【報 告】
経口摂取が困難な一症例に対する摂食・言語指導の経過
弓削 明子 *1 ,塚原 三津子 *2 ,中村 惠子 *3
*1 京都学園大学 健康医療学部 言語聴覚学科
*2 聖ヨゼフ医療福祉センター リハビリテーション科
*3 聖ヨゼフ医療福祉センター 小児科
A Case Report of the Feeding, Communication and Language Therapy for a Child with Feeding Difficulties
Akiko YUGE
*1,Mitsuko TSUKAHARA
*2, Keiko NAKAMURA
*3*1
Department of Speech-Language-Hearing Sciences and Disorders, Faculty of Health Sciences, Kyoto Gakuen University
*2
Department of rehabilitasion, Center of St.Joseph Health and Welfare
*3
Department of pediatrics, Center of St.Joseph Health and Welfare
要 旨
哺乳困難で経管栄養になった児に摂食・言語指導を行い,指導経過を整理し検討した.症例は 3 歳女児.在胎 30 週,760g で出生し修正日齢 10 日に順調に退院したが,まもなく哺乳困難で再入 院.経管栄養による持続注入で体重は増加したが経口摂取が進まず修正 1 歳 1 ヵ月に摂食及び発達 全般の促進を目的に来院.摂食困難の要因には注入により空腹時間がないこと,感覚過敏,社会性 が低いことなどが考えられた.そこで食事指導に先行して注入の調整と脱感作,社会性の促進を目 的とした指導を行ったところ,食べ物の受け入れが改善した.食事指導では同時に言語発達の促進 と,食事が心地よい体験になることを目指し環境設定や母親指導も行った.その結果 3 食経口摂取 が可能になり,社会性・言語発達にも変化がみられた.食事指導に限定せず,社会性・言語発達の 促進を併行したことが本児の発達を促したと考えられた.
キーワード:摂食困難,食事指導,社会性・やりとりの安定,言語発達の促進
Key words: feeding difficulties, feeding therapy, social skill, language encouragement
Ⅰ は じ め に
基礎疾患,摂食嚥下機能の問題など様々な要因に よって経口摂取が困難となる場合がある.未熟児の 場合,生後すぐは哺乳が難しいことが多く,経管栄 養を使い,その後全身状態を見ながら経口摂取を開 始するが,口腔機能,嚥下機能の問題がないにもか かわらず経口摂取が困難で経管栄養を中止出来ない 場合もある.摂食困難は養育者(多くは母親)に とって重大な問題になる.田角
1)は機能的な障害が
ないにもかかわらず経管栄養を必要とする要因とし て,経管栄養による栄養過剰,感覚過敏,精神・心 理的問題,偏食などを挙げているが,現状では明確 な治療・指導方法は確立されていない.今回,哺乳 困難で経管栄養になった児に食事指導と合わせて社 会性・言語発達の指導を行った.その結果,経口摂 取が可能になり,社会性・言語面も発達したので,
その経過を整理し,摂食困難をもたらした要因と指
導内容について検討し報告する.
Ⅱ 方 法
症例の情報,訓練経過はカルテの記載を後方視的 に抽出し,検討した.公表にあたっては保護者の同 意を書面にてもらい,個人が特定されないよう記載 には十分配慮した.
Ⅲ 症 例
3 歳 女児 在宅1.診断名:外胚葉異形成症疑い,両側感音性難
聴,早期産低出生体重児
2.既往歴:在胎 30 週で,胎児心音低下のため
帝王切開にて他院で出生.出生体重 760g,すぐに NICU 管理となったがアプガースコアは 1 分値 9 点 と仮死はなかった.入院中は酸素投与の必要もなく 経口哺乳が可能で体重増加も良好.生後2ヵ月27日
(修正日齢 10 日)に退院.退院時の頭部 MRI は異常 なし.
その後,4 ヵ月(修正 1 ヵ月)に哺乳量が減少し,
体重増加不良,臀部潰瘍のため再入院.様々なミル クで経口哺乳を促したが哺乳不十分で体重が増加せ ず,徐々に経口哺乳を嫌がるようになった.8 ヵ月
(修正 5 ヵ月)時に経管栄養開始,24 時間の持続注 入で体重が増加した.体重増加を確認後,経口哺乳 を再度試すが困難であり経管栄養のみとなった.
9ヵ月(修正7ヵ月)時に聴性脳幹反応検査(ABR)
で両側 105dB の難聴と診断された.
3.成育歴:運動発達は 10 ヵ月(修正 8 ヵ月)で
定頸,1 歳 2 ヵ月(修正 1 歳)で寝返りができた.
経口摂取は困難なまま 1 歳 3 ヵ月(修正 1 歳 1 ヵ 月)時に当院に摂食と全般的発達の促進を目的に紹 介・受診となった.
