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新規ナシ遺伝資源としてのイワテヤマナシ

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2019 年 2 月 13 日受理 連絡責任者:片山寛則([email protected]

新規ナシ遺伝資源としてのイワテヤマナシ

∼保全と利用の両立を目指して∼

片山寛則

神戸大学農学研究科附属食資源教育研究センター(〒 675-2103 兵庫県加西市鶉野町 1348)

要旨:イワテヤマナシ(Pyrus ussuriensis var. aromatica)は東北地方に自生する野生ナシの 1 変種である.1940 年 頃までは利用されていたが,現在は地元でもほとんど知られておらず,消滅の恐れがある.筆者は遺伝資源とし てのイワテヤマナシに注目し,1999 年より北東北 3 県を網羅した探索調査を行ってきた.その結果 1500 本以上の ナシ属植物が見つかり,その 8 割は北上山系に集中して分布していた.集団構造解析により真のイワテヤマナシ 集団を推定し,保全単位や保全方法を検討した.またイワテヤマナシの起源を解明するため,中国大陸に自生す る秋子ナシ(Pyrus ussuriensis)との系統関係を調査した.ところでイワテヤマナシはニホンナシにない様々な有 用形質を持つ.ここでは芳香を取り上げ,香気分析や香気関連 QTL 座の決定,香りナシ育種について紹介する. 筆者はイワテヤマナシを利用することで認知度を高め,その結果,普及し,保全されることを期待している.最 後に 2011 年の東日本大震災で被災した三陸沿岸地域で展開したイワテヤマナシを復興のシンボルとする取組を紹 介する. キーワード:イワテヤマナシ,保全遺伝学,遺伝資源の評価,香気成分,地域資源,東日本大震災

はじめに

我が国でナシと言えばニホンナシを指す.ニホンナシ (梨)は果汁たっぷりでありながら甘く,サクサクした食 感を持ち,セイヨウナシにはない美味しさがある.現在の ニホンナシ主要品種は「豊水」,「幸水」,「新高」,「二十世 紀」で,これら 4 品種が全生産量の約 8 割を占め,品種の 画一化が進んでいる.また現在のニホンナシ品種の育成過 程には「二十世紀」が直接的,間接的に関わっており,「二十 世紀」なくしては現在の栽培品種は語れない.それほど 「二十世紀」は遺伝的に優れているが,それゆえに「二十 世紀」に偏りすぎており,遺伝的多様性の偏りの点からみ ても問題視されている.「二十世紀」とは異なる画期的な 育種素材を用いて遺伝的多様性を高めてゆく必要があり, 在来品種や野生種などの遺伝資源の有効利用が求められて いる.著者らは 1999 年より東北地方のナシ属植物の探索 を行い,分布や起源,遺伝資源としての有用性に関する興 味深い知見を得たので紹介する.

1.日本の野生ナシ

大井(1965)の分類に従えば日本列島にはマメナシ(P.

calleryana Decne. var. dimorphophylla(Makino)Koidz.),ヤ

マ ナ シ (P. pyrifolia (Burm. Fil.) Nakai), ア オ ナ シ(P.

ussuriensis Maxim. var. hondoensis(Nakai et Kikuchi)Rehd.),

イワテヤマナシ(P. ussuriensis Maxim. var. aromatica(Nakai et Kikuchi)Rehd.)という 3 種 2 変種のナシが自生する.マ メナシはニホンナシ栽培品種の台木として利用される.三 重県,愛知県などに自生し,群落の記録もあるが,すでに 絶滅危惧種に指定されている.ヤマナシは現在のニホンナ シと同種であり,九州,四国地方に分布する.現在のニホ ンナシの起源種とする説もあるが,群落として見つかって おらず,自生を疑問視する見方もある(梶浦 1984).アオナ シは長野県,山梨県に自生し,過去に栽培の記録もあるよ うだが,現在の現存数は数十個体とされている(池谷ら 2005).イワテヤマナシ(=ミチノクナシ)は東北地方に自 生が確認されており,群落の記録もあり(Koidzumi 1915, Nakai 1919),イワテヤマナシ由来の在来品種(衣通姫,金 光寺)の存在も記録されている(菊池 1948).

