ヨーロッパ消費者信用法 ― EU委員会の新消費者信 用指令の提案を中心にして ―
著者 シェーン ブリッタ・ベアーテ, 上北 武男
雑誌名 同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー
巻 6
号 2
ページ 47‑57
発行年 2005‑03‑31
権利 同志社大学ワールドワイドビジネス研究センター
URL http://doi.org/10.14988/re.2017.0000015883
《報 告》
ヨーロッパ消費者信用法
──EU 委員会の新消費者信用指令の提案を中心にして──
ブリッタ・ベアーテ・シェーン
(
神戸大学大学院法学研究科助教授 ドイツ学術交流会専門講師)
日 時:2003年12月10日
場 所:扶桑館2階マルチメディアルーム1 通 訳:右近潤一(現・京都学園大学専任講師)
近藤雄大(現・福島大学専任講師)
討論通訳:ハンス・ペーター・マルチュケ
(現・同志社大学大学院司法研究科(法科大学院)教授)
司 会:上北武男(同志社大学教授)
司会 ただいまより,ワールドワイドビジネス研究センターの講演会を始めさせていただきま す。本日は,神戸大学のシェーン先生をお招きいたしました。先生には非常にお忙しいなかご 講演をお引き受けいただきありがとうございます。本日は「ヨーロッパ消費者信用法──EU 委員会の新消費者信用指令の提案を中心にして──」のテーマでお話しくださいます。シェー ン先生の紹介はマルチュケ先生にお願いいたします。
ここで少しお話ししておきたいことがあります。今回の講演会の企画につきましては,その すべてをマルチュケ先生にお願いいたしました。細かい点まで先生がすべて準備してください ました。さらに本日の質疑応答・討論の通訳も先生にお願いいたしました。それではマルチュ ケ先生,お願いいたします。
マルチュケ シェーン先生,今日はありがとうございます。皆様もお忙しいなかご出席くださ ってありがとうございます。シェーン先生について少し紹介いたします。シェーン先生はミュ ンスター大学,レーゲンスブルク大学,スイスのジュネーブ大学で法律の勉強をなさいまし た。法学部卒業後,マインツ大学の「銀行法研究所」に勤めておられました。その後はライプ ツィッヒ大学の「銀行法・金融法研究所」に勤めておられました。ちょうど1年半前,DAAD 学術交流会の関係で,神戸大学,大阪大学,大阪市立大学へドイツ法,ヨーロッパ法を教えに 来られました。専攻は金融法です。本日のテーマもそのような理由で決まりました。
テーマからもおわかりのように,「EU委員会の新消費者信用指令の提案」ですが,「指令」
というのは,ヨーロッパ法の一つの重要な法源であります。様々な法源があるのですが,例え
ば,規則とか指令なのですが,指令は,直接ヨーロッパの加盟国に拘束力を持つわけではない のです。指令の内容を国内法にしないといけない,このような特色があるのです。同じ指令で あっても,国内法にさいして,加盟国によってある程度,内容も異なっているのです。さきほ ど上北先生から見せていただいたのですが,フランスの消費者信用法についても,同じような ヨーロッパ法上の問題があります。もし比較法に興味がおありであれば,ご参照ください。
それではシェーン先生よろしくお願いします。
A.はじめに
皆さん,お招き頂き心より御礼申し上げます。このお招きを私は大変嬉しく思います。これ は同志社大学をよく知る機会でもあります。本日皆様に最新のヨーロッパ法をテーマにお話し できることは,私にとって,特別な栄誉でありまた喜びです。このテーマは,学会,ヨーロッ パの金融業界(Kreditwirtschaft)および消費者団体(Verbraucherverband)がこぞって取り組ん だテーマであります。
消費者信用法には,比較的長期にわたるヨーロッパでの伝統があります。1987年の消費者
信用指令87/102/EWGは,欧州連合のすべての加盟国において,国内法へと転換されました。
指令転換当初は細々とした問題がありましたが,次第にヨーロッパ金融業界の実務もある程度 習慣化し,ルーティン化しました。このようなルーティンが欧州委員会の新消費者信用指令に 関する提案により危険にさらされているように見え,活発な議論が行われました。
新提案をご紹介するために,まず,消費者信用指令について簡単にお話しし,その指令の本 質的規律をご紹介することをお許し頂きたいと思います。
B.消費者信用指令の歴史
消費者信用に関する加盟国の法規定ならびに行政規定の均等化(Angleichung)に関する87/
