多様性
著者 岡田 敏裕
雑誌名 エコノフォーラム
号 26
ページ 77‑77
発行年 2020‑03
URL http://hdl.handle.net/10236/00028475
Econo Forum/No.26 77
シリーズチャペル<人間を考える>
ることはあまりないだろう︒ 少なくても非難や冷たい視線を浴び する︒欧米の中の多くの地域では︑ 言われた﹂ということをよく見聞き 供連れで乗り︑周りの乗客に文句を ﹁飛行機や新幹線などに小さな子
他国から〝礼儀正しく︑おもてなしの国〟といわれる日本で︑なぜこのような欧米との違いが生じるのだろう︒個人的な考え・感想だが︑これは歴史的また人種的な要因で日本が極めて多様性が低い国だからだと思う︒今回はこの点に関して主に述べてみたい︒
始めに︑欧米と日本の多様性の社会的変移について考えてみよう︒欧米など様々な人種がいる国では︑もともとある程度の多様性があるため︑きっちりしたルールを作りづらく︑ルールへの違反や個々の違いに寛容であると思われる︒すると︑更に考えや背景の違いを持つ人が増 え︑非固定的な社会になる︒そして︑多様性の拡大は︑様々な考え方や能力と文化を互いに認める相互影響により︑創造性や生産性の拡大に寄与することになるだろう︒ これと比較すると︑日本は歴史的・人種的な要因により多様性が元来低い社会であると思われる︒元々多様性が少ないので簡単に合意が形成され︑ルールを多岐にわたり作りやすく︑決められた基準やルールに反するミスや違いに厳しくなる︵例えば︑欧米では毛髪の色を規定する校則などは存在し得ないだろう︶︒すると︑非常に多くのルールの存在にもより︑次第にルールを作った背景や理由を考えなくなり︑ルールありきとなる︒このような状況では︑社会状況などが大きく変化しても︑ルール変更を容易には許さず︑ますます多様性の入り込む余地がなくなり︑更に固定的で非ダイナミックな 社会へと向かうだろう︒これはもちろん社会を構成する個々の組織にも言える︒ 日本は欧米と比較すると固定的で︑ルール順守︑規律︑そして協調性を非常に求められる社会であるため︑人の迷惑になることは最大限に避けるべきだと考えられがちである︒そして︑そのような社会では他人の迷惑行為に対して非常に厳しくなるのが自然であろう︒逆に︑多様性のある国では︑迷惑はお互い様なので︑ある程度は他人に迷惑かけても気にせず︑他人の迷惑にも寛容になる︒これが冒頭の飛行機の中の子供の話と大きく関係しているように私には思える︒ このように述べると日本社会に対して︑悪い印象しか持たないかもしれないが︑必ずしもそうではない︒多様性には︑良い面と悪い面の二面性があり︑多様性の少なさに起因す ると考えられる調和や規律は︑一面では企業の生産性を上げる要因であるし︑多様性の少なさは︑人々に安心をもたらす安全で安定的な社会につながる︒少なくても私にとっては︑社会の安全性はかなり重要度が高い︒アメリカの地域データを使用したハーバード大学のPutman教授の研究によると︑人種的多様性が大きいと︑その地域に住む人々はより不安に感じ︑幸せ度が減少することが示されている︒ 多様性の正味の影響を断定的に言うことは難しいが︑個人の能力を伸ばすという観点では日本は多様性をもう少し意識したほうが良いと思う︒様々なことに関して︑他人と同じことに安心感を持ちすぎるため︑個々の能力の向上の妨げとなっていると感じることが多い︒ ■