は じ め に 本 稿 は 前 稿︵1 ︶ に 引 き 続 き 江 戸 期 曹 洞 宗 の 宗 義 論 の 勃 興 の 契 機 と な っ た 永 覚 元 賢 ︵ 一 五 七 八 ∼ 一 六 五 七 ︶ 撰 ﹃ 洞 上 古 轍 ﹄ を 承 け 、 天 桂 伝 尊 ︵ 一 六 四 八 ∼ 一 七 三 五 ︶ に よ っ て 撰 述 さ れ た ﹃ 報 恩 篇 ﹄︵ 三 巻 ︶ の 成 立 に 大 き な 影 響 を 与 え た 諸 要 因 に つ い て 検 討 す る 。 前 稿 で は 鳳 潭 ︵ 一 六 五 九 ∼ 一 七 三 八 ︶ 撰 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄︵ 三 巻 、 享 保 四 ︿ 一 七 一 九 ﹀ 年 五 月 刊 ︶ 中 の 批 判 箇 所 の 検 討 に よ り 、 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 刊 行 ︵ 享 保 五 ︿ 一 七 二 〇 ﹀ 年 五 月 ︶ 以 前 の 草 稿 本 の 存 在 を 確 認 し 、 草 稿 本 か ら 刊 行 本 へ の 改 稿 の 傾 向 に つ い て 、 上 巻 の ﹁ 参 同 契 毒 鼓 ﹂ に お い て 比 較 検 討 し た 。 本 稿 で は 、 前 稿 の 視 点 を 踏 ま え な が ら 草 稿 本 と 刊 行 本 と の 比 較 を ﹃ 報 恩 篇 ﹄ 中 巻 の ﹁ 宝 鏡 三 昧 金 ﹂︵ 以 下 、 ﹁ 金 ﹂ ︶ に お い て 行 い 、 両 本 間 に み ら れ る 天 桂 の 改 稿 の 意 図 に つ い て 検 討 し て み た い 。 一 、 ﹁ 宝 鏡 三 昧 金 ﹂ の 成 立 最 初 に 、 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 三 巻 本 以 前 の ﹁ 金 ﹂ の 成 立 に つ い て 検 討 し て お く 。 前 稿 で 検 討 し た よ う に ﹃ 報 恩 篇 ﹄ 三 巻 の 内 、 上 ・ 中 巻 の ﹁ 参 同 契 毒 鼓 ﹂ ・ ﹁ 宝 鏡 三 昧 金 ﹂ は 巻 下 の ﹁ 洞 上 五 位 弁 的 ﹂ に 先 立 ち 二 篇 一 書 と し て 成 立 し て い る 。 こ の こ と は 草 稿 本 に 、 刊 行 本 に は な い 正 徳 六 ︵ 一 七 一 六 ︶ 年 六 月 の 年 記 の ﹁ 参 同 契 宝 鏡 三 昧 毒 鼓 序 ﹂ が あ り 、 巻 下 の ﹁ 洞 上 五 位 弁 的 ﹂ に は 、 享 保 二 ︵ 一 七 一 七 ︶ 年 二 月 の ﹃ 碧 巌 録 ﹄ 提 唱 を 契 機 と し て 撰 述 し た 旨 が 冒 頭 に 記 さ れ て い る こ と か ら 知 れ る 。 ま た 草 稿 本 の 序 は 蔵 鷺 庵 侍 者 に よ る も の で 正 徳 六 年 夏 に 天 桂 が 衆 の 請 め に 応 じ ﹁ 参 同 契 ﹂ ﹁ 宝 鏡 三 昧 ﹂ の 提 唱 を 行 っ た も の を 、 随 聞 ・ 随 記 し た も の で あ る こ と を 記 し て い る 。 草 稿 本 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 写 本 は 現 在 六 本 ︵ 前 稿 参 照 ︶ が 確 認 で き 、 そ の 内 ﹁ ︵ 洞 上 ︶ 五 位 弁 的 ﹂ を 含 む 三 巻 構 成 の も の は 埼 玉 県 永 源 寺 所 蔵 本 の み で あ り 、 し た が っ て 永 源 寺 所 蔵 本 の み 二 二 五 駒 澤 大 學 佛 學 部 論 集 第 三 十 八 號 成 十 九 年 十 月
天
桂
伝
尊
撰
﹃
報
恩
篇
﹄
の
研
究
︵
二
︶
︱
巻
中
﹁
宝
鏡
三
昧
金
﹂
に
つ
い
て
︱
松
田
陽
志
