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『ボスニア紛争報道 メディアの表象と翻訳行為』 (みすず書房、

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ICR 河原清志

ことば越え くに越え 平和 睦まじく

本書は 2011 9 月に本研究科博士後期課程を修了した坪井睦子による博士論文『メディアの 表象と翻訳行為:ボスニア紛争報道に関する言語人類学的考察』を修正・再構成してみすず書房 から 2013 年に出版したものである。まず本書の際立った特徴を紹介する。本書の第一の特徴は、

メディア翻訳研究の本邦での先駆けとなる研究である点である。翻訳研究はおもに西洋を端とし て始まり、本格的な展開を見せてまだ数十年の歴史しかない。そのなかでメディア翻訳はいわゆ る文芸・出版翻訳が翻訳の典型であるとされる翻訳概念のいわば周縁的な分野だと思われがち で、研究が始まったのも 2000 年前後からだといえる。西洋でもまだ先行研究が少ないなか、日 本で画期的なメディア研究を手がけたのが本書であるという位置づけとなる。第二の特徴は、一 般に日本で翻訳研究というと西洋のメジャーな言語と日本語との言語間翻訳を対象にすることが 多いなか、坪井は自身の地域研究や国際関係論からの関心から、東欧・バルカン諸国における複 雑な多民族共存状況に着目し、とくに旧ユーゴスラヴィア連邦の民族問題の研究を、翻訳学と言 語人類学を架橋するという手法で展開している点である。西洋の中のいわば周縁とみなされがち な東欧諸国で起きている出来事を、メディアがマイナー言語から英語、そして日本語へ、という 翻訳行為を介してどのように報じるのかについて、メディア翻訳の視点で分析し論じるというの は、二重の意味で周縁的特徴が際立った画期的な研究だといえる。

坪井は、 1990 年代に起きた旧ユーゴスラヴィアの一連の紛争、その中でも凄惨きわめたボス ニア紛争がなぜ起き、世界がそれをどのように表象し、日本でどのようなインパクトをもって報 じられたかについて、紛争発生以来絶えず問題意識をもち続けてきたのであろう。 2006 4 に本研究科の門を叩き、「翻訳」と「報道」という視点を導入して、修士論文『社会行為として の翻訳:ボスニア紛争のコンテクスト分析』を完成させた。これは批判的談話分析を翻訳研究に 応用したものである。次いで博士後期課程で言語人類学を修め、翻訳学の言語理論と文化理論と が相容れない状況を、社会記号論を土台にした言語人類学を応用してその架橋を試みた。具体的 には、言語の社会指標機能に焦点を当てて、セルビア・クロアチア語、英語、日本語の三言語テ クストを比較対照するというテクスト分析、および国際関係論や地域研究、メディア研究を応用 したコンテクスト分析とを統合して完成させた。それが本書の土台になった博士論文である。

では、本書のあとがきに掲載されている既発表論文などを頼りに、坪井の研究の跡を辿ってみ よう。修士論文で坪井は、ボスニア紛争をめぐる報道の翻訳を取り上げ、自身の長年にわたる同 地域の地域研究を土台にしつつ、ベーカーの等価概念を使った翻訳研究とファンダイクの批判

坪井睦子 著

『ボスニア紛争報道  メディアの表象と翻訳行為』

(みすず書房、

2013

年、

A5

版、

360

頁、

6,500

円+税、上製本)

河原清志

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181 書評

的談話分析を使ったメディア研究を理論的枠組みにして、 Newsweek と『ニューズウィーク日本 版』の英語原文テクストと日本語翻訳テクストの談話分析を行った(坪井, 2008 )。この論文で 坪井の一貫した研究の主旨が端的に示されている。つまり、メディア翻訳は trans-editing 称されるように「翻訳」と「編集」とが混然一体としたプロセスを経るものであるところ、原文 である英語テクストも現地の出来事やメディア報道の広い意味での翻訳(文化翻訳と言語間テク スト翻訳)のプロセスを経て産出されたものであり、欧米、とくにアメリカのメディア産業によ る「ボスニア」という「東」への権力関係、偏見、ステレオタイプを内包する trans-editing を経たテクストであること、そしてその翻訳である日本語の記事も欧米メディアのある種歪んだ ボスニア表象を反映し、さらに日本という東欧からはるか遠い地での再コンテクスト化によって、

