酸化物表面の親水性・疎水性と
表面濡れ性の評価
竹内雅人
1・Gianmario M
ARTRA2・Salvatore C
OLUCCIA2・安保正一
11大阪府立大学大学院工学研究科 〠 599-8531 大阪府堺市中区学園町 1-1
2Dipartimento di Chimica IFM and NIS center of Excellence, Universita di Torino, Via P. Giuria 7, 10125, Torino, Italy
(2008 年 12 月 11 日受理)
Evaluation of Hydrophilic/Hydrophobic Properties
and Wettability of Oxide Surfaces
Masato T
AKEUCHI1, Gianmario M
ARTRA2, Salvatore C
OLUCCIA2and Masakazu A
NPO11Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka Prefecture University,
1-1 Naka-ku, Gakuen-cho, Sakai, Osaka 599-8531
2Dipartimento di Chimica IFM and NIS center of Excellence, Universita di Torino, Via P. Giuria 7, 10125, Torino, Italy
(Received December 11, 2008)
The interaction of H2O molecules with various oxide surfaces were investigated by using middle-infrared (MIR) and
near-infrared (NIR) spectroscopies. The physicochemical properties of oxide surfaces such as hydrophilicity or hydrophobicity were then discussed from the viewpoint of the intermolecular hydrogen bonds in the H2O clusters. SiO2
surface showed hydrophobic property as compared to TiO2 or Al2O3 surfaces. However, smaller amount of H2O
molecules on SiO2surface can easily spread out to form H2O thin layer due to small contribution of intermolecular
hydrogen bonds in the H2O clusters. As a result, such hydrophobic SiO2surface shows high wettability. On the other
hand, TiO2 or Al2O3 surfaces adsorbed large amounts of H2O and hydrocarbons because such polar molecules
preferentially interact with such cationic (Ti4+or Al3+) sites, showing both hydrophilic and oleophilic properties.
However, larger amount of H2O molecules on the TiO2or Al2O3surfaces strongly interacted with each other to form
aggregated bulky H2O clusters on the surfaces. As a result, such hydrophilic surfaces show low wettability.
KEYWORDS : near infrared spectroscopy, hydrophilicity, hydrophobicity, wettability, hydrogen bonding
1.は じ め に
シリカは吸湿剤に広く用いられ,また,清浄なシリカ ガラス表面が高い濡れ性を示すことから,シリカの表面 は親水的であると認識されることが多い。しかし,Al 含有量の低いゼオライトや主に SiO2で構成されるメソ ポーラスシリカの表面は水分子との相互作用が弱く高い 疎水性を示すのに対し,Al 含有量の増加にともなって 発現するブレンステッド酸点が水分子の強吸着サイトと して働くため Al 含有量の高いゼオライトやメソポーラ ス材料が高い親水性を示すことが一般的に知られてい る1∼3)。 固体表面に吸着した水分子の化学状態は,古くから赤 外分光法を用いて詳細に検討されてきた4∼7)。しかし, 中赤外(MIR : 4000∼400 cm−1)領域に観測される水分 子の基準振動にもとづく吸収が大きいため,大気中や高 濃度の水蒸気存在下での水分子の吸着状態を検討するの は困難である。しかも,水素結合を介して相互作用する 極性分子の赤外吸収スペクトルはブロードに観測される のが一般的であるが,基準振動にもとづく吸収と別の振 動モードの倍音吸収等が近い位置に観測される場合,フ ェルミ共鳴による吸収強度の増大が起こり吸収ピーク幅はさらにブロードになる8)。一例として,酸化チタン表
