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外食グローバル化のダイナミズム

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Ⅰ. はじめに  近年、日本の外食チェーンの海外進出が注 目を集めている。日本の外食チェーンによる 海外進出の嚆矢は、1970 年代中頃の「どさ ん子ラーメン」や「吉野家」のアメリカ進出 である1。これ以後 2009 年末までに、筆者 が確認しただけで 361 件の外食チェーンの 進出が見られ、その進出先はアジアが 72% と突出しており、米国(ハワイ含む)の 23% がそれに続いている(川端 2010、p.59)。と りわけ、2004 年以降は中国市場への進出が 急増し、さらに 2006 年以降は東南アジアへ の進出が増大している(川端 2010、pp.238-249)。  このような海外進出の背景には、日本の 外食市場の縮小とアジアの外食市場の拡大 があるとされる。日本の外食市場は 1997 年 の約 29 兆 7 百億円をピークに低下傾向をた どっており、2011 年では約 23 兆 5 百億円 とピーク時から 6 兆円も縮小している(外食 産業総合調査研究センター推定値)。一方で、 アジア市場をはじめとする新興市場では外 食市場が急拡大している。たとえば、中国を 見ると、外食関連市場(社会消費品小売総額 要約(アブストラクト)  本稿は、従来は食文化論的な視点から論じられることが多かった外食の海外進出問題を、流通論の枠組み の中で捉え直し、チェーン・マネジメントの視点から分析したものである。具体的には、新たな分析フレー ムの提示、外食グローバル化の鍵を握る現地でのオペレーション・システムの内容の検討、日系外食チェー ンによる現地でのシステム構築の実態分析を行い、外食グローバル化の今後の研究課題を示した。  本稿で重視したオペレーション・システムとは、①進出先における食材の調達・加工・配送システム、② 店舗開発システム、③人材育成システムの 3 つのサブシステムから成る。実態調査では、①のシステムにつ いては独自に構築していることが明らかとなったが、②と③のシステムについては、自力での確立が困難な 実態であることが明らかとなった。また、①の構築に際しては、レシピの機密保持の観点から、中核メニュー の味の決め手となる調味料系食材を日本の本社が供給(輸出)しているケースが多くみられた。一方で、近 年は日系食品メーカーによる海外工場の開設も進展してきているため、それを利用して調味料関係を現地生 産化し、コスト削減と安定供給化を図ろうとする動きが進んできていることも明らかとなった。 キーワード  外食チェーン、グローバル化、海外進出、チェーン・マネジメント、アジア

外食グローバル化のダイナミズム:

日系外食チェーンのアジア進出を例に

川 端 基 夫 (関西学院大学)

日本商業学会『流通研究』

第15巻第2号(2013年)

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のうちの飲食品販売額)は 2000 年以降だけ でも約 4 倍に拡大してきており、2011 年は 前年比 16.9%増の 2 兆 543 億元(約 26 兆 2 千万円)と、すでに日本の市場規模を超えて いる。また、東南アジアに目を転じると、近 年は日本食への関心が高まっており、タイや シンガポールでは日本食レストランが増大 してきている2。以上のことから、今後も多 くの日系外食チェーンがアジア市場に積極 的に進出していくと推測できる。  このように、外食チェーンのグローバル化 研究は、今後重要性が高まる領域といえる が、後にも見るように外食チェーンの海外進 出メカニズムの解明は遅れており、有効な分 析フレームも提示されておらず、また実態分 析も進んでいない。近年の外食チェーンの海 外進出も、一般には、海外進出に対する経営 者の強い意思と、アジアの市場環境変化(所 得増大、ライフスタイルの変化、中間層の増 大、日本食ブームなど)の 2 つの要因から説 明されるにとどまっている。しかし、実際に 海外に進出した外食チェーンを見ると、同じ 市場に進出していても企業間の成長度に大 きな差がみられたり、同じ企業でも進出先に よって成長度に大きな差がみられたりする。 このような差の存在は、海外市場での成否 が、単純に市場環境要因だけに依存していな いことを示している。  そこで、本稿では外食チェーンのグローバ ル化のダイナミズムに迫るべく、より説明力 の高い新しい分析フレームの提起と、それに 沿った実態分析を行いたい。具体的には、続 くⅡ章において、これまでの外食チェーンの 海外進出・グローバル化に関する研究をサー ベイし、それらが有する研究上の課題を明ら かにした上で、筆者のこれまでの実態調査を 踏まえつつ、外食チェーンの海外進出を捉え る新しいフレームの提示をⅢ章で行う。そこ では、従来から指摘されてきた経営者の意思 と市場環境のファクターだけではなく、現地 でのオペレーション・システム構築という ファクターを重視したフレームが提起され る。その後のⅣ章では、そのフレームの核と なる海外でのオペレーション・システム構築 の実態を明らかにし、Ⅴ章でシステム構築上 の課題を、Ⅵ章で今後の研究上の課題を示し たい。 Ⅱ. 外食チェーンのグローバル化研究の分 析視角 (1)英語圏での研究  外食チェーンの海外進出については、米 国系チェーンが大きく先行してきた。たと えば、KFC(ケンタッキーフライドチキン、 1954 年創業)やマクドナルド(1940 年創業、 1955 年企業化)の海外進出は、1960 年代の カナダ進出(KFC は 1963 年3、マクドナル ドは 1967 年)から始まり、1970 年代に入る と日本でも店舗展開が開始される。両社とも 現在では、100 カ国以上の海外市場に進出を しており、外食グローバル化の象徴とされて きた。これほどの規模で展開する外食チェー ンは現在のところ米国系外食チェーンのみ である。  このような米国系外食チェーンの海外進 出を取り上げた英語圏におけるこれまでの 研究を概観すると、大きく 3 つの視点から 検討されてきたといえる。  1 つ目は、文化論やグローバリゼーション 論における議論である。これには、マクドナ ルドをアメリカ文化の象徴・記号(icon)と見 なし、マクドナルドの海外進出とグローバリ ゼーションの進展とを重ね合わせて、世界 各地の文化や社会の変化を批判的に議論す るものが多い。たとえば、米国系外食チェー ンのグローバル化をアメリカの文化帝国主

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義(American Cultural Imperialism)の 象 徴 で あるとする批判(たとえば Bové, Dufour and Luneau, 2000, Bové, Aries and Terras, 2000) や、外食チェーンの効率性や画一性の拡散が 人間疎外を広めるとする「マクドナルド化」 (McDonaldization)への批判などが典型であ

