富山大学保健管理 セ ンター 斎 藤 清 二
Seiji Saito I An Application of in the Health Care for Students
Evidence Based Medicine (EBM) and Staffs in Toyama University
1。 は じめ に
富山大学保健管理 セ ンターは,大 学 の構成員で ある学生,お よび教職員の健康増進,健 康支援を その本務 としている。近年,健 康管理,保 健管理 活動 は,疾 病 の治療,管 理か ら,そ の予防や健康 支援,健 康増進へ と重点 を移 して来た。 しか しな が ら,従 来のヘルスケアは,必 ず しも妥当性 の証 明 された方法論 によって行われて きたとは言えな い面があ り,さ まざまな介入 に本当に効果がある のかについて,不 明瞭なままに行われて きたと言 える。近年,医 療 において,個 々の患者のニーズ と最大幸福 の実現 に焦点 を当て る,「患者 中心 の 医療 :Patient― centered Medicine」の考 え方 が 重用視 され るよ うにな りD,そ のよ うな実践 にお いて 「車 の両輪」 と考え られているのが,「根拠 に基 づ く医療 :Evidence― based Medicine(EB M)」2° と 「物語 と対話 に基づ く医療 :Narrative―
based Medicine(NBM)」 5.0で ぁ る。 し か しなが ら, これ らの方法論 は,あ くまで も 「医療の現場 における個々の患者」に焦点を当てるものであ り, 必ず しも疾患 を有 しない 「健康者の集団」を対象 とするヘルスケアの領域にそのまま適用するには, 理論的,方 法論的な検討が必要である。本項では, 大学生 と大学教職員のヘルスケアという観点か ら,
EBMと NBMの 概念 と方法論 を再検討 し,ど の よ うな実践 に結 びつ けるべ きかについての考察を 試み る。
2. EBMあ る もヽは Evidence‐ based Health Care(EBHC)に お ける問題 点
1)エ ビデ ンスとEBMの 混同
EBMと は,「 個 々の患者 の ケアに関わ る意志
を決定す るために,最 新かつ最良の根拠 (エビデ
ンス)を ,一 貫性を持 って,明 示的な態度で,思
慮深 く用 いること。」 と定義 されているつ。 ここで
言 う 「エ ビデ ンス」 とは,原 則 として臨床疫学的
に得 られた情報の ことを指す。つ まり,EBMと
は,臨 床疫学か ら得 られた情報を,臨 床現場 にお
いて,「個 々の患者 につ いての臨床判断」 のため
に有効に利用するための方法論である。 もちろん,
臨床疫学的な情報 とは,人 間集団 における統計学
的研究か得 られ る情報であるか ら, もともとエ ビ
デ ンスとは 「 集団 と しての人間」 について述べ る
ものであり,原 則 としてそれは確率論的情報であっ
て,個 々の患者の未来 について決定的な予測を与
える ものではない。 そのよ うな限界を考慮 して,
EBMを 臨床現場で実行す るに当た っては,有 名
な 「EBMの 5つ の ス テ ップ」 が提 唱 され て い
る2)。
2
上記か ら明 らかなように,元 来 「エ ビデ ンス」
とは,「人間集団」の:レベルで有効 な概念であ り, それを個人 に適用す るための方法論 が 「EBM」
であるか ら,「エ ビデ ンス」 と 「EBM」 とは全 く 異 なった概念 なのであるが,本 邦ではこの両者が しば しば混 同 されて用 い られてお り,時 には,
「EBMに 基 づ く○○病診療 のガイ ドライ ン」 な どとい う,滑 稽 な表現が散見 される。 「
2)「 エ ビデ ンスの質」 につ いての混乱
さらに混乱を助長 させているもう一つの要因は,
「エ ビデ ンスの質」 とい う概念である。 これ は, 実際の臨床判断 に臨床疫学的情報を利用 しようと す る時, し ば しば,厳 密 な意 味 でのエ ビデ ンス (すなわち十分 に批判的吟味 に耐えた臨床疫学的 情報)が 得 られないことがある, とい う問題 を解 消す るための方策である。要す るに,質 の高 い情 報が得 られない時に限 っては,質 の低 い情報 を臨 床判断のために用 いて もかまわない とす るもので あ る。 ここで は, エ ビデ ンス とい うことばが,
「臨床判断を行 うための根拠 となる情報」 とい う 一般名詞 として用いられているのであるが,そ の ために,「 エ ビデ ンスとは批判的吟味 に耐 え る妥 当性のある臨床疫学的な情報 である」 とい う,本 来のエ ビデ ンスの定義 とずれて しま っているので ある。 .
