パリの日本人学校における文化背景の異なる生徒を めぐって
著者 大森 康宏
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 6
号 3
ページ 597‑628
発行年 1982‑02‑15
URL http://doi.org/10.15021/00004494
大森 パ リの日本人学校におげ る文化 背景 の異なる生徒をめ ぐって
パ リの 日本 人 学 校 に お け る文 化 背 景 の 異 な る生 徒 をめ ぐって
大 森 康 宏*
Interpersonal Problems Caused by Diverse Foreign Experiences
among Pupils of the Japanese School in Paris
Yasuhiro OMORI
In the Japanese School in Paris, France, three groups of pupils, distinguished by their different overseas experience, are enrolled; (1) those who came to France directly from Japan;
(2) those who were formerly enrolled in the French school system;
and (3) pupils who had lived in another country after leaving Japan and before going to France.
This paper attempts to describe the main socio-cultural problems found among the three groups at the only Japanese school in Paris, as a consequence of their different overseas
experiences.
The author conducted fieldwork in Paris for a period of 20 days in December—January, 1979-1980. Two principal research techniques were used to derive data. First, direct inter- views were conducted with some 20 male and female elementary and middle level pupils, as well as with 4 pupils in a French school, and also with some teachers and parents of the pupils.
Second, a movie record was made of the pupils interviewed (as well as of other pupils), both in class and at home, to obtain detailed data on the interpersonal peer-group relationships among the pupils. The film was later analysed to classify the problems encountered among three groups of pupils.
Research indicated that the principal interpersonal problems arose among pupils who had entered the school directly from Japan and those who had formerly been enrolled in a French school. The pupils enrolled in a French school are not able to
*国 立民族学博物館第3研 究部
国立民族学博物館研究報告6巻3号
fit into the Japanese educational system, which means that they must study hard for the entrance examinations of the Japanese universities. Thus, the Japanese school plays a role in the re- education for re-entrance into Japanese society when the pupils return home from France.
Those pupils who had lived also in a third country (and were usually English-speaking) after leaving Japan and before entering the school in Paris, were either not involved or only peripherally involved in the interpersonal problems of the other two groups.
Rather, this English-speaking group adopted a somewhat neutral and detached stance vis-à-vis their peers.
Research among the parents revealed two main types by aspiration; (1) imbuing their children with an international awareness; and (2) a principal concern with rigorously schooling their children to pass the Japanese university entrance examina- tions and for whom, therefore, developing a sense of international- ism was a relatively minor interest. But with just a few years of experience overseas, those children could not develop a good sense of internationalism.
Most parents interviewed would agree to sending their children to a French school were they to stay in Paris for short time, usually 3-5 years. Thus, given the parents' way of thinking, the development of a sense of internationalism would just be an illusion.
1. は じめに
2,パ リにお け る就 学形 態 2.1.現 地 学校 の場 合 2.2.国 際 学校 の場 合 2.3. 日本 入学 校 の 場 合 3,1¥° リの 日本人 学 校 3.1. 日本 人学 校 につ い て
3.2.生 徒 同 士 お よび フ ラ ンス人 の 評価 3.2.1. 日本 か ら来 た生 徒
3.2.2.現 地学 校 か ら来 た生 徒
3.2.3.他 の 国 か ら来 た 生 徒 3.3。 生 徒,先 生,両 親
$.3.1.生 徒 か ら見 た 先 生 3.3.2.先 生 か ら見 た 生 徒
3.3.3.生 徒 の 両 親 か ら先 生 へ の 期 待 3.3.4.先 生 か ら見 た 生 徒 の 両 親 3.3.5.両 親 か ら見 た 生 徒
3・6・6・ フ ラ ン ス 人 教 師 か ら見 た 日 本 人 教 師
4.お わ り に
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大森 パ リの 日本人学校 における文化背景 の異なる生徒をめ ぐって
1.は じ め に
外 務 省 領 事 部 の調 べ で は,日 本 以 外 の 国 で教 育 を 受 け る ことを 余 儀 な くされ て い る 6歳 か ら15歳 ま で の 日本 人 生 徒 総 数 は約24,000人 と言 わ れ て い る。 祖 父 母 や そ の 他 の 親 戚 に預 け られ て 日本 の 学 校 に就 学 して い る生 徒 を 除 いて,こ れ ら海 外 の 日本 人 生 徒 は親 の 職 業 上 の都 合 に よ り,現 地 に 居住 して い る場 合 が ほ とん どで あ る。