る(Ritzer1993, Alfino, Caputo and Wynyard, 1998 など)。  もちろん、このようなやや観念論的な批判 への反論も存在し、たとえば文化人類学者 の Watson(1997)の研究では、マクドナルド のグローバル化プロセスの実態は画一化を 推し進めるものではなく、むしろ多様な現地 化の積み重ねであることが明らかになって いる。また、Beck(1997)も「文化理論を学 んだアングロサクソン系の観察者たちは、世 界の『マクドナルド化』と呼びうるものに別 れを告げた。グローバル化が文化の画一性を もたらすものではないという点では、みな意 見が一致している。」(訳書 p.111)と述べて いる。マクドナルドをグローバル化の象徴と して観念論的に批判する議論は、現在ではす でに収束していると見てよく、むしろグロー バルなファーストフードのローカル化の実 態や地域ごとの受容のあり方の方に関心が 向いていると見てよかろう(たとえば Keillor and Fields,1996, Ram,2004 など)。その意味 でも、外食グローバル化のより正確でより詳 細な実態分析が求められているといえる。  2 つ目は、消費者行動研究の視点からの 分析である。これは、外食企業が多くの国 境を越えたことで、各国で生じている消費 者反応の異なりを検討したもので、当初は 比較文化論的な視点からものが多かったが (Gilbert et al.,2004, Anderson and He,1998,

Lee and Ulgado,1997 など)、外食グローバ ル化の浸透に伴い、各地におけるより具体的 な分析が進みつつある。たとえば、Gilbert et al.(2004)はグローバルな展開を行ってい る外食チェーン 5 社に対する 4 地域(ジャマ イカ、スコットランド、ウェールズ、米国) の消費者満足度を比較調査している。さら に、各進出先での米国系外食チェーンの消 費者評価に関する分析も行われてきており、 Mohammad, Baker and Kandampully(2005) はオーストラリアのケースを、そして Anand (2011)はインドのケースを分析している。

また、中国の消費者に対するファーストフー ド店のクーポンの効果を測定した Laroche, Kalamas and Huang(2005)の論考もある。こ れらの分析からは市場ごとの消費者選好の 違いが見えてくるが、それはすなわち外食企 業がグローバル化していく(多くの市場で受 容されていく)ための条件を暗示していると いえよう。  3 つ目は、国際フランチャイジング研究の 視点からの分析である。この領域では、米国 のフランチャイズ業全体を対象とした Alon (1999)や米国のファーストフード全体を対 象とした Ni and Alon(2010)のような仮説検 証型の計量分析がみられるが、個別企業の 分析は遅れてきた。近年ではステーキハウ ス・チェーンを取り上げた Alon(2010)やコー ヒー・チェーンを取り上げた Alon, Alpeza and Erceg(2012)のように、個別チェーンに 焦点をあてたケース分析も見られるものの、 それらは当該企業の皮相的な概要紹介にと どまっている。したがって、この領域では各 企業の国際フランチャイジングの実態解明 が課題となっている。ただし、外食チェーン の海外進出の成否に大きく影響する契約や パートナー選択の問題を扱う研究は散見さ れる。たとえば、Kalnins(2005)はマスター・ フランチャイジング契約のあり方を分析し ており、また Vaishnav and Altinay(2009) はインドにおけるパートナー選択プロセス

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を分析している。

 以上 3 つの視点のほかには、ファースト フードのグローバル化を労働の視点から分 析したものもある(Royle,T.,2000, Royle and Towers,2002 など)。  このような英語圏での研究を見ると、筆者 (川端 2010)がすでに指摘したように、個別 企業が現地でどのようなオペレーションを 展開しているのかという、より具体的な実態 分析に踏み込んだものがほとんど存在しな いことが分かる。換言すれば、従来の研究か らは、外食チェーンがグローバル化していく 現実のプロセスやメカニズムが見えてこな いのである。すなわち、市場参入の際には何 が重要となり、また参入後にはどのような ファクターが成長の要因や障害となるのか、 といった具体的な疑問に対する答えは、英語 圏での研究からはほとんど見出せないので ある。 (2)日本における研究  日本の外食チェーンの海外進出は先述の ごとく 1970 年代中盤から始まるが、個別 チェーンの現状紹介的な報道や雑誌記事は 多数みられるものの、アカデミックな視点 からの分析はまだ緒に就いたばかりであり、 その成果も限られたものにとどまっている (たとえば川端 2002、2008a、2008b、2009、 2010、佐藤 2007 など)。この背景には、日 系外食チェーンが海外で多店舗展開し、それ なりの成果を挙げるようになったのが近年 (せいぜい 2000 年以降)のことであり、それ までは数店程度を出店しただけで撤退して しまうケースがほとんどで、分析対象となり 得るような存在ではなかったということが ある。  一方で、日本食自体が海外に拡散していく 現象については、戦後の早い時期から注目さ れてきた。とはいえ、この現象が新聞や商業 雑誌での報道ベースではなく、学問的に分 析されたのは文化人類学者の石毛ら(1985) による研究が最初といえよう。石毛らは、 米国西海岸(ロサンゼルス)での日本食の普 及と受容の実態をアンケート調査により詳 細に分析した。そこでのテーマは、「なぜア メリカ人が日本料理を食べ出したか」であ り、それを経済要因で説明するのではなく文 化の問題として検討している(石毛ら 1985、 p.21)。換言すれば、そこでのテーマは文化 人類学における「食文化の伝播と受容」の 問題であり、「なぜ」そして「どのようにし て」日本食が海外の人々に伝播し受容されて いったのかを解明しようとするものであっ た。その後は食の現地化(localization)現象も 注目されるようになったが、それも食文化論 的または社会学的な視点からのものであっ た(たとえば荒川 2000, 呉・合田 2001、河合 2006、浜本・園田 2007 など)。  これらの日本食研究で取り上げられる海 外の日本料理店は、個人経営(多くは日本人 以外の経営)のものが多く、一部に日系や地 元資本の日本食チェーン店が含まれること もあるが、チェーン店であるか否かの違いは それらの論考の中では特に意識されていな い。むしろ、そこでは提供されている料理内 容(メニューや味)に関心が集中してきたの である。  さて、日本の外食チェーンの海外進出現 象は、1980 年代から新聞や雑誌で折に触れ て取り上げられてきた。その内容をみると、 海外に進出する理由を述べた部分では、ま ずは海外進出に対する経営者の強い意思(信 念)が示され4、それと共に進出先の市場環 境の変化に基づく市場性の拡大が述べられ るパターンが一般的である。市場環境の変化 とは、所得増大、ライフスタイルの変化、中

