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博士学位申請論文審査要旨 申 請 学 位 名 称

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早稲田大学大学院社会科学研究科

博士学位申請論文審査要旨

申 請 学 位 名 称 博士(学術)

申 請 者 氏 名 稲 生 信 男

専 攻 ・ 研 究 指 導 政策科学論専攻 行政過程論研究指導

論 文 題 目 公共領域の組織過程論

A Study of Structural Analysis and Management in Public Domain

審査委員会設置期間 自 2008年 5月15日 至 2008年 7月30日

受理年月日 2008年 5月15日

審査終了年月日 2008年 7月30日

審査結果 合 格

審査委員

所 属 資 格 氏 名 主 任 審 査 員 社会科学総合学術院 教授 辻 隆夫

審 査 員 社会科学総合学術院 教授 常田 稔 審 査 員 社会科学総合学術院 教授 佐藤 紘光 審 査 員 社会科学総合学術院 教授 土方 正夫 審 査 員 慶應義塾大学法学部 教授 大山 耕輔

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博士(学術)学位申請論文審査要旨 稲生信男「公共領域の組織過程論

A Study of Structural Analysis and Management in Public Domain」

1.本論文の意義

本論文の主題は、行政組織とそれをとりまく様々なアクターが、多様な政策課題ごとに どのような組織間の関係を取り結びながら、公共領域とよぶべきアリーナを形成している のか、またそれらがどのような構造をもち、どのようにマネジメントされているのかを、

理論と実証の両面から解明してゆくことにある。著者は、この主題に対する分析方法とし て、主に経営学の分野を中心に開拓されてきた組織間関係論の手法を採用し、行政学と経 営学を横断する学際的主題の解明に取り組んでいる。

言うまでもなく、現代行政学は19世紀末にアメリカ合衆国において誕生し、1930年代 までに、経営学との接近をはかりつつ、現代組織理論の研究へと発展の道を拓いていった。

すなわち、W.ウイルソンによる政治―行政分断論を起点とし、科学的管理法や市政改革 運動の実践的成果を経て「能率」を「価値尺度ナンバーワン」とするL.ギューリックら による古典的組織理論の系譜が生まれる。そして、それらを批判的に受けとめた人間関係 論の研究と、それらの統合を試みたC.バーナードによる現代組織理論の研究が、第二次 世界大戦後のH.A.サイモンらによって継承されていった流れである。

こうした流れは、日本の行政学においても、しばしば学説史を理解するうえで多くの著 作の中で言及されてきている。しかしながら、それらは飽くまでも「学説史」としての受 け止め方に留まり、戦後日本の行政学を俯瞰するとき、実際に経営学および組織理論の研 究成果と方法論を積極的に取り込み、その分析枠組みを日本の行政の実態解明のために適 用するという試みと貢献は、これまで必ずしも十分に蓄積されてこなかった。

しかるに、他方では、1980年代後半以降今日に至るまでの間、多くの先進諸国において、

行政のあり方に大きな変化が生じてきている。すなわち、規制緩和の進展、NPM(New Public Management)論の台頭、行政のアウトソーシング化などの趨勢に示されるように、

公的―私的領域の境界の希薄化が進み、公共サービスの供給主体が著しく多様化してきて いる。こうしたなかで、行政組織とその諸活動に対する視点も、公権力の行使と民主的統 制のあり方という従来の文脈に留まらず、改めて行政を公共経営と捉える視点が重視され るに至っている。それゆえ、今後の行政のあり方をめぐる建設的議論を進めるためには、

行政組織のみならず、それをとりまく公―私を問わぬ多様なアクターとの関係性を実証的 に解明することが重要な課題として浮上している。行政組織と多様なステイクホルダーの 間における協力関係あるいは共同行動のうち、一定の要件をみたしたものを公共領域と規 定し、その構造とマネジメントからなる組織過程を経験的に捉えようとする著者の問題意 識と構想は、まさにこうした課題に対応するものである。

以上の点に鑑みると、本論文は、戦後60年間にわたり日本の行政学研究者が答えを先延 ばしにしてきた宿題に対する本格的な解答を試みていると同時に、21世紀の日本の行政研 究のあり方に新たな局面を切り拓いてゆく可能性を提示した、極めて意欲的な労作である と意義づけることができよう。

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2.本論文の構成

本論文の構成は以下のとおりである。なお、本論文の分量が、1頁、37字×37行=1,369 字で、全366頁、約46万字(脚注含む、参考文献の約4万字を除く)であることを申し 添えておく。

目次

第1部 総論

第1章 本論文の問題意識と分析方法の提示

第1節 本論文の問題意識~新たな組織的形態の必要性

第2節 ガバナンス・レジームにおける新たな組織的形態―「公共領域」

第1項 組織論の展開(抄)

第2項 行政組織における環境変化への対応―「公共領域の組織過程論」

(1)行政組織における環境変化への対応 (2)公共領域の組織過程論のイメージ 第3節 分析方法

第2章 公共領域の意義 第1節 組織の意義

第2節 自治体組織の特質と組織の境界 第1項 自治体組織の特質

第2項 組織の境界 第3節 公共領域の導出

第1項 ガバナンス・レジームと協働

第2項 ガバナンス・レジームにおける組織的事象 第3項 公共領域の意義

(1)公共領域概念の導入

(2)本稿で分析する公共領域の意義 第3章 組織間関係における主要パースペクティブ 第1節 組織間関係論の意義

第2節 分析レベル (1)組織間ダイアド (2)組織セット (3)組織間集合体 (4)行動セット・モデル (5)組織間ネットワーク

第3節 組織間関係の主要なパースペクティブ 第1項 組織間関係の基本的とらえ方

第2項 組織間関係論の主なパースペクティブ

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(1)資源依存パースペクティブ (2)協同戦略パースペクティブ (3)制度化パースペクティブ

