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〈論 説〉
財 務 数値 か らみ た 再 結 合 後 の 三 井 家 大 元 方 1797年 一1835年
西 川 登
は じ め に
近 世 の 三 井 は,京 都 ・江 戸 ・大 坂(大 阪)の 三 都 の そ れ ぞ れ に 呉 服 店(三 井 内部 では 「本 店」 と呼 んだ)や 両 替 店 な どの 店 々 を 設 け,そ れ ら の 事 業 と 三 井 同 苗(同 族)各 家 の 家 政 と を 統 轄 す る た め に,「 大 元 方 」(お お もとか た)と い う名 称 の 中 央 機 関 を 設 け た 。 「大 元 方 」 は 同 苗11家(創 業者
=三 井高利の嫡 出男子 を始祖 とす る6軒 を 「本家 」 と呼び,他 の5家 を 「連家」 と呼んだ)の 当主 を持 分 所 有 者 とす る 合 名 会 社 の よ う な 組 織 で,「 本 店 一 巻 」(呉 服 店等 の店舗 グルー プ)や 「両 替 店 一 巻 」 を 傘 下 に置 い た 。 や が て,三 井 同 族 団 内 部 で 北 家(惣 領 家)と 六 角 家(次 男家)と の 対 立 に 起 因 す る 同 苗 諸 家 間 の 不 和 が 高 ま っ て い き,事 業 活 動 の不 振 も加 わ っ て,1774年(安 永 三 甲午 年)に 三 井 同 苗11家 が3集 団 に 分 裂 す る こ と に な り,同 年12月 末 日(+二 月晦 日)を 期 し て 企 業 分 割 が 行 わ れ た 。 こ の 企 業 分 割 に よ り,本 家2軒 と 連 家2軒 との4家 の 同 苗 集 団 が 「本 店 一 巻 」 を所 有 し,別 の 本 家4軒 の 同 苗 集 団 が 「両 替 店 一 巻 」 と不 動 産 の 一 部 を所 有 し,残 り の不 動 産 を 連 家3 軒 の 同 苗 集 団 が 所 有 す る こ と に な っ た(三 井文 庫,1980,310‑326頁,西 川,1993,179‑189頁,西 川,2004,129‑136頁)。
そ の 後 紆 余 曲 折 が あ っ た が,分 割 推 進 の 中 心 人 物 で あ っ た 三 井 高 登(六 角 家第3代)が1793年 (寛政5)に 死 去 した こ とが 大 き な転 機 と な っ た 。 三 井 家 発 祥 の 地 ・松 坂 の 領 主 で あ る 紀 州 徳 川 家 の 介 入 も あ っ て,三 井 同 苗11家 は 再 び 「一 致 の 建 」 に 戻 り,企 業 再 結 合 が 行 わ れ た(三 井 文 庫,1980,338頁)。 しか し,再 結 合 後 の 「大 元 方 は,本 店,両 替 店,松 坂 店 の 営 業 組 織 を 三 井 一 一 家 が 共 有 す る家 産 共 有 制 の 復 活 に ほ か な ら な い が ,安 永持 分 け以 前 の大 元方 とは また異 な る も の で あ っ た 」(三 井文庫,1980,347頁)。 す な わ ち,分 割 前 の 「大 元 方 」 は 三 井 全 体 の 資 金 配 分 機 能 を有 して い て,営 業 組 織 の 留 保 利 益 の9割 程 が3年(6期)ご と に 「大 元 方 」 に 振 り替 え ら
れ,必 要 に 応 じて 各 営 業 組 織 へ 「大 元 方 」 か ら融 資 が な され て い た 。 再 結 合 後 の 「大 元 方 」 は, こ の よ う な 資 金 配 分 機 能 を ほ と ん ど喪 失 し た 。 本 稿 で は,再 結 合 後 の1797年 下 期(寛 政九 丁 巳歳 秋季)か ら1835年 下 期(天 保 六 乙未歳 秋季)ま で の 「大 元 方 」 が ど の よ う な 動 き を し て い た の か
を,決 算 報 告 書 で あ る 『大 元 方 勘 定 目録 』 の 財 務 数 値 か らみ て い く。
な お,拙 稿 ・西 川(2002a)で 「大 元 方 」 が 創 設 さ れ た1710年(宝 永7)か ら1718年(享 保3) に つ い て,西 川(2003)で1719年(享 保4)か ら1740年1元 文5)に つ い て,財 務 数 値 に よ る 「大
元 方 」 の 経 営 の 分 析 を 行 っ た 。 ま た,1741年(寛 保 元)か ら1774年(安 永3)の 「大 元 方 」 の 経 営 分 析 に つ い て は 飯 野(2002)お よ び 飯 野(2003)を,同 苗 集 団 分 裂 期 の1775年(安 永4)か ら 1797年(寛 政9)に つ い て は 西 川(2004)を,幕 末 ・維 新 期 の1836年 か ら1892年(明 治25)に つ い て は 飯 野(2004)を,そ れ ぞ れ 参 照 さ れ た い 。 本 稿 に 記 す 三 井 大 元 方 の 財 務 数 値 は,特 に 断 り の な い 限 り,『 大 元 方 勘 定 目 録 』(三 井 文 庫 所 蔵 資 料 〉 に 拠 る 。
1企 業再結合 の分 割会計処理