2.東北地方におけるナシの記載

日本の歴史上,初めてナシの記載が出てくるのは日本書 紀であり,持統天皇によって「勅して天下をしてクワ,カ ラムシ,ナシ,クリ,アオメなど草木を勧め植えて,五穀 を助けしむ」と書かれている.日本人は有史以前からナシ を利用してきたと考えられている.東北地方の人々とナシ との関わりについての記載は江戸時代にさかのぼる.南部 藩(現在の岩手県)の資源調査記録にあたる南部領産物誌 には果樹類の在来品種名が記録されており(盛永・安田 1986),ナシ(52 種類),クリ(5 種類),ウメ(10 種類), モモ(16 種類),ブドウ(2 種類),クルミ(5 種類)と, 圧倒的にナシの種類が多いことがわかる(第 1 図).また 越後のナシ栽培専門書「梨栄造育必鑑」には現存する類産 ナシの記録があり(簗取 1994),菅江真澄の紀行文には秋 田県に現存する三梨,青森県の三厩ナシの記載がある(田

総 説

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口 1999).比較的新しい記載では,「遠野物語」や宮沢賢 治の童話にもたびたびヤマナシが登場しており(宮沢 1986,柳田 1997),東北地方では昭和初期まで身近で大切 な資源として利用されてきた. 第 1 図 南部領産物誌(1735)に記載されたナシの地 方名.(* は現存する個体)

3.イワテヤマナシの探索と系統保存事業

現在,東北地方ではイワテヤマナシはもちろんのこと, その他のナシ在来品種も利用されていない.昭和初期には 良食味のニホンナシが登場し,流通網の発達により全国ど こでも容易に手に入るようになった.また開発や植林にと もなう森林伐採などが原因で,ナシ属植物の個体数は急速 に減少している.北東北 3 県のナシ遺伝資源が消失してし まう前に分布状況を把握し,収集・保存することが急務と 考え,岩手県を中心とした東北地方のナシ属植物の探索を 共同研究者である大阪市立大学理学部附属植物園の植松千 代美氏,岡山理科大学の池谷祐幸氏らと行ってきた. 北東北 3 県の全市町村を網羅した探索により,これまで に 1500 個体を超えるナシ属植物が発見され,その約 8 割 が岩手県を南北に縦断する北上山地に分布していた(第 2 図).また山形県の飛島では 100 個体以上が高密度で自生 していた.ナシ属植物は山間部の牧草地や渓流沿いなどに 多く分布していたが,街道沿いや民家の庭さき,田畑の境 界,墓や祠の周辺にも多数生育していた.そこで北上山系 に分布する個体を中心に消失の可能性が高い個体や聞き取 り調査により呼称が確認された個体,果実形質に特徴があ るもの等,約 500 個体について接ぎ穂を採集し,神戸大学 農学研究科附属食資源教育研究センターで接ぎ木保存し, ジーンバンクとして系統保存している.同時にこれらの個 体については果実の液浸標本や腊葉標本を作成している (Katayama and Uematsu 2006).

第 2 図 フィールド調査により判明した北東北におけ るナシ属の分布.(●はナシの個体が見つかっ た場所)

