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隠された「ひび」 : 『黄金の盃』試論

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(1)

長 柄 裕 美

(平成元年6月29日受理)

は じめに

ヘ ンリー・ジェイムズ

(Henry JameS,1843-1916)の

完成 した最後 の長編小説『黄金の盃』

ι 働 ′″ι

%肋

″′

,19o4)は

,公

爵 (PrinCe)と 公爵夫人 (PrinCess)の 満 ち足 りた抱擁で幕 を閉 じる。 まるでお伽話 を思わせ るような見事 な結末である。 この結末が

,ジ

ェイムズの作品の中で

,い

かに 特異な ものであるか は

,改

めて指摘す るまで もないだろう。「国際テーマ」を扱 つた ジエイムズの作 品の特徴 の一つに

,結

末 において

,主

人公 または女主人公が説明 し難 い奇妙 な行動 をとることが挙 げられ る。復讐 のチャンスに恵 まれなが らそれを突然断念 して しまう『アメリカ人』(Tttι 4%ιη翻%, 1877)のニューマ ン

(Newman),裏

切 られていた ことを知 りなが らあえて夫 のもとへ帰 つて行 く『あ る試涎 の肖像』

(勁

ι島 力解″ げ4 Lα力

,1881)の

イザベル (ISabel),真の人生を初めて自分の ものにできるチャンスに恵まれながらそれを拒絶してアメリカヘ帰ってしまう『使者達』(T力ι

4陶

う斜M‐ あ郷

,1903)の

ス トレザー(Strether),そ してその清 らかで寛大な心によつて初めてヨーロッパの 「悪」を凌 ぎなが ら

,生

を全 うすることの許されない『鳩の翼』

(勁

θレη

%gsげ

滅ι Dθυι

,1902)

のミリー(Milly)等である。私達読者 は

,結

末においていつ も何かが完結 しない

,満

たされないと いうある種のフラス トレイションを感 じさせ られることに言わば慣れてしまった。ところがこの『黄 金の盃』においては

,そ

の不可解さがない。計算通 り

,

きつち りと本物の結末 “C10Sed endilag"が 訪れるのである。 なかでも

,同

じく結婚や婚約 にまつわる物語のアメリカ人の女主人公 としてイザベルや ミリーが いたが

,彼

女 らは共にその多額の財産 を目当てに

,一

対のヨーロッパ人 またはヨーロッパ化 したア メリカ人男女によって斯かれる運命にあった。イザベルは

,結

婚の失敗 を痛感 しつつその失敗の中 にあえて飛び込むことによって

,人

生に果敢に挑んで行 こうとする姿勢を示すに終わつた。 ミリー は

,そ

の鳩のように清 らかで慈愛に満ちた心によって

,自

分 を欺 こうとした男女に精神的な勝利 を おさめるに至るが,それ と引き換 えに自らの命 を断たれざるをえなかった。ところが『資金の盃』の 女主人公マギー (Maggie Verver)の 場合 は

,こ

の二つの例 と極めてよく似た要素 (多額の財産 と, それを目当てにはしないまで も

,財

産がなかったために結婚できなかった男女

)を

持つにもかかわ

(2)

170

長 らず

,イ

ザベル にもミリーにもで きなかった ことを成 し遂 げるのだ。つ まり

,先

の二人 と同様

,マ

ギーの中にあるアメ リカの純粋無垢が ヨーロッパの悪 と腐敗 に触れ るが

,崇

高な道徳 と知性 を持 っ てそれに立 ち向か うことによって

,最

終的に自己の正 しい と信 じるものを勝 ち取 り

,し

か もマギー は生 きてその完全 な結末の瞬間 を迎 えるのである。 この違いは一体何 を意味 しているのであろうか。 ミリーか らマギーヘの移行 は

,単

に生 きるか死 ぬかの問題 だったのだ ろうか。 この小論 は

,以

上 のような『黄金の盃』の結末の意味 について

,一

つの解釈 を試み ようとす るものである。 基本的 「悪循環」 『黄金の盃』 は

,ジ

ェイムズの作品の中で もとりわ け

,全

体 を通 じて

,バ

ランスを強調す る構造 や比喩的・象徴的表現が 目立つ。 まず第一 に作品その ものが二部構造 をとってお り

,第

一巻 目は「公 爵」(“The Princざ'),第二巻 目は「公爵夫人」(“The Princess")と 題 されている。そして前半 は

主 にイタ リア人貴族 アメ リーゴ公爵 (PrinCe Amerigo)の視点で

,後

半 はほぼ一貫 してその妻マギ ーの視点 を通 して物語が語 られ るのである。登場人物 は最小限に制 限され

,

この二人以外 には主要 人物 として

,マ

ギーの父親で巨万 の富 を持つアメ リカ人美術蒐集家 アダム (▲

dam Verver)と

,長

いヨーロッパ生活の結果国際人 としての洗練 された趣味 を身 につけるに至 ったアメ リカ人女性 シャ ーロッ ト(Cha』Otte Stant)が

,そ

して脇役 としては

,以

上 四人 の主要登場人物全てを熟知 してい る友人であ り四人 の関係 を促進す る潤滑油的役割 を果 たす ファニー

(Fanny Asdngham)と

,そ

の 聞 き役で夫 のボブ大佐

(BOb Assingham)が

いるだけである。物語 は

,マ

ギー とアメ リーゴの結婚 に始 ま り,それ とバ ランスをとるために,ま るで 四輪馬車 の車輪が一つ足 りないのでそれを「補充」 するためであるかのようにアダムが シャーロッ トと結婚す るところか ら本筋 に入 って行 く。 物語のヒントは,12年 も前にジェイムズが偶然耳 にした話から得ている。『創作ノー ト』(Tttι ハリカうθθ悠 げ Я

%ゅ

力紹密

)の

1892年二月28日の 日付 には

,パ

リでアメ リカ人 の娘がイギ リス人 と結婚 (また は婚約

)し

たの とほ とん ど同時 に

,ま

だ比較的若い男や もめである娘 の父親が

,娘

とほぼ同 じ年 ご ろのアメ リカ娘 と結婚 (または婚約)した とい う話が記 されている。 この際 ジェイムズ は,「父 と娘 の強い愛情」 を主たる根拠 として

,娘

の結婚 による寂 しさを慰 めるために父親 も結婚 し

,結

婚後 も 娘 は償 いのために暇な時間をで きる限 り父のために捧 げた とし

,そ

れに比例 して娘の大 と娘 よ り美 しくて賢い父の二度 目の妻が接近 して行 くという「堂々め ぐり」または「悪循環」(“the rOtary motion,

the cious circIざ')を物語の筋書 として構想 してい る。(う もともとは短編小説 のためのアイディア

であった とはい うものの

,こ

の時点での構想 は

,夫

の国籍や結婚 の時期等細かい点 を別 にすれば,

その基本的な構造 はそっ くりそのまま『黄金 の盃』の第一巻 目に生か されている。 とりわ け父 と娘

(3)

