「著作物の流通・契約システムの調査研究
『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書」別冊
その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究
─ レポート ─
平成 21 年 3 月
著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会
「著作物の流通・契約システムの調査研究
『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書」別冊
その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究 レポート
◇◆◇ 目 次 ◇◆◇
はじめに ... 1
Ⅰ. 調査研究方法等 ... 2
1. 調査研究対象国地域 ... 2
2. 「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」における検討 ... 2
3. 有識者による原稿執筆 ... 2
4. その他 ... 3
Ⅱ. 諸外国地域における一般規定の類型化 ... 4
Ⅲ. 各国地域における一般規定の導入状況 ... 6
1. 米国型フェア・ユース規定を導入している国 ... 7
(1) イスラエル... 7
(2) 台湾 ... 11
(3) フィリピン... 18
2. 米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一般 規定を導入する改正法案が提出・審議された国 ... 20
(1) 韓国 ... 20
3. 特定の利用目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入し、加えて、その 他の利用目的については米国型フェア・ユース規定を導入している国地域 ... 25
(1) シンガポール ... 25
4. 英国型フェア・ディーリング規定の判断のための考慮要素として米国型フェア・ユー ス規定を導入している国地域 ... 29
(1) 香港 ... 29
(2) ニュージーランド ... 33
Ⅳ. その他参考となる情報(学説の紹介等) ... 35
1. Niva Elkin-Koren「利用者の権利」からの示唆 ... 35
2. 謝銘洋「台湾著作権法における適正利用」からの示唆 ... 36
3. 章忠信著・萩原有里訳「台湾著作権法逐条解説」からの示唆 ... 36
【参考資料編】
1. 【イスラエル】Niva Elkin-Koren「利用者の権利」 ... 1 2. 【台湾】謝銘洋「台湾著作権法における適正利用」 ... 19 3. 【韓国】上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェアユース規定の導入背景」 ... 33
4. 【韓国】パク・インファン「公正利用条項の導入の議論」、『ソフトウェアと法律』(2007
年12月、第4号) ... 38
5. 【韓国】「著作権法一部改正案:公正利用法理の導入」、『著作権文化』(2007年11月、
Vol.159)の一般規定関連部分 ... 44
はじめに
本レポートは、「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権制度における権利制限 規定に関する調査研究』報告書」の別冊として、かかる報告書では取り上げられていない 諸外国地域(イスラエル、台湾、韓国、シンガポール、フィリピン/等)における権利制 限に係る一般規定の導入状況等について整理したものである。
上記報告書と同様に、文化審議会著作権分科会の事務局を担当する文化庁の委託を受け て、諸外国地域における一般規定の導入状況等について、あくまでも著作権分科会におけ る審議のための参考資料集とすることを目的として調査を行い、その結果をまとめている。
本レポートの作成にあたっては、Niva Elkin-Koren教授、謝銘洋教授をはじめ、諸外国地 域の研究者の方々にご協力を賜り、心より感謝申し上げる次第である。ご協力を頂いた箇 所には、脚注等にてお名前を掲載させて頂いている。
※ 本レポートにおいて使用している文言について
・ 本レポートでは、「一般規定」という文言は、権利制限対象となる利用目的及び利用形態 等を限定的に特定するのではなく、例えば「(…)等の目的」、「公正な利用」といった文 言を用いて、その範囲確定を解釈に委ねている規定を指すものとして使っている。例え ば、米国のフェア・ユース規定、英国のフェア・ディーリング規定がこれに該当する。
・ 本レポートで用いている「米国型フェア・ユース規定」という文言は、権利制限対象を判 断する際の考慮要素として、米国著作権法107 条に規定される4 つの考慮要素と近似し た考慮要素1が規定されている一般規定を指す。
・ 本レポートで用いている「英国型フェア・ディーリング規定」という文言は、英国著作 権法29条、30条及び32条のように、権利制限対象となる利用形態等について「公正な 利用(fair dealing)」という文言を用いて規定している一般規定を指す。
・ 本レポートで用いている「スリー・ステップ・テスト型規定」という文言は、ベルヌ条
約9条2項、TRIPs協定13条等を基礎として、権利制限を「通常の利用を妨げず」「権利
者の正当な利益を不当に害しない」「特別な場合」に限定する旨を規定する一般規定を指 す。
1 米国著作権法107条の規定は以下の通り(下線は4つの考慮要素を示す):
批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のために複数のコピーを作成する行為を含む)、研 究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・ユース(コピーまたはレコードへの複製その 他第106条に定める手段による使用を含む)は、著作権の侵害とならない。著作物の使用がフェア・ユー スとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
(1) 使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)
(2) 著作権のある著作物の性質
(3) 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性 (4) 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響
上記の全ての要素を考慮してフェア・ユースが認定された場合、著作物が未発行であるという事実自体 は、かかる認定を妨げない。
Ⅰ. 調査研究方法等
1. 調査研究対象国地域
本調査研究では、権利制限に係る一般規定を導入している諸外国地域で、「著作物の流 通・契約システムの調査研究『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告 書」では調査研究対象とされていない国地域を対象とした。具体的には、以下の国地域で ある。
・ イスラエル
・ 台湾
・ フィリピン
・ 韓国
・ シンガポール
・ 香港
・ ニュージーランド
2. 「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」における検討
「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権制度における権利制限規定に関する 調査研究』」の一環として、本テーマについて知見のある有識者より構成される「著作権制 度における権利制限規定に関する調査研究会」において調査研究方法等に関する検討を行 った。
