Rikkyo Clinical Psychology Research 2014, Vol. 8, 57- 65
立教大学大学院現代心理学研究科 山本 耕太
A survey of the dissertations adopting the Grounded Theory Approach for analysis in clinical psychology in Japan
Kota Yamamoto (Graduate School of Contemporary Psychology, Rikkyo Univerity)
日本の臨床心理学領域におけるグラウンデッド・
セオリー・アプローチ(GTA)を用いた研究の概観
問題と目的
近年わが国の臨床心理学研究において,質的研 究が大きな広がりを見せている。質的研究とは,
「具体的な事例を重視して,それを時間的,地域 的な特殊性のなかでとらえようとし,また人びと 自身の表現や行為を立脚点として,それを人びと が,生きている地域的な文脈と結びつけて理解し ようとする分野である」(Flick,1995) であり,
能智(2011)によれば「データ収集と分析,結果 の提示において,従来の研究において用いられて いたような数量よりも,研究対象の言語的な表現 を重視する経験的な研究」と定義される研究であ る。
質的研究が脚光を浴びている背景として能智
(2011)は,①質的研究が実践というテーマに視 野を広げていること,②実践も事例研究以外の質 的研究法に視野を広げていること,③実践と質的 研究の技能に共通性があること,の3点を挙げて いる。また臨床心理学のみならず,社会学,教育 学,看護学,などで質的研究が活発になった要因 として, 無藤(2008) は「20世紀の学問の流れ の中で,言語を重視する立場や現象学また社会構 成主義などのとらえ方が広がったことを受けつ つ,従来からの質的なアプローチが認識論的にま た方法論的に洗練されてきたことが大きい。ま た,それと共に,その学問においても,扱うべき 対象や問題が広がり,一方でマイノリティや個人
展 望
The purpose of this study was to survey the dissertations in which the Grounded Theory Approach (GTA), one of the most typical analysis methods used in qualitative research, was used. This study was a first step towards surveying all qualitative studies in clinical psychology in Japan. Fourteen dissertations were abstracted from three main scholarly journals in Japan, seven of which were related to the practice of clinical psychology, and three of them dealt with the process of qualitative research. In the studies with practice of clinical psychology as the main theme, the GTA was useful for developing theories on the process underlying the practical activities. However, quite a few studies were found to have problems in employing the GTA appropriately. Some studies showed a lack of understanding or inconsistent use of the GTA. This suggests that researchers as well as evaluators of studies faced problems with the use of the GTA. In contrast, some studies were found to generate theories on the process involved in practical research, inductively, based on the straightforward and honest opinions of the study collaborators. This suggests that the GTA could be a very useful tool for studies aimed at explaining the practical aspects of clinical psychology.
