1
インクジェット用イカ墨色素の精製と粒子径制御法の開発
―特許取得,ベンチャー企業の参入,製品化への道筋―
上野 孝 (物質環境工学科) 1.はじめに 函館ではイカの加工工程で内臓が取り除かれて廃棄物として処分される。内臓の約 2%に相当する約 240 トンの墨袋が毎年廃棄されている。イカ墨の黒い色素成分はユーメラニンの色である。顔料や化粧品メーカ ーは食べられる,または肌につけても安全な天然黒色色素に強い関心があり,イカ墨はその条件を満たして いる。私たちは文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業により,イカ墨色素粒子の分離精製技術の開発 および単分散イカ墨色素粒子の粒子径制御技術の開発を行った。前者の技術 1)は 2010 年に,後者 2)は 2013 年に特許化された。 2.イカ墨色素粒子の分離精製技術の開発 平成 15 年度から 17 年度まで北海道立工業技術センターとの共同研究で,都市エリア事業一般型において, 「イカ墨色素粒子の分離精製技術の研究」を行った。イカ墨は食品に直接添加して食べる以外に,食品や食品 包装容器に直接印字する用途も多い。図1に示した一杯分レギュラーコーヒーのドリップバックに印字して ある「キリトリ」の文字や切り取り線は,イカ墨をシルクスクリーン印刷したものであるという。この印刷 方法は粒子が大きい場合に用いられる。市販されているイカ墨は粒子が多数集まって巨大な凝集体を形成し ているため,インクジェットでの印字には適さない。図2の左に精製前のイカ墨の電子顕微鏡画像を示した。 周囲に見える小さな丸い粒がイカ墨の粒子であり,その拡大画像が右図である。平均粒子径は約 300 nm であ る。単分散しているイカ墨色素粒子は食品,顔料や化粧品メーカーなど大手企業 20 社以上から製品化への引 き合いがあった。イカ墨インク製造のために私たちが開発したイカ墨粒子の製造プロセスは,墨袋などの不 純物の分解と除去,ならびにイカ墨の分離・精製・濃縮プロセスからなっている。 3.単分散イカ墨色素粒子の粒子径制御技術の開発 引き続き採択された同事業発展型は平成 18 年度から 20 年度まで行った。私たちのテーマは「単分散イカ墨 色素粒子の粒子径制御と量産技術の開発研究」である。私たちは精製プロセスを発展させ,これまでに平均粒 子径が 0.9 nm を示すイカ墨粒子を得た。1 nm オーダーの粒子は,発色が良く画質に優れた染料系色素として 顔料とは異なる大きな潜在的市場がある。さらに利用用途を広げるために,「粒子径を制御したイカ墨を用い る色素増感型太陽電池の研究」を行っている。この研究は平成 22 年度から 24 年度まで科学研究費基盤研究(B) の助成を受けた。 4.商業生産までの準備状況 特許化された「インクジェット用イカ墨顔料」の製造方法を,工業技術センターがベンチャー企業の環境創 研株式会社へ技術移転した。環境創研株式会社は最終段階のスケールアップにも成功し,現在サンプル出荷 している(図 3)。様々なメーカーからサンプルの提供依頼が来ている中で,製品化中の紫外線吸収レンズを図 4 に示す。このレンズは太陽観察用であるが,溶接用ゴーグルとして製品化されつつある。溶接時に放射さ れる紫外線を吸収するために,通常有害なクロムがゴーグルに使用される。この代わりに無害な単分散のイ カ墨色素粒子を樹脂に混合し,レンズを開発している。インクジェット用可食性黒色インクとしては,薬の カプセルに印字する用途の引き合いが来ている。特集 1
2 参考文献 1. 上野孝・田谷嘉浩・下野功:インクジェット用顔料,特許第 4605354 号 (2010 年) 2. 上野孝・田谷嘉浩・下野功・小林孝紀:イカ墨色素粒子の製造方法及び有機顔料又は染料並びにこれらを 用いた複写機用トナー,水性インク,油性インク又は頭髪用染料,特許第 5273703 (2013 年) 20μm 100 nm 図 2 イカ墨凝集体(左)と単分散のイカ墨(右) 図 1 レギュラーコーヒーのドリップバック 図 3 単分散イカ墨顔料 (環境創研株式会社) 図 4 イカ墨含有紫外線吸収レンズ
3
北海道の資源を活用した環境・エネルギー材料の開発
―イカ墨色素を利用した太陽電池の開発―
