都
市
に
お
け
る
檀
徒
総
代
の
階
層
と
宗
教
意
識
に
つ
い
て
疋
田
精
俊
都市にお け る檀徒 総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田)序
仏教
宗 団 は 共 通 の信
仰
形
態
に よ っ て 結合
さ れ た も の で あ る故
に 機 能 的集
団 と い い る 。即
ち 宗 団 は社
会集
団
の 分類
概
念 か ら み る と、 基 礎集
団 に 対 す る 派 生 集 団 で あ り 、8
日 ヨ ロ 巳q
に 対 す る 霧8
。聾
δ 昌 に 相 当 す る も の で あ る 事 は 周 知 の 通 り で あ る 。従
っ て 宗 団 を統
一 し 維 持存
続
さ せ る 為 に は 、 構 成員
の 宗 教 的 な 目 的 要 求 を満
足 さ せ な け れ ば な ら な い し、逆
に そ の機
能
を 失 う 事 は そ の 宗 団 の解
体
を 余儀
な く さ れ る わ け で あ る 。 現実
態 と し て の宗
団 は単
一 形態
で な く、 寺院
本
末 関係
、 寺檀
関 係 或 は 講 な ど が 絡 み合
っ て複
合
形態
を 成 ゆ、極
め て複
雑 な 構 造 を も っ た 一社
会集
団 で あ る 。寺
檀
関 係 よ り 考 え て み る な ら ば 、 宗 団 は檀
家 を 底 辺 と し て構
成 さ れ て い る 。 こ れ は 檀 徒 の信
仰 心有
無 に 関係
な く 、 た だ先
祖
代 々 か ら 一 定 の 檀 那 寺 に 所 属 し て い る と い う 理由
で、 そ の 宗団
の
構
成員
に 規 定 さ れ て し ま う 。 こ れ を 所 謂伝
統 的構
成 員 と呼
ぶ な ら ぱ 、斯
様
な 集団
形態
は 一 種 の自
然
発
生 的集
団 と い え る だ ろ う 。 然 し 宗団
は 独自
の教
義
、儀
礼 を 信奉
す る 人 達 の集
り で あ り 、 成 文化
さ れ た 宗 制 に則
し て 所属
す る構
成 員 の集
団 行 動 を 規定
し 、 機 能 的 に 統 一 を 計 っ て い る 。 そ れ 故 に 寺 檀関
係
に お け る 構成
員 は 一方
で は 伝統
的 構成
員
で あ る と 同 時 に 、他
方
で は 同 一信
仰
構 成 員 で も あ る 。 斯様
な檀
徒 達 は 、 一 定 の檀
那 寺 に 所 属 す る者
で あ る と い う共
属意
議
を 持 っ て相
互的
接
触 を 行 い 、 そ の 包 括的
延 長 と し て 宗 団 統 一 が な さ れ る 。 一 19 一NII-Electronic Library Service 智 山学恨第 十 七輯 と こ ろ で 甞
院
に は 必 ず 檀徒
総
代 と 称 す る 役員
が い る 。 通常
彼
等 は 檀 那 寺 に 所 属 す る 金 檀儒
徒 を 代 表 し て 住職
の補
佐 役 と な り 、寺
院
運営
の 円 滑 な ら し め る 事 を役
割
と し て い る 。従
っ て檀
徒総
代
は 全檀
儒
徒
か ら 人 望 を集
め た者
で な け れ ば な ら な い 事 は 云 う 迄 も な い 。斯
様
な 檀徒
総
代 が 果 し て ど の 様 な 階 層 で あ り、 又宗
教
意 識 を持
っ て い る か 、 そ の片
鱗
を考
察
し て み よ う と す る の が こ の 研 究 の 目 的 で あ る 。従
っ て 客観
的 に 究 明 す る為
に実
態 調 査 を 試 み た 。 . 扁 の 揚合
宗 派 所 属 を 異 に す る よ り も 同 一 宗派
に 所 属 す る檀
徒
総 代 に 限 定 し た 方 が容
易
で あ る し 、 理解
し易
い様
に 思 わ れ る 。 そ こ で今
回 は真
言 宗某
派 を 取 り あ げ て み る 事 に し た 。 調 査 地域
は 埼 玉県
及 び多
摩地
帯
に隣
接 し 、都
内北
西 部 の外
郭
に 位 置 し て い る 足 立 ・ 北 ・ 板 橋 ・ 練 馬 ・ 杉 並 の 五 区 で あ っ て 、 こ の 地域
に 散在
せ る同
派 所 属 寺院
三 一 ケ 寺 の檀
徒 総 代 九 四 人 に つ い て 調 査 し た 。 そ の 信頼
性 を確
保 す る 為 に学
生 を 個 別 訪 門 さ せ て の 面接
方 法 を 用 い た 。 結 果 的 に は 可 能 実数
は 七〇
人 、 不 能数
二 四 人 で あ っ た 。 不能
理由
と し て は 被 調 査 者 の 心 理 的 抵抗
に よ る 拒 否 、 長期
旅 行 又 は 選 挙 応 援 ( 六 月 中 旬 の 参 議員
選 挙 で ) に よ る 不在
、病
気
中等
が 挙 げ ら れ て い る 。斯
様
に こ れ丈
の 調 査結
果 を 以 て都
内某
派 所属
( = 二 四 ケ 寺 ) の 全 檀 徒 総代
の階
層 と宗
教
意
識
を 論 ず る 事 は 聊 か危
険 で あ る が 、 然 し 右 の 如 く 都内
の 外郭
に 位 置 す る 部 分 的 地 域 に お け る 檀徒
総
代 の 傾向
は 、 一 様 知 る事
が 出 来 る と 思 う 。 一20
一N工工一Electronlc Llbrary Servlce
一
檀
徒
総
代
の階
層
と縫
会
的
地
位
檀
徒
総 代 ( 以 下総
代 と 略 す ) た る 資 格 に つ い て は 法律
上明
治 十 四 年 七 月 内 務省
達 と し て 発 し ら れ て い る が 、 そ れ は 訓 示 的 な も の で あ り そ の後
の 宗 教 法 人 法 に お い て も 、 そ の 寺 院 の 檀 信 徒 た る を 要 す る 以 外 に 何 等 の 制 限 を見
る事
は 出 来 な い 。総
代
の 性 別 を 調 べ る と、従
来 よ り社
会 的慣
習
と し て檀
信徒
中 よ り 選 出 さ れ る 以 上 、相
応 の 財 産 を有
し衆
望 の帰
す る者
と い う 面 が 強 調 さ れ て 、 非 戸 主 、 未成