三 井 の 再 結 合 は,1797年5月 に 決 定 さ れ た が(三 井 文庫,1973,資 料47),再 結 合 後 最 初 の 「大 元 方 」 の 寄 合 は 同 年7月26日 に 開 催 さ れ(三 井文 庫,1980,687頁),同 年 下 期 の 『大 元 方 勘 定 目 録 』(資 料番号=続3019)上 に 結 合 の 会 計 処 理 が 表 示 さ れ て い る 。
こ の 企 業 結 合 会 計 は,1974年 末 に 同 苗3集 団 の 各 々 に 分 割 さ れ た 資 産 ・持 分 等 を ほ ぼ 元 に戻 す よ うな 形 で 行 わ れ た 。 た だ し,「 本 店 一 巻 」 お よ び 「両 替 店 一・巻 」 へ の 各 融 資 額 の う ち,そ れ ぞ れ の 不 良 資 産 の 大 部 分 を 企 業 分 割 時 に償 却 し,残 りの 不 良 資 産 の ほ とん ど も分 割 期 間 中 に 償 却 さ れ て い た が,再 結 合 に さ い して,そ れ ら の 不 良 資 産(総 額 で銀8,600貫930匁 余)が 復 活 計 上 さ れ,そ の う ち の2割 弱(銀1,559貫)が 再 び償 却 さ れ た(西 川,1993,233‑235頁)。
再 結 合 さ れ た 資 産 と持 分 等 とは 《表1》 に 示 す よ う に,「 貸 し方 」(資 産 の部)と 「預 り方 」(資 本負債 の部)お よ び 「入 方 」(収 益 の部)と に,そ れ ぞ れ 「当 季 元 方 目録 結 合 銀 」 とい う名 称 の も と で 個 々 の 内 訳 を 明 示 し て 記 録 さ れ て い る 。 再 結 合 さ れ た 持 分 等 の 大 部 分 が,「 入 方 」 に 計 上 さ れ,損 益 計 算 を介 し て,「 有 銀 」(変 動 資本 金,維 持 すべ き資本)に 加 算 さ れ た 。 残 りの 部 分 は 「有 銀 」 に 加 算 さ れ ず に,「 六 角 様 預 〔り〕」 と い っ た 個 々 の 項 目名 で 「預 り方 」 に計 上 さ れ た 。 「預 り方 」 に 直 接 計 上 さ れ た 部 分 は,分 割 時 に 同 苗 各 家 に 「別 預 け」 の 名 称 で,各 同 苗 集 団 に 分 与 さ れ た 部 分 で あ る(西 川,同 所)。
「有 銀 」 に加 算 さ れ た 部 分 は,各 家 の 「歩 」 の 数(総 歩数 を220と し,惣 領家=62,次 男家 二30,三 男家 一27,最 末 端の連 家=2.5と い う ように家 ご とに段 階 的 に差 を付 けた)す な わ ち持 分 所 有 率 に按 分 比 例 させ て,分 割 時 に各 家 の 「大 元 方 」 に対 す る持 分 を減 額 し た 部 分 で あ る 。 分 割 さ れ た 資 産 額 と の 調 整 で,持 分 所 有 率 と は 別 に 計 算 さ れ た 部 分 が,「 別 預 け 」 と さ れ て い た(西 川,1993,188 頁)。
こ の 分 割 時 の 差 額 調 整 に は,同 苗 各 家 に お け る 「大 元 方 」 か らの 借 財 額 が 考 慮 さ れ て い た もの と思 わ れ る 。 再 結 合 時 に,資 本 取 引 で あ る は ず の 持 分 等 の 増 加 の う ち,一 部 分 が こ の よ う に分 離 さ れ て,大 部 分 が 損 益 計 算 を 介 した の は,恐 ら く,同 苗 個 々 の 「持 分 」 等 と 「有 銀 」 との 増 加 理 由 を財 務 諸 表 上 に 詳 し く明 記 し よ う とす る 工 夫 だ っ た の で あ ろ う。 そ れ は と もか く,前 述 の よ う に不 良 資 産 を復 活 さ せ た 結 果,再 結 合 に よ る 「有 銀 」 の 増 加 は,「 安 永 三 年 に 分 割 さ れ た 有 銀 よ
り も銀 七 〇 〇 〇 貫 目以 上 も多 くな っ て 」 い て,「 有 銀 に 過 大 な 操 作 が な さ れ 」(賀 川,1985,21頁) て い た の で あ る 。
財 務 数 値 か らみ た再 結 合 後 の 三 井 家 大 元 方1797年 一1835年43
《表1》 寛 政 一 致(再 結 合)の 会 計 処 理 「目録 結 合 録 」1797年(寛 政9巳)上 期 末
「貸 シ方 」(資産)増 加 額 「預 り方 」(資本 負 債)増 加 額
本店元建 か し 向店元建 か し 本店年賦納 残 向店賦納残 本店 別か し 本店 通用 差引残 本店塞 り物か し③ 元方 目録 店か し③ 両替 店元建か し① 両替 店年賦納残① 両替 店通用か し① 両 替店か し③ 江戸 家方40ケ 所
同所7ケ 所 大 坂家方4ケ 所 新 田
江 戸室町二丁 目家代 大坂梶木 町家 代 不分明之 品⑤ 伊勢方持分抱 屋敷 合計
銀 貫 匁
375.000.
300.000.
3,543.14$.8 364.072.
390.000.
4,501.000.
86$.197.87 1,sso.aoo.
2,000.000.
4,595.374.618 2,092.408.866 1,008.000.
3,393,900.
804.000.
404.770.
300.000.
90.000.
15.500.
6.000.
1,982.180.