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間層の増大、日本食ブームなどである。近年 では、日本食や日本食品がマンガなどと共に 「クールな日本文化」として紹介されること も多く、外食チェーンもその延長で日本の文 化製品のひとつとして認識される傾向もあ る(たとえば豊島 2012)。  海外で展開する個別の日系外食チェーン を取り上げたビジネス雑誌の記事では、メ ニューや味あるいは価格や店舗スタイルの 現地化(食文化や市場特性への適応)の巧拙 が成否の鍵となっていることを指摘するも のも少なくない(秋山 1998、面澤 1998、田 中 2007 など)。そこには、日本の食文化を どのように海外の市場(消費者)に受容させ るかという問題意識が見え隠れする。いわ ば、外食チェーンの市場参入の成否が、暗黙 裏に食文化論の延長上に位置づけられてき たといえるのである。また、多くの記事では、 日本食の海外伝播と日系外食チェーンの海 外進出が区別されずに渾然一体化して議論 されている傾向も見られるのである。  とはいえ、外食チェーンの海外進出が深化 する(経験の蓄積が進む)につれて、近年では 少数ながら海外でのチェーン・マネジメント が成立する条件を意識したものも出始めて いる。たとえば、本格的な国際化を遂げた味 千ラーメンの社長がその経験を綴った重光 (2010)では、標準化と適応化のバランスや パートナーとの強い信頼関係が海外進出に おいて重要となることが語られている。ま た、コンサルタントの徳谷・寺村(2012)で は冷静な市場選択やパートナー選択、コスト 構造を踏まえた業態設計の重要性などが指 摘されている。さらに神山(2012)では、上 海での実態分析に基づく日系外食チェーン の評価がなされ、そのマネジメント上の課題 が指摘されている。これらは実務的な考察で はあるが、今後の分析視点を暗示している。 (3)外食グローバル化を捉える視点  改めて指摘するまでもなく、日本食自体が グローバル化していく(多くの海外地域に伝 播し受容されていく)ダイナミズムと、外食 チェーンがグローバル化していく(多くの海 外地域に出店し利益を上げていく)ダイナミ ズムとは、本質的にまったく異なるものであ る。前者が主に受容する側の文化的な要因や 社会経済的な要因と密接に関係するのに対 して、後者は受容する側のみならず、外食 チェーンという主体の側のマネジメントに 絡む要因とも密接に関係しているからであ る。  つまり、いくら日本食が受容されている市 場であっても、その市場で外食チェーンのマ ネジメントが成立するかどうかは、まったく 別の問題なのである。個人経営の単独店舗を 出店する場合ならいざしらず、食文化をはじ めとする市場環境に依存するだけでは多店 舗展開を前提とするチェーン・システムを構 築することはできないことは自明と言えよ う。その意味では、外食チェーンの海外進出 については、文化論的な視点や、進出先市場 の社会経済環境の変化といった視点から一 歩進めて、チェーン・マネジメントの視点か らの分析が進められるべきだと言える。  しかし、これまでの限られた外食国際化の 分析や研究では、このチェーン・マネジメン トの視点が欠落していた(もしくは極めて弱 かった)と言って過言ではない。ここでいう チェーン・マネジメントの視点とは、具体 的には以下の 2 つの視点をさす。1 つは、外 食チェーンが海外進出を行う際の基本的な しくみである「国際的なフランチャイズ・シ ステム」をどう構築するのかという視点であ る。2 つ目は、海外進出後に現地でチェーン 展開を実現するための「オペレーション・シ ステム」5をどう構築するのかという視点で

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ある。オペレーション・システムとは、ここ では食材調達・加工・配送システム、出店シ ステム、人材育成システムなどのチェーン展 開によって利益を上げるための基盤となる システムをさす(Ⅲ章.Ⅳ章.で詳述)。  前者については、筆者は外食に限らずコ ンビニや専門店も含めたチェーン企業の国 際フランチャイジングをマクロな視点から 捉えた検討をすでに済ませているため(川端 2010)、本研究では後者の現地でのオペレー ション・システム構築問題に焦点をあてて、 外食グローバル化のダイナミズムを検討し たい。 Ⅲ. 外食グローバル化分析の基本フレーム  外食企業の海外進出を捉えるにあたって は、図 1 で示すように、従来は(A)進出主体 の戦略と、(B)それを受容する現地市場の環 境特性(食文化特性)、の 2 つのファクター で捉える傾向が強かった。つまり、海外進出 については、まず一方に経営者の海外市場に 対する期待や戦略的意図があり、他方に海外 市場における所得向上や中間層の拡大ある いは日本食ブームの高まり、さらには文化的 な特性といった市場環境特性があり、その両 者をどう摺り合わせるのかが進出の要諦と されてきた。  また、海外市場での成長(成功)の要因につ いても、海外パートナーの戦略的な選択やそ れとの戦略的提携関係、参入形態の選択など と共に、海外市場における中間層の増大や日 本食への関心の高まりなどの市場環境要因 が挙げられ、日本のメニューや味を消費者に 受容させる(気に入ってもらう)ためにどの ような工夫がなされたのか、つまりメニュー や味において何を適応化させ何を標準化し たのかが注目されることも多い。このような フレームでの捉え方は、基本的には文化人類 学が行ってきた食文化(食の受容)論的な考 察や、社会学における途上国の中間層分析の 延長上にあるものといえよう。問題は、そこ に流通論的な視角やチェーン・マネジメント の視点が欠如していることである。

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 確かに、個人経営の店舗を 1 ∼ 2 店舗出 店するだけであれば、その 2 つのファクター からの説明でも十分かも知れない。しかし、 チェーン展開をめざすとなれば話がまった く異なるのであり、現地での多店舗展開が可 能なオペレーション・システムを構築するこ とが可能かどうかが、進出の成否を分けると 考えられる。たとえば、いくら日本と同じメ ニューや味を提供しようとしても、同等の食 材をどこからどのように安定的に調達し、ど こで保管し、どこで加工・調理し、どこから どのようにして各店舗に配送するのか、と いったシステムが構築できない限りそのメ ニューは提供できない。また、チェーン店 として多店舗展開を行って成長していくた めには、適切な物件をスピーディーに探索・ 確保・開発していく仕組み(システム)が必要 となろう。さらには、多くの店舗を維持・運 営・管理していく人材の養成システムも不可 欠となる。これらのファクターは、図1の従 来のフレームではほとんど考慮されてこな かったものである。  以上のことから、外食グローバル化のダイ ナミズムを考えるフレームとしては(A)主体 の戦略と、(B)現地市場の環境特性だけでは なく、第 3 のファクターとして(C)オペレー ション・システムの構築ということを考慮 することが重要となろう。すなわち、外食 チェーンのグローバル化は、図 2 に示すご とく(A)(B)(C)の 3 つのファクターの相互 作用の結果として進展すると考えられるの である。これが、外食グローバル化のダイナ ミズムといえよう。したがって、今後はこの 3 要素の関係性を基本フレームとして、個別 外食チェーンの国際化行動の特性や課題を 検討していくことが必要となろう。