年
者
或 は 婦女
子 が 選 出 さ れ る 事 は 殆 ん ど な か っ た 様 で あ る 。都市に お ける檀徒 総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田)
1
冖2
図 総代
の学 歴 別
1
一1
図
総
代
の年 令
45.7 4530
29 .7
40 2525
.7
24.725
21.4
20 2015
14
,3
15一 12.8 10 108
.6
5
.7
5
55 .7 7 .1 0 % 学 未 就 学 小 学 りニゴ1
ニ il’1「1
知 校 大 大 学 .別 も % 代 30 4050607080 実数 0 432 15710 人 実 数 461820175 人 そ れ故
に 本 調 査 で も 調 査 対象
七 〇 人中
六 九 人 が 戸 主 且 つ男
性 で あ り 、女
性 は わ ず か 一 人 で あ っ た 。被
調
査者
の年
令 構 成 を み る と 一1
「 図 の如
く で あ っ た 。 即 ち 六 〇代
が 二 八 ・ 七%
で 最 も多
く 、 次 い で 五 〇 代 と 七 〇代
が殆
ん ど 同 数 で 続 い て い る が 、残
り の 各年
代
層 は 可 成 り 少 な い数
字
を 表 示 し て い る 。斯
様 に総
代
は 一 般 檀信
徒
中
か ら特
に衆
望
あ る 者 と い う 点 か ら考
え て も 、 人 生 に お い て 或 る程
度
経 験豊
富
で 且 つ 円 熟 せ る 年令
に 到達
し た 老 人 層 が 非常
に多
い 。 こ れ を更
に時
代 別 す る と 、 昭 和 生 れ が僅
か 七 ・ 一%
( 五 人 ) 、大
正 生 れ が 二 七 ・ 二 % ( 一 九 人 ) 、 明治
生 れ は 六 五 。 七%
( 四 六 人 ) と な り 、 明治
生 れ の 圧倒
的 に多
い 事 が判
明 す る の で あ る 。総
代
の 学 歴 に つ い て は 一1
二図
の 如 く で あ っ た 。 こ れ に よ る と 中学
卒
が 一番
多
一21
一NII-Electronic Library Service 智山学報第十七輯 く 四 五 ・ 七
%
と 全 体 の 半数
近 く を占
め 、 続 い て高
校卒
・ 大 学卒
・ 短 大 卒 の順
で あ る が 、 全 体 的 に は 総 代 の学
歴 は や や 高 い と 云 い る か と 思 う 。 こ れ を年
令 別 に す る と 三〇
代
の 大 半 は 高 校 卒 に、 四 〇 代 は中
学
〜 高 校 卒 に、 五〇
代
は 一 八 人 中 八 人 も が 大 学 卒 、 六 〇 代 の 半数
が 中 学 卒 、 七 〇 代 は中
学 短 大 卒 に 、 そ し て 八 〇 代 は中
学 卒 に そ れ ぞ れ 集中
し て い た 。 次 に職
業 構成
に つ い て 検 討 し た の が 一−
三 図 で あ る 。 図 表 の 如 く 最 も 多 い の が 無 職 で 全 体 の 三 〇 % と や や 高 い 率 を 示 し て い る 。 こ の 揚 合 の 無 職 と は 、 す で に 家業
を 息 子 に継
が せ て 悠 々 自 適 の隠
居 的 身分
で あ る 事 を 意 味 し て い る 。 そ れ故
に 年令
は 比 較 的高
令 の 七 〇 才 前 後 で あ っ た 。次
に多
い の が 農 業 の 二〇
%
で あ っ た 。 会 社 ・ 公務
員 の 一 八 ・ 五 %、商
業
一 七 ・ 一 % も 可 成 り 多 い 。然
し そ の 他 の 職業
と合
せ て こ れ ら の 中 に は、 戦 後農
業
か ら 転 職 し た者
二 七寵
念
代
のP
,il£業 構 成
30 101
−3
図
18.5 17 .1 2 .81 .4ie
!
25 20 ワ 一 − 1 5 そ の 他 無 職 会 社 ・ 公 務 員 ガ r ヒ 7 聚 企 堵 経 営 業 商 業 農 業 リズ /ン
/
欝
/
217 人 131212 14 笑 数 ・ 二%
( 一 九 人 ) が含
ま れ て い る事
を 考 え た い 。 云 う 迄 も な く 東 京 は 人 口 増 大 に 伴 っ て 昭 和 七 年 十 月 に 「 市 域 拡 張 」 が 施 行 さ れ 、次
い で 同 十 八 年 「 都制
」実
施
に よ っ て大
都
会 の 様相
を 呈 す る に 至 っ た 。 そ し て今
日 で は 都 市社
会 学 上 、都
内
は 一 様市
街 地 的存
在
に あ る と 云 わ れ て い る 。 然 し実
際
的 に は こ の 職業
構 成 図 を み て も 判 る 通 り 、 調 査 地域
は未
だ 農 業 生産
の 可 能 な 郊外
地 的 存 在 に あ り ( 例 へ ば現
在
農
業 委 員会
の 存 続 し て い る 区 は 、 江戸
川 ・ 一22
一 N工工一Electronlc Llbrary都 市にお ける檀徒総代の階層と宗教意識 につ いて (疋田)
戦
前
の職 業 構 成
1
−4
図
60
60
55 20 18.5 15 10 7」 7 .1
5
‘’7亠
旦
農 農 公 商 企 そ9
θ 瑛 兼 務 業 聡 の 業 ■ ・ 他 会 経 杜 営 職 員 業 種 実数 425134 1 5 人 示 し て い る が 、 商 業 関係
は 少 な か っ た の で あ る 。斯
様
に 戦前
と 戦後
の 職 業 構成
を 比較
す る な ら ば、 心 で あ っ た の が 、 前 述 の如
く 戦後
の 農 地改
革 と あ ら ゆ る 面 で の都
会 化 に よ っ て 急激
に 減 少 し 、 企業
経
営業
・ サ ー ビ ス業
な ど都
市 的 職業
が 増 加 し て き た 事 が 判 る 。 さ れ て い る 。 そ れ は 地域
評
価
の 面 で も戦
前
の 半 農村
的
状態
か ら戦
後 急 激 に 大 都 会 化 地 域 へ と 大 き く 変 貌 し た 事 を 表 明 し て い る 。尚
附
け 加 へ る な ら ば 、戦
前
の農
業
四 七 人 に っ い て 調 べ る と 、 四 二 人 が 地 主兼