天 桂 伝 尊 撰 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︵ 松 田 ︶ 二 二 六 は 享 保 二 年 以 降 の 書 写 本 で あ る こ と が わ か る が 、 草 稿 本 の 異 本 間 で 両 篇 ︵ 参 同 契 ・ 宝 鏡 三 昧 毒 鼓 ︶ の 内 容 に つ い て は 、 刊 行 本 と の 間 に 全 面 的 な 改 稿 と み ら れ る 相 異 は ほ と ん ど 無 い 。 前 稿 で 述 べ た よ う に 享 保 二 ︵ 一 七 一 七 ︶ 年 二 月 書 写 の 年 記 を 持 つ 松 ヶ 岡 文 庫 所 蔵 本 は 、 ﹁ ︵ 洞 上 ︶ 五 位 弁 的 ﹂ の 成 立 以 前 の 書 写 本 で あ る が 、 永 源 寺 所 蔵 本 と 比 較 し て も 、 そ の 相 異 は 僅 か な 字 句 の 異 同 に と ど ま る 。 両 篇 を 通 じ 刊 行 本 以 前 の 草 稿 本 の 段 階 に お い て 天 桂 自 身 の 改 稿 は 行 わ れ な か っ た と 考 え ら れ る 。 草 稿 本 か ら 刊 行 本 へ の 大 幅 な 改 稿 に あ た り 、 大 き な 影 響 を 及 ぼ し た と 考 え ら れ る の が 、 前 稿 で 検 討 し た 鳳 潭 の ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 天 桂 批 判 で あ る 。 鳳 潭 は 享 保 二 年 以 降 に 成 立 し た ﹁ ︵ 洞 上 ︶ 五 位 弁 的 ﹂ を 含 む 草 稿 本 を 目 に し 、 享 保 四 ︵ 一 七 一 九 ︶ 年 に ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ を 刊 行 し 、 そ の 中 で 天 桂 の 草 稿 本 の 内 容 を 厳 し く 批 判 す る 。 天 桂 の 草 稿 本 は そ の 書 名 を ﹃ 報 恩 篇 ﹄ と は 記 し て お ら ず 、 ﹁ 参 同 契 ﹂ ﹁ 宝 鏡 三 昧 ﹂ の 注 釈 は い ず れ も ﹁ 毒 鼓 ﹂ と 示 し て い る︵2 ︶ 。 本 稿 が 取 り 上 げ る ﹁ 宝 鏡 三 昧 ﹂ の 注 釈 も ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 引 用 は 少 な い も の の ﹁ 金 ﹂ と は 記 し て い な い 。 草 稿 本 の 諸 種 異 本 で も 、 三 巻 本 の 永 源 寺 所 蔵 本 も 含 め て︵3 ︶ 一 貫 し て 序 の 通 り ﹁ 毒 鼓 ﹂ と あ り 、 ﹁ 宝 鏡 三 昧 ﹂ の 注 釈 を ﹁ 金 ﹂ と 名 付 け た の は ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ に よ る 批 判 以 降 の 刊 行 本 に お い て で あ る と 推 測 す る こ と が で き る 。 た だ し 本 稿 で は 混 同 を 避 け 草 稿 本 の ﹁ 参 同 契 毒 鼓 ﹂ は ﹁ 毒 鼓 ﹂ と 略 し 、 ﹁ 宝 鏡 三 昧 ﹂ の 注 釈 部 は 草 稿 本 を 含 め ﹁ 金 ﹂ と 称 す る こ と と す る 。 二 、 ﹁ 鉄 壁 雲 片 ﹂ に よ る 草 稿 本 ﹁ 金 ﹂ の 引 用 ・ 批 判 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 草 稿 本 へ の 批 判 が 、 刊 行 本 、 中 で も 前 稿 で 検 討 し た ﹁ 参 同 契 毒 鼓 ﹂ の 成 立 に 大 き な 影 響 を 与 え た こ と は 間 違 い な い が 、 本 稿 が 取 り 上 げ る 巻 中 の ﹁ 金 ﹂ に お い て は 、 鳳 潭 の ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 所 説 に 対 す る 言 及 箇 所 は 極 め て 少 な い 。 