本 店預 長井 別印 同所 預 伊勢 方② 則 右衛 門様預② 六角様預④ 竹 屋町様 預④ 出水様預④
「預 り方 」計
「大方」(収益)増 加額 北様
新町 ・家原 ・長井様 本店へ御 渡 し高 本店塞 り物 か し③ 元方 目録本店 貨③ 両替 店四軒様 御持分 両 替店塞 り物 か し① 両 替店か し③ 伊 勢方三軒様 御持分
「大方」計
「預 り方」 「大 方」計 惣 歩数余 計銀 合 計
銀 貫 匁
33.218.97 14.707.46 196.972.1
75.000.
186.230.
75.000.
5,270.613.8 2,762.821.75 1,009.302.27 868.197.87 1,860.000.
8,500.990.
4,864.733.484 1,008.000.
1,785.207.9
28,510.995.60 382.556.55
(注)① 分 割 時 の処 理 で は 投 融 資 総 額 か ら不 良 債 権 を整 理 した 純 額 で 表 示 さ れ て い た もの が,こ こ で は 総 額 で 記 載 。 た だ し,① の相 殺 後 の額 は3823貫50目 とな り,分 割 時 の3883貫50目 とは60貫 だ け くい 違 う。
② 両 者 の合 計 が211貫679匁5分6直 とな り,分 割 時 の 「小 野 田別 預 け」 額 に 一 致 。
③ 分 割 時 に は 各 店 へ 債 権 と して 大 元 方 の 資 産 に 残 さ れ て い た もの が,1788=天 明8年 の 不 良 資 産 整 理 時 に償 却 さ れ い っ た ん 簿 外 に 落 と され た もの 。
④ 三 者 の 合 計 額336貫230匁 は分 割 時 の 両 替 店 一 巻 へ の 「三 家 別 預 け」586貫126匁8分 と249貫896匁8分 の 差 が あ る が,そ の 差 額 は 分 割 時 に両 替 店 一 巻 へ 分 離 さ れ なが ら再 結合 時 に大 元 方 へ 戻 ら な い資 産9点 の合 計 額 に 一 致 。
⑤ 分 割 時 の 「両 替 店 渡 し置 」54貫 が 脱 漏 して い る の と① の 誤 記 とが 相 殺 され た 額 に等 しい。
な お,金1両=銀60匁 で 銀 額 に統 一 。
(出所)西 川,1993,234頁 よ り転 載(元 の 表 は 『寛 政 九 丁 巳七 月 ヨ リ極 月 迄 大 元 方 勘 定 目録 』(統3019)等 よ り西 川 が 作 成)。
2大 元方 の資 産 ・負債 ・資本 の推移
「大 元 方 」 は,1710年 の 創 設 時 か ら1774年 の 企 業 分 割 に 至 る ま で の 時 期 に は,現 代 の 事 業 部 制 組 織 に お け る 本 社 の よ う な 機 能 を 有 し,三 井 の 事 業 全 体 の 経 営 管 理 に つ い て,組 織 改 革 や 人 事,資 金 配 分 な ど の 意 思 決 定 を 行 っ て い た(ヒ ル シ ュ マ イ ヤ ー ・由 井,1977,79‑81頁,三 井 文 庫,1980,96‑102頁,西 川,1993,119‑‑122頁)。 資 金 配 分 を み れ ば,傘 下 の 営 業 店 の 稼 ぎ 出 し た 利 益 を 吸 い 上 げ て 資 本 を 蓄 積 す る と と も に(1721年 下 期 か ら は 「三 年 勘 定 」 と して,6期 ご と に 傘 下 営 業 店 の 留 保 利 益 の9割 が 「大 元 方 」 に振 り替 え られ る よ う に な っ た 。 そ れ 以 前 の 留 保 利 益 振 替 は不 定 期 に行 わ れ た),傘 下 営 業 店 へ 資 金 需 要 に 応 じ た 融 資 を お こ な っ て い た(西 川,1993,109‑114頁,西
《表2》 大 元 方 の 資 本 金 ・当 期 純 利 益 ・
寛政9秋 寛 政10春 寛 政10秋 寛 政12秋 文化2秋
1797下 1798上 1798下 1800下 1805下
銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁
期 首 「有 銀 」(資 本 金) 2,165,912 30,230,691 30,402,132 30,533,719 31,468,6fi2
当期純利 益 28,064,779 171,440 150,905 138,967 一219 ,478
期 末資本 金 30,230,691 30,402,132 30,553,036 30,672,686 31,249,184
不 良債権 額表示額 3,942,500 3,992,500 3,992,500 3,857,300 3,sos,ooa
不 良債権控 除後期 末資本金 26,288,191 26,409,632 26,560,536 26,815,386 27,440,184 (出所)『 大 元 方 勘 定 目録 』(寛 政 九 歳 秋 季=続3019,同 十 歳 春 季=続3020,同 年 秋 季=続3021,同 十 二 歳 秋 季=続3025,
三 歳;続3085,天 保 六 歳 秋 季=続3095)
《図1》 大 元 方 の 資 本 金1779年 下 期 一X835年 下 期
銀40,000貫
35ρ00■
30,000貫
25,000貫
20,000貫
15,000貫
10,000貫
5,000貫
0
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〒‑1‑1■1‑「‑1‑1‑1■1■ †‑r‑1‑1‑1‑▼‑r■1‑1‑¶ 輯1‑▼‑1‑▼ 一 甲r7‑▼‑1‑¶‑r吻 〒‑1‑1‑¶‑r1‑1‑¶ 一 冒噌1一
+期 末資本金(B/S表 示額)嚇 不良資産 表示額 噛 「不良資産」控 除後資本金
(出所)『 寛 政 九丁 巳 歳 七 月 ヨ リ極 月 迄 大 元 方 勘 定 目録 』(続3019)〜 『天 保 六 乙 未 歳 従 七 月 至 極 月 大 元 方 勘 定 目録 』 (続3095)