自 作 農 、 二 人 が 自 作 兼 小作
農
で あ り 残 り の 三 人 は 小 作 人 で あ っ た 。 そ こ で更
に 四 二 人 が実
際 ど れ 程 の農
地 を 所有
し て い た か 追 跡 調 査 を し て み る と 、 一−
五 図 の様
で あ っ た 。即
ち 一 町歩
以 下所
有
は 僅 か一. 一 . 二 % に す ぎ な い 。 そ し て大
多数
は 一 町歩
か ら 三 町 九 反 所有
の 問 に集
中
し て い た ( 六 七 . 七 % 三 三 人 ) の で あ る 。} 般 的 に
関
東
で は 一 町 歩 所有
を 中農
、 三 町 歩 以 上所
有 を 大農
と 足 立 ・ 葛飾
・ 北 ・板
橋
・ 練 馬 ・ 杉 並 ・ 中 野 ・世
田 谷 . 目 黒 の 十 区 ) 、 戦 後 の 急 激 な 人 口 増冖 助 、交
通 機 関 の発
達 、 工 場 誘 致 、 団 地 建 設、 宅 地 造 成、都
市
計 画 に よ る道
路 整 備 な ど に よ り、 近 年 に 至 っ て漸
く 半 農村
的 生 活 様 相 を脱
却
し て 、 都 会 化 し て き た現
状 が ま ざ ま ざ と窺
わ れ る の で あ る 。 そ れ で は 戦 前 の職
業 構成
は ど う で あ っ た の か と 云 う に 一−
四 図 が 示 す 如 く 、 農業
は実
に 六〇
%
を占
め 、 そ れ に 兼 業 農家
を 合 せ る と 六 七 ・ 一 % ( 四 七 人 ) の 圧倒
的 多 数 で あ っ た 。 公 務 、 会 社 員 は 現 在 と 同 数 を戦 前 迄 は 農 業 中
こ れ に 替[ っ て 商 業 ・
つ ま り
離
農
に よ る 職業
移
動 の 現 象 が は っ き り 示 一23
一NII-Electronic Library Service 智山学 報第 十七輯
1
−5
図
農
地所
有
22 14.3 不 明 10 町 以 上 8 〃 〜 RU ” Q ゾ μ 7 μ 〜 7 ” 9 ” 6 〃 56 κ 9 ” 5 ” 〜 5 ” 9 ” 4 〃 〜 4 〃 9 〃 3 ” 〜 3 ” 9 μ 314 2 〃 〜 2 〃 0 》 ” 1 町 ー 1 町 9 反 ”− 町 歩 以 下 3 盟 2
1
m
卜 % 農 地 坪 数 1人 2 O
0
2 2 16
10
17
1 実数 区 別 さ れ て い る 事 か ら し て 、経
済 状 態 は 全 体 的 に 裕 富 で あ っ た と 判 断 さ れ よ う 。 次 に総
代
が 現在
何代
目 の 当 主 で あ る か に つ い て 検 討 し た の が 一−
六 図 で あ る 。 一 代 目1
五代
目 が 一 番 多 く 三 五 ・ 七 % を 示 し、 当然
の 事 な が ら 当 主 代 数 の増
加 に つ れ て 人数
は 減 少 し て い る 。然
し 二 六 代 目 以 上 も続
い て い る 旧 家 も あ っ た 。 こ こ で特
に 一代
目i
五代
目 の 二 五 人 に つ い て分
析
す る と 、 一 代 目−
二 人 、 二 代 目−
二 人 、 三代
目 − 一 〇 人 、 四代
目 − 四 入 、 五 代 目−
七 人 と な っ て い た 。 親 子 三 代続
い て 同 一 地 域 に 住 め ば 土 地 ッ 子 に 入 れ ら れ る と 云 わ れ る が 、右
の 数 か ら 三代
目 以 上 は 六 亠 ハ 人 (九
四 ・ 三 % ) の 大 部 分 で あ る 。 そ し て 仮 に 当 主 一代
の 年数
を約
二 〇 年 と す る な ら ば、 図表
か ら 総代
職
を 任命
さ れ る 家 は 可成
り の 旧 家 ば か り で あ る と推
察 出 来 る 。総
代 に は 斯様
な 旧 家 出 身 が多
い と い う事
に 関 連 し て 、 更 に 「 あ な た の 家 は 地 元 で 所 謂 素 封 家 又 は 名 門 の 家 柄 だ と 思 い ま す か 」 と質
問 し て み た 。 そ 一24
一 N工工一Electronlc Llbrary都市にお け る檀徒総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田)
1
− 47 .17
図
1
一6
図
35
.7
45 3540
30 一 28 .7 37.1 3525
20
20
15 1514
.3
1010
10 5.7 55
4 .31
.4 0ズ 16111621 26 不 /o % ・譽 つ ,巴1、 わ わ か な ら い な 代 目55
〜10
15
}20
〜 ’ 1 以 明25
上 い 数 実数3326
11人 笑数 252074 1 310
の 回 答結
果 が 一−
七 図 で あ る 。 【般
的 に我
国
の農
村
社
会 に み ら れ る 様 な社
会
的 緊 張 は 旧来
ほ ど 強 く な い に し て も 、 本
家
分
家関
係 や 同族
関係
、 地 主 対 小作
人 関 係 な ど に よ っ て形
成
さ れ る 意 識 的 な 上 下関
係 は今
目 に お い て も見
ら れ る 。 こ の 地域
で は 図 表 の 様 に半
数
近 い 四 七 ・ 一 % の 被 調査
者
が 「 思 う 」 と自
己 意識
を 表 明 し て い た 。 こ れ は総
代
の 大部
分 が嘗
て の 農 村時
代 に 相当
な る 土 地 を 所有
し、 本 家 、名
主 或 は 庄 屋 的存
在 の 旧 家 で あ っ て、 当時
地域
社
会 で の 主 導 的 立 場 に あ っ た が故
に 、現
在 に お い て も 尚、 意識
的 に そ の威
厳
を 保 持 し よ う と し て い る 為 と 思 わ れ る 。 斯 様 な 意 識 面 を 考慮
に 入 れ て 「 地 元 で 名 誉職
と 称 す る役
務
を し た 事 が あ る か 、 又現
在 し て い る か 」 と の質
問 に 、 八 七 % ( 六 】 人 ) が 「 あ る 又 は し て い る 」 と 回答
を 寄 せ て い る 。 そ の 名誉