Key words : research in clinical psychology, qualitative study, Grounded Theory Approach (GTA)
また個人的な事柄の持つ複雑さが理解されてきた ことと,他方で社会的に重要な問題を取り上げる ことが要請されるようになり,従来からの実験的 ないし統計調査的な方法ではどうしてもうまく研 究対象として扱うのが難しいことが増えてきたこ と」と述べている。心理社会的問題の多様化に伴 い,臨床心理学の実践,研究の対象が多様化した こと,質的研究がより洗練されてきたこと,そし て質的研究と臨床心理学との親和性の高さなどが 臨床心理学研究における質的研究の広がりの要因 といえよう。
このように臨床心理学研究で広がりを見せてい る質的研究の中でも,近年多く用いられるように なった研究法の1つに, グラウンデッド・ セオ リ ー・ ア プ ロ ー チ(Grounded Theory Approach, 以下,GTA)が挙げられる。その理由としてGTA を実際に用いた論文では,①数ある質的研究法の 中でも最も手続きが体系化された代表的な方法で あること,②研究対象の実状を反映した質的デー タに基づき理論化を行えること,の2点が主に述 べられている(花嶋,2011,; 西村,2009; 高 岡,2010など)。筆者も実際にGTAを使用してみ て,理論化までの徹底した分析体系を実感した。
また,GTAが採用された研究論文が学術誌に掲 載されることにより,その後の研究でGTAを採 用する例が増えるという現実的な側面もあるだろ う。
しかし,質的研究法の中でも手続きが体系化さ れているといわれているGTAも,「データ対話型 理論の発見」(Glaser & Strauss, 1967) で考案さ れてから現在に至るまでに,複数の種類に分化,
発展してきている。各々に認識論や方法論的手続 きの違いがあり,一概にGTAと呼ぶにはいささ か違いが大きすぎるようにも思われる。
そして,臨床心理学研究における質的研究全体に 目を向けると,現時点で質的研究を用いることに より一定の知見が蓄積されてきているにも関わら ず,実際に質的研究を用いた論文を概観し,質的 研究の利点や課題等を検討した研究は行われてい ない。
このような現状を踏まえ,本論ではGTAの概 要を説明し,現在考案されているGTAを紹介し た上で,臨床心理学研究においてGTAを用いた 研究を概観する。それによって,臨床心理学にお ける質的研究全体の概観の端緒を開くとともに,
どのGTAがどのような研究テーマに用いられて いるのか,その使用方法は適切であるのか,どの ように研究論文としてまとめられているのかを取 り上げ,GTAを用いた臨床心理学研究の現状と 課題,そして今後の展望を検討する。
GTA の概要とその種類
GTA が考案された背景
GTAは, 数量的研究で知られたコロンビア大 学社会学部で訓練を受けたGlaserと, 徹底した フィールド調査の伝統を持つシカゴ大学社会学部 で,「人を主体的で,創造的で,内省的だと考え る。そして人と人との相互作用を重要視し,意味 と行為の動的な関係に着目し,人々が意味を創造 し 伝 え る 活 動 の プ ロ セ ス に 焦 点 を 当 て る」
(Charmaz,2006) という「シンボリック相互作 用論」を提唱したBlumerのもとで学んだStrauss の2人の社会学者の共著,「データ対話型理論の 発見」(Glaser & Strauss,1967) の中で初めて紹 介された質的研究法である。GTAがこの2人に よって考案された理由として木下(1999)は,「
当時の社会学における検証重視の研究の在り方に 対する2人の批判的立場から提起された 」 と述べ ている。 そして,1960年代の社会学における研 究活動の状況を「すなわち,構想力豊かな社会学 者によって論理・演繹的に導かれた誇大理論,グ ランドセオリーが社会学の研究水準を代表するも のと位置づけられ,それらから仮説を導き検証を 試みるという研究活動が展開されていたのであ る。自然科学的科学観に立脚し,厳密な検証を重 ねることで社会学においても自然科学に匹敵しう る理論の成立が志向されていた。だが,そうした 試みが期待された結果をもたらさなかったり,検 証結果が蓄積的効果につながらず,結果としてグ