研究会の構成、開催概要については、「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権 制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書」をご参照頂きたい。
3. 有識者による原稿執筆
本調査研究では、イスラエル、台湾、韓国について、下表の有識者の方々に原稿執筆又 は原稿提供のご協力を頂いた。参考資料編にその和訳等を掲載させて頂くとともに、重要 な点については本文にて適宜引用等させて頂いた。
国地域 ご協力頂いた有識者(所属) 原稿の題名
イスラエル Niva Elkin-Koren氏
(ハイファ大学・教授)
「利用者の権利」
(※原文はヘブライ語。近日中に出 版予定の原稿の提供。)
台湾 謝銘洋氏
(国立台湾大学法律学院・教授)
「台湾著作権法における適正利用」
(※原文は中国語。本調査研究のた めに原稿を執筆。)
韓国 上野達弘・著作権制度における権利制 限規定に関する調査研究会座長
「韓米 FTA 協定の締結に伴うフェ ア・ユース規定の導入背景」
(※関連情報のレポートの提供。)
4. その他
(1) 文献資料調査
主に諸外国地域における関連規定に関する情報について、参考図書・論文、インターネ ット上の公表資料等の国内外の文献資料を幅広く収集し、調査を行った。
(2) 参考資料の和訳
上記原稿、文献資料等のうち、参考となるものについては和訳作業を行った。
特に上述「3. 有識者による原稿執筆」に列挙した原稿等は、以下の方々にご協力を頂き、
和訳作業を行った。
国地域 翻訳ご協力者
イスラエル Medan Yitzhak氏(テンプル大学ジャパンキャンパス在学)
※ 上記のNiva Elkin-Koren教授の原稿について、ヘブライ語からの和訳 を担当
台湾 劉曉倩氏(北海道大学大学院法学研究科グローバルCOE研究室・研究員)
※ 上記の謝銘洋教授の原稿の和訳のチェックを担当
韓国 張睿暎氏(東京都市大学 環境情報学部 情報メディア学科・専任講師)
※ 韓国語の参考資料の和訳を担当
Ⅱ . 諸外国地域における一般規定の類型化
本調査研究では、諸外国地域における一般規定について、「著作物の流通・契約システム の調査研究『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書」において詳細 に取り上げられた米国のフェア・ユース規定、英国のフェア・ディーリング規定との類似 性の観点から、以下のような類型化を行った。
【A】米国型フェア・ユース規定を導入している国地域
¾ イスラエル(※2007年改正前は英国型フェア・ディーリング規定)
¾ 台湾
¾ フィリピン
【B】米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一般 規定を導入する改正法案が提出・審議された2国地域
¾ 韓国
【C】特定の利用目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入し、加えて、その 他の利用目的については米国型フェア・ユース規定を導入している国地域
¾ シンガポール
【D】英国型フェア・ディーリング規定の判断のための考慮要素として米国型フェア・ユー ス規定を導入している国地域
¾ 香港
¾ ニュージーランド
【E】英国型フェア・ディーリング規定に加えて、スリー・ステップ・テスト型規定を導入 している国地域
¾ オーストラリア3
【F】英国型フェア・ディーリング規定を導入している国地域
¾ カナダ4
2 2009年3月末時点で、改正法案は審議中のステータスであり、採決はなされていない。
3 詳細については、「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権制度における権利制限規定に関する 調査研究』報告書」を参照。
4 詳細については、「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権制度における権利制限規定に関する 調査研究』報告書」を参照。
上述の6つの類型のうち、「著作物の流通・契約システムの調査研究『著作権制度におけ る権利制限規定に関する調査研究』報告書」において【E】【F】に該当するオーストラリア、
カナダは取り上げられているので、本レポートでは、残る【A】【B】【C】【D】を中心に情 報を収集し、整理している。
Ⅲ . 各国地域における一般規定の導入状況
本節では、上述の【A】【B】【C】【D】の各類型において列挙した各国地域について、情 報を整理している。
原則として、
① 一般規定の文言
② 権利制限規定全体の構造
③ 立法過程における議論、立法後に指摘されている問題点等
を記載している。但し、限られた期間内に複数国地域を対象として調査研究を実施した ため、十分に情報を収集・整理できていない事項もあり、この点についてはご容赦頂きた い。
本節で取り上げる類型と国地域
【A】米国型フェア・ユース規定を導入している国
¾ イスラエル(※2007年法改正前は英国型フェア・ディーリング規定)
¾ 台湾
¾ フィリピン
【B】米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一般 規定を導入する改正法案が提出・審議された国
¾ 韓国
【C】特定の利用目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入し、加えて、その 他の利用目的については米国型フェア・ユース規定を導入している国
¾ シンガポール
【D】英国型フェア・ディーリング規定の判断のための考慮要素として米国型フェア・ユー ス規定を導入している国地域
¾ 香港
¾ ニュージーランド
1. 米国型フェア・ユース規定を導入している国
(1) イスラエル
イスラエルでは、従来の英国型フェア・ディーリング規定を改め、米国著作権法 107 条 に近似した米国型フェア・ユース規定(現行法19 条)を導入する著作権法改正を2007 年 に行った5。
① 一般規定の文言
以下は、イスラエル司法省によるイスラエル著作権法19条「フェア・ユース」の非公式 英訳6とその和訳である。
19. Fair Use
(a) Fair use of a work is permitted for purposes such as: private study, research, criticism, review, journalistic reporting, quotation, or instruction and examination by an educational institution.
(b) In determining whether a use made of a work is fair within the meaning of this section the factors to be considered shall include, inter alia, all of the following:
(1) The purpose and character of the use;
(2) The character of the work used;
(3) The scope of the use, quantitatively and qualitatively, in relation to the work as a whole;
(4) The impact of the use on the value of the work and its potential market.
(c) The Minister may make regulations prescribing conditions under which a use shall be deemed a fair use.