の愛情 を中心 に四人 の登場人物 を巻 き込 んで行 く「堂々め ぐり」 または「悪循環」 とい う着想 は, まさし くこの作品の原点で もある。 そして この四人 の関係が純粋 にバ ランスの とれた「堂々め ぐり」 であるためには

,四

人全員がそれぞれ誠実であ り

,な

ん ら故意 に策 を弄す ることのない人々で ある 必要がある。 ジェイムズはその点 について

,極

めて注意深 く物語 を創 り上 げていった と言 える。 スウォー ン

(SWan)が

言 うように

,こ

の小説 は「興 えられた局面 の)隠列組 み合わせ を徹底的 に追 及 した ものであ る。」°)まず この「堂々 め ぐり」の根本 にあるの はマギー とその父アダムの間の愛情 の深 さであ り

,ジ

ェイムズ はこの愛情 を基本的には非難す ることので きない もの として描 いた。 ま た表面的には

,マ

ギー とアメ リーゴ

,ア

ダム とシャーロッ トのそれぞれの夫婦 の愛情 の確か さは揺 らぐ ことのない前提 として描かれ

,そ

の上

,マ

ギー と古 くか らの友人 シャーロッ トとの友情

,ア

メ リー ゴ と義父アダム との信頼関係 も確かな ものであるとされる。結局 四人 を巡 る「順列組 み合わせ」 の最後 の関係 は

,ア

メ リーゴ と義母 シャーロッ トの関係であるが

,ヴ

ァーヴァー父娘 は自分達 の社 交嫌いを理 由に

,対

外的な付 き合 い一切 をシャーロッ トとアダムに委ね

,そ

の結果 この二人 の義理 の親子 は急速 に接近 して行 くことになるのである。 この問題の関係が持つイメージをで きるだけ自 然 で共感 の持てるものにす るために

,ジ

ェイムズは二人が愛 し合 っていなが らお金が無 いために結 婚 を諦 めたかつての恋人同志であった という前提 を与 えている。さらに,マシーセ ン(Matthiessen) が指摘 しているように

,シ

ャーロッ トとの過去 の関係 を「清算 しようとした公爵の決心 を

,ジ

ェイ ムズは誠実な もの として描いた。」そして

,そ

れ にもかかわ らず「彼が シャーロッ トとの関係 を結局 断ち切れなかったのは

,意

外 にもマギーが父 とシャーロッ トを結婚 させ ようと努力 した結果」131なの である。 そ してシャーロッ トもまた

,ア

ダムの求婚 に対 して

,な

し得 る限 り誠実 に対応 してい る点 が印象的である。 シャーロッ トは

,マ

ダム・ マール

(Madame Merle)や

ケイ ト

(Kate Croy)と

違って

,ヴ

ァーヴァー父娘 の富 を目当てにす ることは一度 もない。それ どころか

,気

持 ちの上です ら

,彼

女が この父娘 を自ら積極的 に欺 こうとす ることは決 してないのだ。「 シャーロッ トと(少しだ け

)公

爵」に対するリーヴィス (Leavis)ら の共感“)も

,そ

の意味 において もっ ともであった と言 え る。 こうして考 えてみるとき

,本

来 第一巻 冒頭 における四人 の関係 は

,表

面上 どこに も破綻 な く

,完

全 な釣 り合 いを保 つた 「堂々め ぐり」 として設定 されていたことがわか る。 アメ リーゴ とシャーロ ッ トとの関係 は,この四人 のバ ランスの とれた関係 の象徴で もある。 四人が四人 とも

,

互 いに互い 同志の ものである と同時に,互いに誰 をも真 に所有 し合わない ところに生 まれた最後 の関係である。 四人 の間の他の どの関係が崩れて も成立 し得ない関係であると同時 に

,こ

れがなければ四人 の関係 が完全 にな らない必然的関係で もある。 この意味で,「堂々め ぐり」が「悪循環」へ と変わつて行 く ことになる四人 の運命 は

,全

員が「悪意がな く」

,互

いに「思いや りがあ りす ぎ」,「親切す ぎ」たた めの「不幸」 であった とい うファニーの指摘 は正 しい。以下 は四人 について語 り合 うファニー とボ

(4)

172

ブの会話 であ る。

“Are they mere helpless victilns of fateP''

Wen,Fanny at last had the courage ofit.“

Yes‐

hey are.To be so abjectly innocent

_三thatぬ to be victilns of fate."

``And Charlotte and the Prince are abjectly innocent― ―?''

It took her another minute,but she rose the ftlH height.“ Yes,That is they″ι

% as

much so in their way as the others.「Fhere were beautiful intentions an round,「 Fhe Prince's and Charlotte's were beautifuト ーof ι施 チI had my faith...."

“Ah then,"he asked,“what does our muddle makeチカιη to have beenP"

“wen,t。。much taken up with collsidering each other... .It illustrates the rlisfor‐ tune,"said h/1rs.Assingham gravely,“ of being too,too charnling."(5)

“We■,she [i.e.ふ/1aggie]did it Originany sheぅ │と〕,%the vicious circle・ .. It's their

mutual consideration,an round,that has rltade it the bottonlless gulf,and they're reaHy so embrOiled but because,in their way,they've been so improbably ttθ ο′."(6)

要 す るに

,こ

の四人 の関係 を

,悪

意 を もって

,意

図的 に

,作

為 的 に生 み出 そ う とした人物 はいな いのだ。 この作 品の題名 で もあ る「黄金 の盃」 は

,作

品 中様 々 な ものの象徴 として繰 り返 し現 れ る が,一つ には この四人 の完全 にバ ラ ンスの とれた関係 を象徴 してい る と言 えるだ ろ う。9)そ して大 方 の評価 が一致 してい るように

,こ

の「盃」 に入 った「亀裂」(“

CraCk")は

,ア

メ リー ゴ とシャー ロ ッ トとの関係 の中 に抗 い難 く生 まれ て しまう「不義」 の要素 を意味 してい る。 四人 の本来 の完全 な 関係 の中で

,義

理 の母 と息子 の間柄 で あ る ことを表 向 きの理 由 として

,実

質 的 に は過 去 の よ りを戻 してい くこ とにな る二人 の不義 の関係 こそ

,内

部 か らこの完全 な る四人 の関係 を突 き崩 して行 く危 険 を争 んだ「 ひび」 で ある。 しか し先 に述 べ た ように

,こ

の二人 の関係 が

,同

時 に四人 の関係 を完 全 な もの にす るための必然的要素 で もあった とした らどうだ ろう。「 ひび」は

,四

人 の関係 その もの が

,そ

の完全 さゆえに■ んでいた潜在 的 な欠陥 を表 していた とは言 えないだ ろ うか。 た とえば

,ア

メ リー ゴ とシャー ロ ッ トの義理 の親 子 関係 の異常 さは

,そ

の対極 にあるアダム とマギー の親 子 関係 の異常 さ と釣 り合 っているはずであ り,lBjこの父 と娘 の愛情 を根拠 として成立 していた四人 の関係 は, も とも とその根底 に欠 陥 を含 んでいた ことにな る。物 語 の前半部分 で あ る第一巻 は

