関 根 孝
*シェアリング・エコノミーとマーケティング
はじめに Ⅰ シェアリング・エコノミーの概念 Ⅱ シェアリング・エコノミーとマーケティング論 (1)マーケティング・イノベーション (2)ブランド管理 (3)顧客体験の管理 (4)価値獲得プロセス Ⅲ プロシューマーの概念 おわりに―シェアリング・マーケティング試論 はじめに シェアリング・エコノミーの嚆矢は,2008年に始 まった泊まる場所を探す旅行者と,空き家・空き部屋 を貸したい人をつなぐオンライン・サービスを提供す るエアビーアンドビー(Airbnb)と言われるが,その 後様々な分野や対象としたサービスが登場し,主にシ リコンバレーを起点にグローバルに成長してきた。ロ ンドンに本拠を置くコンサルティング企業のプライス ウォーターハウスクーパース(PricewaterhouseCoop ers, PwC)によると,金融,人材,宿泊施設,自動 車,音楽・ビデオ配信の5分野でみて,2013年に約 150億ドルの市場規模が2025年には約3,350億ドル規模 に成長する見込みである1)。因みにエアビーアンド ビーのHPを閲覧すると,同社は現在,リスティング がある国の数は191カ国,世界の宿泊先の数は600万 件,通算ゲスト数は5億人に達する。 急速に拡大しつつあるシェアリング・エコノミー は,マーケティング論にどのような影響を及ぼし,変 更を迫るのだろうか。本論の目的は,エックハルト/ ヒューストン/ジャン/ランバートン/リンドフライ シ/ザーヴァス(Eckhardt, Houston, Jiang, Lamber ton, Rindfleisch, and Zervas)[2019]の論文「シェア リング・エコノミーにおけるマーケティング」(Mar keting in the Sharing Economy)を紹介し,マーケ ティングの新しい研究方向を探ることにある。れる所以はここにある。第5に,ブラブラカーやウー バーのような典型的なシェアリング・エコノミーの存 在では,供給は多数の個々の消費者からクラウドソー スされる。ブラブラカーやウーバーのドライバーは時 間と資産をプールし,総供給を構成する。 彼らは,シェアリング・エコノミーの存在特有では ないが,さらにふたつの特徴をもつ,と考える。評価 システムへの信頼と資産供給者と顧客との間のピア ツーピア交換である。ウーバーは現在では自己所有の 車も提供されているが,そもそもピアツーピアに基づ く資産によってカーシェアが行われていた。しかし, 評価システムとピアツーピア移転に必ずしも強く依存 していても,シェアリング・エコノミーとは言えな い。イーベイ(eBay)は,このふたつの特徴は備え 表 1 シェアリング・エコノミーの定義 出所 シェアリング・エコノミーの定義 Lessig(2008) 所有権の移転が起こらないで,仲介される市場になるかもしれない取引。
Bardhi and Eckhardt(2012) 商品を所有しないで,資産のシェアリング,交換,レンタルによりなされる共同消費。 Lamberton and Rose(2012)
所有しないで製品のベネフィットを享受する機会を顧客に提供するマーケターが管理 するシステム。重要なのは,このシステムはシェアされる製品の供給に制限があり, 顧客間にライバル関係があることである。 Botsman(2013) 金銭的,非金銭的ベネフィットを求めてスペースからスキル,スタッフに至る未利用 の資産のシェアに基づく経済モデル。 Heinrichs(2013) 商品,サービス,データ,人材のシェア・アクセスを可能にする経済的,社会的シス テム。これらのシステムには多様な企業だけでなく,製品やサービスの過剰能力を流 通させ,シェアし,再利用を可能にする情報をもつ個人,企業,非営利,政府の能力 を高める梃子としてのすべての情報技術を含む。 Stephany(2015) 未利用の資産における価値によるコミュニティにオンラインでアクセス可能にし,所有の必要性を減じる。 Kathan, Matzler and Veider(2016) シェアリング・エコノミー現象は,金銭,スペース,時間などの物資や無形財の非所有,一時的アクセス,再流通が特徴である。 Sundararajan(2016)
シェアリング・エコノミーは次の5つの特徴をもつ経済システムである。大部分は市 場がベース,高いインパクトをもつ資本,クラウドベースのネットワーク,個人と専 門家の境界が曖昧,フル雇用と一時雇用の線引きが不鮮明。
Puschmann and Rainer(2016)
消費が単一部品に分解される物資やサービスの利用。これらの部品は,コミュニ ティ・ベースのオンライン・サービスやB2Cモデルの仲介者により調整されたC2 Cネットワークで共同消費される。
Habibi, Kim, and Laroche(2016) 無料あるいは有料で,通常はインターネットによって,資産やサービスが,個々人間でシェアされる経済システム。 Hamari, Sjoklint, and Ukkonen(2016) 商品やサービスにアクセスしたり,与えたり,シェアするP2P活動で,コミュニティ・ベースのオンライン・サービスで調整される。 Frenken and Schor(2017) 消費者が相互に,未利用の物的資産(能力)の一時的アクセスを認める。