直 接 に は 前 稿 で も 取 り 上 げ た 、 次 の 箇 所 ︵ ﹁ 如 世 嬰 兒 。 五 相 完 具 ﹂ ︶ が 鳳 潭 の 所 説 に 対 す る 批 判 が 反 映 さ れ た 箇 所 と し て は 唯 一 で あ る 。 或 る 禅 人 問 う 、 吾 が 門 従 上 来 の 宗 師 の 言 句 。 退 い て こ れ を 賢 首 天 台 の 判 教 に 校た だ せ ば 、 多 く は 終 別 二 教 を 出 で ず 。 動 も す れ ば 蔵 通 両 乗 に 渉 る こ と 有 り 。 其 の 引 く 所 の 教 典 、 半 満 偏 円 、 分 疎 し 下 さ ず 。 適 に 円 教 を 挙 す る こ と 有 る も 、 亦 た 旨 意 隔 別 し て 、 円 理 に 達 せ ざ る に 似 た り 。 不 立 文 字 の 談 有 り と 雖 も 、 曽 て 終 別 の 教 域 を 過こ へ ず 。 何 を か 教 外 仏 心 の 宗 と 言 わ ん や 。 然 も 古 今 の 人 師 こ れ を 分 弁 す る こ と 能 わ ず 、 に し 去 る 。 是 れ 教 眼 を 昧 ま さ ざ る や と 。 老 僧 、 覚 え ず 嗚 呼 と し て 曰 く 、 汝 、 教 外 の 題 目 を 遺 失 し て 、 死
天 桂 伝 尊 撰 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︵ 松 田 ︶ 二 二 七 郎 当 地 に 這 般 の 言 を 為 す 。 痛 し い か な 。 如 今 試 み に 問 う 、 汝 が 輩 、 日 用 屎 尿 放 屁 、 起 臥 立 居 、 喫 飯 喫 茶 、 寒 暖 健 困 、 東 走 西 走 、 左 之 右 之 、 是 れ 終 教 に 依 り て 為 る か 。 別 教 に 依 り て 為 る か 。 性 善 か 性 悪 か 、 賢 首 天 台 作 麼 か 判 属 す 。 此 是 れ 汝 が 本 做 的 本 用 的 。 賢 首 天 台 は 且 ら く 置 い て 論 ぜ ず 。 仮 令 、 仏 陀 な る も 奚 ぞ 界 畔 を 立 て 半 満 を 論 ぜ ん や 。 ︵ 原 漢 文 、 享 保 六 年 刊 本 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ 巻 中 、 十 一 丁 左 ∼ 十 二 丁 左 。 訓 読 は 資 料 に 付 さ れ る 訓 点 に し た が っ た 。 以 下 同 ︶ こ こ に 挙 げ ら れ る 、 禅 宗 の 語 句 は 法 蔵 に よ る 華 厳 五 教 や 天 台 の 化 法 四 教 の 教 判 に よ れ ば 終 教 ・ 別 教 の 域 を 出 な い と い う ﹁ 或 る 禅 人 ﹂ の 批 判 は 、 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 語 自 体 を 引 用 し た も の で は な く 、 ま た 内 容 的 に も 天 桂 個 人 に 対 す る 批 判 で は な く 、 禅 宗 全 般 に 向 け ら れ た 批 判 で あ る 。 し か し 前 稿 で 検 討 し た よ う に 、 天 桂 の 法 孫 の 父 幼 老 卵 の ﹃ 報 恩 篇 辨 耕 ﹄ に ﹁ 鳳 潭 師 ノ コ ト 。 