102/EWG指令は,12月22日に理事会により可決されました。この指令は指令90/88/EWGに
より,とりわけ,実効年利(effektiver Jahreszins)の算定に関する数学的公式に関して改正さ れました。
1995年,委員会は,指令17条に予定されているように,指令の適用に関する包括的報告書 を提出しました。この報告書により,多くの反応や意見表明を伴った活発な議論がおこり,委 員会はその議論を再び報告書としてまとめました。
消費者信用法における平準化の達成状況に関する初めての議論に関連して,委員会は,より 詳細な比較分析が行えるように,特殊なテーマに関する多くの研究調査を依頼しました。
2001年6月8日,討議書(Diskussionspapier)が提出され,そこには計画された改正の6つ
の方向性が紹介されていました。この討議書に基づき,加盟国の代表者ならびに金融業界およ び消費者団体の代表者からの意見聴取が行われました。最終的に2002年9月11日に消費者信 用法の改正に関する提案が提出されました。
C.消費者信用指令の内容
新指令の提案を評価できるように,旧消費者信用指令の本質的要素を短く解説しておかなけ ればなりません。
欧州経済共同体(EWG)条約100条に基づき公布された旧指令は,二つの目的を追求しま した。一つは,バラバラだった法規定を統一することにより共通の消費者信用市場を達成する ということであり,もう一つは,濫用的信用条件から消費者を確実に保護することでした。
この指令は,1条に規定された本当に広い一般条項に基づき,支払い猶予,ローンあるいは その他の財政援助の形で,消費者と与信者とが締結するすべての信用契約に適用されます。適 用領域に関する重要な例外は,2条1項aと3項に基づく不動産信用および2条1項eに基づ く当座貸越(Überziehungskredit)です。指令の中心となるのは,4条に規定された,実効年利 および本質的な契約条件に関する情報提供義務(Informationspflichten)です。これにより,十 分な透明性および様々な信用商品(Kreditangebot)の比較可能性が達成されるというのです。
指令が可決された直後に,形式的情報提供案(formales Informationskonzept)に対し疑問を提 示し,過剰に情報が提供されることに基づく危険(Gefahr eines Informationsüberflusses)を指 摘する声が高まりました。
指令87/102/EWGの15条から分かるように,この指令は最低限の平準化を求める古典的な
ものです。
最低限の平準化とは,不完全な平準化の特例(Spezialfall)と定義することができます。こ の特例により,加盟国は,共通の最低基準を超える規定であれば,どのような規定を制定して も構いません。欧州共同体設立条約(EG)153条5項には,同条4項に基づき議決された措 置は加盟各国がより強力な保護措置を維持しまた新たに講じることを妨げない,と規定されて います。古典的な消費者保護指令はすべて,消費者の保護のために,最低基準を超える規律の 導入ないし維持を加盟国に対して許容する条項を包含していました。もっとも,加盟国はEG 153条5項2文に基づき,より厳しい規律を公布することができます。それは,そういった規 律が欧州共同体設立条約,特に基本的自由と調和できる場合にのみ認められます。
最低平準化の利点は明らかです。最低平準化という方法を採用することで,加盟国は,さら に国家的特殊性を維持することも可能となるのです。EG 5条2項および3項に基づく措置の 相当性(Verhältnismäßigkeit)および加盟国助成(Subsidiarität)の原則は,共同体の措置が国 家の法秩序に徹底的に介入しないよう重ねて要求しているのです。
最低平準化は次のような目標を持っています。外国法で何が定められているのかについての 推測とそれへの対応を容易にすることです。加盟国が保護の徹底した私法を施行すること
(Durchsetzung)を妨げることではありません。最低基準の平準化のみを実現する指令は,ま さに普遍的利益(Allgemeininteresse)の固定,すなわち基本的自由の制限,ここでの関連でい えば,サービス産業の自由を制限するために正当化理由として考慮できるものを最終的に固定 することを放棄しているのです。
