

=運

営過程 と教授

=学

習過程 の分裂 といった学校教育の全般的 な合理化政策 と対応 している。 昭和30年代以後 の学校経営 に理論的根拠 を与 えたのは,「学校経営近代化」論で あるとされている が

,こ

の近代化論 は

,労

務管理 における「科学的管理法」の導入 を背景 としなが ら学校運営 をめ ぐ って管理

=運

営過程 を固定化

,定

常化 させ ると同時 に

,総

体 としての教育の過程 それ 自体 の固定化 を促進 させ ることになった。具体的 な教授 一学習過程 (授業

)は

,所

与 としての 目的 をいかに効率 的 に

,

しかも合理的 に消化す るかとい う

,換

言すれば生産性の原理 が支配す ることにな り

,そ

の結 果

,教

育の過程 は

,必

然的 に感性的

,情

動的領域の放逐の過程へ と変容せ ざるをえな くなる。 ポル トマ ンは

,思

考の論理的発達 をもって人間教 育の唯―の課題 とす ることの非 を指摘 している が

,教

育 における感性的世界の否定 とい う観念 が確立 され,「人格」,町固性」 といった教 育原則 は, 形骸化 されたもの として現象す る∫°それは

,同

時 に教授

=学

習過程 における官僚制の貫徹 にほかな らず

,そ

の過程 は

,体

力論の論理 と根本的 に対立

,矛

盾す るものではない。 「体 カテス ト」,「スポーツ・テス ト」 に象徴 される体 力形成論 においては子 どもは,「体 力」 とし て管理 され

,操

作 される対象 におかれ

,興

,意

,意

志 といった人間的 な情動

,価

値的 な領域 は, 「体 力向上」 に対す る方法的要素のI生格 しか与 えられてお らず

,画

一的

,形

式的 にパ ター ン化 され 9 一

(13)

鳥取大学教育学部 教 育科 学 第19巻 第1号 た輝動内容の浸透

,過

剰 なまでの 目的意識 ― 結果の強調 と社会的

,物

理的環境への現実的有効性 ― 適応能 カ ー が優先 されるのであるFめいわゅる「基礎体 力」問題は

,現

代社会 ならびに教育 に おける子 どもの「生活」の破断の結果であり

,全

体 としての国民生活問題 として解決 されるべ きも ので あるにもかかわ らず,「体 力」 は

,普

遍的 なもの として規定 され,「健康」 と連続的 に無人格的 , 無思想的 にとらえられ

,そ

の本質は

,疑

われていない。 これまで検討 して きたょ うに

,近

代 の公教 育制度 は

,機

械労働 か ら人間的世界力)占渇 してい く過程 に対応 して労働 の外廷領域 として拡大 して きたが

,体

育教 育が絶えず国家権 力や社会的矛盾への道応能力の形成という補完的な機能領域の地位 におかれ

,同

時 に差別 と選別 を拡大再生産 す ることによって自らの主体性 を放棄 して きたことを確 認すべ き段 階 にきている。体 力形成論 が教育 目的論 としての資格 を欠 くものであることは明 らかで あ り

,体

力論 に拘泥 してぃるか ぎり

,そ

うした近代体育の限界 を超克す ることはで きない。 (二) 現代体 育教 育 にとって本質的 なことは

,体

力思想 に定式化 された二元的身体論 をどう止揚 し

,統

合的

,全

体的 な身体観 とそれを現実化す る契機 を教科論 としてどう構想す るかとい うことである。 教 育 を「文化体系」の世界 と「意味」の世界 との相互変換の過程 として とらえること力渭午される ならば