,

この ように, 完全 に見 えた主要登場人物 四人 の関係 (「盃 」

)と

,そ

こに必然 的 に潜 んでいた落 し穴 (「ひ び」

)に

つ いて語 られてい る。 裕

(5)

「ひび」の修復 物語の後半部分である第二巻で は

,四

人の関係が崩壊へ向か う直前 にこの「ひび」 に気づいたマ ギーが

,問

題 を表面化す ることな く

,ま

た誰 の自尊心 をも傷 つけることな く

,い

かにこの「ひび」 を修復す るかが描かれ る。 これ以後 は

,会

話 も行動 も互 いの意識の裏側 を探 り合 うような

,ま

す ま す微妙で繊細 な ものになって行 く。スウォー ンが言 うように「すべての人が

,衝

動的な行為一つで 自分たちの薄紙 のような存在 を破滅 させ はす まい と決心 して

,世

故 にたけた教養人 らし く振舞 う」191 のである。登場人物全てのたび重なる「 ウソ」 によって取 り繕われ

,固

め直 された四人 の関係 は, まさし くこの作品における「盃」の「ひび」の修復 の方法 を端的に表 してい ると言 えよう。 しか し

,こ

の「ひび」 を修復す るためには

,マ

ギー はそれ を必然的に率 んでい る四人 の関係 その ものの解体か ら始 めねばな らない。マギー とファニーが問題 の盃 を前 にアメ リーゴ とシャーロッ ト の関係 について話 し合 った後で

,フ

ァニーが盃 を床 に叩 きつけて壊 して しまうこと

,さ

らにマギー がそのひび通 りに割れた盃 の破片 を持 って元通 りの形 に並べ直す ことは

,マ

ギーの手 による

,密

か ではあるが意識的な四人 の関係 の「解体」 と「再構築」 を表 していると言 えるだ ろう。実際

,そ

れ を契機 として

,四

人 の関係 は微妙 に

,し

か し明確 に異質 な ものに変わって くるのである。マシーセ ンは

,盃

が壊 された瞬間 にアメ リーゴが姿 を現す ことを,「悪 の呪文が破れて解放 された魔神」とい うお伽話 の手法 に讐 えているが,(10ま さし く

,優

しい少女 のキスによって蛙や野獣が王子 に姿 を変 えるように

,勇

敢 な王子 のキスによって眠れ る森 の美女が 目を覚 ます ように

,マ

ギーの「愛 の力」 によって

,ア

メ リーゴは別人 に変身す るのである。 こういったお伽話 の約束事 を前提 に置かなけれ ば理解 し難いほ どに

,盃

の破壊 を境 に四人 の関係 はその構造 を変 えて しまう。 まずマギー は夫 アメ リーゴと彼 らの不義の問題 について比較的率直 に話 し合 うが

,驚

くほ ど容易 にアメ リーゴはマギー の偉大 さに打たれ

,シ

ャーロッ トか らマギーヘ とその関心 を移 して行 く。 そして結末近 く

,マ

ギー との会話 の中でアメ リーゴはシャーロッ トを「愚かだ」(“Sheζ stupid.")(11)と 言 うに至 るが

,こ

れ はシャーロッ トの敗北 を語 って余 りあるものである。一巻 目で は無知であるために敗者で もあった のはマギーであったが,逆に二巻 日で は無知であるために敗者 となるのはシャーロッ トの方であ り, 二人の関係 は完全 に逆転 して しまうのである。しか し,マギーの勝利 はあか らさまな もので はな く, 敗北 を装 つた裏側か らの勝利である。第二巻中,マギー とシャーロッ トの対峙場面 は三度現れ るが, いずれの場合 もマギーの武器 は「ウソ」 によって「卑屈 さ」 を演 じ切 ることであつた。例 えば

,一

回目の場面 は次のように描写 されている。

These few straight words filled it to its uttermost reaches,and nothing,either,、 vas now absent frOm her consciousness of the part she was called on to play in it.Charlotte had

(6)

174

長 柄

marched straight in,dragging her rich train i she rose there beautiful and free,her whole aspect and action attuned to the firmness of her speech,WIaggie had kept the shawl she had takenOut with her,and,clutching it tight in her nervOusness,drew it round her as if huddhng in it for shelter,covering herself with it for hunlihty.She looked out as from under an irnprovised hood― the sole headgear of some poor woman at someboby's proud door...。(12)

そ して 自分 がマギー に対 して何 か咎 め られ るような こ とを したか とい うシャー ロ ッ トの挑戦 的 な強

気 の問い に対 して

,マ

ギー は第一巻 においてアメ リー ゴ とシャー ロ ッ トが 自分 に した こ とを「 お手

本 」 に

,徹

底 して「 ウ ソ」 の台詞 を言 い続 けるので あ る。

The right,the right―yes,it took this extraordinary forrl of humbugging,as she had caned it,to the end.It was only a question of not by a hair's breadth deflecting into the truth,So supremely was she braced.“ You must take it from me that your anxiety rests quite On a■lisconception. You must take it fronl me that I've never at any moment

fancied l could suffer by you."And marvellously she kept it up― ―not only kept it up but ilnproved on it. “Yon must take it from me that I've never thought of you but as beautiful,wonderful and good.Which is all,I think,that you can possibly ask"(13)

三度 目の対 峙場面 において も

,マ

ギー は同様 に卑屈 な態度 を演 じる ことに よって

,シ

ャー ロ ッ ト自

身 の 日か ら

,ア

ダム と共 にアメ リカヘ渡 る とい う決意 を語 らせ る。 しか もこの願 って もない決 断 を

聞 きなが らも

,マ

ギー の反応 は最後 まで父 を若 い義母 に奪 われ る娘 の失望 を装 い続 けるので あ る。

“You haven't、vorked against rneP''

Taggie took it and for a rnoment kept it;held it,、 vith closd eyes,asifit had been some captured fluttering bird pressed by both hands to her breast.Then she opened her eyes to speak.“What does it matter― ―-lf I've failedP"

“lFou recognise then that you've failedP"asked Char10tte frorxl the threshold.

