• 検索結果がありません。

雑誌名 同志社法學

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "雑誌名 同志社法學"

Copied!
36
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)」は なぜ合意されたのか : 東アジア国際関係の視点か

著者 黒杭 良美

雑誌名 同志社法學

巻 69

号 1

ページ 161‑195

発行年 2017‑05‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000409

(2)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一六一一六一

)」  

――東アジア国際関係の視点から――

           

     

   

     

   

  

(3)

   同志社法学 六九巻一号一六二)﹂一六二

     

  

   

 

  ﹁

はじめに

  本論文の目的は、﹁南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)﹂が合意された要因を、とりわけ東アジア国際関係の視点から再検討するものである。

  近年、南シナ海問題に対する関心が高まっている。二〇一六年五月二七日に採択されたG7伊勢志摩首脳宣言では、南シナ海の状況に対して懸念が表明され、平和的手段での紛争解決の重要性が再確認された。また、同年七月一二日には、南シナ海問題をめぐる中比国際仲裁裁判所による判断が下され、それについての各国の対応がメディアでも大きく報道された。さらに、二〇一七年一月には、アメリカのトランプ新政権の閣僚承認をめぐる上院公聴会において、南シナ海問題が安全保障上の問題として繰り返し言及された。これらに代表されるように、南シナ海情勢について緊張が高まっているという認識と南シナ海問題への関心が、国際社会において一層高まっているといえるだろう。特に南シナ海における中国の行動が強硬化しているとされ、周辺国からは繰り返し懸念が表明されている。

  従来、南シナ海問題をめぐる中国の対外行動には﹁協調﹂と﹁対立﹂が並存しているとされてきた。特に﹁協調﹂姿

(4)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一六三一六三 勢の代表例として、二〇〇二年の中国・ASEANによる﹁南シナ海における関係各国の行動宣言(以下、行動宣言)﹂合意を中心とする二〇〇二年前後の中国の対外行動が指摘されている。他方、二〇一一年ごろから活発化している、﹁行動宣言﹂に法的拘束力をもたせる﹁南シナ海における行動基準(COC)﹂(以下、﹁行動規範﹂)締結に向けての中国の姿勢が、はたして﹁協調﹂姿勢の表れかどうかに近年では疑問が呈されるようになってきている。

。え合意は、シナ海問題を考えるう南でみ重るいれさなてて要と期画なし N間で﹁行範動規﹂E締AっSA・国中もて至に日今を結渉めずぐ﹂言宣動行、﹁よせにれのい継。交はる続ているし 範行動規結﹂締のたりめ、﹁目おてれさ指がとこるせた一のた歩れと。きてれ目注もに点たささ動し意て﹁行宣言﹂が合 提も初当、のの拘いなは力束的法さ案拘れ法にもを力束的はたで﹂範規動行﹁は﹂。意言きたまた、合された﹁行動宣 でもパワー加劣るSEより枠国中、し参にみ組Nの間国AA側にてれか目注が点たし意合さ﹂ら宣動行﹁たれさ案提言 て、多国よ間交渉つりい領に争紛権有の海ナシ南二、も解国主て多、が国中たきてし張を間とこるす決てっよに渉交は   ﹁いはし返り繰もでまれこ、て行し関に意合の﹂言宣動先研おなに究研行先。たきてっに究象対析分、れさ及言で行   以上を踏まえ、本論文では、中国・ASEAN間で﹁行動宣言﹂に合意した、あるいは合意できた要因について分析する。分析にあたり、先行研究の問題点を補うため、関係各国が、当時の東アジア国際関係において存在した他のイシューとの比較の中で南シナ海問題を位置づけていた点を重視する。すなわち、南シナ海問題自体の﹁優先順位﹂という点で、各国の間で温度差があったという視点である。この視点は、そもそもなぜ交渉が﹁開始されたのか﹂という問いに対する説明として重要である。それを踏まえたうえで、そもそも各国の交渉の目的はどのようなものであったかという視点を加える。この視点は、紆余曲折を経た交渉の中からなぜ﹁行動宣言﹂の合意という結果が生れたのかという問いに対する説明として重要である。以上の分析視点を用いることで、﹁行動宣言﹂合意の要因を明らかにする。

(5)

   同志社法学 六九巻一号一六四)﹂一六四

  本論文の構成は、以下の通りである。第一章で、先行研究とその問題点を指摘し、分析視点として用いる優先順位と交渉について確認する。第二章で、交渉がなぜ開始されたのかについて、南シナ海問題が東アジアの国際関係のなかで、各アクターにとってどのような位置づけであったのかという点を中心に検討する。第三章では、交渉がなぜ合意に至ったのかについて、﹁行動規範﹂の交渉プロセスを概観しながら、関係各国の交渉そのものに対する目的を検討することで、これを明らかにする。

第一章  先行研究と分析視点

第一節  先行研究とその問題点、問い

  二〇〇二年一一月の第六回ASEAN中国首脳会議で﹁行動宣言﹂が合意された。これは一九九九年七月のASEAN外相会議においてフィリピンから﹁行動規範﹂案として提起されたことを発端として、約四年の交渉を経て合意されたものである。

  この一連の交渉、特に﹁行動宣言﹂合意については、先述の通り多くの先行研究で言及、または分析されてきた。先行研究では交渉を開始した要因と﹁行動宣言﹂に合意した要因を明確に区別していないものの、それらの要因はASEAN視点からみたものと中国視点からみたものに大きく分けることができるだろう。