或 問 ニ 設 タ 也 ﹂ と 註 し て い る こ と や 、 同 内 容 の 禅 宗 批 判 は ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ の 随 処 に み ら れ る 鳳 潭 の 所 説 で あ り 、 天 桂 も ﹃ 正 法 眼 蔵 辨 註 ﹄ ︵ 草 稿 本 ︶ 等 に お い て 再 三 に わ た っ て 鳳 潭 の 教 判 に よ る 禅 宗 批 判 に 対 す る 具 体 的 批 判 を 明 ら か に し て い る こ と 等 か ら み て 、 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ を 承 け 、 天 桂 が 刊 行 本 に 至 っ て 鳳 潭 の 批 判 を 要 約 し 批 判 す る こ と で 付 加 し た 箇 所 で あ る と 考 え た 。 た だ し 、 こ の 箇 所 に 続 け て 天 桂 は 次 の よ う に 批 判 を 更 に 展 開 し て い る 。 こ れ を 達 磨 門 下 、 教 外 別 伝 、 正 法 眼 蔵 涅 槃 妙 心 と 謂 う 。 三 世 の 諸 仏 、 有 る こ と を 知 ら ず 、 狸 奴 白 、 却 り て 有 る こ と を 知 る 。 人 人 、 此 箇 の 自 心 に 証 據 す 。 こ れ を 単 伝 的 の 心 印 と 謂 う 。 唯 だ 此 れ 箇 の 自 心 な り 。 外 、 別 伝 的 の 法 有 り と 言 わ ず 。 知 る 者 は 心 に 在 り て 知 る 。 豈 、 文 字 の 陳 迹 を 尋 ぬ る や 。 故 に 云 く 、 不 立 文 字 と 。 単 に 文 字 を 排 斥 す る に 非 ず 。 一 切 嫌 的 の 法 無 く 、 一 切 採 的 の 法 無 け れ ば な り 。 凡 そ 如 来 一 代 の 時 教 、 半 満 偏 円 、 共 に 是 れ 度 衆 生 の 方 便 、 教 迹 中 の 事 な り 。 故 に 薬 山 曰 く 、 教︵経 ︶ に 教︵経 ︶ 師 有 り 。 論 に 論 師 有 り 。 争 か 老 僧 を 怪 し み 得 て ん 、 と 。 永 平 古 仏 拶 し て 曰 く︵4 ︶ 、 和 尚 は 是 れ 什 麼 の 師 ぞ 、 と 。 這 裏 に 得 坐 被 ︵ マ マ ︶ 衣 す る も 、 只 だ 這 れ 是 れ 。 汝 が 本 分 に 於 て 更 に 何 を か 損 益 せ ん 。 汝 輩 、 此 の 如 く 常 に 教 外 に 在 り て 活 計 自 若 た り 。 然 る に 終 別 偏 円 教 内 判 属 の 理 屈 に 趺 く 者 は 、 何 の 謂 ぞ や 。 愚 の 更 に 愚 な る も の な り 。 又 言 う 所 の 旨 意 隔 別 し て 円 理 に 達 せ ざ る に 似 た り と 。 汝 が 本 分 家 に 什 麼 の 欠 少 す る こ と 有 り て 、 外 、 別 に 円 理 を 求 め ん や 。 宜 し く 遊 魂 を 接 し て 如 の 何 と 看 る べ し 。 何 為 れ ぞ 、 黒 没 地 に 性 善 性 悪 の 具 不 具 、 修 性 権 実 の 即 不 を 論 ぜ ん や 。 夫 彼 の 賢 首 天 台 な る 者 は 、 能 く 教 中 の 階 位 、 名 字 の 義 解 を 言 う も の に し て 、 水 母 、 蝦 目 を 仮 り て 教 海 裏 に 游お よ ぐ も の な り 。
天 桂 伝 尊 撰 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︵ 松 田 ︶ 二 二 八 借 問 す 、 乾 屎 ・ 麻 三 斤 ・ 須 弥 山 ・ 華 薬 欄 ・ 解 打 鼓 ・ 木 毬 ・ 鎮 州 の 蘿 蔔 ・ 廬 陵 の 米 値 、 是 等 の 語 句 、 将 た 終 教 と な さ ん か 、 将 た 別 教 と な さ ん か 。 請 う 試 み に 判 属 し て 看 よ 。 汝 、 将 復 は た 言 わ ん 、 此 れ は 是 れ 無 義 味 の 語 。 初 め よ り 義 解 を 著 く る こ と 無 き も の と 。 