こ う した 海 外 の 日本 人 生 徒 の なか で,フ ラ ンスの パ リに居住 す る もの は,日 本 人 学 校,国 際 学 校,現 地 学 校(現 地 の フ ラ ンス 人学 校)な どの さま ざ ま な教 育 施 設 で 学 ん で い る。 そ して 日本 と は異 な る文 化 ・教育 環境 の なか で,生 徒 た ち は さ ま ざ ま な困 難 に直 面 して い る.幼 少期 に こ う した 外 国 文 化 か ら受 け る文 化 シ ョッ クにつ いて は,す で に多 くの 報 告 が な さ れ て い る(例 え ば,[河 合 ・藤 縄 1980:102])。 ま た,外 国 か
ら 日本 へ 帰 国 した 子 供 の 日本 へ の不 適 応 状 況,い わ ゆ る復 帰 シ ョッ クな ど につ いて も 多 くが論 じ られ て きた[稲 村 1980:137;小 林 1980:83]。
本 報 告 に お いて は,外 国 文 化の 中で 生 活 す る こと か ら受 け る直 接 的 な文 化 シ ョ ック とい うよ り もむ しろ,日 本 人 生徒 が 日 々の 生 活 を お くる学 校,と くに 日本 人 学 校 に お け る集 団生 活 の なか で 間 接 的 に受 け る文 化 シ ョ ックにつ い て報 告 し よ う とす る もので あ る。 そ れ は,日 本 人 学 校 に 通 う生 徒 が,日 常 接 して い る フ ラ ンス 人 か ら文 化 シ ョ ッ クを 受 け るだ けで な く,文 化 背 景 を異 に した 日本 人生 徒 に よ って 構 成 され る学 校 内 に お いて も,あ る種 の 文 化 シ ョ ックが 引 き起 こ され る こと,お よ び復 帰 シ ョ ックの一 端 が す で に 現地 の 日本 人 学 校 に垣 間見 られ る と い う2つ の点 で重 要 と考 え られ るか らで
あ る。
す なわ ち,パ リの 日本 人 学 校 の小 ・中学 生 た ちを 例 と して,過 去 の 通 学 経 験 の ちが い に よ って,パ リで 初 めて 外 国 文 化 を体 験 しつ つ あ る生徒,あ る い はす で に現 地 学 校 を体 験 して 転入 して きた生 徒,ま た 他 の 国 か ら転 入 して きた生 徒 な ど に分 類 し,彼 ら の交 友 関 係 の な か で,そ れ ぞれ の文 化 的背 景 あ る い は教 育 的 背景 の ちが いが どの よ う な影 響 を 及 ぼ して い るか につ いて 報 告 す る つ もりで あ る。 ま た,そ う した 生 徒 を と り ま く先 生,生 徒 の親 な ど につ いて も,同 様 の点 か ら考 察 した い 。
この報 告 は,1979年12月20日 か ら1980年1月10日 にか けて 調査 した事 例 に も とつ い て い る。調 査 に際 して は,日 本 人 学 校 の 生 徒 を主 た る イ ンフ ォー マ ン トと した。 他 方, 校 長 を は じめ 日本 人 教 師,フ ラ ンス人 教 師,そ して 生 徒 の 両 親 な ど に もイ ンタ ビ ュ ー を お こな い,生 徒 を あ ぐる状 況 を よ り明 確 に しよ うと試 み た 。 イ ンタ ビュ ー の際,そ の 一 部 は映画 フ ィル ム と して 収録 して お き,そ れ らを繰 返 し見 る こ とに よ って,情 報
国立民族学博物館研究報告6巻3号 の 精 度 を 上 げ る こ と に 努 め た 。 調 査 日数 の 関 係 上,ま た そ の 他,実 際 上 の 理 由 に よ り 全 生 徒 に イ ン タ ビ ュ ー す る こ と は で き な か っ た 。
日本 人 学 校 で は,小 学 校2年 生 以 上,中 学 生 ま で の 生 徒,約20名 に 直 接 イ ン タ ビ ュ ニ を お こ な っ た 。 ま た,比 較 考 察 の 必 要 上,現 地 学 校 に 通 学 す る生 徒 に 関 して も,4 名 に イ ン タ ビ ュ ー し,現 地 学 校 に 通 学 さ せ て い る 親 に つ い て も,5名 に イ ン タ ビ ュ ー を お こ な っ た 。 し か し,国 際 学 校 に つ い て は,適 当 な イ ン フ ォ ー マ ン トを 得 られ な か った の で,過 去 に 通 学 した 経 験 の あ る 生 徒2名 に つ い て の み イ ン タ ビ ュ ー を お こ な っ た 。
な お,統 計 デ ー タ ー に つ い て は,日 本 人 学 校 お よ び 外 務 省 領 事 部 移 住 課 が 作 成 した もの な ど を 利 用 した 。
2.パ リ に お け る 就 学 形 態
パ リに は,日 本人 学 校,現 地 学 校,国 際学 校 の3種 の 学 校 が,日 本 人 生 徒 を 通 学 さ せ る対 象 と して存 在 して い る。 それ らの 学校 に は それ ぞれ異 な る特徴 が あ る。
日本 人 学 校 に つ い て は後 の章 で や や 詳 し く述 べ るこ と に して,他 の学 校 につ いて 簡 単 に その 特 徴 を 記 して お く。
現 地 学 校 の授 業 は,す べ て フ ラ ン ス語 で行 わ れ る。 しば し ば異 な る民族 の子 供 た ち が 多 く在 籍 して い る。 教 育 は,教 科 書 の 通 りで は な く,各 ク ラス の担 任 の教 師 に・一任 され て い る。 授 業 中 の教 師 の教 育 指 導 方 法 は絶 対的 な権 威 が あ り,な か に は スパ ル タ 式 教 育 を 行 な うよ うな 教 師 もい る。
日本 の よ うな 受験 勉 強 な る もの はな く,宿 題 も 日本 人 学 校 よ り少 な い。 夏 休 み 中 は よ り自 由で 束 縛 され な い行 動 が 出来 る よ うに な って い る。 生 徒 間 の成 績 の格 差 は,当 然 の こと と され,優 秀 な生 徒 は学 年 を 飛 び越 す こ とが 出来 る。 どの 学年 も生 徒 の 発 想 と個 性 を の ばす 点 が 重 要 視 さ れ て い る。 校 庭,ス ゜ ッ用 グ ラ ン ド,図 書 室 な ど の施 設 を は じめ,一 般 に 教 育 環境 は 日本 人 学 校 よ り もよ く整 って い る。
一 方,国 際 学 校 と して は,さ ま ざ まの もの が考 え られ るが,こ こで い う国際 学 校 は, 英 語 で授 業 が 行 な わ れ る学 校 を い う。 勿 論,英 語 以 外 の 言 語 で 授 業 が行 な われ る 国際 学 校 も存 在 す る。 しか し,日 本 入 の子弟 を ス ペ イ ン語 や イ タ リア語,ド イツ語 に よ る 国際 学 校 に通 わ せ る こ とは ほ と ん ど な い。 そ れ は,英 語 や フ ラ ンス語 に比 べ て,そ れ 以 外 の言 語 は 日本 人 に と って 国 際性 が とぼ しい と思 われ て い る こ とや,そ れ らの 学 校 の 教 育水 準 が低 い と思 わ れ て い る こと に よ る よ うで あ る。
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この 英語 に よ る 国際 学 校 は,い か な る民 族 の 子 供 で も通学 出来 る。授 業 の 内容 や 質 は,現 地 学 校 と際 立 った違 い はな いが,教 育 方 針 は,そ れ ぞ れ の 本 国 の 教 育方 針 を そ の ま ま取 り入 れ て い る。 イギ リス の 国 際学 校 な らば イギ リス の,ア メ リカ な らば ア メ
リカの 国 内 と同 じ教育 方 針 が と られ て い る。
さて,パ リに移 住 す る 日本 人 は,こ の よ うな3種 の 学 校 の ひ とつ を選 ん で子 供 を通 学 させ て い るの だ が,彼 らが どの よ うに考 えて,そ の 学 校 を 選 択 して い るか は興 味深 い問 題 で あ る。 と くに 日本 人 学 校 へ 通 う生 徒 の親 の考 え と,他 の 学 校 へ 通 学 させ る生 徒 の 親 の 考 え を 比 較 す る こと に よ って,日 本 人 の 海 外 にお け る教 育 に 対 す る考 え方 が 多 少 は明 確 に され るは ず で あ る。 また,後 述 す る よ う に 日本 人 学 校 に通 う生 徒 の な か に は,現 地 学 校 や 国 際学 校 か ら転 校 して き た生 徒 た ち も含 ま れ て お り,そ の親 た ち の 考 え 方 を 知 る こ とは,日 本 人 学 校 を め ぐる問題 を 検 討 す る際 の 基 礎 的 な 課 題 の ひ とつ と考 え られ る。 次 に,現 地 学 校 を 選 択 す る場 合 を 中心 と して,そ の 問 題 を 具体 的 な例 に よ って 考 え る こ とにす る。 こ こで 述 べ る短 期,中 期,長 期 滞 在 者 とは,そ れ ぞ れ3 年 か ら5年,5年 か ら10年,10年 以 上 の滞 在 者 を 意味 す る。