  まず、ASEAN側を中心としてみたものとしては以下が挙げられる。

E m m er s

は、ASEANが当初提案した法的拘束力のある﹁行動規範﹂としてではなく、﹁行動宣言﹂として合意された理由として、ASEAN内の対立を挙げている。ここでいうASEAN内の対立とは、ASEAN加盟国のなかに南シナ海における領有権紛争の係争国と非係争

(6)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一六五一六五 国、脅威認識のちがい(中国脅威論、南シナ海問題に関する対中脅威)、相互不信が存在していることを指していた 1

。また、

Se ve rin o

によって、ASEANの役割について、中国とASEAN加盟国間に認識のちがいがあったことも指摘されている。すなわち、中国はASEANを係争国間の相互信頼を促進する組織としてとらえており、南シナ海において領有権を争っているのは組織であるASEANとではなく、あくまで係争﹁国﹂との争いであると認識している。またASEANそのものが係争﹁国﹂になることもないと考えている。他方、ASEAN加盟国は組織として南シナ海問題に対処しようとしてきた。つまり、組織としてのASEANをひとつのアクターとしてとらえているいうことである。この認識については、﹁行動宣言﹂合意前から存在しており、合意後も変わっていないと

Se ve rin o

は指摘している 2

  中国側を中心としてみたものとして、

E m m er s

は﹁行動規範﹂として締結できなかった理由として、①中国が主権について争う余地なしと繰り返したこと、②中国がASEAN諸国と二国間交渉を行いASEANを分断したこと、③中国が拘束力のない﹁行動規範﹂を支持し、領有権問題ではなく地域の安定に焦点を当てたこと、の三点を挙げている。そのうえで、中国の非妥協的姿勢と交渉力の大きさが指摘されている 3

。また、中国が﹁行動規範﹂締結に向けた多国間交渉に参加した理由としては、経済が最重要課題であること、国際関係で考えれば日本やアメリカとの関係が良好ではなかったことを挙げ、中国のASEANに対する配慮と海軍力の限界を挙げている 4

。佐藤も中国が歩み寄った理由として、ASEANへの影響力を日本と競っていた時期であったため、ASEAN側の関心をかう必要を感じていたことを指摘している 5

B us zy ns ki

は南シナ海問題において、大国である中国が﹁行動規範﹂交渉や﹁行動宣言﹂合意といった規範を受け入れたのは、地域のパワー・バランスが不安定になったことを要因として挙げている。つまり中国は、外部の第三国の介入を抑制するためにこれらの規範を受け入れたという分析である 6

。さらに、﹁行動宣言﹂合意を中国の行

(7)

   同志社法学 六九巻一号一六六)﹂一六六

動が比較的穏健に変化したものととらえ、その要因を分析した

L i

は、過去の軍事衝突を考慮すると解放軍の能力不足による説明には疑問が残るとして、①国内の経済発展のための平和的環境の必要性、②ASEANの重要性、③外部からの圧力、を要因として指摘している

)7

。また、

T ra n T ru on g T hu y

も、﹁行動宣言﹂合意を中国による比較的柔軟な政策だったとしてとらえ、その要因として①ASEANの合意と団結(

co ns en su s a nd s oli da rit y

)、②外部勢力(特にアメリカ)の南シナ海問題への関与、③中国にとって他国との良好なイメージ・関係の構築の必要性、を挙げている

)8

  以上で見たように、ASEAN側を中心としてみたものでは﹁行動宣言﹂に合意できた理由も、﹁行動規範﹂として締結できなかった理由も、ASEANが一体となるかどうかに焦点があてられている。他方、中国側を中心としてみたものでは中国自身の軍事力や、域外国も含めたパワー・バランスといった、パワーの側面に焦点があてられている。言い換えれば、本論文で分析対象とする﹁行動宣言﹂が合意された理由として、ASEANの成功と言われるようなASEANの一体性と、アメリカの存在が挙げられているのである。

  しかし、これらの先行研究による﹁行動宣言﹂合意の理由の説明にはいくつかの疑問が残る。まずASEANの一体性が重要であるといった視点に関していえば、あくまでこれは﹁行動宣言﹂合意を可能にするための条件にすぎず、合意のためには全会一致を必要とするASEANの性格を確認したものにすぎないということが指摘できよう。また、先行研究において﹁行動規範﹂というかたちで締結できなかった理由として述べられているように、ASEAN内での対立も存在しており、むしろ一体性を理由にするのであればASEAN内の対立をかかえながらも一体性をみせた理由について説明する必要があるだろう。

  また、アメリカの存在を指摘しているものについて言えば、この時期アメリカが南シナ海問題に介入・関与する姿勢を見せていないことが指摘できよう。アメリカの南シナ海問題に対する姿勢は、次の三点にまとめられ、当時もこれら

(8)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一六七一六七 の姿勢がとられていた。それらは、①領有権の争いに関しては特定の国家の立場をとらない(中立)、②航行の自由(の確保)及び排他的経済水域(EEZ)における軍事活動の権利を擁護、③平和的手段での解決(武力の行使と武力による威嚇への反対)、である 9