面に吸着した軽水(H2O)および重水(D2O)の FT-IR
スペクトルを Fig. 1 に示す9)。(a)には 3700∼2800 cm−1と 1640 cm−1に H 2O 分子の伸縮および変角振動に もとづく吸収が観測できる。一方,(b)には 2600∼ 2000 cm−1と 1206 cm−1に D 2O 分子の伸縮および変角振 動にもとづく吸収,3500∼3000 cm−1と 1450 cm−1に HOD 分子の伸縮および変角振動にもとづく吸収が観測 できる。H2O 分子の伸縮振動にもとづく吸収(3700∼ 2800 cm−1)には 1640 cm−1の変角振動の倍音が重なる ためピーク幅がブロードになるが,D2O を吸着させた 酸化チタン表面には H2O の変角振動にもとづく吸収 (1640 cm−1)が観測されないため,3600∼3000 cm−1付 近の HOD の OH 伸縮振動にもとづく吸収ピーク幅が狭 くなる。このように,水分子の伸縮振動由来の吸収ピー クから水分子の水素結合状態を詳細に検討することは難 しい。 本研究では,近赤外(NIR : 800∼2500 nm ; 12500∼ 4000 cm−1)領域に観測できる水分子の結合音吸収が, 水分子間の水素結合状態に敏感であることに着目して, 各種酸化物表面に吸着した水分子凝集系の水素結合状態 の解析を行うとともに,酸化物表面の水に対する濡れ性 との相関関係について考察した。さらに,上記の知見を もとに,酸化チタンに紫外光を照射することで発現する 表面濡れ性向上の発現機構について考察を行った。
2.酸化物表面に吸着した水分子の振動(中赤
外および近赤外)スペクトル
Fig. 2 に,TiO2(Degussa,P-25),Al2O3(Degussa,
Alon-C),SiO2(Aerosil,A300)表面における吸着水の FT-IR スペクトルを示す9)。723 K で真空排気すると, TiO2および Al2O3では 3690 cm−1(a,a’)付近に,SiO2 では 3747 cm−1(a’’)に表面水酸基にもとづくピークが 観測できる。室温で約 15 Torr の水蒸気を導入すると, いずれのスペクトルにおいても物理吸着水の伸縮振動に もとづく吸収(3700∼2800 cm−1)の強度が頭打ちし (b,b’,b’’),高濃度の水蒸気存在下で吸着水について の詳細な知見を得るのが難しいことがわかる。SiO2表 面に吸着した水分子の大半は室温での真空排気で脱離 し,3600∼3200 cm−1付近に物理吸着水の伸縮振動がわ ずかに観測されるのみで 1630 cm−1の変角振動にもとづ く吸収は完全に消失する(f’’)。つまり,SiO2表面の孤 立した水酸基と水分子との相互作用はきわめて弱いこと が確認できる。一方,水分子が飽和吸着した TiO2表面 を室温で排気すると,物理吸着水の大半は脱離するが表 面水酸基と水素結合した水分子の伸縮振動由来の吸収 (3700∼2800 cm−1付近)が残り,1637 cm−1に観測され ていた水分子の変角振動由来の吸収は 1623 cm−1にシフ トしながら減少する。1637 cm−1の吸収は互いに水素結 合しあった水分子凝集クラスターに帰属でき,これらの 減少にともない TiO2表面の Ti4+サイトに配位的に強吸 着した水分子10)が 1623 cm−1に観測される(g)。次に, Al2O3表面の場合,1637 cm−1の水分子の変角振動にも とづく吸収の大半は室温排気で減少するのに対し,表面
Fig. 1. (color online). FT-IR spectra of (a) H2O and (b) D2O
adsorbed on TiO2surface.
Fig. 2. FT-IR spectra of the H2O adsorbed on (A) TiO2, (B)
Al2O3 and (C) SiO2 surfaces. (a, a’, a’’) after
pretreatment at 723 K, (b, b’, b’’) after adsorption of H2O vapor (ca. 15 Torr), degassing at room
temperature ; (c-e) 3.9, 0.075, 0.001 Torr ; (c’-e’) 5.2, 0.06, 0.001 Torr ; (c’’-e’’) 5.6, 0.04, 0.001 Torr.