4.イワテヤマナシの遺伝的多様性と集団構造

植物分類学者の Nakai(1918)は,イワテヤマナシの形 態は,果実が球形または卵球形,果径は 2 ∼ 3.2cm と小さく, 花(果)柄は 1.4 ∼ 4.5cm と長い.また果実には萼が宿存 しており,芳香性のあるものも存在すると定義している(第 3 図).しかし自家不和合性であることから,自然界では他 殖による雑種形成が進んでおり,形態的に非常に多様で, 連続的な変異を示しており,形態的特徴に基づいてイワテ ヤマナシを同定するのは困難だった(Katayama and Uematsu 2006).そこで 5 種類の核 SSR マーカーと葉緑体 DNA の構 造変異を指標として北東北のナシ属植物について分析した ところ,ニホンナシとの雑種と推定される個体が 7 割,イ ワテヤマナシは 3 割見い出された(Katayama and Uematsu 2002, 2003, Katayama et al. 2007, 2012).つぎに集団遺伝学 的手法によりイワテヤマナシ集団の遺伝的多様性と集団構 造の把握を試みた.北上山系由来の 14 集団 273 個体,ニホ ンナシを含む日本各地から収集したナシ属植物,中国大陸 由来でイワテヤマナシと同種の秋子ナシを含む 7 集団から なる合計 21 集団 427 個体を用いた.20 種類の核 SSR マー カーを用いて集団内,集団間の遺伝的多様度を算出し,系 統樹の作成ならびに STRUCTURE 解析により集団構造を把 握した.その結果,北上山系由来の集団の多くはニホンナ シとの雑種を形成していると推定された(Iketani et al. 2010, Iketani and Katayama 2012).しかし北上山系中部の藪川周 辺の 5 集団だけは雑種化しておらず,ニホンナシからの遺 伝子流動が起きてはいなかった.5 集団はイワテヤマナシ 固有の遺伝子型を示したことから,真のイワテヤマナシが 多いことが示唆された.このうちの 2 集団は遺伝的多様性

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の 114 個体について STRUCTURE 解析の結果と形態形質(果 実の 4 形質,花の 5 形質)について相関を調べたところ, 真のイワテヤマナシに近いほど,花弁が細長くなり,花柄 が長くなる傾向があった.また果実は小さくなり,蕚が宿 存する傾向が見られた(第 1 表).これらの生息状況を調査 したところ,早坂高原集団は牧野や自然散策路周辺で多く のイワテヤマナシが見つかったが,その他の集団は沢沿い の湿地帯に自生していた.特に遺伝的多様性が低い 2 集団 は沢付近のカラマツ植林帯の林縁の日当たり良好な場所に 自生していた.成木の他,実生が多数見つかったことから 天然更新している可能性が高かった.2007 年にイワテヤマ ナシは環境省レッドリスト IA 類に登録された(現在は IB 類に登録).藪川は 1945 年に -35℃を記録しており本州一 寒い場所としても有名だが,近年の夏期の気温上昇により 自生地でのイワテヤマナシの枯死が目立っている.急速な 気候変動による自生地の消失が懸念されるため自治体の協 力を得ながら保全計画の策定が急務である(橘 2009).                                                                     ᙧ   ែ                            ⰼᚄ   ⰼᘚ㛗   ⰼᘚᖜ   ⰼᘚ㛗ⰼᘚᖜ   ⰼ᯶㛗   ᯝᚄ   ᯝ㧗   ᯝ㧗ᯝᚄ   ࡀࡃࡢᐟᏑ   ┦㛵ಀᩘ                           ࡣ Ỉ‽᭷ព ࡣ Ỉ‽᭷ពࢆ♧ࡍ㸬   ෆࡣಶయᩘࢆ♧ࡍ㸬 第 1 表 STRUCTURE による真のイワテヤマナシのジーンプールを示した個体と形態との相関 第 3 図 イワテヤマナシ果実の多様性.(右の大果はニ ホンナシ栽培品種) 第 4 図 SSR マーカーを用いた北上山系のナシ属植物 の集団遺伝構造(K=2).