。それらを裏付けるように、当時の東アジアの状況ではアメリカがパワーの面で圧倒的に優位であることから、中国の動向を直近の脅威としてはとらえておらず、アメリカの利益つまり航行の自由を脅かさない限りは介入しない姿勢であったと指摘されている ₁₀

。さらに言えば、第二次ミスチーフ礁事件 ₁₁

の際にも強い外交的反応を示さず、単に航行の自由を表明したにとどまっているのである ₁₂

  たしかに﹁行動宣言﹂合意の条件としてASEANの一体性が必要である点や、中国が東南アジアにおけるアメリカのプレゼンスを懸念したという点から、先行研究が指摘する二つの要因の﹁行動宣言﹂合意への影響は否定できない。しかし、上述の疑問点を考慮すると﹁行動宣言﹂に合意した(できた)決定的な要因とは言えないのではないだろうか。

第二節  分析の視点:優先順位、交渉

  前節で述べたような疑問点を克服するために、本論文では先行研究において十分に検討されていない以下の二点を分析視点として補うことにより、なぜ﹁行動宣言﹂が合意されたのかについての新たな説明を試みる。

  第一に、東アジアの国際関係のなかで南シナ海問題がどのような位置づけであったのかという視点である。従来の研究では交渉プロセスのみに着目しており、交渉さらには南シナ海問題そのものを東アジアの国際関係の中に位置づけるという視点が不十分である。南シナ海問題は、関係各国にとってイシューのひとつにすぎない。それゆえに、ある時点で南シナ海問題よりも他の問題の方がより重要であるという認識であれば、対応を後まわしにされうるし、もちろんその逆もありうる。この側面は、中国の経済発展が重要であるため﹁行動宣言﹂合意を可能にしたという先行研究の指摘

(9)

   同志社法学 六九巻一号一六八)﹂一六八

するところと共通性があるかもしれない。しかし、先行研究の視点はあくまで中国国内での問題の重要性(優先順位)であって、必ずしも国家間での相互の問題の重要性(優先順位)のことではない。本論文の主張する位置づけとは、後者の位置づけのことである。

  このような優先順位について木村は、﹁われわれ人間が注意を払ったり、作業をおこなったり、選択をしたりする際の緊急度や必要性についての相対的な順序や地位である。常に価値の優劣によって決められるとは限らず、課題遂行の難易を考えて決定されることもある。つまり、時としてはその遂行が容易なために優先され、重要度が高いにも関わらず、その実行が難しいために後回しとなるものもあるだろうし、逆のケースもある﹂。﹁優先順位は時と状況に応じて変化し、その規定要因は無数にある。公式文書を見ているだけではわからず、現実におこなっている行動から優先順位を推定する必要がある﹂と述べている ₁₃

  第二に、関係各国の﹁行動規範﹂案交渉について、その開始と継続の目的が何だったのかという点である。先行研究では、この点について十分に検討できているとは言えない。なぜなら、分析の前提として、﹁行動宣言﹂合意という結果が生じたことにより、﹁行動規範﹂をめぐる交渉が開始されたときの目的を﹁行動規範﹂締結にある、と設定しているからである。それは、先述したように交渉開始と合意の目的について明確に区別されていないことや、﹁行動宣言﹂という本来よりレベルを下げたかたちでの妥結に至ったことについて、中国の思惑通り、もしくはASEANの譲歩といった指摘がなされることからもうかがえる。

  ここで、交渉(

ne go tia tio n

)について確認しておきたい。交渉とは、﹁先方との対立点と共通点を明確にして相互関係の調整・妥協を図る過程を意味している ₁₄

﹂、﹁共通あるいは相対立する利害を明示的に調整しようと試みる相互行為の形式 ₁₅

﹂、﹁紛争を平和的に処理するための主要な方法 ₁₆

﹂といった説明が一般的になされている。外交交渉に関しては、大

(10)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一六九一六九 きく分けて二種類に分類され、手続的事項に関する交渉と実質的事項に関する交渉がある ₁₇

。そのなかでも実質的交渉はフレッド・イクレの五分類に従って①延長、②正常化、③再配分、④革新、⑤副産物といった目的別に分類できる ₁₈

  さらに、⑤副産物を得ることを目的とした交渉の詳細について確認したい。上述した①から④は最終的な合意へ到達することを目的としているが、⑤は最終的な合意へ到達することを必ずしも目的とせず、むしろ交渉を行うことそれ自体を目的とする交渉 ₁₉

とされる。西原は、これについて、直接の合意に達することを期待するのではなく、交渉を通して相手方の考え方、将来の交渉上の立場、相手方の強みと弱みに関する情報を知ること、自己の立場を宣伝する場とすることなどを期待した交渉であると性格づけている。つまり、合意に達するための交渉をする意図を見せながら、実はその意図がなく、交渉を自己宣伝に使ったり、相手の立場を探ったり時間かせぎをする目的 ₂₀

で交渉に入る場合もあるということである ₂₁

  本論文では、以上の分析視点を用いることで、中国・ASEAN間で﹁行動宣言﹂が合意された理由について、南シナ海問題が東アジアの国際関係のなかで、イシューのひとつとして位置づけられていたことを確認し、さらに各国の交渉の目的を念頭において分析をすすめることで、先行研究でなされてきた説明とは異なる新たな要因を提示する。