【上記非公式英訳の和訳】
19条 フェア・ユース
(a) 著作物のフェア・ユースは私的学習、研究、批評、論評、報道、引用、又は教育機関による教育または 試験等の目的で認められる。
(b) 著作物の使用が本条における意味において公正(fair)となるか否かを判断する場合に考慮すべき要素 は、とりわけ以下のものを含む。
(1) 使用の目的および性質。
(2) 使用された著作物の性質。
(3) 著作物全体との関連における使用の量的及び質的範囲。
(4) 著作物の価値及び潜在的市場に対する使用の影響。
5 当該著作権法改正法案は2007年11月19日に議会を通過し、同月25日にヘブライ語で公布された。施 行は2008年5月25日。
6 当該非公式英訳は次のURLでダウンロードでき
る:http://www.tau.ac.il/law/members/birnhack/IsraeliCopyrightAct2007.pdf
当該非公式訳に記載されている説明には「イスラエル政府による公式の英訳は作成されず、(必要であれば 微修正を行った上で)当該非公式英訳がWIPOとWTOに送付される予定である」と記載されている。
(c) 大臣は使用がフェア・ユースとみなされる条件を規定する規則を策定することができる。
米国著作権法 107 条7と比較すると、両者は近似している。この点について、Niva
Elkin-Koren教授の説明8によれば、両者は「似ているが、同じではな」く、イスラエル法で
はフェア・ユースが成立するかどうかは利用目的(19 条a)と利用の合法性(19 条b)の 2 つの条件に従って判断されるが、米国法では利用目的の観点は、第 1 の考慮要素に含まれ て、利用目的の項の重要性は失われているという点が相違点である。
この19条のほかにも、「20条 司法ないし行政手続での著作物の使用」、「21条 公的閲 覧のために保管された著作物の複製」のように、「(利用は)当該利用の目的を考慮して正 当化される範囲において許容される(※上述の非公式英訳では、「…is permitted to the extent that is justified taking into consideration the purpose of the aforesaid use」)」とする一般規定が存 在する。
② 権利制限規定全体の構造
イスラエル著作権法では、「第4章 許容される利用9」に以下のような権利制限規定が置 かれている。
18条 許容される利用 19条 フェア・ユース
20条 司法ないし行政手続での著作物の使用 21条 公的閲覧のために保管された著作物の複製 22条 著作物の付随的な使用
7 米国著作権法107条の和訳は以下の通り(和訳の出典はCRICホームペー ジhttp://www.cric.or.jp/gaikoku/america/america html):
第107条 排他的権利の制限:フェア・ユース
第106条および第106A条の規定にかかわらず、批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のた めに複数のコピーを作成する行為を含む)、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・
ユース(コピーまたはレコードへの複製その他第106条に定める手段による使用を含む)は、著作権の侵 害とならない。著作物の使用がフェア・ユースとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下の ものを含む。
(1) 使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)。 (2) 著作権のある著作物の性質。
(3) 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性。
(4) 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響。
上記の全ての要素を考慮してフェア・ユースが認定された場合、著作物が未発行であるという事実自体は、
かかる認定を妨げない。
8 参考資料編に掲載したNiva Elkin-Koren教授「利用者の権利」を参照。
9 上述の非公式英訳では「Chapter For: Permitted Uses」と表記されている。
23条 公共の場での著作物の放送ないし複製 24条 コンピュータ・プログラム
25条 放送を目的とする録音・録画 26条 一時的複製
27条 著作者によって作られた追加的芸術作品 28条 建造物の改装または改築
29条 教育機関における上演
30条 図書館、公文書館での許容される使用 31条 教育機関、図書館、公文書館に関わる規則 32条 レコード生産に関する著作権使用料の支払い
18 条は、「(…略)19 条から 30 条に規定される活動は、各条において規定される条件に 従い、各条において規定される目的のためになされる場合には、許容される。(…略)」と 規定している。よって、20条から30条の解釈に際して19条も参照するというシステムは とられていないと考えられる。
③ 立法過程における議論、立法後に指摘されている問題点等
イスラエル著作権法は、2007年改正前は英国型フェア・ディーリング規定が置かれていた
が、Niva Elkin-Koren教授によれば、「旧法における許容される利用の範囲は非常に狭」いも
のだった。
英国型フェア・ディーリング規定から米国型フェア・ユース規定への移行は、「立法によっ てのみなされたのではなく、法的基準を定める過程で立法府と裁判所との間にフィードバ ックが行われながら発展したもの」である。
例えば、1993年、「ドナルド・ダック」をコピーして「モビー・ダック」と称して利用し たイスラエルの漫画家ドゥドゥ・ゲバをウォルト・ディズニー社が訴えた事件で、イスラ エル最高裁判所は、米国著作権法 107条の 4つの考慮要素に言及して、旧法の権利制限規 定を解釈した。これにより、Niva Elkin-Koren教授によれば、「こうしてイスラエルでは英国 のフェア・ディーリングのドクトリンと米国のフェア・ユースのドクトリンとが混合された 調整が生まれる」こととなった。
その後の旧法時代の裁判例では、①利用目的については、厳格解釈がなされ、条文に規 定された利用目的においてのみフェア・ディーリングが成立するとしつつ、規定された利 用目的の下であれば、②利用形態については、米国著作権法 107条の 4つの考慮要素を適 用しながら広く解釈するという傾向がみられた。利用目的について厳格解釈がなされたた めに、「例えば作家でありジャーナリストのロネン・バルグマンの論文を高校の卒業試験で
使おうとした教育省は、その利用目的が法律の定めるリストに入っていない教育での目的 であったため、それが著作者の経済的損害にならないにもかかわらず、裁判所の許可を得 ることができなかった」といった事態も生じていた。
よって、新法 19 条の意義は、米国型フェア・ユース規定が導入され、許容される利用の
「利用目的のリストがオープンになり、裁判所に対して一層の権限が与えられたこと」だ といえる。
(2) 台湾
※ 注:「(2)台湾」では、「適正な利用」あるいは「適正利用」の文言は、「fair use」
の意味で用いている。
① 一般規定の文言
以下は、章忠信著・萩原有里訳「台湾著作権法逐条解説」10の台湾著作権法 65 条の和訳 である。
第65条 適正な利用の効果及び認定基準
著作の適正な利用は、著作財産権の侵害とはならない。
著作の利用が第 44条から第 63 条の規定に該当するか否か又はその他の適正な利用の態 様に該当するか否かはあらゆる状況を斟酌するものとし、特に次の各号に掲げる事項に注 意しなければならない。判断基準は次のとおりである。