(4)ネットワーク・パースペクティブ (5)各パースペクティブの概括的整理 第2部 公共領域の構造

第4章 公共領域の分析パースペクティブ 第1節 公共領域の特質

第2節 組織間関係論と公共領域―援用理論

第1項 非営利組織研究―米国における豊富な研究蓄積と背景 第2項 非営利組織研究―日本での蓄積の少なさと偏り

第3項 公共領域を分析するための理論―非営利組織の組織間関係論の導入 第3節 公共領域の分析視座―先行研究のサーベイと整理

第1項 公共領域の構造分析の観点

第2項 公共領域の構造・過程に関する文献レビュー 第3項 分析パースペクティブの体系化と新しいアプローチ (1)体系的整理-グレイ=ウッドならびにレイタンの試み (2)分析視座の新たなアプローチ

第4項 各パースペクティブの研究動向―3パースペクティブの結合に向けて (1)資源依存パースペクティブの修正-環境との関係の重視へ

(2)ネットワーク・パースペクティブ

(3)制度化パースペクティブ(新制度学派組織理論)

(4)3つのパースペクティブの結合-マクロ・メゾ・ミクロの統一的な把握 第5項 協働プロセスや動態の把握

(1)協働の形成要因と形成過程の分析枠組み (2)協働の実施段階の分析枠組み

第5章 公共領域の構造仮説 第1節 議論の集約 第2節 公共領域の解釈

第1項 公共領域の形成メカニズム―形成仮説

(1)「公共領域の窓モデル」による形成メカニズムの仮説化 (2)公共領域形成のもたらす変化

第2項 公共領域の発展メカニズム―深化仮説

第3項 公共領域における「埋め込み」の影響―信頼高度化仮説 (1)一般の自治体組織における信頼性-公共領域の形成前の状況 (2)公共領域形成後の自治体組織における信頼性

第6章 川崎市債の公共領域の形成・深化と信頼の高度化 第1節 仮説の設定

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第2節 川崎市の概況-「市場」との協働へ 第3節 川崎市債の公共領域の形成

第1項 政策的課題

第2項 課題解決の政策的代替案 第3項 組織および行為者の状況 (1)資金課の概要(~平成16年度)

(2)制度的環境と模倣的同型化 (3)戦略的選択・創案

第4項 社会/政治/経済的流れ 第5項 川崎市債の公共領域の窓 第4節 川崎市債の公共領域の深化

第1項 研究会の議論-コミュニケーション経路のフォーマル化 第2項 2つの協働形態のフォーマル組織的パターン

第5節 川崎市債をめぐるネットワークと信頼

第1項 川崎市債の起債運営における互恵的信頼と組織間ネットワーク 第2項 データと分析手法

第3項 川崎市債の公共領域における関係性と信頼 (1)主要な変数の状況

(2)川崎市債の公共領域における埋め込みと信頼性 第6節 本章のまとめ

第7章 PFIをめぐる公共領域の形成と深化 第1節 本研究の問題意識と仮説設定

第1項 PPPおよびPFIに関するこれまでの研究アプローチ 第2項 PFIと公共領域-仮説1および仮説2の検討

第2節 墨田区体育館PFIにおける公共領域の組織過程 第1項 墨田区体育館PFIの公共領域の形成

(1)政策的課題-財政的制約と提供サービスの質の充実 (2)課題解決の政策的代替案

(3)組織および行為者の状況 (4)社会/政治/経済的流れ

(5)墨田区体育館PFIの公共領域の窓 第2項 墨田区体育館PFIの公共領域の深化

(1)フォーマル組織としての審査委員会の設置と審査 (2)公共領域の深化仮説

第3節 東京都がん・感染症医療センターPFIにおける公共領域の組織過程 第1項 がん・感染症医療センターPFIの公共領域の形成

(1)政策的課題

(2)課題解決の政策的代替案

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(3)組織および行為者の状況 (4)社会/政治/経済的流れ