阿 呵 呵 、 笑 う に 堪 え た り 、 吾 が 門 の 諸 祖 、 事 を 説 き 理 を 説 き 、 教 理 行 果 、 言 説 宛 転 す る も 全 く 教 家 の 途 轍 に 落 ち ず 。 更 に 汝 が 義 解 に 齟 齬 す 。 語 、 一 般 な り と 雖 も 其 の 旨 自 ず か ら 異 な れ り 。 蓋 し 途 を 同 じ く し て 轍 を 同 じ く せ ざ る も の な り 。 譬 え ば 同 一 清 水 に 天 人 鬼 魚 、 其 の 見 る 所 各 殊 な る が 如 し 。 又 諸 祖 師 の 引 く 所 の 経 典 も 亦 た 何 ぞ 五 教 四 教 を 以 て こ れ を 議 判 せ ん や 。 自 心 を 以 て 自 心 に 伝 え 、 仏 よ り 得 ず 、 法 よ り 得 ず 、 本 得 に 非 ず 、 始 得 に 非 ず 、 修 得 に 非 ず 、 証 得 に 非 ず 。 本 自 本 然 、 不 可 得 の 中 、 只 麼 に 得 的 の 自 心 得 な り 。 是 を 以 て 受 用 す る と き は 雀 噪 鴉 鳴 、 風 韻 雨 声 と 雖 も 円 極 最 大 乗 の 法 音 に あ ら ず と い う こ と 無 し 。 矧 ん や 如 来 の 言 教 を や 。 何 ぞ 優 劣 を 其 の 間 に 分 別 し て こ れ を 揀 択 し こ れ を 判 定 せ ん や 。 ︵ 中 略 ︶ 仏 の 一 字 、 永 く 聞 く こ と を 喜 ば ず 。 三 乗 十 二 分 教 、 不 浄 を 拭 う の 故 紙 、 看 経 看 教 は 造 地 獄 の 業 。 去 れ 汝 に 仏 性 無 し 。 な ん ぞ 五 教 四 教 の 判 位 、 当 る か 当 ら ざ る か を 言 う や 。 初 め よ り 其 の 判 位 に 当 た ら ざ る も の は 、 是 れ 吾 が 本 然 当 然 な り 。 故 に 云 く 、 如 来 の 言 教 、 總 に 是 れ 魔 説 。 又 た 只 箇 の 字 、 若 し 恁 麼 の 眼 無 け れ ば 、 争 か 教 外 の 旨 を 辨 ぜ ん 。 如 来 一 代 時 、 曾 て 文 字 を 説 か ず 。 已 に 文 字 を 説 か ず 、 此 れ 箇 の 什 麼 を か 説 く 。 汝 が 己 眼 、 き が た め に 、 他 の 義 解 に 眩 却 す 。 苦 な る か な 苦 な る か な 。 ︵ 原 漢 文 、 前 同 書 、 十 二 丁 左 ∼ 十 四 丁 右 ︶ こ こ ま で の 箇 所 も 刊 行 本 以 前 の 草 稿 本 に は 全 く み ら れ な い 。 天 桂 は ﹁ 不 立 文 字 、 教 外 別 伝 ﹂ が 単 に 言 葉 の 使 用 を 否 定 す る の で は な く 、 形 式 的 理 解 に よ る 対 象 化 を 排 し て 言 語 に 対 す る 執 着 を 離 れ る こ と を 主 張 し 、 言 葉 の 内 容 ・ 解 釈 に よ っ て 禅 語 を 五 教 ・ 四 教 の 教 判 に 当 て は め る 鳳 潭 の 立 場 を 厳 し く 批 判 し て い る 。 天 桂 が 批 判 す る 内 容 は 、 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ で は 天 桂 の 所 説 に 対 す る 批 判 と し て で は な く 、 内 容 的 に 関 連 す る 記 述 と し て は 、 第 四 十 三 則 ﹁ 洞 山 無 寒 暑 ﹂ に あ る 、 次 の 梅 峯 竺 信 ︵ 一 六 三 三 ∼ 一 七 〇 七 ︶ に 対 す る 批 判 箇 所 と の 関 連 が 考 え ら れ る 。 此 の 邦 洞 下 に 梅 峰 と い う 者 有 り 。 妄 に 救 を 設 け て 云 く 、 性 悪 奇 談 は 台 家 の 眼 目 。 諒 に 知 る 、 極 唱 諸 宗 に 卓 越 す 。 