最 も大 きな混乱 の もとは,表 1に 示すよ うなエ ビデ ンスの階層表の最下段 にではあるが,権 威者
の意見が含 まれているとい うことである。 そ もそ も EBMを 医療 に導入す る最大 の 目的が,「権威 者の見解や経験 に基づ く医療への挑戦」であった ことを考えれば,ラ ンクが低 いとは言え,権 威者 の意見をエ ビデ ンスの中に含めるとい うことが, いかに EBMの 本来の目的か ら見て矛盾 している か ということは容易 に見て とれることであろう。
3)EBL〔 と EB HC あ るいは EBPH
前項 で示 したように,エ ビデ ンスを 「 批判的吟 味に耐えて妥当性 を有す る臨床疫学的情報」 と定 義す るな らば, これを 「 個人 と しての患者の臨床 判断 に利用す る」行為が EBMの 実践である。健 康管理 において も,日 の前の個人 (例えば健康診 断で異常が発見 され,健 康指導 のために呼 び出さ れた,あ るいは自主的に健康相談 に訪れた学生や 労働者)に 対 して,上 記のよ うな実践 を行えば,
これは EBMの 実践 と呼んで良いだろう。 しか し, 健康診断項 目の評価や,健 康増進のための施策 を 採用す るかどうかの判断のためにエ ビデ ンスを利 用す るとすれば,こ れは狭義 の EBMの 実践 とは 言 えず,む しろ,Evidence― based Health Care ( EB HC ) あ る い は , Evidence― ba s ed P ubl i c Health(EBPH)と 呼 ぶべ きで あ る し,現 実 に そのよ うな呼び方がすでになされているの。
ここで重要 な ことは,EBHCの 実践 とは,集 団 に対す るエ ビデ ンスの評価が中心 となるので, 個人への適用である EBMに 比べれば,本 来の臨
表 1 :米 国予防医療研究班が認定す るエ ビデ ンス
( 矢野栄二他編, E BM健 康診断, 医 学書院2 00 3: pl lより引用)
I
Ⅱ‑1
Ⅱ‑2
Ⅱ‑3
Ⅲ
適切 な無作為化比較試験 (RCT) よ くデザイ ンされた比較試験
よ くデザイ ンされたコホー ト研究 または症例対照研究 介入前後 の時間経過の繰 り返 し観察
比較対照 はないが劇的な結果を得 た介入 権威者 の意見
記述研究,症 例報告,専 門家委員会 の報告
床疫学の 目的 に近 いとい うことである。 に もかか わ らず,現 在 までの健康管理 において,エ ビデ ン スに基づ く施策の決定 とい う発想 は十分 に取 り入 れ られて来なか った。以下 の項では,健 康管理活 動 を構成す る 2 大 要素 ( 健康診断 と健康相談) の ひとつである,健 康診断項 目について,エ ビデ ン スによる評価 と施策決定への提言 とい う観点か ら 考察す る。
3 .健 康診 断項 目に対 す るエ ビデ ンス評 価 ここでは,個 人 に対す る EBMの 実践のプ ロ ト コールを,あ る集団に対する実践 として類比的に 適用す る形で,健 康診断項 目の評価を行 う。 それ
は以下 の よ うな問題 と して定式化 され る。
P:無 症候 のある年齢層の集団 に I:健 康診断のある項 目を実施す ると C:そ の項 目を実施 しないの と比べて
介入 による予後の改善が期待で きるか ?