2.1.現 地 学 校 の 場 合
(a) 日本 の 小 学校 か ら現 地 学 校 へ 転校 した生 徒
これ らの 生 徒 の親 は,3年 か ら5年 の滞 在 が予 定 され て お り,か つ 帰 国 の 時 期 が か な り明 確 で あ る場 合 が 多 い。 こ う した 短期 の滞 在 者 の場 合,日 本 と異 な る環境 で子 供 を教 育 させ る こ と は,子 供 の将 来 に と って有 利 に な る と考 え る親 が 多 い 。 と くに,低 学 年 の 生 徒 の 親 の 場 合,国 際的 教 養 を 身 に つ け させ る ことが で き る と考 え る一 方 で, 日本 の 受 験 競 争 に も追 い つ かせ る こ とが 出来 る時 間的 余 裕 が あ る と考 え て 現地 学校 を 選 ん で い る 。
また,男 子 ほ ど就 学 に 真 剣 に な る必 要 が な く,国 際感 覚 を 身 につ け,教 養高 い女 性 と して 育 つ こ とを 希 望 す る女 子 生 徒 の親 な ど も,現 地 学 校 を 選 択 す る。 実 は,こ う し た考 え方 を持 つ 親 は,海 外 駐在 員 の66%以 上 に も の ぼ って い る[栗 田 ・八 村 1981:
37]。 後 に述 べ る よ う に,近 年 に な って現 地 学 校 へ の 就 学 数 が 上 昇 して い るの も,こ の あ た りに理 由 が あ るの で あ ろ う。
この よ うな現 地 学 校 選 択 は,日 本 人 に と って海 外 の教 育 を 受 け る機 会 が 少 な く,稀 少 価 値 的 な体 験 で あ る と親 が考 え て い る こ と に よ る。 そ して,そ の背 景 に は,短 期 間 の 海外 教 育 で あ って も,成 長 した 後 に 国際 的 な社 会 人 とな る可 能 性 が高 く,そ うな る こ とを願 う親 た ちの 期 待 が あ る と考 え られ る。 そ の 期待 が ど の程 度 にか なえ られ るか
国立民族学博物館研究報告 6巻3号 は不 確 か だ が,そ の 子 が突 然 に現 地 校 に転 校 させ られ た場 合,子 供 に と って,た いへ ん な負 担 が か か って くる こ とは 確実 で あ る。
、ま た,消 極 的 な理 由 で は あ る が,パ リに住 む 日本 人 集 団 の な か で感 情 的 な ゆ き違 い や,い ざ こ ざ に巻 き込 ま れ,親 同士 の 関係 が まず くな り,そ の結 果 子 供 の 交 友 関係 に亀 裂 が 生 じる な どの 悪 影 響 が で る こ とを 恐 れ て,帰 国数 カ月 前 ま で子 供 を 日本 人学 校 に転 校 させ な い親 もい る。
(b) フ ラ ンス に 長期 間滞 在 し,幼 稚 園,小 ・中学 校 と一 貫 して現 地 学 校 に通 園 あ るい は,通 学 す る生 徒 た ち
し一 般 に
,自 由業 や 現 地 自家 営 業,実 業 家,現 地 企 業 サ ラ リーマ ンな ど の子 供 が この ガテ ゴ リー に含 まれ る。 この親 た ち は 自 己の 意志 で パ リに住 み 現地 社 会 で活 躍 して お り,子 供 に もフ ラ ンス の社 会人 と な る こ とを希 望 して い る場 合 が 多 い 。 した が って 日 本 語 に よ る教 育 は ほ とん ど考 え て い な い。
ま た 日本 人 学 校 が 日本 の 企 業,官 公 庁 の 駐 在 員 の子 供 を優 先 的 に入 学 させ る と い う 現 実 が あ り,転 校 の 申 し込 み を して も入 学 の 許可 が得 られ な い と考 え て,子 供 を現 地 学校 に通 わせ て い る親 もい る。
次 に現 地 学 校 通 学 の 例 を い くつか あ げ,上 に述 べ た こと も含 め て よ り具 体 的 に選択 の動 機 を検 討 して み る。
例 ユ) 商 業 フォ トグ ラ フ ァーを して い る 日本 人夫 婦 で,2人 の小 学 生 兄 弟 の 子供 を 持つ 家 庭 の場 合,幼 稚 園 か ら一 貫 して 現地 学 校 に通 わせ て お り,両 親 と も子 供 と 話 しをす る場 合 は フ ラ ンス語 を使 用 して い る。 そ して ご く簡 単 な表 現 の み 日本 語 を 使 用 す る と い う家 族 生 活 の方 針 を取 って い る。子 供 は 日本 を 知 って い る程 度 で よい
と考 え て い る。
例2) 現 地 旅行 斡 旋 会 社 に勤 め る 日本 人 は,2人 の 息 子 を 現 地小 学 校 と 中学 校 に 通 学 させ て い る。 しか し家 庭 内 で は 日本 語 を用 い,躾,行 儀 作 法 な ど は すべ て 日本 式 に お こな って い る。 週 に2回 ほ ど 日本 語 の補 習 をす るた め 私 設 の塾 へ 通 わせ て い る。 この 家 族 の 場 合,家 庭 の外 と 内を う ま く使 い わ け,子 供 た ちは 日本 人 と して も あ る程 度 通 用 す る よ う に育 て られ て い る。
国 際結 婚 の場 合 に は,相 手 が 日本 に どの くらい共 感 を持 つ か に よ って事 情 が ちが っ て い るよ うで あ る。
例3) あ る 機 械 メ ー カ ー に 勤 め る フ ラ ン ス 人 の 父 親 と,日 本 人 の 母 親 の 場 合 に
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大森 パ リの 日本 人学校 にお ける文化背景 の異 なる生徒をめ ぐって
は,子 供 の 生 活 様 式 はす べ て フ ラ ンス式 に して い る。母 親 は一 時 的 に 日本 に 帰 国 し た りす る けれ ど,フ ラ ンス に永 住 す る希 望 を 持 って お り,子 供 は フ ラ ンス 人 と して 育 て た い と考 えて い る。
例4) 日本 の あ る光 学 機 器 メ ー カ ー の現 地 会 社 に勤 め る 日本 人 の 父親 と フ ラ ン ス 人 の 母親 の場 合,そ の子 供 と両親 と の 日常 会 話 は フ ラ ンス 語,日 本 語 の 併 用 で あ る。 この子 供 は小 学 校 低 学 年 で あ り,父 親 と して は 日本語 に よ る教 育 に変 え た い と 希 望 して い る が,母 親 が ど う して も賛 成 しな いた め そ の 希 望 は実 現 され な い ま まで あ る。
国 際 結婚 して,し か も長 期 滞 在 者 で あ る親 の子 供 の なか に は,低 学年 の 頃 に一 時 日 本 人 学 校 へ 通学 した が,現 地 学 校 に再 転校 した もの も い る。 そ れ は,学 校 内で 同 級 生 な どか ら,お 前 の親 は 「馬 鹿 な フ ラ ンス 人 」 とい う よ うな 廟 笑 が た び た び その 子 供 に 繰 り返 され,結 局 は仲 間 はず れ に され て しま い,現 地 学 校 に転 校 した例 で あ る。 こ う
した 子 供 の 側 か らの 訴 え に よ る転 校 は,本 人 に対 す る直 接 の 偏 見 で はな く,間 接 的 な 親 に対 す る感 情 とそ れ にか らむ 無 意 識 な 連 想 に よ って 生 じる,い わ ば 「多 元 規 定 的 な」
人 種 偏 見[我 妻 ・米 山 1967:243]と 考 え られ る。
(c)他 の 国 か ら フ ラ ンス に移 住 して,現 地 学 校 に通 学 して い る生 徒
この 生 徒 は他 の 国 で 多少 は フ ラ ンス 語 に よ る教 育 を受 け た もの が 多 い。例 を示 せ ば 次 の よ うな場 合 で あ る。
例5) 父親 が小 規 模 な商 社 に勤 め る関係 上,い ろ い ろ の 国 を 点 々 と 移 動 して来 た家 庭 の 子 供 は,単 一文 化 の なか で 教 育 され る こと が な く現 地 学 校 の 教 育 に よ る多 重 文 化 の なか で 育 って きた 。彼 は カ ナダ の モ ン ト リオ ー ル の小 学 校 で 英 語,フ ラ ン ス語 に よ る教 育 を受 けて 来 て い るた め,現 地 学 校 へ の 適 応 は極 め て ス ム ーズ で あ っ た 。