湊 賢一 (生産システム工学科) 1.はじめに 近年の目覚ましい技術進歩により,石炭・石油・ 天然ガスといった化石燃料の利用によるエネルギー の大量消費が始まり,エネルギー消費量は世界規模 で年々飛躍的に増大している。このような世界的な 石油や石炭などの化石燃料の大量消費により,エネ ルギー資源の枯渇が懸念されている。この問題を解 決するために,環境配慮型の社会・経済システムへ の転換やあらゆる生活の場におけるライフスタイル の見直しなど,人類の総合的な取り組みが不可欠と なっている。その取り組みの一つとして 1991 年に スイスのローザンヌ工科大学のグレッツェル教授に より開発された色素増感太陽電池は構造が簡単で資 源的な制約の少ない安価な材料を使用し,作製プロ セスにおいてシリコン系太陽電池のような高温・高 真空を必要とせず,スクリーン印刷などで大量生産 が可能なことから,発電コストを大幅に下げる可能 性を秘めた次世代太陽電池として大きな注目が集ま っている。一方で,12%以上の高い光電変換効率を 達成するために,世界中の多くの研究者が希少金属 であるルテニウム錯体を増感色素として使用してい るが,資源的な制約と価格が極めて高いことから, その利用範囲は限定的である。この問題を克服する ために,物質環境工学科の上野教授と共に廃棄され ているイカ墨袋から抽出したイカ墨色素を用いた色 素増感太陽電池の研究開発を行っている。 2.色素増感太陽電池の構造および発電原理 図 1 に色素増感太陽電池の構造と発電原理を示す。 まず,導電膜付きガラス上に酸化物半導体(今回の 場合は二酸化チタン(TiO2))を塗布し,二酸化チタ ン表面に色素を吸着させた電極を作製する(光電極 と呼ぶ)。また,導電膜付きガラス表面に白金(Pt) や炭素(C)等を塗布した電極を作製する(対向電 極と呼ぶ)。色素増感太陽電池は,光電極と対向電極 を向かい合わせ,電極間に電解質溶液を浸透させた 構造である。色素増感太陽電池の発電原理を,次に 示す(図 1)。 ① 酸化物半導体表面に吸着した色素が外部から の光を吸収し,電子が基底状態から励起状態 になる。 ② 光エネルギーによって励起された電子は,酸 化物半導体の伝導帯に移動する。この時,色 素は電子を失うため,酸化状態となる。 ③ 酸化物半導体の伝導帯に移動した電子は導電 膜付きガラス表面と外部負荷を通り対向電極 側の導電膜付きガラス表面に到達する。 ④ 酸化状態になっている色素は,電解質溶液中 のヨウ素イオンにより還元されて,色素の基 底状態に移動する。その際,ヨウ素イオンは 色素に電子を奪われ,酸化される。 ⑤ 酸化されたヨウ素イオンは拡散によって対向 電極表面に到達し,外部負荷から流れてきた 電子を取得し,再生する。 上記プロセスを繰り返すことによって,色素増感太 陽電池において光電変換が可能となる。導電膜付
ガ
ラ
ス
酸化
物半
導
体
色素
電解
質溶液
電極
(
Pt
)
導電膜付
ガ
ラ
ス
③
①
④
②
伝導帯 フ ェ ル ミ 準位 光⑤
:電子 :正孔 励起状態 酸化還元準位 基底状態 図1. 色素増感太陽電池の構造図特集 1
4 3.イカ墨色素を用いた光電極の作製 イカ墨については,すでに分離・精製・濃縮プロ セスは特許化1,2)されており,単分散したイカ墨粒子 を容易に取得する事が可能となっている。図 2 に(a) 精製したイカ墨を純水を用いて 10000 倍に希釈した イカ墨色素溶液に浸す前と(b)室温で 48 時間染色後 の TiO2電極膜表面を示す。TiO2電極膜表面の凹凸は, 電極膜を作製する際に使用するスクリーンの形状に よるものであると考えられる。イカ墨色素溶液に 48 時間染色した電極膜表面は茶褐色であった。この事 から,電極膜表面にイカ墨粒子が吸着していると考 えられる。 4.イカ墨色素を用いた太陽電池の光電変換効率 電流-電圧特性(I-V 特性)より色素増感太陽電池 の光電変換効率を測定した。作製した色素増感太陽 電池に,光源として人工太陽照射灯(ペクセルテク ノロジ-, PEC-L01)を照射した。直流電圧・電流源 /モニタ(KEITHLEY 2400)により,色素増感太陽 電池を負荷とし,逆方向に順次電圧を掛けることで この時の電流を測定し,電流-電圧特性を得た。電 流-電圧特性の結果の模式図を図 3 に示す。作製し た色素増感太陽電池と直流電圧・電流源/モニタを 結線し,Peccel I-V Curve Analyzer 2.1 により人工太 陽照射光 100 mW/cm2の条件下で測定を行った。 作製した太陽電池の曲線因子および光電変換効率 は以下の式より導き出される。 oc sc
V
I
P
FF
×
=
maxFF
V
J
sc×
oc×
=
η