A/1aggie waited. . .then she made up her■ lind. “I've failedI" she sounded out before

Charlotte,having given her tilne, walked away. She watched her, splendid and erect, float down the long vista;then she sank upon a seat.Yes,she had done an.(14)

美 裕

(7)

こうしてマギー は自分 に課せ られた役 を演 じつつ

,結

局「役女 自身が作者である劇 の リハーサル をしている俳優達」(``figures rehearsing soFlte play of which she herself was the author")(10の

ように他 の人物達 をも自分 と同 じ舞台 に登 らせ

,無

意識の うちにおのおの与 えられた役割 を演 じさ せて しまうのだ。そ こには

,物

語 の前半で見 られたただ「娘 らしい娘」 に過 ぎなかった彼女か らは 想像 のつかない不気味 なほ どの成熟が感 じられ ると言わねばな らない。お伽話 の超 自然的な力 を浴 びたのは

,ア

メ リ‐ゴー人で はなかったのである。 新 たなバ ランス 結局四人の関係 は

,四

人相互 の完全なるバ ランスか ら

,ア

メ リーゴ とシャーロ ッ トの不義 (逆に 言 えばその対極であるマギー とアダムの過度 の愛着

)と

いう「ひび」 に沿 って一旦 まっぷたつに引 き裂かれることによって

,そ

の割れ 目を境 に明瞭 に二つの夫婦 に分割 され

,そ

の二組 の間のバ ラン ス とい う形で再構築 され ることになる。 ファニーが壊 した実際の資金 の盃が

,も

ともとのひびに沿 って きれいに割れた こと

,そ

の断片 は二つで

,脚

部 の断片 (“the SOlid detached foot")を 除 けば

ほとん ど同 じ大 きさの二つの吉1分 (“the almOst equal parts of the vessel")に 分かれた こと°°は

象徴的である。マギー は関係 の上台 を意味す る脚部 の断片の上 に

,あ

たか も二組 の夫婦 の定義 をし 直すかのように

,カ

ップ部分 の等分 された断片 を載せ直すのである。断片がぴつた りと合 つて少 し 離れてみれば全 く割れ 目な どない ように見 えた ことは

,言

うまで もな く

,マ

ギーが問題 を一度 も表 面化 させ ることな く

,表

面的には何一つ変わっていないかのように見せか けなが ら

,四

人 の関係の バ ランスを新 しい局面へ と変質 させたことを象徴 していると言 える。 こうして沈黙の内に

,四

人相互 のバ ランスか ら

2対

2のバ ランスヘ と

,同

じ完成度で もって関係 を組 み変 えることに成功 したマギーの知恵 は驚 くべ きものである。四人相互 の関係 は当然三角関係 の危険 を字んでいるが

,2対 2の

関係 にはその余地が残 されていない とい う単純 な計算 と共 に,そこ には

,本

来物事 のバ ランス は,夫 婦がそうであるように,基本 となる二極 に還元 され るべ きであると いうジェイムズ特有の発想が あるように思 える。マギーが壊れた盃 の断片 を集 めるとき,「一度 には

二つの断片 しか運べない ことがわかった」(“… …Only to find however that she could carry but

two of the fragments at once.")(1の と言 うのはその意味 において興味深 い。言い換 えれば

,第

一巻

におけるバ ランスの過 ちは

,関

係が四極化 した ことである。人物が何人 いようと

,関

係が どんなに 複雑化 しようと

,そ

れが よ り大 きな二つの極 に集約 される形でのみ

,ジ

ェイムズの構造 は落 ち着 く

のである。そう考 えた とき

,マ

ギー とアメ リーゴが ヨーロッパ に留 まり

,ア

ダム とシャーロツ トが それ と釣 り合 いを保 つようにアメ リカヘ渡 るとい う物語の結末 における図式 は象徴的である と言 え るだ ろう。ヴァーヴァー夫妻がアメ リカヘ渡 る前 に最後 に公爵夫妻 を訪れた際

,テ

ーブルを挟 んで

(8)

176

語 り合 うアダム とシャー ロ ッ トの姿 を眺 め なが ら

,少

し離 れ た所 で別 れ を惜 しんでい るマ ギー とア

ダム の意識 を描 いた次 の よ うな場面 が あ る。

The t、vo noble persons seated in conversation and at tea fen thus into the splendid effect and the general harmony : 出Crs. Verver and the Prince fairly “placed" themselves,

however unwittingly, as high expressions of the kind of human furniture required

aestheticany by such a scene.The fuslon of their presence、 vith the decorative elements, their contribution to the triumph of selection,was complete and adnlirable;though to a

lingering view, a view more penetrating than the occasion reany demanded, they also

might have figured as concrete attestations of a rare power of purchase.There was rnuch indeed in the tone in which Adam Verver spoke again, and who shan say Where his thought stoppedP `生 ゼιθη物う″ノθsテ You've got some good things,''(18)

関係 が二極化 した とい う こ とはす なわ ち

,シ

ャー ロ ッ トとアメ リー ゴが それ ぞれ ア ダム とマ ギー に「所有 された」 とい うことで あ り

,彼

らを眺 め るマギー らの視線 は

,彼

らが も とも と莫大 な富 を 持 つ ヴ ァー ヴ ァー父娘 に とって

,十

分 に吟味 され た後 に購 入 され た一種 の美術 品で あった こ とを確 認 させ る。 そ して「勘定 が合 つてい る」 とい うアダムの最後 の言葉 は

,多

額 の犠牲 と引 き換 えに獲 得 した この一対 の美術 品が

,間

違 いな くその犠牲 に見合 うだ けの価値 を持 ってい た とい う確信 と満 足 を意 味 してい る と同時 に

,今

や共有 で はな く各 々が一 つ一 つ分 け合 って所有 す る こ とになった こ の美術 品 の ように素晴 らしい二人 が

,そ

の芸術 的価値 において互 い に「釣 り合 つてい る」 とい うこ との確認 を も意味 してい るよ うに思 える。 そ して

,物

語全体 を通 じて

,真

実 を どの程度把握 してい るのか全 く知 り得 なか ったアダムが

,実

は全 て を知 りつつ

,マ

ギー に密 か に協力 して共 に この結未 の二極 のバ ランスヘ と物 語 を導 いていた ことが明 白にな るのであ る。 あたか も

,こ

れ で安心 して互 い に ヨー ロ ッパ とアメ リカで 「釣 り合 って」暮 らせ る と言わ んばか りで あ る。 二極 のバ ランス を完成 す るの は四人 の関係 のみで はない。純粋 で汚 れ を知 らぬ未熟 なアメ リカ娘 で あったマギー もまた

,ヨ

ー ロ ッパ の洗練 の影 に潜 んだ腐敗 を くぐ り抜 け る ことによって

,そ

の両 者 を見事 なバ ランスの内 に融合 させ た成熟 した女性 として

,統

一 の頂点 に立 つ ので あ る。マギー は, ジェイムズの他 の多 くの主人 公達 と同様 に

,人

間的成長 に よって彼 女本来 の純 粋 さを損 なわれ る と い うこ とが ない。 あたか も成長 の苦 しみ

,摩

擦 に よって それ に含 まれ る「悪」 の要素 をフ ィル ター にか けるか の ように

,彼

女 の アメ リカ的良心 はヨー ロッパ的成熟 の うわず みだ けを吸収 して行 くの で あ る。一巻 目のマギー は

,フ

ァニ ーが言 うよ うに

,想

像 力 や感 覚 が「悪 」 に対 して「 閉 ざ され」 (“C10Sed"),「 封 印 され」(“Sealed")て ぃたが,(1働 二巻 目で は

,彼

女 は自ら「 かつ ての 自分 であ る 美

(9)

