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窒息「死」の時間的観察について : 窒息の研究補遣

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1 〔原 著〕 (東京女医大誌第27巻第4号頁167 170昭和32年4月)

窒息「死」の時間的観察について

窒息の研究補遣

東京女子医科大学法医学教室(主任吉成京子教授) 酒 サカ 猪 イノ 井 イ 熊 クマ 節 セツ テ 子 コ イ

(受付 昭和32年2月6FT)

緒 言 ひと又は動物の生死の限界を正確に決定するこ とはむつかしい。死とは生活体のすべての生理機 能の停止を意味する。然し死に際して各生理機能 が全身同時に停止するものではない。臨床的には 呼吸運動の停止と,体液循環の停止とをもって死 を判ずる。しかし此の際,仮死と真死との鑑別が 必要である。 私共は多くの実験に接し,臨床的診断において も,呼吸運動停止による死までの時間と循環停止 による死までの時聞との聞にかなり大なる差異を 認めて来た。そこで今回可及的簡便にして実用的 なる死の診断法をいくつか採用して,動物実験に 際して之等の意味する価値判断を再検討する意図 のもとに本実験を行った次第である。

実験方法

動物は2kg前後雄ウサギを使用した。 動物を致死せしめる手段はすべて気管閉塞窒息であ る。即ち露出せる気管を直接コッヘル氏鉗子で閉塞し た。しかして窒息開始より, (1)触診による脈搏停止までの時聞 (2)聴診による心者停止までの時間 〔3)キモグラム上呼吸曲線が運動を描記し得なくなる までの時開 ㈲ キモグラム上頸動脈圧曲線が水銀柱位0を示すま での時聞 ㈲ キモグラム上生野内心尖部運動(直接懸垂法)曲 線が消失するまでの時間 ω 心尖部運動が視診(開胸により)によって消失す るまでの時間を測定した。 ㈲㈲㈲はいずれも観血的に直接タンブーノレ,水銀マ ノメーター,桓秤にそれぞれ変化を誘導し,各書積を キモグラフイオン装置一しの一枚の煤紙に導いて変化曲 線を描記せしめた。

実験成績

キモグラム,第1表,第2表 キモグラム上の呼吸,血圧,心尖搏動の変化及 び相互間の関係は慨略次の様である。 窒息開始と共に」血圧は薯明な動揺を示したが心 臓搏動はやや前駆期を示すことが多い。 吸気性呼吸困難期並に殊に呼気性呼吸困難期に おいては血圧,呼吸,心臓搏動は極めて激烈な運 動を示した。それは又窒息痙攣の強度とも関係を 示すものの様である。末期前呼吸停止期の後半よ り血圧は急速に下降を始め,心臓搏動は,比較的 規則的な搏動を示す様になる。3曲線の内最も始 めに変化を描記しなくなるのは呼吸曲線で第1表 の如くである。即ち平均262.3秒,ついで.血圧曲 線で平均353.4秒,心臓搏動は,呼吸停止より約 300秒,血圧廃絶より200秒前後猶活澄!な搏動を続 け,その後においては次第に運動の速度と頻度と を減じた。呼吸停止までの時闇並びに血圧廃絶ま

Setsuko SAKAI and Tei INOKUMA (Department of Legal Medicine, Tokyo Women’s Medical

Co11ege):Supple皿entary studies on asphyxia;observations on the time of functional cessation of the heart and lungs by asphyxia.