5.中国大陸に自生する秋子ナシとの関係

北上山系を中心とした東北地方に自生するイワテヤマナ シの起源を知るために中国大陸に自生する秋子ナシ(Pyrus ussuriensis Maxim.) の 探 索 調 査 を 2009 年 より 開 始 し た (Wuyun et al. 2013).イワテヤマナシと同種の秋子ナシは 中国大陸の東北部に自生しており,「苹果梨」や「南果梨」 等 の 栽 培 品 種 も 存 在 す る. 野 生 の 秋 子 ナ シ の 記 載 は Maximowicz(1859)や Nakai(1916)による古い情報のみだっ たため,中国林業科学院の乌云塔娜教授の協力のもと探索 を開始した.黒龍江省 6 集団,内モンゴル 6 集団,吉林省 1 集団,秋子ナシ栽培 29 品種の合計 182 個体を用いて 20 種類の核 SSR マーカーと 16 種類の葉緑体 SSR マーカー (Terakami et al. 2012)にて集団構造解析を行った.黒龍江 省北部の 4 集団,吉林省の 1 集団以外は遺伝的多様性が低 いことが明らかとなった.遺伝的多様性が低いことで環境 適応性の低下,近親交配の頻度が高い,遺伝子流動が少な い等が懸念される(Wuyun et al. 2015).これらの遺伝的多 様性が低い黒龍江省の 2 集団と内モンゴル集団を優先的に 保全することを提言した(第 5 図).また北上山系のイワ テヤマナシと集団間で核 SSR マーカーにより DNA を比較 したところ,秋子ナシはイワテヤマナシとは遠縁であり(第 6 図),互いの祖先集団は異なることが明らかになった (Katayama et al. 2016).しかし葉緑体 DNA 中の構造変異を 両者で比較すると,これらに共通でニホンナシや他のチュ ウゴクナシとは異なる DNA 多型が多く見つかった.保存 性の高い葉緑体 DNA 中の構造変異で秋子ナシとイワテヤ マナシに共通した DNA 多型が多く見つかったが,変異が 起きやすい核 SSR マーカーでは異なる結果だったことか ら,地質時代の中新世から鮮新世にかけての地殻変動によ る大陸との遮断後にイワテヤマナシは独自に分化を遂げた と推定された(Wuyun et al.2013, Katayama et al. 2016)

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第 5 図 SSR マーカーによる秋子ナシの集団構造と保 全単位の決定(K=4). 第 6 図 イワテヤマナシと秋子ナシの系統関係.

6.天然記念物としての保全

東北地方のみならず全国的にナシの巨木が存在する(米 山 2001).前述の江戸時代の菅江真澄の紀行文に記載があ る三梨は秋田県湯沢市三梨町の天然記念物に指定されてい る.その他,すでに東北地方のナシの古木で天然記念物に 指定され,保護されている個体は多い(第 7 図).我々の 探索で発見した個体で,最大胸高幹周 393cm(2000 年測定) を持つ「頭無」のヤマナシも岩手県九戸村の天然記念物に 指定された.天然記念物として指定された個体は,とりあ えず伐採の危機から逃れられるが,近年の巨大台風の襲来 により倒木被害も増加しており,後世に引き継ぐためには 健全な樹勢回復のための養生が必要とされる.

7.イワテヤマナシと人との関わり

これまではイワテヤマナシの保全に焦点を当てて紹介し てきた.もちろん真のイワテヤマナシ自生集団の保護は重 要な課題だが,他のニホンナシとの雑種個体もむしろ遺伝 資源として貴重な人類の財産と考えられる.雑種個体もイ ワテヤマナシと呼び,保護するべきと考えている.ここか らはイワテヤマナシの文化遺産的側面を述べ,さらに遺伝 資源として評価・利用することで,その重要性を再認識し て消失を少しでも遅らせようという試みを紹介する. 遺伝資源として利用するために,これまでの人との関わ りの歴史を知ることは重要である.我々はナシの探索と同 時に聞き取り調査も行い,過去の利用方法について記録し てきた.例えばナシの呼称は 30 種類以上もあり,地元の 人々が識別していたことや,果実は生食のみならず保存食 として水煮,砂糖煮,塩漬けにされていたこと,焼酎漬は 喉の薬として利用されていたことなどである(片山・植松 2004).また嫁入りの際には苗木を持参させ,嫁ぎ先で成 木になった時点で材として使用された.ナシの木肌は赤み がかかって美しく硬いため,玄関の上がりかまちや,ソリ の受け板や囲炉裏の炉縁にも使われていた.蔵の町として 有名な秋田県増田町では図書蔵の敷居にも利用されてい た.和櫛や和箒の柄,さらに飢饉の際の救荒作物として等, 広範に用いられていた. 「サネナシ」と呼ばれる無核(種子のない)のナシが盛 岡市周辺の街道沿いや川沿いなど様々な場所で独立して合 計 20 個体以上見つかった(第 8 図).「サネナシ」は南部 領産物誌にも記載があり,江戸時代から無核のため種子繁 殖できないため接ぎ木繁殖により人が維持してきたと思わ れる.聞き取り調査によれば 1940 年頃まで盛岡市内に「サ ネナシ」の砂糖煮の瓶詰め工場があり,収穫時期にはトラッ クで果実を買い付けに来たそうである. また秋田県,岩手県の 6 市町村で「ナツナシ」が見つかっ た.これらの果実は東北地方で 8 月中旬には熟し,兵庫県 では 7 月上旬に熟する極早生個体だった.果実は爽やかで 第 7 図 岩手県内におけるナシの天然記念物.

