DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.34.39
282 基礎心理学研究 第34巻 第2号
芸術感性の心理学モデルと個人差の表現
内 藤 智 之
大阪大学大学院医学系研究科
Psychological modeling of aesthetic sensibility and its individuality
Tomoyuki Naito
Graduate School of Medicine, Osaka University
Aesthetic sensibility is complex subjective phenomenon. It is reported that describing the properties of the sen-sibility for complex stimuli, e.g. visual arts or music, quantitatively is a difficult issue. To this end, building a simple psychological model is believed to be an effective measure. Semantic differential method following exploratory fac-tor analysis has been a powerful tool for building psychological model of subjective phenomena. Several studies re-ported that the semantic differential method with factor analysis well captured gender and cross cultural differences in the aesthetic sensibility. However, it is unclear how individuality of the sensibility is captured by factor analysis. In this paper, we will explain how the individuality of the aesthetic sensibility is expressed by standard exploratory fac-tor analysis and discuss its applicable limit. We then introduce more generalized methods for facfac-torization, Tucker3 and Candecomp/Parafac for describing individuality of aesthetic sensibility. We also discuss their merits and demer-its over standard factor analysis.
Keywords: aesthetic sensibility, exploratory factor analysis, tensor factorization
は じ め に 芸術感性の個人差評価について 芸術感性に関する研究では,しばしばSD法などのよ うに形容詞や形容動詞を用いた言語評価が行われる(長 潔・原口,2013; 内藤,2015; 関口,2006)。この場合, 評定尺度となる形容詞や形容動詞は複数用いられ,その 数だけ評価次元が存在することになる。多次元の感性評 価は結果の要約が直感的でなく解釈が難しくなる場合が ある。そこで相関の高い評価値を示す形容詞群を単一評 価軸に集約し,一つの因子としてまとめる因子抽出が必 要となる。心理学における多次元尺度の因子抽出法には 伝統的に主成分分析や因子分析が用いられて来た(Os-good, 1964; Tanaka, Oyama, & Os伝統的に主成分分析や因子分析が用いられて来た(Os-good, 1963)。本稿では芸 術感性の個人差研究において,SD法を用いた感性評価 に対する探索的因子分析の結果に個人差がどのように表 現されるのかを検討し,因子分析の有効性と適用限界を 検討し,因子分析の問題点を補完する多変量解析法を紹 介する。 芸術感性研究と因子分析 芸術感性研究に因子分析を適用した研究例として以下 の3つの研究を挙げる。Ouらは単色の色パッチに対す る感情の違いを検討し,色が生起する感情の文化差及び 性差を検討している。彼らは単色色パッチ刺激に対する 感性評価研を10個の感情語を用いて行った。さらに因 子分析を用いて10感情を3つの潜在因子で説明可能であ り,3つの潜在因子による累積寄与率が80∼90%程度で あったことを報告している(Ou, Uo, Woodcock, & Wright, 2004)。
絵画を視覚刺激とした感性評価研究では複数の研究に
おいてSD法と探索的因子分析により4つの潜在因子が