上 記 の 例 の他 に現 地 学 校 へ 通 学 せ ざ る を得 な い場 合 が 見 い だ され た。 それ は,他 の 国 の 日本 人学 校 か ら フ ラ ンスに 移 住 して き た生 徒 で,パ リの 日本 人 学校 に転 校 して き た 例 で あ る。 しか し,本 人 の 性 格 上,日 本 人 生 徒 との 交 友 関 係 が うま くゆか ず 最 終 的 に現 地 学 校 へ再 び 転校 す る こと とな った。 この場 合,パ リ以 前 の 日本人 学 校 で の教 育 が そ の 子 供 の な か に,パ リの 日本 人学 校 に適 応 し難 い もの を 生 じ させ た ので あ ろ う。
他 の 国の 日本 人 学校 か ら,フ ラ ンス の 日本 人 学 校 へ 転 校 した 場 合 に も問題 が皆 無 と い うわ けで は な い らし い。
国立民族学博物館研究報告6巻3号 2.2.国 際 学 校 の 場 合
(a)他 の 国 の 教 育 機 関 か らフ ラ ンスの 英 語 で 教 育 す る 国 際学 校 へ転 校 した生 徒 この場 合,生 徒 の 多 くはす で に英 語 に よ る教 育 を受 けて き た子 供 で あ る。 英語 教 育 か らフ ラ ン ス語 教 育 に 急 転 換 させ る こと は困 難 と判 断 して 国 際学 校 へ 転 校 させ た の で あ る。 同 時 に,英 語 に絶 対 的 な価 値 を 置 いて い る親 が多 く,フ ラ ンス語 は二 次 的 な も の と考 えて 国際 学 校 を 選 択 して い る。
(b)他 の 国 か ら フ ラ ンス の現 地 学 校 へ 転 校 し,さ らに 国 際学 校 へ 転 校 した生 徒 こ の場 合,生 徒 の 親 の 多 くは現 地 学 校 主 義 で,フ ラ ンス で は フ ラ ンス の 現 地学 校 に 通 わせ るの が よい と考 え て い る。 しか し,フ ラ ンス語 に よ る授 業 は意 外 に子 供 に は難 し'く,そ の た め再 び 英語 で 授業 が行 われ て い る国 際学 校 に転 校 させ た の で あ る。親 は 現 地 学 校 主 義 で は あ る が,家 庭 で は 日本 語 を 用 い,多 重 言 語 生 活 に慣 れ させ よ う と考
え て い る。
2.3. 日本 人 学 校 の 場 合
(a) 日本 か ら直 接 日本 人学 校 に転 入 学 した 生 徒
これ は海 外 に 出 た 日本 人 の 最 も一 般 的 な学 校 選 択 で あ る。 特 に 中学 生 の親 は,子 供 を 日本 に 残 して来 な い限 り,子 供 を 日本人 学 校 に入 れ,日 本 の 進 学 教 育 を 受 け させ る
こ とを 望 ん で い る。
日本 人 学 校 の1979年 度 の統 計 に よれ ば,全 校生 徒262人 の うち 日本 国 内 の小 ・中学 校 を 経 験 した こ との あ る生 徒 は176人 い る。 これ らの 多 くの 親 た ちは3年 か ら5年 の 短 期 滞 在 者 た ち で あ り,こ の親 た ち は国 際 的 な教 養 を 身 につ け させ る よ り も,帰 国後
の子 供 の 教 育 を考 え て 日本 人 学 校 を選 択 して い る。
(b)現 地 幼稚 園 を終 了 した 後,ま た は現 地 学 校 の 途 中 か ら日本 人学 校 へ 転 入 学 し た 生 徒
この 場 合,就 学年 令 に達 しな い子 供 を つ れて 赴 任 した 親 子 は,日 本 人 の た めの 幼 稚 園が パ リに はな い の で現 地 幼 稚 園 に入 園 させ る こと に な る。 そ して子 供 が卒 園 の後, 日本 人 学 校 へ入 学 させ て い る。 実 際 に,低 学 年 の ク ラ スの 半 数 近 くの生 徒 が現 地 幼 稚 園 の卒 園 者 で あ った 。
現 地 学 校 か らの 転入 の場 合 に は,両 親 の帰 国が ひ とつ の 引 き金 とな って い る。 帰 国
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大森 パ リの 日本人学校 におけ る文化背景の異なる生徒をめ ぐって
後,子 供 が 日本 の学 校 に慣 れ る よ うに,現 地 学 校 か ら日本 人学 校 へ 子 供 を転 校 させ る 例 が 多 くみ られ る。 普 通 は,一 年 ほ ど前 に子 供 を 日本 人 学 校 に 転 校 させ る 。 しか し 日 本 人 学 校 在 籍証 明書 を取 得 す る 目的 の た あ だ け に3カ 月 未 満 の 在 籍 とい う極端 な 例 も あ る と い う。 こ う した傾 向 は高 学 年 の 生 徒 の 場合 に予 想 され る こ とで あ り,現 地 学 校 お よ び 国 際学 校 の 両 方 か ら転 校 して くる。
親 が子 供 を 国際 人 に育 て よ う と考 えて 現 地 学 校 に 転入 させ た が,結 果 的 に は現 地 学 校 へ の不 適 応 を起 こ して 日本 人 学校 へ 入 り な おす 生 徒 もい る。 一 方,生 徒 自体 は現 地 学 校 に よ く適 応 して いて,教 育 上 支障 は な いの だ が,日 本 人学 校 へ子 供 を転 校 させ た 例 もあ る。
例6)す で に 長 期 間 に渡 って フ ラ ンス に 滞 在 して い る画 家 の 子 供 は,中 学1年 まで 日本 語 に よ る教 育 を受 け る こ とな く育 った。 そ の た め,一 日の 大 半 を 現 地 学校 で 過 ごす 子 供 は,フ ラ ンス語 で考 え,話 し,し か も行 動 様 式 もフ ラ ンス 的 にな って 来 る。 そ して,親 との 間 に対 話 や 行 動,思 考 方法,感 情 の表 現 な ど にお いて 相 違 が 生 じ,家 庭 内 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンが ス ム ーズ にい か な くな って来 た。 しか も親 の 高 齢 化 も手 伝 って,家 庭 内 の 両親 の不 安 は増 大 す る一方 で あ った。 と くに父 親 は絵 画 制 作 とい う仕 事 が らフ ラ ンス語 を話 す 必 要 もな く,子 供 との 間 に 言 語 的 ギ ャ ップ も 生 じて きた 。
そ こで,子 供 に正 確 な 日本 語 を 習得 させ た い と希 望 す る と同 時 に,行 動,思 考 方 法 に お いて も 日本 人 と して 成 長 す る こと を希 望 して,現 地 学 校 の 中 学2年 に 進 級 す る予 定 を 変 更 し,日 本 人 学 校 の 中 学1年 に編 入 させ た の で あ る。
国 際 結 婚 して い る両 親 の子 供 が 高 学 年 に な る と現 地 学 校 か ら日本 人 学 校 へ 転 校 して くる ケ ー ス が あ る。 この 場合,父 親 が 日本 人 で 日本 企業 に 関係 して い る こ とが 多 い。
しか し母 親 の 日本 に対 す る共 感度 が低 い場 合 に は,子 供 も 日本 人学 校 へ通 学 させ る こ と はむ ず か し くな る。
(c)他 の 国 か らフ ラ ンスの 日本人 学 校 へ 転 入 す る生 徒
英 語 に よ る教 育 を受 け た子 供 は,現 地学 校 ま た は 国際 学 校 へ 入 学 す る場合 が 多 い と 考 え られ る。 しか し,フ ラ ンス語 の 習得 が 困難 と考 えた り,国 際 学 校 で の 英 語 に よ る 教 育 は,フ ラ ンス文 化 に か こま れ た環 境 の 下 で は英 語 圏 の生 活 文 化 の 実 体 験 が 得 られ
な い と考 えて,日 本 人 学 校 を 最終 的 に選 択 して い る例 が あ る。
他 の 外 国 の 日本 人 学 校 か らそ の ま ま フ ラ ンスの 日本 人 学 校 へ 生 徒 を 転 入 させ て い る 場合 は,日 本 か ら直 接 や って 来 て,日 本 人 学 校 に入 れ て い る場合 の延 長 線 上 に あ る と
国立民族学博物館研究報告 6巻3号
図1 日本人学校を中心 とした就 形態 とその背景
考 え られ る。 そ の場 合 の動 機 は後 者 の場 合 と同 様 で あ り,広 い意 味 の 日本 人社 会 へ の 適 応 処 置 と して子 供 を 日本 人 学 校 に 通学 させ て い るの で あ る。
以 上 の よ うな パ リに お け る就 学 形 態 を 図 に して み る と図1の よ うにな る。 図1の な か に は,パ リの 日本 人学 校,現 地 学 校,国 際学 校 な どか ら 日本,他 の 国 へ の 移 動 は含 ま れ て い な い。
