民法九〇三条でいう生前贈与の範囲について
その他のタイトル Sur les donations entre vifs soumises au rapport dans le droit civil Japonais
著者 千藤 洋三
雑誌名 關西大學法學論集
巻 41
号 5‑6
ページ 1873‑1931
発行年 1992‑02‑29
URL http://hdl.handle.net/10112/1920
民 法
゜ 九条で.
しう 生即ヽ, .
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二
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姻
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贈
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三養子縁維のための贈与
四生計の資本としての贈与
五
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民法 九
0 ‑
︳一
条で
いう
生前
贈与
の範
囲に
つい
て
わが民法は︑遺産分割に際して︑共同相続人中に︑被相続人から遺贈を受け︑または被相続人の生存中に既に︑
婚姻︑養子縁組のため︑もしくは生計の資本として贈与を受けた者︵特別受益者とよぶ︶があるときは︑被相続人が
相続開始の時において有した財産の価額に︑その贈与の価額を計算上加えさせる︵みなし相続財産︶︒そして︑この
みなし相続財産をもとに︑法定相続分・代襲相続分・指定相続分規定による割合に応じた抽象的相続分︵額︶を算出
し︑ついでこの抽象的相続分︵額︶から特別受益額を減らすことによって︑当該特別受益者の具体的相続分︵額︶が算
( l )
このように︑日本民法は︑遺贈ならびに三種の贈与に限って︑これらの財産価額を遺産総体に戻させている︵こ
れを持戻しとよぶ︒もっとも遺贈額は︑すでにというか︑あるいはまだというべきか︑ともかく遺産総体に入ってい
ることから︑計算上の持戻しを必要としない︶︒その理由は︑遺贈ならびにこれら三種の贈与は︑受贈者に相続分外
i2)
に特別の利益を付与しようというものではなく︑相続分内の前伊しであって︑共同相続人の間での公平をはかるのが被相続人
( 1 1
遺贈者︑贈与者︶の意思であるという推定に基づくこと︑またあらゆる贈与を特別受益とみなすと計算
が複雑になるし︑さらには︑少額の贈与は被相続人の意思を推察すると特別受益とはみなされるべきでないというこ
( 3 )
とに
よる
︒
ところで︑民法が贈与の態様ないしは目的から三種の贈与を特別受益財産と明規しているものの︑これら三種の
( 4 )
贈与を具体的に確定することは︑容易なことではない︒遺産分割争いの場合には︑常にといってよいほど贈与財産が 定されなければならないと規定する︵九0
三条
一項
︶︒
は じ め に
四四三
︵一
八七
五︶
学説並びに裁判例は︑抽象的には︑その生前贈与が相続財産の前渡し的意味をもつか否かを認定の基準にして︑
個別・具体的には︑被相続人の生前の資産︑収入および家庭事情並びに贈与当時の社会状況等一切の事情を総合的に
考慮して︑贈与の特別受益性を判断している︒たとえば︑子に対する贈与の場合には︑被相続人の扶養義務の範囲を
超えているかどうか︑妻に対する贈与の場合には︑夫婦間の協力扶助義務の範囲を超えているかどうか︑といった点
が一っの事情として考慮され︑また他の諸事情をも考慮して決定することになる︒
遺贈については︑規定上︑すべての遺贈が特別受益に該当し︑しかもその内容は相続開始時において明瞭である
から問題は少ないといえようが︑実は︑遺贈の場合は︑格別の利益を受遺者に与えるというのが遺言者の一般的な意
思であるので︑原則は相続分外の先取りとして持戻しを免れるべきである︒つまり︑民法九0三条のような扱いをす
( 9 )
ること自体に立法上︑問題がある︒解釈論としては︑遺贈に遺言者の持戻し免除意思を可能な限り認める態度が要請
されよう︒なお︑特別受益性をめぐっては︑三種の贈与並びに遺贈以外に︑それらに準ずるものとして︑生命保険金
五 四 こ
とに
なる
︒
問題となり︑とりわけそれが三種の贈与のうちのいずれかに該当するならば︑極めて少額の場合は除いて︑共同相続
人のうちの一人である受贈者の特別受益と認められやすくなり︑その後の共同相続人各自の取り分に大きく影響する
( 5 )
だけに熾烈な争いとなる︒本来︑贈与財産は︑受贈者である相続人の所有財産であり︑遺産分割の対象となるべき相
( 6 )
続財産の範囲に属さないものであるが︑規定上は︑三種の贈与に該当すれば︑その特別受益性が認められ︑相続人間
の公平のために︑いわば吐き出させられるのである︒もっとも︑他の共同相続人の遺留分に反する場合はともかくと