道 う こ と を 妨 げ ず 、 仏 心 印 を 伝 う 、 と 。 然 る に 禅 家 に 示 す 所 の 直 指 人 心 教 外 別 伝 不 立 文 字 と は 、 且 ら く 時 の 人 、 文 字 に 桎 梏 し 名 相 に 膠 黏 し て 終 日 旅 泊 に し て 帰 程 を 務い そ が ざ ら ん と し 、 大 手 一 掃 に 画 断 剿 絶 す る 。 亦 た 是 れ 禅 流 参 学 の 人 処 の 方 便 な り 。 実 は 只 だ 当 人 の 一 念 の み に し て 、 披 毛 も こ れ に 由 り 、 作 仏 も 亦 た 得 た り 。 但 だ
天 桂 伝 尊 撰 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︵ 松 田 ︶ 二 二 九 憎 愛 無 け れ ば 洞 然 と し て 明 白 な り 。 妄 想 を 除 か ず 、 真 を も 求 め ず 、 悪 の 憎 む べ き 無 く 善 の 愛 す べ き 無 し 。 妄 想 も 全 く 真 如 、 真 源 も 全 く 幻 境 。 惟 だ 盧 行 者 の み 仏 法 を 会 せ ず 、 百 思 想 を 断 ぜ ず 、 此 の 性 悪 の ま ま 斯 に 行 ず 。 性 悪 に 和 し て 却 り て 知 ら ず 。 狸 奴 と 白 と 法 身 の 所 作 な り 。 能 事 畢 り ぬ と 。 余 偶たま た ま こ れ を 読 み て 声 を 呑 み て 大 息 す 。 哀 な る か な 。 良まこ と に 以 て こ れ を 笑 わ ん に 口 の 粲 ず べ き 無 し 。 且 ら く 其 の 挙 す る の 、 但 だ 憎 愛 無 け れ ば 是 れ 悪 の 憎 む べ き 。 洞 然 明 白 は 是 れ 善 の 愛 す べ き 。 豈 、 こ れ に 過 ぎ た る 有 ら ん や 。 其 の 妄 想 全 く 真 如 と は 終 教 の 極 談 別 理 。 隨 縁 只 だ 是 れ 妄 を 攝 し て 真 に 帰 す る の 一 偏 の み 。 亡 慮 に て 性 に 染 悪 の 徳 を 具 す る こ と 暁 ら ざ る が 故 に 、 台 家 こ れ を 縦 い 性 善 を 具 す と 知 る と も 性 悪 を 具 す る こ と を 知 ら ず と 斥は ら う 。 而 し て 云 う 所 の 性 悪 の ま ま に 斯 に 行 ず と は 、 此 れ は 是 れ 修 悪 に し て 、 性 に 即 か ず ん ば 則 ち 知 る 、 盧 行 者 は 応 に 魔 波 旬 の 党 侶 た る べ し 。 復 た 且 ら く 反 り て 這 の 道 理 を も っ て 称 し て 台 家 の 奇 談 極 唱 と 為 す は 、 誰 か 敢 え て 仏 心 印 を 伝 え ん と 許 す べ け ん や 。 以 て 肚 を 捧 え て 笑 う べ し 。 ま た 禅 に 最 初 有 り 末 後 有 り と 云 う が 如 く な ら ば 、 初 は 方 便 、 後 は 円 に 同 じ し と 。 正 し く 別 教 の 当 分 に 貶お ち る 者 な ら ん や 。 ︵ 原 漢 文 、 ﹃ 鉄 壁 雲 片 ﹄ 巻 中 、 第 四 十 三 則 ﹁ 洞 山 無 寒 暑 ﹂ 六 十 二 丁 右 ∼ 左 ︶ 鳳 潭 の 挙 げ る 梅 峰 の 所 説 は 、 天 台 は ﹁ 性 悪 奇 談 ﹂ に よ っ て 仏 心 印 を 伝 え ん と す る 立 場 と す る の に 対 し 、 禅 家 の ﹁ 不 立 文 字 、 教 外 別 伝 ﹂ は 文 字 へ の 執 着 を 離 れ る た め の 方 便 で あ り 、 そ の 性 悪 を 行 ず る こ と に 更 に 徹 底 す る と い う 見 解 と し て 示 さ れ る 。 鳳 潭 は こ れ を 現 実 相 と し て の 妄 想 を そ の ま ま 真 如 と 肯 定 す る ﹁ 終 教 の 極 談 別 理 ﹂ で あ り 、 天 台 の 性 悪 説 で は な く 修 悪 で あ る と 批 判 し て い る 。 