こと

,無

知であることを止 めた」(“I'Ve ceased.… to be asl was,Nο ナto know.")。のとアメ リー

ゴに宣言 してい る。 しか し

,こ

うして全てを知 るにもかかわ らず

,マ

ギーの良心 は深 まることはあ って も汚れ ることはない。 ファニーを加 えて他 の二人が表面上 さも楽 しそうにプ リッジをしている のを見て,マギー は思わず全ての真実 を暴 き感情 を爆発 させたい とい う衝動 にか られ るが,「夫の妻

としての彼女

,父

の娘 としての彼女」 の良心が それ を許 さない。一巻 目で

,シ

ャーロッ トとアメ リ ーゴがマギーについて言 う「利己的でなさす ぎる」(“She'S nOt selfish enough.")¢

1)とい う評価 は ,

そのまま二巻 目のマギーにも当てはまるのである。一巻 目でフアニーが予言 した「私達皆 を最後 ま で見届 けて くれ るのは

,他

な らぬマギーで しょう。実際

,彼

女 はそうしなければな らない し

,ま

た それがで きるで しょう。」(“It Will be s力ι who'1l see us through,In fact she'1l have to.And she'H

be able.")9り とい う言葉 に答 えるかのように

,彼

女 は

,皆

の危険 を取 り除いてそれを自分一人で引 き受 ける「贖罪の山羊」 とな り

,し

か も生 きて複雑化 した彼 らの関係 を解 きほ ぐし「単純化」す る 役割 を果た し続 けねばな らない と感 じる。ち ょうど

,割

れて散 らかった見苦 しい盃 の断片 をマギー が一人

,誰

の助 けも借 りず に懸命 に拾い集 め

,表

面上 はそれ とわか らないように取 り繕 お うとす る のに似 ている。そ してかつて自分が どんなしうちを受 けた として も,マ ギーは決 して他 の二人 を「見 捨てる」 ことはで きない と感 じるのである。

It was extraordinary:they positively brought home to her that to feel about them in any of the immediate, inevitable, assuaging ways, the ways usuany open to innocence outraged and generosity betrayed,would have been to give them up,and that giving them up was,marvellously,not to be thought of.She had never,from the first hour of her state of acquired conviction,given them up so little as no、v.. ..(23)

このようなマギーを評 して

,ベ

ア トリーチェやキ リス トのような「救済者」と見 る見方 もあれば, それ と対照的に純粋 さを装 いつつ実 は人 を巧 みに操作 して しまう偽善的でマキャベ リ的な「魔女」 と見 る見方 もあるが,これ はおそ らくどち らも正 しくまた どち らも間違 っているのだ。9°す なわち, マギー は「救済者」のように神々 しいほ どの潔癖 さ (「アメ リカ」

)と

,「魔女」のように河ヽ賢 しいほ どの知恵 (「ヨーロッパ」

)を

,ま

さに奇跡的 に持 ち合わせた人物である。 マギー は

,言

わば「アメ リカの良心」 と「ヨーロ ッパの成熟」 とい うジエイムズ特有 の弁証法 を その統合 の うちに見事 に止 揚 し

,彼

女独 自の崇高 なモラ リティヘ と至 ったのである。「 ウソ」で固 められた ものであった として も

,ま

ず何 よりも四人 の関係 の外観 を保つ ことを優先 しようとす るマ ギーの意識 は

,そ

れ 自体

,彼

女の道徳意識 の表れである。個人的な感情 を犠牲 にして も全体 のバ ラ ンスを保 つために心 を砕 き

,そ

の行 く末 を最後 まで見届 けようとす るマギーの姿 には

,そ

れ までの

(10)

178

長 ジェイムズの どの主人公 に も見 られない崇高 さ と成熟が認 め られ ると言 える。結果的にマギーが シ ャーロッ トに勝利 をおさめるのは

,シ

ャーロッ トには至 り得 なかった この高みにマギーが至 り得た ために他 な らない。 結末の意味 このように『黄金 の盃」の結末の抱擁 は

,物

語 の構造上の完結性

,四

人 の最終的関係 のバ ランス の完全性

,そ

してマギーの成熟 における二極間のバ ランスの完全性

,そ

の全てが同時 に成 し遂 げら れた瞬間である。この瞬間 に,マ ギーはついに憧れ続 けた「遠 くか ら輝 いていた黄金の木の実」(“the

golden fruit that had shone from afar")(20を 収穫す る。すなわち

,彼

女が追い求めていた「 本来 そ

うあるべ きだったような黄金の盃,私達 の全ての幸福 を盛 り込んだ盃,ひびの入 っていない盃」(“

The

golden bOwl―

as itぬ

o have been.The bowl with an our happiness in it.The bowl without

the crack.")9ωを望み通 り手 に入れるのである。冒頭 に述べたように,これ はジェイムズの作 品にお

いて

,極

めてめず らしい瞬間である。 この作品が未完 の ものを除いて彼 の最後 の長編である ことを 考 えると

,エ

デル (Edel)が言 うように

,彼

がその瞬間にそれ までの作品では未解決のままであっ た諸問題 に

,一

つの解答 を一一一 つまりその積極 的な肯定 を一――提 示 したのだ とみなす こともで きるアごろう。(“James's ultimate novel,μ ι GθJ″θ%Bθ夕ちreveals him breaking new ground and

finding a resolution tO questions left unresolved in his other novels.'り(27)言セゝ

麹筵えれば, マギーーと ともにジェイムズ も

,本

来 あるべ き姿の「資金 の盃」 をついに手 に入れた というわ けである。 しか し今 まで見て来た ことか ら既 に明 らかなように

,マ

ギー とジェイムズが ともに手 に入 れた こ の「黄金の盃」 は

,一

方で

,そ

れがあま りにも完壁 な ものであるがゆえに

,そ

の完壁 さその ものを 批判 され ることに もなる。中で もマシーセ ンや リーヴィス は

,そ

のす ぐれた評論 の中で

,こ

の物語 の持つ行 き過 ぎた人工性

,非

現実性 を批判 してい る。例 えばマ シーセ ンは次のように述べ ている。 しか し

,こ

の小説 を終わ らせる釣 り合 いの取れた見事 な手際そのものが

,ジ

ェイムズの限界 を示 しているのであって,それ はジェイムズの他 の作品に語 り手 として登場する作家 の一人, マーク・アンビアン トが

,自

分 自身の欠点 として指摘 した限界 と同一の ものである。私 は「物 事 をあまりに も整理 しす ぎました。中0なでつけた り角 を落 とした りた くし込 んだ りしす ぎま した一一一実人生ではあ りえないようなあ らゆる事 をしたのです。」その結果読者 は

,マ

ギー が

,ま

た もや ヒルダのように

,菓

子 を食べ なが らなおそれを失わないでいる

,

とい う印象 を 避 けることがで きない。悪 についてあれほ どの知識 を実 につけた彼女が

,昔

なが らの無垢 を 保 ち続 けているのは不 自然である。9° 美

(11)

さらにマ シーセ ンは

,ロ

マ ンス小説 として「世界 の最高の例」`だ とい う『鳩 の翼』 に対 して

,次

作 であるこの『黄金 の盃』は,「通常の世界で は到底 あ りえない としか考 えられないような ことが多す ぎる」とし,「壮麗 な美 しさに富んでいる」に もかかわ らずそれ は「空虚で