して︑現物返還まで要求されるものではなく︑ただ遺産から取得しうるものが少ない︑もしくはまったく無いという 関法第四一巻第五・六号
四四
四
︵一
八七
六
七
民法九0
三条
でい
う生
前贈
与の
範囲
につ
いて
[生前贈与の特別受益性判断について] を記すことにしたい︒ ま
た︑
四四五
( 1 1 )
本稿は︑民法九0三条一項でいう三種の贈与の範囲を明らかにするために︑学説・裁判例を紹介し︑検討を加え
( 1 2 )
ようとするものである︵近いうちに別稿で︑生命保険金や死亡退職金など︑贈与もしくは遺贈に準ずるものの特別受
益性の問題を扱うことにしたい︶︒なお︑ごく最近︑本稿が扱うテーマについて︑家庭裁判所調査官による実態調査
を踏まえた優れた研究が公表された︵山本満保
1 1
高柳正信
1 1
笹竹英穂﹁遺産分割事件における生前贈与︵特別受益︶
の調査について﹂家月四三巻五号[平三]五三頁以下︶
o
昭和三二年から昭和五六年までの間でヽ特別受益が問題となった生前贈与に関する五二の裁判例を非常に丹念に調査される︒教えられるところが極めて多い︒本稿で扱う裁判例
( 1 3 )
は︑そこで考察された裁判例とは︑できるだけ重ならないようにしたいが︑必要な場合には︑重複を厭わず取り上げる︒
︱つの裁判例であるが︑たとえば婚姻のための贈与と生計の資本としての贈与にまたがって判断されている場
合には︑複数回︑取り上げることにする︒裁判例に通し番号をつけ︑すでに取り上げたものは︑番号の後に︵前出︶
本稿で述べようとする点︑あるいは知りえた点をあらかじめまとめれば︑以下のようになろう︒
本稿は︑どのような生前贈与が特別受益に該当するかに焦点をあてて︑学説・裁判例を紹介・検討した︒
民法九0三条一項は︑贈与の態様ないし目的から︑﹁婚姻のため﹂﹁養子縁
組のため﹂﹁生計の資本として﹂の一一一種の贈与のみを持戻し対象財産としている︒学説・裁判例は︑三種の贈与に該
当し特別受益性の有無を決定するために︑まず︑当該生前贈与が相続財産の前渡し的意味をもつか否かという大枠を
決め︑次に︑その範囲内で︑贈与額︑贈与者の生前の資産や収入︑贈与時における贈与者の主観的意図︑家庭状況や 六
( 1 0 )
や死亡退職金などが問題となる︒
︵一
八七
七︶
[具体的な裁判例から学ぶ] [相続分外の先取り的贈与を意識する必要]
︵一
八七
八︶
贈与当時の社会状況等一切の事情を総合的に考慮して個別的・実質的に判断している︵もっとも︑これらのうち︑ど
れかに比重が傾いたりするが⁝⁝︶︒大枠を当然の前提とするために︑具体的な紛争の解決は︑どうしても足してニ
で割るといった形にならざるを得ないし︑実際それで妥当な場合がほとんどといってよい︒しかし︑今後は︑被相続
人の側の意識が多様化してくると予想されることから︑被相続人の意思推定を公平化のみにおくと︑解決に無理を通
民法は︑原則として︑生前贈与を相続分の前渡しとみて︑これを持戻
させ︑例外的に過大贈与の超過分の返還を不要とし︑超過していない場合についても︑贈与者に持戻し免除を認めて
いる︒しかし︑この例外的な場合は少なく︑とりわけ免除の意思表示は︑ほとんど無いといってよい︒結局︑相続人
間を公平に扱うのが被相続人の推定された意思であるというドグマが︑さしたる検証もなしに︑直ちに適用されてい
る状況にある︒明治民法の起草時に︑穂積起草委員から説明があったように︑贈与・遺贈は原則として持戻しが免除
され︑持戻させるのであれば︑被相続人の意思表示がいる︑という立法方法もあったという点から学ぶべきことがあ
るように思う︒現在のような持戻し原則は︑金科玉条のごときものではなく︑どちらの立法例でもよいという程度の
ものであったのだから︒要するに︑今後は︑もう少し︑特定の相続人に特別多くの財産を承継させようとしたのかも
知れないという被相続人の意思推定を緻密に行う必要がでてこよう︒難しいことではあるが⁝⁝︒たとえば︑婚姻の
ための贈与は︑被相続人の意識として︑相続分外の特別な好意を付与するものであると解すべきではあるまいか︒ す場合がでてこよう︒
婚姻のための贈与︵とりわけ支度金もしくは支度品︒学説が例示する持参金や結納金
が問題となることは︑ほとんどないといえよう︶額は︑本稿で取り上げた裁判例をみた限りでは︑決して多額とはい
関 法 第 四 一 巻 第 五
・ 六 号
四四六
民法 九
0三条でいう生前贈与の範囲について て努力して行かなければならない所以である︒ [生前贈与の認定作業の意義] ればならないであろう︒
四四
七
えないことを知りえた︒そして︑他の共同相続人の学資と相殺される傾向にあることも知りえた︒﹁女は婚資︑男は 学資﹂を受けるというのが︑これまでよくみられたケースであったといえようが︑近い将来は︑時代の動きから少し 遅れて相続紛争が生じることもあって︑女が学資を受けていた場合が問題となるケースが増えよう︒ともあれ︑
みて