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 以下では、このフレームで示された(A)(B) (C)3 つのファクターについて説明していき たい。 (A)主体の戦略  主体の戦略には市場参入時のものと参入 後のものとがあるが、このフレームでは参 入時の戦略がより重要となる。具体的には、 まずは自社のコア・コンピタンスの確定(競 争優位メニューやサービス・ノウハウなど)、 進出先市場の選択、市場参入形態(独資、合 弁、FC)の選択、現地パートナーの選択、投 資・資金調達手法の選択、業態や店舗フォー マットの選択、1 号店の立地選定、メニュー の選択と価格の設定などである。これらはす べて参入前に日本の本社が決定するのが一 般的であるが、この意思決定が参入後の業績 を大きく左右することになるため、それがど のように決定されるのかが重要な研究課題 となろう。  外食チェーンにおいては、国際フランチャ イジングでの進出が選択されるケースも多 いため、フランチャイズ契約のあり方や、契 約の相手である現地パートナーの選択が市 場参入後のチェーン運営の成否や企業成長 に大きな影響を与えている。たとえば、味千 ラーメン(重光産業(株))の中国大陸全土で の急成長や、吉野家((株)吉野家インターナ ショナル)の華北エリアでの急成長は、共に 香港パートナーの手腕に依存している典型 的なケースといってよかろう。もちろん、ビ アードパパ((株 ) 麦の穂)の中国事業のよう に、逆に現地パートナーとの関係が破綻する ケースもみられる6  一般に、現地パートナーは日本本部の戦略 を現地で代行するエージェント(代理人)と して捉えられてきた(エージェンシー理論) が、筆者の調査や実態分析(川端 2010)によ ると、パートナーは現地でのオペレーショ ン・システムの構築において重要な役割(日 本側が有しないノウハウを提供する役割)を 果たしており、図 2 に示したグローバル化 のダイナミズムの要を左右する存在である ことが多い。その点では、パートナーは単な るエージェント(代理人)以上の存在となっ ている。それゆえ、外食企業がどのような視 点から現地パートナーを選択し、その後、現 地パートナーとどのような条件でどのよう な契約を結んでいるのかを検討することが 重要な課題となろう。 (B)市場環境特性  これまでの研究で重視されてきたように、 現地市場の食文化特性が外食チェーンのグ ローバル化に与える影響は小さくない。実 際、同じ外食チェーンでも市場ごとに売れる メニューに大きな差が見られたり、メニュー や業態によって市場が限定されたりする例 もある。  たとえば、吉野家はアメリカ合衆国におい ても日本と同様に牛丼をはじめとする米飯 メニューを提供しているが、来店客を見る と、米飯食の習慣(食文化)を有した東アジア (中・韓・日)系住民やヒスパニック系住民の 来店客が 6 割以上を占めており、白人比率 は低いのが実態である。したがって、現状で はアジア系とヒスパニックが多いカリフォ ルニア州から事業を拡大できないという実 態がある7。また、市場(国・地域)によって 売れ筋メニューに大きな差が生じているこ とは、味千ラーメン(重光産業(株))やモス バーガー(株式会社モスフードサービス)、大 戸屋ごはん処((株)大戸屋)、元気寿司(元気 寿司(株))などにおける筆者のヒヤリング調 査でも確認されている。このような現状を見 ると、食文化が現地での経営に与える影響の

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大きさの一端が伺えよう。  とはいえ、メニューや味は食文化への適応 化のための調整が容易であるし、実際、進出 先固有のメニューや味を提供している外食 は非常に多い。たとえば、吉野家ではアメリ カでは日本よりも牛丼の赤身の割合を増や しており、さらにチキン丼や牛肉とチキンの コンボ丼を開発している(川端 2009)。また、 中国ではトンポー(豚角煮)丼やサーモン丼 を開発するなどして、日本の標準メニューを 修正している。サイドメニューも、アメリカ ではロール寿司を、シンガポールでは紅葉ま んじゅうを販売するなど柔軟な対応をとっ ている。モスバーガーも、台湾ではバーガー のパテ(肉)の大きさを日本より大きくする などの修正を行い、地域ごとの特別メニュー も開発して市場の嗜好への対応をとってい る(いずれも筆者の現地調査による)。  このように、進出先の市場環境特性(食文 化)に対しては、各社は柔軟に対応しており、 食文化の影響は市場参入の成否自体を左右 する決定的な要因とはなっていない。むし ろ、市場参入の成否により大きな影響を与え ているのは、次に述べるオペレーション・シ ステムの方なのである。 (C)現地のオペレーション・システム  この基本フレーム(図 2)でとりわけ重要と なるのが、このファクターである。この(C) 現地でのオペレーション・システムは、①食 材調達・加工・配送、②店舗開発、③人材育 成の 3 つのサブシステムから成ると考えら れる。 ①食材調達・加工・配送システム   外 食 チ ェ ー ン で は、 同 じ 品 質 の 同 じ メ ニューをすべての店舗で安定的に提供する ことが基本となる。したがって、基本食材を 安定的に調達し、衛生的に加工し保管して、 効率的に各店舗に配送するシステム、つまり サプライチェーンをいかに構築するかが課 題となる。  まず食材調達については、食材生産者(農 畜水産関係者)、食品卸売(輸出入)業者など の現地の外部業者の存在が鍵を握っている が、調味料系食材など機密性の高いレシピを 有するものについては日本本部から直接輸 入するチェーンが多い。  食材の加工には、洗浄やカット、解凍と いった下ごしらえから、煮込みや焼きといっ た調理まで多様なものがある。いずれにし ろ、各店舗では行わない事前加工をさすが、 この作業を衛生的にかつ効率的に行える場 所を確保することは、途上国においては非常 に難しい。したがって、どのような工程をど こまで集中化(セントラルキッチン化)し、ま たどのような工程を各店舗で行うのかとい う問題も、日本とは異なる視点から検討する 必要がある。また、そのような加工済み食材 を各店舗に効率的かつ安定的に配送する物 流システムを、物流インフラが整っていない 現地でどのように構築するのか、ということ もチェーン展開を考える場合には重要な課 題となっている。 ②店舗開発システム  これは、多店舗展開の仕組みづくりの中 で、最も基本的なものといえよう。中でも店 舗立地は、集客力を左右するだけでなく、現 地での当該チェーンのブランド構築とも密 接に関わっている問題である。また、出店後 の家賃変動は、収益を左右する重要な課題で もある。  さらに、外食チェーンの店舗開発では、立 地と共に店舗デザイン(インテリア)や店内 レイアウトも重要となっている。たとえば、