水酸基に水素結合を介して吸着した水分子の伸縮振動由 来の吸収(3700∼2800 cm−1)の多くは減少しないこと がわかる。つまり,Al2O3表面には,Al3+サイトに配位 的に強吸着した水分子はほとんど存在しないにもかかわ らず,水素結合を介して強吸着した物理吸着水が多数存 在することを示唆する。これは Al2O3表面の Al3+やブ リッジ酸素(Al-O-Al)サイトにおいて水分子が解離吸 着し,比較的密集して存在する表面水酸基が水分子の強 吸着サイトとして働くためである。SiO2表面の孤立し た水酸基と水分子との相互作用は弱く室温排気で容易に 脱離するが,ネスト状の水酸基を多く有する結晶性の低 いメソポーラスシリカ等では水分子の脱離が 373∼473 K の温度域に観測されることがあり,密集して存在する 表面水酸基は水分子の強吸着サイトとして働きうる。こ れらの結果,すなわち,室温排気では容易に脱離しない 吸着水の量から,各種酸化物表面と水分子との相互作用 の強さは,SiO2<TiO2<Al2O3の順であると結論付けら
れる。
Fig. 3 には,FT-IR セル(CaF2窓,光路長:約 70 µm)
を用いて透過法で測定した液体の水(約 293 K)および 拡散反射法で測定した酸化チタン表面の吸着水の近赤外 吸収スペクトルを示す11)。5155,6897 cm−1に観測でき る吸収は,水分子の逆対称伸縮振動と変角振動の結合音 (asym-nOH+dOH)および逆対称伸縮振動と対称伸縮振動 の結合音(asym-nOH+sym-nOH)に帰属できる12∼14)。酸 化チタン表面の吸着水にもとづく結合音吸収には 5155 cm−1の吸収と 5291 cm−1のショルダーが観測された。 近赤外領域に観測される水の結合音吸収の帰属を Table 1 にまとめた12)が,水の化学状態が気相から液相,固相 と変化するにつれて約 300 cm−1のレッドシフトが起こ ることが知られており,水分子間に作用する水素結合の 寄与に関連している。液体の水および水蒸気の結合音吸 収がそれぞれ 5160 cm−1,5332 cm−1に観測されること から,酸化チタン表面の吸着水において観測された 5155 cm−1の吸収は水素結合の寄与が大きい水分子, 5291 cm−1のショルダー吸収は水素結合の寄与が小さい 水分子であると考えられる11)。しかも,酸化チタン表面 の吸着水にもとづく吸収のうち,室温排気により 5155 cm−1の吸収が主に減少し,473 K での真空排気で完全 に消失したことから,5400∼4700 cm−1付近に観測でき る結合音吸収は酸化チタン表面の物理吸着水に帰属でき る。
Table 1. List of the overtone and combination bands of H2O observed in NIR region.
Ice freezing pointLiquid near boiling pointLiquid near Vapor Assignments cm−1(nm) cm−1(nm) cm−1(nm) cm−1(nm) 9760 (1025) 10210 ( 979) 10340 ( 967) 10613 ( 942) 2n1+n3 7990 (1250) 8310 (1200) 8640 (1160) 8807 (1135) n1+n2+n3 6700 (1492) 6880 (1453) 7020 (1425) 7252 (1380) n1+n3 5620 (1780) 5620 (1780) 5600 (1786) ― n2+n3+nL 5030 (1988) 5160 (1938) 5220 (1916) 5332 (1875) n2+n3 n1: Symmetric stretching (3657 cm−1) n2: Bending (1595 cm−1) n3: Asymmetric stretching (3756 cm−1) nL: Hindered rotation (600 cm−1)
Fig. 3. (color online). NIR adsorption spectra of (A) liquid
H2O and (B) H2O adsorbed on TiO2 surface. (A)
measured in a transmittance mode (optical path length ; ca. 70 µm). (B) measured in a diffuse reflectance mode ; (a-e) in air, 60, 5.1, 0.18, 0.001 Torr (pressures in quartz cell).
各種酸化物表面の吸着水の水素結合状態を検討するた めに,TiO2,SiO2,Al2O3に吸着した水の近赤外吸収ス
ペクトルを測定した。Fig. 4 には,室温大気中で測定し たスペクトルから 473 K で真空排気した後に測定したス ペクトルを差し引いた差スペクトルを示した。TiO2お よび Al2O3では 5155 cm−1の吸収と 5291 cm−1にショル ダーが観測されるのに対し,SiO2表面の吸着水にもと づく結合音吸収は主に 5290 cm−1付近に観測されること がわかる。水分子間に作用する二種類の水素結合のう ち,水素結合ドナーとして働く水分子の方が OH 結合に 大きな影響をおよぼす11, 15)ことに着目し,水素結合ドナ ーの数にもとづいて水分子を四成分(S0,S1,S2,Sn) に分類した。このうち,水素結合ドナーを持たない S0 成分を“自由水”,水素結合ドナーを一つ以上持つ S1, S2,Sn成分を“水素結合水”と表記する11, 13)。これらを 考慮して,液体の水および各種酸化物表面の吸着水の結 合音吸収を波形分離した結果を Fig. 5 に示し,各成分の 波数とピーク面積の相対比を Table 2 にまとめた。SiO2
Fig. 4. (color online). Differential NIR spectra of H2O
adsorbed on (a) TiO2, (b) Al2O3and (c) SiO2, which
were obtained by subtracting the spectra measured after degassing at 473 K from the spectra measured in air.
