EUの外交・安全保障政策(CFSP)とその正当性
著者 辰巳 浅嗣
雑誌名 同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー
巻 10
ページ 80‑84
発行年 2009‑03‑31
権利 同志社大学ワールドワイドビジネス研究センター
URL http://doi.org/10.14988/re.2017.0000015946
《分科会1 EUの政治的基盤》
EU の外交・安全保障政策(CFSP)とその正当性
辰巳 浅嗣
(阪南大学国際コミュニケーション学部教授)
1.EU
の外交・安全保障政策の発展
冷戦終焉とほぼ同時に起こった湾岸危機(1990年8月〜91年2月)は,EUの危機対応能 力の不十分さを露呈し,欧州委員会委員長ジャック・ドロールは遺憾の意を表明した。理事会 議長国ルクセンブルクのポース外相は,「共通防衛政策なしに共通外交政策を持つことはでき ない」と評した。続く旧ユーゴ紛争(1991年6月〜95年12月)では,EUは和平会議の議長 を務めるなど,ある程度役割を果たしたものの,最終的に解決に導いたのはNATO の空爆で あり,アメリカを初めとする主要国によるコンタクト・グループの交渉能力に負うものであっ た。これらの事実は,当時加盟国政府間で交渉中のマーストリヒト条約に多大の影響を与え た。同条約は初めて外交・安全保障の領域がEUの共通政策の対象であることを明記し,一定 の事項については加盟国に対する拘束力を持つことになった。但し,マーストリヒト条約は防 衛政策および共通防衛は将来の可能性として扱うにとどまり,西欧同盟(WEU)の位置づけ についても,欧州独自防衛を主張し,西欧同盟(WEU)をEUの防衛手段とすることを望む 独仏などと,NATOとの協調を優先するイギリスとの間に立って,その位置づけは曖昧なも のとなった。
その後アムステルダム条約(99年5月発効)は欧州安全保障・防衛アイデンティティー
(ESDI)を確立し,危機管理を中心とする「ペーターズバークに任務」を明示した。またCFSP の推進役として上級代表の職を設け,ハビエル・ソラナを任命した。98年10月ペルチャッハ の欧州理事会において,イギリスのトニー・ブレア首相が,コソボ紛争でのEUの貢献度が少 ないことに悲憤し,欧州安全保障・防衛に関する討議の開始を提言した。これに続く英仏首脳 会議(98. 12)ではサン・マロ宣言を公表し,情報分析・作戦策定など軍事行動の遂行に必要 な権限を EUに付与することを提言した。99年4月,その場合の原則として「ベルリン・プ ラス」が公表され,EUがNATO の範囲内で,その装備等を利用しながら欧州独自防衛を策 定することが合意された。ケルン欧州理事会(99. 6)を経てヘルシンキ欧州理事会では head-
line goals が示され,欧州独自の緊急対応部隊の創設が合意された。その創設に先駆けて,EU
理事会の枠内に政治安全保障委員会,軍事委員会,軍事幕僚部といった軍事機関を設置するこ ととなった。99年以降WEUの衛星センターおよび安全保障研究所はEUの所轄するところ
となり,WEUは危機管理に関する任務を事実上EUに吸収された(WEU総会などは存続。
集団防衛はWEUが担当)。ベルリン・プラスにおいて明らかなように,欧州安全保障・防衛 政策(ESDP)はNATOの役割を侵害しないことに留意しているが,それでも軍事司令部設置 問題(2003. 4)などに見られるように,米欧間には一定の緊張関係が存在することは事実で ある。
2003年以後,ヘルシンキ欧州理事会が掲げた「ヘッドライン・ゴールズ」は漸く実践の時 を迎える。同年1月から警察ミッション(EUPM)がボスニア・ヘルツェゴビナに派遣された のを皮切りに,ESDPの枠組み内で旧ユーゴ・マケドニア,グルジア,コンゴ民主共和国,イ ラク,アチェ(インドネシア),ガザ・エジプト,スーダン・ダルフール,パレスチナ,コソ ボ,アフガニスタン,ギニア・ビザウなどで非軍事的危機管理活動が展開された。それらの主 な任務は,警察,法の支配の確立,文民行政整備,文民保護などである。一方,旧ユーゴ・マ ケドニア共和国,コンゴ民主共和国,ボスニア・ヘルツェゴビナ,チャド,中央アフリカなど では,軍事的危機管理活動が展開されている。傾向としては,近年次第に軍事的色彩を強めつ つあると指摘されるが,筆者自身は,EUの安全保障・防衛の領域における活動はなお基本的 にはペーターズバークの任務の範囲内にとどまるものと考えている。
現在批准手続きが進行中のリスボン条約は,2004年10月に調印された後批准に失敗した欧 州憲法条約の改訂版と言えるが,同条約と実質的に同様の内容となっている。これによれば,
CFSP担当上級代表(欧州憲法条約では外相)は,外務理事会議長と欧州委員会副委員長を兼 任し,CFSPを実行するとともに,CFSPに関する事項について EUを代表する。上級代表の もとに同職を補佐する機関として欧州対外行動局が設置される。従来半年任期であった理事会 議長は,最長5年を任期とする常任議長によって代替され,常任議長はCFSPについてEUを 代表する。但し,上級代表の権限を侵さないものとされる。従来のESDPはCSDP(共通安全 保障・防衛政策)と名称変更される。CSDPはCFSPの一部であることが明記され,ペーター ズバークの任務は拡充され,平和構築,紛争後の安全を含む共同の武装解除活動,軍事的助言
