問題と目的 本研究の目的は,産業組織心理学の分野において, オフィスワーカーのルーティンワーク認知が労働意欲 と幸福感にどのように関わり,どのような要因が関係 するのかについて,明らかにすることである。ルーテ ィンワークの概念については,定型認識業務(Autor, Levy and Murnane,2003),repetitive work(Cox, 1985), 単調作業(藤野・石井・下田,2007),質的側面とし ての決まりきったワーク(上林,2009)などが考えら れる。本研究におけるルーティンワークとは「質的, 時間的に,個人が単調であると認知する仕事」と定義 する。 情報機器の発達による職場コミュニケーションのあ り方の変化について,桑田・田尾(2011)は,その業務 が単調化・細分化してきたことにふれ,負の効果として, 内発的動機づけの機会を奪いモチベーション低下につな がる技能アイデンティティの喪失,職場の他者と直接会 って話す機会が減り社会観に負の影響を及ぼす職場集団 の変化,中間管理者機能の更なる強化を求めるマネジメ ントの細密化の三つを指摘している。 これら負の効果は,情報機器の利用が職務を遂行す る上で欠かせない事務職就業者についても,少なから ず影響を及ぼしていると考えられる。渡邊(2003)は, 生産ラインに従事する者は,コミュニケーションをと る機会が制約され,孤立,職場の人間関係の希薄さ, 上司からの支援や情報の欠如,不公平な評価の要因と なりうることを指摘している。本研究では,研究が十 分ではないオフィスワーカーを対象に,ルーティンワ ーク認知と労働意欲,幸福感の関係を検討する。本研 究は,ルーティンワーク従事者がより良い職業生活を 送る一助となりうる。 研究 1 研究 1 では,オフィスワーカーの労働意欲は具体的に どのような要因に阻害されているのかを,先行研究の実 証的データから,先行研究にもとづき導いた仮説を明ら かにする。 仮説 1 ルーティンワーク認知度合の高い就業者は,職 場での評価と人間関係に不満を感じているだろう。 方法 就業者の労働意欲について,職種からどのような傾向 が見られるかを判断するために,独立行政法人労働政策 研究・研修機構(JILPT)が 2007 年に実施した,「従業員 意識と人材マネジメント調査」の個票を用い,二次分析 を行った。本データの事務職を,本研究でのオフィスワ ーカーと見なした。 使用分析データは,総数 7,349 名(男性 4,903 名, 女性 2,435 名,無回答 11 名),その内事務職は 2963 名であった。平均年齢 38.7 歳(SD = 10.3)であった。 分析ソフトは SPSS 22.0 を使用した。 分析 1 問 12 の「仕事を通じて得られる満足感が低下 していると思うことがありますか」に対して「そう思う」 と答えた回答者を対象にし,仕事の満足感低下理由につ いて,その理由を7つの選択肢「労働時間短縮が進まな いから」「仕事を通じて自分が成長できると思えないか ら」などから当てはまるものを選ぶ問 12 附問のデータを 用い,職種を分類項目としてコレスポンデンス分析を行 った。 分析 2 問 14「3 年前と現在を比べて,あなたの仕事 に対する意欲はどのように変化しましたか」について 「どちらかといえば低くなっている」「低くなってい る」と答えた回答者を対象に,その理由を「仕事の裁 量性が低いから」「仕事の達成感がないから」など 21 項目からいくつでも選択する問 14 附問を用い,労働意 欲の低下理由について,職種を分類項目としてコレス ポンデンス分析を行った。 結果 結果 1 問 12 附問について,賃金不満は仕事を通じ て得られる満足度低下の理由として,全職種に共通し て高い割合を占めていた。得られた行プロファイルを Table 1 に,布置図を Figure 1 に示す。なお,イナー シャの寄与率は Figure 1 の 2 次元で 85.8%であり,元 のデータの 9 割近くを説明できることを示している。 事務職に関しては,特に「成長できない」,「社会に役立 てない」,「個性の発揮ができない」といった,自己の成 長や社会的貢献を実感しにくい点に満足感低下の理由が あることが認められた。