きた裁判例から知りえた限りでは︑意外と贈与不動産の鑑定評価額が低いこともあって︑少額の婚資や学資であって も︑当事者には遺産取得分が少なくなることから︑特別受益と認定されるのは︑大きな負担となっている︒養子縁組 のための贈与をめぐっては︑それほど問題とはならない︒これに対して︑生計の資本としての贈与は︑学説・裁判例 とも︑その範疇を広くとり︑なんでもかんでもこれに入れて︑公平にしようという傾向をもっている︒極端にいえば︑
生前贈与であれば︑婚資等の明確な場合を除いて︑すべて生計資本の贈与として取り上げているような状態である︒
これでは紛争解決に︑あまりに労カ・時間等がかかりすぎといわざるをえまい︒もう少し厳密に枠組みを設定しなけ
ともあれ︑家裁調査官が述べているように︵次頁の注
(4
)参照︶︑遺産分割審判を
するにあたって︑この生前贈与の認定作業をクリアーできれば︑
ほぽ︑その遺産分割事件の処理は︑八合目まで達し たと思われるというのは︑けだし至言である︒かくほどまでに︑生前贈与をめぐる争いは︑当事者の積年の憤洒が一 気にでてきたといえ︑多彩かつ複雑錯綜とした状態となっている︒学説・裁判例とも︑紛争解決の明確な基準を求め
(1
)
わが国の特別受益持戻し法の母法であるフランスでは︑原則として全ての生前贈与が持戻し対象財産とされている︵仏民
法八
二九
条︑
八四
三条
一項
︶︒
そし
て︑
少額
の贈
与や
社会
慣習
上の
贈与
など
につ
いて
は持
戻し
の法
定免
除規
定が
おか
れて
おり
︑
︵一
八七
九︶
またわが国と同様に︑被相続人が持戻し免除の意思表示をしていれば︑これが優先する︒これらの点については︑千藤﹁フランス法における贈与財産の持戻し免除について」阪大法学四0巻三•四合併号[平三]四
O
三頁以下に詳しv
述べたo(2
)
相続分の前渡しは︑法定相続分の範囲内での相続に先立つ贈与のことである︒受贈者は︑後の相続に際して贈与分だけ相
続分が減少する︒これに対する用語として︑相続分の先取りがある︒これは︑贈与者が法定相続分外に特別に多く与えよう
とするもので︑受贈者は先取分以外に法定相続分を有する︒したがって︑用語としては︑相続分のなかからの先取りと読め
る﹁相続分の先取り﹂よりも﹁相続分外の先取り﹂とする方が適切であろう︒ともあれ︑一般の人々には︑前渡しと先取り
の用語の区別が容易であるとは思えない︒前者を相続分内贈与︑後者を相続分外贈与とでもよんだ方が分かりやすいのでは
あるまいか︒本稿では︑前者を﹁相続分内の前渡し﹂とし︑後者を﹁相続分外の先取り﹂とする︒
(3
)
有地亨﹁久貴他編・新版注釈民法
( 2 7 )
﹄[有斐閣︑平元=二五頁以下︑ニニ八頁参照︒
(4
)
ある家庭裁判所調査官は︑遺産分割の﹁審判をするにあたって︑最も多く遭遇する困難は何かというと︑筆者らの経験に
よれば︑民法第九0三条所定の特別受益のうちでも︑婚姻︑養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与︵以下﹁生
前贈与﹂という︒︶の存否とその内容の認定である︒この生前贈与の認定作業をクリアーできれば︑ほぽ︑その遺産分割事
件の処理は︑八合目まで達したと思われる例が多いのではないかと思われる︒﹂という︵山本滴保
1 1
高柳正信1 1
笹竹英穂﹁遺産分割事件における生前贈与︵特別受益︶の調査について﹂家月四三巻五号五四頁︶︒
(5
)
﹁司法統計年報三家事編平成二年﹄[法曹会ヽ平三]ニユ八頁の﹁第一O四表遺産分割事件のうち認容.調停成立件
数│特別受益分考慮の有無及び分割の結果別共同相続人等別ー全家庭裁判所﹂によれば︑総数四
0
0三件中︑特別受益分考
慮有りが一︱四件で︑無しが三四二三件︑不詳四六六件である︒特別受益分を考慮した件数が意外と少ないといえよう︒裁
判所まで行かず︑私的自治で解決しているのであろうか︵岩田健次﹁特別受益分の持戻について﹂関大法学論集一三巻四・
五・六合併号[昭三九]二ニ二頁参照︶
o
なお遺産分割審判を求める前提としてヽ相続人全員がヽ相続開始時における遺産のみを分割すれば足り︑特別受益者がいたとしても︑その特別受益は遺産の範囲から除外し一切の事情として考慮すれば足
りる旨を申述した事案で︑裁判所は︑申立人について窺われる特別受益の存在についてはあえて考慮せず︑遺産目録記載の
各不動産のみを遺産分割の対象たる遺産の範囲として確定している︵鹿児島家審昭五六・八・ニ一家月三五巻一号九九頁︒
裁判例評釈︑稲田龍樹﹁遺産分割に当たり特別受益の持戻しをしない旨の合意の手続的効力﹂家月三五巻︱二号一︱九頁︶︒
関 法 第 四 一 巻 第 五
・ 六 号
四四八
︵一
八八
0)
民法九0三条でいう生前贈与の範囲について四四九 (6)福岡高決昭五五•六•
10
家月三二巻八号七一頁参照︒高木教授は︑遺産分割審判手続中に全ての相続人が持戻し財産を
遺産分割の対象財産に持戻して︑そして遺産分割をすることを望むならば︑そういうことを認めてよいのではないか︑とい
う︵高木﹃口述相続法﹄三七一頁以下︒なお︑同書三七二頁に﹁他の相続人が即時抗告したという事件﹂とあるが︑生前贈