ランドセオリーの証明に至らないにも関わらず,
そうした研究の在り方自体が反省的に問い直され るのではなく,むしろ検証の方法をさらに科学的 に厳密化する方向で対処しようとすることで,根 底にある科学観はより強固になっていくという展 開」であったと表している(木下,1999)。この ような研究動向を批判し,「データを重視した分 析から理論生成を促す新しい社会学調査のあり方 を提起したもの」(木下,2007)がGTAであった。
このGTA考案をめぐる社会学の研究動向に関し ては,現在の臨床心理学研究にも当てはまる部分 があるだろう。
GTA の種類とその理論的背景
GTAは, 考案者の2人が袂を分かち, その後 様々な変遷を経て,現在では大きく分けて,①オ リジナル版, ②Strauss・Corbin版, ③Glaser版,
④ 修 正 版(M-GTA), ⑤ 戈 木 ク レ イ グ ヒ ル 版,
⑥社会構成主義版(CGTA)の6つに分類される までに多様化している。同じGTAを標榜してい
ても,背景となる認識論や,具体的な分析方法に は違いがある。
大まかに理論的背景の違いを挙げていくと,① のオリジナル版はGlaserの自然科学的実証主義と
Straussのシンボリック相互作用論の双方を持って
おり,②と③はオリジナル版の考案者が袂を分け た後のものであり,②のStrauss・Corbin版はシン ボリック相互作用論,③のGlaser版は自然科学的 実証主義の色合いが濃くなっている。④の修正版
(M-GTA)は,オリジナル版の主張を元にしなが
ら,実用性の向上を目指し,プラグマティズムの 立場をとっている。具体的には後述の「フォーマ ル理論」(Glaser & Strauss,1967) ではなく「領 域密着理論」(Glaser & Strauss,1967) の生成に 重きをおき、生成された理論の評価に関しては
「応用者」(木下,2007)、 一義的には「実務者」
に委ねているという点が特徴である。⑤の戈木ク レイグヒル版は,②のStrauss・Corbin版と同じ立 場であることをStraussとCorbinに直接師事した 戈木自身が表明しているが,理論的背景に関して
Table1 現在提唱されているGTA一覧
オリジナル版 Strauss・
Corbin 版 Glaser 版 修正版
(M-GTA)
戈木クレイグ ヒル版
社会構成主義版
(CGTA)
提唱され
た年 1967年 1990年 1992年 1999年 2006年 2006年
提唱者 Glaser & Strauss Strauss・Corbin Glaser 木下康仁 戈木クレイグヒ
ル滋子
Charmaz
認識論
実証主義とシン ボリック相互作 用論の双方。た だし明確ではな い。
シンボリック相 互作用論。
実証主義。 シンボリック相 互作用論に基づ い た プ ラ グ マ ティズム。
シンボリック相 互作用論。ただ し明確には示さ れていない。
シンボリック相 互作用論とプラ グマティズムを 基盤とした社会 構成主義。
分析方法 の特徴
コード化という 用語は用いられ ているが,方法 は明示されてい ない。
デ ー タ の 切 片 化,オープン・
軸 足・ 選 択 的 コーディングの 導入。
より厳密なデー タ の 切 片 化,
コ ー デ ィ ン グ ファミリーの導 入。
切片 化の 否定。
分析ワークシー ト,分析焦点者 の導入。
Strauss・Corbin 版 を 踏 襲 し つ つ,概念図など を導入。
研究対象者との 相互行為を通し てのデータ収集 と 分 析。 行 の コード化。
※山野(2009)を参考に改変
の説明不足,戈木が独自に開発した概念図などを 用いている点から,本論では別のバージョンとし て分類した。また⑥の社会構成主義版は,考案者 のCharmazがStraussに直接指導を受けており,そ こからシンボリック相互作用論を受け継ぎつつ も,「1,世界やわれわれ自身を説明する言葉は,