Fig. 5. (color online). Deconvolution spectra of the
combi-nation band (asym-nOH+dOH) of (a) liquid H2O and
H2O adsorbed on (b) TiO2, (c) Al2O3, and (d) SiO2
surfaces.
Table 2. Wavelength, wavenumber and the ratio of each components (S0, S1, S2, Sn) of liquid
H2O and H2O adsorbed on various oxides.
Number of H-bonds donor
Wavelength/nm Wavenumber/cm−1
(Ratio/%)
Liquid H2O TiO2 Al2O3 SiO2
S0 0 n.d. (0%) 1883 nm 5311 cm−1 (3.1%) 1884 nm 5308 cm−1 (6.2%) 1883 nm 5311 cm−1 (9.1%) S1 1 1911 nm 5233 cm−1 (27.4%) 1926 nm 5192 cm−1 (46.5%) 1925 nm 5195 cm−1 (49.5%) 1904 nm 5252 cm−1 (21.1%) S2 2 1955 nm 5116 cm−1 (45.9%) 1995 nm 5013 cm−1 (33.5%) 1984 nm 5040 cm−1 (35.8%) 1947 nm 5136 cm−1 (44.2%) Sn 2 2032 nm 4921 cm−1 (26.7%) 2076 nm 4817 cm−1 (16.9%) 2059 nm 4857 cm−1 (8.5%) 2055 nm 4856 cm−1 (25.6%)
表面で観測された水素結合水にもとづく各成分(S1, S2,Sn)のピーク位置が,液体の水で観測された各成分 にほぼ一致することから,SiO2表面の水分子は吸着緩 和をほとんど受けていないことがわかる。これに対し て,TiO2および Al2O3表面に吸着した水分子の水素結 合水にもとづく各成分は液体の水に比べて低波数側にシ フトしており,酸化物表面に吸着した水分子凝集系のエ ネルギー状態が安定化していることを示している。この 結果からも,SiO2表面は水分子と弱く相互作用し疎水 的であることが確認できる。さらに,自由水のピーク面 積比が,TiO2で 3.1%,Al2O3で 6.2%,SiO2で 9.1% と
見積もられ,各酸化物表面に吸着した水分子クラスター 中の水素結合の寄与が相対的に SiO2<Al2O3<TiO2の順
に大きくなることを示唆している。水の表面張力は分子 間の水素結合の寄与の大小に依存することを考慮して, 酸化物上の吸着水クラスターの構造モデルを Fig. 6 のよ うに提案した。TiO2や Al2O3表面の吸着水のように, 水素結合水に対する自由水の割合(S0/S1+S2+Sn)が 小さい(水素結合の寄与が大きい)場合は水分子間の表 面張力が大きくなる。一方,SiO2表面の吸着水のよう に,水素結合水に対する自由水の割合が大きい(水素結 合の寄与が小さい)場合は水分子間の表面張力は小さく なる。したがって,TiO2や Al2O3表面上の微小な吸着 水クラスターは分子間の大きな表面張力によって丸まっ た形状になるのに対し,SiO2表面上の吸着水クラスタ ーは水分子間の表面張力が小さいために濡れ広がった状 態になると考えられる。
3.固体表面の親水性・疎水性の定義
化学大辞典には,親水性は「水と相互作用しあい,水 との親和性が強い性質」,疎水性は「水との相互作用が 弱く,水との親和力が弱い性質」と記述されている16)。 均一系の場合,水と混和する割合すなわち溶解度が親水 性・疎水性の指標となるだろう。また,固体表面のよう な不均一系界面における親水性・疎水性は,吸着水の量 や吸着熱を測定することで表面科学的に評価されてき た。ところが,実際には,親水性・疎水性という物性を 定量的に論じるための明確な定義は存在しない。 Fig. 7(A)に,各種酸化物表面における水の吸着等 温線(単位表面積あたり)を示した。疎水的な SiO2と して知られる Aerosil A300 および吸湿剤に用いられる SiO2(ケイ酸ナトリウムから調製)のいずれの表面にお いても,水の吸着等温線の形状が“吸着質の凝縮熱と同 程度の小さな吸着熱をもつ吸着”に特有な IUPACIIIFig. 6. (color online). Structure models of microscopic H2O
clusters on various oxide surfaces.