日本語へのさらなる trans-editing を経てその歪みを増幅しつつ欧米メディアの政治イデオロ ギーを維持していることを説いている。

その後、坪井はまず、修士論文の趣旨を論文にまとめている(坪井, 2009 )。修士論文で は「等価」について語および語を超えるレベル、文法レベル(モダリティ)、テクスト形成レ ベル(結束性)、語用論レベル(一貫性)で分析し、かつ「 CDA による談話分析」をトピッ クと行為主体、引用、含意について行ったが(坪井, 2008 )、この論文ではとくに語レベルに ついて ethnic cleansing に、結束性について Muslim(s) Bosnian(s) に、一貫性について concentration camp に注目し分析を行った。次に坪井は、新たにドキュメンタリー番組( The

Death of Yugoslavia )の言説分析を行った論文を発表した(坪井, 2010 )。この論文では社会記

号論系言語人類学に依拠し、コミュニケーション理論として出来事モデルを導入しつつメディア 翻訳を相互行為としてとらえて分析を行った。具体的には起点テクストによってなされているこ と(社会指標機能)と、起点=目標テクスト間における言及指示面でのシフトを手がかりに目標 テクストの社会指標機能を分析している。「内戦」が「戦争」に、「それ」が「民族浄化」になる など、起点テクストを解釈する過程を通して翻訳者や編集者が選択した訳語が、当時の欧米メデ ィアの主張を既成事実として前提的に指標していること、結果として BBC という欧米メディア の主張に加担しつつ新たな言説を日本語で紡ぎ出していることを立証した。ここに博士論文のお およその主意が示されているといえる。

さらに坪井は、博士論文が依拠する二つの分野である翻訳学と社会記号論系言語人類学につい て、メディア翻訳研究の立場から論文を発表している。前者はアンソニー・ピム著『翻訳理論の 探求』(武田珂代子訳、みすず書房、 2010 )の書評論文である。翻訳学の潮流として言語理論と 文化理論が登場し、両者が必ずしも相容れない状況であることをパラダイムの観点から説明して いるピムの著作に対して、坪井は両者を架橋する理論として社会記号論系言語人類学を紹介し つつ、「等価」概念に再考を迫ることを主張している(坪井, 2011 )。そしてこの論文を敷衍し ながら後者の論文では、グローバル化社会とメディア翻訳研究の今日的課題という問題意識から、

社会記号論系言語人類学のいくつかの概念装置をメディア翻訳研究に適用する方法について論じ ている(坪井, 2012 )。このような研究を積み重ね、さらに分析対象として上記二つのほか、外 交・国際専門誌( Foreign Affairs )とルポルタージュ( The Fall of Yugoslavia )の二つを加えて検 証することによって博士論文を結実させた。それを 360 頁の大著の形で世に問うているのが本 書である。

では、本書の構成と内容を紹介してみよう。本書は序章にひきつづき、第 I 部「メディア翻訳

への視点:言語行為の多層性」では第 1 章「グローバル化とメディア翻訳」、第 2 章「メディア

翻訳と紛争報道に関する研究」、第 3 章「翻訳学における『等価』理論の展開」、第 4 章「現代

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ICR 河原清志

社会記号論系言語人類学と出来事モデル」、つづいて第 II 部「メディアの表象と翻訳:ボスニア 紛争報道の言説分析」では第 5 章「ボスニア紛争の経緯と歴史的背景」、第 6 章「ボスニア紛争 と国際社会」、第 7 章「紛争をめぐる解釈とメディア言説」、第 8 章「メディア翻訳の言説分析」、