ルーティンワーク従事者の労働意欲と幸福感に関する組織心理学的研究
キーワード:職務意義の認知,人的支援認知,人間関係満足,達成感,自己成長 行動システム専攻 有吉 美恵Figure 1 附問 12 結果布置図 結果 2 問 14 の設問について,得られた布置図を Figure 2 に示す。イナーシャの寄与率は 65.4%であ った。事務職は,仕事に対する意欲低下の理由に「評 価納得性のなさ」「能力開発機会の乏しさ」「仕事を 通じ学べるものが少ない」「職場コミュニケーション 非円滑さ」「仕事達成感の感じられなさ」などを挙げ る割合が,他の職種に比べて高く見られた。 これらの結果より,仮説 1 が支持された。 考察 また,職場のコミュニケーションの悪さを満足度や労 働意欲の低下の理由として挙げていることから,その職 務を行う上で職場の他者とのやり取りがスムーズではな いことが伺え,渡邊(2003)の指摘と一致する。今回の 二次分析においては,ルーティンワーク認知度合につい ての質問がなく,関係性は明らかになっていない。今後 は就業者のルーティンワーク認知度合を尋ね,労働意欲 と,今回検討されなかった幸福感との関係を検討する。 研究 2 ルーティンワーク認知度合を計測する尺度を作成し, 質問項目に取り入れた質問紙調査を行った。独立変数 としてルーティンワーク認知度合,従属変数として職 務満足度,労働意欲,幸福感について,心理的尺度を Figure 2 附問 14 結果布置図 用い計測した。影響すると考えられる変数に性別,勤 続年数などの他,人的支援認知,職務意義の認知,仕 事の満足感についても計測した。各変数の概念と,仮 説について下に述べる。 労働意欲 個人に行動を起こさせる個人内の力,ある いは行動の準備状態(古川,2010)。 仮説 2 ルーティンワーク認知度合の高い就業者は,他 者からの支援がより労働意欲に働きかけるだろう 職務意義の認知 その職務を行うことで,個人が感じ 取る自己成長など,職務に対して見出す意義。 仮説 3 ルーティンワーク認知度合が高い就業者におい て,職務意義の認知は低く,労働意欲とネガティブな関 係にあるだろう 職務将来性の認知 就業者が現在携わっている職務 を行うことで,自分の仕事に将来的展望を認知すること。 仮説 4 ルーティンワーク認知度合の高さは労働意欲 に対してネガティブな関係にあるが,職務将来性を認 知することでポジティブな関係へとなるだろう 人的支援認知 従業員の貢献を組織がどの程度評価 しているのか,従業員の幸福に対して組織がどの程度 配慮しているのかに関して,従業員が抱く信念。
(Eisenberger, Huntington, Hutchison, & Sowa, 1986)。 仮説 5 ルーティンワーク認知度合の高さは,職場の他 者からの支援認知と,職務意義の認知とにネガティブ Table 1 問 12 附問職種ごとの行プロファイル
な関係を有するだろう 幸福感 主観的な「人の善いあり方」と,主観的な「幸 福感という心象形成」の両面が複雑に組み合わさってで きるもの(高田,2013)。 仮説 6 ルーティンワーク認知度合の高さは,人的支援 認知と幸福感とにネガティブな関係を示すだろう 仮説 7 ルーティンワーク認知度合が高い場合は,職務 意義の認知が低く,幸福感とネガティブな関係を示す だろう
仕事の満足感 Deci and Ryan(2008)によると,自律 性欲求,適正欲求,関係性欲求の三つの基本的欲求の 充足は幸福感を助長するという。 仮説 8 ルーティンワーク認知度合の高い就業者は,職 場の人間関係に満足している状態において,幸福感が ポジティブであるだろう Deci ら(2008)は,自律的動機づけ(autonomous motivation)と幸福感の関係について,この自律的動 機づけは,心的幸福感を高めるとしている。 仮説 9 ルーティンワーク認知度合の高さは,労働意欲 とネガティブな関係があり,幸福感にもネガティブな影 響を及ぼすだろう 三隅(1987)は,日本人は仕事上のやりがいと自己充 足に関連する側面を重要視すると指摘している。 