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患者の見え方を科学するロービジョンケア

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.36.14

患者の見え方を科学するロービジョンケア

新 井 千 賀 子

杏林大学病院アイセンター

Scientific investigation of patients’

vision for clinical low vision care

Chikako Arai

Kyorin Eye Center, Kyorin University Hospital

Some eye diseases and brain damage reduce patients’ vision related quality of life (QOL). In Japan, the Nation-al Insurance System started the coverage of low vision care (LVC) at hospitNation-als in 2012. Recently, LVC has become more common in ophthalmology. The aim of LVC is to regain patients’ QOL along with medical treatment by ex-plaining them about the reasons behind their low vision and providing low vision aids and local support resources etc. For clarifying patients’ vision problems it need to refer to medical data and examine their vision by conducting small instant experiments. In this process basic research knowledge contributes to this clinical investigation. In par-ticular, the findings of psychophysics experiments on reading, such as MNREAD-J, are very valuable for LVC. This essay introduces the scientific process of LVC and the contribution of basic research to the clinical treatment of LVC.

Keywords: low vision care, reading test, psychophysics

ロービジョンケアは,日本では2012年に医療機関での 診療報酬が認められたサービスであり眼科医療のなかでも 発展途上のものである。超高齢化社会やiPS細胞などの再 生医療の発展もあり,眼科医療で注目されてきている領 域である。ロービジョンケアの目的は眼疾患や,より上 位の頭蓋内疾患による視機能低下によって起こるQuality of Life (QOL)の低下を改善することである(Figure 1)。 ロービジョンケアは治療介入と平行してさまざまな視機 能を補助する道具や工夫・方法を提供して患者の具体的 な課題を解決していくものである。眼は感覚器であるた め刺激に対する自覚的な感覚や応答には個人差がある。 また,疾患の進行状況や眼のどの器官がその疾患によっ て障害をうけているかは個別に大きく違いがあり,視機 能の低下の状況は個別に異なる。さらに,それぞれ患者 が生きていくうえで大切にしていることや目的,生活ス タイルや習慣などの背景が個人間で異なるためQOLの 低下状況もそれぞれの患者によって違ってくる。した がって,ロービジョンケアでは疾患による視機能の低下 の状況とその活用度,個々の患者のQOLの低下を調べ, ケアをカスタマイズする必要がある(新井,2016)。 多くの眼科関係の検査は患者の自覚的な応答によって 行われている。基本的な眼科検査は心理物理学の基礎 データの応用によるものが多い。例えば,視力検査は患 者の自覚応答によって,屈折補正のレンズの度数を変え ながら最小分離閾を人の判断で検出している。実験室な らば,刺激を出して応答を得て任意の計算によって次の 刺激を出して閾値を求めるが,眼科ではその過程をあ る一定のルールをもって人間が手動で行うことになる。 ロービジョンケアでの患者の見え方を評価する場合には

Copyright 2017. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Kyorin Eye Center, Kyorin