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フルーティな芳香を持ち,地元では焼酎漬けにして香りを 楽しんでいた.さらに植物分類学者の Koidzumi(1919) がイワテヤマナシとは別種として命名した「ワヤマナシ」 の腊葉標本と果実標本が京都大学博物館に保存されてい る.採集地が現在の岩手県遠野市綾織となっており,生存 個体を探していたところ,遠野市在住の三浦徳蔵氏の協力 により,市内で 1 本のみ見つかり,標本と形態が一致した ため「ワヤマナシ」と判明した(第 9 図). 第 8 図 旧国道沿いの「サネナシ」の大木と果実写真(岩 手県雫石町).

第 9 図 ワヤマナシ(Pyrus wayamana Koidz. 1918).a: 腊葉標本,b: 果実のスケッチ,c: 果実標本,d: 現存個体の果実

8.遺伝資源としての評価

イワテヤマナシを遺伝資源として利用すべく形質の評価 を進めており,栽培品種のニホンナシが持っていない多く の有用形質が見つかっている.これまでに果実の大きさや 形,果皮色,芳香性,糖酸組成,抗酸化能などの機能性評 価,タンパク質分解酵素,石細胞数,無核性,熟期,観賞 用花木としての形質について評価してきた(Matsumura et

al. 2011, Ieguchi et al. 2015, Yamada et al. 2015, 手塚ら 2015,

2016a, b).特徴的な形質を持つ 25 個体のイワテヤマナシ を選抜したが,「ナツナシ」は特に個性的である.極早生, 豊かな芳香性を持ち,クエン酸や全ポリフェノール,クロ ロゲン酸含有量がイワテヤマナシの中でも突出して高く, 抗酸化力の指標である DPPH ラジカル補足活性も高い等, 多くの特徴を有していた.この「ナツナシ」の香気成分分 析結果と,イワテヤマナシとニホンナシを用いた,香りナ シの育種母本の育成を目指した研究について紹介する. 8-1 イワテヤマナシの香気成分 岩手県出身の宮沢賢治の童話「やまなし」では蟹の親子 が谷川に落果したナシ(梨)の香りを嗅いで, ああいい 匂いだな.なるほど,そこらの月あかりの水の中は,やま なしのいい匂いでいっぱいでした と会話するくだりが出 てくる.この「やまなし」は芳香性を持つイワテヤマナシ と考えられる.イワテヤマナシの学名(aromatica)の由来 でもある果実の香りは 1 個体ごとに異なっており発散香気, 内生香気ともに多種多様である.そこでイワテヤマナシ果 実の香気成分を定性,定量するためにガスクロマトグラフ 分析(GC-MS, GC-FID)を行った.さらにガスクロマトグ ラフ匂い嗅ぎ分析(GC-O)による AEDA(Aroma Extracted Dilution Analysis)を行い,人間の嗅覚への寄与度を数値化 (FD ファクター)して主要香気成分を決定した(Katayama

et al. 2013).発散香気はダイナミックヘッドスペース法に

より捕集し,内生香気は夾雑物が少ない SAFE 法(Solvent-assisted Flavor Evaporation)により抽出した.官能評価によ りラム,リンゴ,パイン,バナナ様の特徴的な香りを有し ていたイワテヤマナシ 3 個体(「ナツナシ」,「サネナシ」, 個体番号:i0830)と,比較対象としてニホンナシ「幸水」, セイヨウナシ「ラフランス」を用いた.寄与度の高かった 主要香気成分数は「ナツナシ」,「サネナシ」共に 18 種類, i0830 は 20 種類,「幸水」は 6 種類,「ラフランス」は 19 種 類だった.そのうち同定できた成分は「ナツナシ」は 8 種類, 「サネナシ」は 11 種類,i0830 は 8 種類,「幸水」は 4 種類, 「ラフランス」は 7 種類だった.イワテヤマナシの 3 個体は ethyl 2-methylpropanoate,methyl 2-methylbutanoate,ethyl butanoate,ethyl 2-methylbutanoate,ethyl pentanoate,ethyl hexanoate,methyl 2-methylbutanoate,2-phenyl ethanol など