第二章  交渉はなぜ開始されたか   本章では、﹁行動規範﹂をめぐる交渉がなぜ開始されたのかについて、南シナ海問題が東アジアの国際関係のなかで、各アクターにとってどのような位置づけであったのかという視点を中心に検討する。南シナ海問題は中国・ASEAN間で懸案となる唯一のイシューではなく、数多くあるうちのイシューのひとつにすぎない。南シナ海問題がどのように

(11)

   同志社法学 六九巻一号一七〇)﹂一七〇

対処されるかについては、他の問題との兼ね合いから決定され、影響を受けるということになる。その際重要になるのが、南シナ海問題の各アクターにとっての優先順位である。先述したように、優先順位が時と状況に応じて変化するのであれば、南シナ海問題の優先順位を検討するにあたっても当時の東アジアの国際関係を考慮する必要がある。

  したがって本章では、各アクターが当時の東アジアの国際関係にどのようにかかわろうとし、どのような地域環境を目指そうとしたかを概観する。そしてその環境のなかで、もしくは環境を目指すなかで、重要な問題として各アクターが対応したのはいかなるイシューであったのかに着目し、そこから南シナ海問題が当時の東アジア国際関係の中で、各アクターにとってどのような位置づけであったのかを導きだす。最後に、その視点から、なぜ﹁行動規範﹂をめぐる交渉が開始されたのかを検討する。なお、東アジアの国際関係という点と、中国にとってはアメリカとの関係が対外戦略の規定要因 ₂₂

でありアメリカを注視しているという点から、本章では各アクターをアメリカ、中国、ASEANと設定する。また、ここでいう当時とは、本論文の分析対象である交渉が行われた一九九九年から二〇〇二年ごろのことを指す。

第一節  東アジア国際関係の中の米・中・ASEAN

  アメリカは国家安全保障戦略の三つの柱として、安全保障、経済的繁栄、人権擁護・民主化促進をかかげており、アジアにおいてもその戦略が反映されている。つまり、アメリカの利益になるように勢力均衡を維持しつつ、アメリカに敵対する国家がアジア地域を支配することを阻止し、貿易や投資を通じて経済発展に貢献させ、文化的価値を促進・拡大させるといった目的を有した政策をアジアにおいて展開している ₂₃

  しかし、アメリカにとって、アジアひいては中国は重要な地域であってもアメリカの対外戦略の一構成要因である ₂₄

こと、さらに中東などの地域が不安定化するなかでアメリカは﹁二正面戦略﹂をとる余裕がなく、台湾問題や朝鮮半島問

(12)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一七一一七一 題のようなアジア地域の問題には外交的に対応していかざるをえず、そのためには中国と協調的関係の維持が不可欠であった ₂₅

。他方、アメリカは中国における経済発展に伴う軍事力の急速な近代化や、人権抑圧などに対して脅威感や不信感も抱いていた。したがって、高木が指摘するように、アメリカにとって中国は、密接な経済関係と世界あるいは地域的重要課題の解決にその協力を求めざるを得ない大国であり、同時に多くの点で利害が衝突する存在であった。そして、そのような関係性は九〇年代半ばには顕在化していた ₂₆

  他方、中国は国内体制維持のためにも持続的な経済発展を必要としており、かつ自国の影響力を増大させるためにも、東アジア地域の安定した国際環境を必要としていた。そして、アメリカのプレゼンスが平和で安定した地域の国際環境に貢献しており、経済面でも安全保障面でも中国の利益を支えているということを認識していた。また同時に、アメリカがそのような国際環境を破壊できる唯一の超大国であることも中国は認識しており、そのプレゼンスに対する懸念や脅威を抱いていた。それゆえに、アメリカとの衝突は中国自身の国益にかなわないため回避する必要があったのである ₂₇

。このように見ると、当時、米中は協力しつつも相互に不信感や警戒心を抱き続けていたということがわかる。

  中国にとってみると、そのような関係下での近隣諸国との関係は、米中関係が後退した場合のヘッジとなり、特に中国にとっての東南アジア地域は経済成長を維持するために必要な安定した国際環境と、資源輸送用の安定したシーレーンを形成するために重要な地域であった ₂₈

。そのような背景もあり、中国はASEAN接近をはかった ₂₉

と指摘される。また、中国がASEANに歩み寄った理由として、ASEANへの影響力を日本と競っていた時期であったため、ASEAN側の関心を買う必要を感じていたという指摘もある ₃₀

  以上のような米中関係のもとで、ASEANはこれらの二国を頼りにしつつ、適度な距離をとることで自身の安全保障を高め、維持しようとしていた。小国であるASEAN諸国は大国間関係から大きな影響を受けるために、大国同士

(13)

   同志社法学 六九巻一号一七二)﹂一七二

が協調しすぎることも、対立しすぎることも望ましくなかった。つまり、ASEAN諸国は大国に対する自国の脆弱性を認識しており、大国をASEANという組織に巻き込んで安全保障を追求しようとしていた。ASEAN諸国は自国の国家統合や経済発展にそれぞれが専念できる環境をととのえるため、ASEAN諸国同士の相互安全と域外諸国からのASEAN諸国の安全(東南アジア地域の平和と安定)といった、﹁二重の安全保障﹂を確保する機能 ₃₁