与で得た不動産の取得に執着しないと述べ原審の判断を左右することになった当該相続人自身︵二男︶が抗告し︑福岡高裁
は︑この抗告をいれて︑原審判を取り消し差し戻した事件であった︶︒
(7
)
学説は︑石川・後掲二六0頁︑小石・後掲一六三頁︑山崎・後掲一六七頁など︒裁判例としては︑東京高判平ニ・一
O ・
三
0
家月四三巻五号二四頁以下︑とりわけ二六頁参照︑大阪家堺支審昭三五・八・三一家月一四巻︱二号︱二八頁︒実務家のものとして︑石井・後掲一三0頁参照︒なお︑遺産分割事件として家庭裁判所にあらわれるのは︑多くは不動産を含み︑
その不動産評価額如何によっては︑生計の資本として学費︑婚礼支度類はとるにたらぬ金額となる場合が多いとの意見があ
る︵村崎満﹃相続の法律知識﹄[育英堂昭四こ八九頁︶
o
なぉ文献については︑本稿四五O頁注
(l
Z)
参照
o
8(
)
圃田・後掲二八九頁︒
(9
)
フランスでは︑一八0四年のナポレオン法典で︑すべての贈与・遺贈ともに持戻し対象財産となっていたが︑一八九八年
法で︑遺贈について原則として先取り分として相続分外に行ったものとみなされることとなった︒一九
0
0年のドイツ法で
も︑そのような扱いとなっており︑ナポレオン法典の過誤であったといわれており︑現在のわが民法は︑こうした過誤をひ
きずっていることになる︒拙著﹃フランス相続法の研究ー特別受益・遺贈l﹂[関大出版部︑昭五八]八八頁以下参照︒有地・
後掲書ニ︱五頁以下参照︒
( 1 0 )
共同相続人のうちのある者が生命保険金や死亡退職金等を取得したときに︑これらを持ち戻させなければ相続人間の公平
に著しく反するし︑またその財産の性格︵たとえば生命保険金には預金的性格が含まれるといわれる︶からも妥当でないと
いう場合がある︒もともとこうした財産については︑相続財産なのか︑それとも受給者固有の財産となるのかといった争い
があり︑相続財産と解すれば︑特別受益性が認められやすいといえようが︑必然性はない︒固有の財産と解しながら︑特別
受益性を認める考えもある︒これに対しては︑固有財産なのに︑何故︑持戻しさせられるのか︑という批判がでてこよう︒
いずれにせよ︑受給者にとってもっとも好ましいのは︑固有財産でかつ持戻しさせられないことである︒相続財産視される
のであれば︑特別受益性の有無を問うことなく︑当該財産は遺産分割の対象となり返還させられるし︑また相続財産ではな
︵一
八八
一︶
いとされても︑持ち戻されるのであれば︑これまた同様に返還させられることになる︒ただし︑持戻し対象財産は︑計算上︑
その価額が戻されるだけであり︑その者の本来の相続分を超過しても︑遺留分を侵害していない以上は返還が不要であるこ
とから︵民法九0三条二項︶︑相続財産扱いされるよりも︑受給者にとっては有利といえよう︒
( 1 1 )
特別受益財産の範囲を明らかにすることは︑民法一0四四条が第九0三条及び第九0四条の規定を遺留分に準用している
ことから︑遺留分額算定に際しても必要である︒この点については︑埼玉弁護士会編﹃遺留分の法律と実務ー相続・遺言に
おける遺留分減殺の機能│﹂[ぎょうせい︑平︱︱‑]五九頁以下に詳しい︒なお︑持戻しの対象となる財産を決定するためには︑
それらが寄与分に該当する財産か否かを決めなければならないのではないかという点が問題となろう︒たとえば︑被相続人
と共に農業経営にあたってきた相続人のうちの一人に︑農地の贈与がなされていた場合︑その農地は︑生計の資本としての
贈与ともいえるが︑他面︑被相続人の財産の形成維持に貢献したことに報いる意味での贈与だから︑寄与分として与えられ
たもので︑持戻しの対象にする必要はないとも考えられる︵高木多喜男﹃口述相続法
j [
成文堂︑昭六三]七八頁︶︒しかし︑
この場合には被相続人による持戻しの免除意思があったものと扱うべきであり︑寄与分とは考えるべきではないと思う︒寄
与分は︑あくまで︑共同相続人間の協議により︑もしくは家庭裁判所の審判で決定すべきものだと考えたい︵千藤﹁寄与相
続人の特別受益と寄与分について﹂関大法学論集三八巻五・六合併号二五八頁参照︶︒
( 1 2 )
本稿で取り扱ったテーマに関する主だった著書や論稿としては︑以下のようなものがある︵ただし︑本稿の注に引用した
全文献をここに掲記するものではない︶︒執筆者名のアイウエオ順に紹介するが︑氏名の読み間違いがある点は予めご了承
願いたい︒なお︑論稿については︑掲載雑誌等の最初の頁を挙げる︒以後︑本稿では︑ここで紹介した著書・論稿について
は原則として︑執籠者名と該当頁のみをあげることにする︒
① 著
﹃ 書
有泉
1 1
加藤編・相続︵下︶J︹河出書房︑昭三一︺︑岡垣学﹃先例判例相続法︹増補版︺﹄︹日本加除出版︑昭五三︺︑『最高裁判所事務総局編・改訂家事執務資料集中巻の三(乙類九号の二•
10
号)
﹄[
平元
r
﹃埼玉弁護士会編・遺留分の法律と実務ー相続・遺言における遺留分減殺の機能I
﹄[ ぎょ うせ い︑ 平︱
︱‑ ]︑ 島津 一郎
﹃中 川監
・修 註解 相続 法﹄ [法 文社 ヽ
昭二六]高木多喜男﹃口述相続法﹄[成文堂ヽ昭六三