Fig. 7. (color online). Adsorption isotherms of (A) H2O and
(B) toluene on (a) SiO2 (ca. 300 m2/g), (a’) SiO2
(silica gel, ca. 600 m2/g), (b) TiO
2(ca. 50 m2/g) and
型17, 18)を示し,SiO 2表面は本質的に疎水的であることを 示している。これに対し,TiO2や Al2O3表面における 水の吸着等温線は IUPACII 型17, 18)を示し,水分子は多 層に吸着していることがわかる。これらの結果は,SiO2 表面の水酸基は水分子と弱く相互作用し疎水的であるの に対し,水分子が配位的に強吸着する TiO2表面あるい は水分子が解離的に強吸着する Al2O3表面が高い親水性 を示すとの結論が導かれた振動分光測定の結果と良い一 致を示す。実際,Zettlemoyer らは,SiO2表面への水の 吸着熱が水の凝縮熱(44 kJ/mol)より小さい値を示す ことから,SiO2表面は疎水的であると記述している19)。 次に,各種酸化物表面におけるトルエンの吸着等温線 測定の結果を Fig. 7(B)に示した。298 K におけるトル エンの飽和蒸気圧は約 28.5 Torr で水の飽和蒸気圧 (23.7 Torr)に近い値を示すことから,疎水的なプロー ブ分子としてトルエンを用いた。表面積あたりのトルエ ンの吸着量は SiO2<Al2O3<TiO2の順に多くなり,TiO2
表面は水分子だけでなく疎水的なトルエン分子に対して も親和性が高いことがわかる。また,疎水的な SiO2表 面においてトルエンの吸着量は少なく,必ずしも疎水的 な表面が有機化合物を吸着しやすい親油性を示すとは限 らない。一般に,芳香族化合物の p 電子は固体表面の よりカチオニックなサイトに対して求核的に相互作用す る。つまり,酸化物表面の水酸基よりも Ti4+や Al3+の ようなカチオンサイトに対して強く吸着する。同様の議 論はカルボニル化合物のような p 電子を有する有機分 子についても成り立つため,水分子に対する強吸着サイ トを有する親水性の高い酸化物表面は,同時に求核的な 相互作用を介して吸着する有機分子に対しても高い親和 性(親油性)を示すことになる。 Table 3 にまとめたように,SiO2表面は疎水的である が吸着水クラスター中の水素結合の寄与が小さいため表 面で水の薄層を形成しやすくなる。さらに,疎水的な炭 化水素が吸着しにくい性質とあわせて,水に濡れやすい 表面特性を示す。一方,TiO2や Al2O3表面は親水的で 吸着水量が多く,吸着水クラスター中の水素結合の寄与 が増大するため,吸着水クラスターは丸まった構造とな り表面における水の被覆率が低くなる。さらに,疎水的 な有機化合物を同時に吸着しやすい表面物性(親油性) とあわせて,TiO2や Al2O3表面は水に濡れにくい表面 特性を示す。しかし,現状では,石英ガラスや紫外光照 射後の酸化チタン表面のように水に濡れやすい表面を親 水的,アルミナや酸化亜鉛,紫外光照射前の酸化チタン 表面のように水に濡れにくい表面を疎水的と表現するこ とがある20)。
4.酸化チタン表面の光誘起濡れ性変化
酸化チタンに紫外光を照射することで表面濡れ性が向 上する現象が 1997 年に報告されて以来21),酸化チタン は光触媒としてだけでなくセルフクリーニング・防曇材 料として応用分野が飛躍的に広がった22)。当初,酸化チ タンへの紫外光照射によって表面水酸基量が増加するこ と23, 24),また,最近では,水分子の解離吸着にともなっ て生じた準安定な酸化チタン表面が濡れ性向上の起源で あると報告されている25)。実際に,酸化チタン単結晶表 面で水分子が解離吸着する現象が超高真空下での STM 観察で確認されている26, 27)。一方で,酸化チタン表面に おける水の解離吸着にともなう表面水酸基の生成は表面 濡れ性の変化と関係がないとの報告もある28)。いずれに しても,酸化チタン表面で発現する高い濡れ性は室温でTable 3. Relationship between the physicochemical properties of oxide surfaces and their surface wettabilities.