最低平準化に対する主な批判点は,結果としていかなる平準化も達成されないということで す。加盟国は自らに与えられた可能性を,共同体全体に設定された基準を越えるために利用す るのです。それはしばしば行われ,ときには保護主義的に行われます。この例としてしばしば 持ち出されるのが消費者信用指令87/102/EWGなのです。事業者は,加盟各国において依然と して異なる法状況に適応しなければなりません。等しい競争条件を作出するという目標は,こ の平準化方法によっては,達成されません。最低平準化は,必然的に不利益,すなわち統一さ れていない法域(Rechtsraum)をヨーロッパにもたらすのです。
したがって,指令の本質的目標の一つである,国境を越えたヨーロッパ消費者信用市場は,
今日まで実現できていないのです。
D.新消費者信用指令に関する提案
消費者信用という概念は,1987年の指令の発効以来,根本的に意味が変化しています。現 金払型社会から融資型社会への変化がありました。融資型社会では,消費財への融資がたいて いすでに売買の際に提供されています。たとえばヨーロッパにおける消費者の50〜60% は,
現在,消費者信用を使えます。たとえば消費者の30% は,通常(利率が高く)高額なのです が,当座貸越の可能性を有しています。ドイツとイギリスには,最大の消費者信用市場があ り,合わせると,おおよそ全EU消費者信用の60% になり,これは,EU市民に対する両国 民の割合が37.7% であることに鑑みれば,非常に大きな割合を示しています。
委員会は,従来の指令の保護レベルが不十分であると見ています。最低平準化条項のため に,平準化はわずかしか達成されなかったのです。このことは,いまだに国境を越える消費者 信用にあまり意味が無いことの理由として挙げられます。加盟国においては,指令の保護レベ ル を 超 え る 規 律 が 多 く 存 在 し , そ の 規 律 は 共 通 の ロ ー ン 市 場 に お け る 競 争 の ひ ず み
(Wettbewebsverzerung)をもたらすのです。
こういったことから,委員会は,新消費者信用指令の提案を議論しようとしたのです。
この指令は,EG 95条にいう措置です。つまり,域内市場を達成し,それが機能するための ものなのです。また,この指令は,消費者を保護するという目的の達成にも貢献しています。
EG 95条3項によれば,委員会は,域内市場の実現に際し,高度の消費者保護水準を前提にし
ています。EG 95条に基づく域内市場の実現のための措置を講じる際には,EG 153条3項に より,共同体は,高度の消費者保護レベルを担保するための貢献をしなければなりません。以 下では提案の本質的改正点を叙述し,議論しようと思います。
I.完全平準化(Vollharmonisierung)
指令提案30条には,完全な平準化の原則が定められています。この原則が規定された理由 は,旧指令にあった最低平準化で経験した矛盾に帰することができます。
第30条 指令に定められた事項の完全な平準化と強行性
加盟国は,以下の事項に関連する場合を除き,本指令において規定されたものとは異なる 定めをすることができない:
a.第8条第4項において予定された,信用契約および担保契約の登録(Registrierung), b.第33条において列挙された証明責任規定。
完全に平準化する指令はそこに定められた基準を上回ることも下回ることも認めず,その結 果加盟国は,自国民のためにさえより厳格な規律を定めることができません。域内市場の利益 および純粋な競争の利益という点で,まさに金融サービス(Finanzdienstleistung)の領域にお いては,完全な平準化という平準化案(Harmonisierungskonzept)がときおり提案されます。
もっともその際には,最低平準化がときとして必要な過渡的構想(Zwischenkonzept)であり 得ること,が認められます。
金融サービスの隔地取引に関する指令は,緩和された形ではありますが,完全平準化という 構想を追求しています。法技術的に,この原則は,次のように実現されています。すなわち,
指令の中には最低限条項がなく,かつ,指令冒頭に記されている考慮理由のなかで,加盟国は 平準化されたルールを越えたより厳格な規律を公布してはならない,と定められているので す。その中では,次のようにも述べられています。
「(13)本指令により高度の消費者保護水準が保障されなければならない。それは金融サー ビスの自由な交流(freier Verkehr)を確保するためである。本指令により平準化される領 域に関して,加盟国が本指令中に規定されたのとは異なる定めを規定することは許されな い。ただし,指令が明らかにこれを予定する場合はこの限りでない。」