Univer-sity Hospital, 6–20–2 Shinkawa, Mitaka, Tokyo 181–8611,

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同じような作業を担当者が行うことになる。 ロービジョンケアの患者の見え方の評価は,視機能低 下が起こす“見え”のトラブルについてその機能的な 原因・理由を調べることから開始する。患者の見え方の 訴えは,よく見えない,字が読めない,物にぶつかる, じーっと見ていると見えなくなる,薄い色がわからない, など多岐の表現にわたる。また,同じ言語表現でも,患 者が実際に感じている見え方はそれぞれ異なることもあ る。例えば,“まぶしい”という訴えに対して詳細に聞 いていくと,ぼけている,にじんでいる,白っぽく見え ている,明るいところはまぶしいが暗すぎるとかえって 見えないなど,「まぶしい」という表現からダイレクトに 想像できる意味と違った見え方をしていることがある。 我々ロービジョンケア担当者は,その訴えと眼科所見や 検査の客観的データ(疾患名,視力,視野等)とを照合 し患者の見え方の原因の仮説を立てる。その仮説を検証 するためにどの検査を追加すればよいか,どのようなこ とを調べればよいかを考える。その過程は小さな心理物 理実験を繰り返しているようなものである。この実験は 精密に計画されているというよりも,ロービジョンケア の対応枠での限られた時間内で即興に行われることが多 い。患者の訴えとデータを照らし合わせ,新たな刺激を 呈示して刺激と結果の計算を頭の中で常に行い次の刺激 を考えていく作業を繰り返す。このようなときに応用し ているのは多くの心理物理学研究の知見である。心理物 理学研究の知見と臨床で得られるデータを照らし合わせ て仮説を検証していく。心理物理学研究からもたらされ る視覚に関するさまざまな知見は我々の臨床での患者の 見え方の判断に大きく貢献している。最終的には患者の 自覚的な判断がポイントになるが,検討範囲が小さくな り試行錯誤の過程は大幅に短縮できる。このようなケア の過程で行われる検査のなかでも,ロービジョンケアの 最も高いニーズの読み書きに大きく貢献しているのは読 みの研究に使用されている読書検査である (Lovie-Kitchin, 2011)。 我々が読書検査に使用しているMNREADは当初,ミネ ソタ大学のGordon E. Legge教授の研究室で行われた読書 の膨大な心理物理研学究の過程で開発された読書検査で ある。英語のほかに,フランス語,イタリア語,ポルト ガル語など複数の言語で作られた(Legge, Ross, Luebker, & LaMay, 1989; Legge, 2006)。日本語版は東京女子大の小 田浩一教授が開発した (小田,2015)。日本語版には,通 常の日本語文章である漢字仮名まじり文のMNREAD-J, 平仮名のみで構成されているMNREAD-JKがある。この 読書チャートは,文字サイズを変えて読書速度を測定 し,その個人の最大読書速度とその速度が低下する直前 の文字サイズである臨界文字サイズ,ぎりぎりやっと読 める文字サイズである読書視力が得られる(Figure 2)。 実験室レベルでの研究では,この3つのパラメータが人 間の視機能のほかの指標とどのように関係するか,読書 材料によってどう変化するか,などのさまざまな読書研 究での実験ツールとして使用されている。ロービジョン ケアの臨床では,この結果を患者の視機能の活用度の指 標として使用している。とりわけ,臨界文字サイズは患 者の最適な拡大について大きな貢献をしている。臨界文 字サイズは患者がストレスを感じないで文字を読むこと ができる最小の文字サイズになる。そのサイズが網膜に 投影されるように拡大を行えば患者の読書パフォーマン スを最大限に引き出すことができる。さらに,この評価 は個別に実施するので読書に関係する患者の視機能のさ まざまな要因(視力,視野,コントラスト感度,各自の 読書能力等)を包括的に評価した結果が得られる。した がって,従来の視力値だけで拡大を決定していた方法よ りも,個別の視機能を考慮して読みやすい文字サイズを 得ることができ,ロービジョンケアのカスタマイズに貢 献している。また,日本語の特徴を反映した平仮名版の MNREAD-JKは小児や漢字が読めない人達にも読書検査 が可能である。障害がある子供の教育機関(特別支援学 校等)では,学習手段として一般の文字か点字のどちら を使用するか,文字の拡大はどのくらいにするか等を決 定する判断の資料としても使われている(水谷・伊藤・ 小田,2009)。 このような客観的方法に基づいて患者の見え方を評価 するロービジョンケアは,視覚科学の心理物理学研究の

Figure 2. Three indexes from reading test : Maximum Reading Speed (MRS), Critical Print Size (CPS), Reading Acuity (RA). CPS is the smallest character size that shows individual MRS. RA is the smallest character size that can be resolved and is almost the same as visual acuity.

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応用であり,その知見が大きく貢献している。患者の見 え方を科学するには,それを裏付ける心理物理学研究と それを応用した臨床研究の双方の知見があって成立す る。 以下は,読書に対するQOL低下とニーズに対応した 症例である。加齢黄斑変性は加齢にともなって生じる黄 斑部の変成である。変成後の瘢痕化による中心視野のゆ がみや暗点,まだら状の視野欠損などが生じ,先進諸国 のロービジョンの原因疾患の上位の疾患である。黄斑に 障害が生じるため視機能の低下が読書に顕著に影響し, 視力から想像する以上の読書能力の低下をもたらす。そ のため,この疾患の読書障害は視力検査ではなく読書検 査によってその程度が明確になる(中村・小田・藤田・ 湯澤,2000)。一般にロービジョンの程度は視力と視野 の障害程度で決定されるが,この疾患においては読書に 必要な網膜像の拡大サイズは読書検査を行わないと算出 できない。患者の読書を直接評価できる読書検査が最も 有効な検査になっている。 症例 82歳の女性 眼疾患 加齢黄斑変性 実施した検査と結果 視力屈折検査: 右眼 光覚 (−), 左眼 (0.1×1.75 Dcyl-2.24 Dax80) 視野検査: 直径10°の中心暗点,周辺視野の感度低下 (Figure 3) ニ ー ズ: 老眼鏡で文字が読めない。見たいところが 見えなくて困っている。文字が読めるよう になりたい。