川,2002,167‑168頁)。 企 業 分 割 に よ っ て 「大 元 方 」 は この よ う な 機 能 を 失 っ た が,1797年 の 再 結 合 後 も,「 三 年 勘 定 」 は復 活 せ ず,「 大 元 方 の 蓄 積 機 能 も非 常 に 限 定 的 な の で しか な か っ た 」 の で あ る(賀 川,1985,22頁)。
そ れ で は,ま ず,「 大 元 方 」 の 資 本 金 と純 利 益 の 推 移 を 見 て み よ う 。 『大 元 方 勘 定 目録 』 に は, 貸 借 対 照 表 と損 益 計 算 書 と を 表 示 した 後 に,資 本 金 の 修 正 計 算 と修 正 後 の 資 本 金 に 対 す る 同 苗 11家 そ れ ぞ れ の 持 分 額 を 表 示 して い る。 資 本 金 の 修 正 計 算 で は,ま ず,期 首 資 本 金(有 鋤 を示 し,そ れ に 当 期 純 利 益(当 季 目録 尻)を 加 え て 期 末 資 本 金(正 味 惣有 物 高)を 計 算 し,そ こ か ら不 良 債 権 額(口 印)を 差 し引 い て,修 正 後 の 期 末 資 本 金 額(引 残 て)を 表 示 して い る 。
《表2》 に,期 首 資 本 金,当 期 純 利 益,期 末 資 本 金,不 良 資 産 額,お よ び 不 良 資 産 控 除 後 期 末 資 本 金 の 各 々 の 額 を,1797年 下 期 か ら1835年 下 期 ま で に つ い て,『 大 元 方 勘 定 目 録 』 の 資 本 金
財 務 数 値 か らみ た再 結 合 後 の三 井 家 大 元 方:1797年 一1835年45 不 良 債 権1779年 下 期 一1835年 下 期
文 化7秋 1810下
文 化12秋 1815下
文 政3秋 1820下
文 政8秋 1825下
文 政13秋 1830下
天保6秋 1835下
銀 貫 匁
32,285,138 189,238 32,474,376
3,860,000 28,614,376
銀 貫 匁
33,140,750 116,039 33,256,789
5,727,480 27,529,309
銀 貫 匁
28,930>X98 98,879 29,029,477
526,000 28,503,477
銀 貫 匁
29,719,121 96,661 29,815,782
525,000 29,290,782
銀 貫 匁
30,644,734 169,845 30,814,579
750,000 30,064,579
銀 貫 匁
32,755,670 79,603 32,835,274
783,000 32,052,274
文化 二 歳秋 季=続3035,同 七 歳 秋 季=続3045,同 十 二 歳 秋 季=続3055,文 政 三 歳秋 季=続3065,同 八 歳 秋 季=続3075,同 十
修 正 計 算 の 部 分 に表 示 さ れ て い る銀 額 通 り に掲 げ る。 ま た,期 末 資 本 金,不 良 資 産 の,お よ び不 良 資 産 控 除 後 の 修 正 期 末 資 本 金 の 推 移 を 折 れ 線 グ ラ フ に し て,《 図1》 と して 掲 げ る。 た だ し,
《表2》 で は,紙 幅 の都 合 か ら,1800年 下 期 以 降 に つ い て は5年(10期)ご と に して い る 。 前 述 の よ う に,「 本 店 一 巻 」 お よ び 「両 替 店 一・巻 」 へ の 不 良 融 資 額 の 銀7,000貫 以 上 を再 結 合 時 に 復 活 さ せ た が,そ の 他 の 不 良 債 権 も含 め て,銀4,000貫 弱(1797年 下期 で銀3,942貫500匁) に つ い て は,貸 借 対 照 表 の 資 産 の 部 に計 上 さ れ た 個 別 項 目 ご と に 口(四 角)の 印 を押 して 計 上 す る と と も に,資 産 の 部 の 末 尾 に 不 良 資 産 総 額 を注 記 して い る(た だ し,京 都 両替 店 を通 じて行 って い る大名 貸 し=「 京 両替店拠金 か し」 の銀3,300貫 強につ いて は,個 別項 目ご とに不 良債権 を示 さず,概 算 で銀 600貫 としてい る。江 戸両替 店 を通 じての 「江 戸元 方拠金 か し」 につ い ては,合 計 金額 に口 を押 印)。 過 去 に 償 却 した 債 権 の 全 額 を不 良 債 権 と認 識 し な か っ た 理 由 や 不 良 資 産 の 認 識 基 準 に つ い て は不 明 で あ る 。 上 述 の よ う に,こ の 口 印 の 不 良 資 産 総 額 を 差 し引 い て,期 末 資 本 金 の 修 正 計 算 を 行 っ て い る 。
1814年(文 化11)下 期 に 不 良 資 産 表 示 額 が 銀5,700貫 強 に 増 え て い る の は,「 両 替 店 一 巻 」 へ の 融 資 額=銀8,500貫 強(表3の 「両 替 店か し」 には 定額投 資の 銀2,000貫 を含 む)の う ち,銀2,306 貫 ほ ど を 不 良 資 産 と認 識 した こ と が 主 因 で あ る 。1817年(文 化14)下 期 に 「再 度 不 良 資 産 の 整 理 が な さ れ た 。 同 年 の 上 期 か ら下 期 に か け て 資 産 総 額 が 銀 五 〇 〇 〇貫 目ほ ど減 少 し,そ れ との 相 殺 を 行 っ て 有 銀 も ほ ぼ 減 少 し て い る」(賀 川,1985,22頁 。 た だ し,「有 銀」=資 本金 の減 少 は損 益計 算 を 介 していて,償 却額が 「払方」e損 益計算書 の費用 の部 に計上 され てい る)。 そ し て,「 文 化 十 四 年 の 整 理 の 際 に は 口 印 が 銀 五 一 九 四 貫 目 も減 っ て い る」(賀11L1985,23頁)。 こ の 償 却 額=銀5,194貫 程 は,「 両 替 店 一 巻 」 へ の融 資 額 の う ち 銀3,314貫 余(上 記 の銀2,306貫 余 を含 む),「 本 店 一 巻 」 へ の 融 資 額 の う ち 銀1,860貫,お よび 「京 両 替 店 拠 金 か し」 の う ち 銀19貫 弱 で 構 成 され て い る。