仮説 10 経済的報酬は,労働意欲と幸福感を高める第一 の要因ではないだろう 方法 調査対象 1 大学法人,9 企業で働くオフィスワーカ ーが対象であった。261 名の回答のうち,有効回答 252 名分を分析対象とした。 調査期間 2014 年 11~12 月の約 2 ヶ月間であった。 調査方法 質問紙の回収方法はインターネット経由 での回答,もしくは質問紙に記入してもらい後日回収 する方法で行った。使用尺度は,下記通りである。 ルーティンワーク認知度合い 仕事の単調度につい て, 7 項目からなるオリジナル項目を作成し用いた。 職務意義の認知 江口・戸梶の開発した労働価値観測 定尺度短縮版(2009)を用い,「現在の仕事を行う上で期 待できること」について尋ねた。 職務将来性の認知 矢崎・金井(2005)による,キャ リア・パースペクティブ尺度より「見通しの連続性」「継 続の見通し」の 2 変数を使用した。 労働意欲 堀江・犬塚・井川(2009)内発的モチベ ーション尺度を用いた。 仕事の満足感 職場にてどのような要因に満足して いるかを計測するために,職場環境,職務内容,給与に 関する満足感測定尺度(安達,1998)を用いた。 幸福感 伊藤・相良・池田・川浦(2003)による主観 的幸福感尺度簡易版を使用した。 結果 男性 129 名,女性 122 名,無回答 1 名であり,年齢平 均は 38.05 歳(SD = 8.69)であった。 因子分析 オリジナル尺度であるルーティンワーク 尺度(例 私の毎日の仕事は単調である)について,最 尤法による因子分析を行った。1 項目の因子負荷量が.35 よりも低く除外し,6 項目 1 因子尺度となった(Table 2)。 Table 2 ルーティンワーク認知度合項目の因子分析結果 項目番号 項目 因子負荷量 q5 一日の中で,単調作業をしている割合が高い .82 q7 一ヶ月を通して,変化のない仕事をしている .80 q1 私の毎日の仕事は単調である .77 q6R 一日の中で,変化のある内容の仕事をする割合が高い .70 q2 職場で取り組む課題は,常に安定している .57 q3 私がやらなくてはならない仕事の範囲が,はっきりしている .41 寄与 2.89 寄与率(%) 42.13 α係数 .84 既存尺度を使用した項目については,項目分析を行 った。分析結果を下に示す(Table 3)。 Table 3 使用尺度の項目分析結果 因子名 項目数 項目例 信頼性(α) 人的支援認知 6項目 職場の人は私の幸せを気にかけてく れる .90 内発的モチベーション 5項目 仕事はおもしろく今後も続けていき たい .76 ―職務意義認知― 同僚への貢献 3項目 同僚の役に立てる .91 社会的評価 3項目 人から注目され,ほめられる .88 社会への貢献 3項目 顧客(仕事相手)のために働ける .85 自己の成長 3項目 自分自身,成長できる .85 達成感 3項目 自分の持っている力を出し切れる .84 経済的報酬 3項目 充分な賃金を得られる .81 所属組織への貢献 3項目 所属する組織に自分を捧げられる .81 ―職務将来性認知― 見通しの連続性 4項目 今していることは,将来の役に立つ .85 継続の見通し 4項目 仕事が合わなくても,経験のため続 ける .71 ―仕事の満足感― 人間関係 10項目 職場の人間関係はよい .87 職務内容 8項目 今の仕事は私に適している .85 給与 4項目 給与は私の年齢,地位にふさわしい .82 職場環境 8項目 会社は福利厚生に努力している .78 ―幸福感― 自信 3項目 今の調子でやっていけば,起こりうる事にも対応できる自信がある .89 満足感(幸) 3項目 人生が面白いと思う .88 達成感(幸) 3項目 期待通りの生活水準、地位を手に入 れた .77 至福感 3項目 周りの環境と一体化して,欠かせな い一部だという所属感を感じる .70 失望感(逆転) 3項目 自分の人生には意味がない .65 以下,主な結果について述べる。
労働意欲について Baron & Kenny (1986) の媒介分 析の手順に従って,本研究で想定した職務意義認知の 媒介効果の検討を行った。結果をまとめたものを