その対象によって規定されない,2,世界やわれ われ自身を理解するための言葉や形式は,社会的 産物である,3,世界や自己についての説明がど の位の間支持されるかは,その説明の客観的妥当 性ではなく, 社会的過程の変遷に依存して決ま る,4,言語の意味は,言語が関係性のパターン の中で機能するあり方の中にある,5,既存の言 語形式を吟味することは,社会生活のパターンを 吟味することにほかならない」(Gergen,1994) という5つの前提条件を持つ社会構成主義と,シ ンボリック相互作用論に「意味と断固とした現実 を集合的プロセスの産物と考える」という共通点 があるとし,GTAに社会構成主義を取り入れ,
研究者と研究協力者の相互作用をより一層重視 し、データの収集のみならず,分析,生成された 理論の修正に至るまで研究協力者と協働しながら 行うという立場をとっている。理論的背景の詳細 は各々のGTAの解説書を参照されたい。
GTA の目的
GTAは,「特定の具体的な領域における顕著な 問題」(Charmaz,2006) を対象とする。 そして 自然科学における体系化された普遍的知識として の「理論」を生成するのではなく,データに根付 い た「領 域 密 着 理 論」(Glaser & Strauss,1967) の生成を目的としている。また,それらの領域密 着理論を横断して,より抽象度の高い「フォーマ ル理論」(Glaser & Strauss,1967) の生成も目指 す。これらの点に関しては,どのGTAも表現の 差こそあれ共通している。そして理論生成終了の 目 安 と し て は「理 論 的 飽 和」(Glaser & Strauss, 1967)という考え方が用いられる。理論的飽和の 概念に関しては,GTAの提唱者によって違いが あるのだが,共通点としては,新たなデータを収
集・分析しても,その時点で生成されている理論 に大きな変化がないことが挙げられる。
GTA の分析方法
GTAは,オリジナル版が考案された段階では,
分析方法が明示されていなかった。その後,前述 のようにGTAが分化する中で,分析方法が明確 になっていった。しかし各GTAで分析方法に違 いがあり, 同じ用語でもその意味するところが 違っている。ここでは,多くのGTAで共通して 用いられている「データの切片化」,「コード化」,
「理論的サンプリング」について説明を加えてお く。本論は各GTAの解説を目的とはしていない た め, 各GTAの 分 析 方 法 の 詳 細 に 関 し て は,
Table1に記載した提唱者の出版物を参考された
い。 特に修正版(M-GTA) は独自の分析方法が 多いため,注意が必要である。
Ⅰ.データの切片化
テキストデータを文脈から切り離し,テキスト を区切ること。修正版(M-GTA)以外のGTAで はすべて用いられている。データを区切る際の目 安は各GTAによって異なる。
Ⅱ.コード化
切片化されたデータに小見出しをつけること。
そしてコード化したものを共通点に着目してカテ ゴライズし,そのカテゴリーに小見出しをつける こと。次にカテゴリー同士をまとめ,それに小見 出しをつけること。これを行うことのより,テキ ストデータを段階的に抽象度の高いまとまりにし ていく。
Ⅲ.理論的サンプリング
数量的研究のランダムサンプリングに対して,
データを収集する際,無作為ではなく意図をもっ てサンプリングを行うこと。GTAでは「継続的 比較分析」という,データから抽出されたコード やカテゴリーと正反対の性質を持つものを想定し ながら分析,サンプリングを行う。この際,その 時点では想定でしかないコードやカテゴリーを収 集できる可能性のある対象からデータを収集する ことなどが,理論的サンプリングの具体例であ
る。
GTA を用いた臨床心理学研究の概観
文献収集の方法
本論では,臨床心理学研究におけるGTAを用 いた研究を対象としたが,臨床心理学研究が掲載 される学術誌は数多くあり,現実的制約の中では そのすべてを概観することが不可能であったた め,日本の臨床心理学研究が投稿,掲載される主 要な学術誌の中で,それを刊行している学会規模 の大きさから『心理学研究』,『心理臨床学研究』,
『教育心理学研究』の3誌を対象として文献を収 集した。各誌の初発刊から2013年9月までに刊行 された学術誌の中で,GTAを用いた研究を抽出 し, その中でも研究テーマが臨床心理学的であ り, かつ原著論文であることを条件としたとこ ろ,14本の研究論文に絞り込まれた。それらを 一覧としてまとめたものがTable2である。はじめ てGTAを用いた臨床心理学研究が今回対象とし た学術誌に掲載されたのが2003年であり,その 後2009年から急激に本数を増やしていることが わかる。
研究テーマに関して