職
の内
容
と し て は 、 都 ・ 区 ・ 旧 町 会 各議
員 、 町 会 長 、 同顧
門
、 保 護 司、 民 生 委員
、 一25
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第十 七輯
1
−8
図 01
」
』
一 ⊥ユ
5L
尸6
上
6 5 43 16 −i2
神 社総
代
、PTA
会 長 、 同 顧門
、消
防
団 長 並 び に役
員
、 地 区 青 少 年 対 策 委員
長 、 選 挙 管 理 委 員 、防
犯協
会 長 及 び 役 員 な ど を挙
げ て い た 。 更 に こ れ ら 名誉
職 の 兼 職 を 調 べ る と、兼
職 数 の 増 加 に つ れ て 人数
の 減 少 す る の は 当然
で あ る が 、 一 人 で 五 職 持 っ て い る者
も い る 。 最 も多
い の が 名 誉職
一 で 、 そ の 九〇
%
は 町 会 長 で あ っ た 。 斯様
に 総 代 職 に あ る者
の 多 く は 、名
門 の 家 柄 出 身 で あ る 事 を 自負
し 且 つ意
. 識 す る と 共 に 、 地 域社
会 で の 公 的 な活
動
を そ れ な り に行
っ て い る事
が 判 る 。 一26
一N工工一Electronlc Llbrary Servlce
二
総
代
意
識
に つ い て ま ず被
調 査者
が総
代 の職
を 任 命 さ れ て か ら の 経験
年
数
が ど れ 位 か に つ い て 調 査 し た 結 果 が ニ ー 一 図 で あ る 。 こ れ に ょ る と経
験 年数
一 〜 一〇
年
迄 が 四 五 ・ 七 % ( 三 二 人 ) と最
も 多 い数
を 表 わ し て お り 、 次 い で 一 一 〜 二〇
年 迄 が 三 四 ・ 五 % ( 二 四 人 ) と 続 い て い る 。 即 ち戦
後 総 代職
を任
命 さ れ た者
は 五 九 人 ( 八 四 二 二 % ) と 全 体 の 過半
数
を 占 て お り、 こ れ に 対 し て終
戦前
か ら の 総 代 職 を 継 続 し て い る者
は 一 一 人 ( 一 五 ・ 七%
) で あ っ た 。総
代 職 は各
寺院
規 則 に ょ っ て年
限 は 冖様
規 定 さ れ て い る が 、 再 任 を 妨 げ な い 事 に な っ て い る の で、実
際
上余
程 の事
由 が な い限
り 、 一 旦任
命
さ れ る と終
身 的傾
向 が非
常 に強
い 。 そ れ 故 に前
述 の如
く 、 総代
の 圧 倒 的 に 老 人 層 が多
い と い う の も こ の 理 由 に都市における檀
徒
総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田)
よ る 面 が 相 当
大
き い と 云 え る だ ろう
。 従 数っ て 終
戦
前
か ら の総
代
が 存 在 す る 結 果 と 辮な る 。 こ れ 迄 に 総
代
を任
命
さ れ た 平 均 年 堀令 を み る と・ 全 体 で は 四 七 才 で
萱
戦 代 総前 で は 三 十 一 才 と い う 比 較 的
若
年
で あ っ 図た が 、 戦
後
は 平 均年
令
五 〇 才 と い う中
年
ユ ら 「肱
か ら 初 老 に か け て
各
々 任 命 さ れ て お り 、2
卿戦 前 と
覆
で は約
二 〇年
の 隔 り を 生 じ てい る 。 又
戦
前 以来
の 一 一 人 に つ い て そ の45
40
35
30
年
令
別 を み る と、 五〇
代 六 〇代
七 〇代
は各 々 三 人 ・ 八 〇
代
は 二 人 と な っ て い た 。総
代職
は前
述
の 様 に 比較
的伝
統 あ る有
力 旧 家 が多
く任
命
さ れ て い る が 、 同時
に 彼 等 に は他
の檀
徒 よ り身
分
階
層
的 な格
付 け に優
位
せ る考
え が 含 ま れ て い る 。 そ れ故
に 総代
職
は親
代
々 よ り 一 種 の 世 襲 的 性 格 を 以 て、 特定
檀
徒 だ け に継
承 さ れ る の が 当 然 で あ る と い っ た 傾向
が 可成
り 表 面化
さ れ て い る様
に 思 わ れ る の で あ る 。今
そ の 実状
を 明確
に す る為
に 、「
先
祖
で 総 代 又 は 世話
入 を さ れ た者
が い る か 」 と質
問 し て み る と、 ニー
二 図 の様
な 回 答 を 得 た 。 即 ち先
祖 で総
代 又 は世
話 人 を 「 し た 」 と 答 え た者
は 全体
で 八 七%
( 六 〇 人 ) と 予 想 通 り 過 半数
を 示 し て い る 。 そ し て 図表
の如
く 総代
だ け し た 者 七〇
%
( 四 二 人 ) 、 世 話 人 だ け 一 三 ・ 三 % ( 八 人 ) 、 総代
世話
人 共 に が 一 五 ・ 八 % ( 一〇
人 ) で あ っ た 。 斯様
に先
祖
か ら の財
産 相続
と 同 じ様
に、総
代
及 び 世 話 人職
も 又 或 る 程度
継 承 す る と い っ た 封 建遺
制
の 面 が多
分
に 見 ら れ る 。 10 5 .75
2.8 1.4 % 111213141 51 } 〜 〜 〜 l l 年 1020304050 60 数 実 数32
7 41 2 一27
一NII-Electronic Library Service 智山学 蹴第十 七輯
先
祖
の 15 15入2
−2
図
総 代
■世話
人 の 人数
総代た け _ 一一 世話 人だけ10
10
人 9人 5 3ノ丶 3 人 2入 2人 1人 1人 1人1
人1入
1人 1 2 3 4 5 8
10
わ 人 か 数 ら な 先 い 代 祖 人 世の 総代
・世話
人一共
に い た10
人 総 代(
刈
1
4
1
3
1
.1
2
1
4
3
世話 人(劫1
5
代々5
1
1
代々2
代 々4
そ こ で 総 代 職 の 世 襲 化 的 傾向
に つ い て被
調査
者 自 身 は ど の 様 な 意 見 を 抱 い て い る の で あ ろ う か 。 ニー