したがって,この指令は,隔地取引における契約締結に関する指令とは本質的に異なりま す。右指令は,伝統的な意味における,消費者保護を目的とする最低平準化指令であるからで す。
完全平準化により,分割されていた市場が開放され,そして一つの域内市場へと集められま す。統一的な規律により,加盟国は,国境を越える取引において他の加盟国からの提供者(An-
bieter)に対し,契約的債務関係に適用すべき法に関するローマ協定(EVÜ)5条2項の意味
における強行規定より厳格なルールを提示できないことになります。また国内差別の問題も生 じてきません。なぜなら自国民に対してもより厳格な条件を課し得ないからです。
完全平準化の本質的短所は,この平準化構想がすでに存続する多くの制度を縮減する可能性 がある,ということです。その他に,作業コスト(Transaktionskosten)も少なくありません。
このコストは,発達した国内システムを完全に平準化する際に生じるのです。金融サービスの 隔地取引のための指令に関する長期間の交渉で,完全平準化構想が,政治的に,容易に成し遂 げ得ないことをも露呈したのです。加盟国は,自己の国権(Souveränität)が制限されると感 じ,消費者保護団体は加盟国が消費者のためにより厳格なルールを公布できることを望んでい るのです。完全平準化構想は,加えて,相当性原則に違反する可能性があります。つまり,加 盟国は最低基準により平準化された領域で外国の信用機関に対しより厳格な規律を提示できな いということが保障されれば,完全平準化しようとすることは,相当でないように思えるので す。
金融サービスの隔地取引に関する指令は,完全平準化構想を実現しています。消費者信用の 領域においても完全平準化が貫徹されうるかどうか,はそのうち明らかとなるでしょう。
II.適用領域の拡大
指令の適用領域は,委員会の提案においては相当に拡大しています。この指令は消費者信用 のすべての種類を把握し,21条の規律から分かるように,当座貸越をも含みます。クレジッ トカード信用,不定利率の信用およびリース契約は実効年利に関連する特別な規律が予定され ています。
特に興味深いのは,提案の3条の規律で,それによれば担保契約(Sicherungsvertrag)にも この指令が適用されなければなりません。ここでは,担保契約とは,2条eによれば,次のよ うな付随的契約をいいます。すなわち,保証人(Garant)が,自然人もしくは法人に対し信用 を供与するあらゆる契約の履行について保証し,あるいは保証を約束する契約です。したがっ て保証(Bürgschaft)は疑いなく本指令の適用領域にあります。従来,ドイツの判例では,こ の問題が激しく議論されていました。重畳的債務引受(Schuldbeitritt)とは異なり,保証はBGB 491条以下の適用領域には入らないといわれていました。この指令により,したがって,ドイ ツ金融業界の実務はいくつかの点で適応すべき必要に迫られました。23条によれば保証人 は,その上,担保契約を3年間だけしか締結することができません。これは附従性を打ち破る ことを意味しています。延長は保証人の明示的な同意を必要とします。
信用仲介契約(Kreditvermittlungsvertrag)は,指令の2条d, 28条および29条で取り上げら
れています。この契約には,特別な情報提供義務が課されています。それはドイツの金融業界 にとって新しいことではありません。なぜなら,以前から信用仲介契約には,消費者信用法に おいて,特別な規律が置かれているからです。
III.不動産信用契約
不動産信用は,引き続き指令の適用領域にはありません。このことは指令提案の考慮理由の 7番目に書かれています。不動産信用は2001年に出された委員会の勧告(Empfehlung)の対 象です。この委員会の判断は,首尾一貫しており,それにより苦労して仕上げられてきた(金 融業界における)自主規制(Verhaltenskodex)にチャンスを与えます。それまで止むことを知 らなかった噂,すなわち委員会が前の勧告にもかかわらず,あるいは,勧告が容認(Akzep- tanz)されるかどうか未だ不確かであるが故に,不動産信用を消費者信用指令の中で規定しよ うとしているという噂は,金融業界を不安定にしていました。委員会が不動産信用に関する勧 告の意味を7番目の考慮理由において強調することは歓迎されるべきことです。