をASEANに期待し、﹁弱者の武器﹂としての会議外交を展開してきたのである ₃₂

  そこから導き出せるASEANの基本的な方針は、大国同士をけん制させることによって、各大国のパワーを中和させることである。特に、冷戦終結後においては、ASEANが設定する枠組みのなかでそれを実現させること ₃₃

であった。組織としてのASEANも、大国に対するパワーは限られている。そのため、ASEANは自身にとって望ましい東南アジア像を域外諸国、特に大国に対して提示し、その実現に向けての意図を明示してきた。そしてその将来像が東南アジアの平和と安定につながることについての同意を求める ₃₄

という手法をとってきたのである。そして、大国がASEANとの協調を謳うかぎり、ASEAN側もそれに呼応することになる ₃₅

  以上から、当時のアメリカ、中国そしてASEANは各々の利益を追求するために、平和で安定した東アジアの国際環境を望み、相互にその環境を確保、維持しようとしていたと言えるだろう。

第二節  東アジア国際関係における重要な問題:南シナ海問題の位置づけ   しかし、﹁地域の平和と安定を確保、維持する﹂という米・中・ASEAN共通の目的がありつつも、この目指す環境に影響を与えうるいくつかのイシューが生じた。それらのイシューが東アジアの国際環境を大きく変えないように各アクターは対処する必要がある。そこで対応したイシューが、優先順位の高い重要な問題であると考えることができる

(14)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一七三一七三 だろう。

  そして、本節の目的は、このなかで南シナ海問題はどのような位置付けであったのか、さらには南シナ海問題が優先順位の高い重要な問題であったのかということを検討することである。ここでの重要な問題というのは、当時の東アジアの国際環境、つまり各アクターが追求する平和で安定した環境を変化させうるほどの影響力をもつといった点で重要な問題、ということである。その視点からみると、当時の地域環境に影響を与えうる重要な問題は、米中間においては中国によるアメリカでの核スパイ問題を扱ったコックスレポート、一九九九年四月の在ユーゴ中国大使館の誤爆事件、それ以後は台湾の李登輝総統の﹁二国論﹂発言や民進党政権下で緊張した台湾問題であった ₃₆

。また、一九九九年のASEAN地域フォーラム(ARF)では朝鮮半島問題に議論が集中し ₃₇

、またASEANにとっては、東ティモールの問題の方が南シナ海問題よりも優先順位が高かった ₃₈

という指摘もある。

  そのようななかで二〇〇一年に誕生したブッシュ政権は、中国を﹁戦略的競争相手﹂と位置づけた。このような状況下でさらに米中関係が悪化することを恐れた中国は、アメリカの台湾への武器輸出や、海南島上空でアメリカ偵察機と中国戦闘機が接触したEP︱3事件に対して柔軟に対応した ₃₉

とされる。先行研究でアメリカと南シナ海問題の関係性に言及するものは、米中直接の衝突としてしばしばこのEP︱3事件を取り上げるものの、他方でこの事件は米国の政策に新たな展開をもたらしたわけではないが、周辺海域における中国の自己主張の高まりを再認識させることになったとの指摘もある ₄₀

  9・ 戦づメアも国中たれらけ置カ位と﹂手相争競的略リと﹁るたれらめ止け受とい﹁てっ立に﹂側の一同 ₄₁

11

さリ課先優をロテ対はカメにア、てっよに生発のロ題設テ政、開展でかなのそも策ア定ジアのカリメア。たしれ

。中国側もアメリカの優先課題が反テロ、大量破壊兵器の拡散防止、本土防衛となったと認識し、中国にとっては経済発展に注力できる

(15)

   同志社法学 六九巻一号一七四)﹂一七四

﹁戦略的好機﹂であると判断された。このような状況下において、米中は経済でも切迫した問題でも協力を必要としていた ₄₂

。以上より、当時の東アジアの安定した国際環境を変化させうるとして米中によって認識・対処された問題は、台湾問題やテロ対策にかかわる問題であったと言えるだろう。

  さらに南シナ海問題についても、アメリカは南シナ海問題が米中間の主要問題になるのを回避したい ₄₃

と考えていた。また、中国ASEAN関係からみても、九〇年代に採用していた韜光養晦政策においては、対外政策の面で経済成長が重視され、主権や領土問題は必ずしも最重要課題ではなかった ₄₄

と指摘しており、継続して中国が経済成長を重視していた点を考えるとこれは二〇〇〇年代初頭にもあてはまるであろう。したがって、アメリカにとってはもちろんのこと、その関係のもとに位置付けられる中国ASEAN関係にとっても優先順位の高い重要な問題ではなかったのである。

第三節  交渉開始の合意

  以上を総合して考えると、各アクターは各々の利益追求に必要な地域の平和と安定を確保、維持するといった共通の目的のために、相互に協力関係が必要であった。その点でアメリカは対テロ、北朝鮮問題や台湾問題といった安全保障の問題を優先課題としていた。そのような環境下においては、中国にとっても南シナ海問題は地域の国際環境に大きな影響を与える問題ではなく、対ASEAN外交を見ても懸案となるひとつの事例にすぎなかったため、優先順位の高い問題ではなかった。また、ASEANにとってはアジア通貨危機とそれに伴う国内情勢へ対処する必要性から、南シナ海問題の優先順位が高かったとは言えないだろう。