(1) 利用の目的及び性質。これには商業目的又は非営利の教育目的であるかをも含むものと する。
(2) 著作の性質。
(3) 利用の際の品質及び著作全体に占める割合。
(4) 利用結果が著作の潜在的な市場と現在の価値に及ぼす影響。
著作権者団体と利用者団体間において著作の適正な利用の範囲につき合意に達している 場合は、前項の判断基準の参考とすることができる。
前項の協議において、著作権専属責任機関に意見を諮問することができる。
上述の章忠信氏の解説によれば、65条は、「適正な利用に関し、第44条から第63条にお いて例示規定が設けられているが、これとは別に本条第 2 項において「その他の適正な利 用」が設けられており、前述の第44条から第63条における例示規定には含まれないが第2 項に規定される 4 項目の判断基準に該当すれば「その他の適正な利用」に該当するという ものである。」
4つの考慮要素について、章忠信氏は以下のように解説している。
10 http://tw.commentaries.asia/archives/87
【章忠信著・萩原有里訳「台湾著作権法逐条解説」の解説より】
適正な利用か否かを認定する際には、第2 項に規定される 4 項目の判断基準を一つ一つ確 認し、いずれか 1項目を特に重視又は特に軽視してはならない。そのうちの 1 項目でも否 定されれば、適正な利用として認められない。
1. 利用の目的及び性質には、商業目的又は非営利教育目的であるか否かが含まれる。こ れは利用者の利用目的及び性質から検討され、「商業目的」の利用であれば必ず適正な利用 が否定され「非営利教育目的」であれば、必ず適正な利用であるということはできない。
単に「商業目的」の利用は適正な利用が否定される可能性が高く、反対に「非営利教育目 的」は適正な利用が認められやすいということにすぎない。従って、論文集の市販は、商 業目的の利用ではあるものの他人の著作を引用する場合について適正な利用の余地があ り、また、学校の授業における教学利用は、非営利目的利用ではあるものの大量に書籍を 複写し学生の学習用途に供すれば著作財産権侵害に該当する可能性がある。
2. 著作の性質。これは主として利用される著作の性質から検討するものであり、利用後 に生ずる新たな著作を排除しない場合に、この新たな著作の性質に対して判断するもので ある。研究に関する著作については適正な利用の範囲を比較的広く解してもよく、1篇の論 述を複写して自己の研究閲読用に利用することは、適正な利用であると認定される。ただ し、歌を 1 曲自己の娯楽用に利用することを適正な利用であると主張することはできない であろう。また、他人の練習問題を複写し学生に練習のために使用させることは、利用目 的と利用される著作の性質が接近しすぎており、これもまた適正な利用であると主張する ことはできない。その他、利用の結果として新たな創作がある場合、換言すると「変容的
(transformative)な利用」に該当する場合にも、比較的容易に適正な利用が認められる。
3. 利用の際の品質及び全体の著作に占める割合。この基準は相対的な比較であり、利用 される著作について利用の際の品質及びその全体に占める割合を考慮し、また、利用の結 果新たな著作が生ずる場合には、利用される著作が新たな著作に占める品質及び比重を考 慮しなければならない。また、100頁相当の著作のわずか10頁の利用にすぎなくても、そ の10頁が核心部分であれば適正な利用であると主張することはできない。1首200字の新 体詩の評論を 1 万字の論文として執筆する場合には、全文引用しても適正な利用であると 主張することはできるが、3,000字の短文評論において他人の全文 2,000字を引用すること は適正な利用であると主張することはできない。
4. 利用結果が著作の潜在的な市場と現在の価値に及ぼす影響。この基準は、利用の結果 の評価において、利用される著作に対して「市場代替効果」を生ずるか否かを評価するも のである。このような「市場代替効果」の発生は必ずしも現時点のものに限られず、将来 発生し得る状況をも含む。例えば、録音業者が現在ネット音楽経営市場に参入していない が将来経営範囲を拡大する可能性がある場合に、現在ネット音楽経営市場に参入していな いことを理由に録音業者に対して「市場代替効果」を生じるおそれはないと認定すること はできない。
② 権利制限規定全体の構造
台湾著作権法では、「第 4 節 著作財産権」の「4 権利の制限」に以下のような権利制 限規定が置かれている11。
44条 中央又は地方機関の適正な利用 45条 司法手続における適正な利用 46条 学校の授業における適正な利用 47条 教科書編纂における適正な利用 48条 図書館における適正な利用 48条の1 図書館の摘要に関する適正な利用 49条 時事報道の適正な利用
50条 政府出版物の適正な利用 51条 個人における適正な利用
52条 引用
53条 専ら障害者のために行う適正な利用 54条 試験問題の適正な利用
55条 非営利活動の適正な利用
56条 ラジオ、テレビ放送局による暫定的な複製
56条の1 コミュニティーの共同アンテナの無線テレビ局による中継 57条 美術著作又は撮影著作の原作品又は適法な複製物の適正な利用 58条 公の場所における美術著作又は建築著作の適正な利用
59条 コンピュータ・プログラム著作の適正な利用 59条の1 譲渡権の消尽
60条 賃貸権の消尽原則 61条 時事論述の適正な利用
62条 公開演説の適正な利用、適正な利用における翻訳、翻案及び頒布
63条 適正な利用における翻訳、翻案及び頒布、適正な利用の効果及び認定基準 64条 適正な利用の出典明示
65条 適正な利用の効果及び認定基準 66条 適正な利用と人格権
上述の章忠信氏の解説によれば、「第44条から第63条の例示規定に該当する利用におい て、(…略)当該条文に該当することが認められた後さらに(※65条の)第2項に規定され
11 和訳の出典は、上述の章忠信著・萩原有里訳「台湾著作権法逐条解説」。
る 4 項目の基準により適正な利用か否かを判断しなくてはならないのかという点である。
文理解釈によれば、当該各条文(※44条から47条および49条から52条以外の個別規定を 指す)は「適正な範囲内」又は「必要な範囲内」という文言がない以上、当該各条文の態 様に該当すれば適正な利用となり、第2 項に規定する4 項目の基準を再検討する必要はな いが、著作権専属責任機関は依然として、第44 条から第 63 条に規定される利用に該当す るものは、当該条文に「適正な範囲内」又は「必要な範囲内」という文言があるか否かに かかわらず一定の利用が認められるためには、(※65条の)第2項に規定する4項目の基準 による判断に基づき適正な利用か否かを判断しなくてはならないと解している。」とのこと であり、他の個別規定に該当する場合でも65条は重畳的に適用・解釈されるようである。
③ 立法過程における議論、立法後に指摘されている問題点等
米国型フェア・ユース規定は米国著作権法 107条を参考として、1992年改正で導入され た。
謝銘洋教授「台湾著作権法における適正利用」12では、台湾著作権法 65条の沿革・立法
(改正)理由について下表のように整理されている。
改正日 条文内容 立法理由
1992年6月10日 著作物の利用が第44条から第63 条の規定に該当するか否かはあ ら ゆ る 状 況 を 斟 酌 す る も の と し、特に左記に掲げる事項に注 意しなければならない。その判 断基準は次のとおりである。
一.利用の目的及び性質。これ には商業目的又は非営利の教 育目的であるかをも含むもの とする。
二.著作物の性質。
三.利用される部分の実質の量 及 び 著 作 物 全 体 に 占 め る 割 合。