今回抽出された14本の論文のうち,7本が実践 家を調査協力者とし,その実践内容をテーマとし ていた。これは,①質的研究が実践というテーマ に視野を広げていること,②実践も事例研究以外 の質的研究法に視野を広げていること(能智,
2011),の2点を端的にあらわした結果といえる だろう。特定の具体的な領域における顕著な問題 を対象とし,限定的な領域密着型の理論生成を目 指すGTAは,臨床心理学においてともすれば職 人芸になりがちな心理臨床の実践を,実践家の生 の声を収集し分析することによって理論化し,説 明可能にするためには有用な方法論であるといえ る。このことは,心理臨床実践の評価や教育にも つながるだろう。
また,14本中3本の研究がプロセス研究である
ことを明確に謳っていた。そして実践家を調査協 力者とした研究のうち6本の研究結果も,実践の プロセスを理論化したものだった。ここでいうプ ロセスとは,「識別可能な標準点である明確な始 めと終わり,そしてその間にある基準点を持つと 思われる,展開中の時間的連続性からなり,ある 程 度 の 不 確 定 性 を も つ も の」(Charmaz,2006) である。GTAの主な理論的基盤である「シンボ リック相互作用論」は,前述のように「人を主体 的で,創造的で,内省的だと考える。そして人と 人との相互作用を重要視し,意味と行為の動的な 関係に着目し,人々が意味を創造し伝える活動の プ ロ セ ス に 焦 点 を 当 て る」(Charmaz,2006)。 よってGTAを用いて生成される理論はプロセス を持ったものであり,静的な対象,もしくは動的 な対象の時系列の一部を切り取り,俯瞰で見たよ うな理論を生成するよりも,動的でプロセスを 持った対象を理論化する研究に適しているといえ る。プロセス研究に関しては,近年まで明確な手 続きを持った研究法がGTAのみであったが,サ ト ウ(2009) が「複 線 経 路・ 等 至 点 モ デ ル
(TEM)」を考案しており,質的研究の中でもプ ロセス研究に関心が集まり始めている。これは,
心理臨床の実践をテーマとする場合,実践家,実 践対象のどちらを研究の対象としても,心理臨床 実践の中で起きていることには当然プロセスがあ るため,このプロセスを捉え,心理臨床実践を理 論化しようとする試みが増えていることを示唆し ている。
GTA の使用方法に関して
14本の中で用いられていたGTAの種類として は,Strauss・Corbin版7本, 修正版5本, 戈木ク レイグヒル版2本,オリジナル版1本であった。
ま ず,GTAの 具 体 的 な 使 用 方 法 だ が,Strauss・
Corbin版を用いた2本,オリジナル版を用いた1
本の研究論文で,コード化の部分のみが用いられ ていた。GTAは理論生成を目的とした方法であ り,コード化はそのための1つの手法に過ぎない。
コード化のみを用いるのであれば,分析方法とし
Table2 GTAを用いた臨床心理学研究一覧(2013年9月現在)
筆者 発表年 研究対象 研究目的 GTA の種類 GTA の使用法
原田 2003 大学生 人はどのように他者の悩みを聞くのかを
明らかにする Strauss・ Corbin版
コード化のみ
水野 2004 18歳~30歳の青年 わが国の現代青年は信頼できる友人との 関係をどのように捉えているかを探索的 に探る
Strauss・ Corbin版,
修正版
理論的飽和まで
原田 2004 弁護士とその相談者 専門的相談がどのように遂行されるのか
を実践現場のデータから明らかにする Strauss・ Corbin版
コード化のみ
上村・石隈 2007
小学校教員 保護者面接において教師がどのように面 談を展開し保護者との連携を構築してい るのかに関するプロセスの仮説生成と,
他の相談と保護者面接の比較
修正版 理論的飽和まで
西村 2009
20代~30代前半の 男女
日常生活で体験される焦りとはどのよう な体験か,その焦りはどのように生じ,
どのような状態であるのかを明らかにす る
Strauss・ Corbin版
理論的飽和まで
木村 2010
高校の社会科教師 授業中に教師が経験する感情とその生起 状況を同定し,感情と認知,行動,動機 づけとの関連を検討する
戈木クレイグ ヒル版
理論的飽和まで
高岡 2010
児童相談所の臨床家
(児童心理司,児童 福祉司)
現場の臨床家が関係構築の難しい処遇困 難な養育者に対して,どのように関係構 築を図るアプローチを行っているのかに ついて検討
Strauss・ Corbin版
理論的飽和まで
花嶋 2011