4.初診時評価
1)摂食
経管栄養による 24 時間持続注入.一日に何回か 嘔吐あり.母親によると当院受診までの間ミルクや 離乳食も試したが,2 口以上は食べなかった.
2)口腔機能
下顎は後退,下口唇は内転させ常に口唇を閉鎖さ せている.口腔周辺の筋緊張が高い.笑うとわずか に開口する.
3)嚥下機能
流涎,唾液のむせはなし.喘鳴もなく,唾液の嚥 下が出来ており,明らかな嚥下障害はない.
4)感覚
顔面・口腔周辺へ手を近づけると顔をそむける,
言語聴覚士(以下 ST)の手が偶然口唇に触れると 安静時よりも下口唇を内転させるなど顔面・口腔周
辺の触覚過敏が著明であった.
5)姿勢・運動
円背で頭頸部後屈した支座位.寝返りで移動.
6)認知
玩具の持ち替えができ,光る玩具は注視したが,
それ以外は見ることがなく物への興味は低かった.
7)社会性
初めての部屋にも嫌がらずに入室した.ST に笑 いかけてきたり,顔をじっと見つめたりすることは あるが,ST の働きかけに対するアイコンタクトは 乏しい.ST が抱っこしている時に児が体を反らせ るのに合わせて ST も体を揺らすと笑顔が見られ,
体を揺らすのをやめるともう一度体を反らせたり足 をバタバタさせたりした.この時は体を動かすだけ で,ST が児の顔をのぞきこんでも顔をあげるなど の人への働きかけは見られなかった.
8)言語
嫌な時は体全体で拒否を示す.先述の抱っこ遊び の時は,揺れが止まると体を反らせたり足を動かし て要求を示した.発声は観察できなかった.
9)聴力
両側に補聴器装用(初診時前より装用,他院で 調整).補聴器装用時の聴性行動反応聴力検査で 80dBSPL 程度の太鼓の音には反応があった.
10)その他
便は常に下痢気味で軟便.そのため臀部に発赤あ り,痒みが強いと思われた.
面接時の行動観察から遠城寺式乳幼児分析的発達 検査表でチェックすると,移動運動・手の運動は 6
〜 7 ヵ月,基本的習慣・対人関係は 2 ヵ月程度,言 語は発語 5 ヵ月、言語理解 1 ヵ月であった.
摂食困難の要因としては,a)持続注入で空腹時間 がないこと,b)時々ある嘔吐が不快な経験になっ ていること,c)触覚過敏で食物の受け入れが悪い こと,d)マイペースで社会性が低く,母親からの 食事の誘いに応じにくいことが考えられた.そのほ か摂食以外の問題として,運動・言語発達の遅れも 問題として考えられた.
5.経過
1)第Ⅰ期指導:1 歳 3 ヵ月(修正 1 歳 1 ヵ月)〜
1 歳 8 ヵ月(修正 1 歳 6 ヵ月)
(1)指導スケジュール
当院初診後すぐに 5 週間の母子入院を実施した.
入院中は言語療法・理学療法・作業療法とも個別指導 で 4 〜 5 回/週、保育はグループで 3 回/週行った.
入院中は担当者が連絡を密に取り合い指導内容,児
の様子など情報交換を行った.
(2)指導方針と内容
方針と役割の分担を以下のように行った.a)の
「持続注入で空腹時間がないこと」と b)の「嘔吐が 不快な経験になっていること」に対しては ST と医 師で注入の調整を,c)の「触覚過敏」は主に ST が 脱感作を,d)の「マイペースで社会性が低いこと」
は,ST と作業療法士(以下 OT)がやりとり遊びを 行った.そのほか,言語発達の促進は ST,運動発 達など全般的な発達の促進は OT,理学療法士(以 下 PT),保育士が担当した.それぞれの担当者が指 導目的に応じた母親指導も行った.具体的な内容を 以下に示す.
①空腹時間の確保と嘔吐の予防:経腸栄養剤の選択,
注入スケジュールを検討し,空腹時間を作るように した.また嘔吐を予防するため,注入速度を調整し,
注入時や注入後の姿勢についても児の反応を見なが ら検討した.
②触覚過敏の軽減:顔面・口腔周辺の脱感作を行っ た.具体的には,本児の好きな抱っこで体を揺らし ながらリラックスしている時に,腕・肩・頸部・顔 面・下顎・口腔周辺へと順に進めていった.各部位 とも掌で数秒ずつゆっくりと押さえるように触れ,
嫌がったところでそれ以上は進まないようにした.
これは訓練以外でも日常の機嫌の良い時を見て,一 回数分程度,一日に数回は母親にも行ってもらった.