四.利用の結果が著作物の潜在 的市場と現在の価値に及ぼす 影響。
※ 第44条から第63条の規定に基
づき、著作財産権を制限する抽 象的要件のみを掲げている。か かる各条文を具体的事件にお いて適用するため、本条では、
具体的事件においてかかる各 条文に定められている要件に 該当するか否かを判断する場 合に、斟酌及び注意しなければ ならない事項が定められてい る。
※ 本条第一項にいう「利用の目 的」とは、法的に認められる目 的をいい、これには評論、ニュ ース報道、教学、学術、研究等 が含まれる。例えば、他人の著 作物を研究のために一部引用 すること等である。次に、利用 目的が商業目的か、又は非営利 の教育目的であるかは重要な 要素である。第二項にいう「著
12 参考資料編の謝銘洋「台湾著作権法における適正利用」を参照。
改正日 条文内容 立法理由
作物の性質」とは、利用される 著作物そのものに、利用を誘発 する性質があるか否かであり、
例としては辞書類及び公開演 説等である。第三項にいう「利 用される部分の実質の量及び 著作物全体に占める割合」と は、利用される部分が新たな著 作物及び利用される著作物に おいて全体的に勘案して占め る割合をいう。例えば、新たな 著作物が百万字の大著の場合、
利用した分量はかかる新たな 著作物のわずか百分の一を占 めるだけだが、利用される著作 物にとっては、その全体の半分 から全部を占める分量かもし れない。したがって新たな著作 物と利用される著作物の分量 の面で、比較を行う必要があ る。第四項にいう「潜在的市場」
の影響はまた、利用の態様にも 関連する。
※ 本条は、米国の著作権法第107 条の立法例を参考として増補 改訂したものである。
1998年1月21日 著作物の適正利用は、著作財産 権の侵害とはならない。
著作物の利用が第44条から第63 条の規定又はその他の適正利用 の態様に該当するか否かはあら ゆる状況を斟酌するものとし、
特に次の各号に掲げる事項に注 意しなければならない。その判 断基準は次のとおりである。
一.利用の目的及び性質。これ には商業目的又は非営利の教 育目的であるかをも含むもの とする。
二.著作物の性質。
三.利用される部分の実質の量 及 び 著 作 物 全 体 に 占 め る 割 合。
四.利用結果が著作物の潜在的 市場と現在の価値に及ぼす影 響。
※ 旧法第65条は1992年に改正さ れた。
※ 旧法には適正利用に基づいた 法律効果が如何なるものかの 定めがないため、米国の著作権 法第 107 条の立法例を参考と して、第一項のとおり改正し た。
※ 旧法の著作財産権の制限(学理 上で一般的にいわれる適正利 用)については、第44条から 第63条の規定の範囲内に制限 する。第65条は、著作物の利 用が第44条から第63条の規定 に定める判断基準に該当する か否かを斟酌するための条文 である。著作物の利用の態様に ついては日増しに複雑化して いるため、旧法第44条から第 63 条に定める適正利用の範囲 は既に明らかに旧態化してお
改正日 条文内容 立法理由
り、実際の必要性を満たすこと が不可能となっている。
※ 適正利用の範囲を拡大するた め、新法では本条を概括的規定 に改正した。また利用の態様に ついては、第 44 条から第 63 条の規定に該当しない場合で あっても、その利用の度合いと
第44条から第63条に定める状
況が類似しているか、又はより 低い状況であって、本条に定め る基準によって斟酌し適正と 認められたときには、それを適 正利用とする。
2003年7月9日 著作物の適正利用は、著作財産 権の侵害とはならない。
著作物の利用が第44条から第63 条の規定に該当するか否か又は その他の適正利用の態様に該当 するか否かはあらゆる状況を斟 酌するものとし、特に次の各号 に掲げる事項に注意しなければ ならない。その判断基準は次の とおりである。
一.利用の目的及び性質。これ には商業目的又は非営利の教 育目的であるかをも含むもの とする。
二.著作物の性質。
三.利用される部分の実質の量 及 び 著 作 物 全 体 に 占 め る 割 合。
四.利用の結果が著作物の潜在 的市場と現在の価値に及ぼす 影響。
著作権者団体と利用者団体間に おいて著作物の適正利用の範囲 に つ き 合 意 に 達 し て い る 場 合 は、前項の判断基準の参考とす ることができる。
前項の協議において、著作権専 属責任機関に意見を諮問するこ とができる。
※ 第一項は未改正である。
※ 第二項は若干の文言修正を行 った。現行の条文第二項にいう
「判断の『標準』」とは法規で はなく、中央法規標準法第三条 に定める「標準」と用語が同一 であり混同しやすいので、ここ では区別するためにこれを「基 準」に改正する。
※ 第三項は新たに設けられた条 項である。何が適正利用で、何 が適正利用でないのかにつき、
著作物市場の機能が長期に亘 って働いたことにより、社会で はしばしば客観的な見解の一 致が形成することになる。いわ ゆる「コンセンサス」である。
このコンセンサスは、裁判所が 適正利用の有無を判断し、適用 を定める際の参考として供す ることができる。米国の実務運 営の状況を参照して、第三項を 上記のとおり増補改訂した。
※ 第四項は新たに設けられた条 項である。第三項にいう社会的 コンセンサスの確立過程にお いて、各方面からの意見に隔た りがあった場合は、通常はコン センサスに達するための手助 けとなるように、著作権専属責 任機関からの専門的な意見の 提供を期待する。著作権専属責 任機関は、コンセンサスを形成
改正日 条文内容 立法理由
するため、関連の意見を提供す ることができる。第四項を上記 のとおり増補改訂した。
謝銘洋教授によれば、1992年、1998年、2003 年の各改正とも、65 条以外の論点に注目 が集まり、立法院では65条については深い討論に至らなかったようである。
謝銘洋教授によれば、米国型フェア・ユース規定導入後の裁判例に関して、民事事件で は、通常は65条は抗弁として扱われている13が、一部、利用者側が65条の抗弁を提出して いない場合であっても裁判所が職権により判断したものも存在する14。また、65 条を利用 者の権利として解釈・判断した裁判例も見られる15。
後述するように、台湾の学会では、権利制限説、権利侵害阻却説、利用者権利説等の様々 な学説が展開されており、判決においても見解が分かれているようである。
また、上述の章忠信氏の解説によれば、2003年改正において、「米国実務において著作権 者 団 体 と利用 者 団 体によ り 確 立した 著 作 の適正 な 利 用の範 囲 「 紳士協 定 (gentleman
agreement)」を参考にし、第3項において著作者団体と利用者団体間において著作の適正な
利用の範囲につき合意に達している場合は第 2 項の判断基準の参考とすることができると 明確に規定し、第 4 項において協議において著作権専属責任機関に意見を諮問することが できると明確に規定している。このように規定し、当該改正後から著作権専属責任機関は 積極的に著作権者団体と利用者団体間の著作の適正な利用の範囲に関する協議のまとめ役 を買って出たが、終始具体的な成果を上げることができず、最終的に失敗に終わっている」
という問題があり、失敗に終わった主要な原因として、「現行著作権法の下においては権利 侵害に対してすべて刑事処罰が設けられており、著作財産権者側から見れば適正な利用は 不明確であり、いずれにせよ刑事訴訟を盾に利用者を警戒させればよく、不戦勝が確定し ていることから、当然、協議の合意成立を急ぐ必要はなく、また、利用者側においては、
もともと適正な利用の範囲内であったものが協議を経ることにより縮小され、かえって不 便を生ずるかもしれないという懸念が存在するからである」と説明している。