のエステル類,C6 の直鎖脂肪族アルデヒドの hexanal,(Z)

-3-hexanal,(E)-2-hexanal やアルコールの(Z)-3-hexenol で寄与度(FD ファクター)が高かった.特に「幸水」や「ラ フランス」と比べて ethyl 2-methylbutanoate,ethyl hexanoate が高い値を示す個体が多かった.これらのエステル類,ア ルデヒド類,アルコールはイワテヤマナシのフルーティで グリーンな香気に寄与していた.またイワテヤマナシで芳 香族化合物 2-phenyl ethanol はバラ様の甘い香りを与えてい ると考えられた.イワテヤマナシで共通して最も寄与度が 高かったグリーンでフローラルな未同定成分も見つかった. イワテヤマナシで寄与度の高かった成分やその構成比率は 従来のニホンナシやセイヨウナシなどのナシ属(Pyrus)で

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報告された結果とは異なり,どちらかと言うと,リンゴ属 (Malus)の香りに似た傾向を示した. つぎにイワテヤマナシ香気の多様性を特徴づける目的 で,香りの異なるイワテヤマナシ 16 個体について AEDA によって明らかになった主要香気 11 成分(メチル・エチル・ 酢酸エステル,アルコール,テルペン類)を指標として, 主成分分析により香気成分のプロファイリングを行った (第 10 図).第 1 象限にエチル,メチルエステル類が多く 含まれるグループとして「ナツナシ」(i1701,i0009)が プロットされた.また全エステル類が含まれる「小坂ナシ」 (i1003)がプロットされた.ニホンナシで唯一エステル系 の香気を多く含む「平塚 16 号」(かおり)やチュウゴクナ シの「鴨梨」はイワテヤマナシと比べると含量が少なめだっ た.また果肉に酢酸エステル類を多く含むセイヨウナシの 「ラフランス」と同じ象限に,イワテヤマナシで野性味の 強い i0830 がプロットされた.またアルデヒド類が多い第 3 象限にはニホンナシの多くがプロットされた.これらは 青くさく,ウッディな香気成分を多く含んでいた.果実の 香気成分をプロファイリングすることで香りの特徴が可視 化できた(Katayama et al. 2013, 片山 2018). 第 10 図 11 種類の主要香気成分を指標としたイワテ ヤマナシ香気のプロファイリング. 8-2 「ナツナシ」を用いた香りナシ育種母本の育成 将来的に香りナシ育種を行うための育種母本の育成にむ けて,イワテヤマナシの香気特性のプロファイリングに よって明らかになった発散香気にエチル,メチルエステル 類が多く含まれる「ナツナシ」(i1701)と発散香気が少な いニホンナシ「幸水」との種間交雑を 2007 年に行い F1後 代 64 個体を育成した.このうち強い香気があり,果実の 大きさが中程度の K1701-25 を選抜した.しかし甘く大果 の「幸水」と比べて果実品質が劣るため K1701-25 を再度 ニホンナシに交配し,後代を選抜中である.また香りナシ の DNA マーカー選抜育種(Marker-Assisted Selection)を

目指して,F1後代を用いて SSR マーカーによる骨格連鎖 地図を作成し,香気成分の QTL を位置づけた(投稿中). 複数年にわたって得られた QTL 座について MAS マーカー としての有用性の検定を行っている(投稿準備中).香り ナシ育種母本の育成については現在進行中であり,将来, この育種母本を使うことで香りナシ栽培品種が作出できる かもしれない.