抽出されている(Marković & Radonjić, 2008; 岡田・井上, 1991)。Marković & Radonjić の潜在的因子の検討実験で は被験者は24の絵画刺激を43の形容詞対を用いて評定
した。抽出された4つの潜在因子の累積寄与率は約47%
であった。岡田と井上は10枚の絵画刺激を23形容詞対 で評定する実験を行い,最終的に20形容詞対に対する
The Japanese Journal of Psychonomic Science
2016, Vol. 34, No. 2, 282–285
講演論文
Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Graduate School of Medicine,
Osa-ka, Unviersity, 1–17, Machikaneyama-cho, ToyonaOsa-ka, Osaka 560–0043, Japan. E-mail: [email protected]
283 内藤: 芸術感性の心理学モデルと個人差の表現 評定結果から4因子を抽出している。4因子の累積寄与 率は61%であった。 単純な色パッチ刺激と絵画刺激の印象評定結果を比較 すると,1)因子分析により抽出される因子数が色パッ チでは3であるが,絵画では4である,2)抽出された潜 在因子の累積寄与率が色パッチでは∼80%以上であるの に対して,絵画では50%前後であるという違いがある。 これらのことから,色パッチと比較して絵画の印象評定 はより複雑な心的メカニズムによって支えられており, 評定個人差がより大きいことが示唆される。 芸術感性の因子分析と個人差 SD法と因子分析を用いた感性評価研究において一人 の被験者の芸術感性評価の結果は2層データ(2次元テ ンソル=行列)として表現される。この場合,例えば, 行に形容詞対を,列に評価対象となる絵画を配置し,そ れぞれのカラムには対応する列に対応する絵に対する行 に対応する形容詞の評定値(あるいはそのz値)が入る。 この行列データに対する因子分析モデルは以下の式で表 現される(内藤,2015; Marković & Radonjić, 2008; 岡田・ 井上,1991; Ou et al., 2004; Tanaka et al., 1963)。
= = 1 1 + 2 2 + + + = +
∑
1 n jk j k j k jn nk jk jk jf kf f x a F a F a F ε ε a F (1) ここでxjkは絵画kについて形容詞jの標準化得点(z得点) を表す。ajfは形容詞jと潜在因子fの相関係数であり,因 子負荷量を表す。Fkfは絵画kの潜在因子fについての因 子得点となる。モデルと実際のデータの誤差はεjkに表現 されている。以下ではこのモデルを複数の被験者に適用 し個人差がどのように表現されるのかを概観する。 集団の芸術感性モデルと個人差 芸術感性の個人差を扱うために複数の被験者による SD プロファイルを得たとする。この場合,得られる データxijkは被験者i ×形容詞j ×絵画kの3層データ(3 次元テンソル)となる。因子分析や主成分分析は3次元 以上のテンソルデータに対しては適応できないため,何 らかの変換を用いて得られた3次元テンソルデータを2 次元テンソル(行列)データに変換する必要がある。岡 田と井上は,形容詞対得点の平均値を使用することに よって3次元テンソルデータを2次元テンソルデータに 変換している(岡田・井上,1991)。この場合,式(1) がそのまま適用可能であるが,ajfとFfk及びεjkはそれぞ れ因子負荷量,因子得点及び独自性の被験者平均とな る。そのため評定値の平均を用いた因子分析では,平均 的な共通性と独自性以上の情報を得ることが難しい。Marković & Radonjićはstringing out法を用いて3次元テ ンソルデータを2次元テンソルに展開する手法を用いて いる。Stringing out法ではデータxijkは被験者i ×形容詞j
×絵画 kの3次元テンソルを2次元テンソル形容詞 j × (被験者と絵画の複合変数)kへ変換する(Figure 1)。変 換後の2次元テンソルに対して式(1)の因子分析が適用 可能である。このモデルでは ajfとFfkはそれぞれ各形容 詞と各潜在因子の相関係数(=因子負荷量),各絵画に 対する各被験者の因子fの得点となる。そのためstring-ing out法を用いた因子分析では芸術感性の個人差は被験 者と絵画の組み合わせ変数kについての被験者間でのば らつきFfkと独自性εjkに表現される(Figure 2A)(内藤, 2015)。この場合,芸術感性の個人差は各絵画の因子得 点のそれぞれの軸上でのばらつきとなる。内藤は3因子 をSD法を用いた絵画印象評定課題において,潜在因子 によって個人差の大きさが有意に異なることを報告して いる(Figure 2B)(内藤,2015)。 Stringing out法を用いた因子分析では因子負荷量 ajfは 全ての被験者において共通となる。すなわち,各潜在因 子と各形容詞対の相関係数に個人差が存在しないことを 仮定する。この仮定は一般的には強すぎる仮定である が,若林と内藤は被験者の均一性が保証される場合この 仮定の妥当性が高いことを報告している(若林・内藤, 投稿中)。しかし,被験者の均一性が保証されない場合 は一般的にこの仮定がどの程度成り立つのかは不明であ る。そのため幅広い年齢層の被験者から得たデータや,