他 の 国か ら来 る生 徒 の場 合,そ れ まで 英語 に よ る教 育 を 受 け て い たか ど うか に よ っ て学 校 選 択 が な され るよ うで あ る。 徒 が英 語 を よ く理 解 出 来 る場 合 に は 国際 学校 に 転 校 す る こと を考 え る。現 地 学 校 や 日本 人 学 校 に通 学 させ な い背 景 に は,往 々に して 英 語 至 上主 義 が み とめ られ る。 しか し,フ ラ ンスへ 移 る まで は英語 に よ る教 育 を した が,子 供 の性 格 上,外 国 人 の な か に入 れ て 勉 強 させ るの はむ ず か し く,行 動 的 に も日 本 人 的 で あ る場 合 に は 日本 人 学 校 へ通 学 させ る。 こ う した生 徒 は数 の 上 で は大 変 に少 な い。
日本 か ら移 って来 る生 徒 の 親 た ち は大 き く分 けて,実 際 的 な受 験 優 先 主 義 を とるか 国 際的 教 養優 先主 義 を とるか,の い ず れ か に属 して い る。 これ を滞 在 期 間 と い う点 か
ら見 て み る と,そ こに は時 間 的 な 余 裕 に か らむ 問題 が 含 まれ て い る。
短 期 の 場合 に は,子 供 が 低 学 年 で あ れ ば 国際 的 教 養 を つ け させ る ことを 優 先 して, 現 地 学 校 へ 通 学 させ る。 そ して 高 学 年 な らば受 験 の こ とを 考 え て 日本 入 学 校 を 選 択 し て い る。5年 以 上 の 中期 滞 在 者 は,子 供 が い ず れ高 学 年 に達 す るた め,受 験 の ことを 考 え て,は じめか ら日本人 学 校 に通 学 させ て い る場 合 が多 い。
長期 の滞 在 者 の 多 くは 日本 に帰 る ことを ほ とん ど考 えて お らず,現 地 学 校 に子 供 を
606
大森 パ リの 日本人学校における文化背景の異なる生徒をめ ぐって
通 学 さ せ て い る。 しか し,な か に は先 の 例 に もあ った よ う に子 供 が 日本 人 と して 育 つ こ とを希 望 して 日本 人 学 校 へ転 校 させ る こ と もあ る。 これ は一 種 の 民族 主 義 で あ ろ う。
これ と は逆 に,日 本 人 学 校 か ら現 地 学 校 へ 転 校 さ せ られ る生 徒 も出 て く る。 それ は, 国 際結 婚 に よ る場 合 で あ り,両 親 が子 供 を フ ラ ンス 人 と して 育 て よ う と決 め た時 に子 供 は現 地 学 校 へ 転校 させ られ るの で あ る。 これ は民 族 主義 に対 して 帰 化 主 義 と言 え る
で あ ろ う。
パ リの 日本 人 生 徒 の就 学 形 態 を考 え る と,受 験 の こ とや 日本 社 会 へ の 復 帰 の こ とな ど実 際 的 な面 を 考 え て 日本 人 学 校 を 選 択 して い る場 合 が 多 い 。 ま た最 初 は 国際 学 校, 現 地 学 校 な ど に通 学 させ て い るが小 学 校 の高 学 年,中 学 の 段 階 で受 験 ・進 学 な どを 考
慮 して 日本 人 学 校 へ 移 って く る もの も少 な くな い。 その なか に は,子 供 を 日本 人 と し て 育 て るた め に 日本 入 学 校 へ 転校 させ て い る場合 もあ る。
この よ うに,パ リ日本 人 学 校 は,日 本 か らの 生 徒 だ けで構 成 され て い るの で は な い。
他 の 国 の 学 校 や 国 際学 校,現 地 学 校 な ど か ら転 校 して来 る生 徒 も決 して 少 な くな い。
そ こ に は,日 本 で の学 校 と はす で に 異 な った状 況 が 存 在 す るの で あ る。
3.パ リ の 日 本 人 学 校
3.1.日 本 人 学 校 に つ い て
前 章 まで の部 分 で 日本 人 学 校 を選 択 す る背 景,諸 条 件 につ いて ふ れ る と と もに,結 果 と して 日本人 学 校 に現 地 学 校経 験 者 や 国際 学 校 経 験 者 が在 籍 して い る こ とにつ い て 述 べ て きた 。 こ こで は,異 な る文 化 ・教 育 背 景 を 持 つ 生徒 同士 が 日本 人 学 校 内外 の と こ ろで どの よ うに影 響 し合 って い るか を分 析 して み る。 そ の ま え に 日本 人 学 校 の概 要 につ いて 簡 単 に述 べて お きた い。
パ リに は世 界 の他 の大 都 市 と同 じよ うに 日本 人 を対 象 と した小 ・中学 校 が1973年10 月 に設 立 ・開 校 され た 。 この 日仏 文 化 学 院(Institut Cultural FrancoJaponais)は 私 立 学 校 法 人 の 日本 人 学 校 で あ り,主 と して パ リ在 住 の 日本 国 官公 庁,企 業 の 駐 在 員
た ち の子 弟 を勉 学 させ る 目的 で設 立 され た もの で あ る。
教諭 は,日 本 人 学 校 の 要 請 を受 け て在 外 公 館,外 務 省,文 部 省,都 道府 県 な ど が募 集 し,選 考 の上,採 用 され て い る。[文 部 省 学 術 国 際局 ユ ネス コ国 際部 1977:49]。
教 育 の 目的 は現地 日本 人 子 女 を 対象 と して,初 等 ・中等 の普 通 教 育 を 施 す こ とに あ り, 公 立 学 校 的 性 格 が 強 い もの で あ る。
しか し,こ の 日仏 文 化学 院 の経 営 に は,公 務 員,大 企 業 の 会社 役 員 な ど が参 加 して
国立民族学 博物館研究報告 6巻 3号 お り私 立 学校 の経 営 形 態 を と って い る。 内訳 を 見 る と, 理 事 長 , 副 理 事 長 に は大 手 の 商 事 会 社 の 現地 社 長 が就 任 して お り, 理事 , 幹 事 は公 務 員 ,商 事 会 社 役 員 , 銀 行 , 報 道 , 航 空 な ど の 関係 者 , 計 19人 に よ って構 成 され て い る。 経 営者 は単 に学 校 経 営 だ け で な く, 間 接 的 に は教 育 方 針 , その他 生 徒 の転 入 学 許 可 に も関与 す る と もい われ て い る。
教 諭 は19名 で 構 成 され て お り, そ の う ち 日本 人 教 諭 は15名, フ ラ ンス人 教 諭 は 4名 で あ った 。 日本 人 教 諭 は 3年 ご と に入 替 えが行 な われ る。 そ の他 3名 の 事務 員が 学 校 事務 に た ず さ わ って い る。
1979年 5月 当時 の 日本 人 学 校 生 徒 数 は,263人 (外 務 省 領 事 部 の 統 計 で は262人 ) で , 各 学年 は 1ク ラスか らな るが, 小 学 校 4年 生 だ け は生 徒 数 が 多 く, 2ク ラス の編 成 と な って い る。
外 国 に おけ る 日本 人 学校 と い う事 情 もあ って, ク ラスの 人 数 に はバ ラ ツキ が見 られ る (表 1)。 全 ク ラ スの 平 均 は26.3人 で あ るが, 小 学 校 5年 生 の 35人 , 中 学 校 2年 生 の 15人 とで は倍 以 上 の差 があ る。
ク ラス別 の男 女 比 率 の バ ラツ キ は さ らに大 きい。 全 校 の平 均 は, 男 子 5600,女 子 44 0aの 割合 で あ るの に小 学 校 5年 生 で は, 男 子 74°0, 女 子 2600とな って い る。 逆 に 男子 33%,女 子 671% とい う比 率 を 示 す の が 中学 2年 生 の ク ラス で あ る。 た だ し, これ らの ク ラス生 徒数 , 男 女 比 率 は,親 の職 業 上 の移 動 が起 こ る春 と秋 に入 れ 替 り, 常 に 変 動
して い る こ と に注 意 しな けれ ば な らな い 。
日本 人 学 校 の年 間授 業 日数 は 202日ほ どで, 小 ・中 学校 の合 計 10ク ラス の 週 間 授業 時数 平 均 は 313時 間 で , 1ク ラス の平 均 週 間 授業 時 数 は 3L 3時 間 で あ り, 日本 と ほ ぼ 同 じ時 間 数 と思 わ れ る (表 2)。 しか し, カ リキ ュ ラム の編 成 は, 日本 と は少 し異 な
って い る。
小 学 校 で は, 日本 の学 校 と違 って , 日本 語 の 授 業 は週 8時間 と い う最 大 限 の 時 間 割 りが組 まれ て い る。 中学 で は, 日本 語 は 5時 間 に短 縮 され, 代 りに英 語 が 週 6時 間 割
表 1 学 級 編 制 (5月 1日現 在 ) 1979年
性別他
小 ・中
年
男 子
女 子
計 学 級 数
3.