SiO2 TiO2 Al2O3
Amount of adsorbed H2O Small
(hydrophobic) (hydrophilic)Large (hydrophilic)Large
S0/S1+S2+Sn Large Small Small
Degree of H-bonds
(surface tension) Small Large Large
Coverage of H2O on surfaces High Low Low
Surface wettability High Low Low
Bond characters Covalent Covalent (50%)
+Ionic (50%) Covalent (60%)+Ionic (40%)
Interaction of H2O with surfaces Weak Strong Strong
Adsorption states of H2O Adsorbed on surface
hydroxyls by H-bonds hydroxyls by H-bondsAdsorbed on surface + Strongly adsorbed on cationic sites Adsorbed on surface hydroxyls by H-bonds + Strongly adsorbed on cationic sites
の真空排気によって容易に失われるので,真空中で行う 表面分析では光照射によって高い濡れ性を発現した酸化 チ タ ン 表 面 を そ の 場 観 察 で き て い な い 可 能 性 が あ る15, 29)。そこで,大気雰囲下で近赤外吸収測定を行うこ とで,酸化チタン表面の吸着水の化学状態におよぼす紫 外光照射の影響について考察を行った(Fig. 8)。酸化チ タン表面の温度が 50℃付近まで上昇するとともに,吸 着水,特に,1940 nm(5155 cm−1)付近の水素結合水の 寄与が主に減少することがわかる。また,光照射を止 め,試料を暗所に静置する過程で水の吸着が回復してい く様子が確認できた。図には示していないが,光照射を 止めた後の試料をストーンテーブルの上などの冷暗所で 静置すると水の再吸着が速くなることも確認できた。こ のように,酸化物表面への水吸着は温度変化に対してき わめて敏感な物理現象であり,光照射時に温度が上昇し た酸化チタン表面に対して水吸着が促進されることは熱 力学の観点からも考えにくい15, 30)。 Fig. 5 で行った考察と同様に,光照射前後での吸着水 クラスター中の水素結合状態について検討するため,光 照射前後の近赤外吸収スペクトルを波形分離した結果, 酸化チタンへの光照射により水素結合水が大幅に減少 し,相対的に自由水の割合が 6.3% から 11.3% に増加す ることがわかった15, 29)。この結果は,光源からの輻射熱 および酸化チタンの光吸収にともなう発熱過程により酸 化チタン表面が温められ,吸着水が脱離することで吸着 水クラスター中の水素結合の寄与が減少したことを意味 している。すなわち,Fig. 6 で提案した酸化物表面の吸 着水クラスターの構造モデルが丸まった形状から濡れ広 がった形状に変化し,酸化チタン表面における水分子の 被覆率が高くなったことを示唆している。実際に,酸化 チタン薄膜試料を暗所で約 50℃に加熱するだけで水滴 接触角が 30° 付近まで低下することが確認できた。50℃ 程度の加熱では酸化チタン表面に吸着した炭化水素は分 解除去されないので,酸化チタン表面からの吸着水の脱 離が表面濡れ性向上の要因の一つであると言える。 酸化チタン表面の濡れ性変化におよぼす紫外光照射の 影響をさらに詳細に考察するため,異なる雰囲気におい て酸化チタン薄膜に光照射を行った際の水滴接触角を測 定した結果を Fig. 9 に示す。合成空気(N2: O2=4:1) や酸素雰囲気中であれば微弱な紫外光照射下であって も,酸化チタン表面は十分に高い濡れ性を発現した。と ころが,窒素中や酸素流通を途中から窒素流通に切り替 えると水滴接触角の低下はほとんど観測できず,酸化チ タン表面の濡れ性向上には少なくとも酸素共存下で紫外 光を照射する必要があることが明らかとなった。この原 因を考察するため,同条件で酸化チタン薄膜に紫外光照 射を行った前後での XPS スペクトルを測定したところ, 酸素共存下では C1s のピーク強度が減少し,薄膜表面 に吸着した炭化水素が微弱な紫外光の照射下であっても 光触媒作用により酸化分解されたのに対し,窒素共存下 では酸化チタン表面の炭化水素はほとんど酸化分解され
Fig. 8. (color online). NIR absorption spectra of H2O
adsorbed on TiO2 surface : (A) under UV light
irradiation of 0, 10, and 180 min (from bottom to top), (B) after the sample in (A) was stored in dark for 0, 8, 120, and 1320 min (from top to bottom).
