C A N C E R 19 (2010)
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大正天皇のニホンザリガニ
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についての新知見
川井唯史・砂川光朗
ニ ホ ン ザ リ ガ ニ Cambaroides japonicusは日 本固有の在来種で, 北海道と東北 の北部に分布 し,生息場所は河川の源流部や山上の湖等であ る (K awai & Fitzpatrick, 2004). そして ,各行政 機関から希少種として指定を受けている. 本種 は大正天皇の即位式における式典の饗宴で,スー プの材料 として北海道支筋湖産の個体が御供膳さ れ,その後も何度か大正天皇の御用邸があ った栃 木県日光市に運ばれたことが公式文書 により確か められている (J11井 ・中 島, 2005; 川井 ・大高, 2009). また日光市にある日光田母沢御用邸には, 大正時代にニホンザ リガニ を蓄養するための設備 も新設されていたので, ここ で数多くの個体が飼 育されていたと思われる(川井 ・大高, 2009). 栃木県にある「なかがわ水遊園」の堀 彰一 郎氏は,日光市において大正時代に持ち込まれ たニホンザリガニの子孫を探すため数多くの水系 の調査を行い, 2006年10月に 一つ の水系で数個体 のザリガニ類を発見した . そして種査定の結果, ニホンザ リガニであ った ことから( JII
井 ・大高, 2009) ,これは大正時代に大正天皇のスープの食 材として運ばれたものの子孫が,約 100年ぶりに 発見された可能性が示された . なお,日光市にお いて今までのところ ,堀氏による綿密な調査にも 拘 らず,生息地は1 箇所しか発見されていない. 著者らは2007年 2 月11 日に,堀氏の紹介により 日光市の生息地を訪れて 生息地の河川 を調査し た. 生息地を乱獲から保護するために,本稿では 詳細な場所は伏せておく. この時の調査ではニホ ンザリガニが1 個体も採集できなか った ま た 本 生息地は,大正時代にはニホンザ リガニが蓄用さTadashi KAwAI & Mitsuaki S U N A G A W A : N e w
discov-ered information on the
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apanese freshwater cray-fish Cωnbaroides japonicus for Emperor Yoshihito during Taisho Eraれていた日光田母沢御用邸(川井・大高, 2009) から,
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k m 以上離れており, しかも御用邸付近 の水系と直接繋が っている様子は見当たらなかっ た 一生を淡水域で生活して移動性の低い種類 が,なぜ蓄用をしていた日光田母沢御用邸と離れ た場所に生息しているのか疑問であった. その後, 2007年 5 月29 日には堀氏により新しく m m) が採集されたが,著者等が調査を行った 2008年 2 月 1 日,そして2009年 4 月27 日, 2009年 7 月12 日 には全流程の30m
程を 2 時間程度探してもニホ ンザリガニは得られなかった. 調査方法は,ニホ ンザリガニの隠れ場所となる転石等をめくりなが らザルを用いて3名で採集を行った. しかし ,そ の 2 ヵ月後の2009年10月31 日には掘氏と著者等 2 名の計 3 名により, 15分で15個体のニホンザリガ ニが採集された . それらの個体における眼街頭胸 18.0 m m であった . また予備 的に著者の一人である) 11井が日光産の個体の遺伝 子を解析した . 途中経過であるが, 日光市のサン プルは,大正時代に持ち込まれた支? i J ji
胡産のニホ ンザリガニの遺伝子情報と は一致しなかった . 採集されたニホンザ リガニは通常,眼街頭胸 甲長18m m
程度でオスとメスは性成熟が始まる (K awai & Fitzpatrick, 2004). そして 2007年 5 月 29 日にはすべて成熟サイズに達した大型の個体が 得られ, 2009年10月31 日には成熟サイズに達する 前の個体が採集された. そして頭胸甲 長1 0 m m未 満の小型個体は見つかっていないので,少なくと も繁殖が行われているとは思えない. また,採集 された個体のサイズに偏りがあり,採集された時 とされない時の差が極端で、ある. そのため, 日光 で採集されたニホンザリガニの由来は,大正時代 に持ち込まれたものの子孫ではなく,平成時代に 断続的に放流されている可能性がある この可能4 0 「大正天皇のニホンザ リガニ」についての新知見 図1 日光市でニホンザリガこが得られた場所 (2 0 0 9 年1 0月31日撮影) 上は日光市,中は調査地の外観, 下は採集されたニホンザリガニ 性は放流した本人による自供がなければ立証はで きないので明言 はできない. しかし ,最近になっ て放流されたとの可能性 が事 実 で あ れ ば , 日 光 市におけるニホンザリガニの博物学的な価値は無 く,そればかりか希少種を生息地以外に放流する ことは保全生態学的にもモラル的にも問題の多い 行為となり許されるものではない. 川井・中島 (2005) は大正天皇へ御供膳するた めに運ばれていたニホンザリガニの名称を,公文 書を根拠に「賜蝦
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(たまわりえび) と解釈して いた しかし ,本解釈は誤りで全く日Ij の意味であ り,その名称は「たまわりえび」ではないことに 気付いた . お詫びして訂正したい. そのため,御 供膳するために運ばれていたニホンザリガニの名 称は不明となり,大正時代における史料の調査を 行い,その正確な名称を調査中である謝 辞
本調査に御理解と御協力を賜った熊木啓智氏, 弘 前 大学 教 育 学 部 の大高明史教授,北海道大学 の東 典子博士,栃木県立博物館の古野勝久氏に は深謝します. 特に日光市で生息地を発見して, そのサンプルの提供と生息地を案内していただい た,i
なかがわ水遊園J
の堀 彰一郎氏にはお礼 申し上げる . 文 献Kawai, T., & Fitzpatrick,
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r. , 2004. R edescription of C a m baroides japonicus (De H aan, 1841) (Crustacea: D ecapoda・Cambaridae) with allocation of a typelocality and month of collection of types. Proceedings ofthe Biological Society of Washington, 117: 23-43. 川井口佳史・中島 歩, 2005. 外来種ウチダザリガニ の移入とニホンザリガニの国内輸送に関する情報. Cancer, 14: 23-33 川井唯史・大 高明史, 2009 日光市で発見されたニ ホンザリガニ個体群の由来,および大正時代に北 海道から本州に持ち込まれた個体に関する宮内庁公 文書等に基づく情報. 弘前大学教育学部紀要, 101: 31-40. (川井唯 史: 稚内水産試験場 砂川光朗: 日本甲殻類学会会員)