(5)がん・感染症医療センターPFIの公共領域の窓 第2項 がん・感染症医療センターPFIの公共領域の深化 (1)病院事業の再編および施設整備の概要

(2)フォーマル組織としての審査委員会の設置と審査 (3)公共領域の深化仮説

第4節 本章のまとめ 第3部 公共領域のマネジメント 第8章 公共領域のマネジメント

第1節 組織間関係におけるマネジメント論と公共領域 第1項 資源依存パースペクティブ

第2項 ネットワーク・パースペクティブ 第3項 制度化パースペクティブ

第2節 公共領域のコミュニケーション―電子政府によるマネジメント 第1項 組織間コミュニケーションの意義

第2項 公共領域におけるコミュニケーション・マネジメント 第3項 電子政府・電子自治体による公共領域のマネジメント 第3節 ガバナンスと自治体マネジメントの改革

第1項 ガバナンスとNPM

第2項 ガバナンス型自治体マネジメント改革―ホリスティック・アプローチ 第3項 ホリスティック・アプローチにもとづくマネジメント手法

第4項 Balanced Scorecard(BSC)によるマネジメント (1)BSCにおける「バランス」の意味

(2)戦略マップ

(3)行政組織におけるBSCの利用―公共領域のマネジメントへの展開 第4節 公共領域のマネジメントへの展開

(1)公共領域のマネジメントとBSC再構築の必要性 (2)BSCを利用する場合の留意点と対応

第5節 公共領域のマネジメント―公共領域の組織過程論への統合 第1項 本章のまとめ

第2項 公共領域のマネジメント―公共領域の組織過程論への統合 (1)公共領域の形成・深化・信頼高度化

(2)公共領域の組織過程論

第9章 政策過程と電子政府のコンテンツ構造 ―環境政策における実証的分析―

第1節 本章の問題意識 第2節 先行研究・調査

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第1項 海外における研究動向

第2項 国内における電子自治体の研究動向

第3項 計量政治学からのアプローチ―議員ホームページのコンテンツ分析 第4項 本章での考察内容の決定

第3節 公共領域としての電子自治体構築の要素 ―環境政策分野における仮説的設定 第1項 政策過程への配慮

第2項 環境行政での電子自治体のフレーム (1)環境行政での政策過程の特質と「協働」

(2)政策的な閉塞性の打破、環境教育 (3)環境NPM

(4)環境情報

第4節 環境電子自治体の機能に関する実証的な検討 第1項 本節の目的と分析アプローチ

第2項 環境情報マトリクスの構築と分析内容 (1)操作化とデータの収集手続

(2)分析内容

第3項 分析Ⅰ 環境電子自治体の機能の評価―64団体ベース (1)64団体全体の特徴

(2)団体類型ごとの特徴と比較分析 (3)時系列分析

(4)個々の団体のコンテンツ状況

第4項 分析Ⅱ 環境電子自治体のコンテンツ構造の規定要因 ―47都道府県ベース

(1)仮説

(2)従属変数および分析手法 (3)独立変数

(4)分析結果

第5節 本章のまとめと考察 (1)本章における検討内容 (2)分析結果と考察

第10章 行政経営のBalanced Scorecard(BSC)

-公共領域のマネジメントへの展開を求めて

第1節 行政経営におけるBSCの活用―先行研究のサーベイ 第1項 無形資産の有形資産への転換-「戦略的レディネス」

第2項 理論的課題

第3項 行政組織におけるBSCの利用

第2節 事例分析Ⅰ―行政におけるBSCの構造および運用状況の分析

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第1項 米国連邦政府機関のケース (1)前提-戦略経営のフレーム (2)ケーススタディ

(3)比較と評価

第2項 国内の先進的取り組み (1)総説

(2)ケーススタディ

第3節 事例分析Ⅱ―ガバナンスならびに行政経営システムの観点からの評価 第1項 米国連邦政府機関

第2項 国内自治体

第4節 本章における分析結果の整理と公共領域のマネジメントへの示唆 第1項 比較分析のまとめ

第2項 公共領域のマネジメントへの示唆 結 論

第11章 結 論

第1節 本稿のまとめ 第2節 本研究の貢献 第3節 今後の課題 参考文献

3.各章の概要

[第1部]総論(第1章~第3章)

第1部は総論である。本稿の問題意識と分析内容を規定し、公共領域の意義を明らかに しつつ、公共領域の組織過程を解析する視座として、組織論の一分野である組織間関係論 の概要について論じている。

第1章では、本論文の問題意識を論じたうえ、公共領域の組織過程論の構想について論 じている。行政組織に対する機能不全の指摘があるなか、行政組織を合理的に機能させ再 生するには、政策の形成から実施に至る組織過程全般でアクター間の協力が求められる。

筆者は、規範的に協力の必要性を唱えるのではなく、協力関係をあらたな組織的形態とし て、組織論的視座から経験的に捉えることを主張している。そのうえで、組織論を素描し つつ、組織の環境変化への対応が不可避であると論じる。環境変化への対応として、NPM 論や戦略経営などを利用した取り組みがおこなわれている一方で、このような対応により、

行政組織の枠組み自体が流動的になっていることを指摘する。すなわち、NPMにせよ戦略 経営にせよ、多様な主体の参画による取り組みの増加を招来する。そこで、行政組織の外 縁は広がりをみせ、流動的となる。このため、多様なステイクホルダーを政策的課題解決 のための担い手として取り込んだ概念を必要とする。このような組織的形態としての概念 が筆者のいう公共領域である。そのうえで、公共領域の構造分析と公共領域のマネジメン ト論からなる、本稿の公共領域の組織過程論の全体像と分析方法について概観している。

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なお、構造分析には過程の分析を含んでいる。

第2章では、本論文で用いる主要な概念や用語―すなわち、組織、協働、政策、ガバナ ンスなど―が、先行研究を踏まえて確認および規定され、これに基づき、公共領域の定義 が試みられる。まず、バーナードの理論を起点とし、主要な組織概念を確認する。そのう えで、組織の特質とその境界概念をめぐる議論を検討し、行政組織を核としても、それに 関わる各アクターの相互関係および意識的調整の及ぶ範囲は、政策課題ごとに流動的であ ることを指摘する(このような規定を視覚的に理解するために、後の各章で扱う地方債、

PFI、電子政府を例として図示する)。したがって、こうした流動性を前提とした組織と各

アクターとの相互作用の錯綜する領域を、公共領域として規定すべきことを提起する。ま た、協働については、長谷川らの議論を踏まえて、「複数の組織ないしは行為者が、対等な 資格で、政策的課題の解決のために、領域横断的に行う、自発的かつ透明で開かれた協力 関係ないし共同作業である」とする。以上のような議論の展開に基づき、公共領域につい ても、広義・狭義の両方の捉え方が成り立つことを前提とし、本論文では、行政組織を核 とした「狭義」の公共領域を「行政組織を核に協働がおこなわれる、現実のあるいは仮想 的なシステムである」と規定し、これを分析の対象とすることを明記する(以下では、狭 義の公共領域を、単に「公共領域」と称する)。

第3章では、主に山倉健嗣の体系的な整理に依拠し、組織間関係にかかる近時の議論を 概観している。これは公共領域が組織論の域を超えることから、組織と組織との関係を直 截に分析する組織間関係論を参照することが適切とみたためである。まず組織間ダイアド 等の分析レベルについて述べた後に、組織間関係のパースペクティブについて論じている。

組織間関係の主要パースペクティブとしては4つをあげる。資源依存パースペクティブは、

ミクロ・レベルで考察をおこない、組織間関係の形成する要因分析や、環境の不確実性に 対応する組織の戦略を明らかにする。協同戦略パースペクティブは、資源の相互依存が避 けられないことを前提にし、交渉や妥協を通じた組織間の協同や共生に注目する。制度化 パースペクティブは、組織が制度化された環境に内在する存在であると前提する。分析レ ベルをマクロ・レベルにおき、組織が環境に同調することで正当性を獲得できると考える。