13 特に、適正利用は抗弁であり権利ではないことを直接的に明示した裁判例として、「台北地方裁判所93 年度小上字第4号民事判決」
14 「台湾板橋地方裁判所91年度訴字第2001号民事判決」、「台湾高等裁判所92年度労上字第69号民事判 決」
15 「台湾高雄地方裁判所民事判決95年度智字第10号」
(3) フィリピン
フィリピンでは、1997年改正で米国型フェア・ユース規定を導入した。
① 一般規定の文言
フィリピンにおける米国型フェア・ユース規定(185条)16は以下の通りであり、米国著作 権法107条と近似している。
SEC. 185. Fair Use of a Copyrighted Work. –
185.1. The fair use of a copyrighted work for criticism, comment, news reporting, teaching including multiple copies for classroom use, scholarship, research, and similar purposes is not an infringement of copyright. Decompilation, which is understood here to be the reproduction of the code and translation of the forms of the computer program to achieve the inter-operability of an independently created computer program with other programs may also constitute fair use. In determining whether the use made of a work in any particular case is fair use, the factors to be considered shall include:
(a) The purpose and character of the use, including whether such use is of a commercial nature or is for non-profit educational purposes;
(b) The nature of the copyrighted work;
(c) The amount and substantiality of the portion used in relation to the copyrighted work as a whole; and
(d) The effect of the use upon the potential market for or value of the copyrighted work.
185.2. The fact that a work is unpublished shall not by itself bar a finding of fair use if such finding is made upon consideration of all the above factors.
【和訳】
185条 著作権のある著作物のフェア・ユース –
185.1. 批評、論評、報道、教室で使うための複数の複製を含む授業、学識、研究や類似の目的の著作権の
ある著作物のフェア・ユースは著作権の侵害ではない。コードの複製や独立して創られたコンピュータプ ログラムとその他のプログラムの相互実行可能を達成するためのコンピュータプログラムの形式の変換と して理解されるデコンパイルもまたフェア・ユースとする。著作物の使用がフェア・ユースとなるか否か を判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
(a) 使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)。 (b) 著作権のある著作物の性質。
(c) 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性。
(d) 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響。
185.2上記の全ての要素を考慮してフェア・ユースが認定された場合、著作物が未発行であるという事実自
16 出典:http://www.congress.gov.ph/download/ra_10/RA08293.pdf
体は、かかる認定を妨げない。
② 権利制限規定全体の構造
フィリピン著作権法では、「第8章 著作権の制限」に以下の権利制限規定が設けられて いる。条文数は少ないが、各条文はボリュームが比較的多く、例えば 184 条には多様な利 用目的・利用形態に関する権利制限について規定されている。
184条 著作権の制限
185条 著作権のある著作物のフェア・ユース 186条 建築作品
187条 発表された作品の複製
188条 図書館による写真複写での複製 189条 コンピュータ・プログラムの複製
2. 米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一 般規定を導入する改正法案が提出・審議された国
(1) 韓国
韓国では、韓米FTA に係る改正著作権法案に、米国型フェア・ユース規定とスリー・ス テップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一般規定を導入することが盛り込まれている。
① 一般規定の文言
コピライト 2008 年 4 月号の記事によると、一般規定導入を含む著作権法改正案が 2007 年12月26日に政府から国会へ提出されたが、当該会期では法案成立に至らなかった。
その後、2008 年10月10日に、一般規定導入を含む著作権法改正案が再度政府から国会 に提出され、また、2008年12月5日には一般規定についてはほぼ同内容のビョンゼイル議 員改正案も提出された17。2009年3月末の時点で、両法案とも採決に至っていない。18
以下は、上記2007年12月26日付政府法案の仮和訳である19。
35条の3の①項はスリー・ステップ・テスト型規定であり、②項が米国型フェア・ユー ス規定となっている。
第35条の3(著作物の公正利用)20
① 第23条から第35条の2までに規定された場合のほか、著作物の通常の利用方法と衝突 せず、著作者の合法的な利益を不合理に害しない特定の場合には著作物を利用することが できる。
② 著作物利用行為が第1項の公正利用に該当するのか可否を判断するに当たっては次の各 号の事項を考慮しなければならない。
17 参考資料編の上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェアユース規定の導入背景」を参照。
18 韓国国会のホームページにて確認:http://likms.assembly.go.kr/bill/jsp/BillSearchDetail.jsp。
前出の資料「韓米FTA協定の締結に伴うフェアユース規定の導入背景」では、法案通過の見通しについて、
2009年2月の時点において、「韓国著作権法には、権利者保護規定が増えつつある一方、利用者関連規定 が少ないとも考えられるため、仮に韓米FTA改正案の国会通過が遅れるとしても、ビョンゼイル委員の改 正案が国会に提出されていることからして、フェアユース規定に関する法案は近いうちに通過する可能性 が高い」との見方が述べられていた。法案通過に時間を要している理由については、確認できていない。