民間のひきこもり支 援団体の利用者
ひきこもりを経験した若者が居場所を利 用しながら職業生活を確立するプロセス を明らかにする
Strauss・ Corbin版
理論的飽和まで
三山 2011
巡回発達相談を受け た保育所・幼稚園の 保育者
心理の専門家による巡回相談のやりとり のなかで保育者の概念変容がどのように 生じるのか,そしてどのような要因がそ の概念変容に影響を及ぼすのかを明らか にする
修正版 理論的飽和まで
橋本・安岡 2012
青年期のひきこもり を呈した一事例
心理アセスメント結果をどのように作業 同盟の形成に役立て心理療法につないで いくのか,またClがなにを感じ,どう 変化していくのかを明確にする
オリジナル版 コード化のみ
竹田 2012
神経性過食症および 特定不能の摂食障害 をもち通院中の女性 患者
自己概念に関する特性的・文脈的把握の 中に存在する自己物語の抽出・カテゴリ 化を行い,それを用いてモデル作成を試 みる
修正版 理論的飽和まで
山本 2012
中学校教師 担任教師にスクールカウンセラーとの協 働の開始を促す状況とは,どのようなも のかについて,担任教師の視点からボト ムアップ的な現状把握を行うこと
Strauss・ Corbin版
理論的飽和まで
吉村 2012
ス ク ー ル カ ウ ン セ ラー(臨床心理士)
スクールカウンセラーに学校へ入ってい くプロセスを振り返ってもらうことを通 して,スクールカウンセラーが学校へど のように入って活動を展開しているかと いうことを知見としてまとめる
戈木クレイグ ヒル版
理論的飽和まで
青木 2013
研 究 趣 旨 に 賛 同 し た,問題を抱えた健 常者
問題の見方や体験のされ方が心理療法に よってどのように変化するのかを,複数 事例に共通する問題および解決のイメー ジを比較することによって明らかにし,
クライエントから見た望ましい対応につ いて検討する
修正版 理論的飽和まで
てGTAを採用したとはいい難い。最近刊行され た学術誌の中でも,副題にGTAを用いた趣旨が あるにも関わらず,実際はコード化のみを用いて おり,その研究が原著論文として採用されてい た。この点に関しては,研究論文を評価する側に も課題があることを示しているだろう。
次に,各GTAの使い分けだが,研究対象の違い や各GTAの特徴を踏まえた上での使い分けは見 受けられなかった。むしろ執筆者の所属するグ ループや出身校など,執筆者の属性によって,用 いられるGTAの種類に偏りがあった。文中で各 GTAの認識論に言及し,認識論をそのGTAの採 用理由にした論文もなかった。GTAを採用した 理由を本文中に記載することはもちろん,なぜそ のGTAを採用したのか,特にその認識論的背景 の違いについては,研究そのものの視点を明示す るものであるため,きちんと述べることが望まし い。
また,3本の研究の中で見られた方法として
「メンバーチェック」があり,これは分析者以外 の手を借り,分析方法の妥当性を担保しようとし たものである。しかし,前述のシンボリック相互 作用論が主な理論的基盤であるGTAでは,研究 者と研究協力者,得られたデータと研究者の相互 作用を用いて理論生成を行う研究方法であり,
データを収集する段階から,分析し理論的飽和に 至るまで,一貫して1人の研究者が行うからこそ 理論的飽和まで至るのである。そこに,データ収 集にも分析にも関わっていない第3者の考えが入 ることは,GTAの特徴を損なうものであり, こ の「メンバーチェック」はどのGTAにおいても 用いられるべきではないと思われる。
一方で,2本の論文の中では,分析結果を調査 協力者にフィードバックし,分析の臨床的妥当 性, 信憑性を高めようとしていた。 これはPAC 分析(内藤,1997) や社会構成主義的GTAなど で用いられている方法であるが,質的研究につき まとう「恣意性」の軽減を明確化でき,なおかつ 研究者と調査協力者が更なる相互作用を行えると いった点からも,望ましい方法であるといえるだ
ろう。
そして,質的研究全般で必要とされる分析過程 の可視化,および透明性は,多くの論文で為され ていた。この点の難しさに関して能智(2011)は
「質的研究の論文をまとめる際の最大のチャレン ジの一つ」とまで述べている。特に学術誌におい ては紙面に限りがあり,分析の手順と研究者の思 考の発展過程がある程度わかるように工夫する
(Silverman,2004)には,大変な労力を要する。