3資 本の 内容
《表3》 に,『 大 元 方 勘 定 目録 』 の 貸 借 対 照 表 部 分 を 要 約 し て,再 結 合 前 後 の1797年 上 期 か ら 1798年 上 期 の 連 続 し た3期 と,1800年 下 期 か ら5年(10期)ご と に1835年 下 期 ま で 掲 げ る 。 表
《表3》 大 元 方 の 資 産 ・資 本 ・負 債
1797上 1797下 1798上 1800下 1805下
銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁
預 り方(負 債 ・資 本 の 部) 預 り方 預 り方 預 り方 預 り方 預 り方
期 首 「有 銀 」 2,184,744 2,165,912 30,230,691 30,533,719 31,468,662 利 足 積 等(引 当 金 ・積 立 金) 2,93].,2$6 2,946,706 2,951,024 2,961,017 3,920,709
同苗 ・親 族 預 り 85,737 655,902 712,108 785,391 1,193,908
元 〆 ・奉 公 人 預 り 21,909 51,997 21,839 24,776 49,070
店 々 ・江 戸 元 方 預 り 2,196,586 1,606,926 47,926 55,926 47,926
町 人 ・農民 等 預 り 20,890 10,850 la,s50 7,850 5,920
寺社等預 り 34,601 34,729 34,767 27,857 35,237
大 名 ・武 士 等 預 り .. 80,474 80,583 77,881 ...
大坂御用達 ・江戸御 用金等 2,476,24」. 2,493,973 2,540,005 2,595,135 2,608,551 預 り方(負 債 ・資 本)合 計 10,033,837 1.0,032,991 36,595,514 37,014,423 39,348,867
貸 し方(資 産 の 部) 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁
本 店 ・向店 か し 521,067 12,205,201 12,204,978 12,201,419 12,201,419
両替店か し ユ68,690 9,736,838 9,796,463 9,830,085 s,7so,go3
松 坂店か し 20,600 20,000 20,000 20,000 70,000
本 封 付 ・穴 蔵 銀 919,900 519,900 519,900 528,570 528,570
元方有物 19,966 19,966 19,966 18,761 18,761
江 戸 ・大 坂 家 代 ・新 田 1,306,500 6,994,350 6,992,090 6,690,350 6,711,540 元 方 有 家 ・京 伊 勢 居 宅 店 々 152,852 1,306,500 1,306,500 1,306,500 1,306,500
有 金銀 14,426 224,305 355,149 325,679 1,378,707
同 苗 ・親 族 か し 36,661 177,618 ユ88,840 423,385 855,135
元 〆 ・奉 公 人 等 か し 30,892 18,350 16,376 25,989 22,791
町 人 ・農 民 等 か し 3,310,935 27,fi38 27,507 57,990 44,363
寺社 か し 493,493 30,820 30,323 21,645 27,093
京 両替店拠金 か し 4,620 3,309,fi57 3,310,197 3,329,601 3,957,959
江戸 元方拠金 か し 3,000,000 491,598 485,598 376,355 228,074
大 名 ・武 士 等 か し 4,098 3,918 12,410 33,365
大坂御 用金 ・江戸 御用金 か し 3,000,000 3,000,000 3,00a,000 3,000,000
貸 し方(資産)合計 10,004,195 38,097,770 38,235,497 38,168,739 40,157,080 預 り口 ・貸 し口差 引 〆 一29 ,643 28,064,779 1,639,984 1,154,317 808,213
右貸 高ノ内 口印(不良資産) 3,942,500 3,992,500 3,857,300 3,809,000 (出所)寛 政 九 歳 春 季(1797年 上 期,続3018)を 加 え て寛 政 十歳 下期 の もの を除 い た外 は 《表2》 に 同 じ。
の"預 り方(負 債 ・資本 の部)"の な か で,"利 足 積 等(引 当金 ・積 立 金)"と し て 示 し た も の の ほ と ん ど は 「利 足 積 」 で,こ れ は 大 名 貸 しな どか らの 利 息 収 入 を,収 益 と して 認 識 せ ず に,損 益 計 算 を介 す る こ と な しに 引 き 当 て た もの で あ る 。 企 業 分 割 前 の 「大 元 方 」 に は,多 種 の 引 当 金 ・積 立 金 が あ っ た が(西 川,2002a,2002b参 照。 なお,江 戸 時代 に は引 当金 と積 立金 と を区 別 してい ない),再 結 合 後 に は 「利 足 積 」 以 外 の 引 当 金 ・積 立 金 は ほ と ん ど な い 。 た だ し,後 述 す る よ う に,同 苗 ・ 親 族 預 りの 大 部 分 は,実 質 的 な 引 当 金 ・積 立 金 と考 え ら れ る。