・支援,紛争予防を含むこととなる。欧州防衛庁は,兵器開発の促進や欧州市場における防衛 装備の競争力の向上などをその目的とする。条約発効に先立ち,2004年7月から活動を開始 している。こうして法制度的にもEUの安全保障・防衛機能は整備・強化されてきた。
2.EU
の外交・安全保障政策の民主的正当性
EUは経済的利益だけでなく,「欧州的価値」を追求し,加盟申請国に対しても同じ価値の 実現を求めてきた。
マーストリヒト条約はその前文において「自由,民主主義,人権・基本的自由の尊重,法の 支配の諸原則に関する忠誠」を標榜し,アムステルダム条約は条約本文で同様のことを規定し
ている(EU条約6条)。リスボン条約は上記に加え,これらの価値が「多元主義,被差別,
寛容,公正,連帯および男女平等を特徴とする社会たる加盟国に共通する」と定め,EUの目 的として「平和,同盟の諸価値および加盟国民の幸福を促進」し,「より広い世界との関係に おいて,その価値と利益を主張・促進し,…平和,安全に寄与」することを掲げている(3 条)。
このようなEU全体の基本理念に立って,CFSP/ESDPの政策領域においても欧州的価値が 追求される。マーストリヒト条約は「同盟の共通の価値,基本的利益の擁護」,「民主主義およ び法の支配の発展と強化ならびに人権および基本的自由の尊重」(EU条約J 1条2項)を掲 げ,アムステルダム条約も同様の規定を設けている(EU条約11条)。リスボン条約は対外行 動に関する一般規定(21条1, 2項)において同様の内容を規定するとともに,「同盟は,その 対外行動のさまざまな領域ならびに同盟の他の政策の対外的側面を発展させ実施させることに おいて,1項,2項に定める原則を尊重し,目標を追求する」としている(同条3項)。リスボ ン条約は,従来確立されてきたEUの価値と理念を踏襲し,より詳細かつ精緻に規定したもの と評価しうる。先に言及したペーターズバークの任務はまさにこれらの理念を実践するもので あり,その理念は2003年以降展開されてきたESDPの諸活動の根拠をなすものと考えられ る。CFSP担当上級代表のソラナは,民族浄化,人種差別などの人権侵害に対して,世界中に おける人権の促進,擁護に寄与する責任にしばしば言及している。彼が作成し,その後ブリュ ッセル欧州理事会(2003. 12)において採択された『欧州安全保障戦略−より良い世界におけ る安全な欧州』において,ソラナは,その目指すところは「積極的かつ有能な EU」であり,
そこには次のような価値が含まれると述べている。−我々の安全を最もよく守るのは,よき統 治の行われる民主国家からなる世界である。腐敗,権力濫用に対処し,法の支配を確立し,人 権を守りながら,よき統治を拡充することは,国際秩序を強化するための最善の手段である。
このような諸価値はもちろんCFSP/ESDPのみでなく,EUの対外行動の別の領域である通商
・開発政策においても同様に適用される。例えば90年代初頭,EUはチリ,アルゼンチンな どの南米諸国との通商協定に,クーデターから脆弱な民主主義を守る目的で権利停止条項を含 むことを要求し,EU/メキシコ間のグローバル協定では,まさにその権利停止条項が盛り込 まれた。EUは通商協定にコンディショナリティの原則を確立し,自らを基本的な規範的原則 の守護者,すなわち「規範共同体」としての位置づけを築いたのである(Marcela Szymansk and Michael E. Smith, Coherence and Conditionality in European Foreign Policy : Negotiating the EU- Mexico Global Agreement ,Journal of Common Market Studies Vol. 43, No. 1, March 2005.)。
では何故EUは正当性を指向するのであろうか?まず第1に,冷戦終焉過程において,言い 換えればECからEUへの移行期において,欧州統合が経済・政治の両面において推進・強化 され,加盟諸国民間で欧州レベルの政策の進行が国家権限を制約する恐れのあるものと認識さ れたことが挙げられる。ユーロクラート,すなわち欧州委員会の権限肥大に対する警戒心は,
第2に,EUにおける「民主主義の赤字」論へと波及し, good governance を指向すべき契 機を醸成した。第3に,冷戦終焉後の中東欧諸国の民主化・自由化を支援する役割がEUに付 与され,さらにその後の加盟国拡大に伴って,EU自らおよび加盟申請国に対して共通の価値 を確認し,維持・発展させる必要が生じたものと考えられる。
もっとも,EUが規範共同体を目指すことに対して,厳しい批判の声もある。鶴岡路人は
『EUの変容とEU研究の新しい課題』田中敏郎他編「EUの国際政治」慶應義塾大学出版会,