最後に,GTAを用いた分析における終着点で ある理論的飽和だが,これは採用するGTAの種 類によって多少意味合いが異なる。しかしすべて に共通しているのは,その時点で生成されている 理論に,新しいデータを加えても理論に劇的な変 化がなくなった状態,ということである。この点 に関して今回の14本のうち,コード化のみを用 いた3本を除けば,すべて理論的飽和に至ったと いう意味合いの記述があった。
GTA の今後の展望
今回の概観を通して,GTAの使用方法や採用 理由に誤解やばらつきがあり,説明不足である研 究が多く見られた。またGTAを含む質的研究自 体も,結果の表記の仕方や限られた紙面における 分析の透明性の確保など,解決しなければいけな い課題が残っている。なにより,実績主義のアメ リカでは質的研究を用いると手間と時間がかかり すぎるため,GTAの発祥の地でありながらも質 的研究が衰退していっているという現実もある。
一方,木下(2003)は,質的研究の評価方法に関 して,「研究分析方法だけでなく,問いと結果を 評価できる人間を加える必要がある。具体的には ヒューマンサービス領域であれば実務に詳しい研 究者や実務に精通した人に内容を評価してもらう こと」を挙げている。質的研究に関して,特に自 然科学の文脈で臨床心理学を理解してきた研究者 の場合,評価者となった際に突きつけられる課題 は多い。
また,概観した14本中5本の研究で用いられて
いた修正版GTAは,1つ大きな問題を抱えてい る。それはインタラクティヴ性の欠如である。こ れは修正版GTAの問題点というよりも,それを 使用する研究者の問題といえるのかもしれない が,能智(2013)はGTA全体の往還の過程の後 景に言及した上で「すでに収集されたデータと分 析 者 の 間 に お け る イ ン タ ラ ク シ ョ ン を 中 心 に
M-GTAを用いており,教科書でもデータ収集と
分析の間の往還の手続きは,どちらかといえば解 説が手薄になっている」と述べている。その他の GTAはデータ収集と分析を繰り返す形が基本と なっているが,修正版の場合,分析方法の特徴か らデータ収集は一度で済ませられてしまうことも 多い。実際,現実的制約からこの点に有用性を見 出し,修正版を採用している研究もあるだろう。
しかしGTAにおいてデータ収集と分析,分析の 現段階と前段階など,「行きつ戻りつを繰り返し ていく」(戈木,2006) ことは, 方法論として1 つの大きな特徴であり,これを行うことにより データに根付いた帰納的な分析で理論化が行える のである。修正版を用いる場合には,この点に注 意し,できる限りデータの収集と分析を繰り返す べきであろう。
一方でGTAは,研究協力者の生の声から,帰 納的かつ体系立って,プロセスを内包した理論生 成を行えるという点で,今まで明らかにされな かったもの,特に心理臨床の実践自体を対象とし た研究において,非常に有用な研究法であること も示唆された。心理臨床の実践の中では,ともす れば暗黙知となっているものは多い。しかしそれ では心理臨床実践の教育が出来ず,実践結果の評 価方法も社会に明示していけない。そのような状 況下では,これ以上心理臨床実践の発展は望めな い。これは自然科学と実践学の狭間で揺れる臨床 心理学自体の大きな課題であり,だからこそ「数 量的研究法に対する批判や限界認識,質的研究へ の関心の高まり」(木下,2003)をみせているの ではないだろうか。暗黙知を現場の声に根ざし て,帰納的に「臨床の知」(中村,1986)として 理論化していくことには大きな意味がある。そし
て理論家されたものを心理臨床実践の教育,評価 等に組み込んでいくことができれば,心理臨床実 践 は よ り よ い も の に な る だ ろ う。 そ の た め に GTA,ひいては質的研究に出来ることは多いだろ う。
引用文献
青木みのり(2013).「心理療法によって問題の捉 え方はいかに変化するか」に関する質的研究 解決志向アプローチによる時間制限面接を 用いて 心理臨床学研究,31, 129-140.
Charmaz, K. (2006). Constructing Grounded Theory.
Sage.
Flick, Uwe, (1995). Qualitative forschung. Rowohlt Taschenbuch Verlag GmbH.
Gergen, K. (1994). Realities and Relationships Soundings in social construction. President and Fellows of Harvard College.