IV.増加した透明性
透明性の増加および商品(Angebot)比較可能性の改善が,「消費者に対する信用の全コス ト」という平準化された構想の導入により,実現されます。その全コストは,実効年利の統一 された計算により担保されています。実効年利は,消費者の側から見ると,信用の全コストを 意味しています。そうすると,消費者が利息を与信者,仲介者あるいはまた第三者のいずれに 対して支払うべきかについては,もはや何らの違いもないのです。これに関して,「与信者に よって徴収される額」とそれをパーセントにより表現した「与信者全利息(Kreditgeber−Ge-
samtzins)」という概念が13条に新たに挿入されました。実効年利との区別という点では,与
信者全利息は第三者のコストを含んでいません。最後に14条には貸付利息(Sollzins)があり ます。これは信用価値(Kreditvaluta)と関連し,それ以外の価格構成要素を含みません。
V.解除
債務者(Kreditnehmer)は,14日間,無償かつ無理由で信用契約を解除することができる,
とされています。これはドイツの信用実務にとっては本質的な改正を意味しません。いずれに しても,BGB 495条,355条で2週間以内の撤回権が予定されているからです。
VI.消費者過剰債務の領域における改善
消費者過剰債務という現象に対応するために,指令提案は様々な保護メカニズムを予定して います。指令9条に基づく本来の意味での「責任ある信用供与」は,信用機関に対して,債務 者が明らかに返済できる状況にある場合にしか,信用を与えてはならない,と義務づけていま
す。このことは,債務者の財産関係および収入関係の正確な分析を必要とします。このように して集められた情報は,7条に基づき保護され,資金面の評価をし,返済能力を評価するため にのみ使用する(verarbeiten)ことができます。
支払催告と期限の利益喪失(Fälligstellung)は24条により規格化され,解約告知が規定され なければならず,納得ずくの合意(gütliche Einigung)に至るよう務めなければならず,そし て債務者には遅滞の結果について警告しなければなりません。不当な(unlauter)債務取立の 方法(Schuldenbeitreibungspraktiken)は,27条において禁止されています。
再三消費者過剰債務を発生させてきた販売方法は,5条において禁止されています。たとえ ば訪問販売取引としての,信用および担保契約の交渉です。これらの事件をとりわけドイツの 裁判所と欧州裁判所が取り扱いました。その際いつも,訪問販売取引に関する指令と消費者信 用に関する指令との関係が問題となっていました。5条の規律は欧州裁判所の判例を法典化 し,この問題は究極的に明確になりました。
E.まとめ
委員会提案は,理事会における2回の読会で激しく議論されました。第一回読会は,2003 年5月19日に行われました。欧州議会の法律委員会は,2003年7月8日に草案の取り扱いを 当分の間後回しにしたため,迅速な指令の可決は期待できません。これは次のことと関連して います。すなわち,提案は,完全平準化という大胆な方法を採ろうとするのですが,それによ り経験則上まず根本的な批判が加盟国において生じるのです。ドイツの金融業界は,批判的態 度をとり,過剰規制であると非難しています。草案は,ドイツの銀行協会の広報(Pressemittei- lungen)によれば,多くの部分が実務になじみがなく(praxisfremd),また調和しない(unaus- gewogen),としています。しかし,この批判については,次のような背景があることも考慮 に入れなければなりません。すなわち,新たに注意を払わなければならない規定は,大量信用 社会においては,かなりの組織的経費を意味するのです。それは,様々な契約を新法に適応さ せることにかかる財政上の経費とは全く別に生じるのです。
このことと関連して,次のような見解があります。すなわち,支払うべき利率,実効年利,
与信者全利息および借方利息の審査に関して,国家の価格審査庁(Preisbehörde)といったも のが必要であり,伝統的な銀行監査庁(Bankenaufsichtsbehörde)に統合されなければならない というのです。この抗議は,次のような困難さを見れば,説得的でしょう。債務者が実効年利 の額を裁判で判断させようとすると大変難しいのです。裁判所自体は,これについて,複雑な 数学的要求のために,通常は判断できる状況にはなく,簡単には見つけられない専門家(鑑定 人)を起用しなければなりません。提案された規律では,したがって,消費者に実際に効果的 な保護を提供できるようにするために,こういった判断の国家的斡旋が新たに必要となるのは