この時,Pmaxは最大出力[W],Iscは短絡電流[A], Vocは開放電圧[V],ηは光電変換効率[%],Jscは短絡 電流密度[mA/cm2 ],FF は曲線因子である。短絡電流 密度とは(1)式で使用した Iscの値を太陽電池の面積 で割ったものである。曲線因子とは I-V 特性の最大 電流と開放電圧の積で与えられる最大電力に対する 最大出力の比である。作製した太陽電池の面積は 0.25 cm2である。 図 4 にイカ墨色素を用いて各条件(TiO2電極膜の 膜厚 13 μm,TiO2電極膜の膜厚 13 μm+イカ墨染色 時間 48 時間,TiO2電極膜の膜厚 13 μm+イカ墨染色 時間 48 時間+対向電極の Pt 膜の膜厚 50 nm)で作 製した色素増感太陽電池の電流-電圧特性を示した。 また,表 4 にイカ墨色素を用いて各条件で作製した 色素増感太陽電池の電流-電圧特性から見出せる各 種パラメータを示した。 図 4 よりイカ墨色素を吸着させていない色素増感 太陽電池の光電変換効率は 0.0421%であった。イカ 墨色素を 48 時間吸着させた TiO2電極膜を用いるこ とにより,イカ墨色素を吸着させていない場合に比 べて光電変換効率はおよそ 10 倍以上になる事がわ かった。また,対向電極に塗布する Pt 膜の厚さの最 適化を行った結果,対向電極の最適化を行う前に比 べ光電変換効率はさらに 1.3 倍向上した。表 4 より 光電変換効率が増加するに従って,短絡電流密度 Jsc と開放電圧 Voc は上昇し,曲線因子 FF は減少した。 特に,短絡電流密度の上昇が顕著であることから, 本研究で作製した色素増感太陽電池の光電変換効率 には短絡電流密度の変化が大きな影響を与えている と考えられる。 図 2. イカ墨色素溶液を用いて(a)染色する前と (b)染色した後の TiO2電極膜表面。染色は室温に て 48 時間行った。 (a)染色前 (b)染色後 (2) (1)
最大出力 P
max 開放電圧 VOC 短絡電流 ISC 電流 I/ mA 電圧 V / V 図3. 電流-電圧特性の模式図5 イカ墨色素を用いた色素増感太陽電池の光電変換 効率は,Ru 錯体を利用した色素増感太陽電池に比べ て低いものであった。本研究における色素増感太陽 電池作製技術は 2013 年に特許出願3)を行っている。 今後は様々な海産物から色素を抽出し,未解明な 点が多い天然由来色素の性状分析を実施していくと 共に,天然由来色素にマッチングする光電極・対向 電極の作製を行い,Ru 錯体を用いた色素増感太陽電 池よりも高い光電変換効率を有する電池の開発に挑 戦していく。 謝辞 本研究は科学研究費基盤研究(B),地域イノベ ーション戦略支援プログラム(旧知的クラスター創 成事業)の助成を受けて実施された。本研究を遂行 するに当たりイカ墨色素の提供を快く引き受けてく ださり,現在も共同研究者として熱心なご指導を賜 っております本校物質環境工学科の上野孝教授,イ カ墨や色素増感太陽電池に関する様々な分析を引き 受けていただいている北海道教育大学函館校教育学 部松浦俊彦准教授に心から感謝いたします。 参考文献 1. 上野孝・田谷嘉浩・下野功:インクジェット用顔 料,特許第 4605354 号 (2010 年) 2. 上野孝・田谷嘉浩・下野功・小林孝紀:イカ墨色 素粒子の製造方法及び有機顔料又は染料並びに これらを用いた複写機用トナー,水性インク,油 性インク又は頭髪用染料,特許第 5273703 (2013 年) 3. 湊賢一・上野孝・松浦俊彦:光電変換素子または 色素増感太陽電池およびその製造方法並びに光 電変換素子又は色素増感太陽電池用色素の製造 方法,特願 2013-160121
0.0 0.1 0.2
0.3 0.4 0.5 0.6
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
Sepia 2 layer + 48 hours + 50 nm Sepia 2 layer + 48 hours
Sepia 2 layer
Phot
oc
ur
rent
/
m
A
・cm
-2Voltage / V
Paste dye Conditions Efficiency (%) Jsc (mA/cm2) Voc (V) FF
2 layers 0.0421 0.179 0.376 0.625 0.519 0.542 2 layers 48 hours 50 nm 0.533 1.84 0.600 0.516 2 layers 48 hours 0.394 1.40 Sepia TiO2 図 4. 各条件において作製した色素増感太陽電池 の電流-電圧特性。Sepia 2 layers : TiO2電極膜
の膜厚13 μm。Sepia 2 layers+48 hours : TiO2
電極膜の膜厚13 μm+イカ墨染色時間 48 時間。 Sepia 2 layers+48 hours+50 nm : TiO2電極膜の
膜厚13 μm+イカ墨染色時間 48 時間+対向電極 のPt 膜の膜厚 50 nm。
表 1. イカ墨色素を用いて各条件で作製した色素増 感太陽電池の電流-電圧特性から見出せる各種パ ラメータ