最後に終章という体系で構成されている。目を引くのは、坪井の一連の研究で扱っている学問分 野の範囲である。翻訳学と言語人類学を中心に、言語、社会、文化を扱う学問諸領域、メディア 研究、地域研究、歴史学、国際政治学に及ぶ範囲の広さがあげられる。これは社会記号論系言語 人類学が言語テクストの解釈行為の複層性を説いていることの当然の帰結であろう。テクストは 単に透明な空間で紡ぎ出されるコードの連鎖ではなく、巨視的・微視的なさまざまなレベルでの コンテクストで生起する、入り組んだ諸コンテクストを反映させたイデオロギッシュな語用実践 行為であり、複数言語を介在した翻訳はさらに複雑な営みであって、出来事に対する原文の表象 の歪みが翻訳によって増幅される、あるいは隠蔽される危険性を常に孕んでいる。そのことを立 証するために、英語のみならずセルビア・クロアチア語にも通ずる坪井が、ボスニア紛争をめぐ る豊富な報道テクストのデータを分析し、かつ複雑なコンテクストを、多岐にわたる学問分野を 大きくまたぎ込んで緻密に検証した結果が本書である。したがって本書の読者は、本書のどこを 切り取っても、その緻密さと分析・説明の説得力に圧倒されるであろう。

また、本書の魅力として特筆しておきたいことがある。上述のとおり本書が扱っている研究対 象であるボスニア紛争の社会状況が複雑であることに加えて、とくに社会記号論系言語人類学が 顕著であるが、適用する諸々の理論やその概念装置、そしてそれを説明している元々の学術テク ストが難解かつ複雑であることが指摘できる。しかし坪井はこれらを見事に自身のことばとして 引き受け、解釈し、わかりやすい形で読者に提示しているのである。これは、紛争はことばの行 き違いによって生じ、事実を歪んだ形でことばとして発していることによって争いが激化するも のであることを、極めて冷静に見つめていることの表れだと思われる。けっして衒学趣味に堕す るのでなく、虚心坦懐にテクストを分析し、明晰に検証し説明したいという熱い思いがあればこ そ、複雑な事象や難解な理論をできるだけ平易に説明したのだと推察される。また、これは坪井 の優しさでもあろう。東欧という世界の周縁と思われている地域で無残な紛争や内戦が起き、そ の一因が欧米メディアによる対立や紛争の一面的理解あるいは扇動的言説にあること、欧米メデ ィアによる情報操作が現地の民族主義を助長する結果となったことを、日本という現地からはる か遠い地から冷静に見ていたのであろう。そしてさまざまな問題を抱えながらも長い年月を通し 培われてきた多民族共生の存続を願う人びとの声といった現地における多様な言説が、欧米のメ ディアや日本では報道されることがない事実もしっかり見据えていたのであろう。消費財として ニュースの商品価値を高めるために、一部、扇動的な表現で翻訳しているメディアがあること、

複数の情報筋ではなく欧米メディア経由の情報に偏向して翻訳され報道されていることを、坪井 は研究の過程で如実に焙り出したのである。そこには、なんとかして「ことば」による誤解から 対立や紛争が発生したり激化したりすることがないように、との坪井の強い悲願が感じられる。

坪井が本書で語りかけることばには、そういう優しく、力強い思いが込められている。

参考文献

坪井睦子(2008).『社会行為としての翻訳:ボスニア紛争報道のコンテクスト分析』立教大学大学院修士 論文[未刊行].

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183 書評

坪井睦子(2009).「翻訳、テクスト、コンテクスト―ボスニア紛争とそのメディア表象」『異文化コミュ ニケーション論集』第7号,83-99頁.立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科.

坪井睦子(2010).「相互行為としてのメディア翻訳―ドキュメンタリー番組の言説分析」『通訳翻訳研究』

第10号,141-160頁.

坪井睦子(2011).「『等価』再考―『翻訳理論の探求』に探る翻訳学の新たな可能性」『異文化コミュニケー ション論集』第9号,129-138頁.立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科.

坪井睦子(2012).「グローバル化とメディア翻訳:社会記号論系言語人類学の切り開く新たな地平」『翻 訳研究への招待』第7号,41-59頁.

参照

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