財 務 数 値 か らみ た 再 結 合 後 の 三 井 家 大 元 方:1797年 一1835年47 1779年 上 期 一1835年 下 期
1810下 1815下 1820 下 1825 下 1830 下 1835 下
銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁
預 り方 預 り方 預 り方 預 り方 預 り方 預 り方
32,285,138 33,140,750 28, 930,598 29, 719,121 30, 644,734 32, 755,670
4,018,174 4,182,563 4, 226,935 4, ・::: 4, 448,151 4, 630,173
1,469,693 1,324,756 1, 432,fi20 2, 049,261 2, 863,864 3, gag,X70
54,455 24,720 24,720 23,064 22,720 53,680
47,926 50,926 21,000 3,000 3,000 39,000
10,099 7,136 4,456 30,632 22,186 21,133
18,000 18>000 18,000 19,500 18,000 18,000
17,881 612,430 692,640 384,240 81,699 37,505
2,726,685 3,039,605 3,1:・1: 3, 131,224 2, 887,075 2, 963,885
40,648,052 42,400,827 38, 442,559 39, 659,727 40, 991,430 43, 922,766
銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁 銀 貫 匁
12,591,419 12,451,419 10, 044,319 10, 209,119 10, 306,419 9, 951,419
11,136,433 10,563,333 6, 691,848 6, 928,088 6, 900,588 6, 440,338
70,0ao 70,000 7a,000 72,682 91,389 37,740
114,555 918,570 918,570 444,570 858,570 756,560
19,023 157,553 146,655 147,028 146,911 18,962
6,741,540 6,741.,540 6, 738,540 6, 732,040 7, 045,440 7, 237,440
1,30fi,500 1,306,500 1, 306,500 1, 306,500 1, 306,500 1, 306,500
760,932 i,398,293 809,831 266,111 343,349 1.:1!
971,114 246,710 3, 132,391 4, 971,202 6, 221,591 8, 540,023
38,572 44,775 53,869 26,466 19,046 27,438
117,575 89,836 98,012 150,605 196,550 234,999
33,736 58,427 51,630 44,800 57,964 91,077
4,235,442 4,509,814 4, 534,422 4, 529,696 4, 531,773 4, 497,717
223,942 206,751 205,721 204,474 200,740 199,003
27,145 15,415 25,645 25,660 60,815 25,765
3,660,000 4,957,562 4, 965,362 4, 965,362 4, 404,110 4, 236,329
42,048,449 43,727,728 39, 763,063 40, 980,240 42, 680,037 44, 002,370
1,400,397 1,326,902 1, 320,504 1, 320,513 1, 688,607 79,603
3,860,000 5,727,480 526,000 525,000 750,000 783,000
1797年 下 期 で,「 貸 し 方 」(資 産 の 部)合 計 額 と 「預 り 方 」(資 本 負 債 の 部)合 計 額 と の 差 額=銀 28,064貫 余 の ほ と ん ど は,前 述 の 「目 録 結 合 銀 」 の 銀27,929貫 余 が 占 め る(表1参 照)。 再 結 合 前 ま で の 『大 元 方 勘 定 目 録 』 で は,貸 借 対 照 表 で 計 算 さ れ た 純 損 益(「 貸 し方 」 と 「預 り方 」 との 差 引 額)と 損 益 計 算 書 で 計 算 さ れ た 純 損 益(「 入 方 」 と 「払 方 一 との 差 引 額)と が 一 致 し て い た が,「 寛 政 九 年 〔1797〕 か ら 天 保 三 年 〔1832〕 ま で は そ の 差 引 が 一 致 して い な い 。 貸 方 ・預 方 の 差 引 が 入 方 ・払 方 の 差 引 よ り 銀 一 〇 〇 〇 貫 目 ほ ど 多 く な っ て い る 」(賀 川,1985,23頁 。 〔 〕 内 は 西 川 が 挿
入)。 こ の 不 一・致 額 を も う 少 し細 か く計 算 し て み る と,1797年 下 期 で 銀1,468貫 余,1800年 上 期 か ら1808年 下 期 ま で は 銀952貫 余 か ら 銀1,197貫 余 の あ い だ で 変 動 し,1809年 上 期 か ら1825 年 下 期 は 銀1,210貫 余 か ら 銀1,223貫 余,1825年 下 期 か ら1832年 下 期 は 銀1,506貫 余 か ら 銀 1,532貫 余 で あ る(ユ812年 下 期 か ら1815年 下 期 まで の あ い だ は 「貸 し方 」 と 「預 り方 」 との 差 ≡額 計 算 が 表