三 図 は そ の意
思 表 示 を し た 結 果 で あ る 。 こ れ に よ る と 「 継 が せ た い 」 と 明瞭
に 世襲
化 を 希 望 す る 意 見 の方
が 、 反 対 意 見 よ り も 倍 近 く多
い 事 が判
明 す る の で あ る 。 年令
別 に 比 較 す る と 、 三〇
、 四 〇代
に は 「 継 が せ た く な い 」 が 皆無
で 、 「 ど ち ら で も よ い が 」 過 半数
で あ っ た 。 五〇
代
は 「継
が せ た い 」 が や や 多 く 、 六 〇 ・ 七 〇 代 で は 三 意 見 が 平 均 し て多
い 。 八〇
代 は 「 継 が せ た い 」 が 少 な か っ た 。総
じ て 一28
一 N工工一Electronlc Llbrary都市に おける檀徒総代の階層と宗教意識につ い て (疋田) 反 対
意
見 は 比較
的
老 人 層 に多
い様
で あ る 。 又学
歴 別 で は 小 学 卒 と高
校卒
は 「継
が せ た く な い 」 が非
常 に 少 く 、 他 の こ意
見 に半
数
つ つ あ っ た 。中
学卒
は 「 継 が せ た く な い 」 が 比較
的多
い 。短
大 卒 は 「 ど ち ら で も よ い 」 が多
く 「 継 が せ た い 」 は少
な い 。 大 学卒
は そ の 反 対 と な っ て い た 。 そ こ で … ,継
が せ た い 」 の 希 望 理 由 に つ い て 分析
す る と、先
飆
か ら の受
け継
ぎ だ か ら1
一 四 人 ( 五 亠 ハ%
) 、墨
来
れ ば さ せ た い1
二 人 ( 八%
) 、檀
家 の支
持 が あ れ ば や ら せ た い1
三 入 ( = 一%
) 、 寺 の 為 に−
一 入 ( 四 % ) 、 子供
が仏
教
信仰
す る様
に − 二 人 ( 八%
) 、 子 供 の 将来
の 為 にー
三 人 ( 一 二 % ) が 挙 げ ら れ た 。 斯 様 に単
な る先
祖 か ら の 受 け継
ぎ 、即
ち世
襲 的 に守
っ て ゆ こ う と す る 理 由 が 圧倒
約 に 多 い の で あ る 。 こ れ に 対 し 「継
が せ た く な い 」 の 反対
理 由 と し て 、仕
事
の難
さ か らー
二 人 ( 一 六 % ) 、 子 供 に や る気
が な いi
三 人 ( 二 五%
) 、何
と な く1
二 人 ( 一 六%
) 、信
仰 は自
由
で あ る か ら1
三 入 ( 二 五%
) 、暇
が な い…
二 入 ( 一 六%
) な ど で あ っ た 。 郎 ち 世襲
化自
体
へ の 反 対 理 由 は 殆 ん ど無
く 、 他 の 理由
に よ る 反 対意
見
で あ っ た 。 右 の様
な現
状 を 顧 る 時、被
調 査者
が総
代
と 云 う も の を 実際
ど の様
に 理解
し て い る か 、 率直
に 意 見 を聴
く 必 要 が あ る 。 そ こ で次
の 四項
目 を 用 意 し て質
問 す る と 、 一 、他
檀
徒
よ り 特 に信
仰
心 あ る者
の代
表者
の 事−
五 人 ( 七 ・ 一%
) 二、飽
檀
徒
よ り 地域
社 会 で 特 に身
分
的 又 は家
柄 等 の 上 位 者 が な るi
二 入 ( 二 ・ 八 % ) 三、池
檀
徒
よ り 特 に経
済
上寺
を 守 る 為 に代
表 し 、 且 つ 住 職 を補
佐
す る 事ー
一 一 三 人 ( 三 二 。 八 % )2
−3
図
47
.1
40
35 、7 3020
17
。1
三〇 継 継 ど % が が ち せ せ ら た た で い く も な よ い い 実数251233
一29
一NII-Electronic Library Service 智 山学報 第十七輯 四、
他
檀
徒 を代
表
し て 寺 全 般 に 亘 り 住職
を 補佐
す る1
三 七 人 ( 五 二 ・ 八 % ) で あ っ た 。 即 ち総
代 は 第 一節
で 論 述 し た如
く、檀
信 徒 の代
表 者 で あ る 以 上 衆 望 の 帰 す る は 勿論
の 事、更
に 寺院
の 為 に経
済 的負
担 と斡
旋
の 労 を 他 檀 信 徒 よ り多
く 煩 わ さ れ る関
係 上、 相 応 の財
産 を 有 し な け れ ば な ら な い 。 そ れ と 同 時 に 重 要 な 事 は 、 斯様
な 総 代 と 住 職 と の 人 間関
係 で あ る 。 某 派 の 揚合
「 宗 教 法 人 法 」第
一 九条
に住
職
が 総代
を 選 任 す る と規
定 さ れ、 更 に 同 二 一条
に は 総代
の 職務
権
限 と し て 意 見 の あ る時
は 建 識 す る 事 も 出 来 る と あ る 通 り、 飽 く 迄 も住
職
の補
佐 役 に あ る 点 を 充分
認
識
し な け れ ば な ら な い の で あ る 。 そ う し た 意 味 で 回 答 結 果 の 様 に 大 多数
者
が 三 及 び 四 に集
中
し て い る 事 は 、 こ れ ら を 或 る 程 度 理解
し て い る か ら だ と 思 う 。N工工一Electronlc Llbrary Servlce
三
宗
派
へ の関
心度
各 寺 院 は・ 宗 政組
織
上 本 末 関係
を 結 び 宗 団 形成
に お け る核
的 存在
で あ る と 同 時 に 、 所 属 す る 宗団
の 教 義 信仰
を 檀信
徒 に 教 化 伝導
す る使
命 を 担 っ て い る 事 は 云 う 迄 も な い 。 本 山 は 所 属 宗 団 の信
仰 の 中 心 道 場 で あ る と 共 に、本
末 組織
の 秩 序 を 維 持 し 統 一 す る 拠 点 と な っ て い る 。 即 ち、 寺 檀 関係
と 本末
関
係 が体
制 化 さ れ、 密接
な る結
合
関 係 に あ っ て 始 め て 宗 団 が 形 成 さ れ る の で あ る 。 斯 様 な宗
団 の 底 辺 で あ る檀
徒 は 、 前 述 の 如 く 信仰
心 の有
無
に 拘 ら ず 伝 統 的構
成 員 と し て、或
い は 無 意識