ネットワーク・パースペクティブは、分析レベルをメゾ・レベルにおき、フォーマルな境 界を超えて形成された社会的ネットワークを対象にする。近時は社会ネットワーク分析の 発達もあり台頭してきた新しい経済社会学が、組織理論ないし組織間関係論にも影響を及 ぼしている。本稿では信頼理論をとりあげ、組織間関係が社会ネットワークに埋め込まれ ており、その埋め込みの構造特性が、信頼関係の質に影響を与える点に注目する。

以降は、組織間関係論を基礎に検討を行っている。公共領域がどのような過程を経て形 成され、いかなる内容を持っているかといった「構造」の側面と、どのように公共領域を 運営していくのかという「マネジメント」の側面とを、分けて考察をしている。前者を「第 2部 公共領域の構造」、後者を「第3部 公共領域のマネジメント」とする。

[第2部]公共領域の構造(第4章~第7章)

第4章と第5章で理論的な整理を行って仮説化したうえで、第6章では地方債、第7章

ではPFI(Private Finance Initiative)の事例をとりあげて仮説の検証をおこなっている。

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第4章では、文献サーベイにより公共領域の分析視座を論じている。まず、公共領域の 特質等をふまえ非営利組織における組織間関係の議論を参照する。つづいて、協働的提携 についてのグレイ=ウッドらのレビューをもとに、提携に至る前提条件、相互交渉のプロ セス、構造の分析等を理論化する必要があるとの着眼点を得て、先行研究のサーベイを行 っている。そのうえで資源依存、制度化およびネットワークの 3 つのパースペクティブを 抽出し、各理論の動向を検討する。資源依存パースペクティブについては、カスキアロら の議論をもとに、環境との間の双方向的な資源交換を一定程度把握できると指摘する。ネ ットワーク・パースペクティブについては、主に若林直樹の信頼理論にふれ、信頼の内容 として、制度的・能力的・意図的信頼の 3 つをあげたうえで、制度的信頼を基礎に、日常 的な協力に関する社会ネットワークの相互作用をつうじて組織間の能力的信頼と意図的信 頼が発達するとみる。そして、交換の相互作用の仕方、つまり構造特性が行為者の信頼に 影響を及ぼすと考える。構造の特性には、関係的埋め込み、構造的埋め込み、ならびに、

ネットワークの質的特性があり、それぞれが信頼に及ぼす影響の内容を論じる。一方、ネ ットワーク・パースペクティブへの批判的研究にふれ、ネットワーク型組織内部に現れる

「フォーマル組織」的現象を把握したサッカーの研究等に注目する。制度化パースペクテ ィブについては、行為者の認知の側面も注視されつつあることを指摘し、主にスコットに 依拠し、制度の作動する組織フィールドにおいて、組織に属する行為者から戦略的に選択 し、組織フィールドのガナバンス構造を創り出す創案に向けた行為が行われる機構を析出 している。以上をふまえて 3 つのパースペクティブの結合可能性を考察し、それが論理的 に可能との結論を得る。つづいて、協働プロセスについて検討し、協働の形成要因と形成 過程、ならびに、協働の実施段階の分析枠組みを提示する。前者については、キングドン の「政策の窓モデル」を応用したローバーの「協働の窓モデル」が公共領域の形成にいた る内実の把握にも有益であることを明らかにしている。

第5章では、公共領域を解釈して過程と構造を説明する仮説を提示している。過程の側 面については、公共領域の生じる局面(公共領域の形成仮説。仮説1)と公共領域が発展し ていく局面(公共領域の深化仮説。仮説2)を仮説化している。構造の側面については、公 共領域のネットワーク構造が、当事者間の信頼に影響を及ぼす機構により仮説化する(信 頼高度化仮説。仮説3)。形成仮説については、「協働の窓モデル」を修正して「公共領域の 窓モデル」とし、①政策的課題、②課題解決の政策的代替案、③組織および行為者の状況、

④社会的・政治的・経済的な流れ、の 4 つが合流することで窓が開かれるとする。資源依 存と制度化パースペクティブにより各流れを解釈し、公共領域の形成仮説を構築している。

深化仮説については、サッカーらをもとに、公共領域が発展する過程でフォーマル組織に 近い組織的形態(未完の階層制)が観察される可能性や、外縁に位置する行為者にもコミ ュニケーションを通じて配慮されるべき点を基礎にする。そこで深化仮説を「公共領域は フォーマル組織的形態を通じて深化し、これをインフォーマルなコミュニケーション経路 が下支えする」とする。構造の側面としては、公共領域形成後の内実を 3 点にわたり論じ 仮説化する。第 1 に、公共領域が作動する際、行政組織と他のアクターとの間で強くて凝 集的なネットワークができる。交換価値の特定されない義務関係が形成されやすい等のた

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め意図的信頼が高まりやすい(仮説3-1)。第2に、他のアクター同士についても直接間接 に結合することが増加し、密度の高いネットワークができる。規模の大小に応じて能力的 信頼(←規模大)あるいは意図的信頼が高まりやすい(仮説3-2)。第3に、制度面では制度的 埋め込みが強く、行政組織に対する制度的信頼は高い。公共領域の形成前後で制度的信頼 には大きな変化がない(仮説3-3)。以上の考察より信頼高度化仮説を構築する。

第6章では、川崎市の地方債をめぐる公共領域をとりあげ、第5章の仮説1から3につ いて実証的に検討している。仮説1に関しては、4つの流れに沿って事例分析をおこない、