284 基礎心理学研究 第34巻 第2号 文化的背景が異なる被験者群の比較をstringing out法に より検討可能かどうかは別途検証する必要がある。 3次元テンソルデータからの因子抽出と個人差の検討 3次以上の高次テンソルデータに対して2次元テンソ ルへの変換を行わずに因子化する手法として,テンソル 因子化法がある(池田・林,2013)。テンソル因子化法 は一般化された因子分析や主成分分析であり高次元テン ソルデータを低次元パラメータに次元圧縮する。テンソ ル因子化法の代表例としてTucker分解法やCandecomp/ Parafac (parallel factor analysis)法が提案されている(Gere et al., 2014)。前者は自由度が高いものの解の一意性が保 証されていない。後者はTucker分解の特殊例であり,一 定の条件をみたす場合の解の一意性の十分条件がすでに 報告されている(Bro, 1997; Schmitz et al., 2015)。
PARAFAC では,得られた高次元(ここでは 3 次元) テンソルデータを次元数分のベクトルの積で表現する。 因子数を3とした場合,3次元テンソルデータであるSD プロファイルは以下の式で Candecomp/Parafac分解され る。 = = +
∑
1 ε n ijk ijk if jf kf f x a b F (2) aifは被験者iの潜在因子fについての重み付け,bjfは形容 詞 jと潜在因子fの相関(因子負荷量),Fkfは絵画 kの潜 在因子fについての因子得点を表す。aif, bjf, Fkfが正規化 された行列であるとき,式(2)に不確定性は存在しな い。Stringing out法による因子分析とCandecomp/Parafac 法の大きな違いは前者が被験者と絵画の複合変数によっ てある絵画に対する被験者毎の因子得点を求めるのに対 して,後者は絵画kの因子fに対する因子得点Fkfと各因 子に対する被験者の重みaifが明示的に別れる点にある。 一方で Candecomp/Parafac法においてもモデル的には形 容詞対と潜在因子の相関は固定であることが想定されて いる。そのため芸術感性の個人差研究において Cande-comp/Parafac法を導入するメリットは限定的となる。 形容詞対と潜在因子の相関係数の個人差や絵画毎の因 子得点の個人差を明示的に表現するにはTucker 3分解法 を用いる。Tucker 3分解法ではSDプロファイルは以下の ように表現される。 = = = = +∑∑∑
1 1 1 ε P Q R ijk ijk ip jq kr pqr p q r x a b F g (3) ここでgpqrは3次テンソルでありコアテンソルと呼ばれ, aip, bjq, Fkrの相関情報が表現される。式(2) と (3) の比較 から明らかなようにCandecomp/Parafac法はTuker法の特 殊ケースであり,Q=R=Sであり,かつi, j, k=1のとき gpqr=1,それ以外ではgpqr=0とした場合のTuker法と一致 する。上述したようにTucker分解法は自由度高いため, 解の一意性が保証されていない。aip, bjq, Fkrの独立性が保 証されない場合はコアテンソルgpqrを規定する制約条件 が必要となる。実験心理学的にgpqrを規定するデータを 実証的に得ることができればTucker 3分解法は非常に有 用なモデルとなり得る。 テンソル因子化法については人工知能研究や感性工学 分野での基礎研究が進んでおり,今後基礎心理学研究分 野においても,個人差に注目した研究においては因子分 析や主成分分析の一般化された手法としてのテンソル因 子化法の活用事例が増加していくことが期待される。特 にこれまでのSD法による印象評定と共に,コアテンソ ルの特性を規定する行動実験を複合的に組み合わせるこ とで,芸術感性の個人差について予測精度の高い心理モ デルの作成が期待される。Figure 2. (A) Factor score clusters for three different paintings. The factor scores clearly formed distinctive clusters, suggesting totally different impression with each other. (B) Comparison of individuality in factor scores. Factor 2 exhibited significantly larger SD than Factor 1, corresponding to larger individuality.
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