r
﹃高木多喜男編.条解民法⑤︹相続︺学説●判例整理シリ︐ズ(4
)
下﹄﹃二省堂・昭五六]村崎満﹃相続の法律知識﹄︹育英堂︑昭四一︺︑中川淳﹃相続法逐条解説︵上巻︶﹄︹日本加除出版︑ 関
法 第 四 一 巻 第 五
・ 六 号
四五
0
︵一
八八
二︶
民法九0三条でいう生前贈与の範囲について
四五
昭六
O ]
︑中川善之助
1 1
泉久雄﹃相続法[第三版
U[
有斐閣ヽ昭六三
r
薬師寺志光﹃中川責任編●註繹相績法︵上)﹄︹有斐閣ヽ昭二
九︺
︒
② 論
有地亨﹁谷口 稿
1 1
久貴編・新版注釈民法( 2 7 )
相続
(2
)﹄︹有斐閣︑平元︺︑有地亨﹁特別受益者の持戻義務︵二︶﹂民商法四
〇堡云互昭三四亡七頁︑石井玲而﹁遺産分割事件及び寄与分を定める処分事件の調査方法について﹂家月四二巻一0
号[
平 二]
10
八頁︑石川恒夫﹁特別受益の範囲﹂﹃川井編・判例と学説4
・民
法m
︵親 族・ 相続
︶J [
日本評論社︑昭五︱]二五八頁︑
岩田健次﹁特別受益分の持戻について﹂関大法学論集一三巻四・五・六合併号[昭三九]二O五頁ヽ大塚正之﹁特別受益の意義と範囲」「遺産分割・遺言ニ―五題」〔判例タイムズ社、平元〕五0頁、久貴忠彦「相続分•特別受益•寄与分」『谷口
11
加藤編・新版民法演習5︵親族・相続)﹂[有斐閣︑昭五六]︱二七頁︑久貴忠彦﹁特別受益のある相続人の相続分﹂﹁沼邊代
表編・新家事調停読本﹂[‑粒社︑昭六︱︱‑]四六二頁︑小石壽夫﹁相続分の算定﹂﹁小山他編・遺産分割の研究﹂[判例タィム
ズ社︑昭四八]︱五五頁︑園田格﹁相続分の算定﹂﹃家族法大系
﹂[有斐閣︑昭三五]二八一頁︑谷口知平﹁相続におV I 相続
m
ける特別受益者の差引計算と寄与者の割増計算﹂法学教室一号︹有斐閣︑昭三六]二九頁︑長嶺信栄﹁学資は特別受益にな
るか﹂﹃相続実務研究会編・問答式遺産相続の実務
m
﹂[新日本法規出版︑昭五八]三八一頁︑西理.﹁遺産分割理論の再構成︵試論︶﹂家月四一巻ご岩互平元]四二頁︑沼辺愛一﹁特別受益者の相続分﹂﹃島津編・基本法コンメンタール[第三版]相
続j[日本評論社︑平元]五八頁︑野田孝明﹁相続分の算定と相続の承認放棄﹂﹁民法演習
: > ‑ J
[有斐閣︑昭五八]︱八八頁︑
藉原孟﹁﹁生計の資本としての特別受益認定の基準についてー学資を中心としてー﹂ジュリスト四七四号[昭三六]二四
O
頁
平館久男﹁生命保険金﹂﹃遺産分割の研究j
[判 例タ イム ズ社
︑昭 四八 ]‑
︱︱
︱︱
︱八 頁︑ 山崎 賢一
﹁特 別受 益の 成否
(2
)﹂
﹁島 津他
編・新版相続法の基礎[実用編]﹄[青林書院新社ヽ昭五六
H
六五頁ヽ山本満保1 1
高柳正信
1 1
笹竹英穂﹁遺産分割事件におけ
る生前贈与︵特別受益︶の調査について﹂家月四三巻五号︹平三︺五四頁︒(13)裁判例については、山本
11
高柳11
笹竹•前掲論文以外に、中川11
泉•前掲書二五六頁注(四)以下、最高裁判所事務総局編・前掲書六八0頁以下にも詳細に紹介されている︒
︵一
八八
三︶
( 1 )
学説
(
‑
︶
の特別受益性を紹介・検討していきたい︒ けられた当座の小遣い程度は︑
婚 姻 の た め の 贈 与
︵一
八八
四︶
婚姻のための贈与財産としては︑支度金︵嫁入り道具︶︑結納金︑持参金︑あるいは挙式費用などの被相続人から
支出された財産が該当しよう︒これらのうち︑被相続人の社交上の出費とみられるもの︑あるいは受贈者の消費に向
( 1 )
一般的には︑特別受益に該当しない︒なお︑これらの贈与財産については︑その証拠
書類が特別受益を主張する者の手元になく︑所持している者も不利益を恐れて提出をためらい︑また時間の経過で証
拠書類自体が存在しなくなっていることなどから︑事実の確認が大変困難であることが︑実務家によって指摘されて
( 2 )
いる
︒
( 3 )
婚姻のための贈与の例として学説上︑結納金や持参金が挙げられることが多いが︑裁判例では︑結納金や持参金を
単独で問題とすることなく︑単に婚姻の費用︵婚資︶を支弁して貰った︑あるいは貰っていないという形で処理して
いるといえよう︒そこで︑本章では︑(‑)支度金︵嫁入り道具費︶︑︵二︶挙式費用︑︵三︶その他︑の順に︑これら
支度金︵嫁入り道具費︶
婚姻に際して︑親から娘に︑衣類︑箪笥︑寝具︑電化製品︑ピアノなどのいわゆる嫁入り道具を揃え持参させる風
( 4 )
習が一般的に存在する︒これらのための金銭が支度金といわれるもので︑その特別受益性が問題となる︒学説の多く
関 法 第 四 一 巻 第 五
・ 六 号
四五
民法 九
0三
条で
いう
生前
贈与
の範
囲に
つい
て
①青森家五所川原支審昭三七・ニ︱・ニ四︵家月一五巻五号一
0
頁︶は︑昭和︳︱‑三年に死亡した被相続人に共同相0
続人として九人の子がおり︑このうち︑長女が婚姻費用として七万円を受けていたのを特別受益と認定する︵他に︑
二男が生業資金として二0万円︑長男が大学入学金として二万円受けていた︒これらも特別受益と判断された︒後述