「川崎市債に関する調査研究会」の設置により4つの流れが合流したことによって、窓が 開き公共領域が形成されたと論じている。仮説 2 に関しては、市が設置した地方債にかか る2つの会議体をもってフォーマル組織といえるか検討する。いずれも参加者の役割が不 明確であるが、深い議論とフォーマルな意見交換がみられておりフォーマル組織的形態で あるとする。また、インフォーマルな交流が起債運営の前提である。そこで仮説 2 は一定 程度支持できるとする。仮説 3 に関しては、前述した2つの会議体を公共領域の代替物と 考え、アンケートから得たデータにより検証する。仮説3-1については、資金課と各団体の 担当者の接触頻度を紐帯の強さとしてみたところ、接触頻度の高い担当者には、意図的信 頼や能力的信頼につき高く認知されていた。仮説3-2については、情報流通における役割に 注目し中心性と構造同値について分析したところ、中心性と意図的信頼性との相関は否定 されなかった。構造同値については、多元的に情報発信を行っているグループと、受動的 に情報提供を受けることが多いグループの間では、前者のグループが、意図的信頼とコミ ュニケーションの充実度について高い信頼感を持っていた。仮説3-3については、制度的信 頼についてみると、有意な差があるとはいえない結果となった。また、制度的信頼につい ては高い。以上から、仮説3についてはおおむね支持されるものとしている。

第7章では、PFIをテーマに墨田区の体育館PFIおよび東京都の病院PFIをめぐる公共 領域をとりあげ、第5章の仮説1と2を実証的に検討している。墨田区体育館PFIの仮説 1に関しては、4つの流れに沿って事例分析をおこない、実施方針の公表により4つの流れ が合流したことによって、窓が開き公共領域が形成されたとする。仮説 2 に関しては、組 織フィールドにおける協働類型のうち「質問-回答」プロセスに注目する。一種のフォー マル組織として評価できるのかが問題となるところ、サッカーのいう「未完の階層制」の 要件全てを充足するわけではないもののフォーマル組織的形態と見なしうると論じる。た だ、インフォーマルなコミュニケーション経路については、競争的な審査手続のため観察 されない。東京都病院PFI(がん・感染症医療センター)の仮説 1 に関しては、東京都の 病院経営改革と一体的に検討している。墨田区と同様に 4 つの流れに沿って事例分析をお こない、「都立病院改革実行プログラム」の策定により4つの流れが合流したことによって、

窓が開き公共領域が形成されたとする。仮説 2 に関しては、組織フィールドにおける協働 類型のうち、「質問-回答」プロセスと改善提案に注目する。前者は墨田区のPFIと同様の 性格をもつ。後者は一種の創案である。両者共にフォーマル組織的形態が確認できると論 じる。ただ、墨田区と同様、インフォーマルなコミュニケーション経路については観察さ れていない。2事例から、公共領域の形成仮説は両ケースで支持されるとする。また、公共

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領域の深化仮説については、インフォーマルなコミュニケーション経路を観察することは できなかったものの、これはPFI の手続において強く公平・公正性が要求されることに起 因し、仮説2を否定するものではないとする。したがって公共領域の深化仮説についても、

一応支持されるものと結論づけている。

[第3部]公共領域のマネジメント(第8章~第10章)

第8章は、公共領域のマネジメントを総括的に論じる。組織間関係論を参照しつつ、コ ミュニケーションや、戦略的マネジメントについてBalanced Scorecard(BSC)を中心に 理論的に整理する。そのうえで、第9章で電子政府によるコミュニケーションについて実 証的に検討を加え、第 10 章では日米間でBSCの事例比較分析をおこない公共領域を含む 行政全体のマネジメントのあり方に示唆を得ている。

第8章では 3点にわたり検討している。第1に、組織間関係の主要パースペクティブに おけるマネジメントの考え方を公共領域に導入している。資源依存パースペクティブにつ いては協調戦略により解釈し、規範の形成や契約等の戦略が有効であることを見出す。ネ ットワーク・パースペクティブについては、ネットワーク構造が流動的であるため、紐帯 状況の把握等によりマネジメントできると論じる。制度化パースペクティブについては、

制度的圧力や行為者側から制度へ向けたマネジメント原理の導出は可能と述べる。第2に、

公共領域のコミュニケーションの意義をふまえ電子政府によるマネジメントを議論する。

公共領域では、組織文化の違い等により情報の多義性が増すため、媒体の量的能力と質的 能力の双方を重視する必要がある。この点で電子政府や電子自治体を利用する意義が認め られる。そのうえで、電子政府等を活用したマネジメントのあり方を規範的かつ仮説的に 議論している。第 3 に、ガバナンス・レジーム下における公共領域の包括的マネジメント について述べている。ここではホリスティックなアプローチによることが適切であると論 じ、ツールとしてキャプラン=ノートンにより考案されたBSCが有効性をもつことを指摘 している。行政組織におけるBSCの利用可能性や、構築・運用するうえでの留意点につき、

米国シャーロット市や東京都千代田区の例をもとに、公共領域のマネジメントへの展開を 含めて論じる。視点や戦略目標を設定するうえでの工夫、協働にかかる社会的コスト等へ の配慮が重要であると述べる。

第9章では、コミュニケーション・マネジメントについて電子政府をとりあげ実証的に 分析している。まず、先行研究をサーベイし、特定の政策分野における政策過程に配慮し た電子政府の評価や、コンテンツ構造を規定する要因を明らかにすると論じる。ここでは 環境政策分野を選択し、コンテンツには、協働、政策的な閉塞性の打破、環境教育、環境

NPM、環境情報、の5項目のほか、政策全般に共通する要素として電子民主主義を包含す

べき点を仮説的に議論する。次に、これらを50の評価項目へ操作化して「環境情報マトリ クス」を作成し、都道府県、政令市および先進市の64団体の環境部局のサイトを評価し分 析している。その結果、政策体系の開示等の最低限の利便性には配慮される一方で、直接 民主主義にかかる項目など協働を深化させる項目にはばらつきがあり、情報の質や量の面 で課題があると論じる。また、コンテンツ構造を規定する要因については、ウエストの議 論をもとに、組織的要因、経済・財政的要因、政策課題要因からなる変数群を独立変数に、

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マトリクスのデータを従属変数に重回帰分析を行っている。その結果、コンテンツの充実 度を規定するのは、環境政策形成では協働の核となる組織的側面よりも経済・財政的側面 であり、環境情報では地域住民の注目度の高さや政策課題の緊要性である点を析出してい る。以上をふまえ、公共領域のコミュニケーションに得られる示唆へ言及する。