《図2》 大 元 方 の 自 己 資 本 ・資 本 金:11年 下 期 一1835年 下 期
銀50,000貫
45,000貫
40,000貫
35,000貫
30,000貫
25,000貫
20,000寅
15,000貫
10,000貫
5,000貫
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一← ・負債 資 本 合 計額 鰯 一 変動 資 本 金(有 銀) 癖 引 当金 ・積 立 金(利 足積 な ど)
→ ← 自 己資 本 合 計額
1800下1805下1810下1815下1820下1825下1830下1835下
1790年 代 の も の を 除 い た 外 は,表1・ 表2と 同 じ 。
《図3》 大 元 方 の 各 種 資 本 比 率:11年 下 期 一1835年 下 期
00%
1800下1805下1810下1815下
(出 所)図2と 同 じ デ ー タ か ら西 川 が 計 算 。
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→ 一資本金比 率 嚇 自己資本 比率1 一魯一自己資本 比率2
1820下1825下1830下1835下
財務i数値 か らみ た再 結合後 の三井家大元 方:1797年 一1835年49 示 され てい ないが,西 川が算 出)。 純 損 益 計 算 で 貸 借 対 照 表 差 額 と損 益 計 算 書 差 額 と が こ の よ う に大
き く食 い 違 う理 由 は 不 明 で あ る が,こ の 両 者 の 不 一 致 の 時 期 に は,期 末 資 本 金 の 計 算 で期 首 資 本 金 に加 算 す る 純 利 益 額 は 損 益 計 算 書 に 表 示 さ れ た値 で 計 算 さ れ,そ の 資 本 金 額 に 基 づ い て 前 述 の 修 正 期 末 資 本 金 が 表 示 さ れ て い る。 な お,1833年 上 期 か ら再 び 貸 借 対 照 表 と損 益 計 算 書 と で の 純 損 益 が 一 致 す る よ うに な る。
《図2》 と して,「 大 元 方 」 の 負 債 資 本 合 計 額,資 本 金 額,引 当 金 ・積 立 金 の 額,お よ び 自 己 資 本 額 の1800年 下 期 か ら1835年 下 期 ま で の5年 ご と の 推 移 を,折 れ 線 グ ラ フ に して 示 し た。 各 項 目 と も1820年(文 政3)下 期 に 下 降 して い る の は,前 述 の1817年 下 期 に お け る 不 良 資 産 償 却 に よ る 。
負 債 資 本 合 計 額 に対 す る資 本 金 額 の 割 合(資 本金比率),同 じ く 自 己 資 本 額 の 割 合(自 己 資本 比 率 1),お よ び 自 己 資 本 額 と 同 苗 ・親 族 預 り との 合 計 額 の 割 合(自 己 資本比 率2)を,1800年 下 期 か ら 1835年 下 期 ま で5年 ご と に,折 れ 線 グ ラ フ に し て 《図3》 に示 し た 。 資 本 金 比 率 お よ び 自己 資 本 比 率1は 徐 々 に低 下 して い る が,自 己 資 本 比 率2は ほ と ん ど横 這 い で あ り,同 苗 へ の 債 権 額 の 増 加 に伴 っ て 引 当 を 増 や して い っ た こ とが 伺 え る 。
4資 産の 内容
《図4》 に,「 大 元 方 」 か ら営 業 店 へ の 投 融 資 額 の1800年 下 期 か ら1835年 下 期 ま で の5年 ご と の 推 移 を,折 れ 線 グ ラ フ に して 示 した 。 グ ラ フ の な か で,"両 替 店 か し"と した もの は,「 両 替 店 一 巻 」 へ の 投 融 資 額 で ,こ の 中 には前 述 の よ うに定 額 出 資 の銀2,000貫 を 含 む。"本 店 ・向 店 か し"は,「 本 店 一 巻 」 へ の投 融 資 額 で,「 京 都 本 店 」 へ の 定 額 出 資=銀375貫 と 「向 店 」 へ の 定 額 出 資=銀300貫 と を含 む 。"合 計"に は 「松 坂 店 」 の 投 融 資 額 も含 ま れ る が,《 表2》 に 示 し た よ
う に,そ の 額 は 「本 店 一 巻 」 お よ び 「両 替 店 一 巻 」 に対 す る もの に 比 べ れ ば 僅 か で あ る 。3者 と も,1820年 下 期 に大 き く下 降 し て い る の は,前 述 の1817年 下 期 に お け る不 良 資 産 償 却 に よ る。
「大 元 方 」 の 資 産 総 額 に 対 す る こ れ ら店 々 へ の 投 融 資 額 の 割 合 を,1800年 下 期 か ら1835年 下 期 ま で5年 ご と に,折 れ 線 グ ラ フ に して 《図5》 に示 し た 。 こ れ ら3つ の 比 率 は,不 良 資 産 償 却 で 大 き く下 降 し た後 に,漸 減 す る が,そ れ は 資 産 総 額 の漸 増 に よ る 。 資 産 総 額 の 漸 増 は,次 に 述 べ
る よ う に,主 と し て 同 苗 へ の 貸 出 増 に よ る 。
《図6》 に,「 大 元 方 」 の 主 要 な 債 権 の 推 移 を示 し た 。"御 用 金 か し"と し て 示 し た も の は,幕 府 が 米 価 対 策 の 囲 米 の 「資 金 と して,江 戸 ・大 坂 の 町 人 か ら御 用 金 を 徴 収 し た 」 も の に対 す る