20 9 29 1
2
小 学 部
14 16 30 1
3
11 17 28 1
4 26 22 48 2
5
26 9 35 1
6 17 12 29 1
計
114 85 199 7
1
中 学 部
16 16 32 1
豆
5 10 15 1
皿
12 5 17 1
計
33 31 64 3
合計
147 116 263 10
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大森 パ リの 日本人学校におけ る文化背景 の異 なる生徒をめ ぐって 表 2 年 間 授 業 日 数
月 四 五
六
七 九 一
〇 十一 十二
一
二 三 合計日 数
14 20 20 15 20 23
「
20 15 ao 21 14 202
パ リ日本 人学 校 要 覧 1979よ り
表 3 1 週 間 の 授 業 時 数
小 1 2 3 4 5 6
国
8 8 8 8 8 8
国 社
1 2 3 3 4 4
社 数
4 4 5 6 6 6
数 理
2 2 3 3 4 4
理
立 目
2 1 1 1 1 1
立 日
国 1 2 2 2 2 2 2
英 体
3 3 3 3 3 3
体 家
1 1
技 ・ 家
仏語
2 3 3 3 3 3
仏語 道
o.s o.s 1 1 1 1
道
中 1 皿 皿
特 ・ 活 1 0.5 0.5 1 1 1 1
特 ・ 活 5
5 5
2 2 2
1 1 1
2 2 2
1 1 1
1 1 1
英
4 5 5
5 5 5
6( 2)
6( 2)
6( 2)
合計
25 26 30 31 34 34
合計
5 4 4
パ リ日本 人 学 校要 覧 1979よ り
1 1 1
1 1 1
34 34 34
( )会 話
り あ て ら れ て い る 。 フ ラ ン ス 語 は, 小 学 校 で 週 3時 間 , 中 学 校 で は 2時 間 に す ぎ な い 。 英 語 と 比 べ て フ ラ ン ス 語 の 比 重 は低 い (表 3)。 そ の た め , 日本 人 学 校 の フ ラ ン ス 語 教 育 で は, 現 地 の 生 活文 化 と接 触 す るた
めの 最 低 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ンが ど う に かで き る と い うの が 実 状 で はな か ろ うか 。 さ て こ こで 日本 人 学 校 の 生 徒 の 動 向 に
つ い て 簡 単 に ふ れ て お く。 まず 外 務 省 領 事 部 移 住課 が発 表 した フ ラ ンス 日本 人 児 童 生 徒 数 の 変 動 の 数 値 を も とに作 成 した グ ラ フ を 見 ると (図 2), 日本 人 学校 の 生 徒 数 は年 々増 加 して い た が, 1979年 を 境 に 減少 して い る。
現 地 学 校 の生 徒 数 は, 外 務 省 の 資料 で は フ ラ ンス全 土 の もの しか 入 手 で きず , パ リだ け を区 別 す る こと はで きな い。 し
年
表 4 保護者の滞仏年数
一年未満
滞 仏 年 数
1 .1
z 2.a
2.1 t 3 .0
3 .1
t
4 .0
6 3 1 8 5 4 7 3 5
4 .1
z
5 .0
5 4 3 3 3 1 1 3 1
5.1
小 1 2 3 4 5 6 中 1 皿 皿
9 7 6 8 9 9 8 4 5
7 8 8 14 7 6 7
2 3 3 8 9 3 6 6 3 4
〜
6.0
1 5 1 2 4 1 3 1
6 .1
〜7 .0
1 1 1
7.1
〜1 3 2
計
65 159 145 142 [24 i18 1 3 1 6
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国立民族学博物館研究報 告 6巻3号
図2 フランス日本人児童生徒数の変動 〔外務省領事部移住課 1980〕
か し,目 本 人 は パ リ以 外 は さ ほ ど 多 く な い と考 え られ る の で,グ ラ フ の 傾 向
は パ リの 状 況 を 示 した も の と 考 え て よ い で あ ろ う。 こ の 資 料 に よ れ ば,日 本 人 学 校 の 生 徒 数 は 減 少 し て い る の に 対 し て,逆 に 現 地 学 校 の 生 徒 数 は 増 加 の 傾 向 を 見 せ て い る 。
生 徒 の 在 籍 年 数 は 一 般 に 非 常 に 短 い 。 フ ラ ン ス 滞 在 が4年 未 満 の 在 籍 生 徒 数 が,1979年 の 統 計 で は262名 中,211名 で80.5°oを 占 め て い る(表4)。 実 際 に は 毎 年1/3以 上 の 生 徒 の 入 替 え が あ る。 生 徒 に 加 え1ζ 日本 人 学 校 の 教 諭 も 3年 ご と に 数 人 ず つ 入 れ 替 る の で あ る 。 ま た1979年 に 日本 人 学 校 の 調 査 した 保 護 者 の 職 業 別 の 変 動 を 見 る と,1977 年 か ら1978年 ま で の1年 間 に,そ れ ま で4500以 上 を 占 め て い た 商 社 員 の 生 徒 は15°o減 少 し て い る(図3)。 反 対 に, そ の 他 が10%「 ほ ど 増 加 し全 体 の20001 上 を 占 め る よ う に な っ て い る 。 そ れ は, 現 地 長 期 滞 在 者 の 生 徒 の 転 入 学 が 増 加
した こ と を 示 す も の と 思 わ れ る 。 そ し て,1979年 の 総 生 徒 数262人 の う ち,86人(32.