の 中 に檀
那 寺 を 通 し て そ の 宗 団 に 帰 属 さ せ ら れ て い る 。今
こ の壇
徒
を 問 題 と し て い る 時、 元来
、檀
信 徒 の 教 化 伝 導 を 目的
と し て 存在
す る と こ ろ の 寺 院 及 び 宗団
の 根 本 的 意義
が 、 近 年 と か く 閑 却 さ れ勝
ち に な っ て い る 。 そ れ と い う の も宗
団 の 制度
的存
続
そ の も の を 重視
す る 面 が 強 く、 檀信
徒
は た だ寺
院
及
び 宗 団 を 維持
す る 為 に存
在 す る と い っ た 傾 向 が み ら れ る か ら で あ ろ う 。 そ こ で 本 山 或 は 宗 団 軸所
属 寺 院斜
檀
信
徒 の 縦 関係
に お い て 、総
代 は本
山或
は 宗 団 に 対 し て ど の 程度
の関
心 を 持 っ て い る の で あ ろ う か 。次
の 三ー
一 図 は こ の 事 に つ い て 回 答 を求
め た結
果 で あ る 。 苟 も檀
信
徒 の代
表者
な ら ば 檀 那寺
一30
一都市に おける檀徒総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田) の 所 属 宗 派
名
位 は 当然
知 ら な け れ ば な ら な い事
で 、 こ の 点 に 剖っ い て は 図 表 の 如 く 正 確 に 記 入 し た
者
九 八 ・ 六 % と 最 も 高 い 匝率 を 示 し て い た 。 「 本 山
名
」 及 び 「本
山 所在
地 」 に つ い て は 臥 信七 一 ・ 四
%
、 八 八 ・ 七 % と 各 々 過半
数
の 者 が 知 っ て い た 。 こ れ は 近年
、交
通機
関
の 発 達 と 日常
生 活 の 比較
的安
定 な ど に よ り 、 本 山 へ の 団体
参
拝
が 可成
り 盛 ん に な っ て き た 事 に よ る も .の と 思 わ れ る 。 こ れ に 対 し 「
宗
派 の 歴 吏 」 は案
外
関 心 が薄
い 様 で 七〇
% が 知 ら な い と 答 え て い る 。 恐 ら く 日 常 生 活 の中
で直
接
的
に 関 係 が な い 故 に 、 そ れ 程 知 ろ う と 云 う 意 欲 が な い為
で あ ろ う 。 更 に宗
団 の 主 権者
で あ り 且 つ 最高
の 宗 教 的権
威
者
で も あ る 「 現管
長
の 名 前 」 に つ い て は 、 七 二 ・ 八 % の大
半
が図
− 知 ら な い と 回 答[ し て い る 。 一3
「
真
言
宗
を 開 い た 人 」 の 質問
に 、弘
法 大 師 又 は 空 海 と明
記 し た者
は 、 五 八 ・ 六 % と 辛 じ て 半教
を 上 回 っ て い た 。真
言 宗 寺院
の 本 堂内
陣
に は脇
座 に 大師
像
を安
置 す る を 立 前 と し 、寺
院
に よ っ て は境
内 に大
師 堂 が 建 立 さ れ て い る 。 都市
近 郊 に は有
名
な大
師
参 詣寺
が多
く 散在
し て 、宗
門 に 関 係 な く 大師
篤
信者
が非
常
に 多 い 。 更 に 「 大師
と 云 え ば 弘 法 様 」 の 如 く 人 口 に 膾炙
さ れ て い る の が実
状 で あ る 。 尤 も こ れ ら の 揚合
、大
師
を 一宗
一 派 に こ だ わ っ て 考 え る 狭 心 で な く、 広 く 日本
仏教
に お け る偉
大 な る高
僧 と し て仰
ぎ 、 そ れ故
に 老若
男女
上 下貴
賤
の 別 な く 篤 く信
奉 さ れ て い る為
で あ ろ う 。然
る に 、最
も結
縁
の 深 い 宗 門 関 係 寺院
の総
代 で あ り な が ら 、 尚 知 ら ない 忘 れ た 知 っ て い る 人 数 (%) 人 数(%) 人数 (%) 怛 那 寺の 宗派 名 1 (L4 ) 0 69 (98 ,6) 宗 派 の 歴 史49
(70
)8
(11.4) 13 (18.5) 本 山 名 13 (18.5
)7
(10
)50
(71.4) 本 山 の あ る 所6
(8
.5
)2
(2.8> 62 (88.7) 現 管 長 の 名 前51
(72
.8
)12
(17
.1
)7
(10) 真言宗を開 い た 人 24 (34.5) 5 (7.1) 41 (58.6) 一31
一NII-Electronic Library Service 智 山学報筑 十 七輯
3
−2
図
68
.8
70
65
2017
.9
1513
.3
10
5 % 個 人 団 参 団個 参人 で で 共 実 数 6318
人 王丁 ‡ 王 韭 763
−4
図
543
2 13
−3
図 三 四 ・ 五%
( 二 四 人 ) の 者 が 開 祖 を 知 ら な か っ た と い う 調 査 事 実 は 全 く意
外 と 云 う ほ か は な い の で あ る 。 次 に被
調 査 者 が 宗 教 的行
動 と し て 実 際 ど の程
度
本
山 参拝
し て い る か に つ い て 調 べ て み た 。 即 ち 「 あ な た は 今 迄 に 本 山 へ 参 拝 し た 事 が あ り ま す か 」 と 云 う 質 問 に 対 し 、 「 し た 事 が あ る 」 は 過 半数
の 四 五 人 ( 六 四 ・ 三%
) 、 「 な い 」 が 二 五 人 ( 三 五 ・ 七%
) と 回答
15
10 5 回 数 人 数 11.18 .8 4 .4 4.4
331
.1
6
.6
33 3020
107
6 5 4 32
1 2人 2 45
314
玉5 瀲 り し て い る 。 そ こ で ま ず 参拝
者
四 五 人 の そ の 参拝
方
法 を 分析
す る と 三−
二 図 に 示 さ れ た 如 く 、 団参
に よ る者
が 最 も多
く 、 更 に 個 人 団 参 共 に を 加 え る と結
局 団 参 関 係者
は 三 九 人 ( 八 六 ・ 七 % ) と 、 本 山 参 拝 者 全 体 の 大 部 分 を占
め て い る 事 が 判 る 。 こ れ は先
程
述 べ た 様 に 、 本 山 団 参 が盛