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海外の吉野家では、当初は日本と同様にカウ ンターを店内中央に設置したが、顧客の評 判が良くなく集客に貢献しなかったことか ら、マクドナルドなどと同様のウォークアッ プ方式8に転換した。これは 1979 年にアメ リカのカリフォルニア州の店舗で始まった が、以後はウォークアップ方式の店舗がアジ アも含めた海外の吉野家の標準となり、現在 に至っている。この変更によって、吉野家 は集客不足から脱したとされる(川端 2010、 p.220、pp.222 ∼ 223)。このケースのように、 店舗開発では出店だけでなく店内レイアウ トの問題も重要となっている。 ③人材育成システム  日本の外食チェーンの優位性の一つに、優 れた衛生管理と高度な接客サービスがある。 これらが実現できるかどうかは、人材育成シ ステムの善し悪しと表裏一体を成している。 この人材育成の中で最も大きな課題となっ ていることは、店長候補者の育成難の問題で ある。言うまでもなく、多店舗展開をめざす 外食チェーンにとっては、店長を如何に効率 よく育成するのかが、企業成長の大きな鍵と なる。しかし、一般にアジアではジョブホッ ピング率が高く、時間を掛けて人材育成を行 うこと、特に店長候補クラスの人材育成が阻 まれる傾向にある。何より、それが多店舗展 開を困難にしている。したがって、定着率を 上昇させるための工夫が課題となるといえ よう。  また、シンガポール市場などでは人手不 足・人材不足が常態化しており、店舗スタッ フを外国人労働者に依存せざるを得ない状 況もある。したがって、外国人労働者も含め た人材育成のシステムを如何に構築するか が、現地での成長や成長スピードに大きな影 響を与えることとなる。 【補足】  なお、外食企業の海外進出問題と小売業の 海外進出問題との相違について補足をして おきたい。外食企業が小売業と異なる点は、 いうまでもなく食の製造機能を内包してい る点にあるといえる9。すなわち、(C)の中 の食材の調達・加工・配送システムを現地(店 舗展開地域)で構築する必要を有すること が、小売業の国際化との大きな相違点となっ ている(Ⅳ章で詳述)。もちろん、アパレル専 門店などの製版一体型小売業も同様の製造 機能を内包してはいるが、アパレルなどの場 合は必ずしも店舗展開地域内で製造・加工を 行う必要のない点が外食とは異なっている。 具体的には、ユニクロのように製造拠点を中 国に集中させた状態で欧米に多店舗展開が 可能となる点が、外食チェーンとは基本的に 異なるのである。 Ⅳ. 現地でのオペレーション・システム構 築の実態  繰り返すまでもなく、図 2 のフレームの 中で要となるのが、現地での「オペレーショ ン・システム構築」(Ⅲ章(C)①②③で説明) である。しかし、この構築の実態については、 これまでほとんど明らかになってこなかっ た。そこで、本章では筆者による日系外食企 業へのヒヤリング調査に基づいて、実際にこ のシステムがどのように構築され、そこにど のような問題や困難が存在するのかを見て いきたい。  なお本章では、主に吉野家、味千ラーメ ン、モスバーガーの 3 社の実態に触れつつ 記述を進めるが、本稿の考察のベースには 大戸屋、和民(WATAMI INTERNATIONAL CO., LTD、元気寿司、CoCo 壱番屋((株)壱 番屋)、ビアードパパなどの本社(海外事業部) と海外法人において 2005 年から断続的に進

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めてきたヒヤリング調査で得た知見があるこ とを断っておきたい。 (1) 食材調達・加工・配送システムの構築実態 〈「コア食材」の調達〉  外食チェーンにとっては、看板メニュー の柱となる食材(米、麺、肉、魚、野菜など) とその味の決め手となる調味料系食材(調味 料、スープ、タレ、ソースなど)が極めて重 要となることは言うまでもなかろう。このよ うな食材を「コア食材」と本稿では呼んでお きたい。具体的には、ラーメン・チェーンだ と麺とスープが、ハンバーガー・チェーンだ とバンズ(外側のパン)とそれに挟むパティ 類そして各種のソース類が、牛丼チェーンだ と牛肉と具材を煮込むタレがそれにあたる。  外食チェーンが海外進出を行う場合は、看 板メニューの味や食感をどのように標準化 するのかが課題となる。たとえば、味千ラー メンは、半乾燥麺(1 ヶ月半の日持ち)とスー プと「千味油」と呼ばれるオリジナル調味料 を日本から各市場に輸出して標準化するこ とを基本として国際化を進めてきた。また、 モスバーガーも味の決め手となるハンバー ガー用のソース類、マヨネーズ、マスタード などについては基本的に日本から各国に輸 出してきた。吉野家は牛丼の味と食感を世界 標準化するために、海外でも国内と同様にア メリカ産の牛肉でバラ肉の一種の「ショート プレート」と呼ばれる部位を使用し、食感を 日本と同じにするために世界標準化された スライサーを使って同じ薄さにスライスし ている。そして、世界標準化された味のタレ を日本から輸出してその肉を煮込むことを 海外戦略の基本としてきた。  このようなコア食材の中で、特に味の決め 手となる調味料系の食材については、その レシピの機密をいかに守るかが外食企業に とっては大きな課題となる。したがって、そ れらの調味料系食材は日本で生産して、海 外に供給されるケースが多く見られる。しか し、日本からの輸入は、関税や輸送費を要す るため調達コストが高くなり、提供メニュー の価格競争力や利益率の低下を招く要因と もなる。また、2011 年 3 月に起きた福島原 発事故の際のように、日本からの食品輸入規 制が多くの国で行われると、店舗運営ができ なくなる(メニューの提供が滞る)という大 きなリスクも孕んでいる。  このような状況を受けて、日系外食チェー ン各社は、日本にコア食材を依存する体制の 見直しに取り組んでいる。とくに、海外市場 で一定の店舗規模を展開している企業は、看 板メニューの味の標準化(統一、安定)を保ち つつ、現地生産化によるコストダウンと輸入 規制に伴うリスクを低下させることが課題 となってきている。  実例を見てみると、味千ラーメンでは、中 国での事業拡大に合わせて、日本人が厳格に 管理する麺の工場を 1996 年に深センで、スー プの工場を 2006 年に上海でそれぞれ稼働さ せ、日本からは味の決め手となる調味料の 「千味油」のみを輸出するかたちに変えてい る。麺の現地生産化はタイ(2002 年)やアメ リカ(2006 年)でも行われている(川端 2010、 重光 2010)。  モスバーガーは先述のごとくハンバー ガー用のソースなどを日本から輸出してき たが、近年では台湾の国内向けに建設された 工場(1991 年設立)10からも海外に供給され るようになっている。ただし、レシピの機密 性を守るために、各種のソースのベースとな るソースミックスを出荷するかたちをとっ ている。また、従来は日本から輸出されてい たマヨネーズも、シンガポールや香港ではマ レーシアの日系企業からの調達に切り替え

