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Title スマイルカーブの底辺から脱するためのバリューチェーンチ
ャネル改革 : 日の丸ニッチ半導体企業のケーススタディ
Author(s) 橋本, 武幸; 若林, 秀樹
Citation 年次学術大会講演要旨集, 36: 360-363
Issue Date 2021-10-30 Type Conference Paper Text version publisher
URL http://hdl.handle.net/10119/17810
Rights
本著作物は研究・イノベーション学会の許可のもとに掲載す るものです。This material is posted here with
permission of the Japan Society for Research Policy and Innovation Management.
Description 一般講演要旨
2B04
スマイルカーブの底辺から脱するためのバリューチェーンチャネル改革
~日の丸ニッチ半導体企業のケーススタディ~
○橋本武幸、若林秀樹(東京理科大) 8820229@ed.tus.ac.jp
1. はじめに
日の丸ニッチ半導体メーカは、サプライチェーンの中で、スマイルカーブの底辺にあり、海外メーカに 比べ、その本来の価値を十分に訴求できていない。スマイルカーブという概念は、台湾のコンピュータメ ーカーAcer 社の創業者スタン・シー会長が提唱したもので、広く知られている[1]。横軸をサプライチェ ーンやバリューチェーン、縦軸を付加価値や利益として表すことが多いが、結果の提示のみであり、バリ ューチェーンの中で、なぜ、真ん中が、低収益になるかの原因については言及されていない。
また、近年、顧客価値創造の議論はあるが、実際には本音と建前が混在しており、顧客の要求度合をしっ かりと把握し、ビジネスに織り込むことが出来ていない。この要求度合の本音と建前は、サプライチェー ンのスマイルカーブにおける優位性から優先度合いが決まると言える。
本稿では、市場シェアからみた業界構造との関係から、サプライチェーン構造が収益構造の決定要因に なるとの仮説に基づき、スマイルカーブ検証を試みる。そこから、チャネル変革により、底辺から脱する 方策を提示する。価値に対する基準と優先度合は、業界で異なることも実証、最適なサプライチェーン形 成を提唱する。
2. 先行研究
木村(2006)の研究[2]、百嶋(2007)の研究[3]、塚田(2018)の研究[4]、今橋ら(2020)の研究[5]では、スマ イルカーブ化現象を総資本営業余剰率、付加価値率、労働分配率、オペレーティングレバレッジ、B to B
率、EBITDA マージン、売上高営業利益率,研究開発多角化度など、個々の指標を用いて説明しているに過
ぎない。本来スマイルカーブ化現象は、サプライチェーン各社の相互作用、価値分配、競争力など業界構 造によって決定されるが、その要因についての考察は乏しい。また著者が身を置く半導体業界におけるス マイルカーブ化現象についての研究は皆無である。
若林、井田、向(2020)の研究[6]では、デバイスと製造装置を比較しながら、なぜ、前者は競争力を失い、
後者は維持しているのかに関して、業界外競争優位と業界内競争力という業界構造を、シャープレシオの 概念を適用し、定量的に評価している。日本の製造装置が競争力を維持している理由は、トップメーカー 同士の連携やサプライチェーンだけでなく、隣接工程間の相互依存性や業界外競争や業界内競争の複雑な 関係性にあること、工程間構成比や工程同士の深く密な関係性、その中での装置全体でのシェアや、ユー ザであるデバイス側への装置業界全体の寡占度合による競争優位性が重要であることを指摘した。また、
化学や流体などの要素技術の強さやサプライヤーとの関係により価値訴求力を高めていることも述べてい る。この業界外競争優位性と業界内競争力の複雑な関係性について、寡占度と顧客要求度や依存度の視点 で分析を試みる必要があろう。
3. 仮説
本稿では、スマイルカーブ化現象を引き起こす業界構造が寡占度合や依存度合、要求度合によって決定 されるという前提において、スマイルカーブ化現象及び価値に対する基準と優先度合について考察する。
仮説① 日の丸ニッチ半導体メーカがスマイルカーブの底辺に位置し、その価値を十分に訴求できていな い要因については、図表1に示す通り、仮説をおいた。なお、ここでは、シリコンサイクルや先行投資の 影響は考慮していない。