,現

実的な生活感覚 を欠 いている」 と批半」しているが

,こ

の立場でのジェイムズ批半」はここに尽 きると言 っていいだろう。 問題 は

,こ

のあまりに理想的であるために リア リテ ィを喪失 して しまうと思 えるほどのマギーの 成長 と

,彼

女が導いた物語 の完全過 ぎる結末である。マシーセ ンらが言 うように

,こ

れ もまたジェ イムズ特有の弱みを

,不

注意 にもその極限に近 い状態で

,彼

が さらして しまった結果 と見 るべ きな のだろうか。 しか しそ うだ とすれば

,先

の引用の作家マーク

(Mark Ambient)の

言葉 は一体 どう 解釈すべ きなのか。 これほど明確 に自分の作品の弱点 を意識 しなが ら

,あ

えてそれ を極限 まで押 し 進めるとすれば

,そ

こには作者の別 の意図が込 め られていると考 えるべ きなので はなか ろうか。 「国際テーマ」 を扱 ったジェイムズの作品の多 くは

,一

瞬完全か と思われたアメ リカ とヨー ロッ パの間の結婚 または婚約 (二極間のバ ランス

)に

必ず何か落 とし穴が用意 されていて

,主

人公達 は バラ ンスの頂点に立 った と思った瞬間に

,皆

その落 とし穴 を滑 り落 ちて行 くべ く運命づけ られてい た。 関係 の完全 さ (「盃」

)を

無条件 に信 じるアメ リカ的楽観主義が

,表

面上 の完全 さの裏側 に潜 む ヨー ロッパ的腐敗 (「ひび」

)に

よって裏切 られ

,崩

されて行 くというこの構造 は

,ジ

ェイムズの作 品の なかで繰 り返 し用い られて きたモチー フの一つである。マギー以前のジェイムズの主人公達 は, 個々 の違いはあるにせ よ

,結

局皆 その落 とし穴 か ら完全 に這い上が ることはで きない。つ ま り

,二

極間 の破綻 した関係 は最後 まで修復 されることな く傷 口を開いた まま放置 され るのである。関係 の 「ひ び」 を修復 し

,少

な くとも表面上 は和やかな二極 間の調和 の瞬間 をもた らすのは

,マ

ギーが最 初で最後である。 そして

,こ

のように人物間相互の外的関係 は破綻 した ままであった として も

,純

粋で善良なアメ リカ人 の主人公達 は

,ヨ

ーロッパ的な悪 に目を開 きそれ を くぐり抜 けることによって

,ア

メ リカ と ヨーロッパが見事 に調和する瞬間を自己の内部 に見 出す ことになる。人物 の成熟 を意味す るこの内 的バ ランスの完全 さをもう一つの「盃」 に讐 えるとすれば

,苦

痛 を通 して成長 したはずの主人公達 の完全で納得 のい く結末 を期待 しなが ら

,私

達読者 はいつ も突然 にそれを裏切 られ,「盃」に致命的 な「ひび」が入れ られ るのを目の当た りにして来 た と言わねばな らない。彼 らは

,成

熟の「盃」が 完成 した と思われる瞬間 に

,そ

の完成 を阻むかのように

,読

者が決 して予測す ることので きない 自 己破壊的 とも言 うべ き行動 を とるのだ。そ してその最後 の行動 に私達がた とえなん らかの意味 を見 出 した と して も

,そ

の正 しさを保証 して くれ るもの はもはや作品の中にはないのである。 まさし く この不可 解 な行動 は

,主

人公 たちの成熟 の「盃」 に入 った原因不明の「ひび」である。 そして これ に関 して も

,マ

ギーだけが「ひび」 を免れてい る。彼女の とる行動 には何一つ として不可解 な もの がない。唯―の目的である結末の瞬間に向かってマギー はただひたす ら歩 み続 け

,し

か もその最後

(12)

180

長 の瞬間 をか らだ全体 で抱 きとめるのである。 こう考 えて くるとき

,こ

の作品のタイ トルで もある「黄金 の盃」 の意味 は既 に明 白であろう。す なわち

,そ

れ は作者 ジェイムズ自身が掌の上 に載せ

,皮

肉なまなざしであ らゆる角度か ら念入 りに 品定 め しているこの作品その ものである。 ち ょうどマギー とアダムが

,よ

うや く正 しいバ ランスで 所有す ることに成功 した美術品のように完壁 なアメ リーゴ とシャーロッ トを

,言

葉 にな らない笑 み を浮かべつつ満足 げに眺めるの と同 じように

,ジ

ェイムズはこの作品の傷一つない

,完

壁 に調和 の 保 たれたで きばえを密か に楽 しんでいるのだ。実際

,こ

の作品において

,そ

れ以前の作品に例外 な く現れた様々な「ひび」が全 て意識的に消されてお り

,ま

さしく理想的な「資金の盃」が提示 され ていると言 える。 た とえそれが「ウソ」で固め られた表面上 の完壁 さであった としても

,で

ある。 つ まり

,ジ

ェイムズ はこの作品において

,マ

シーセ ンらが指摘す るような欠点 を不注意 にさらし て しまったので もな く

,ま

たエデル らが言 うようにそれ までの作品の全 テーマを集約す るような, ス トレー トな解答 を提示 したので もない。ち ょうどマギーが表面的 には敗北 を装いなが ら実質的 に は完全な勝利 をお さめるの と同 じように

,ジ

ェイムズが この作品に込 めた意図 はよ りしたたかで逆 説 的な ものである。『黄金の盃』を頂点 とする彼 の後期 の作品 に対す る批判――一過度の人工性

,

リ ア リア ィーの欠如等――― はそれ自体 ジェイムズの特徴 を正確 に語 っているが

,そ

れが弱みであれ 強みであれ

,ジ

ェイムズ自身がそれを意識 していなかった とは考 え難い。明 らかに彼 は全てを承知 の上で

,あ

えて独 自の世界 を構築 して行 ったはずである。「国際テーマ」を扱った彼 の作品のほ とん どに見 られる主人公達 の「断念」 と

,そ

れを読 む私達読者 も共有す ることになる「挫折感」 は

,ジ

ェイムズの この意識 を端的に写 しだしているように思 える。つまり

,ジ

ェイムズは

,自

己の描 く世 界 の円環 を完璧 に閉 じることに含 まれる非現実性

,ウ

ソらしさを誰 よりも痛切 に感 じていたに違 い ないのだ。だか らこそ

,彼

は作品の円環が閉 じそ うになるその最後 の瞬間に

,い

つ もその円環 に と って致命的な「ひび」を意識的 に入れて来たのである。この「ひび」は,しばしば作品の“Open endillg" と結び付 けて考 えられ

,ジ

ェイムズの文学の現代性 を証明す るもの として考えられて来たが

,

これ に関す るジェイムズ自身の有名 な言葉 を『ロデ リック・ハ ドソン』 ば θ諺力♂々Я滅勒%ぅ

1875)の

序 文 の中か ら引いてみよう。

Really, universally,relations stop nowhere,and the exquisite proble■ l of the artist is eternamy but to draw,by a geometry of his own,the circle within which they shan happlly