  以上より、南シナ海問題が東アジアの国際関係の中で、アメリカ、中国、ASEANといった各アクターにとって数多くあるイシューのひとつであり、さらに他のイシューと比べて地域の環境に大きな影響を与えないという点で重要度

(16)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一七五一七五 が低く、それゆえに各アクター間で相互に対処する優先順位が高くなかったことを指摘できるだろう。このような東アジアの国際関係は、中国・ASEAN間での﹁行動規範﹂をめぐる交渉が開始されるために必要な下地となったのである。

第三章  交渉はなぜ合意に至ったか   前章で明らかにしたように、南シナ海問題は数多くあるイシューのなかのひとつにすぎず、決して各アクターにとって優先順位が高かったわけではない。同時に、南シナ海問題が東アジアの国際環境の平和と安定を損ねる要因になることも望んでいなかった状況下で、﹁行動規範﹂はなぜ﹁行動宣言﹂として合意されたのだろうか。本章ではそのような環境のもとで行われた交渉のプロセス(一九九九年から二〇〇二年)を概観することで、関係各国が﹁行動規範﹂をめぐる交渉にどのような目的をもって臨んでいたかを検証し、﹁行動宣言﹂合意の要因を明らかにする。

  第一節

  「る年九九九一(的目の国各け行おに時始開渉交」範規動)

いがちの識 ₄₅ し立としてりしば取内上対SNAEらA、はに景背のそげばれ中認威るるす対に動行の国脅る南けよな、うシナ海にお には対する目的や意欲な一致していかった。もののるさあそが、﹁行動規範﹂が提案れのた際、ASEAN各国の交渉で   ﹁動よ月七年九九九一てっに規ンAピリィフは案﹂範の行SMもたれさ案提ていおにMEA、下以(議会相外NA)

がある。たとえば、フィリピンは第二次ミスチーフ礁事件により、対中脅威がベトナム、マレーシアといった他係争国より高かった。この事件を受けてフィリピンは、第一次ミスチーフ礁事件のときのような対策を期待して、

(17)

   同志社法学 六九巻一号一七六)﹂一七六

九八年一二月に開催されたASEAN会議でコンセンサスをとろうとした ₄₆

。しかし、当時はASEANが経済危機とインドネシア情勢に注目していたことからフィリピンの試みは失敗し ₄₇

、これがフィリピンによる﹁行動規範﹂案提出の背景にもなった。

  また、一九九九年一月にフィリピン国防相がアメリカの南シナ海問題に対する﹁仲介意思発言﹂ ₄₈

に言及したことで他係争国の注目を集めたが、中国だけでなく、ベトナムやマレーシアも米国の仲介に対しては否定的な見解を示している ₄₉

。ここからもベトナムやマレーシアとフィリピンとの間に南シナ海問題に対する温度差があるといえるだろう。

  さらに、フィリピンが安全保障の面で頼りにしていたアメリカも、第二次ミスチーフ礁事件の際には強い外交的反応を示さず、航行の自由を表明しただけ ₅₀

であった。一九九九年二月一二日に、

St an le y R ot h

東アジア問題担当国務次官のヒアリングで、﹁南沙での中国軍は主要な安全保障の脅威ではない ₅₁

﹂と述べていることからも、アメリカの当時の南シナ海問題への認識が明らかであろう。

  このような関係各国の動きをみて、フィリピンは南シナ海問題における中国に対する脅威を他係争国よりも強く感じ、そのような脅威認識や危機感が﹁行動規範﹂案についての協議の提案・促進につながっていった。このことを考えると、フィリピンは交渉開始当初から﹁行動規範﹂締結を目的にし、それを実現することによって南シナ海の平和と安定を維持しようとしていたと考えられる。それは五月一〇日にフィリピン外相が、草案した﹁行動規範﹂に中国が参加することを望むと述べたことや ₅₂

、七月の中国漁船との衝突事件 ₅₃

、一〇月にフィリピン空軍機が南沙諸島のピジョン礁上空でベトナム軍から発砲された事件の際に、このような類似の事件が生じないように、早期の﹁行動規範﹂締結を訴えている ₅₄

ことからもうかがえる。

  一方のベトナムやマレーシアについては、南シナ海問題における対中脅威認識はフィリピンほどではなかったと指摘

(18)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一七七一七七 できる。ベトナムは中国との陸上国境画定に関する交渉が進み、中国とは緊張緩和方向にあった。そのため、南シナ海の島礁の主権問題で妥協はしないものの、中国の脅威をことさら取り上げる必要はなかった ₅₅

。マレーシアも中国との関係が良好であることや、中国大陸から地理的に距離が遠いため、それほど脅威があると考えていなかった ₅₆

ようである。

  一九九九年七月二〇日にAMMの準備会合としてはじまった高級事務レベル協議(以下、SOM)で、フィリピンが﹁行動規範﹂案を提出したが、足並みがそろわず棚上げ状態になった ₅₇

。このとき、マレーシアが草案に抵抗し、中国を議論に参加させることにも抗議したようである ₅₈

。その際マレーシア側は、﹁作業部会で行動規範について議論する用意はあるが、結論を急ぐ問題ではない﹂ ₅₉

と述べている。また、﹁中国を議論に加えることに反対したのは、ASEAN中国間の協議は五年前に始まっており、毎度そこで南シナ海問題については議論をしているから﹂ ₆₀