2005年頃のサプライチェーンは、以下の特徴を持っており、スマイルカーブは平坦性を保っていたと想定 出来る。
• Foundryメーカはなく、ウェハメーカも多数あり、川上メーカの寡占度、依存度は高くなかった
2B04
• 直販の割合が高く、半導体商社への依存度は低かった
• 民生市場の販売比率が高かったことで、川下メーカからの要求度は高くなかった
これに対して現在のサプライチェーンは、以下の特徴より、スマイルカーブ化が進んでいるものと想定 出来る。
• 近年、ウェハやFoundryメーカの統合、寡占が加速し、川上メーカに対して依存度が高い
• 半導体商社が台頭し、依存が高くなり、要求度も高い
• 半導体商社経由車載市場への販売比率が高くなったことで、川下メーカからの要求度が高い
仮説② 顧客要求に関しては、本音と建前が混在しており、顧客価値創造に繋がる要求と繋がりにくい要 求があり、価値に対する基準と優先度合はサプライチェーンによって異なる
図
図表表 11 ススママイイルルカカーーブブのの概概念念 出出所所::橋橋本本22002211
4. 検証手法
スマイルカーブ化現象を引き起こす業界構造を、サプライチェーンの寡占度合や依存度合、要求度合か ら分析する。寡占度合は、寡占度指数によりその産業に属する全ての企業の市場占有率の二乗和で定義さ れる。独占状態においては1となり、競争が広くいきわたるほど0に近づく。本稿では、売上高10位ま での企業の占有率の二乗和で算出した。要求度合については、企業の財務数字から各種相関性を定義し、
著者が所属するアナログ半導体メーカと取引のある企業を中心に、2020年度有価証券報告書よりデータを 抽出した。
5. 分析結果
5.1. 寡占度合からの業界構造分析
アナログ半導体業界を中心に、車載業界、民生業界、産機業界、それぞれのサプライチェーンについて、
寡占度から業界構造を分析した。結果、図表2に示すとおり、ウェハメーカとFoundryメーカの川上は寡占 度が高く、半導体商社は、比較的寡占度が高いことが
わかる。しかしながら、アナログ半導体業界より川下 の自動車業界及び電子部品業界はアナログ半導体業 界と比較して寡占度がやや高いが、Tier1業界、民生 業界、産機業界の寡占度は高くなく、市場シェアにお いては片スマイルカーブとなったことがわかる。通 常、サプライチェーン毎の寡占度も重要ではあるが、
相対的に寡占度の高い業界の方が、低い業界よりも力 関係が強い傾向が見られる。
5.2. 顧客要求度合からの業界構造分析
仮説で上げた、スマイルカーブの川下を押し上げる要因である要求度の高さについては、自社の顧客満 足度調査における粗利率との相関性から、デリバリ、安定供給、価格・品質・機能、営業力に対する顧客 要求価値に依存するものと考えた。図3に示す通り、要求価値を代替する指標を定義した。デリバリに対 する要求度合については、自社のCCC(キャッシュコンバージョンサイクル)が低い企業ほど高いと想定さ
図図表表 22 寡寡占占度度 出出所所::橋橋本本22002211
れ、CCCの逆数を取った。安定供給に対する要求度合に対しては、
自社の売上原価/固定資産に比例するとした。価格・品質・機 能については、自社の粗利が低い場合に要求が高くなると想定 し、粗利率の逆数を取った。営業力については、自社の販管費 が低い場合に要求が高くなると想定し、販管費率の逆数とした。
橙色をアナログ半導体メーカまでのサプライチェーン、紫色を 車載業界、緑色を民生業界、青色を産機業界で色分けする。分
析結果を図表4に示す。デリバリ要求度の調査結果は、車載市場のTier1メーカと自動車メーカの平均値が 高い結果となった。安定供給要求度の調査結果は、アナログ半導体業界と比較して、川下は高くないこと がわかる。価格・品質・機能要求度の調査結果は、半導体商社を除いて、川下は高くない。また、民生業 界及び産機業界は、アナログ半導体業界と比較して、低い結果となった。営業力要求度の調査結果は、車 載業界においては、アナログ半導体業界が底辺となっているが、民生業界及び産機業界においては、底辺 でないことがわかる。
図図表表44 要要求求度度調調査査結結果果 出出所所::橋橋本本22002211
5.3. 寡占度合と顧客要求度合の合算による業界構造分析
ここまでで得た各業界別の寡占度指数と顧客要求度の調査結果について、アナログ半導体業界の平均値 に対して指数化し合算したグラフを図表5に示す。橙色実線曲線と紫色実線曲線で示す車載業界のサプラ イチェーンはスマイルカーブを描き、川上は寡占