確かなのです。
次の反論は,消費者に対する過剰な情報提供をその論拠としています。過剰な情報は,透明 性よりも困惑へと導く可能性があります。債務者が,責任を持って信用商品を検討すべきとこ ろを,検討を諦めて商品を利用してしまうことを妨げなければなりません。マルティネク(Mar- tinek)は,透明性に代わる見通しの悪さの次に,防衛に代わってやる気のなさや,成熟さに代 わり未成熟さが問題となって現れるといいます。情報処理能力には,超えられないといわれる 限界があります。この指令提案の中の三つの利率を査定する場合に,この限界が想起されるで しょう。
撤回権についても,市場をより有効に形成するための手段としては,適切だとは考えられて いません。撤回権の場合には常に,債務者が比較的無思慮に契約を締結することができ,そし て再びその契約を解消できることに問題があります。そういった撤回権は,ヨーロッパの理想 的消費者像(Paradigma),すなわち「情報提供により思慮のある成熟した消費者」に矛盾する であろう,とも言われています。この理由からすれば,この論証に賛成することができます。
そういった撤回権のためのコストは信用の代価に加算されることも,さらにつけ加えることが できるでしょう。そうすると,結局は,再び消費者がその代価を支払わなければならないので す。しかし,それにもかかわらず,撤回権は加盟国において受け入れられた消費者保護の道具 であると思われます。それは,いつも,情報提供義務が成果を上げなかったとき,すなわち債 務者に包括的かつ明瞭に情報提供がされなかったときに,はじめて適用されるのです。また急 ぎ過ぎの危険は,信用供与方法の観点から,それが訪問販売で行われるのでなくても,あくま で考慮されるべき要素です。これらの根拠から撤回権は,あくまで効果的な消費者保護の道具 でありましょう。
欧州連合において分裂していた消費者信用市場が,新指令によって開放される(aufbre- chen)という推測は,経済学者により疑問視されています。ただしそこには,法的な考慮は一 切ありません。自然の市場障壁,たとえば言語,地理的距離および債務者そのひとの個人的な 好み(Präferenzen)がおそらく存在するだろう,というのです。もっとも,この見解は,完全 に平準化された統一的な法枠組みにより信用機関が,サービス産業の自由(Dienstleistungsfrei- heit)あるいは営業所出店の自由(Niederlasungsfreiheit)によって,むしろ,自己の国内向け 商品をヨーロッパ市場で提供できるようになるであろうことを見過ごしているのです。「自 然」の市場障壁は信用機関により克服されるでしょう。彼らは,この点に関して論理学上もむ しろ克服可能な状況にいるのです。
消費者保護団体はこの提案をきめ細かにみて,賛成する点を指摘します。しかし,消費者に とって不利益となる規律もいくつか指摘し,修正されるべきであるとしています。特に完全平 準化原則は容認できないと考えています。なぜならそれによって消費者保護の国家的要素が疑 わしくなるからです。さらに,手書き方式の伝統は,警告機能として放棄されるべきではな
い,といっています。インターネットでの信用契約の締結は,実現されるべきではないという のです。この見解は,提案の10条を次のように理解することを前提としています。すなわ ち,インターネット上での契約内容の確定ならびに書証としての契約書作成 (Vertragserstel- lung und Dokmentation)が可能となるのは,インターネットにおける契約が永続的データ記憶 媒体に記録(erstellen)されているということが言える場合です。これは,実際に,印刷可能 な電子メールの送付により,あるいはデータがデジタルで保存されているデータ記憶媒体の送 付により行うことができます。このことは,ドイツでの理解によれば,BGB 126 b条に定義さ れたテキスト方式(Textform)に相当します。この方式は本質的に,署名要件を伴う電子的方 式に比べ,要件が少ないのです。旧指令と比べてこの著しい方式の緩和は,マルチメディア時 代にその原因があるのでしょう。しかし信用契約の意味に関して少なくとももう一度熟考すべ きでしょう。