Narasimhan et al.(2018) かつては,通常,売手の特権だったサービス提供を消費者が行うようになった最近の現象。 Arvidsson (2018) 直接的には市場取引にはなりにくい共通の資産に…構築された新しい経済行為の場。 Perren and Kozinets(2018) 対等に位置づけされた経済的行為者のネットワーク間の交換活動を促進する,仲介技術に基づいたプラットフォームを通じて形成される市場。 Eckhardt et al.(2019)
規模の拡大に対応できる社会経済システムであり,テクノロジーが可能にしたプラッ トフォームを用い,使用者にクラウドソースされた有形無形の資産に対して一時的ア クセスを提供するもの。
でもエアビーアンドビーは,世界のトップ5のホテル を合わせた数よりも多い客室在庫を抱え,1晩の宿泊 者数は米ヒルトン,マリオット両グループの合計より も多い。すでに業界のリーダーだ。消費者の視点から いえば,シェアリング・エコノミーが持つ可能性の大 半が,交通と宿泊の分野で示された」。「シェアリン グ・エコノミーは,今後20年間は成長を続ける。ただ 産業構造を丸ごと入れ替えることにはならないだろ う。伝統的なものとシェアリング・エコノミーの経済 モデルは共存する。最も先進的な国々においては,こ の共存により,GDPの健全な2桁成長が実現するだ ろう」。 実際エアビーアンドビーのHPをみると,「泊まる 場所を探す旅行者と,空き家・空き部屋を貸したい人 をつなぐオンライン・サービス」と銘打ち,リスティ ングがある国の数は191カ国,世界の宿泊先の数は600 万件,通算ゲスト数は5億人に達する(2020年2月28 日閲覧)。 それでは,交通と宿泊以外の分野ではどうなのであ ろうか。そこでより広い産業分野を視野に入れなが ら,次にこれらの重要なシェアリング・エコノミーの 発展が伝統的なマーケティング論に及ぼす影響をみて みよう。 Ⅱ シェアリング・エコノミーとマーケティング論
第2に,ユーザーの資産供給者との相互作用は,ど のようにシェアリング・プラットフォームの顧客経験 に影響を及ぼすのか。伝統的市場文脈では,顧客はウ エイター,理容師,歯医者のようなサービス供給者と 強い人的関係性を結ぶかもしれない。しかし,マッチ ングのアルゴリズムとシェアリング・プラットフォー ム両サイドの多数の参加者を勘案すると,ユーザーが ある供給者と繰り返し相互作用して親密な人的関係性 を確立することはなさそうである。特定供給者との出 会いの影響は,シェアリング・プラットフォームでは 伝統的企業と比べると軽微であり,カストマー・ ジャーニーとともに顧客との関係性も変化する。特定 のプラットフォームのユーザー間の関係ではなく, ユーザーが資産提供者との関係や複数のプラット フォーム全体的評価を考察する必要がある。 第3に,ユーザーはどのように自らの消費ジャー ニーに沿って,プラットフォームおよび個々の供給者 双方との相互作用の評価を統合するのか。ユーザーの 意思決定を洞察し,シェアリング・プラットフォーム の顧客経験を最適化するメカニズムをマッチングさせ る問題を見分けるには,機械学習や人工知能技法など が役立ちそうである,と提案している。 2 カストマー・ジャーニーと顧客体験の概念 エックハルトらは議論に対するコメントをする前に カストマー・ジャーニーと顧客体験の概念を明らかに する必要がある。 彼らが指摘するように,マルチチャネルが普及する 以前からカストマー・ジャーニーの概念はあった。し かしデジタル技術が急速に発展し,顧客は利用可能な 手段と情報によって専門的力をもつようになり,検討 から購買に至る意思決定の旅も大きく変化した。企業 にとっては,顧客がどのようなタッチポイントを通じ て商品やサービスを認知し,理解し,好感をもって購 入の意思決定をしたのかという「カストマー・ジャー ニー」のマネジメントはますます重要になってい る23)。 ボストン大学教授のレモンとオランダのフローニン ゲン大学ビジネススクール教授のバーホフ(Lemon and Verhoef)[2016]によれば,「顧客体験とは多面 的構造をもち,カストマー・ジャーニー全体を通じて の,企業の提供物に対する顧客の認知的,感情的,行 動的,感覚的,社会的反応に焦点を当てた概念であ る」と定義し,「顧客経験はカストマー・ジャーニー 全体でみるのではなく,購入前,購入時,購入後の3 つの局面で検討すべきである。それぞれの時点には, 次の4つのタッチポイントが含まれ,単にメディアや 広告の文献で用いられるよりずっと広い」と述べてい る24)。 ①ブランドによるタッチポイント…広告,ウエッブサ イト,ロイヤリティ・プログラム,および製品属 性・パッケージング・サービス・価格・便宜性・