第10章では、行政組織にBSCを導入した事例をもとに、BSCの構造や他の行政経営手 法との関係等について事例分析を行い、公共領域のマネジメントへ示唆を得ている。まず 先行研究のサーベイをおこない、BSC の理論的課題、指標の優先順位付けなど行政組織に 利用する場合の方法論や導入効果等を論じる。以下、日米の行政組織におけるBSCの活用 状況について比較分析を行っている。事例としては、米国ではエネルギー省、人事管理庁 および運輸省を、国内からは三重県病院事業庁や姫路市等を選択している。分析結果につ いては以下の諸点を析出している。BSC の枠組みには大差ない反面、運用実態をみると、

米国では制度的圧力もあり、政策の優先度を打ち出す姿勢がみられBSC運用の戦略性は高 い。日本国内での運用は中長期計画等との整合性を重んじるため窮屈である。ガバナンス との関係については、日本の自治体では現段階では組織内部の運営手段にとどまる。他の 行政経営システムとの連携については、日米でそれほど状況に差はない。最後に、公共領 域のマネジメントへ議論を展開している。公共領域へBSCを導入するには、柔軟に政策的 課題に対応できるよう制度面での改革が必要であり、行政サイドの意識変革も不可欠であ る。また、住民等のステイクホルダーをBSCの運用に組み込むには情報公開の促進、視点 や戦略目標等の工夫のほか、社会的コスト等の議論を深めることが重要であると論じてい る。

[結 論]

第11章では、本研究を総括している。まず、全体のまとめを行っている。次に、経営学 のうち組織論、および、行政学に対して、本研究の果たしうる貢献について述べている。

第1に公共領域という新たな組織的概念を規定することで、組織論の知見をもとに協働現 象という組織概念を超える事象に肉薄できる。第2に組織間関係論の主要パースペクティ ブの「結合」により複眼的に協働現象を考察することを可能にする。第3に公共領域の形 成と深化というダイナミズムを明らかにする道を拓いている。第4にガバナンス・レジー ムにおける協働現象を規範的ではなく経験的、すなわち実証的かつ実践的にとらえている。

第5に地方債市場およびPFIをめぐる主要なステイクホルダー間の関係を構造的に明らか にしたことで、協働を促進するのに必要な制度、マネジメントの仕方や資金調達政策等を あらたに提起することが可能となる。最後に、本稿に残された今後の課題について、公共 領域のもたらす成果の分析が行われていないことなど、3点をあげて結びとしている。

4.質疑応答の概要

2008年7月30日に行なわれた公聴会における質疑応答および審査委員からの主なコメ ントの概要は、以下のとおりである。(「」内は著者による答弁)

行政学を専攻する審査委員からは、大変意欲的で勉強させられることが多かったとの評 価のうえで、以下のような質疑応答があった。

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(1)公共領域の概念を極めて幅広い意味で捉えているが、そのなかで公共とは何かという 点、とりわけ公的利益と私的利益との衝突についてどのように考えているのか。また、

行政組織に固有の権力作用の側面がもっと重視されるべきではなかったか。

「公共領域の概念が広範な内容をもつがゆえに、本論文中では広義説と狭義説とがあること を明示したうえで、本論文では行政組織を核とした狭義の概念のみに分析対象を絞りこん である。公的利益と私的利益との関係については、本文31ページのなかで、足立の分類を 援用する形で3つに分類整理し、三番目に該当するものを公共領域の問題として取り上げ ている。行政の権力性については十分に認識しているが、現代のガバナンス・レジームの もとでは、一方的な権力関係では説明しきれない現象が多く見られる。むしろ、行政のみ では正当性や権力を含む多様な資源のすべてを調達することが不可能ではないかとの前提 に立ち、それらの諸資源が多様なアクター間でどのように調達されているのかという観点 から、協働現象を分析することに主眼を置いている。」

(2)上記の質問との関連で、民主主義およびガバナンスと公共領域のマネジメントとの間 にどのような有意な関係が成り立つのかが必ずしも明示されていないのではないか。

「民主主義と公共領域のマネジメントとの関係が重要な問題であることは認識しているが、

これを対象とすることは極めて規範性の強い議論に踏み込むことになる。それゆえ、組織 間関係論に依拠した実証分析を主眼とする本論文においては、別の次元で取り扱うべき議 論と考え、敢えて深く触れることは避けている。今後の重要な課題として認識している。」

(3)BSCは、マネジメントの比較研究の尺度として有益であると思われるが、それですべ

てうまくゆくとは考えられない。成功例の分析のみならず、その限界も示すべきではな いか。(他の委員からも同様の趣旨の質問があった。)

「BSCには失敗例も多い。第8章で扱った東京都千代田区のケースでは、各部署からの反 発が強く、導入後1年で取り下げになっている。第10章で取り上げた三重県病院事業庁の 事例においても、おそらく定着までに10年はかかるであろうと言われている。病院事業は 行政組織本体と異なり比較的受け入れやすい組織であるが、それでもBSCの導入ですべて うまくゆくとは考えられない。少ない事例の中でも、その課題と限界について検証を続け てゆきたい。」

(4)公共領域の成果の分析は、未だ十分な指標を準備することが困難であるとして、今回 は言及されていないが、一例として日本の地方自治体が導入している決算カードの分析 が今後有効な手法となりうるのではないか。

「本文262ページにおいて、公共領域のマネジメントにおけるBSCの位置づけに関する図 を示しているが、そのなかで他の行政経営システムとリンクさせることの必要性を指摘し ており、決算カードの導入もこうした関係の一環として認識している。」

経営学関連の審査委員との質疑応答は以下のとおりである。

マネジメント・サイエンスを専攻する審査委員からは、以下のような質問とコメントが あった。

(1)第2章の記述においてバーナードの組織理論の概念を、公共領域を捉えるためにどの ように活用しているのかがわかりにくい。図2-1から図2-4までに示されている組

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織の境界と協働体系の捉え方において、特にバーナードの3要素のうち協働意欲と共通 目的の概念がどのように活かされているのか。