を経 験 して いな い。 これ らの生 徒 に は 日本 の幼 稚 園 を卒 園 した 生 徒 もい るが,現 地 の 小 学 校,あ る い は他 の外 国 か ら転 入 して きた生 徒 が大 半 で あ る。
日本 人 学 校 生 徒 の 量 的 変動 と質 的 変 動 が1977年 か ら1978年 に か けて,何 か今 ま で と は違 った要 因 に よ って起 きて い る と考 え られ る。 おそ ら く,実 利 的 な受 験 優 先 主 義 か ら国 際 的教 養 優 先 主 義 へ の変 換 と,長 期 滞在 者 の 日本 人 学 校 へ の 転入 学 の増 加 が主 な 要 因 で あ ろ う。
610
大森 パ リの 日本人学校におけ る文化背景 の異な る生徒をめ ぐって
パ リ日本 人 学 校 「マ ロニ エ」 ( 1 9 79 年 ) よ り
図 3 保 護 者 の 職 業3.2. 生 徒 同 士 お よ び フ ラ ン ス 人 の 評 価
日本 人 学 校 の 生 徒 は,文 化 的 ・教 育 的 背 景 の異 な る生 徒 た ちか ら成 って お り, 彼 ら 同 士, 互 い に ど の よ う にみ て い るのか , また 現地 フ ラ ンス人 を どの よ うに み て い るの か を こ こで は事 例 に よ って 示 す こと にす る。 それ に よ って, 生 徒 た ちの 育 って 来 た文 化 的 ・教 育 的背 景 の 違 い が さま ざ ま な形 で 影 響 し合 って い る こ とを , よ り直 接 的 な 形 で 提 示 した い と考 えて い る。
3.2.1. 日 本 か ら 来 た 生 徒
こ の 生 徒 た ち は , 日 本 の 幼 稚 園 を 終 了 した か , 小 学 校 の 中 途 か ら直 接 転 入 学 し た も の た ち で あ る。 転 校 に 際 し て は , 一 見 し た と こ ろ , 自 分 と 同 じ 日本 人 で あ る た め , ほ と ん ど 違 和 感 を 抱 い て い な い 。 し か し, 学 校 に 慣 れ る に 従 っ て 顔 つ き が 同 じで も , そ の 行 動 様 式 ・思 考 方 法 な ど の 相 違 に 気 づ き は じ め る 。
(a) 現 地 学 校 体 験 の 生 徒 に 対 す る 意見
例 7) 小 学 校 2年 生 , 男 子 , 転 校 して 8カ月
学 校 で一 緒 に遊 ぶ 友 達 で も, 家 へ 帰 る とつ き合 え な い友 達 が 出て くる。 そ れ は 現
地 学 校 か ら来 た友 達 で , 家 へ帰 る と近 所 の フ ラ ンス 人 とつ き合 う方 が 多 くな るか ら
国立民族学博物館研究報告 6巻3号 だ 。 僕 らは フ ラ ンス語 が良 く解 らず 仲 間 はず れ に な るん だ 。 日本 か ら来 て 最 初 は み
ん な と遊 んだ け ど,だ ん だ ん 日本 語 しか し ゃべ れ な い友 達 だ け と遊 ぶ よ うに な った。
そ うい う友 達 は少 な い し,友 達 に な って もす ぐ別 れ た りす るか ら大 切 に す るん だ 。 家 が わ りか し近 けれ ば,学 年 が 違 って も友 達 と して つ き合 う よ うに な った 。 日本 で は あ ま りそ うい う こと は なか った けれ ど。
自 由に フ ラ ンス語 が で き な い場 合 に は,ほ とん ど 日本 語 しか で き な い生 徒 同 士 の 交 友 関係 に な る。つ ま り現 地 学 校 を 体 験 して い る生 徒 と は学 校 内 だ けの友 人 関 係 に な っ て い る。 しか も 日本 語 しか し ゃべ らな い生徒 同士 の友 人 関 係 は,生 徒 の激 しい入 れ 替 りの た め,つ か の 間 の交 友 で あ って も,よ り緊 密 な 関係 で結 ばれ,さ らに上 ・下 級 生 間 の交 際 へ と発 展 して い る。 と くに20人 以下 の ク ラスで,さ らに 男女 の数 的 バ ラ ンス も くずれ て い る場 合,こ う した傾 向が 顕 著 にな る。
例8) 小 学 校3年 生,女 子,転 校 して6カ 月
日本 か ら外 国へ 出 るの は初 め て だ ったの で,日 本 人 学校 に入 った時 は少 し怖 か っ た 。 日本 の友 達 よ り も元 気 が よ くて,話 しか け るの が 怖 か った 。 そ れ に新 米 で,フ
ラ ンス 語 は全 然 だ め だ った し,パ リの こと も知 らなか った か ら,ず いぶ ん い じめ ら れ た。
低 学 年 の 生 徒 間 で は,新 入 りの 転 校 生 に対 して,冷 や か しや 一 寸 した悪 戯 な ど を し て その 反 応 を 見 て,そ の生 徒 の 性 格 や 性 質 を知 ろ うとす る。 これ も,出 入 りの激 しい 日本 人 学 校 で 自然 発 生 した い わ ば儀 式 の よ うな もの で あ り,そ の 儀 式 を通 じて い くつ か存 在 す る仲 間 の どれ か に 属 す るよ うに な る。
例9) 小学 校5年 生,男 子,転 校 して1年 半
日本 人 学 校 に 日本 か ら来 て 最 初 に 感 じた こ と は,自 分勝 手 に 自己主 張 を す る者 が い て,び っ く り した 。 日本 で はま あ み ん な先 生 の 言 う通 りだ け ど,平 気 で 無 責 任 な 行 動 を した り,調 子 の い い奴 が 多 いん だ。 それ も現 地 校 か ら来 た の が割 りに多 く, フ ラ ンス 人 と も うま くや って い る よ うだ。 で も下 校 しち ゃ う と,フ ラ ンス人 とつ き 合 うか らそ れ で も,い い のか も しれ な い。
高 学 年 の 生徒 は個 性 も出て,日 本 か らの生 徒 と現 地 学 校 か らの 生徒 の 間 に摩 擦 が生 じる。 現 地 学 校 か らや って 来 た 生 徒 は,自 己主 張 が 強 く,自 分 で 自分 の こ とを決 め る と い う態 度 を つ らぬ き,先 生 の 指 導 が あ って も彼 らは 聞 き流 して しま う場合 が多 い。
そ の こと に 日本 か ら来 た生 徒 は驚 くよ うで あ る。 ま た,日 本 か ら来 た 生 徒 に と って は, 彼 らは,相 手 の 主 張 を うま くか わ す 話 術 にた けた 調 子 の い い生 徒 で あ り,警 戒 を要 す
612
大森 パ リの 日本人学校におけ る文化背景の異な る生徒をめ ぐって る 相 手 に 見 え る 。
Φ)他 の 国か ら来 た 生 徒 に 対す る 意見 例10) 小 学 校5年 生,男 子,転 校 して1年
他 の 国か ら来 た生 徒 を特 に意 識 した こ とは な い。 人 に もよ る けれ ど も,英 語 が よ くで き る者 もい る。 だ け ど フ ラ ンス語 は僕 らの と同 じ ぐ らいだ と思 う。 そ れ じゃ, フ ラ ンス人 は相 手 に して くれ な いか ら,僕 らと同 じよ うな もの だ と思 う。
フ ラ ンス の生 活 文 化 に慣 れ て い な い者 同 士 と い う共 通 の 意 識 が 働 い て い る よ うで あ る。 フ ラ ンス で は英 語 を使 用 す る機 会 が,大 変 に少 な い の で他 の 国 か らの生 徒 に それ ほ ど隔 りを 感 じて は い な い。 しか し英 語 を学 び始 めた 中 学 生 の 場合 に は,他 の 国 か ら 来 た 生 徒 に 対 して,妬 み が生 じて くる。
また,日 本 人 学校 に転 校 して 来 る他 の 国 か らの生 徒 は,国 際 学 校 や 現 地 学 校 へ行 く 生 徒 と比 較 して 相 対 的 に よ り日本 人 的 な 情緒 感 覚 を持 って い る よ う に見 う け られ る。
(c)現 地 の フ ラ ンス人 に対 す る意見 例11) 小学 校2年 生,女 子,転 校 して2年
フ ラ ンス人 の お母 さん を 持 た な くて よか った 。 道 で お母 さ ん が大 声 を 出 して 子 供 を 叱 った り,手 で 叩 いた り して い るの を よ く見 ます 。 そ れ を見 て い ると,も の す ご く怖 くな って しま い眼 を つ ぶ って しま い ます 。 日本 の お母 さ ん は あ ん な こと は しな い と思 い ます 。
そ れ で も フ ラ ンス入 の 子 供 はお行 儀 が わ る いの で 不 思 議 に 思 い ます。