19 2007年12月26日「著作権法一部改正法律案」(韓国文化観光庁HP)より。過去の著作物等の保護と利
用に関する小委員会事務局仮訳。当該仮訳は次のURLで参照できる:
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/04/pdf/sanko_01.pdf
20 改正第36条第1項及び第2項により、翻訳、編曲又は改作による利用も可能である。改正第87条によ り、実演、レコード、放送の隣接権にも準用される。改正第94条第1項により、データベース製作者の権 利にも準用される。
1 営利非営利など利用の目的および性格 2 著作物の種類および用途
3 利用された部分が著作物全体で占める分量および比重 4 利用が著作物の現在または将来の市場や価値に及ぼす影響
② 権利制限規定全体の構造
CRICの韓国著作権法の和訳21によると、「第 2章 著作者の権利」の「第 6節 著作財産
権の制限」に以下の権利制限規定が置かれている。
22条 裁判手続等における複製 23条 学校教育目的等への利用 24条 時事報道のための利用 25条 公表された著作物の引用 26条 営利を目的としない公演、放送 27条 私的利用のための複製
28条 図書館等における複製等 29条 試験問題としての複製 30条 視覚障害人等のための複製等 31条 放送事業者の一時的録音、録画 32条 美術著作物等の展示又は複製 33条 翻訳等による利用
34条 出所の明示
35条 著作人格権との関係
上述のように、韓国著作権法案の一般規定である35条の3は、「第23条から第35条の2 までに規定された場合」(個別的な制限規定)の「ほか」について規定しているので、「第
23条から第35条の2」の規定に該当する利用行為が第35条の3を満たすと権利制限され
るわけではなく、第23条から第35条の2の規定に該当する場合は無条件で権利制限され、
それ以外の場合であっても、第35条の3に当たる場合は追加的に権利制限されるというも のである22。
権利制限規定の解釈姿勢については、必ずしも厳格解釈ではなく、例えば、P2Pファイル
21 出典:http://www.cric.or.jp/gaikoku/skorea/skorea html
22 参考資料編の上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェア・ユース規定の導入背景」を参照。
交換でファイルをダウンロードすることは私的複製に該当しないということが、判例によ って明らかにされているようである23。
③ 立法過程における議論、立法後に指摘されている問題点等
韓米FTA協定の締結に伴うフェア・ユース規定の導入背景について、上述の資料24による と、「韓米FTAによって、著作権に関する国際条約で要求される最低基準(minimum standard)
を超える内容が著作権法に多数含まれるようになり(保護期間の延長、一時的蓄積の保護、
法定損害賠償等)、実質的側面および執行的側面の両方から著作者の権利が強化されること になる。そのため、今後は、制限列挙されている既存の著作権制限以外にも、裁判所の判 断で、技術的な環境の変化等を反映し、著作権者の利益を不当に害しない正当な利用を一 定の基準の下に認める必要があると考えられたようである」。例えば、政府の提案説明25で は、韓米FTAで著作権保護がより強化されることを考慮し、利用者側で著作物の利用の活性 化を図るため、フェア・ユース規定を新設すると述べられている。
韓米FTA改正著作権法案はほとんどが権利強化条文であると考えられる。すなわち、一時 的蓄積の複製認定、保護期間の延長、暗号化されている放送信号の保護、技術的保護手段 の保護、盗撮の場合は未遂犯も処罰、利用者の情報提供請求などである。他方で、韓米FTA の協定文では、著作権を制限する規定を立法する場合に両国が守るべき基準としてスリ ー・ステップ・テストを規定しているだけであり26、フェア・ユース規定そのものについて 規定しているわけではない。よって、(一見すると、韓米FTAの要請によりフェア・ユース 規定を新設したように見えるかも知れないが、そうではなく、)実際には、権利者と利用者 の衡平をとるためにフェア・ユース規定を新設しようとしていると考えられる27。
23 参考資料編の「著作権法一部改正案:公正利用法理の導入」、『著作権文化』(2007年11月、Vol.159)の イ・デヒ教授指摘部分を参照。
24 参考資料編の上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェア・ユース規定の導入背景」を参照。
25 参考資料編のパク・インファン「公正利用条項の導入の議論」、『ソフトウェアと法律』(2007年12月、
第4号)を参照。
26 前出・上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェア・ユース規定の導入背景」より:
「§18.4.1. 各当事国は、著作者、実演者およびレコード制作者がどのような方式や形態で、永久的また は一時的に(電子的形態の一時的蓄積を含む)、その著作物、実演およびレコードのすべての複製を許諾ま たは禁止する権利を有すると規定するものとする*。
* 各当事国は、本項に規定された権利に対する制限または例外を、当該著作物、実演またはレコードの 通常の利用を妨げず、権利者の正当な利益を不当に害しない特定の場合に限定する。より明確にするため、
各当事国は公正利用のために本項に規定された権利に対する制限と例外を採択あるいは維持できる。ただ、
そのような制限または例外は以前の文章で規定されている通り限定される。」
27 参考資料編の上野達弘「韓米FTA協定の締結に伴うフェア・ユース規定の導入背景」を参照。なお、韓 国著作権法及び韓米FTA改正著作権法案が権利保護的傾向が強いという点について、同資料では、次のよ うに説明されている。
「韓国は2006年12月28日に著作権法を改正し、特殊な類型のOSP(webhard業者、P2P業者など)に技 術的保護措置を義務化し、これを行わない場合には過料を科するなど全世界的に異例の条項を置いている など、韓国の著作権法は権利者中心ともいえよう。
また、韓国の場合はインターネットが非常に発達しており、青少年がblog 等に著作物を アップロードする場面が多い。そして最近では、これらについて権利者の告訴が増加して いた。インターネットにおける著作物の利用に対して、オフライン上の著作財産権の制限 規定をそのまま適用するのは無理であり、多様に発生するオンライン上での著作物の利用 態様に柔軟に対応するためにはフェア・ユース規定が必要だと考えられたようである。
関連して、これまでの裁判所による韓国著作権法の解釈において、米国のフェア・ユー ス的な考え方がとられてきたことが指摘されている。例えば、個別規定のなかには「…著 作者の利益を不当に害する…」、「…正当な範囲内で…」といった文言が用いられているも のがあり、これらの解釈においては、裁判所は米国のフェア・ユース法理の基準を参考に しているようにみえる28。また、韓国大法院(最高裁判所)においても、公表された著作物 の引用について解釈するにあたり、「正当な範囲内で公正な慣行に合致する引用とは、引用 の目的、著作物の性質、引用された内容と分量、被引用著作物を収録した方法と形態、読 者の一般的観念、原著作物に対する需要を代替するかの可否などを総合的に考慮して判断 すべきである」として、事実上米国のフェア・ユース法理が援用されたと考えられる29。
フェア・ユース規定を導入する場合の論点について、上述の資料「韓米FTA 協定の締結 に伴うフェア・ユース規定の導入背景」では、以下のように整理されている。