「三 井 の 応 募 額 の 累 計 で あ る 」(三 井 文庫,1980,354頁)。 こ の 返 済 額 は,「 預 り方 」 に 計 上 さ れ て い る た め に,そ の 分 が 架 空 資 産 ・架 空 負 債 と な っ て い る 。"大 名 貸 し"お よ び"御 用 金 貸 し"に 寺 社 や 町 人 ・農 民 へ の貸 付 も加 え て"他 貸 し合 計"と して 示 し,そ れ に"同 苗 ・親 族 か し"を 追 加 して"債 権 合 計"と し た 。"他 貸 し合 計"が ほ ぼ 横 這 い で あ る が,同 苗 ・親 族 へ の 貸 付 が 増 大 し て い る こ とか ら債 権 合 計 額 が 増 大 して い る 。 同 苗 の 「大 元 方 」 か ら の 借 入 は,「 安 永 持 分 け
銀25,000貫
20,000貫
15,000貫
101000貫
5ρ00貫
0 (出所)
《図4》 大 元 方 か ら店 々 へ の 投 融 資 1800年 下 期 一1835年 下 期
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1800下1805下 図2と 同 じ。
+本 店 ・向店かし 噸 両替 店か し 噛 一合計(含松坂店)
1810下1815下1820下1825下1830下1835下
《図5》 大 元 方 か ら店 々へ の 投 融 資 比 率1800年 下 期 一1835年 下 期
700%
600%
500%
400%
300%
200%
100%
0.0%
1800下1805下1810下1815下
(出 所)図2と 同 じ デ ー タ か ら西 川 が 計 算 。
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一◇幽本 店 ・向 店/資 産 合 計 嚇 一両 替 店/資 産 合 計 一伽 店 々合 計/資 産 合計
X820下1825下1830下1835下
〔企 業 分 割 〕 の 期 間 に,同 苗 が そ れ ぞ れ 本 店 一 巻,両 替 店 一 巻,松 坂 店 に 分 属 して い た 時 期 の 借 財 が そ の ま ま寛 政 一 致 〔再 結 合 〕 後 に 持 ち越 さ れ て お り」(三 井 文庫,1980,541頁 。 〔 〕内 は西 川 が挿入),さ ら に,「 三 井 家 同 族 は私 生 活 費 な どで ほ か の 商 人 か ら の 借 財 を急 増 さ せ,大 元 方 が そ の 肩 代 わ り を せ ざ る を え な く な っ た 」(賀 川,1985,22頁)。 た だ し,グ ラ フ 中 の1815年 の"同
財 務 数 値 か らみ た再 結 合 後 の 三 井 家 大 元 方:1797年 一1835年51
《図6》 大 元 方 の 主 要 な 債 権1800年 下 期 一1835年 下 期
銀30,000貫
25,000貫
20,000貫
15、000貫
10,000貫
5,000貫
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1800下1805下 (出 所)図2と 同 じ 。
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一ト 同 苗 ・親 族 か し 一鰯一大 名 貸 し 喰 一御 用 金 貸 し
→ ← 他 貸 し合 計 一鞭 債 権 合 計
1810下1815下1820下1825下1830下1835下
苗 ・親 族 貸 し"の な か に は,こ の 肩 代 わ り分 が 含 ま れ て い な い の で 注 意 を 要 す る。 「文 化 一 四 年 (一八 一七)下 期 まで に大 元 方 に付 け 替 え られ た 同 苗 借 財 の 額 は 〔中 略 〕 一 八 八 五 貫 目余 」 と な っ た(三 井文庫,1980,542頁)。 「使 途 の 明 細 は 明 らか で な い が,居 宅 普 請 金,私 生 活 費,交 際 費, 古 美 術 蒐 集 費 な どが 主 で あ っ た とみ ら れ 」(同 頁),「 文 化 一 四 年 一 一 月 に 作 成 さ れ た 「新 掟 書 」
は,同 苗 の 他 借 り を 堅 く戒 め 」 た(同,543頁)。 しか し,そ の 後 に 「大 元 方 」 か ら同 苗 へ の 貸 付 が 急 増 し て い る こ と を 図6か ら見 て 取 れ る。
5負 債 の内容 と資産 構成比率 ・負債 構成比率
「大 元 方 」 の 主 要 な 債 務 の 推 移 を,1800年 下 期 か ら1835年 下 期 ま で5年 ご と の 折 れ 線 グ ラ フ に して 《図7》 に示 した 。"同 苗 ・親 族 預 り"に は,「 大 元 方 」 か ら同 苗 に 支 給 さ れ る 生 活 費 で あ る 「賄 料 」 や 同 苗 の役 職 手 当 で あ る 「役 料 」 の 一 部 を 現 金 で 支 払 っ て い な い 未 払 賄 料 や 未 払 役 料 な どで 急 増 し て い くが,そ れ ら は,同 苗 へ の不 良 債 権 に備 え て 「大 元 方 」 内 部 に 留 保 し た実 質 的 な 引 当金 ・積 立 金 と考 え た 方 が よ い の か も知 れ な い 。
1815年 お よ び1820年 の"他 借 り合 計"の な か に は,同 苗 個 人 の 他 借 り を 「大 元 方 」 が 肩 代 わ り して,「 文 化 一 二 年(一 八 一五)に 紀 州 藩 か ら 銀 六 〇 〇 貫 目 を借 り入 れ て 同 苗 借 財 の 一 部 を 返 済 」(三 井文庫,1980,541頁)し た 分 が 含 ま れ て い る 。
前 述 の よ う に,「 大 元 方 」 の 資 産 総 額 の 漸 増 額 の 主 な も の は 同 苗 へ の 債 権 の 増 加 で あ り,上 記 の よ う に,同 苗 貸 し不 良 債 権 に対 す る実 質 的 な 引 当 金 ・積 立 金 と考 え ら れ る もの が そ れ に伴 っ て 増 加 して い る の で,"同 苗 ・親 族 貸 し"と"同 苗 ・親 族 預 り"と を相 殺 し,ま た,"幕 府 御 用 金 貸