日本 の 社会 で は一 般 に,大 人 は汚 れて い るが,子 供 は純 真無 垢 と考 え られ 大 人 に な る まで は甘 や か され て育 つ 。 しか し西 欧 の子 供 の育 て方 は,子 供 に は悪 魔 が宿 って い て悪 戯 をす る と考 え られ て お り,厳 し く躾 を す る こと に よ って 一 人 前 の理 性 の あ る大 人 に育 つ と され て い る。 この厳 しい 躾 の 反 動 と して,人 の 目の 無 い と こ ろで は,す さ ま じい悪 戯 をす るの で はな か ろ うか 。
例12) 中 学校1年 生,女 子,転 校 して2年
フ ラ ンス人 の 子 供 の遊 び方 を見 て い る と,非 常 に 幼稚 だ と思 い ます 。 中学 生 に な って も,小 学 校 の3年 生 ぐらいの つ も りで 隠 れ ん坊,お に ご っこ な ど した り,女 の 子 な らお人 形 遊 び に熱 中 す るの は ど うか と思 い ま す 。私 た ちだ った ら,何 か道 具 を 上 手 に使 ってゲ ー ムを した り,ス ポ ー ツを した り 要 す るに頭 を 使 った 遊 び を考 え 613
国立民族学博物館研究報告 6巻3号 ます 。 や っぱ り フ ラ ンス入 の遊 び は,た だ体 を動 か す ス ポ ー ッで あ った り,単 純 な 遊 びを 自分 で 見 つ け た り して一 人 で 喜 ん で い るよ うに思 わ れ ま す 。
日本 人 の ほ とん ど の 子 供 は,フ ラ ンス人 の 子供 の遊 び を幼 稚 だ と思 って い る。 それ に対 して,日 本 の 子 供 は知 識 と器 用 さ を要 求 す る遊 び で な けれ ば お も しろ くな い と考 え て い る。 この点 で フ ラ ンス 人 の子 供 を大 変 軽蔑 して い る生 徒 も多 く,そ の結 果,彼 ら と親 しい 日本 の子 供 を 同 様 に蔑 視 す る こと が あ る。
例13)中 学 校2年 生,男 子,転 校 して2年
フ ラ ンス人 の子 供 は,相 手 が 知 人 で もな いの に気 安 く話 しか け て くる。 これ に は 僕 らつ いて行 け な い。 だ か ら自然 に,こ う した フ ラ ンス人 を警 戒 す る よ うな気 持 に な る。 しか もよ く言 葉 が わか らな いか らだ け ど,同 年 輩 に して は大 人 っぽ い 話 し方 を して 初 対 面 の人 に話 しか けて くるか ら気 持 が悪 い時 が あ る。 パ ーテ ィな ん か の 時
に そ う い う こ とが あ る。
お そ ら く,そ の場 限 りで も,フ ラ ンス 人 は相 手 を仲 間 に して 遊 ぽ うと親 切 に して くれ る んだ ろ う け ど,少 しや りす ぎの 感 じが す るん だ。
フラ ンスで は,誰 とで も会 話 を し交 際 す る習 慣 が 一 般 的 で あ り,子 供 に お いて も同 様 で あ る。 しか し この接 近 方 法 は 日本 人 生 徒 に と って 不 慣 れ で あ り ど う対 応 して よい の か知 らな い もの が 多 い 。 こ う した 場 合 に は,日 本 人 は周 囲 の 仲 間 を 意識 して,た と え フ ラ ンス人 と話 せ て も無 口に な る こ とが多 い。
3.2.2.現 地 学 校 か ら 来 た 生 徒
フ ラ ンス式 教 育 に慣 れ た 日本 人 生 徒 が 日本 人 学 校 に 転入 学 して最 初 に要 請 さ れ る こ と は,日 本 式 の集 団 礼 儀 作 法 を 心 が け る こと,相 手 の立 場 を考 え た もの の言 い方 と行 動 を取 る こ とな どが あ る。現 地 学 校 か ら転 校 した て の 生徒 に と って は,そ の こ とが さ
ま ざ まな 行 動 上 の と ま ど い,心 理 的 葛藤 を起 こさせ る よ うで あ る。
(a) 日本 か ら直 接 来 た 生 徒 に 対 す る意見 例14) 小 学 校4年 生,女 子,転 校 して6カ 月
日本 人 学 校 の男 子 が女 子 に話 しか け る時 の 言 葉 が もの す ご く悪 いの に驚 い た。 女 の くせ に男 に 口答 え す る な とか 言 って,男 の 子 た ちが み ん な で文 旬 を 言 うの もお か しい。 意 気 地 が 無 いか らあ ん な言 い 方 をす るの だ と思 う。 ど う して 男 の子 と同 じ事 を した ら生 意気 な の か わか らな い。 また女 の 子 も一 人 で は 男 の子 に向 って 文 句 を 言
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大森 パ リの 日本人学校における文化背景の異なる生徒をめ ぐって
わ な い 。 そ れ に,現 地 校 か ら 日本 人 学 校 に入 った 男 の 子 も,言 葉 が す ご く悪 くな る の は おか しい 。
男 女 平 等 の 思 想 は存 在 す るが 現 実 に は女 性 軽 視 が言 葉 の 上 で な され て い る。 家 庭 内 の 会 話 を 通 じて 学校 に もち こ まれ る女 性 へ の侮 蔑 語 は,高 学 年 の 生 徒 に よ って 下 級生
に も広 が って行 く。
例15) 小 学 校5年 生,男 子,転 校 して3年
日本 か ら来 た生 徒 と よ く問 題 に な った の は,一 寸 した こ とを 決 め るの に も個 人 の 判 断 で処 理せ ず,み ん な に聞 い て か らと か,集 会 を開 いて か ら な ど と言 う こ とで あ
った 。 小 さな 事 を大 き く して まで 決 め る必要 は 無 い と思 う。
それ か ら,日 本 人学 校 で はや た ら に集 会 が 多す ぎ る。 生 徒 会,学 級 会,ク ラス集 会 な ど,現 地 校 で は先 生 の 話 を す る会 の ほ か は 自由参 加 だ った し,そ れ に み ん な で や る掃 除 なん か の 作 業 もなか った 。 日本 人 学 校 で は何 か無 理 して 生 徒 が 仲 良 くな る よ うに とか,協 力 す る よ うに とか 強 制 して るみ た いだ 。僕 らみ ん な友 達 にな れ るわ けが な い ん だ 。
学校 側 の コ ンセ ンサ ス統 一 の方 法 に疑 問を 持 って い る生 徒 は か な り多 い。 日本 人 学 校 で は教 課 以外 の こと につ いて は 日本 よ り も厳 しさ はゆ るい の で あ るが,そ れ で も現 地 学 校 か ら転 入 した生 徒 は勉 強 以外 の 干 渉 が 多 い と感 じて い る よ うだ 。
例16) 中学 校1年 生,女 子,転 校 して2年
日本 人 の 生 徒 は,フ ラ ンス人 の 生 徒 よ り も粘 り強 い が大 胆 な行 動 を しな い 。 自己 表 現 の態 度 もは っき りせ ず,勇 気 もな く,い じい じ して 明 る く活 発 な と こ ろが 少 な い。 友 達 同士 のつ き合 い も,い つ も相 手 に張 り付 いて行 動す る よ うな様 子 が 見 られ る。 こ うい う友 達 関係 と い うの は 恋 人 とか,変 な 関係 の 人 に 限 られ て い る と思 う。
幼 稚 園 の児 童 み た い に手 を つ な い だ り して おか しい と思 う。 こ うい うつ き合 い って い うの は,き っ と相 手 に少 しで も嫌 わ れ な い よ うにす るた め に す る こ とだ と思 う。
その くせ み ん な 人の 悪 口を 陰 で 言 うか らお か し くて,堂 々 と して な い と思 う。 や っ ぱ り正 直 に感 情 を 出 して,束 縛 の な い つ き合 い方 が一 番 いい と思 うの だ け れ ど。
堂 々と した 態 度 や 活発 さな ど は,一 般 に 現 地 学校 の生 徒 に見 られ る。 それ は,集 団 行 動 の な か に さ え見 られ る こ とで あ る。 しか し 日本 の生 徒 の なか に も大 胆 な 行 動 を取 る もの もい る が,集 団 の な か で は お と な し くな る傾 向 が あ る。 友 人 関係 につ いて,現 地 学 校 か ら来 た生 徒 は,各 自の 立場 を 明確 に して 人 間 関係 を形 成 す る こと が重 要 だ と 考 えて い る。