,体

育教育の成立根拠 は

,身

体文化の もつ技術的 ― 技能的世界が「構想力」 によって媒介 され

,身

体性化 される過程 に内在 している。この点 については

,改

めて問題 にされる必要があるが , 構 想力 とは

,単

なる主観性の もとに理解 されるべ きものではなく

,中

井正一 に従 えば

j主

観 と客観 , 現実 と非現実

,偶

然 と必然 とを媒介 し

,仮

=想

像 力によってつ き動 かされるもの としてとらえる ことがで きる。そ して

,そ

の相互変換の過程 に技術的世界が介在す るのであるF3ち体文化の もつ「 技術」 は

,共

通 の価値

,意

味 を生みだす虚構作用 としての「想像力」,即 ,「共同構想力」 とも云 う べ きものに支 えられ

,自

然的秩序 の人間的 目的 々秩序への変換 一 人間的 自然 としての仮象の世界 への投企 ― ぁるいは文化的秩序 を人間的秩序へ と結合 し

,媒

介す る根源的契機である。 広岡亮蔵 は

,学

力を構成す る諸側面 として(1浜目的能 力

,(2感

情能 力,(3)技術能力

,14感

度能 力を あげ,「技術 は

,そ

のわけが らや具体的条件 との相関の理解 に結 びつけられ

,そ

してで きた ら

;個

人 的心情 の深 ま りにおいて習得 されなかった ら

,生

きた技術 となることはで きない

Pを

述べているが, 体育教育 における身体 の技術過程 は

,文

化的 な仮象の世界 に鼓舞 される過程で知的能力

,感

情能 力 , 態度能 力が構 想力において統一 されたものとして現象 し,「メ(格の統一体」 を表現す るものである。

体育教 育学 は

,授

業過程 における身体 の運動現象 を要素化 し

,そ

の生理学

,力

学等の個別化 され た自然科学的分析 によって構想 され うるものではなく,「技術過程」 における子 どもの身体現象 を ト ータルなもの として どうとらえるかとい う問題 にかかわって くる。それは

,同

時 に総 じて近代 にお ける身体 の問題 を教育の過程で どう超克するかとい う問題で もあり

,ま

た発育 。発達 ― 全体 とし ての人間観 ― の問題 をも合めて教授

=学

習過程 の機械論的 な把握 に対 して根本的 な修正 を迫 るも ので ある。 これ らの問題 は

,絶

えず実践的 に明 らかにされるべ き性質のものであるが

,一

つの問題 提起 として敢 えて提 出 した次第で ある。 13

(14)

入江克己 :体 力思想の論理 狂

1)体

力形成論 を克服す る運動 として大正期の 自由主義体育思想 があげられ

,部

分的 には生理学, 解剖学中心の機械的 な教授

=学

習過程 に対 して批判 がカロえられたが

,全

体 と して体 力をいかに合 理的 に陶冶す るかとい う方法主義 の限界 にあった。 (拙稿 「大正期 における自由主義体育思想の 研究

(I),(1)」

鳥取大学教育学部研究報告 第18巻第

1号

2号

参照)

2)周

知 のよ うに

,昭

和33年の学習指導要領体育科編では体 育教科 の 目的 に体 力形成 を規定 したが, 現行の学習指導要領で は総則 第3に学校の教育活動全般 を通 じて体 力形成 を適切 に行 ない,「特 に, 体 力向上 につ いては体育科 の時間はもちろん

,特

別教育活動 において も じゅうぶん指導す るよ う 配慮 しなければな らない」 と学校教 育の総括的 目標へ と拡大 させている。

3)答

申は

,(1漱

養の向上

,情

操の陶冶

,(2淋

育・ レクリエーシ ョンの振興,(3)家庭教育の振興, (4職業 に関す る知識 。技術の向上

,(5市

民階級・社会連 帯意識 の涵養,(6)国際性の啓培 を基本理 念 とした社会教 育政策の方向 を示 している。

4)こ

の答 申は

,経

済成長 による生活様式の変化 に起囚す る身体活動の減退

,自

然環境の破壊 が国 民体 力の低下 と健康問題 を成立 させていることをあげ,「生涯体育」の立場 か ら体育・スポーツ政 策 を構想 してい る。

5)井

上一男 「学校体 育制度史」大修館書店 昭和47年

p.220

6)同

7)同

報告書 労働省労働基準局編 日本労働協会 昭和47年

p.8∼

12

8)同

報告書所収

p.126

9)同

報告書

p.126

10)同

報告書

p.131

11)同

報告書

p.131

12)その他 「時短

,休

日増 にあたっては賃金 とのパ ッケージ決定 を原則 とし

,時

間管理の合理化, 生産性向上対策

,余

H限対策 などの条件 を整備 し

,国

民経済への影響 を考慮 しつつ

,業

種業態 に応 じて計画的

,段

階的 にすすめ ることが基本である」 と述べている。 (同報告書

p.132)

13)労

働省労働基準局賃金福祉部編

2日 制の考 え方

,す

すめ方」 日本法令様式販売所 昭和 48年

p.15

また

,経

済審議会労働 力専門委員会の報告「新時代 の能 力開発 と労働福祉」(昭和47 年 4月

)も

「戦後 の経済パ ター ンを考 えた場合

,こ

れか らの労働 力のす う勢や産業構造の高度化 に対応 して

,知

,技

能 の陳腐化 を防 ぎ

,労

働 力の質の向上 をすすめてい くためにも

,労

働時間 短縮 をはかる必要 が高 まっている」 と労働 力の質的向上の観点 か ら労働時間短縮 をとらえている。 (同上書所収

p.59)