効 ιαγ tO dO SO。(29) 、

現実 をあ りのままに写 し出すためには,「一見完結 しているかに見 える一つの円環 を描 く」ことしか

で きない とい うこの言葉 は

,彼

の作品 とい う「盃」 に意識的 に入れ られた「ひび」が

,作

品に リア

(13)

リティを持 たせ るための一つの戦略であった ことを物語 ってい る。故意 に円環 を閉 じない ことが, ジェイムズ独特の リア リテ ィの表現 だったのである。 で は

,逆

にその円環 を閉 じる とどうなるのか一一一 それ こそ『黄金 の盃』 に込 め られた真 の意図 だったので はないか。つ ま り

,今

まで必ず「ひび」 を入れて来 た「盃」 を

,最

後 に一度 だけ完全 に 「ひび」 を修復 された「黄金 の盃」の状態 にしてみせ るというわけである。 そ う考 えた とき

,プ

リ ンス とプ リンセスのあ りあまるお金 に恵 まれた結婚 に始 まり

,そ

の幸せな結婚生活 を阻む不義の介 入 と

,そ

れを愛情 と知恵 によって克服 して行 くけなげなプ リンセスの姿

,そ

して今後永遠 に続 くと 約束 されたお伽話の幸福 を象徴す るかのような二人の抱擁 による幕切れ

,と

いった一連 の

U字

型の ス トー リー展開が別 の視点で見 えて くる。 そしてマシーセ ンが「お菓子 を食べて しまったのにまだ 持っている」 と批半Jしたマギーの成長 の不 自然 さもまた

,お

伽話 ので きす ぎた ヒロインのそれにす ぎないのだ とわかって くるのである。 言 うまで もな く,『資金 の盃』を読 み終 えた私達読者の心 に残 るものはこのフィクション性 その も のである。つ まり

,作

品その ものの象徴 で もある完壁な「黄金 の盃」が実 は金メ ッキされ

,し

か も 日には見 えない割れ 目を隠 した「水晶の盃」であることを知 りなが ら

,私

達 はお伽話 の約束 ごとに 従 ってあえてそれ を本物 の「責金 の盃」であると信 じているに過 ぎない

,と

い う事実が透 けて見 え るのである。 このメッキが完璧であればあるほ ど

,ま

た割れ 日の修復が完全であればあるほど

,私

達 はそのフィクシ ョンの影 に隠 された現実 を意識せざるをえない。 ジェイムズ は

,物

語 を完壁に封 印す ることによって

,意

識的 にそのフィクションサ性を浮彫 りにしている。ち ょうどマギーが「 ウソ」 で取 り繕 うことによって四人 の関係 を奇跡的に修復 してみせ るように

,円

環 を閉 じることが必然的 に字んでいる非現実性 を

,彼

はあえて演 じてみせているのだ。言つてみれば,「盃」の「ひび」を完 全 に修復す ることによって

,つ

ま り「ひび」を完全 に消す ことによって

,逆

に裏側か らその「ひび」 に光 を当ててみせているのである。「ひび」の無 い こと

,完

壁過 ぎることが

,逆

にこの作品に最大の 隠された「ひび」 を負わせている。 ある意味で は

,こ

の作品 はそれ までのジェイムズの作品を裏側 か らみせ ることによって

,そ

の謎解 きをしていると言 えるので はなか ろうか。言わばポジでの不可 解 さがネガによって解明 され る仕掛 けである。 その意味 において

,ブ

ラッドベ リー(Bradbury)の 「『鳩 の翼』や『使者達』と『黄金 の盃』との違いは単 に程度の違いで はな くて質の違いである」(“勁 ι

Gοチ″ιtt βθηちthough Written shortly after帰 をレηη邸9ガ 諺ο Dουι and T力ι

42♭

鶴sa肪奇 differs

from them not simply in degree but in kind.")● 0という子旨摘 は正 しい。 ミニー とマギーの違いは,

まさし く単 に生死 の問題 で は全 くないのである。

マギー は

,夫

とシャーロッ トとの仲 についてファニー と話 し合 うなかで

,四

人 の関係 を正すため な らどんな犠牲 をもいわない とい う覚悟 を示 して,次のように三度繰 り返 して「愛のためなら」(“For

(14)

182

love")と答 える。

“I can bear anything."

Oh`bear4"Mrs.Assingham nuted.

IFor love,"said the Princess. Fantty hesitated.“ Of your fatherP''

“For lover'Attaggie repeated.

It kept her friend watching.``Of your husbandP''

“For 10ve,"ム江aggie said again.(31)

これ は彼女の「愛」が

,父

への愛で も夫への愛で もな く「関係の完全 さへの愛」であることを私達 に強烈 に感 じさせ る瞬間で もあるが

,同

時 にこの言葉 は

,ジ

ェイムズ自身が物語の完結性 と作品の 持つバ ランスの完壁性 を追い求める際の

,純

粋 な衝動。「愛」と重なって聞 こえて来 る。 ジェイムズ ほ どに このバ ランスの完全 さを求 めていた作家 はないだろう。なぜな ら

,こ

のバ ランスの頂点 に立 とうとしたのがジェイムズの人生であ り

,こ

のバ ランスが成立 しない とすれば

,直

ちに彼 自身がそ の居場所 を失わざるを得 ないか らである。その意味で

,バ

ランスヘの「愛」 は彼 の自己肯定 の欲望 と同値である。 しか しその一方で

,ジ

ェイムズ は

,そ

の完全 なバ ランスが実 は在 り得 ない こと

,そ

れ を無理 に作 り出せ ばその内実が空虚 になって しまうとい うことを

,誰

よ りもよ く知 っていたはずだ。 この こと は

,ジ

ェイムズ初期 の同 じく「国際テーマ」を扱った諸作品のなかで

,す

でに明瞭 に表 されていた。 つま り,「全ての もののバ ランスの中心 を成す空虚 さ」とい うジェイムズ特有の「図式」。うに根本的 に含 まれてい るペ シ ミズムである。一旦「国際テーマ」を離れ

,中

期 の様々な実験的作品 を生み出 した後 に再び「国際テーマ」へ と帰った とき

,彼

は自己の「図式」 をさらに複雑 で成熟 した意識で 捕 らえ直そうとしていたように思 える。 そして『黄金の盃』 は

,ジ

ェイムズが至 り得 た一つの解答 を示 していた と言 えるだ ろう。 芸術 としての「完壁 さ」(「盃」

)と

その裏側 に抜 き去 り難 く潜 む「空虚 さ」(隠された「ひび」)と い う二 つの要素の間で絶 えず揺れ続 けて来たジェイムズの作家 としての意識 を

,

この作品 は

,言

わ イ封 目互 に反射 し合 う手鏡のように無限 に映 し出 している。敗北 を装っていたマギーが実 は完全な勝 利 をお さめ

,に

もかかわ らず

,そ

の完全 さゆえに読者 の心 に何か現実離れ した不気味な印象 を残 し て しまう,と いう意識的 に仕組 まれたプロッ ト上のアンビギュイティと同様 に,ジェイムズ はまた, 「ひび」が「ひび」であることの意味

