針 刺 し 事 故 に よ る
B
型肝炎
と
その対処
監修 : 信州大学医学部内科学講座第二 教授 田中榮司 医療関係者向け日本における
針刺し事故の実態
図1 針刺し事故における受傷者の職種(比率) わが国におけるB型肝炎ウイルス(HBV)の感染者数は、 現在約100万人と推定されています。近年、B型肝炎(HB)ワク チン及び抗HBs人免疫グロブリン製剤の開発や、B型肝炎感染 防止事業の推進により、HBVキャリア※1の数は減少しています。 一方、医療従事者の針刺し事故は性的接触による感染とならん でB型肝炎の主要感染経路となっています。 全国のエイズ拠点病院(延べ1,187病院)を対象に実施された 針刺し事故調査(1996∼2003年)によると、職種別では看護師 の割合が圧倒的に高く60.0%※2(図1)、また発生状況別では リキャップ時が著しく減少し、最も高かったのが使用後廃棄容器 収容までが21%※2となっています。リキャップ禁止の徹底がすす んでいると推察されます(図2)。 1 ※1:HBVキャリア:B型肝炎ウイルス持続感染者 ※2:2002∼2003年集計 看護師 0 10 20 30 40 50 60 70(%) その他 医学生 看護学生 検査技師 看護助手 医師 5.6% 64.6% 60.0% 2.8% 2.0% 2.4% 2.4% 0.4% 0.1% 0.3% 0.5% 3.8% 25.6% 29.3% 1996∼2001(n=23,101) 2002∼2003(n=6,814)木戸内清 : 職業感染制御研究会編 職業感染防止のための安全対策製品カタログ集; 8-11, 2006. 図2 針刺し事故における事故発生状況
針刺し事故による
B型肝炎発症の頻度
針刺し事故によるHBVの感染には、血液への接触の程度 と血液中のHBe抗原の存在が関与します。HBs抗原が陽性 でHBe抗原が陰性の感染源血による針刺し事故の場合、血清 学 的 陽 性 率 は23∼37%、臨 床 的 な 肝 炎 発 症 率 は1∼6% に とどまります1)。しかし、HBs抗原とHBe抗原がともに陽性の 感 染 源 血 の 場 合、血 清 学 的 陽 性 率は37∼62%であり、肝 炎 発症率も22∼33%にまで達します。1)Warner, B. G. et al. : Ann. Intern. Med. 97, 367, 1982
*現 在、B型 肝 炎 の 診 断では血 清 中 のHBs抗 原、HBe抗 原・抗 体が主に感 染 の 指標とされています。 HBs抗原(+): 現在B型肝炎に感染している HBe抗原(+): 体内にB型肝炎ウイルスが多量に存在し、他の人に感染させる 可能性がある HBe抗体(+): B型肝炎ウイルスが減少し、感染力が低下している 2 (%) 0 5 10 15 20 25 使用後廃棄容器収容まで 使用中 リキャップ時 廃棄容器関連 数段階の処置中 器材の分解時 管・ゴムへの注入/抜針 再使用のための操作中 使用前 1996∼2001(n=22,857) 2002∼2003(n=6,526) 24 21 20 20 23 16 6 10 11 9 10 3 3 3 3 3 2 1 その他 4 8
ワクチンによる
B型肝炎の予防
図3 HBワクチンの接種スケジュール B型肝炎はワクチンが開発され、感染予防が可能となりました。 ワクチンの接種スケジュールは、感染予防、針刺し事故時、 母子感染予防など目的によって異なります(図3)。一般の感染 予防が目的の場合、成人には0.5mL(10μg)を0、1、6ヵ月後の 3回、皮 下または筋 肉 内 注 射します。一 方、針 刺し事 故 時で 感染源血がHBs抗原陽性かつHBe抗原陽性の場合、0.5mL (10μg)を事故後7日以内に皮下または筋肉内注射し、さらに 初 回 投 与 の1 ヵ月 後 と3∼6 ヵ月 後 に も 注 射しま す。な お、 予防的なHBワクチン接種によるHBs抗体陽性者であっても、 抗体価が100mIU/mL未満であれば1回のみ追加接種します。 3 (カ月) 0 1 2 3 4 5 6 HBワクチン (カ月) 0 1 2 3 4 5 6 ( )内は、母親がHBe抗原陰性のときは省略できる。 HBワクチン HBIG (カ月) ( ) 0 1 2 3 4 5 6 (▲) HBs抗原検査 ▲ HBs抗原/抗体検査 HBワクチン HBIG 一般の予防法 針刺し事故時 母子感染予防(母親がHBs抗原陽性時) ※製剤により承認の効能・効果が異なる場合がありますので、使用に際しては、各社 製剤の製品添付文書をご参照ください。 HBワクチン : 沈降B型肝炎ワクチン HBIG : 抗HBs人免疫グロブリン B型肝炎・院内感染防止のためのポイント 厚生省保健医療局感染症対策室監修 ウイルス肝炎 研究財団発行1988 肝炎研究連絡協議会予防研究班報告 飯野四郎班長 昭和59年度針刺し事故を
起こしたら
針刺し事故が発生したときは、直ちに血液を絞り出しながら 流水(または石鹸併用)で傷口を十分に洗浄し、ポビドンヨード (イソジン液)や次亜塩素酸ナトリウム液で消毒します。また、 速やかに院内感染対策委員会の責任者に連絡し指示に従い ます。 患者が特定できる場合、HBs抗原・HBe抗原(およびHCV 抗体、HIV抗体)を検査、また、事故者のHBs抗原・抗体を検査 します。検査は原則として、患者や事故者の同意を得て行い ます。患者の同意が得られない場合や感染源が特定できない 場合は、B型肝炎発症のリスクを考慮し対処することが望まれ ます。また、患者がHBVキャリアであった場合は、B型肝炎感染 予防対策をします(次ページ参照)。 4 緊急対策のまとめ 血液を絞り出しながら流水(または石鹸併用)で 傷口を洗浄。 ポビドンヨードや次亜塩素酸ナトリウム液で消毒。 院内感染対策委員会の責任者に連絡。 患者のHBs抗原・HBe抗原(およびHCV抗体、 HIV抗体)の検査。 事故者のHBs抗原・抗体の検査。 B型肝炎感染予防対策(患者がHBVキャリアで あった場合)。(次ページ参照)Q & A
7Q2
A2
Q1
A1
Q3
A3
B型肝炎予防対策で
どれくらい感染予防できますか?