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られている。  吉野家では牛丼のタレを日本から海外の 全出店地域に供給し味の標準化を保ってい たが、中国大陸で事業が拡大していくに伴 い、2007 年 2 月から中国(上海)での現地生 産に切り替えてコストを抑える戦略に転換 した。アメリカでも同様に現地生産化に転換 した。その生産委託先は、日本の吉野家本 部がタレの生産を委託している日本の食品 メーカーが中国に設けた工場であり、レシピ を秘匿にしたままタレ生産を現地化するこ とに成功している。  このように、現地化するにあたっては、味 の決め手となる調味料系のレシピの機密保 持が不可欠の要素となっており、それがゆえ に子会社や日系企業の現地会社などが委託 生産するケースが多く見られる。その点で は、日系の食品メーカーが現地に設けた工場 は、外食チェーンにとってインフラの役割を 果たしているといえ、それらが集積する地域 は、外食チェーンにとっても進出しやすい地 域となっている。たとえば、中国の広東省(と くに珠海・深圳エリア)には日系の食品メー カーの工場が多数立地し、広東省では保税区 の利用も可能なため、それに隣接した香港市 場は食材のサプライチェーンが構築しやす い市場となっている。 〈現地での食材調達と加工〉  前述のコア食材以外の食材は、基本的に現 地調達するチェーンが多い。その場合は、現 地の卸売業者や輸入業者の存在が鍵を握る こととなる。吉野家の場合は、米や野菜は現 地調達が基本である。たとえば牛丼に使われ るタマネギは長時間煮込んでも煮溶けず、ま た甘みの強い性質を持つものを日本本部が 現地で探し、それを安定的に供給する業者を 各地で確保している11。また、その加工につ いても、現地で適切に管理された加工場を確 保しているが、その衛生管理のチェックは日 本本社から担当者が出向いて(経費は本部負 担)、95 項目にのぼる厳格なチェックを行っ ている12 〈店舗への配送〉  これは、進出当初の店舗数が少ない段階で は、配送機能を有した加工業者や卸売業者を 選定するケースが多いが、店舗数が増大す ると香港や北京の吉野家や台湾のモスバー ガーのように自社(進出主体)で行うシステ ムを構築するケースも見られる。台湾の吉野 家の場合は、ほぼ同時に台湾に進出したファ ミリーマートの現地物流子会社(全台物流股 份有限公司)に配送を依託(チルド便の利用) してきている。ただし、上海ではファミリー マートの配送が交通規制の関係で夜間配送 となっており、吉野家の店舗の閉店後の時間 帯になるため共同物流は実現していない(筆 者ヒヤリングによる)。  とはいえ、このように日系のチェーン店同 士が物流システムを共同利用することは、今 後の新興市場での1つの有力な手法となろ う。 (2)店舗開発システムの構築実態  店舗開発システムの構築は、現実には最も 難しいものと言えよう。先述のごとく、店舗 開発システムには立地開発(店舗物件確保) のみならず、店舗デザイン(インテリア)や 店内レイアウトの開発などもある。このう ち、店舗デザインや店内レイアウトは、進出 当初こそ試行錯誤するものの、次第に市場ご とに独自のシステム化が進むケースが多く 見られる。味千ラーメンの中国での店舗デザ イン・店内レイアウトは日本のものとかなり 異なっているが中国内での標準化が進んで

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いる。また、吉野家も先述のように日本のよ うなカウンターが一切ないウォークアップ 方式のレイアウトを世界的に標準化してい る。  ただし、店舗の立地開発はシステム化がほ とんど進んでいない。立地開発は物件情報の 獲得から始まるが、そもそも日系の外食企業 には、条件の良い物件情報が入ってこないこ とが多く、特に中国大陸ではそれが顕著であ る。したがって、物件情報収集や家主との家 賃交渉などは現地人スタッフに完全に任せ てしまうチェーンが多く見られる。これは、 筆者のこれまでの調査に照らすと日系コン ビニなどと同じであり、この問題が小売にお いても外食においても、共通した問題となっ ていることが伺える。  筆者のヒヤリング調査においては、東アジ アでも東南アジアでも、この店舗開発を効率 的にシステム化できている日系外食チェー ンは存在しなかった。基本的に店舗開発は 物件ごとの個別性が強いため、日本人スタッ フから見ると、その選定プロセスはブラッ クボックス的な存在であるともされる。し かし、チェーンの認知度が上昇するにつれ、 また営業の実績が上がるにつれて、多くの物 件情報が持ち込まれるようになり、家賃交渉 も比較的楽になってくる傾向があるため、市 場参入からの年数が長いチェーンほどルー チンワーク化され安定的に店舗を増大させ ていく傾向がみられた。ただし、現地パート ナー企業が店舗開発の十分なノウハウを有 している場合は、比較的スムーズに店舗開発 が進むケースもあり、そのようなパートナー の確保も課題となっている。  また、ヒヤリングでは、家賃が高くても一 等地に出店して、認知度を早く上げること が重要だという意見が各市場でしばしば聞 かれた。とくに、1 号店をどのような場所に 立地させるのかが、その後のブランド構築や 競争力に大きな影響を与えるとの指摘も多 かった。この点においても、小売国際化との 共通性が高いといえよう13  ところで、1 号店の物件については、日系 の大型店(百貨店・スーパー)や海外のディベ ロッパーからの出店要請によるものも増え ている。これは、アジアの日本食ブームによ り、日系外食店を積極的に誘致したい商業 ディベロッパーが増えていることによる。タ イ、シンガポール、香港では日本の有名ラー メン店ばかりを集めた集積施設(「らーめん チャンピオン(ズ)」)も見られるほどである。 この傾向は、海外からの誘致により進出先市 場の選択が大きな影響を受けることを暗示 しているが、この点も小売国際化と共通して いる。すなわち、日本の専門店が海外のディ ベロッパーや日系大型店からテナントとし て誘致を受けるかたちで進出してきた歴史 と重なるのである。  なお、店舗開発にはもう 1 つの問題もあ ることが判明した。それは、配送を卸売業者 に依頼している場合は、卸売業者の配送エリ アに限界が生じることがあるため、出店エリ アが制約を受けることである(タイ大戸屋の ケースなど)。その意味では、配送システム と店舗開発システムとは相互に影響し合う 面もあるといえよう。 (3)人材育成システムの構築実態  このシステムが店舗拡大のスピードを左 右することは既に述べたが、現実には効率的 な人材育成システムを構築できている日系 外食チェーンは見られなかった。その理由 は、ジョブホッピングの高さや、外食業界で の人手不足である。  転職率は市場によって異なるが、香港の日 系外食企業の場合は 1 年間にフルタイム従