と説明している。

で学の建造物の構築や科者域を送るなどのうごき ₆₁   ﹁九反、はてしと由理たし対が地アシーレマに﹂範規動九争年争六月に中国を含む他係行紛から批判されたような国

、さらに同月に中国とマレーシアでの南シナ海問題について、平和と安定、国際法にそった二国間での協議や交渉で解決を促進することへ合意 ₆₂

したことが影響を与えていると考えられる。同年八月には朱鎔基総理がマレーシアのマハティール首相と会談し、南シナ海問題について﹁外部勢力の介入、干渉﹂に反対することで一致している ₆₃

。以上から、マレーシアは﹁行動規範﹂の締結に積極的であったとは言えないだろう。このようにASEAN内で係争国の交渉に対する目的が一致していなかったにもかかわらず交渉が開始されたのは、佐藤が指摘するように、組織としてのASEANが﹁弱者の論理﹂として﹁行動規範﹂案を集約し、中国を﹁弱者の武器﹂であるASEANの会議外交の枠組みに乗せて、南シナ海紛争の平和的解決を志向させようとした ₆₄

からである。つまり、ASEAN諸国は﹁行動規範﹂を自分たちにとって望ましい東南アジア像として提案し、地域の平和と安定、さらには平和的解決などの意思表示としたのである ₆₅

(19)

   同志社法学 六九巻一号一七八)﹂一七八

  他方の中国は、﹁行動規範﹂そのものというより、それをめぐる交渉の目的がどのようなものであるかを見極めることに重点をおいている。中国は公式多国間交渉において、﹁南シナ海における平和と安定﹂に議論を限定しており、主権問題には触れず、主権問題と南シナ海における平和と安定の問題とは関係はあるが同じ問題ではないという立場である ₆₆

との指摘もある。﹁行動規範﹂をめぐる交渉でもこのような方針のもとで行われるものか見極めようとしていたのではないだろうか。

  七月には、﹁行動規範﹂について﹁協議する意欲がある﹂としつつも、﹁域内での合意ができ次第﹂という意向を中国の唐家璇外交部長が示している ₆₇

。それにもかかわらず、一一月二四日のASEANのSOMで合意された﹁行動規範﹂案に、中国は翌二五日のASEAN・中国間のSOMで同意をしなかった ₆₈

。しかし、中国側は﹁行動規範﹂案の合意について急ぐ必要はないとしながらも、ひきつづき議論をする姿勢は示している ₆₉

。これらから、一九九九年の交渉開始当初、中国は積極的な姿勢を見せていないものの、交渉自体には参加する意思はみられる。

  以上のような関係各国が交渉開始時に抱いていた目的は、同年のASEAN・中国首脳会議に集約されているだろう。この会議で、中国の朱鎔基総理は南シナ海問題など安全保障に関連し、﹁中国を脅威にならないと認識する国家が増えている﹂とし、また中国外交部スポークスマンは﹁﹃行動規範﹄案問題に触れた国はわずか一か国﹂と述べている ₇₀

。この朱鎔基総理の発言は、ASEAN諸国間で﹁行動規範﹂締結に関する意識、より具体的に言うと﹁行動規範﹂交渉に対する目的が異なっていることを示唆しているものと考えてよいだろう。

  そのようななか、シンガポールが﹁﹃行動規範﹄など南シナ海での緊張緩和のための措置を支持することに我々の利益がある﹂ ₇₁

と述べているように、﹁行動規範﹂案について交渉を開始し、継続させることに中国・ASEAN双方の利益があるとされたのではないだろうか。これらをふまえると、総合して言えることは、交渉開始時に、少なくとも中国・

(20)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一七九一七九 ASEAN間で﹁行動規範﹂を締結することに必ずしも目的があったわけではなく、地域の平和と安定を確保・維持するといった共通の目的のもと、﹁行動規範﹂について﹁協議すること﹂について合意し、それそのものを目的として交渉が開始されたということを指摘できるだろう。

第二節  交渉の過程(二〇〇〇~二〇〇一年)

  二〇〇〇年に入ってからも、中国とASEAN間で﹁行動規範﹂案についての交渉が継続された。二月には中国がASEAN側に﹁行動規範﹂案を提示し ₇₂

、翌三月にタイで行われた交渉では相互の草案が持ち寄られた ₇₃

。四月にもASEANと中国の間でSOMが開かれ、﹁行動規範﹂について協議している ₇₄

。このように定期的に行われた交渉のなかで、中国が草案を提出したことは、上述したように中国・ASEAN双方の交渉を継続させるという目的をあらわしているととらえることができる。

  そのようななか、﹁行動規範﹂の適用範囲 ₇₅

をめぐって協議は難航し、七月二八日のASEAN・中国外相会議では意見調整が難航、最終合意に至らなかった ₇₆

。八月三〇日には、中国外交部スポークスマンが、﹁行動規範﹂形成のために関係国は政治的な誠意と柔軟性を見せる必要性があるとし、困難は中国側にあるのではないと述べている ₇₇

。さらに、一〇月の朱鎔基総理は、訪日の際に﹁行動規範﹂について、﹁今の困難は、基準の適用範囲に関する、ASEAN内の意見の不一致である﹂と述べている ₇₈

  このようなASEAN内での不一致は二〇〇一年に入っても見られた。七月一七日には、ベトナム外相が﹁行動規範﹂をめぐって未だに不一致があり、特にASEAN間で範囲と実施(

sc op e an d im ple m en ta tio n

)についての協議が必要と述べている ₇₉

。また、翌一八日には中国側が﹁行動規範﹂協議に向けて柔軟なアプローチをとるだろうと述べ、ASE

(21)