QOL評価 ( 杏林QOL評価表): 杏林QOL評価表はロー

ビジョンに特化した視機能の低下が日常生 活のQOLにどのように影響しているかを評 価するもので,ケアの目的や方針決定に使 用している(西脇他,2001)。歩行や移動, 読み書き,日常生活,社会コミュニケーショ ン,余暇,視覚障害による将来への不安, 生活全般の満足度を評価する。症例は,読 み書き領域が最も低下し,コミュニケーショ ンや移動の領域も低下していた(Figure 4)。 読書検査( MNREAD-J): 最大読書速度は 120 文字/ 分,臨界文字サイズは 1.8 logMAR (30 cm の視距離で175ポイントの文字サイズ相当 する)(Figure 5) 実施したケアの内容 患者に,データに基づく説明を して自分自身の見え方について理解してもらうことは, 患者自身が自分のロービジョンの状態をマネジメントす るためにも重要である。本症例は視野検査結果から見た

Figure 3. The left eye’s visual field of this case. It shows the central scotoma but visual acuity was 0.1, suggesting that there might be a very small high sensitivity area inside the central scotoma.

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いところが見えにくいこと,老眼鏡で文字が読めない原 因は中心暗点であることを説明した。視力が高いのに文 字が読めない理由としては,網膜の萎縮によって瘢痕化 し感度が低下した領域のなかに小さく感度がよいところ があり,(「地図状視野」 と呼ばれる),視力検査表の単一 の視標であれば切れ目を判別できるが,文章になると十 分なパフォーマンスが得られないことが考えられた (Sunness, Rubin, Zuckerbrod, & Applegate, 2008)。読書検査

結果から,この暗点を避けて文字を読むためには網膜像 で1.8 logMARのサイズが必要で,拡大鏡で読むためには 新聞の文字を約20倍に拡大することが必要であることが わかった。高倍率の拡大が求められ,この拡大を実現す るには拡大鏡ではなく電子的な拡大を行う拡大読書器 (Figure 6) が適切であることを伝えた。実際に拡大読書 器によって文字が読めることを体験し,操作訓練を実施 し購入した。さらに,拡大読書器を使用する場合の近用 眼鏡も作成した。 ま と め 対応後,3カ月後のQOL評価結果では読み書きだけで なくコミュニケーション・社会参加の領域も改善してい た(Figure 4)。拡大読書器を使用して,食品の賞味期限 の確認,写真,天声人語,短時間の読書,携帯電話を映 して家族にメールするなどの作業ができていた。読み書 き領域については,当初に希望した内容が実施できQOL も改善した。読書検査を適切に行いそのデータに基づい て患者の視機能とニーズに合致した拡大が得られる補助 具を選ぶとこができ患者の読みに関する日常の課題の解 決を導いた。このケアの過程では,患者の自覚的な見え 方の理由と,それに対応した拡大と視覚補助具が必要な 理由を根拠をもって説明した。患者の訴えとその理由や 対応方法の選択には客観的なデータの介在が必要であっ Figure 4. QOL score of pre and post low vision care.

OM: orientation and mobility, RW: reading and writ-ing, HW: house work, DL: daily livwrit-ing, CO: communi-cation and recreation, Total: total score. RW score im-proved from −1 to 0 by intensive low vision care for reading and HW, CO, and total score also improved.

Figure 5. Result from MNREAD-J of this case. CPS is 1.8 logMAR (176 point size at 30 cm distance). This print size is larger than the estimation of visual acuity (0.1).