Fig. 9. Effects of coexistence gases under UV light
irradiation (24 W fluorescent valve ; ca. 30 W/cm2)
on the changes in contact angles of H2O droplets on
TiO2films : (a) in synthetic air (N2/O2=4/1), (b) in
O2(purity>99.9%), (c) in N2(purity>99.9%), and
なかった。このように,酸化チタンを酸素共存下で紫外 光照射することで発現する光触媒作用が,酸化チタン表 面における濡れ性向上に関連していると考えられる。 石英表面は光触媒作用を示さないが,酸素あるいはオ ゾンの共存下で低圧水銀灯からの紫外光(l=254 nm) で照射すると吸着した炭化水素の減少にともなって表面 濡れ性が向上することが光源メーカーであるウシオによ って報告されている31)。そこで,酸化チタン薄膜の表面 を紫外光照射以外の方法で前処理した後,炭化水素の吸 着量と表面濡れ性との相関関係について調べた。詳細は 既報15, 29)を参考にされたいが,薄膜試料を約 50℃の NaOH 水溶液に浸漬,あるいは,空気中 450℃で加熱処 理等の前処理を行うことで,C1s のピーク強度が減少す るのにともない表面濡れ性が向上することを確認した。 これらの結果は,固体表面に吸着した炭化水素(汚れ成 分)を適度に取り除くことで,その表面濡れ性が向上す ることを示唆している。
5.酸化物表面の親水性・疎水性と表面濡れ性
との関連性
酸化物表面の濡れ性を論じるとき,水に濡れやすい清 浄な SiO2表面は親水的であると表現される20)。しかし, 表面科学的な分析手法により SiO2表面を評価すると, 水分子との相互作用が弱く疎水的な表面特性を示す。さ らに,有機分子との相互作用が小さい物性(疎油性)と あわせて SiO2表面は高い濡れ性を示す。一方,TiO2や Al2O3表面は水分子を強吸着するサイトを有するため高 い親水性を示すが,同時に有機分子を吸着しやすい親油 性を併せ持っている。このため,紫外光照射を行う前の TiO2表面は,汚れ具合(有機物の吸着量)にもよるが 水滴接触角が 50∼70 度程度と濡れにくい表面特性を示 す20)。ところが,TiO 2表面は紫外光の照射下で光触媒 作用を発現し,表面に吸着した炭化水素を分解除去する ことができる。さらに,光照射にともなう温度上昇で吸 着水が適度に脱離し,水素結合の寄与が減少したミクロ 形状の吸着水クラスターが濡れ広がるスペースを与え る。つまり,紫外光照射後の TiO2表面は光照射前に比 べ水および炭化水素の吸着量が減少した状態にあり,水 および炭化水素を吸着しにくい SiO2の表面状態に近い と考えられる。そして,このような水および炭化水素の 吸着量が適度に減少した表面が水に対して高い濡れ性を 示す。したがって,固体表面の表面濡れ性は,水分子と の相互作用の強さ(親水性・疎水性)によって一義的に 決まるのではなく,有機分子との相互作用の強さ(親油 性・疎油性)についても総合的に評価する必要がある。文
献
1) N.Y. Chen : J. Phys. Chem. 80, 60 (1976).
2) A. Corma, F. Rey, J. Rius, M.J. Sabater and S. Valencia : Nature 31, 287 (2004).
3) “ゼオライトの科学と工学” : 小野嘉夫, 八嶋建明編 (談社サイエンティフィク, 2000).