Figure 3 に示す。 媒介効果の有意性を検討するため Sobel test を実施 した (Sobel, 1982)結果,社会への貢献(Z = - 2.00 , p = .005),自己の成長(Z = -2.21, p = .003),達 成感(Z = -2.64 , p = . 001)は,それぞれ有意な Figure 3 ルーティンワーク認知度合と労働意を 媒介する変数の影響 媒介効果を示した。これらの結果より,仮説 3,仮説 10 が支持された。 幸福感について 幸福感について,階層的重回帰分析 と,交互作用項が有意な結果に関し単純傾斜検定を行っ た。得られた結果に基づき,関係図を示す(Figure 4)。 Figure 4 ルーティンワーク認知度合と幸福感の関係を 調整する変数の概念図 仮説 8 について,人間関係満足低群(-1SD)の場合に は,ルーティンワーク認知度合は幸福達成感要因を低 下させる効果を持っていた(β = -.22, p = .016)。 この結果によると,人間関係係満足と,達成感(幸) の裏の意味について支持された。至福感と,ルーティ ンワーク認知度合,人間関係満足はどのように関係す るのかについて検討した。職場の人間関係満足高群 (+1SD)の場合には,ルーティンワーク認知度合は至福 感を向上させる効果を持っていた(β = .24, p = .031)。 この結果により,仮説 8 は支持された。 考察 自己の成長認知は,労働意欲を高め,関係する要因 は就業年月であり,性別による違いが明らかとなった。 また,ルーティンワーク認知度合が高い就業者は,社 会的評価認知が高い場合には,職務内容に満足感を得 られることも明らかとなった。 人間関係への満足が低い場合に,ルーティンワーク 認知度合の高い場合は,幸福感の達成感要因を低下さ せることが明らかになった。さらに,ルーティンワー ク認知度合の高い就業者について,達成感(幸)認知 に関し,職場の他者との関わりが一つの要因であるこ とも示された。 さらに幸福感については,職場の人間関係に満足し ている状態は,ルーティンワーク認知度合の高い就業 者にとって,至福感を生み出す。このことは,高田 (2013)が述べるところの,幸福感を高める要因の一 つ,集団や個人との関係性を考えることと一致する。 総合考察 研究 1 より,事務職は,職務に関する力量を高める 機会が少ないこと,それが評価納得性の低さにつなが っていることがうかがわれる。さらに,職場でのコミ ュニケーションが円滑でなく,人間関係の悪さが労働 意欲低下の理由としてあることから,職場の他者との やり取りに関して,支障を感じていることが考えられ, 桑田ら(2011),渡邊(2003)らの指摘と一致する。 研究 2 より,ルーティンワーク認知度合が高い場合, 今後起こりうる出来事や困難な状況にも適切に対処 できる自信が高いのは,労働意欲が低い場合であるこ とから,事務職のようなオフィスワーカーの場合, 日々のルーティン的業務を正確にこなすことが重要 であり,新しいことへの挑戦など,エネルギーがみな ぎる労働意欲に依らず,単調ながらも丁寧に,正確に 仕事を仕上げる労働意欲によって,自信につながって いる事が考えられる。 今後さらに,ルーティンワーク認知を考慮した新た な労働意欲尺度の作成や,実験室実験による検討,企 業組織での介入実験とそれに伴う質問紙調査を行うこ となどが望まれる。 主要引用文献 古川久敬(2010). 第 4 章 意識化することの促進効 果 モチベーションと学習能力 人的資源マネジメ ント―「意識化」による組織能力の向上 白桃書房 pp.69-101.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2008). Facilitating optimal motivation and psychological well-being across life's domains. Canadian
Psychology/Psychologie canadienne, 49(1), 14. *