農地を主とした遺産総額は︑約四五六万円ほどであった︒婚姻費用額の少なさが目につくといえようか︒なお︑裁
判所は︑婚姻費用の七万円について物価上昇分等を加味することなく︑そのまま特別受益額と算定している︒
②大阪高決昭四0•四・ニニ(家月一七巻一0号一0二頁)の事実関係は明確ではないが、裁判所は、抗告理由を認
容し︑相手方が一通りの婚姻支度を受けていることが認められるから︑九0三条の相続分の算定に当たって︑この贈
与額は当然掛酌されなければならず︑原審判が︑この点についても︵他に︑大学入学後︑
資の点︑及ぴ被相続人の利害関係人への贈与が持戻しを否定したものかどうかの点など︶︑何ら考慮した形跡がなく︑
法定相続分によって遺産の分割をしているのは失当であると判示し︑原審判を取り消し差し戻した︒
一通りの婚姻支度がどの程度のものか分からないが︑ともあれ︑原審がこの点を考慮しなかった点は問題であろう︒
③大阪家審昭五0•三・ニ六(家月二八巻三号六八頁)は、昭和四二年に死亡した被相続人に、共同相続人として、
妻と七人の子︵二男五女︶がおり︑子女のうち︑幼児の病気が原因で知能程度が低く︑そのため学校へも行かず︑現在 す
る︶
︒ ︵ ア ︶
積極例
(2
)
裁判例
( 5 )
は︑支度金の特別受益性を肯定する︒
四五
三
︵一
八八
五︶
一年間︑抗告人が受けた学
入り支度費用が問題となったが︑裁判所は︑ 独身である四女と比較して︑義務教育をうけ︑相当と思料される程度の費用をもって婚姻させて貰うか︑あるいは婚姻はしていないが︑私立高校に行かせて貰っているので︑婚姻費用の支出ならびに学資を特別受益と認定した︒
婚姻のための贈与が問題となるのは︑他の兄弟姉妹との比較であることから︑義務教育も受けず独身のままである
四女との比較で︑婚姻費用並びに学資を特別受益と判断したのは妥当といえよう︒
④東京高決昭四ニ・一・︱‑︵家月一九巻六号五五頁︶の事案は明確でないが︑共同相続人として四名の兄弟姉妹︵ニ
男二女︶間の争いで︑長男が原審判断を不服として抗告したものである︒高裁は︑被相続人により姉妹の一人に婚姻
のための多額の贈与があったとの抗告人の主張を斥けて︑﹁他の相続人が受けた婚姻のための贈与あるいは抗告人及
び0
0(
弟︶が普通教育以上の大学教育を受けた学資等をあわせ考えれば相互に相続財産に加算すべきものはなく︑被
相続人が生前その時々の境遇経済力に応じ扶養の当然の延長ないしはこれに準ずるものとしてなしたものと認めら
判決は︑学資と婚姻のための贈与とを相殺した形となっているが︑両者は基本的には別々に評価すべきものではあ
⑤大分家中津支審昭五一•四・ニ〇(家月二九巻一号八三頁)の事案は、昭和四六年に死亡した被相続人に、妻と三
人の子︵長男︑長女︑二女︶の計四人の相続人がおり︑宅地と田畑をめぐて︑長男と長男家族と暮らしている妻︵母︶︑
二女︵後者の二人はいずれも具体的相続分は長男の取得とすることを希望︶対長女との争いである︒長女︑二女の嫁 る
まい
か︒
れ︑﹂と述べて︑その特別受益性を否定した︒
︵ イ ︶
消極例 関法第四一巻第五・六号
一般的な慣習および当時の社会状態から考えて︑とくに特別受益として
四五
四
︵一
八八
六︶
(1
)
民法
九
0
三条で
いう
生前
贈与
の範
囲に
つい
て
学説
︵ 二 ︶
挙式費用 用しがたいところである︒﹂と判示して抗告を斥けた︒ 計上すべき程度のものとは認められないと判示した︵他に︑長男の高校卒業までの学費並びに婚礼費用についても同判断︒ただし︑長男への居住家屋等の贈与については︑特別受益性を肯定する︒後述﹁生計の資本としての贈与﹂参
判旨は理解できるものの︑社会状態の点はともかくも︑
ている裁判例があることだし︑少し説得力に欠けるのではないか︒
四五
五
⑥大阪高決昭五四・八・︱‑︵家月一︱︱︱巻︱一号九四頁︶の事実関係は明確ではないが︑病院経営者の共同相続人︵男
二人︑女四人でいずれも被相続人の子のようである︶のうち︑女性二人
(A
.B
)
の嫁入り支度が特別受益にあたる
のではないか︑という点が問題となった︒高裁は︑﹁Aにとっては戦時統制下の厳しい時代︵昭和一九年︶のことで
もあり︑また同Bにとっては戦災で焼失した被相続人方の病院や住宅が再建されて間もない終戦直後︵昭和二三年︶
のことであったため︑
たことが認められるから︑右相続人らに特別受益を認めなかった原審判の判断は相当であり︑抗告人らの右主張は採
嫁入り支度の特別受益性を︑社会状態を判断材料として否定したもので︑納得のいくものといえよう︒
( 6 )
学説には︑挙式費用の特別受益性を肯定する説と︑婚姻当事者のためよりも被相続人となる親などの社交上の出費 召 " ︶ ︒
︐
B ,いずれもその嫁入支度は質素なものであり︑抗告人らの主張するような高価なものではなかっ
︵一
八八
七︶
一般的な慣習を理由に問題としないというのでは︑肯定し
︵ 一 八 八 八 ︶ ( 7 )
という性格が強い︑という理由から否定する説がある︒こうした対極に位置する学説の中に︑中間的に︑親が挙式費