2007年,335〜8頁。)において,「近年のEU外交に関して,要注意な側面」として,規範な いしモラル外交的側面および単独行動主義の2点を指摘している。まず規範外交の側面につい て,彼は,そこには「自らが正しく,優位性を持っているとの『当然の前提』が存在」すると 指摘する。つぎに欧州の単独行動主義に関して,京都議定書,死刑廃止問題,国際刑事裁判所
(ICC)などに対するその対応から判断して,EU外交には妥協の余地がなく,アメリカ同様単 独行動主義に陥っていると指摘する。彼は,EUは多国間組織であることから多国間主義であ るとの「誤ったイメージ」を持たれがちであるが,決してそうではないと否定する。しかしな がら,EUがブッシュ政権に見られた意味での「一国主義」ないし単独行動主義とは一線を画 し,国際協調主義に立脚していることは否めないのではなかろうか。EUが「非米」であるの は,まさにその点にある。非米を貫くことに拘泥する姿勢が単独行動主義であるとは言い難 い。域外諸国に対する死刑廃止要請に関しては,多少の強引さを感ずるものの,一定の価値観 を持つことは,国家であれ,国際組織であれ,むしろ必要な要件であろう。1970年代,南ア メリカ共和国のアパルトヘイト政策に対して国際的な非難が集中し,大きな国際世論として高 まった事実から明らかなように,それ以来国際社会は継続的に国際人権の確立,少数民族の権 利保護などの価値観の確立のために,かつてであれば内政干渉といえるような国際的行動が展 開されるにいたったのである。ある意味で,アメリカのフセイン政権打倒のためのイラク戦争 は,その象徴的な行為であったのかもしれない。
むしろ別の観点から,CFSP/ESDPについてその正当性を疑問視することは可能である。そ れは,この政策領域における機密保持の原則とEUの価値観の1つである政策の透明性の原則 との二律背反である。アムステルダム条約で導入されたEUの「共通の戦略」は当初公開原則 とされたが,ソラナはNATO情報の機密保持を念頭において,NATOからEUにもたらされ る情報をEUの内部資料とすることを提言した。理事会側は,「すべての文書が公開されれ ば,我々はNATOから機密文書を受け取れなくなる」として,若干のケースでは機密保持が 必要であることを主張したのである。これに対して欧州議会は,賛成多数で,EU市民の知る 権利および民主主義の確保の観点からECJに対して理事会を告訴する決議を行った。(拙著
『CFSP上級代表の設置とハヴィエル・ソラナの役割』同志社法学第53巻第6号,2002年2 月,442〜4頁)。
以上のように,若干の批判や課題があるにせよ,EUは今後いっそう正当性や民主的正統性
を高め,「規範共同体」としての性格と役割意識を強化するものと想定される。一定の自己規 制ないし抑制は必要であろうが,EUに限らず,理念ないし価値観の追求は国家および国際組 織にとって時代の要請に沿った発展の方向性と考えられるからである。
EU 市民と欧州公共圏
安江 則子
(立命館大学政策科学部教授)
1
欧州公共圏と市民意識
EUは,これまで「市民から遠いブリュッセル」というイメージを払拭し,欧州統合を民主 的なものとするよう様々な制度や装置を編み出してきた。欧州議会の直接選挙制度,「補完性 の原則」の導入,先進的な情報公開制度の整備などである。
さらに,欧州憲法条約(2004年調印,その後廃案)の起草プロセスにおいて,EUはネット 上に市民や市民団体による意見表明のためのフォーラムを開設し,これを「欧州公共空間」
(European public area)と名づけて市民による欧州建設を前面に出した。IT技術によるコミュ ニケーション手段の発達により,空間的な距離を障害としない新たな民主主義の装置に期待が もたれた。けれども,ネット上の利用可能な情報量の増加やネット上の討論は,EUに対する 一般市民の政治的な理解力を高めたとはいえない。統計では,日常的な公的情報源として多く の市民はインターターネットを利用しておらず,また質の点でもネット上の討議は既存の民主 主義の手段と同一視できないことが指摘されている。憲法条約の批准プロセスにおいても市民 の支持は低く,フランスとオランダでは国民投票で拒否された。
その後EUは,プランDと称して,市民による「直接の」対話と討議の場を設定し,加盟 国政府,市民団体,政党などによる欧州政治文化の形成に向けた取組みを展開した。また「欧 州コミュニケーション白書」(2006年)は,欧州問題について十分に議論する欧州政治文化を 構築し,「欧州公共圏」を創出する必要性を強調した。欧州公共圏とは,「欧州統合問題に関す る公開の討議を通じてEUや加盟国政府といった公権力に影響を与え,そのガバナンスを正統 化する」ものとされる。ワイラーが,「民主主義は真空のうちに存在せず,その構成員として のデモス(民衆)を必要とする」と指摘したように,「公共圏」という概念は,人々(デモ ス)による実質的なコミュニケーション,討議と説得の質を重視している。
ヨーロピアン・デモスから連想されるのは「欧州市民権」であろう。マーストリヒト条約