事故者がHBs抗原・抗体がともに陰性の場合、抗HBs 人免疫グロブリン製剤の投与で75%程度の感染予防 効果が報告されています1)。また、HBワクチンを併用 することにより、90%以上の感染予防効果が期待でき ます。1)U. S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposure to HBV, HCV, and HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR, 50(No.RR-11), 2001
針刺し事故を起こしたときの
HBワクチン接種は
いつ行ったらよいのですか?
事故発生からなるべく早く、できれば抗HBs人免疫 グロブリン製剤の投与と同時期に行う必要があります。 その後、1ヵ月後と3ヵ月後にも接種してください(3ペ ージ参照)。HBワクチンを接種していれば、
抗HBs人免疫グロブリン製剤を
投与する必要はありませんか?
HBワクチンを接種していても、HBs抗体が獲得され て いるとは限りませ ん。HBs抗 体 が 陽 性 で あ れば 必要ありませんが、陰性であれば抗HBs人免疫グロブ リン製剤の投与や再度のワクチン接種が必要です (3、5、6ページ参照)。8
Q6
A6
Q5
A5
Q4
A4
抗HBs人免疫グロブリン製剤は
いつ投与したらよいのですか?
針刺し事故からなるべく早く、遅くとも48時間以内に 投与します(3、5、6ページ参照)。抗HBs人免疫グロブリン製剤を
投与してはいけないのは、
どのようなケースですか?
HBs抗原陽性者(肝移植施行患者を除く)や抗HBs 人免疫グロブリン製剤に対してショックの既往のある 人には禁忌となっています。また、人免疫グロブリン製 剤の成分に過敏症のある人も原則禁忌です。抗HBs人免疫グロブリン製剤を
投与する場合の保険給付上の
注意はありますか?
「HBs抗原陽性血液の汚染事故後のB型肝炎発症予防」 の目的で使用した場合の保険給付については、下記 のとおりで あるの で、そ の 取 扱 いにつ い ては十 分 ご留意ください。 適用範囲 1 . 負傷し、HBウイルス感染の危険が極めて 高いと判断され、縫合、消毒、洗浄等の処置 及び本製剤の注射が行われた場合 2. 既存の負傷にHBs抗原陽性血液が付着し、 HBウイルス感 染 の 危 険 が 極めて 高 いと 判断され、縫合、消毒、洗浄等の処置及び本 製剤の注射が行われた場合 労災保険 適 用 健康保険 等 適 用 労災保険 適 用 健康保険 等 適 用 汚染の原因 業務上 業務外主な治療薬一覧
9 *HBs抗原陽性血液の汚染事故後のB型肝炎発症予防の用法・用量。その他のB型肝炎予防、 詳細については、各社製剤の製品添付文書をご参照ください。 乾燥抗HBs人免疫 グロブリン ヘブスブリン筋注用 乾燥HB グロブリン-ニチヤク 日本製薬/武田 商品名 製造販売元・販売 日本血液製剤機構/ 田辺三菱製薬 抗HBs人免疫 グロブリン ヘパトセーラ 抗HBs人免疫 グロブリン「日赤」 日本血液製剤機構/ 日本赤十字 化血研/アステラス ヘプタバックス-Ⅱ MSD 組換え沈降B型肝炎 ワクチン ビームゲン 化血研/アステラス ポリエチレン グリコール処理 抗HBs人免疫 グロブリン ヘブスブリン IH静注 日本血液製剤機構/ 田辺三菱製薬10 母子感染予防時の用法・用量はこれとは異なる(3ページを参照)。 注射用 200単位(1mL) 1,000単位(5mL) 剤形・容量 用法・用量* 注射用 200単位(1mL) 1,000単位(5mL) 注射用 10μg(0.5mL) 注射用 5μg(0.25mL) 10μg(0.5mL) ・ 1回5∼10mL(1,000∼2,000単位)を筋注 ・ 小児は0.16∼0.24mL(32∼48単位)/kg体重 ・ 事故発生後7日以内に投与 (48時間以内が望ましい) 注射用 1,000単位(5mL) ・ 点滴静注または極めて緩徐に静注 ・ 1回5∼10mL(1,000∼2,000単位) ・ 小児は0.16∼0.24mL(32∼48単位)/kg体重 ・ 事故発生後7日以内に投与 (48時間以内が望ましい) HBs抗原陽性でかつHBe抗原陽性の血液に よる汚染事故後のB型肝炎発症予防(抗HBs 人免疫グロブリンとの併用) : ・ 0.5mLを1回、事故発生後7日以内に皮下注 または筋注、さらに0.5mLずつ初回投与の 1ヵ月後と3∼6 ヵ月後に注射 ・ 10歳未満は0.25mLずつ同様の投与間隔で 皮下注射 ・ 能動的HBs抗体が獲得されていない場合は 追加注射 (抜粋)
HBG-303B-2012年10月作成(D)