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業員の 4 分の 1 が、パートタイム従業員の 半数が入れ替わるともされる。とくに店鋪要 員として雇用された新入社員の定着率が悪 いことは、アジアの各市場で共通した傾向で あった。台湾のモスバーガーでは新入社員の 半分程度が1年以内に辞めていくとされる。 一方、同社では事務スタッフや入社 2 ∼ 3 年以降の社員の定着率は比較的良いとされ る。  店長になるまでのステップ(時間)は、市場 によっても企業によっても異なる。モスバー ガーの場合だと、基本的に外食業界に人材が 集まりにくい香港、シンガポールでは、比較 的短期間で店長を任せないと店舗拡大がで きないことから、日本では 5 ∼ 6 年は要す るところを、サポートを付けて1年未満で店 長代理にするケースもあるとされる。対して 比較的長い時間をかけて養成するのは大戸 屋であり、タイでは 3 ヶ月間の仮採用期間を 経た後に正社員、そしてアシスタントマネー ジャーとなり、店長を務めることが可能なマ ネージャーになるには 3 ∼ 4 年を要してい る。これは、大戸屋が各店舗での多様な調理 を必要とする(セントラルキッチンを持たな い経営方針の)ため、店長の管理業務が多岐 にわたるからだと推測できる。  このようなことから、ジョブホッピング率 が高い海外市場では、いかに店長候補人材を 効率よく育てるのかが課題となっている。短 期間で養成するためには、店頭のノウハウを 極力単純化させるなどの工夫も必要となろ う。  なお、人材育成システム以前の問題とし て、必要な人手が確保できず、外国人労働者 に依存せざるを得ない市場としてはシンガ ポールが挙げられる。シンガポールでは地元 の人が外食の店頭での仕事には就かないた め(オフィス業務には従事)、フィリピン人や マレーシア人が雇用されている。とくにフィ リピン人は英語ができるため、シンガポール では大戸屋も和民も従業員全体の 6 割をフィ リピン人が占めている(マレーシア人は 1 ∼ 2 割程度)。ただし、外国人労働者の雇用は、 政府の政策の影響を受けるのみならず、ビザ の期間も 1 ∼ 2 年と短いため、中長期的な 人材育成や人事配置の障害となっている。  (4)日本でのシステム構築実態との相違  以上の実態分析から、海外におけるオペ レーション・システムが日本とどのように異 なるのかを確認しておきたい。本章で紹介し た味千ラーメン、モスバーガー、吉野家の 3 社を見る限りでは、食材調達・加工・配送シ ステムについては、どのチェーン店も日本と ほぼ同水準のシステム構築を行っているこ とが確認できた。主要メニューの提供は外食 産業の基本であることから、これは当然のこ とといえよう。  ただし、食材の調達・加工・配送に関わる 取引先・委託先は、日系企業のみならず現地 企業も多く、取引先・委託先の変更も臨機応 変になされている(柔軟な現地化がなされて いる)。食材調達については、当初は日本か らの輸入に依存する部分が多く、次第に現地 化が進められていくのが一般的である。これ は、国際フランチャイジングで進出する場合 も同様で、立ち上げ時に、日本人が現地の調 達システムの基盤を構築してから現地パー トナーに引き継ぐケースが多く見られた。な お、このシステムにおいて最も構築が難しい 部分は、配送システムである。これは、現地 の物流インフラや交通環境に依存するもの であり、日本との乖離が大きな部分だからで ある。店舗規模が小さな段階では大きな問題 とはならないが、店舗数の増大・展開地域 の拡大と共に成長を左右するファクターと

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なっていく。  また、日本のシステムと異なる点は、看板 メニューの味の決め手となる調味料系食材 を、レシピの機密保守(競争優位性)の観点か ら、日本からの輸入に依存していることであ る。このことは、海外の食材調達システムが、 関税や輸送費といったコストや輸入規制の リスクを含むシステムであることを意味し ている。その意味では、このシステムは本質 的に日本国内のシステムをそのまま移転(標 準化)できるようなものではなく、現地の日 本人担当者の手作り感(時々の判断)の強い システムとなっている14  一方、店舗開発システムや人材育成システ ムについては、海外での構築は進んでいない ことも明らかとなった。国内ではこの 2 つ のシステムも、食材調達・加工・配送システ ム同様に構築されており、3 つのシステムが 有機的に結合して、多店舗展開を可能にして いる。海外で店舗開発システムや人材育成シ ステムの構築を阻害している要因(物件情報 の入手困難性やジョブホッピング率の高さ など)はすでに述べたが、それらは筆者によ る外食各社の日本本社へのインタビューに おいても、自力での克服が難しい環境要因で あると認識されていた。したがって、そのシ ステム構築には現地パートナーの力(資金力 と情報力、ノウハウ)が鍵になると見られて いる。  その意味で、次章ではシステム構築と現地 パートナーとの関係を見ておきたい。 Ⅴ. オペレーション・システム構築の課題 (1)システム構築と現地パートナー  繰り返すまでもなく、これまで見てきた食 材調達・加工・配送、店舗開発、人材育成と いったオペレーション・システムの構築を、 自力で 1 から海外で構築することは非常に 困難が伴い時間もかかる。そこで注目される のが、現地パートナーの存在である。パート ナーが食品メーカーの場合なら、食材の一部 を内製化できるであろうし、調達・加工・配 送に関する既存施設やノウハウも利用でき るであろう。また、パートナーが不動産業な ら店舗物件の開発が容易となるかも知れな い。さらに、他の外食チェーンをすでに運営 している企業であるなら、そのノウハウや施 設をそのまま利用できる可能性が高くなる。  たとえば、吉野家の場合は、現地パート ナーと国際フランチャイジング契約を結ぶ かたちで進出をすることが多いが、それはこ のようなオペレーション・システム構築に要 するコストをある程度回避する目的がある。 そのため、すでに現地で外食チェーンを展開 している企業や、食品製造企業など食ビジネ スの経験を有するパートナーを選択するこ とを原則としている。  しかし、実態を見ると、企業としては食ビ ジネスの経験はあっても、吉野家事業の担当 者として選ばれた人物に外食ビジネスの経 験が無い場合は、オペレーション・システム がうまく構築できず撤退に至るケースも見 られる15。したがって、パートナー選択の際 には、パートナー企業がどのような人物を担 当者として選任するかという問題にまで踏 み込んだ交渉が必要となろう。  この点で注目されるのが、大戸屋の手法で ある。大戸屋は 2005 年に子会社(共同出資) でタイに進出したが、店舗数が 30 店舗を超 えて現地市場でのブランド確立を果たした 2011 年 7 月に、現地の大手流通企業・セン トラル社に現地法人を売却(株式譲渡)し、そ ことの FC 契約に切り替えた。同社は、当 初からそのような戦略の下に進出したとさ れるが、オペレーションを現地のセントラ ル社が行うことで、とりわけ日本人では困