鳳 潭 に よ っ て 指 摘 さ れ る 、 こ の 梅 峯 の 所 説 は 梅 峯 に よ っ て 刊 行 さ れ る ﹃ 寧 静 禅 師 語 録 ﹄ ︵ ﹃ 喩 指 和 尚 答 三 峰 曹 洞 十 六 問 ﹄ ︿ 序 ﹀ 、 宝 永 六 ︵ 一 七 〇 九 ︶ 年 刊 ︶ の 末 尾 に あ る 梅 峯 自 身 が 附 し た 所 説 の 中 に 、 次 の よ う に あ る 。 属 者 ち か ご ろ 、 天 台 伝 仏 心 印 記 を 観 る 。 此 れ 元 朝 虎 丘 懐 則 の 所 述 な り 。 志 公 、 曽 て 達 磨 を 称 し て 観 音 大 士 、 仏 心 印 を 伝 う と 道 う に 激 し て 謂 へ ら く 、 只 だ 禅 庭 の み に 心 印 を 伝 え ん や 。 台 岳 既 に 能 く 仏 心 印 を 伝 う と 。 是 に 由 り て 台 宗 独 り 向 上 の 主 人 と な り 半 満 性 相 、 頓 漸 権 実 の 法 門 を 奴 視 す 。 此 れ を 職も と と し 曹 源 の 緒 余 を し て 禅 道 を 偏 真 に 陥 し 、 四 時 三 教 の 末 に 挿 着 す 。 北 斉 太 蘓 台 嶺 よ り 荊 渓 螺 渓 宝 雲 四 明 に 迄い た る ま で 、 一 代 蔵 教 を 該 綜 し 綱 を 提 げ 要 を 捜 し 、 独 り 台 宗 の 妙 門 に 帰 す 。 三 観 十 乗 三 諦 三 千 三 因 即 具 の 如 く 、 他 家 に 論 ぜ ざ る 所 な り 。 故 に 謂 う 、 ﹁ 只 だ 具 の 字 彌 よ 今 宗 を 顕 わ す 。 性 具 の 善 は 他 師 も 亦 た 知 る 。 悪 の 縁 了 を 具 す る こ と は 、 他 皆 な 測 る こ と な き を 以 て な り 。 ﹂ 或 云 く 、 智 者 の 一 宗 、 専 ら 具 に 在 り 。 聖 凡 別 た ず
天 桂 伝 尊 撰 ﹃ 報 恩 篇 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︵ 松 田 ︶ 二 三 〇 当 体 全 く 是 な り 。 是 よ り 反 覆 縦 横 、 翕 張 離 合 の 論 、 其 の 書 、 其 の 編 、 都 て 是 れ 車 載 斗 量 、 枚 挙 に 堪 え ず 。 酷 い か な 、 修 悪 の 贅 言 。 異あ や し い か な 、 性 悪 の 奇 談 。 幾 を 研さ が し 頤 を 探 り 、 種 々 の 配 弁 に 至 ら ば 傍 人 の 忖は か る 所 に 非 ず 。 況 ん や 現 前 の 一 念 、 祇 箇 の 六 識 、 功 首 罪 魁 の 名 を 得 る 。 此 の 識 、 善 悪 の 主 と 作 り 、 諸 識 は 有 名 無 実 に し て 取 ら ず 与 え ず 。 此 れ 台 家 の 眼 目 な る も の な る か 。 惟 だ 聖 、 惟 だ 凡 、 即 ち 善 、 即 ち 悪 、 禅 に 由 り て 言 わ ば 善 悪 は 脱 体 不 二 に し て 即 と 謂 う も 猶 お 縫 罅 の 在 る 有 り 。 是 を 以 て 九 界 を 悪 と な し 仏 界 を 善 と な す と 雖 も 、 十 界 三 千 相 即 互 具 を 以 て 、 性 悪 を 取 り て 直 に 仏 性 と な し 、 遂 に 法 華 の 一 実 相 に 帰 す 。 ﹁ 婬 欲 即 ち 是 れ 道 、 恚 癡 も 亦 復 た 然 ら ば 此 れ 修 悪 な り 。 一 切 仏 法 を 具 す る は 此 れ 性 悪 な り 。 弾 指 散 華 は 修 善 な り 。 皆 成 仏 道 は 性 善 な り 。 ﹂ 諒 に 知 る 、 台 家 の 極 唱 、 諸 宗 に 卓 越 す 。 妨 げ ず 、 仏 心 印 を 伝 う と 道 う こ と を 。 