9.東日本大震災の復興支援としてのイワテヤマナシ

岩手県を中心とした北上山系にてイワテヤマナシの フィールド調査を行っていた 2011 年 3 月,東日本大震災 が発生した.特に三陸沿岸は津波により甚大な被害を受け た.イワテヤマナシの生息域と震災被害域が広範に重なっ ており,沿岸部のイワテヤマナシも多数失われた.震災前 のフィールド調査でお世話になっていた住民の生活も激変 していた.そこで 2011 年秋に震災復興のシンボルとして イワテヤマナシを現地の学校の校庭に植樹して支援する企 画「校庭にイワテヤマナシの花を咲かせよう」を立案した. 神戸大学は 1995 年に発生した阪神淡路大震災を経験して おり,その際に多くの支援を受けたことからも,自分たち ができる支援をと考えた.神戸大学生,食資源センター職 員,共同研究者の大阪市立大学の植松氏とともに青森県八 戸市から岩手県陸前高田市までの沿岸部の小中高,支援学 級 104 校を訪問して支援の趣旨を説明したところ,48 校 から校庭に苗木を植えたいとの希望があった.宮沢賢治の 童話「やまなし」は小学校 6 年生の国語の教科書に採用さ れており,物語はよく知られていたが地元の人でさえ実物 を見たことが無い人が多かったこともあり,多くの受け入 れ希望につながった.2012 年春には苗木が提供され,現 在は校庭で春には花が咲き,秋には果実が実り,生きた教 材として利用されていることを期待したい.

10.産地の形成と地域資源としての利用を目指して

イワテヤマナシを地域資源として利用することで価値を 共有し,認知されることで保全につなげようと活動を行っ ている(第 11 図).東北地方には野生果樹の利用例として ヤマブドウがある.岩手県北部にはヤマブドウの産地が形 成されており,ワインやジャムなど商品化された品目は多 い.野生種のため栽培が容易であり,この 20 年間,生産 量は順調に伸びてきたが,近年,生産過剰気味となってお り,新たな出口(商品開発)が求められている.イワテヤ マナシは遺伝的多様性が高く個体毎に果実の特徴が異なっ ている.この特徴を利用すれば 1 村 1 ヤマナシの独自性の 高い特産品開発も可能であり,生産過剰にもなりにくいと 考えている. 2012 年にイワテヤマナシの利用,普及,保全を目的と してイワテヤマナシ研究会を設立した.研究会はイワテヤ マナシに興味を持つ一般参加者,農家,農業試験場・普及 センター職員,食品業関係者,食文化研究者,自治体・振 興公社関連職員,農学研究者など幅広い分野の会員によっ

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て構成されており,定期的に交流会,見学会,試食会など を行い,イワテヤマナシへの理解を深める活動を続けてい る.すでにヤマナシジャムや野生ナシシロップ,「サネナシ」 のシャーベットなどが商品化されており,今後,イワテヤ マナシの和・洋菓子や果実酒などの商品化も予定されてい る(片山 2016).また同時期に岩手県九戸郡九戸村にイワ テヤマナシ生産組合も設立され,イワテヤマナシ栽培から 商品開発,販売までを担う 6 次産業化を目指す動きも始 まった.出口づくりは順調に進んでいるが,需要に果実生 産が追いついていない.イワテヤマナシはこれまで栽培体 系が確立されておらず,一定の収穫量を継続的に生産する ことが難しかった.そこでイワテヤマナシ栽培を促進する ため,九戸村に遺伝資源として評価済みの 50 個体を定植 し,イワテヤマナシ見本園を開園した.イワテヤマナシの ナシ棚栽培と主幹形栽培による栽培技術の確立,受粉樹の 選定,農薬の防除暦の作成などに見本園が役立っている. 見本園はイワテヤマナシ生産組合によって維持,管理され ており,栽培に興味を持つ生産者の見学も可能である. 第 11 図 野生ナシジーンバンクを中心とした保全と 利用の実際.