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難であった出店や人材育成などがスムーズ に行えるようになったとされる。なお同社 は、2012 年 10 月に 15 店舗まで拡大してい た同社の台湾事業を現地のファミリーマー ト社に売却し、FC 契約に切り替えている。 1988 年に台湾に進出したファミリーマート は、2012 年 9 月末で 2,832 店舗に達してお り、台湾での多店舗展開のノウハウを十分に 蓄積していることから、これもタイと同様の 効果を狙ったものと考えられる。  このように、自社でブランド構築を行っ た上で、現地企業に売却してその企業をパー トナー化し(FC 契約を結び)、現地でのオペ レーション・システムの構築を任せるという 手法も、グローバル化のための有力な手段と いえよう。 (2) システム構築と市場参入モード(主体の 戦略)  最後に、オペレーション・システムの構 築をスムーズに行うという観点から、図 2 の(A)主体の戦略、とりわけ市場参入モード を検討してみたい。市場参入モードについ ては、従来の市場参入戦略論では、投資リ スクをベースに子会社か、合弁か、フラン チャイジングかといった各モードのメリッ ト・ディメリットが議論されてきた(たとえ ば Root1987、1994)。また、国際フランチャ イジング研究でも、フランチャイジングとい うモードでの参入のメリット・ディメリット が論じられてきており、川端(2010)がそれ らを整理している。それによると、子会社で の参入は投資リスクが高くはなるが、反面ブ ランド管理が行いやすいというメリットが ある。一方でフランチャイジングでの参入で は、契約相手に全面的に任せることとなるた め、投資リスクこそ低いもののブランド管理 が難しくなり、そのモニタリング(監視)コス トが嵩むという問題が生じる。その中間型で ある合弁での参入は、出資比率に応じて投資 リスクを分担でき、また日本側が実質的な管 理責任者も出せるため、ブランド管理もやり やすくなる。ただし、出資比率が低いと日本 側の意思決定権が低下して様々な点で支障 を生じるリスクも高まるため、マジョリティ を取ることが重要となろう。  では、外食のオペレーション・システムの 構築という視点から捉えるなら、それぞれの 参入モードはどのようなメリット・ディメ リットがあろうか。  まず、子会社での参入は、食材調達・店舗 開発・人材育成といったすべてのシステム構 築を自前で行う必要があるため、情報の少な い海外市場では時間とエネルギー、そしてコ ストがかかると考えられる。ただ、外食に とって重要となる商品(メニュー)管理や店 舗の衛生管理、接客サービスの管理などはや りやすくなるため、そのモニタリングのコス トは低減できよう。  次に、フランチャイジングでの参入は、オ ペレーション・システム構築のための負担は なくなるが、パートナーの力量(投資力を含 む)に委ねる部分が多くなるため、成長が遅 れるリスクも生じ、またモニタリングコスト も嵩むと考えられる。  合弁での参入は、その中間型であり、日本 側のノウハウやブランド管理力を発揮しつ つ、合弁先の投資力やネットワークを利用し て、食材調達や店舗開発、人材育成などのシ ステム構築することができると考えられる。 したがって、合弁先の選択が適切であれば、 効率的な運営が可能となろう。  以上のことから、一般論としては、参入 モードは自社のシステム構築力とパート ナーのシステム構築力(投資力含む)を見極 めつつ、そのバランスで選択(判断)される必

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要があるといえよう。すなわち、自社の構築 力が非常に高ければ子会社で、自社が主導し つつもパートナーのサポートが必要なら合 弁で、パートナーのシステム構築力が非常に 高ければ(信頼できるなら)フランチャイジ ングで参入が行われるべきだといえる。  しかし、より現実的な立場で考えるなら、 前述のように店舗開発や人材育成のシステ ムを現地パートナーと共に構築するのが理 想と言える。その意味では、国際フランチャ イジングか合弁が、外食グローバル化に向け ての参入モードとしてより適切だといえよ う。ただし、その場合はパートナーの選定(評 価)基準やパートナーにブランド管理を依存 することへのリスクヘッジが重要となろう し、とくにフランチャイジングの場合は契約 の内容が重要となろう。いずれにしろ、パー トナーとの関係構築が、外食グローバル化を めざす主体にとっての最大の戦略課題とい える。 Ⅵ. まとめと今後の研究課題  本稿では、これまで食文化論的な視点から の分析が多かった外食チェーンのグローバ ル化現象を、流通論におけるチェーン・マネ ジメントの視点から捉え直すことを試みた。 とりわけ、海外でチェーン・マネジメントを 実現するための、オペレーション・システム の構築に焦点を当てて、より現実的な分析枠 組みを提示して、アジアでのシステム構築の 実態とその課題を分析した。  その結果、以下の 5 点が明らかになった。 ① これまで重視されてきた進出先市場の食 文化への適応については、味やメニュー を柔軟に調整して適応(克服)している企 業が多く見られることから、市場参入の 絶対的な障壁にはなっていない。 ② 外食チェーンの海外進出の成否は、食文 化への適応の成否よりも、現地でのオペ レーション・システム構築の成否がより 重要な意味を持っている。また、そのシ ステムは食材調達・加工・配送システム、 店舗開発システム、人材育成システムの 3 つから成る。 ③ 海外での実態を見ると、食材調達・加工・ 配送システムの構築には成功しているが、 店舗開発システムと人材育成システムは、 日本との環境要因の違いの大きさから構 築が出来ておらず、それが進出先での成 長を阻害する要因となっている。 ④ 店舗開発システムや人材育成システムの 構築には、現地パートナーの存在が鍵を 握る。すなわち、この 2 つのシステムは 自力で構築するよりも、店舗開発力(資金 力と物件情報力、賃貸交渉力)を有する現 地パートナーや、現地人材の特性を理解 してその育成ノウハウを有する現地パー トナーを活用することが重要となる。 ⑤ その意味では、現地パートナーとの合弁 や国際フランチャイジング(FC)が有力な 参入モードとなるが、それに際しては現 地パートナーの選定(評価)手法や、パー トナーにブランド管理を任せることへの リスクヘッジが課題となる。  最後に今後の研究課題を述べておきたい。 今後の研究では、基本的には図2で示したフ レームを基にした実態分析を一層深化させ ることが望まれる。また、本稿では検討でき なかったが、海外でのオペレーション・シス テムを構築するに当たっては、さまざまな 外部協力者の存在が重要となる。すなわち、 海外でのパートナー(日本人含む)、食品メー カー(日系、現地系)、輸入・卸売業者・商社(日 系、現地系)、金融機関などである。すなわ ち、外食グローバル化のダイナミズムを解明

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