Figure 6. Stand-based electronic vision enhancement system (EVES). This device enlarges a reading materi-al on the table to the monitor with a large visumateri-al field. It can also make the reading material larger than when using a magnifier.

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た。データと訴え(自覚的な見え方)を対照して視機能 の活用度を決定する作業は,小さな心理実験を行ってい るようなものであり,患者の見え方を科学する一つの過 程でもあると考えられる。 今後の課題と展望 MNREAD-J, JKは,ロービジョンケアの臨床で活用さ れるだけでなく眼科領域の臨床研究のツールとしても使 われている(高須・高須・正本・林,2010; 松本・小田・ 湯澤,2004)。読書の心理物理学研究の知見から開発さ れたMNREAD-Jが,臨床での患者のQOLの改善に大き く貢献している。これは,心理物理学研究の知見がロー ビジョンケアの臨床にとって重要な役割を果たしている ことを表している。近年,眼科領域では網膜の光干渉断 層写真などの画像診断技術が発展し,非侵襲で患者の網 膜の断層の写真を得ることが可能である。この技術を応 用して視覚の細胞レベルの障害が予測できる可能性がで てきている。ロービジョンの患者の感じる見え方の訴え は多様であり,理由や原因がわからない訴えが多い。ま だまだ患者の見え方を十分に科学することができていな い。今後,画像診断技術からわかってくる生理的データ と視覚の心理物理学研究が融合することで,人の見え 方,視覚の多様な謎の解明ができるのではないかと期待 している。 引用文献 新井千賀子 (2016).ロービジョン検査 飯田知弘・近 藤峰生・中村 誠・山田昌和(編)根岸 昭  (監修) 眼科検査ガイド第2版(pp. 43–52) 文光堂

Legge, G. E. (2006). Psychophysics of reading in normal and low vision. New Jersey: Lawrence Edlbaum Associates.

Legge, G. E., Ross, J. A., Luebker, A., & LaMay, J. M. (1989). Psychophysics of reading VIII. The Minesota low-vision reading test. Optometry and Vision Science, 66, 843–845. Lovie-Kitchin, J. (2011). Reading with low vision: The impact

of research on clinical management. Clinical and Experi-mental Optometry, 94, 121–132. 松本容子,小田浩一,湯澤美都子(2004).両黄斑部に 萎縮病変を有する患者の読書時に観察される固視点と 網膜感度 日本眼科学会誌,108, 302–306. 水谷みどり・伊藤雅貴・小田浩一 (2009).MREAD-Jkに よる読書検査を活用した視覚的環境の整備―拡大教 材サイズの選択と視距離の調節に重点をおいた事例研 究― 日本ロービジョン学会誌,9, 113–117. 中村仁美・小田浩一・藤田京子・湯澤美都子 (2000). MNREAD-J を用いた加齢黄斑変性患者に対するロー ビジョンエイドの処方 日本視能訓練士協会誌,28, 253–261. 西脇友紀・田中恵津子・小田浩一・岡田アナベルあや め・樋田哲夫・藤原隆明(2001).ロービジョンケア に適 し た QOL 評 価 表 の試 作  臨 床 眼 科,53, 1295– 1300. 小田浩一(2015).読書視力 山本修一 (編) 眼科診療ク オリファイ26 ロービジョンケアの実際 (pp. 29–33) 中山書店

Sunness, J. S., Rubin, G. S., Zuckerbrod, A., & Applegate, C. A. (2008). Foveal-sparing scotomas in advanced dry age-relat-ed macular degeneration. Journal of Visual Impairment & Blindness, 102, 600–610.

高須貴美・高須逸平・正本小也香・林 祥子(2010). 多焦点眼内レンズ挿入前後の網膜感度と読書スピード  臨床眼科,64, 311–315.

Figure 1. The aim of low vision care is to regain patients  QOL with medical treatment.
Figure 2. Three indexes from reading test : Maximum  Reading Speed  (MRS) , Critical Print Size  (CPS),  Reading Acuity  (RA)
Figure 3. The left eye s visual field of this case. It shows the central scotoma but visual acuity was 0.1, suggesting that there  might be a very small high sensitivity area inside the central scotoma.
Figure 6. Stand-based electronic vision enhancement  system  (EVES) . This device enlarges a reading  materi-al on the table to the monitor with a large visumateri-al field

参照

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