   同志社法学 六九巻一号一八〇)﹂一八〇

AN内で不一致があると指摘している ₈₀

。さらにSOMでは、フィリピンから﹁行動規範﹂の新たな草案が提示されたものの、紛争地域について合意できず、先送りされている ₈₁

  これらから、﹁行動規範﹂をめぐって特にASEAN内での不一致があるということについて、中国側からだけでなくASEAN側からも言及されており、交渉難航の主要因であったことは明らかである。

  他方で、二〇〇〇年七月二八日には、唐家璇外交部長が﹁行動規範﹂について、一一月までには作成できると楽観していると発言 ₈₂

している。また同年一一月二三日のASEAN首脳会議では、南シナ海問題の﹁行動規範﹂案について、中国の合意が事前に得られなかったため決着は見送られた ₈₃

ものの、ASEAN関連会議に関連して、朱鎔基総理が南シナ海問題について議論する準備はあると述べている ₈₄

。翌年一一月六日の第五回中国ASEAN首脳会議では、同じく朱鎔基総理が南シナ海問題について﹁行動規範﹂を仕上げる用意があるとも述べている ₈₅

  以上から、ASEAN内における対立がより目立つものになっている一方で、中国はそのASEAN内対立を強調しつつ、﹁行動規範﹂について締結をほのめかすような発言をすることで自国の積極性をアピールしている様子がうかがえる。

  上記のように﹁行動規範﹂をめぐる交渉は二〇〇〇年、二〇〇一年と継続された。その背景には、南シナ海の安定が維持されているとの認識があったことが挙げられるだろう。七月二二日には中国外交部関係者が、南シナ海の状態は比較的安定しているとの認識を示している ₈₆

ことや、同月二七日に開催されたASEAN地域フォーラム(ARF)後の記者会見では、議長国であるタイのスリン外相が﹁南シナ海で緊張は起こっていない﹂との認識を示している ₈₇

。また、一一月に開催されたASEAN非公式首脳会議の声明 ₈₈

のなかで、南シナ海問題について言及されていないこともASEANでの南シナ海で緊張が起こっていないとの認識を反映したものととらえることができる。

(22)

   )﹂同志社法学 六九巻一号一八一一八一   さらに、前章でも指摘したように、二〇〇一年には対テロという圧倒的に優先順位の高い問題が存在していた。このような状況下においては、中国・ASEAN双方にとって、ことさらに南シナ海問題を取り上げることで南シナ海の平和と安定を乱す必要性はなく、またその余裕もなかった。これらの環境は、﹁行動規範﹂交渉の継続を維持するといった交渉開始当初の目的と矛盾しなかったのである。

第三節

  「行動宣言」の合意(二〇〇二年)

  そのようななかで二〇〇二年七月二三日に、﹁行動規範﹂締結に積極的とは言えなかったマレーシアの外相が、﹁行動規範﹂の適用範囲をどのように定義するかに問題があると述べつつも、ASEAN諸国に対して﹁行動規範﹂にサインするようはたらきかけていることが判明した ₈₉

。さらに二五日には、同じくマレーシアが非公式の夕食会(ワーキングディナー)で、﹁行動規範﹂のかわりに﹁宣言﹂に合意することで、より受け入れ可能で反対も少なくなるといった内容の提案を行っている ₉₀

。そのようなうごきもあったからか、ASEAN諸国は七月二七日のSOMで、﹁行動規範﹂の草案に大筋で合意している ₉₁

  しかし、七月末のASEAN外相会議において、マレーシアによって提示された﹁行動規範﹂から拘束力を弱めた﹁行動宣言﹂の形にする案に、ベトナムが抗議し、協議を継続させることが決定された ₉₂

。中国外交部関係者が明かしたところによると、中国側は南シナ海をめぐる﹁行動規範﹂案策定についてASEAN側が原案を作成することに合意し、ASEAN原案に柔軟に対応する、と述べている ₉₃

。さらに一〇月二八日には、中国外交部高官が、既に﹁行動規範﹂の文言には合意しており、ASEAN内での最終合意を待っていると述べ、﹁行動規範﹂は平和的解決を追求するための中国とASEANの政治的意思であるとしている ₉₄

。ここでも、ASEAN内の対立が交渉に少なからず影響を与えている

参照

関連したドキュメント

{一 O・○ 一〇・五 一〇・〇 六・四 一〇6七 一〇・二八 九・四 九・七   % 燥物質 比  重

︵人 事︶ ﹁第二十一巻 第十號  三四九 第百二十九號 一九.. ︵會 皆︶ ︵震 告︶

する愛情である。父に対しても九首目の一首だけ思いのたけを(詠っているものの、母に対しては三十一首中十三首を占めるほ

 一六 三四〇 一九三 七五一九八一六九 六三

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

︵原著三三験︶ 第ニや一懸  第九號  三一六

経済学の祖アダム ・ スミス (一七二三〜一七九〇年) の学問体系は、 人間の本質 (良心 ・ 幸福 ・ 倫理など)

[r]