記 中 に 出 だ す 所 の 禅 話 、 ﹁ 直 指 人 心 、 見 性 成 仏 、 即 心 是 仏 。 修 証 は 無 き に あ ら ず 、 染 汚 は 即 ち 得 ず 。 報 化 の 真 仏 に 非 ず 、 説 法 の 者 に 非 ず 。 ﹂ 真 如 の 自 性 、 是 れ 真 身 の 功 徳 、 法 身 の 中 に 在 り て 修 福 に 在 ら ず と 。 此 等 の 談 、 吐 き て 妄 心 妄 境 を 除 却 し て 真 心 真 境 を 指 出 す 。 宜 な り 、 禅 を 抑 え て 但 中 と 為 し 、 偏 真 と 為 す 。 性 悪 の 外 に 性 善 の 求 む べ き 無 き こ と を 知 ら ず 、 と 。 然 り と 雖 も 禅 の 示 す 所 、 最 初 有 り 末 後 有 り 。 其 の 直 指 見 性 、 教 外 別 伝 、 不 立 文 字 と 言 う は 、 時 の 人 、 文 字 に 桎 梏 し 名 相 に 膠 粘 す る が た め に 、 一 割 に 剖 殺 し 一 画 に 画 断 す 。 祖 師 已 む こ と を 得 ず 、 当 頭 に 手 を 下 す 一 大 機 鋒 な り 。 自 余 の 言 句 、 化 権 を 剿 絶 す る 所 以 の も の は 則 ち 当 時 の 学 家 、 葛 藤 裏 に 坐 在 し て 顛 倒 妄 想 し 声 求 色 見 の 客 路 三 千 、 途 中 受 用 并 に 帰 程 何 く に 在 る と い う こ と を 知 ら ず 、 這 箇 の 旅 泊 と な す 。 仮 に 且 ら く 一 堵 の 斥 を 卓 す 。 亦 た 是 れ 参 学 の 禅 流 、 入 所 の 方 便 な り 。 言 う 所 の 仏 門 の 客 作 児 、 齊 梁 の 両 代 に 麻 の 如 く 粟 に 似 た り 。 陳 隋 李 唐 も 復 た 多 か ら ず と な さ ず 。 少 林 曹 渓 、 次 で を 挨お し て 此 の 如 く 垂 語 す 。 蓋 し 南 北 の 学 者 、 未 だ 嘗 て 浩 大 の 台 教 に 嚮む か い 邇ちか づ く こ と を 知 ら ざ る な り 。 然 も 禅 門 の 垂 示 、 機 に 随 い 時 に 応 じ て 、 定 法 の 的 詮 と す る 無 し 。 猶 且 つ 講 肆 に 闖 せ ず 、 識 家 に 厠まじ わ ら ず 、 祇 だ こ の 当 人 の 一 念 披 毛 も こ れ よ り 得 、 作 仏 も 亦 た 他 に 由 る 。 所 謂 る ﹁ 至 道 無 難 、 唯 嫌 揀 択 、 但 だ 憎 愛 無 け れ ば 洞 然 と し て 明 白 ﹂ ﹁ 絶 学 無 為 の 閑 道 人 ﹂ 。 妄 想 を 除 か ず 真 を 求 め ず 、 悪 の 憎 む べ き 無 く 、 善 の 愛 す べ き 無 し 。 生 死 岸 頭 は 宝 網 雲 台 。 妄 想 全 く 真 如 。 真 源 全 く 幻 境 、 な に を か 除 き な に を か 求 め ん 。 或 は 言 く 、 絶 学 無 為 は 寔 に 無 為 、 毛 道 の 愚 小 、 安 ぞ 此 に 至 ら ん と 。 不 不 、 然 ら ず 。 極 聖 の 自 心 、 下 凡 の 一 念 、 披 毛 戴 角 、 膩 沙 の 梵 相 、 一 如 に し て 二 如 無 し 。 黄 梅 に 五 百 の 僧 有 り 。 四 百 九 十 九 箇 は 仏 法 を 会 す 、 惟 盧 行 者 の み 仏 法 を 会 せ ず 。 故 を 以 て 衣 を 伝 う 。 恵 能 に 伎 倆 無 く 、 百 の 思 想 を 断 ぜ じ 。 此 れ 性 悪 の ま ま に 斯 に 行 ず 。 性 悪 に 和 し て 却 り て 知 ら ず 覚 ら ず 。 至 し か の み 若な ら ず 、 極 悪 最 下 及 び 白 狸 奴 と 伍 し て 随 波 逐 浪 、 合 水 和 泥 し 、 其 を し て 自