4) L.H. Little : “Infrared Spectra of Adsorbed Species” (Academic Press, London, 1966).
5) H. Knözinger : “The Hydrogen Bond” (North Holland, Amsterdam, 1976).
6) A. Burneau, J.P. Gallas, in : A.P. Legrand (Ed.) “The Surface Properties of Silica”(Wiley, New York, 1998). 7) A.C. Zettlemoyer, F.T. Micale and K. Klier : “Water in
Dispersed Systems” (Plenum Press, New York, 1975). 8) Z. Wang, A. Pakoulev, Y. Pang and D.D. Dlott : J. Phys.
Chem. A 108, 9054 (2004).
9) M. Takeuchi, L. Bertinetti, G. Martra, S. Coluccia and M. Anpo : Appl. Catal. A : General 307, 13 (2006). 10) C. Morterra : J. Chem. Soc., Faraday Trans. 1, 1617
(1988).
11) M. Takeuchi, G. Martra, S. Coluccia and M. Anpo : J. Phys. Chem. B 109, 7387 (2005).
12) “Handbook of Vibrational Spectroscopy Vol. 3”, ed. by. J.M. Chalmers and P.R. Griffiths (Wiley, New York, 2002). 13) “日本分光学会 測定法シリーズ 32 近赤外分光法” : 尾崎幸洋, 河田 聡編 (学会出版センター, 1996). 14) “近赤外スペクトル法” : 岩本令吉著(講談社サイエン ティフィク, 2008). 15) 竹内雅人 : 光化学 39, 177 (2008). 16) “化学大辞典” : 大木道則, 大沢利昭, 田中元治, 千原 秀昭編 (東京化学同人, 1989).
17) K.S.W. Sing, D.H. Everett, R.A.W. Haul, L. Moscou, R.A. Pierotti, J. Rouquerol and T. Siemieniewska : Pure Appl. Chem. 57, 603 (1985).
18) “吸着の科学と応用” : 小野嘉夫, 鈴木 勲著(講談社 サイエンティフィク, 2003).
19) A.C. Zettlemoyer, F.T. Micale and K. Klier : “Adsorption of Water on Well Characterized Solid Surfaces. Water in Dispersed Systems Vol. 5”, ed. by F. Franks (Plenum Press, New York, 1974).
20) “ぬれ技術ハンドブック―基礎・測定評価・データ ー” : 石井淑夫, 小石眞純, 角田光雄編(テクノシステ ム, 2001).
21) R. Wang, K. Hashimoto, A. Fujishima, M. Chikuni, E. Kojima, A. Kitamura, M. Shimohigoshi and T. Wata-nabe : Nature 388, 431 (1997).
22) A. Fujishima, K. Hashimoto and T. Watanabe : “TiO2
Photocatalysis―Fundamentals and Applications” (BKC, Tokyo, 1999).
23) R. Wang, K. Hashimoto, A. Fujishima, M. Chikuni, E. Kojima, A. Kitamura, M. Shimohigoshi and T. Wata-nabe : Adv. Mater. 10, 135 (1998).
24) N. Sakai, R. Wang, A. Fujishima, T. Watanabe and K. Hashimoto : Langmuir 14, 5918 (1998).
25) T. Shibata, H. Irie and K. Hashimoto : J. Phys. Chem. B
107, 10696 (2003).
26) I.M. Brookes, C.A. Muryn and G. Thornton : Phys. Rev. Lett. 87, Art. No. 266103 (2001).
27) S. Mezhenny, P. Maksymovych, T.L. Thompson, O. Diwald, D. Stahl, S.D. Walck and J.T. Yates Jr. : Chem. Phys. Lett. 369, 152 (2003).
28) J.M. White, J. Szanyi and M. Henderson : J. Phys. Chem.
B 107, 9029 (2003).
29) M. Takeuchi, K. Sakamoto, G. Martra, S. Coluccia and M. Anpo : J. Phys. Chem. B 109, 15422 (2005). 30) M. Takeuchi, K. Sakamoto, G. Martra, S. Coluccia and
M. Anpo : J. Phys. Chem. C 111, 9811 (2007).
31) 磯 慎一, 五十嵐龍志, 松野博光 : 照明学会誌 83, 273 (1999).