【フェア・ユース規定を導入する場合の論点】
(1)「公正」という概念がスリー・ステップ・テストのうちの「特別な場合」に当たるか という問題(ベルヌ条約の違反可能性)
この点については、デジタル環境は静的な環境というより新しい著作物の利用形態が多 数作成される動的な環境で、フェア・ユース規定を導入すべき現実的な必要性が大きく、
また、実証的な観点からすれば、アメリカもベルヌ条約に加入しているが、第 107 条の改 正が問題にならなかったことに鑑みると、フェア・ユース規定を免責条項として追加する ことがベルヌ条約の違反になるかどうかという点は、あまり問題にならないものと考えら れる。
また、前述したように韓米FTA改正案を通じて、著作者の権利がさらに強化されることになっている。
そしてすでに、不法複製物を反復的に複製・送信する利用者のアカウントの停止、不法複製物が流通す る掲示板のサービス停止などに関する改正案が国会本会議に上程しており、同法は遅くとも4月内に国会 を通過し、7月から施行されると予想されている。」
28 参考資料編のパク・インファン「公正利用条項の導入の議論」、『ソフトウェアと法律』(2007年12月、
第4号)を参照。
29 前出のパク・インファン資料。大法院1997年11月25日宣告97ド2227判決。
(2)フェア・ユース規定を導入することが法体系的な観点からみて妥当かということ(法 体系上の適合性)
この点については、たしかに、大陸法体系である国内法に英米法上の制度である公正利 用を導入する場合、予測できない副作用が発生するおそれがある。
しかし、現行著作権法も大陸法の体系のみに従っているわけでもなく、「職務著作」のよ うにすでに英米法上の制度が反映されたり、法定損害賠償制度のように英米法上の制度が 導入されたりもしている。
したがって、法体系上の問題は別にして、韓米FTAを受けて、著作権法の均衡を維持す るためには英米法上の制度を導入する必要があるとも考えられる。
(3)フェア・ユース規定の適用範囲に対する設定の可否(利用目的および判断基準の設定)
フェア・ユース規定を導入するに際して、その適用範囲をどのように設定するかが一番 問題になったようである。
これについては、一般的には、①著作物等の具体的な利用目的を列挙する方法、②具体 的な目的を例として列挙しその他の目的を追加する方法、③具体的な目的を列挙せずフェ ア・ユースの判断基準のみを規定する方法、といった方法がある。
①の方法は、包括的な免責規定としてのフェア・ユースの弾力性と柔軟性を失うもので あり、結局、新しい制限的な免責規定を新設することにすぎない。
②の方法は、アメリカ著作権法のように批評、論評等を列挙することであるが、その方 法は現行著作権法の「公表された著作物の引用」と重なるという問題がある。
こうして韓国では、具体的な利用目的を列挙せず、スリー・ステップ・テストの範囲内 でのみフェア・ユースとして許容される範囲を強調する③の方法がもっとも適当と考えら れたようである。
関連して、フェア・ユース規定の導入可否に関する様々な見解(賛成論、反対論、折衷 論)については、参考資料編掲載のパク・インファン「公正利用条項の導入の議論」、『ソ フトウェアと法律』(2007年12月、第4号)にも紹介されている。
3. 特定の利用目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入し、加えて、その 他の利用目的については米国型フェア・ユース規定を導入している国地域
(1) シンガポール
① 一般規定の文言
シンガポール著作権法は、研究・学習(35条(1A))、批評・論評(36条)、時事報道(37 条)目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入し、加えて、その他の利用目 的については、米国型フェア・ユース規定を導入している30。規定対象となる著作物の類型 ごとに、35条、107条があるが、その内容は共通している。
ここで米国型フェア・ユース規定は、35条(2)を指す。35条(2)はfair dealingについ ての規定で、fair useという文言は使われていないが、fair dealingを判断するための考慮要 素として挙げられている(a)~(e)のうち、(a)~(d)が米国著作権法107条の4つの 考慮要素と類似している。
Fair dealing in relation to works
35. —(1) Subject to this section, a fair dealing with a literary, dramatic, musical or artistic work, or with an adaptation of a literary, dramatic or musical work, for any purpose other than a purpose referred to in section 36 or 37 shall not constitute an infringement of the copyright in the work.
[52/2004]
(1A) The purposes for which a dealing with a literary, dramatic, musical or artistic work, or with an adaptation of a literary, dramatic or musical work, may constitute a fair dealing under subsection (1) shall include research and study. [52/2004]
(2) For the purposes of this Act, the matters to which regard shall be had, in determining whether a dealing with a literary, dramatic, musical or artistic work or with an adaptation of a literary, dramatic or musical work, being a dealing by way of copying the whole or a part of the work or adaptation, constitutes a fair dealing with the work or adaptation for any purpose other than a purpose referred to in section 36 or 37 shall include —
(a) the purpose and character of the dealing, including whether such dealing is of a commercial nature or is for non-profit educational purposes;
(b) the nature of the work or adaptation;
(c) the amount and substantiality of the part copied taken in relation to the whole work or
30 出
典:http://statutes.agc.gov.sg/non version/cgi-bin/cgi getdata.pl?actno=2006-REVED-63&doctitle=COPYRIGHT%
20ACT%0A&date=lates&segid=1138345605-001134