まとめていえば,委員会のこの提案は,新たな指令がすぐに可決されることを期待できる程 には十分に熟していません。全く逆に,活発な議論が交わされており,その成果もあるでしょ う。消費者信用指令に関する改訂された新たな提案は,じきに現れるでしょう。特に批判的で あるのは,この関連において完全平準化の態度の実現でしょう。
《質疑応答・討論(要旨)》
質問盧 シェーン先生は完全平準化の目標を二点あげられましたが,そのうちの一点,「外国 法への推測」を容易にするとの目標をあげられました。この「外国法への推測」というのはど のような意味か教えて下さい。
シェーン これは外国法との関係で問題になります。国際私法上の問題です。例えば,ドイツ の銀行がフランスのある人に信用供与したいと思った場合,この場合フランス法が適用されま す。フランスの消費者保護法はドイツのそれと同じではありません。ドイツとフランス両国で 最低平準化があれば,信用供与も容易になります。平準化は外国への投資・信用供与を可能に し,容易にするのです。
質問盪 ドイツでは契約の撤回期間は2週間ですが,フランスでは1週間となっています。こ のような両国の相違は,信用供与をかならずしも容易にするとはいえないのではないでしょう か。
シェーン ご指摘のとおりですが,全体としてみれば平準化は意味があると思います。全く異 なったものがあるよりも,最低平準化があれば,それぞれの国で相手国の消費者に信用供与す るときに,例えば,予め,相手国の撤回期間等をとり込むことができるわけです。この意味 で,平準化は意味を有するのです。
フランスの消費者と契約するときは,フランス法によることになります。撤回権は7日間と いうことであれば,それに従うことになります。ただし,消費者に有利な内容であれば,契約
にそれをとり込んでもよいのです。ドイツ法によると撤回権は2週間認められます。したがっ て契約で2週間,撤回できるとしてもよいのです。2週間という長期の撤回期間が消費者にと って有利であるからです。
質問蘯 競争条件の不十分さが残っていた,競争のひずみがあったということですが,「指 令」はこの不十分な競争条件,あるいは競争のひずみを取り除くことができるのでしょうか。
あるいは「指令」でそれは既に取り除かれたのでしょうか。
シェーン 国家の規律が異なるから,ご指摘のようなことが起きるのです。自営業者が銀行か ら融資を受けるときも,ドイツの銀行に対しては条件が厳しくなります。イギリスの銀行に対 しては条件が緩やかになっています。この間にも競争の不平等は残っています。ドイツ人の自 営業者に対しては条件が厳しくなりますが,イギリスの銀行については,自営業者は消費者で はないということで,契約自由の原則が妥当します。イギリスでは信用供与についてコストが 当然高くなります。最低平準化といっても,ヨーロッパ法では自営業者は消費者でないとされ ても,ドイツでは消費者となっているので,信用供与の条件も厳しいものが課せられるので す。
質問盻 「委員会」提案に撤回権の保障が入っている理由はなんですか。撤回権を認める,無 条件に認めるということは,無思慮な消費者の解約が多くなるとの懸念があるとのお話でし た。情報提供が不十分なときに撤回権が認められるのは好ましいと思いますが,どの程度の情 報提供の不十分さがあれば撤回権が認められるのでしょうか。撤回権を認めるか否かに関する 判断基準について「委員会」で議論はあったのでしょうか。
シェーン 撤回権の要件については特に問題にはしていませんでした。一定期間内であれば撤 回できるとしました。銀行にとって不利益になることになっても,それは撤回権の導入にはな んら影響しません。「指令」自体はどちらを規制するか,すなわち,「情報提供」の規制か「撤 回権」の側面での規制かについて,情報を提供しかつ撤回権も与えるという,両面から対応す る,両面から消費者に対応することにしたのです。
銀行にとって不利益な点がもう一点あります。契約の撤回による不利益は何人の負担になる のかの問題です。撤回は契約当事者にはなんの不利益も課せられません。この不利益は最終的 に撤回されなかった契約当事者すなわち信用供与された消費者に,クレジット契約のコストと して加えられることになるのです。
司会 まだご質問がおありかと思いますが,終了予定の時刻になりましたので,これで終わり にしたいと思います。本日はシェーン先生ありがとうございました。また,通訳をしてくださ いましたマルチュケ先生,右近君,近藤君,ありがとうございました。ご出席の皆様のご協力 に対して御礼申し上げます。