出所)Lemon and Verhoef[2016]図1(p.77)から作成。
り,どうすれば自分たちの提供物を最良に市場化でき るのかについて判断を行うプロシューマーに依存する ようになるので,マーケティング研究者は,プロ シューマーの役割に特に注意を払う必要がある。明ら かに一部のプロシューマーは,ゆたかなネットワーク を通じて価値を獲得し,技術を使いこなし,「顧客」 と関係性を結ぶための情緒的,認識的,財務的資産を もっているが,他方ではより孤立的で,シェアリン グ・プラットフォームをあまり効果的に使うことがで きないプロシューマーも存在する,と考えられる。 第2の問は,シェアリング・エコノミーはどのよう に伝統的企業の価値獲得に影響するのか。伝統的企業 は,シェアリング・プラットフォームからの競争上の 脅威に直面するとともに,顧客もプロシューマーとし て自分が使わない期間に提供物を貸すことができるの で潜在的競争者になる。シェアリングの代替案が存在 する製品やサービス分野では,プラットフォームが顧 客選択における販売価格の主導的役割を果たすので, プラットフォームと同じような提供物分野の伝統的企 業はかなり打撃を受ける。シェアリング・エコノミー の興隆は,伝統的企業には新しい手強い競争者の出現 を意味する。そこでは,競争はライバルのプラット フォーム,伝統的企業,プロシューマーなどは多様な バリュチェーンの形態やコスト構造をとるので,競争 優位の判断を行うことが難しい。 第3は,伝統的企業はどのようにシェアリング・プ ラットフォームの勃興に対応すべきなのか。たとえば ウーバーとリフトは,タクシー業界に前例にない競争 をもたらし,エアビーアンドビー(Airbnb)が低価格 を設定することによって安価なホテルの収入低下を招 いている。シェアリング・プラットフォームの伝統的 企業への影響とその反応は,タクシーと宿泊業双方に おける産業の立ち位置とともに,製品やサービスの特 徴によって大きく異なることが想定される。提供物の 特質と,供給者,プラットフォーム,伝統的企業の競 争的状況を説明するコンテンジェンシーの視角は,あ る種の洞察を与えるかもしれない,と指摘する。 2 伝統的企業とプラットフォーマー エックハルトらに対するコメントの第1は,伝統的 企業と何かということである。家電量販店のヨドバシ カメラでは,1998年から自社のプラットフォームを開 設しインターネット・ショッピングを開始し,現在は 「ヨドバシ・ドット・コム」として運営されている。 全国に配送センターを整備しておよそ600万品目を保 管し,EC売上の9割以上の即納体制を確立し,また 東京都23区全域および武蔵野市・三鷹市・調布市・狛 江市の一部地域を対象に,「ヨドバシエクストリーム」 サービスによる自社配送を開始,2時間30分以内で配 達できる体制を整えている30)。こうしたオムニチャネ ル・マーケティングの企業はどちらに分類されるのだ ろうか。逆に言えば,プラットフォームとかかわりを
レント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)
12)エヴァンスとシュマレンジー[2018]32-41頁。 13)モザド/ジョンソン[2018]32-75頁。
14)ヨフィー,デービッド[2019]82-83頁。 15)山本龍彦[2020]。
16)Fournier and Lee[2009]p.30. 17)Muñiz and O’Guinn[2001]p.412. 18)Alessandro and Caliandro[2015]p.727. 19)アーカー[1994]9-10頁。
20)梶原勝美[2016]23-58頁。
21)日本経済新聞(2002年1月7日付)。 22)朝里 久[2020]105頁。
23)Edelman and Singer[2015]p.88. 24)Lemon and Verhoef[2016]pp.71-78.
25)オムニチャネルについては,関根 孝[2020]156-162頁, を参照。
26)若林直樹[2019]。
27)AMAのHP(2020年4月20日閲覧)。 28)Kotler and Keller[2016]pp.723-737. 29)Devinney et al.[2010] . 30)関根 孝/趙 時英[2019]10-16頁。 31)Eckhardt et al.[2019]p.5. 32)Sundararajan[2016]pp.26-30. 33)日本経済新聞(2019年12月16日付)。 34)日本経済新聞(2017年11月9日付)。 35)トフラー[1980]386頁,395頁。 36)トフラー/田中直毅[2007]72-73頁。 37)Ritzer and Jurgenson[2010]p.13. 38)ラッシュ/バーゴ[2016]169-171頁。 39)日本経済新聞(2020年5月9日付)。 40)McNair, M.P.[1968]p.2.
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