「協働をシステムとして見るバーナードの観点を、公共領域をシステムとして見る観点 に適用することによって、その構造と動態を分析することが可能になるという発想を得る ことができたと思っている。また、第8章のコミュニケーション論の展開においても、バ ーナードの3要素の理論に立ち戻る形で議論を展開している。その意味で、本論文中の基 礎的な概念を構築する際に、バーナードの3要素を参照しつつ考察をおこなっている。」

但し、質問者から、この説明はロジックとしてはやや苦しいのではないか、むしろバーナ ードを出発点においた第2章よりも、第3章のほうがわかりやすく、これを基盤として論 旨を展開したほうが明確な議論ができるのではないか、とのコメントがあった。

(2)第5章で一般論として仮説が提示され、それらが第6章で作業仮説として具体化され て川崎市の事例分析により検証されるという構成は十分に理解できる。しかし、第6章 で仮説のすべてが肯定されるのか、そこに棄却されるべき点はなかったのか、さらに、

そこでの検証の結果第5章での一般論としての仮説も受容できるのか、という論理構成 に曖昧なところがあるのではないか。

「仮説3については、この事例によってのみ肯定されるものである。残念ながら、一般論 として肯定できるものではない。今回は、川崎市の事例のみを扱っているので、他の事例 について今後の検証にまたねばならないことを率直に認めざるを得ない。」

以上の質疑の他、質問者から以下のようなコメントがあった。

第9章については統計学的処理には問題ないが、そこから必ずしも新たな知見が得られ たとは思えず、むしろこのような分析によって何が検証できるのかという理論的基盤が明 示されたものと評価したい。各章ごとの論理構成は巧みであるが、論文全体としては非常 に幅広い領域を考察の対象としているために、全体像が見えにくく、深く掘り下げるとい う点に不満が残る。しかしそれは、掘り下げ方が的外れであるとか、掘り下げの方向がず れているという意味での不満ではない。掘り下げのための理論的基盤はしっかりと確立さ れていると評価できるので、今後の研究に期待できる。

管理会計論を専攻する審査委員からは、以下のような質問とコメントがあった。

(1)本論文の学問的貢献は理解できるが、マネジメントの実務的な面ではどのような貢献 をなし得ると考えられるか。その点を明示しないと、抽象的議論を越えるレベルで、こ の論文の正当性が問われるのではないか。

「公共領域の議論を行政に当てはめることで直接的な効果や成果を期待することは難し いと思う。しかしながら、これまでは行政と各アクターが政策課題に対応して協働しなけ ればならないという規範的議論はあっても、行政組織を含めて各アクターがどのように協 働すべきかという議論や方法について枠組みもツールも存在してこなかった。これに対し、

BSCを例にとれば、近年では、多様な当事者が協働を重ねながらBSCを作り上げてゆくプ ロセス自体がマネジメントとして有効であるとする議論も提起されている。本論文で紹介 しているようなBSCの4つの指標とマップを作成する過程で、多くの当事者の意見を取り いれるという手法が、マネジメントの改善に何らかの貢献をなし得るのではないかと考え

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ている。」

(2)公共領域の失敗例について触れられていないが、行政組織の伝統的マネジメントと公 共領域のマネジメントがどのように齟齬をきたす可能性があると考えるか。

「伝統的組織への新たな技術導入にともなうコンフリクトの問題として理解している。新 たな技術導入が旧来のマネジメント技術のすべてを否定することから始まるならば、前述 の千代田区の例のように、強い拒否反応が出ることも明らかである。こうした齟齬を解決 するには、むしろ時間をかけて組織全体が新たなマネジメント技術の導入に参与し受容で きるような、マネジメント活動自体に対するマネジメントと言うべき活動が必要になると 思われる。」

以上の質疑の他、質問者から以下のようなコメントがあった。

行政―民間を問わず組織のマネジメントの成否は、その成果(パフォーマンス)によっ て計られねばならない。パフォーマンスが上がるかどうかが最も重要なテーマになるので あって、マネジメントについては往々にしてインプットのレベルで様々な取り組みがされ るが、それらは必ずしもアウトカムに結びつくものではない。BSCも単なるツールであり、

それをどのように使うかによって効能も左右されるということをしっかり認識しなければ ならない。

情報システム論を専攻する審査委員からは、始めに次のようなコメントがあった。

「公共」とは何かという広範な議論よりも、公共領域という概念を理論的に設定し、現 実問題の構造とダイナミズムを実証分析しようとする視点には敬意を表する。しかし、現 実の公共問題をめぐっては、当事者による様々な情報やアイデア、組織間のコミュニケー ションなどが複雑に錯綜するなかで、最終的に市民の総意としてテストされてゆくプロセ スそのものが実態である。そうしたつながり全体が、本論文では見えにくかった。公共領 域は、アプリオリに規定できるものではなく、協働する各アクターが集合離散し、政策課 題ごとに外縁が流動的であるなかで、公共性というものがどのように凝縮されてゆくのか について言及してほしかった。公共領域における協働は、一方で行政にとっての組織改革 につながるコンテクストとなり、他方で市民側にとってはネットワーク組織化のなかで公 共概念を浸透させる、という2つのベクトルをもつと考えることができる。公共領域の議 論から出発した両方のベクトルがどのように展開するのかを、より明示的に整理してほし かった。

以上のコメントに加えて、以下のような質疑があった。

(1)BSCが自己目的化する危惧が考えられるが、それを防ぐ保障はどこにあるのか。

「BSCは、できあがったものはシンプルだが、作り上げるまでのプロセスが複雑で時間が かかるため、その導入が自己目的化する傾向があることは否定できない。まして、行政組 織の場合は民間と異なり、利益を尺度とする一貫性を前提とすることができない。トップ が導入を決定した段階では自己目的化しやすいが、それを防ぐには、組織全体がその意義 を学習し、受容してゆくプロセスが総合的に機能することが重要である。」