ん に な る に 及 ん で 本 山 名 及 び そ の 所 在 地 を 認識
し て き た 事 を裏
書
き 一32
一 N工工一Electronlc Llbrary都市における檀徒総代の階層と宗教 意識につ いて (疋田) す る も の と 言 え る だ ろ う 。 そ う し た 彼 等 の
参
拝
回 数 は 三−
三 図 の様
に 一 回 と 二 回 が 圧 倒 的 に多
い 。 又 参 拝 方 法 と 回数
の 相 関 関係
に つ い て は 三−
四 図 の 如 く 、個
人 参 拝 は 一 回 が 殆 ん ど で あ り、 個 人 ・参
団 共 の参
拝 は 比 較 的 回数
の多
い 処 に あ る 。 団参
だ け に よ る は 一 〜 七 回 と 全体
に 及 ん で い る が 特 に 一 ・ 二 回 が 非常
に多
い様
で あ る 。被
調 査 者 は 斯様
な本
山参
拝 と 云 う 宗 教 的 行 動 に よ っ て信
仰
心 を 高揚
す る と 共 に、寺
檀 関 係 か ら 進 ん で 本 山 或 は 宗 門 に 対 す る関
心 を 徐 々 に 深 め、宗
団 の 一 員 と し て の 共属
意
識
を 持 つ 様 に な る で あ ろ う 。 そ れ で は参
拝
し な い 二 五 人 に 対 し て 、 「 本 山 へ 行 き た い と思
い ま す か 」 の 質 問 に、 「 思 う ← が 一 五 入 ( 二 一 ・ 四%
) 「 思 わ な い 」 が 一 〇 人 ( 一 四 . 三 % ) で あ っ た 。 総 代 職 に あ り な が ら 何故
参拝
を 拒 否 す る の か追
跡 調 査 す る と 、 本 山 へ の 関 心 を も た な い1
二 人 、 病 気 持 ち の 為−
二 人、 檀那
寺 に 団 参 組織
が な い為
i
四 人 、 宗教
へ の 無 関 心 か らー
一 人 、 高 年 令 の 為i
一 人 と 云 う 回 答 で あ っ た 。 以 上 こ れ ら の 点 を 考 慮 し、所
属 寺院
は 本 来 の 目 的 で あ る 檀 信 徒 教化
活 動 を意
欲
的 に 推 進 し て ゆ く と 同時
に、 本 山及
び 宗 門 も末
端 寺院
と の相
互連
絡 を 密接
に し教
化 伝 導 を効
果 的 な ら し め る様
、 一 層 の 協力
体
制 を 整 え る事
が 必 要 で あ り、 こ れ が ひ い て は 宗団
発 展 の根
本 と な る事
で あ ろ う 。 寺 檀 関係
の本
質 は 幕藩
体
制
や 封 建 制度
そ の も の に あ る の で は な く 、 仏 教 と家
と の 結合
と 云 う 点 に あ ゆ 。 そ う し た従
来
の在
り方
に 対 し被
調査
者
が、仏
教
即 ち伝
統 的 な 「家
の 宗教
」 を ど の 様 に考
え て い る の で あ ろ う か 。 そ こ で檀
那寺
と の 連 関 に お い て 「 宗旨
11
真
言宗
の 教 義 を 尊 び信
仰
し て ゆ く か 」 と 質 問 をす
る と 、 三1
五 図 の様
な 回答
結
果 で あ っ た 。 即 ち 「 尊 び信
仰 し て ゆ く 」 が 七 八 ・ 七 % と絶
対
多
数
を 示 し て い た 。斯
様 な傾
向 は今
日 尚、 比 較 的都
市
よ り も 「 土 地 」 と 「 家 」 意識
の強
い 伝 統的
な農
村
社
会 に 見 ら れ る 特 色 で あ っ て、 こ の 場 合 第 一節
で論
述 し た様
に 、 総 代 職 を 任 命 さ れ る 階 層 や 家柄
を 考 え れ ば 或 る程
度 理 解出
来
る 事 で あ る 。 然 し 云 う 迄 も な く 「家
の宗
教
」 は個
人 の 信 仰 と し て 自 主 選択
し た も の で な く 、 先祖
代 々 か ら 固 定 さ れ た受
動
的 且 つ 無 自 覚 的 に尊
守 さ れ て き た も の に す ぎ な い 。従
一 33 一NII-Electronic Library Service 智山学報第十七輯 171 80 75
20
15
10
5 信 仰 し な い し 守 り も し な い 守f
、i
つffl
て七 ゆ は く な い か 尊 び 振 郡 し て ゆ く 3人 12 55 勉/
/
韻 で も 覇 る 。更
に 「信
仰
し な い し 守 り も し な い 」 が僅
か な が ら 園答
し て い る 。 遊離
し、 そ の 本 来 的使
命 を 充分
に 果 し て い な い 不満
よ り 生 ず る 批 判 的結
果 と み ら れ る の で あ る 。 四寺
院
へ の認
識
っ て 法 制 上 信教
の自
由
が 認 め ら れ た 現在
、個
人 に適
合 せ る宗
旨
、信
榔 を自
発
的 に決
定
す る 人 達 が 多 く な っ て き た の も 当 然 で あ ろ う 。 そ れ故
に従
来
の 如 く形
式 的 或 は慣
書 的 に 「 家 の 宗教
」 を 尊 守 し な が ら も、 そ れ が個
人 の信
仰
と同
一 と 限 ら な い場
合
も あ り得
る 。 例 え ば本
調査
で も 燃信
押 心 は な い が、家
の宗
教
は 尊 重 し仕
来
は 守 る 」 と し た者
一 七 ・ 一%
い る事
実
こ れ ら は 「冢
の 宗 教 」 が 現 実 社 会 か ら 檀 信徒
が 所 属 寺 院 の 教義
、 儀 礼 を信
奉 し 、 そ の宗
祖
及 び住
職
の 人 格 に帰
依
す る は 最 も 必要
で あ る 。 同 時 に実
質的
に 閼 係 深 い 檀 那 寺 の歴
史
並 び に御
本
尊 に つ い て知
る 事 も 又 、 寺 檀間
を 密接
に す る と 共 に信
仰
上 重 要 な 意 義 が あ る と 云 わ な け れ ば な ら な い 。 そ れ 故 に被
調査
者
が こ れ ら に つ い て 一 体 ど の 程度
理 解 し 認 識 し て い る か 究 明 し て み よ う 。 ま ず檀
那 寺 の 歴 吏 に つ い て質
問
し た と こ ろ 、 四ー