おわりに

日本では野生種や近縁野生種が自生していて,なおかつ 実際に利用されている果樹類は少なく,イワテヤマナシの 保全は急務である.もちろん真のイワテヤマナシ自生集団 の保護は重要だが,雑種化したイワテヤマナシの遺伝資源 としての重要性も提起したい.ニホンナシとの雑種である がゆえに遺伝的多様性を有するこれら雑種個体群は貴重な 人類の財産(文化遺産)と考え,利用することで価値を共 有し,認知することで保護してゆくことが重要と考える. これまでイワテヤマナシの探索と分子集団遺伝学的手法 による自生地の特定,絶滅危惧種や天然記念物としての登 録を進めてきた.くわえてジーンバンクによる生息域外保 全も行っている.現在は栽培種のニホンナシが持っていな い農業上の有用形質(芳香性や極早生性ほか)を評価し, 遺伝資源として育種利用することを試みている.雑種個体 を含むイワテヤマナシには多くの有用形質が内包されてお り,評価すべき新たな形質が多数含まれている.これらを 地域資源として普及させるために栽培技術の体系化や商品 開発を促進する研究会や生産組合への協力,見本園の開園 などを進めてきた.今後はイワテヤマナシの普及と保全の 両立を目指す試みをより一層加速させ,軌道に乗せていき たい.

謝辞

北東北のフィールド調査では多くの皆様にお世話になっ た.中国大陸でのヤマナシ探索でも多くの中国人からご協 力をいただいた.この場をお借りしてお礼を申し上げたい. イワテヤマナシ研究会員とイワテヤマナシ生産組合員,岩 手食文化研究会の皆様からも惜しみないご協力をいただい ている.フィールド調査と集団遺伝解析では共同研究者で ある大阪市立大学理学部の植松千代美氏,中国林業科学院 の乌云塔娜氏,岡山理科大学生物地球学部の池谷祐幸氏, 農研機構の山本俊哉氏,山形大学農学部の林田光祐氏,香 気分析と香りナシ育種研究では岩手大学教育学部の菅原悦 子氏,農研機構果樹茶研の齊藤寿広氏,有用形質評価では 京都府立大学生命環境学部の板井章浩氏,岩手大学農学部 の村元隆行氏,神戸大学農学部の野村啓一氏にお世話に なった.感謝の意を表したい.最後にこれまでイワテヤマ ナシ研究に従事した 26 名の神戸大学,岩手大学の学生, 院生にお礼と感謝を申し上げる.本研究はこれまで多数の 研究助成を受けてきたが,全ての始まりは 2000 年にニッ セイ財団環境問題研究助成を受けたことがきっかけであっ た.ここに謝意を表したい.また現在遂行中の「ナツナシ」 の香りに関連した QTL 遺伝子座の同定と遺伝子の単離に 関する研究の一部は JSPS 科研費 JP16K07595 の助成を受 けた.さらに香りナシ育種母本の育成についての研究の一 部は農研機構・生研センターが実施する「革新的技術開発・ 緊急展開事業(うち先導プロジェクト)」において実施さ れている.

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Iwateyamanashi as novel pear genetic resources -Toward the coexistence of

conservation and

utilization-Hironori Katayama

Food resources research center, Graduate School of Agricultural Science, Kobe University (1348 Uzurano Kasai, Hyogo

675-2103 Japan)

Summary:Iwateyamanashi (Pyrus ussuriensis var. aromatica) is one of the Pyrus species grown wild in the Tohoku district of Japan. It had been utilized at least until 1940 s as food, traditional medicine, or timber. Nowadays it is not only forgotten among local people but also facing to extinction. Therefore author focused on Iwateyamanashi as genetic resources, performed explorations since 1999 to cover all three Prefectures of North Tohoku district. More than 1500 Pyrus trees were found and 80 % of those were distributed in the Kitakami highland in Iwate Pref. Conservation methods and units for true native Iwateyamanashi populations, suggested by populational genetic structure analysis, were considered. In order to reveal the origin of Iwateyamanashi, populational genetic structure and phylogenetic analyses were also conducted for native Ussurian pears in China. Iwateyamanashi possesses various unique and useful traits those were not found in Japanese pear (Pyrus pyrifolia). Flavor as one of useful traits, fl avor analysis, QTL mapping related to fl avor compounds, and aromatic pear breeding program are described. Author expects to increase the visibility of Iwateyamanashi by using as genetic resources then it will be conserved. Finally project of fl owering Iwateyamanashi in schoolyard as a symbol of recovery from the Tohoku earthquake in 2011 will be introduced.

Key Words: Iwateyamanashi, Conservation genetics, Evaluation of genetic resources, Flavor compounds, Local resources, Tohoku earthquake

Journal of Crop Research 64: 1-9 (2019) Correspondence: Hironori Katayama ([email protected]

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