(2)第9章のe‐ガバメント論の内容は、論文全体の流れのなかで、やや唐突な感がある。

著者が言及するバーチャルな公共概念とリアルな公共概念とは、それぞれ独立し別個に

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議論したうえで最後に集約されると見るのか、あるいは相互に交錯しつつハイブリッド に展開されるのかという点が不明確ではないのか。最近の議論では、ハイブリッド型で あることを前提として、政策理論のなかにそれをどのように埋め込んでゆくべきかが焦 点になっている。こうした点を踏まえて、前章までの議論の延長線上にe‐ガバメント 論が位置づけられるとわかりやすくなったと思われるが、こうした関連性についてどの ように考えるのか。

「第9章の記述は、第8章におけるマネジメントの要素としてのコミュニケーション論のな かで、その量的・質的能力の向上を図るためのひとつの契機としてe‐ガバメントの導入 を考えることができるのではないか、という仮説の検証を試みたものと位置づけている。

基本的認識としては、バーチャル・リアルの両概念を独立したものとしてではなく、ハイ ブリッド型の世界として捉え、最終的にリアルな決定に結びつけてゆくための手段的役割 を果たすものとしてe‐ガバメントを構築してゆくべきであると考えている。」

これに対し、質問者から、この章は次に書かれるべき論文の序章のような印象があり、

次の研究へのステップを期待したい、とのコメントがあった。

5.全体的評価と課題

本論文の学術的意義と貢献については、以下の諸点を挙げることができる。

第一に、冒頭でも記したように、行政学と経営学を架橋すべく学際的テーマに意欲的に取 り組んでいることである。著者は、行政学研究者としての立場に軸足を置いているが、「行 政組織=公的領域/民間組織=私的領域」という従来のパターン化された切り分けを超え て、政策課題ごとにどのような相互の組織間関係が取り結ばれながら、公共領域がどのよ うな構造をもって形成され、深化し、運営されているかを実証的に考察している。

第二に、独自の方法論の開拓が行なわれていることである。すなわち、上記の主題に対 する分析方法を精緻化するために、行政学と経営学を架橋すると考えられる組織理論の分 野での先行研究が徹底的にフォローされている。とりわけ著者は、組織間関係論の成果に 着目し、その枠組みを日本における事例に単純に適用することを避け、自ら設定した公共 領域の構造と動態に対する友好な分析枠組みとなるように緻密な論証を試み、そのうえで、

相互に対立点を含む多様なパースペクテイブと理論を丹念に整理し、それらを統合するこ とによって、新たな方法論として確立することに成功している。

第三に、公共領域をめぐる議論に、厳密な実証分析の手法を本格的に適用したことであ る。この点について著者は慎重に議論を進めている。著者は、公共領域についてアプリオ リに定義を下すことを避け、それぞれの政策課題ごとに、行政組織を核とした各アクター の関係が、その範囲および構造において多様に変化しうることを仮説として提示する。そ れゆえに、各論において複数の異なる政策課題の事例を取り上げ、国際比較の視点も絡め つつ、出来る限り緻密な論証を展開している。

第四に、実証分析の対象と手法における斬新さである。地方債、PFI、電子政府、BSC などの事例については、これまでの日本の行政学および地方自治論の分野では、部分的な 制度の解説こそみられるものの、それらの実態に関する議論についての蓄積はきわめて少

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なく、専ら財政学や管理科学などの分野に委ねてきている。著者は、これらの事例におい て、行政組織を核とした公共領域の形成・深化・マネジメントの連鎖の実態に分析を加え ることにより、従来の行政学では見られなかった研究対象と手法に、新たな切り口を提示 してみせたと言ってよい。

最後に、本論文全体として残された課題について簡単に列挙しておく。

第一は、著者が提示した仮説について、各論において100パーセント実証できたとは言 えないことである。これは、複雑な社会現象を分析対象とする限り、ある意味当然の事で はあるが、特に「信頼高度化仮説」については、さらなる検証が必要と思われる。

第二に、扱われた事例やサンプル数が限られており、著者の検証結果が、日本の地方自 治体における多様な政策課題についてどこまで普遍性を主張できるのかという点に、なお 議論の余地が残ることである。

第三に、公共領域をめぐる規範的議論、すなわち公共とは何かをめぐる様々な思想や理 論との接点を、今後どのように求めてゆくべきか、という点である。

無論、著者自身がこれらの課題について十分な認識をもっていることは、最終章におい て率直に本論文の課題と限界を明記している著者の真摯な姿勢から明らかである。本論文 が起点となり、新たな学際的研究の開拓と蓄積に向けた著者の今後の貢献に多大な期待を 寄せることができると同時に、それを十分可能とする力量を有する著者であることを確信 する。

6.結論

以上の所見と評価に鑑み、審査委員は全員一致で、本論文の著者が「博士(学術)」の学 位を受けるに値すると認める。

2008年 7月30日

審査委員

主査 早稲田大学教授 辻 隆夫 早稲田大学教授 常田 稔 早稲田大学教授 佐藤 紘光 早稲田大学教授 土方 正夫 慶應義塾大学教授 博士(法学)(慶應義塾大学) 大山 耕輔

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参照

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主任審査員 早稲田大学 教授 博士(人間科学)大阪大学 根ヶ山 光一 審 査 員 早稲田大学 名誉教授 文学博士(早稲田大学) 濱口 晴彦 審 査 員 早稲田大学

主任審査員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 法学博士(早稲田大学) 岡野光雄 審査員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 後藤光男 審査員

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 十重田 裕一 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 池澤 一郎

主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 中国古代史 工藤 元男 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 文学博士(筑波大学)

主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)京都大学 日本近代史 鶴見 太郎 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授

審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 中島 国彦 日本近代文学 博士(文学)早稲田大学 審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 十重田 裕一

審査委員資格  所属機関名称・資格  博士学位名称  氏  名  主任審査委員  早稲田大学文学学術院  教授    兼築  信行  審査委員  早稲田大学文学学術院  教授  博士(文学)早稲田大学