,さ

らにはこの作品の評価 その ものす ら

,曖

昧で決着 のつか ない「堂々め ぐり」 にあえて組 み込んで しまっているように思える。お伽話の枠組み は

,そ

の相互 美

(15)

作用 を作品の内部 に対 じ込 めることによって

,い

かなる一面的な作品評価 をも絶 えず無意味化 して 行 こうとす るジェイムズの トリックである。マギーのモラ リティの崇高 さを褒 め讃 えることも

,ま

た一方彼女の成長 の非現実性 を批判す ることも

,も

はや意味がないのか もしれない。 この作品 にお いてジェイムズが描 き出 した ものは

,そ

の二つの要素が相互 に無限に反射 しあう彼 の文学 の究極 の 姿であ り

,そ

の複雑で難解 な文体 にもかかわ らず

,つ

き詰 めたペ シ ミズムの末の したたかな軽やか さであるように思 える。 江

(1)勁

2 Nο力うοο為 ヮf河ヮ″ヮ カ 物盗(ChiCago:The U versity of Chicago Pre鶴,1947)pp 130-1

(2)MiChael swan,河ρηυ 力 物盗(London:Arthur Barker,1952)M.ス ゥ ォー ン,『 ヘ ン リー・ ジ ェイ ム ズ』,

山内邦臣訳 (研究社

,1956),p27

(3)F O Matthiessen,Fra″ ヮ プ♭夕″盗:T力¢Mttο

/P膝

¢ (New York:Oxford U v Press,1944)Fo O. マ

シーセン,『ヘンリー・ ジェイムズーーー円熟期の研究』

,青

木次生訳 (研究社,1972),p lo2

(4) F. R. Leavis, 7物♂能 ,サ rΥa,itt。%(Penguin Books,1972),p 185 (5)T/J¢ Gο′ブ珍η Bοη′(New YOrk i Claarles Scribner's Sons,1909),Vol I,p392

16)乃〃,Vol.I,p.394

171 同様 に四人 の理想的な関係 を象徴す るものにマギーの意識 の庭 にそびえる美 しい「異国風 のパ ゴダJ(また は 「象牙 の塔」)のイメー ジがある (VOl.H,pp.36)。 この「パ ゴダ」 は一 つの「取 り決 め」 を表 してお り,

それ によって彼女 は夫 に全 てを捧 げつつ,かつ父親 をほんの少 しも失 うことがなかった とい う。以下 に引用

を示す。

“The pagoda in her blooming garden figured the arrangement す.by Ⅵ/hich,so strikingly,she had been able to marry without breaking,as she liked to putit,llrith her past She had surrendered herself to her husband Ⅵ′ithout the shadoMた of a reserve or a condition and yet hadn't all the都 ′hile given up her father by the least little inch"

)ヴ

ァーブ ァー父娘 の深す ぎる愛情 について,その心理学上 の異常 さに対 す るジェイムズの無関心 を批半Jする 批評家 は多い。 中で もマ シーセ ン,前掲書,pp 103 4を参照の こと。

)ス

ウォー ン,前掲書

,p27

tO

マ シーセ ン

,前

掲書,p.95

マ シーセ ン以外 にも例 えば次のような批評家が,この作品 に見 られ るお伽話 の要素 について指摘 してい る。

Naomi Lebowitz,a珍¢I物頼%α″οη Q′ Lου力

『 :rttηヮ ヵ 物盗`と9ξ,リ カ 励¢NOυグ(Detroit:Wayne

State Univ Press,1965),pp 130-42

Dorothea Krook,T之 ♂0寇働′げ CοηSθカクsη¢ss″ Яρ″

?ヵ

η沓(Cambridge i Cambridge Univ Press,

1962),pp 232-324

Philip Sicker,Lο ク9,″ ブ 筋¢ζ″6チ カィエ″♂η″妙 ゲη 力¢Яテθ″ο

%げ

FFaηリ カ物6(PrincetOn I Princeton Univ Press,1980),pp 146-75

(16)

184長

柄 裕 美 1か 乃″,VOI H,pp.2467

10

乃〃,VOI H pp.2501

10

乃″.,VOI H,pp.3178

10

乃″

,V01H,p235

10

乃″ ,VOI H,pp 182 3 1り 乃″

,V01H,p182

10

乃″,VOI H,p360

10

乃〃,VOI I,p384

90

乃 ".,V01H,pp 20卜2

90

乃″.,V011,p101 1221 乃

",V01.I,p280

90

乃″ ,V01,H,pp 237 8

90 Walter wright:``Maggie Verver:Neither Saint nor Witch,"Nケ ″珍彪ιη励―Gοη″ηFた″ο″,Vol 12(1957),

pp 59 71は,本稿 とは別の観点からこのことを子旨摘 している。

マギーを「救済者」に近いものと見ている例 としては,

Dorothea Krook,op cit,pp 232-324

Laurence B Holland,a物 ¢Dψ¢ηs¢ 6メ 予1'Sわη:E,sOs οη 肋♂C聖″ げ 河♂″

?力

物6(Baltimore:The 」ohns Hopkins Univ.Press,1964),pp.331-407

逆に「魔女」に近いもの と見ている例 としては,

J 」Firebaugh,“The Ververs,"E`stts力 C万″θ港物,v01.Iv(Oct,1954),pp 400-410

Philip Weinstein,Frc″りヵ物公 α物′Rθ?クゲ宅ηιη港げ 励θr″循ヶ″α″ο″(Cambridge:Harvard Univ Press,

1971),pp 165 94等 がある。

なお,マギーに好意的な評価を下 している批評家 と批判的な批評家については,Ruth Bernard Yeazell,

Lクタ9g%T¢ ,″ブFfηOωルなοゲη肋♂と,彪 ′οク♂Js Qア Fr9%ヮプヵ熔 (chiCago:The Univ of Chicago Pre鶴 ,

1976),pp 131 2に 要領良 くまとめられている。 90 (ユο″¢%Bο ω′,op cit,,Vol H,p367

90

乃″.,Vol.H,pp 216 7

1271 Leon Edel,Fraηヮ カ″盗 (Minneapolis:Univ of Minnesota Press,1960),p35

90

マシーセン,前掲書

,p■

3

90 T/294打 げ 励2 Nουグ:C万″θ,′ Pり物σ

6″

Fraηり ヵηG ed Richard P Blackmur(New York:Claarles

Scribner's Sons,1934),p.5

oo Nicola Bradbury,河9%っ ヵ物盗:T/2っ Lα力″ハ看οク♂ゐ (OxfOrd i clarendon Press,1979),p123 00 Gο ′

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Bοωちop cit,V01.H,pp l15-6

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れに関 しては,拙論「肖像の『構図』――一『ある婦人の肖像』試論――一」,『鳥取大学教養部紀要』第

参照

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