(2)

2 呼吸曲線 血圧曲線 心尖搏動 第1図 窒息経過中における呼吸,血圧,心尖搏動の変化 第1表 キモグラムによる死までの時聞

一掛声停止・例畷停止・秒・i証廃絶剛㈱塑騨些

z 2 3 4 5 6 7 1..eso ユ296 1152 966 1146 1230 846 236 306 246 214 342 28cQ, 204 3・.7.e 366 336 354 408 426 264 平均1 1102・ 3 262. 3 35e・. 4 A..{76/1.00 4. 235/1. 00 4. 682/1. 00 4.. 514/1. 00 3. 351/1. 00 4.. 270/1. 00 4. 147/1. 00 4. 254/1. fLiO 心動停止/血圧廃絶 1 3. 375/1. 00 1 3. 541/L OO 1 3. 42g/i. oo 1 2. 729f!. OO 1’ E 2. 809fl. OO ?“ ,gs7/i. oo I I 3. 205/1. 00 .O,.139/1. Oo 第2表 臨床的心動停止時聞とキモグラム心動停止時論との関係(秒)

N・1触診「lll磁診視診盛磁1企壁蒜繕璽.1志読1趣診

1 2 3 4 5 6 7 220 20rs 212 276 221 241 245 平均 23&61 308 346 333 305 299 319 321 1.2.85 15n48 1412 1452 1266 1434 1212 318. 3 1387.1 i 4・ 632−/1・ oo 3.5?4/1.00 i’狽煤C1i」’;ll.?一i}Jbl一,一fiJ−R.£一,. ii −j O.77g/l. oo I o.s37fl. oo I O. 8 16fl. OO l O. 665・ /1. eO I O. 905/1. 00 0. 8J・ 8/ L OO 1 0. 698/1. 00 i O. 794/1. 00 での時間に対する躍動停止P寺聞の比率は第1表に 示した。平均して前者は4.254,後者は3.139であ った。第2表は触診による脈搏停止,聴診による 心音停止時聞並びに開胸して視診による心動停止 時闇の個々と,之等に対するキモグラム上の図題 停止時間との比率を示したものである。平均値に ついて見ると触診による心懸停止聴聞は238.6秒, 聴診による心音停止潮騒318. 3秒で之等に対する キモグラム心三遍1田寺間の比は前者4.632,後者 3.524である。 以上を通して見ると窒息開始より死亡までの時 聞を各種の方法で測定したが最も短いものから長 いものへの順序を示せば脈搏による238.6秒,呼 吸停止による262.3秒,聴診による心音停止まで の318.3秒,キモグラム.血圧廃絶までの353・4秒・ キモグラム心尖躍動停止までの1102.3秒,直接視 診による心搏動停止までの1397.1秒であった。勿 論観察時圏の長いもの程,真死に近い死亡までの 時間として価値があるわけである。しかして之等 の測定方法の相異によって現われたそれぞれ死亡 までの時闇の弟が極めて大きいことも’肯けるので ある。 一 168 ・一

(3)