一 図 の 如 く 「 全 く 知 ら な い 」 が 三 四 ・ 五 % と 残 念 な が ら 全 体 の 三分
の 一 近 く の 高 い 率 を 明 示 し て い る事
が 判 る 。総
代 と い う 地位
に あ る者
と し て は、案
外
無
関 心 に 過 ご し て い る と 云 わ ざ る を 得 な い 現状
で あ っ た 。 然 し こ の 場 合 、飯
属 寺院
に よ っ て は 実際
上 檀 那 寺 の歴
史
自
体 が 不詳
不 明 確 で あ る の と、 明確
で あ っ て も 住職
の 教 化 活 動 が 欠 如 し て い る 結 果 に よ る の と 二 通 り あ る の で は な か ろ う か 。若
し 後 者 で あ 一 34 一 N工工一Electronlc Llbrary都市に お け る檀徒総代の階層と宗教意識につ い て (疋 田) る な ら ば 早
急
に 知 ら し め る 様積
極
的 に伝
導
す る 態度
が 心 要 で あ る 。 屡 々 論 述 し た様
に 、被
調査
者
自 身 が 特定
の 仏 、菩
薩
を 信 仰 す る 目 的 で 寺檀
関
係
を結
ん だ の で な く、 た だ伝
統 的構
成員
で あ る故
を 以 て 檀 那 寺 の御
本 尊 を 信仰
す る 結 果 と な っ た 丈 で あ る 。然
も真
言宗
各 寺 院 の御
本 尊 は 一 定 さ れ て い な い 。 そ れ は教
義
上 根 本 仏 た る 大 目如
来
の普
門総
徳 に 対 し 、 別徳
と し て 諸 仏諸
菩
薩
を 存在
さ せ て い る故
で あ る 。 斯 様 な 点 を 考慮
す る時
、 檀 信徒
に 本 尊 と の結
び付
き を ど の 様 に 理解
さ せ 、 本尊
信
仰
心 を 持 た せ る か が 大 き な 問 題 と な っ て く る 。 そ こ で 肝 心 な 「檀
那 寺 の 御 本 尊 は 何 と 云 う 仏 様 で す か 」 と 質 問 を し て み た 。 そ の 結 果 は 正確
に 回 答 出 来 た者
二 五 ・ 七 % ( 一 八 人 ) と や や 低 率 を 示 し て い た 。 こ れ に対
し 間 違 っ て 回 答 し た 者 が 一 四 ・ 三 % ( 一 〇 人 ) で あ り 、 更 に驚
い た 事 に 「 全 く 知 ら な い 」 と し た 者 六 一 . 四%
( 四 三 人 ) と 過半
数
を占
て い た の で あ る 。 こ の 調 査実
状
を充
分 認識
し 、 今 後 の教
化 課 題 と し て 大 い に検
討
す べ き で あ ろ う 。次
に被
調 査 者 に対
し 「 ど ん な時
檀 那 寺 へ行
く か 」 と 問 い 、 用意
し た 一〇
項 目 の カ ー ド を 提 示 し て そ の中
か ら順
次
三 つ 選択
さ せ た 。 四 − 二 図 は 一位
か ら 三位
ま で を綜
合
し た結
果 で あ る 。 図 表 の 様 に 「 盆 彼 岸 の 墓参
り 」 が 三 一 ・ 四%
の 最 も高
い 率 を 示 し 、 続 い て 「年
忌 法 事 」 二 七 ・ 二 %、 「先
祖 命 日 の お 参 り 」 二 四 ・ 二 % で あ っ た 。 こ の 三 項 目 は 殆 ん ど差
が 無 く 、 然 も他
項
目 を 大 き く り ー ド し て い る の が 目 立 っ て い る 。嘗
て 、 渡 辺 照宏
氏 が 目 本 仏 教 の 特色
の 一 つ に 、寺
檀
関
係
は 死 者 の儀
礼 及 び葬
式
法
要 を 媒介
と し て い る事
を 指摘
さ れ た噸
そ れ を 説 明 す る 様 に 「都
專
院
の 社 会 的機
能
−
そ の ニー
」 で は 、 仏教
の機
能
を先
祖 供養
に 求 め て い る者
が 圧倒
的
に 多 い と 調 査報
告 を し て い る 。4
一1
図 40 40 34.5 30 25.7 20 10一 知 や 全 % ’丿 ・ く て 知 知 い つ ち る て い る り三数 182824 人 一35
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第十 七輯
4
−2
図
31
.4 本 調 査 で も 寺院
と は先
祖 ・ 死者
の 菩提
を 弔 う 揚所
の 如 く 観 念 付 け て お り 、従
っ て檀
那 寺 へ 行 く 最 大 の 目 的 を、 祖 先崇
拝
な る 宗 教 的 議 礼 の 遂 行 に あ る と し て い る 事 が 判 明 す る 。 然 し 仏 教 本 来 の 目 的 が 現 世 で の 苦 悩 救 済 と転
逃開
悟 で あ る な ら ば 、 祖先
崇拝
や 法 要寺
院
と し て 丈 で な く 図 表 の 如 き 「 法 話 を 聞 く 為 に 」 五 ・ 七 % 「精
神
修 養 と し て 」 二 ・ 八 %、 「 悩 み 事 の 相談
を し に 」 一 ・ 四 % な ど 、 低 率 な 面 を も 直 視 し な け れ ば な ら な い 。 そ し て 例 え ば 近 年 仏 教 カ ウ ン セ リ ン グ が 漸 く 重 要視
さ れ て き た が 、多
く の新
興 宗 教 が 発 展 し た 原 因 の 一 つ に 、 日 常 生 活 で の 種 々 な る 悩 み苦
し み事
を 「 法 座 サ ー ク ル 」 に よ っ て 、解
消 し 現 世 利 益 を 与 え て い る 事 を 思 う時
、 寺 院 が現
代 社 会 に 生 き た 宗 教 活動
の 場 と し て 檀 信徒
の 為 そ の 機能
を 発 揮 出 来 る 様 、 改 め て そ の在
り 方 を 真 剣 に考
え 直 さ な け れ ば な ら な い の で は な か ろ う か 。 現 代 社 会 で の 寺 院 活 動 が余
り に も 積 極性
を 欠 き 、 と か く 批 判 さ れ て い る 事 は 周 知 の 通 り で あ る 。 こ う し た 衰 退 的 一36
一 N工工一Electronlc Llbrary都市に お ける檀徒 総代の階層と宗教意識につ い て (疋田)