なお, ここでい う健康診断 とは,原 則 として,
「 特 に病気や異常が あるとは思 って いない者 に対 し,健 康状態や,気 づかずにいる疾病 の有無 を調 べるために行 う診察や検査」と定義する。 したがっ て,何 らかの症状を有す る人が,そ の症状の原因 を調べ る目的で医療機関を訪れた り,人 間 ドック や健康診断を受診 した りす る場合,そ れは本来的 な意味での健康診断 とは呼ばない。健康診断 とは, あ くまで も無症候の集団 における何 らかの疾病の スク リーニ ングである。 スク リーニ ングに有用性 があると言 うためには,以 下のよ うな条件を満た
している必要がある勁 。
1)目 的疾患が対象集団にとって重要であるこ と。 │
2)目 的疾患 に有効 な介入法があること。
3)検 査が簡便で有効性が高 いこと。
例えば,保 健管理 セ ンターは,大 学生 と教職員 の健康管理を行 うことをその本務 とす るが,大 学 生 を対象集団 とす るスク リーニ ングと,教 職員 と では,重 要 な疾患 は明 らかに異な っている。 いわ
ゆる生活習慣病 と呼ばれ る疾患群 は,教 職員の年 齢集団においては,早 期発見 と予防的介入が重要 であることについては,お おむね合意が得 られ る であろう。 しか し, 18歳 か らせいぜい 20歳 代 後半 までの学生集団 において,生 活習慣病への介 入が どの くらい意味があるか につ いて は議論があ り,介 入の効果 にういてのエ ビデ ンスはほとん ど ない。大学生の死亡 の最大の要因 は不慮 の事故で あ り,第 2位 は自殺である。大学生 において, う つを始め とす るメ ンタルヘルスヘの対応がいかに 重要であるかは明 らかであろ う。
ある疾病が,例 えその年齢集団にとって重要で あ って も,異 常発見者 の予後を改善す る有効な介 入法が確立 されていないとすれば,そ のスク リー ニ ングを行 う意味はほとんどない。 また,健 康診 断を集団に対 して行 うためには,比 較的簡便で コ ス トがかか らず,か つ感度,特 異度が二定水準以 上 の検査法でなければ実効性がない。多人数を能 率良 く検査で きるとい うこと‐ も重要である。
本邦 において は,学 生 に対 して は,1学校保健法 によって,職 員に対 しては労働安全衛生規則によつ て定期健康診断項 目が決定されてお り,'各施設 に おいて有用性 に基づ く項 目を選択す る余地 はほと ん どないのが現状である。現在,本 学で行われて いる定期健康診断項 目について,米 国 (一部 カナ ダ)に おけるエ ビデ ンスの と勧告の レベルをまと め ると以下 のよ うになるの。 なお,予 防的介入 の 勧告 ランクは,以 下 の通 りである。
A:定 期健診 に含むべ きとす る確かなェ ビデ ン スがある8
B:定 期健診 に含むべ きとす るエ ビデ ンスがあ る。
C:定 期健診 に含むべ きか否かのエ ビデ ンスに 乏 しい。 │
D:定 期健診 に含めないとす るエ ビデ ンスがあ る。
E:定 期健診 に含 めないとす る確かなエ ビデ ン スがある。
表 2に 示 された結果を見 ると,我 が国で,法 律
4
表 2:我 が国の健康診断項.日と米国の勧告 (―部カナダの広告を含む) (矢野栄二他編,EEM健 康診断,医 学書院2003:p12より引用)
エ ビデ ンスの質
勧 告 ラ ン ク1)既 往歴 ・業務歴 2)自 覚 症状 ・他覚症状 3)身 長 0体 重
視力 聴力
4)胸 部 X線 ,喀 痰検査 (肺癌)
(結核) 5)血 圧 6)尿 検査 ‐ ̲
尿糖 尿蛋白 7)貧 血検査
(鉄欠乏性貧血) 8)肝 機能検査
(AST, ALT, GGT) 9) 血 中脂質検査
(T‐ Chol) (TG) (HDL―C) 10)血 糖 11)心 電図
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II‑2
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I, II‑2 11‑2 11‑2, III I I ‐ 2 11‐ 2
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