度指数が支配的で、川下はデリバリ要求度が支配 的になっていることがわかる。一方で、緑色点線 曲線で示す民生業界と、青色点線曲線で示す産機 業界のサプライチェーンであれば、右肩下がりと なり、片スマイルカーブになるとがわかる。また、
本来車載業界にて、優先されてると思われていた 価格・品質・機能要求度よりも、デリバリ要求度 がスマイルカーブ化現象には支配的であること が確認出来た。このことから、デリバリは価値創
造に繋がりやすく、またそれは、業界によっても異なる結果と考える。
デ
デリリババリリ要要求求度度 安安定定供供給給要要求求度度
価
価格格・・品品質質・・ 機
機能能要要求求度度
営
営業業力力要要求求度度
出
出所所::橋橋本本22002211 図
図表表 33 顧顧客客要要求求価価値値をを代代替替すするる指指標標
図
図表表 55 寡寡占占度度指指数数とと顧顧客客要要求求度度調調査査結結果果
同様に、2005年のサプライチェーンについ ても、分析を試みた。有価証券報告書の入手 容易性から2005年度有価証券報告書よりデー タを抽出した。図表6に示す通り、右肩下が りとなり、片スマイルカーブになるとがわか る。当時はFoundryメーカへの委託はなく、ウ ェハメーカも多数あり、寡占度指数が現在と 比較して低く、これら川上のメーカに対して 依存度は高くなかった。また直販の割合が高 く、民生業界や産機業界の販売比率が高かっ
たことで、これら川下のメーカからの要求度も高くなかった。
6. 考察 ~最適なサプライチェーン形成に向けて~
上記調査結果より、車載業界のサプライチェーンについては、日の丸ニッチ半導体メーカがスマイルカ ーブの底辺に位置している要因は川上の寡占度すなわち依存度と川下のデリバリ要求度であることを確認 した。一方で、民生業界と産機業界の場合は、片スマイルカーブになることがわかった。この結果は、業 界の常識と符合しており、価値に対する基準と優先度合は、業界で異なることも実証出来たと考える。ま た、2005年は、スマイルカーブが平坦性を保っていたことを確認した。サプライチェーンの過去からの変 化が、収益性や価値の訴求に影響していることも説明出来たものと考える。
このことから、現在、海外メーカに比べ、その価値を十分に訴求できていない要因が、過度にウェハメー
カ、Foundryメーカ、商社に依存し、車載業界の販売比率を高くしている為であり、次に日の丸ニッチ半導
体メーカとして取るべき戦略について、考察する。
• Foundry企業を極力使わず、自社工場への取り込み
• ウェハメーカへの依存度を下げる取組み、例えば、M&A戦略若しくは提携による取り込み
• 半導体商社を介さないマーケティングへの切り替え
• 過度に車載業界に依存するのではなく自社の体力に合わせて、注力市場を再定義
価格・品質・機能要求度の調査結果においては、各業界で大きな差が認められず、建前では、価格や品質 に対する高い要求をぶつけて来ていると思われる現状においても、本音としては、デリバリに対する要求 が一番高いということも想定され、この本音と建前をしっかりと見極めて、顧客との関係を構築しなけれ ばならない。デリバリ要求度が高い場合には、サプライチェーンの最適化が必要となろう。
7. おわりに
スマイルカーブ化現象を引き起こす業界構造について、サプライチェーンの寡占度指数と顧客要求度を 示す各指標を定義し、その要因を示した。また、顧客価値に対する基準と優先度合は、業界によって異な ることも実証し、最適なサプライチェーン形成を提唱した。但し、本稿で検証に使用したデータは、現在 と2005年のみであり、IT バブル崩壊前の1990年代についても、業界構造分析が必要と考える。また、同様 な仮説が、他の業界、市場についても普遍化出来るかも課題であろう。
参考文献
[1] [日本経済新聞 エイサーなど台湾企業、下請け脱却に試行錯誤]2015年3月17日付け
[2] 木村達也(2006)「わが国の加工組立型製造業におけるスマイルカーブ化の再検証」富士通総研経済研 究所『研究レポート』No.261
[3] 百嶋徹(2007)「スマイルカーブ現象の検証と立地競争力の国際比較」ニッセイ基礎研 所報 Vol.46 [4] 塚田虎之(2018)『日本の大手エレクトロニクス企業における「スマイル カーブとコスト構造」実証分
析』
[5] 今橋裕;上西啓介;玄場公規(2020)「日本製造業における B to B 率及び研究開発多角化度 と収益性の 分析」
[6] 若林秀樹;井田琢也;向喜一郎(2020)「製造装置業界の垂直水平競争力分析」
出
出所所::橋橋本本22002211 図図表表 66 22000055年年 寡寡占占度度指指数数とと顧顧客客要要求求度度調調査査結結果果