Glaser, B.G. & Strauss, A.L. (1967). The Discovery of Grounded Theory :Strategies for Qualitatuve Research. Chicago Aldine.
花嶋裕久(2011).ひきこもりの若者の居場所と 就 労 に 関 す る 研 究 心 理 臨 床 学 研 究,29, 610-621.
原田杏子(2003).人はどのように他者の悩みを 聞くのか グラウンデッド・セオリー・アプ ローチによる発言カテゴリーの生成 教育心 理学研究,51, 54-64.
原田杏子(2004).専門相談はどのように遂行さ れるか 法律相談を題材とした質的研究 教育心理学研究,52, 344-355.
橋本忠行・安岡譽(2012).ひきこもり青年との ロールシャッハ・フィードバック・セッショ ン グラウンデッド・セオリー・アプローチ によるクライエント体験の検討 心理臨床学 研究,30, 205-216.
木村優(2010).協働学習における高校教師の感 情経験と認知・行動・動機づけとの関連 グ ラウンデッド・セオリー・アプローチによる
現象モデルの生成 教育心理学研究,58, 464-479.
木下康仁(1999).グラウンデッド・セオリー・
アプローチ 弘文堂.
木下康仁(2003).グラウンデッド・セオリー・
アプローチの実践 弘文堂.
木下康仁(2007). ライブ講義M-GTA: 実践的 質的研究法 修正版グラウンデッド・ セオ リー・アプローチのすべて 弘文堂.
三山岳(2011).保育者はいかにして相談員の意 見を受けとめるのか 巡回相談における保育 者の概念変容プロセス 教育心理学研究,
59, 231-243.
水野将樹(2004).青年は信頼できる友人との関 係をどのように捉えているのか グラウン デッド・セオリー・アプローチによる仮説モ デ ル の 生 成 教 育 心 理 学 研 究,52, 170- 185.
無藤隆(2008).質的研究の動向 日本家政学会 誌,59, 47-51.
中村雄二郎(1986).臨床の知 岩波新書.
内藤哲雄(1997).PAC分析実施法入門:「個」を 科学する新技法への招待 ナカニシヤ出版.
西村詩織(2009).日常生活で体験される焦りの 構造 心理臨床学研究,27, 140-151.
能智正博(2011).質的研究法 東京大学出版会.
能智正博(2013).臨床心理学における質的研究 のあり方と可能性 臨床心理学,13-3, 352- 355. 金剛出版.
戈木クレイグヒル滋子(2006). グラウンデッ ド・セオリー ・ アプローチ:理論を生み出す
まで 新曜社.
サトウタツヤ(2009).TEMではじめる質的研究 時間とプロセスを扱う研究を目指して 誠 信書房.
Silverman, D. (2004). Doing qualitative research. A practical handbook (2nd. ed.) Sage.
高岡昂太(2010).子ども虐待する養育者との対 峙的関係に対する児童相談所臨床家のアプ ローチ アウトリーチから始まる関係構築の 構造 心理臨床学研究,28, 665-675.
竹田剛(2012).神経性過食症患者が抱く食事を 巡 る 問 題 自 己 対 人 関 係 の 関 連 性
M-GTAによる自己物語の分析 教育心理学
研究,60, 249-260.
上村惠津子・石隈利紀(2007).保護者面接にお ける教師の連携構築プロセスに関する研究 グラウンデッド・セオリー・アプローチによ る教師の発話分析を通して 教育心理学研 究,55, 560-572.
山本渉(2012). 担任教師にスクールカウンセ ラーとの協働の開始を促す状況 グラウン デッド・セオリー・アプローチによる仮説モ デルの生成 教育心理学研究,60, 28-47.
山野則子(2009).子ども虐待を防ぐ市町村ネッ トワークとソーシャルワーク グラウンデッ ド・セオリー・アプローチによるマネージメ ント実践理論の構築 明石書店.
吉村隆之(2012).スクールカウンセラーが学校 へ入るプロセス 心理臨床学研究,30, 536- 547.
2013. 10. 15 受稿,2013. 12. 26 受理