こうした労働時間短縮 に伴 う政策的観 は

,工

場法制定 (明治44年

)に

おけるそれを出ていない。 風早八十二 によればその政策的観点 は

,次

の諸点 にあった。(1)就業時間短縮 と同時 に

,休

憩時間 の短縮 が行 われた。(2)就業時間制限 を契機 として二組交替昼夜作業が誘致 された。(31T/F業上の監 督 が一層厳重 にな り

,労

働密度 を増大 させた。(4職 工1人当 り受持台数 を増加 させ ることによっ て

1時

間当 りの生産高の増大 をはかった。(5)時間短縮 と同時 に賃金支払方法 を改 め

,多

く稼高払 とした。(「労働 の理論 と政策」時潮社 昭和15年

p.96∼

97)

14)労

働省労働基準局編 前掲報告書

p.134

(15)

鳥取 大学教 育学部 教 育科学 第19巻 第1号

15)風

早 八十二 前掲書 p。 187

16)同

上書

p.68

17)同

上書

p.72

18)こ

の ことは昭和14年に幼児

,学

,青

年 を対象 とした全国的 な体 力調査 に向 けて国民体 力管理 制度調査会 が千葉県下の市町村で行 った予備調査の過程 にみ ることがで きる。 この予備調査 は, 体 力検査項 目の道否のみならず

,調

査 の「手続」の研究 とい う意味 が含 まれていた。体 カテス ト の実施 にあたって県中央 に「千葉県国民体 力管理制度準備調査委員会」 が設置 され

,知

事 を会長 とし

,警

,学

務の両部長 を副会長 とす るとともに

,調

査委員 には総務

,経

済部長 その他関係各 課長

,県

会議員

,千

葉医大学長

,同

付属病院長

,県

医師会長

,県

歯科 医師会長

,各

警察署長

,各

市町村会長

,各

市歯科 医師会支部長

,各

那市教育会々長

,各

郡市学校衛生 会長

,各

郡市男女連合 青年団長 をもって組織 し

,

さらに事務担当組織の実行委員長 に各市町村長 を

,ま

た実行委員 に各 小学校長

,青

年学校長

,郡

市医師会員

,市

町村男女青年団長 を任命す るとい う徹底 した中央集権 の下で実施 された。 (古屋芳雄 「体 力管理 と体 力検査」龍吟社 昭和16年

p.110)

19)川

上武 「現代 日本医療史」 勁草書房

1964

ュ459

20)古

屋芳雄 前掲書

p.78∼

79

傍点引用者

21)日

本科学史学会編「 日本科学技術史大系

25

医学2」 第一法規 出版

1967 p.241

22)同

23)同

24)同

上 引用文は

,現

代 かなづ かい とした。

25)同

26)同

27)同

書 時潮社 p。 1∼ 2

28)同

上書

p.16

29)同

上書

p.8

30)「

戦時社会政策」太洋社 昭和15年

p.275

以下引用文は

,現

代 かなづ かい とした。

31)「

社会政策の基本問題」 日本評論社 昭和15年

p.404∼

405 大河 内は

,戦

時体 制下 における余暇 問題 の特殊性 について「所謂 『余暇利用』の問題 が一般の 労働条件 とは無関係 に労働時間だけを典 えられた『余暇』 として抽出 して取扱は うとしている点, またそれが労働者 に対す る訓育的

,教

化的 目的 を多分 に持 っていた とい う点

,こ

れ等の点は

,当

面休養の問題 が

,勤

労者層の差 し迫 った肉体的 な要求 を根拠 として提 出 されて居 り

,ま

た不況期 に於 てではなく

,却

って戦時体制下 に於 ける『生産 力拡充』の強行 の下 に於 て解決 されなければ ならないの と著 しい対照 を為 している」 とす旨摘 している。 (同書

p.404)

32)同

上書

p.414

33)同

上書 p。417

34)同

上書

p.415

この他

,篭

山京は,「国民生活の構造」 (昭和18年

)に

おいて「生活問題」 は

,近

代労働 が生活 か ら分離 し

,生

活 を破壊 あるいは犠牲 にす るなかで発展 して きたことによるものであるととらえ, 「労働」,「余暇」,「休養」の相互規定的 な関係 を生理学的 なエネルギー代謝 のメカニズムか ら(1) 労働 は

,休

養を規定す る,(2)余暇 (労働化 した余暇

)は

,休

養 を規定す る

,(3"働

,余

暇 を規

参照

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