3 考 察 私共は殊に窒息の実験においてその病態生理に 関して各種の観察を行って来た。動物の気道を閉 塞して以来,生体内におこる各種の変化を機能的 に,生化学的に襯測を行う場合その概測はどこま で継続されるべきであろうか,叉どこで観測が打 切られるべきであろうか,しばしば考えさせられ て来たところである。1874年にフランスにおい て,”どんな田舎においても出来る様な死の確認 方法”が懸賞付で募集されたが結局入選の該当者 なしに終ったという(Paul Chanchard 1952)。小 南(1939)によれば死の最初の徴候は心臓,肺呼汲 の停止であるけれども,通常死の診定をなすには 15分以上肺心の停止を見,身休各部における反射 運動の休止及び意識の完全な消:二等によるもので あって,死後直ちに筋肉が弛緩するもその電気興 奮性は備2∼4時間も存在し,絶息後の各臓器の 生存時間は脳及神経7∼12分,心筋10∼20分,骨 格筋2∼4時間,胃腸壁10時聞,軟骨10∼24時闇, 骨20∼70時閤,精虫及び表皮は数日である。した がって生死の限界を正確に決定することは困難な る所以であると述べている。 即ち一口に云う死とは”死へ近づく状態”を意 味するものであろうか,又”死への進行”を意味 するものであろうか,又は”死そのもの「tを意味 するのであろうか。 高等動物において:重要なる臓器の一時的機能停 止は長期に及べば”死”の原因となるばかりでな く,それ自休が”死T!であり得ることもある。し かし”死’からの回復も充分行い得るのである。 私共は今回動物の気道を閉塞した。そして呼吸 機能の廃絶,頸動脈二二の触知不可能な点,心音 停止,血圧廃絶を確認したにもかかわらず,猶心 臓の動きが続行されていることを認めた。しかし 此の時気道を開放したにもかかわらず回復の徴候 を遂にみとめなかった。 即ちかかる状態は明らかに”死への進行”を意 味する徴候であると同時に”死”である。 次に呼吸機能が停止せる時,頸動脈脈搏は辛う じて触知し得るか叉は停止せるときである。かか る時一疽旺は20∼40mmHg前後を保ち心臓の機能 は猶活譲にみとめられた。しかし気道開放によっ ては回復はみとめられなかった。即ち呼吸機能の みが廃絶し循環.機能は完全に廃絶するに至らない 時期においても,すでに”死へ近づく状態”は始 まっており,”死への進行「tもすでに開始されて 居ると考えられる。即ち”死「「でもあり得る。 浅田(1941)によれば,呼吸がとまり,脈がとま り,筋の緊張がなく全身皮膚が蒼白となる等の徴 候は,まだ仮死の徴候であって,真死の徴候とは 死斑,、硬直,革皮様化の3であると述べている。 更に末期呼吸停止後心臓は猶1∼2時闇幽かに動 いている闇は仮死の状態であって適切なる処置に よって蘇生し得る筈であると述べている。 高等動物の生は体内各器官の機能的有機的統一 により全うされ,保証されていると解される。し たがって動物の死は個々の重要臓器の代償不能性 機能破綻によってすでに開始され,体内全器官の 機能停止,細胞の生活力喪:失によって終止するも のと考えられる。したがって今回とりあげた脈搏 触知停止,心音惇止,呼吸停止,血圧廃絶,心臓 運動絶止,すべてが死を意味する。しかし実験に 当って観察二歩が長きに亘れば,わたる程「「真死「「 に近づくことは云うまでもない。気道を閉塞して 窒息せしあるとき,之を開放しても最早や生をと りもどし得なくなった時を”死の開始”と考える ならば本実験の結果からは呼吸停止以後である。 即ち気管閉塞後4∼5分以後である。しかし古い 記載に処刑死において心音を最早や聞かなくなっ てから回復した例がある。(Brouardel 1897)。 ま と め 窒息の病態生理を研究しつつ,各種の観測を窒 息開始後どこまで継続すべきかを再検討する為, 実用的簡便なる診断:法を二,三とりあげて,窒息 死までの時闇を比較検討した。 先づ頸動脈触診による脈搏停止までの時聞,胸 壁より聴診して心音停止までの時間,呼吸運動停 止までの時間,血圧廃絶までの時間,キモグラム に心尖搏動曲線が描画し得なくなるまでの時間, つづいて視診において心尖搏動が停止するまでの 時貸を夫々測定したところ,脈搏停止までの時聞 と呼吸停止時問とは略近似して最短を示し,心音 停止時間と一血圧廃絶時間とはやや近似してやや遅 延した。心動停止までの時聞は之等の機能上の死 までの時問に比較すると極めて永い。しかして以 上のいつれのtt死の判定時間”においても,気道 開放のみによっては最早や生への回復は望みがな かった。したがって窒息開始後最少4分をもつて 一一一 169 一

(4)

4 窒息死と診断することが可能であることをみとめ た。しかし観測時間が長い程真死に近いことは云 うまでもない。したがってウサギの急性窒息の機 能的死は,本実験の結果から気道閉塞より4分前 後に開始して25分前後に終止するものと考えられ る。 終りに臨んで終始御懇篤なる御指導と御校閲とを賜 った恩師吉成京子教授に心からの謝意を捧げます。 主要文献

1) Chanchard, P. : La Mort, Collection QUE

SAIS−JE. No. 236 (1952)

2)小南叉一耶:実用法医学,p.289(昭19) 3)浅田 一=法医学(昭21)

4) Brouardel, P.: La Pendaison (1897)

参照

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