( 8 )
用として当人に現金で何万円かを渡し︑当人の責任で挙式した場合には特別受益に含まれるとみる見解や︑挙式費用
( 9 )
の多寡もしくは共同相続人中に特別に多く出してもらったか否かによって区別をする考えもある︒
⑦盛岡家審昭四ニ・四・︱二︵家月一九巻一
一号
一
0
一頁︶では︑相続人として妻と七人の子がおり︑子のうち五人︵男三名︑女二名︶について︑それぞれ婚姻に際して︑被相続人より挙式費用等を負担してもらっている点が問題と
なった︒しかし︑裁判所は︑その金額が高額ではないとの理由で︑民法九
0
三条にいう贈与として相続分の算定につき勘酌すべきではない︑と判示した︵他に︑学資の特別受益性についても否定する︒後述参照︶︒
挙式費用等がどれほどの額か不明であるが︑金額の高低が特別受益性の判断に影響を及ぽすことは︑大いにありう
る︒そこで︑他の兄弟姉妹との関係で︑多少ともおおよその金額を明示するなど︑きめ細かな理由付けが必要であっ
たように思われる︒寄与分制度が創設される前のことで当然といえば当然なことではあるが︑﹁裁判所が寄与分を考
慮して法定相続分を任意に変更することは許されないと解する︒﹂といった判示にも︑理由不足の一端が窺われよう︒
⑧福岡高決昭五三・五・
ぐって︑嫡出の兄弟A.Bの争いである︵他に相続人として︑非嫡出子の兄弟が一人いる︶︒原審は︑
費用が特別受益であるとのAの主張を︑結婚式の費用のごときはこれに含まれないと思料される︑といって斥けてい
る︒抗告審は︑この費用の点については触れていない︵なお︑
続人による器具の購入を特別受益と認めた︒次章﹁生計の資本﹂参照︶︒
(2
)
裁判例
一八︵家月三一巻五号八五頁︶の事案は︑昭和四七年に死亡した被相続人︵母︶の遺産をめ
関 法 第 四 一 巻 第 五
・ 六 号
Aへの土地の贈与︑ Bの結婚式の
Bの学資及び開業に際しての被相 四五六
民法九
0 ‑
︱一 条で いう 生前 贈与 の範 囲に つい て
︵ 三 ︶
とが行われる場合もあろう︒しかし︑
四五 七
なぜ︑結婚式の費用のごときは︑特別受益に含まれないと解するのか︑具体的な理由が必要であるこというまでも
( 1 0 )
婚姻のための贈与例として︑被相続人が新居を購入し贈与することが挙げられる︒あるいは︑財産分けのようなこ
いずれもこれらは︑生計の資本のための贈与とも解されることから︑生計の資
一五0頁、有泉
11
加藤編・前掲書二八頁、我妻11
唄•前掲書一0五頁。(1
) 石川
・前 掲二 六一 頁︒ (2)石井•前掲―二九頁。
(3
) 有地・前掲書ニニ八頁参照︒(4)支度金イコール嫁入り道具費用とはいえないであろうが、両者は同じ範疇に属するものと考えてよいであろう(石井•前 掲︱ 二九 頁参 照︶
︒
(5
)
有地・前掲書ニニ八頁参照︒
(6
)
園田・前掲︱︱八九頁︒もっとも︑同判事は︑﹁やはり被相続人の資力や社会的地位と︑受けた額の多少は考慮されるべきである。」という(園田・ニ九四頁注(15))。他に、久貴•前掲「相続分•特別受益•寄与分」一三0頁は、「挙式費用については︑従うべき土地の慣習があるかもしれないが︑原則として特別受益と考えるのが社会の実情からみて妥当と思われる
︵反
対説
があ
る︶
︒﹂
とい
う︒
(7
)
小石・前掲一六三頁︑石川利夫﹁家族下﹄
(8
)
村崎・前掲書八八頁︒
(9
) 高木
・前 掲書 七八 頁︒
本のための贈与の項目の中に含めて検討したい︒ な
い︒
その他
︵一
八八
九︶
(2
)
(1
)
裁判例 学説
養 子 縁 組 の た め の 贈 与
養子縁組のための贈与には︑
(a
)養子にいく者に実父母から贈与する場合と︑
(b
)養子に来る者に養父母から贈与
する場合が考えられる︒
(a
)では︑相続分の前渡し的要素が強く︵いわばこの贈与分で相続財産関係はおしまいとす
( 2 )
る︶︑養子となるための支度金や婿入り道具などが該当する︒これに対して︑
(b
)では︑どちらかといえば養子とし
て歓迎するといった意味あいが強いのではあるまいか︒
組のための贈与﹂は︑ つまり相続分外の好意的贈与であろう︒本章でいう﹁養子縁
( 3 )
般一
的に
は︑
( a
)
の場合に問題となることが多く︑民法もこの場合を想定したとみられる︒勿( 4 )
論︑必ずしも確定的なものではなく︑いずれも︑後に相続が起きたときに︑その贈与の特別受益性が問題となりうるが︑
( 5 )
もともと︑この養子縁組について問題になることは︑少ない︒
養子縁組のために︑被相続人が行った支度費用の贈与については︑学説上︑特別受益に含まれると解することにほ
ぼ異論はない︒しかし︑縁組成立を祝っての式の費用については︑婚姻の挙式費用と同様︑親の世間に対する社交上
( 7 )
の出費としての性格が強いとの理由で︑この場合の贈与を特別受益から除外する見解がある︒
⑨高松家丸亀支審昭三七•10•三一︵家月一五巻五号八五頁︶の事案は︑昭和三五年に死亡した農業経営者である
被相続人に共同相続人として妻と六人の子︵男二人女四人︶がいたが︑このうちの女子の一人が他人夫婦と養子縁組 (10)久貴•前掲「相続分•特別受益•寄与分」 関法第四一巻第五・六号
一三
0頁 ︒
四五八
︵一
八九
0)
民法 九
0三
条で
いう
生前
贈与
の範
囲に
つい
て
れに学資をプラスしたものは︑結構な額になっているといえる︒
( 8 )
つぎの⑩裁判例︑及び⑪裁判例は︑別稿で既に紹介したものである︒
⑩神戸家明石支審昭四0・ニ・六︵家月一七巻八号四八頁︶は︑三人の相続人A.B.CのうちAはBの子で︑被相
続人の孫であったが︑被相続人が男嗣子をつよく望んだことから養子縁組をすることになり︑それを喜んだ被相続人
から養子となるAに対して︑縁組の合意後で届出前に︑大学に進学するときの費用として︑約九七万円相当の株式と
投資信託を贈与した事案である︒裁判所は︑推定相続人になる前の贈与であっても︑民法九0三条一項に準じ︑相続
分算定のために相続財産に加算されなければならないと判示した︒
裁判所は︑この大学進学の費用が学費として特別受益性を有するか否かの明確な判断をしていない︒また︑推定相
続人となる前に受けた贈与が︑なぜ︑推定相続人としての贈与として扱われるかについても︑説明がない︒推定相続
人になる前の贈与は︑好意的贈与であって︑
( 9 )
いか
と思
う︒
⑪大阪家審昭五一・ニ・一六︵家月二八巻二︳号一七一頁︶は︑少し特殊な事例であるが︑被相続人の二女の長女︵孫︶ 最終的な取得分︵具体的相続分︶は︑ をした際に︑被相続人が小袖︑
四五九 タンス︑机︑及び米一俵の計一万二四
0
0円相当の贈与をしたというもので︑この者
への高校三年間分の学資七万二000円︵毎月二000円︶と合わせ合計八万四四
0
0円を特別受益と認定した︵特
別受益として他に︑二人の姉妹に高校三年間分の同額の学資と二男に将来の生業資金と三0
万円の贈与が認定された︶︒
農地を主な財産とした具体的相続分算定の甚本たる遺産の価額は︑二0五万六二九0円である︒養子に行った者の
一九万六一九六円にしかならず︑養子縁組のための贈与額自体は少額だが︑.そ
いわば相続分外の先取り的なものとして持戻しを免除してよいのではな
︵一
八九
︶一
を︑被相続人の三男夫婦が養子に迎えるに際して︑被相続人が二女に自己経営会社の持分権の一部︵評価額約二五七 万円︶を贈与したが︑縁組が成立しなくなったのちも持分権の贈与はそのままの状態で︑相続が開始し︵相続人は被 相続人の妻と四人の子︶︑被相続人の三男から遺産分割の申立てがなされた事案である︒裁判所は︑﹁二女自身の縁組 ではないが︑長女の縁組のために相手方二女に贈与したものであるから︑民法九
0
三条の生前贈与にあたるものと解
され
︑
いわゆる持戻財産として相続財産にその価額を加えるべきものである︒﹂と判示した︒
︵一
八九
二︶
被相続人との間の養子縁組でもなく︑また縁組が成立していないため︑やや特殊な事案であるが︑裁判所は︑実質 的には二女への贈与と認定したわけで︑結論としては妥当といえようか︒
(1
) 久貴 忠彦
﹁特 別受 益の ある 相続 人の 相続 分﹂ 前掲 書四 八一
︳一 頁参 照︒
(2
)
我妻栄
1 1
唄孝一﹃判例コンメンタール圃相続法﹄[日本評論社ヽ昭四こ一O
四頁
o
(3)久貴忠彦「相続分•特別受益•寄与分」『谷口
11
加藤編・新版民法演習5(親族・相続)」[有斐閣、昭五六ご三0頁。なお︑現行規定九
0
三条 の旧 規定 は一
00
七条であり︑その草案作成時︵草案では一
00
九条︶における穂積陳重起草委員の説明が興味を惹く︒明治二九年九月二三日開催の第一八八回法典調査会議で︑彼は︑特別受益者には共同相続人がなるが︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
それに被相続人の尊属がなりうることを説明し︑次のようにいう︒﹁尊属ヲ分家トスル︒尊属ガ婚姻スル︒尊属ガ養子二往ク︒
︑︑
︑︑
︑︑
︑
親ガ養子二往クト云フヤウナ場合ハ︑如何ニモ一寸変ナコトニナリマスガ︑事柄二於テ斯ウ云フコトハアリ得ルコトデケリ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑マス︒其場合二十分財産上ノ資本ヲ之二与ヘルト云フコトノ場合ニハ︑本条ヲ当テモ不都合ハナイモノト思ヒマシテ広ク共
同相続人卜書キマシタ︒﹂︵﹃法務大臣官房司法法制調査部監修・日本近代立法資料叢書7法典調査会民法議事速記録七﹄︹商事法務研究会︑昭五九︺五六八頁︒句読点は筆者︶︒ここでは︑養子に行く者︵たとえそれが親であっても︶に財産が与えられることを示している︒
(4
)
本文で述べた
(b
戻し義務を負わないのではないかといった問題がでてくる︒この問題については︑千藤﹁民法九 )の場合︑養子縁組締結に先立っての贈与は︑厳密にいえば︑受贈者は推定相続人でもないことから︑持
0 1 1
一条 でい う特 別受 益者 の
関法第四一巻第五・六号
四六
〇