③社会性・やりとりの促進:食事は他者からの働き かけに応じるひとつのコミュニケーションであり,
食べ物を受け入れやすくするためにはやりとりの安 定が必要と考えた.本児の好きな抱っこで体を揺ら したり,光る玩具を一緒に操作して眺めたり児が興 味を持った遊びに ST や OT が合わせて遊びを展開 し,その中で人への興味・関心を育てるようにした.
関わるときは本児の難聴を考慮して,児が見える位 置から働きかけること,見ていることを確認しなが ら玩具を提示すること,「抱っこ、おいで、ねんね」
などいくつかの簡単な語を音声だけでなくジェス チャーなども併用して示すこと,などに注意し母親 にも関わり方のモデルを見せて説明し,日常でも同 様の関わりを促した.
④言語発達の促進:難聴があるため,ジェスチャー やマカトン法によるサイン
注 1)(以下、マカトン・サ イン)を用いて有意味語の理解を促した.ジェス チャーやマカトン・サインを提示するときは,必ず 音声も併用するようにした.
⑤全般的発達の促進:PT はボイタ法
注 2)による運動 の指導,OT では遊びの拡大,保育ではグループで ボールプールなどダイナミックな遊びや玩具の操作 などを実施した.
2)第Ⅰ期指導後再評価 1 歳 8 ヵ月(修正 1 歳 6 ヵ月)
(1)摂食
注入は1日5回,嘔吐は一回もない時もあれば注入 ごとに出ることもあった.注入前後の姿勢は,覚醒 時は動いてしまうので統一することは難しかった.
また姿勢によって嘔吐に明らかな差は見られなかっ た.
お菓子に興味を持ち始めたので母親が与えたとこ ろ,かっぱえびせんは食べるようになった.しかし,
かっぱえびせんでも食べさせられるのは嫌がり,自 分の手で持って食べる様子が見られた.かっぱえび せん以外は横を向いて嫌がった.
(2)口腔機能
舌の側方運動が見られ,かっぱえびせんを粉砕す るようになり,口腔運動の問題はそれほど大きくな いと考えられた.
(3)嚥下機能
1 歳 7 ヵ月時、他院で実施された嚥下造影(video- fluoroscopic examination of swallowing: VF)検査 で固形・水分とも問題はなかった.
(4)感覚
指やオモチャなめが出来るようになった.手が頬 にゆっくりと触れても嫌がることがほとんどなくな り,過敏が軽減し,食事への準備が整ってきた.口 唇・口腔内に指を入れると嫌がるので口腔ケアは不 十分であった.
(5)運動
座位が可能になり,いざるように移動した.
(6)認知
太鼓を叩く,球を丸い穴の容器に入れるなど玩具 を操作しようとすることが出てきた.
(7)社会性
ST の指さしやジェスチャーに注目するようにな り,ST が手を出すとものを手渡してくれるように もなった.「バイバイ」「猫」などのジェスチャーの 動作模倣も可能になった.しかしこれらに全く反応 しないこともあり,反応は不安定であった.
(8)言語
人に向けた発声は観察されるようになったが,指 さしやジェスチャーの使用は見られなかった.
遠城寺式乳幼児分析的発達検査表で,移動運動・手 の運動は 7 〜 8 ヵ月,基本的習慣・対人関係は 9 ヵ月 程度,言語は発語 6 ヵ月,言語理解 3 ヵ月程度の項 目が出来ているが,特に対人関係の項目では出来る ときと出来ないときがあり反応が不安定であった.
母子入院退院後は外来指導を継続し,言語療法・
理学療法・作業療法の個別指導を 2 回/月,療育グ
ループ 1 回/月(保育)を実施した.しかし,摂食 面では変化が殆どなく,再度母子入院にて集中指導 を行うこととなった.
3)第Ⅱ期指導 1 歳 9 ヵ月(修正 1 歳 7 ヵ月)〜
3 歳(修正 2 歳 9 ヵ月),母子入院は 1 歳 9 ヵ月(修 正 1 歳 7 ヵ月)〜 1 歳 11 ヵ月(修正 1 歳 9 ヵ月)
(1)指導の方法
5 週間の母子入院中は第Ⅰ期指導の入院中と同様 に,言語療法・理学療法・作業療法を個別指導で 5 回/週,保育はグループで 3 回/週実施した.
退院後の外来指導は言語療法・理学療法・作業療 法とも個別指導で 2 回/月,療育グループ 1 回/月
(保育)を実施した.また,2 歳 4 ヵ月(修正 2 歳 2 ヵ月)から単独通園(療育)も始まった.
(2)指導方針と内容
本児の全般的な問題点として,a)受け入れられる 食物が少ない,b)食事への興味が低い,c)やりと りの反応が不安定,d)言語発達の遅れ,e)認知発 達の遅れ,が考えられた.これらに対して,PT は 姿勢の安定や歩行を目的としたボイタ法による運動 指導を行った.OT は ST とともに食事指導や遊び の拡大と,さらに手指機能の促進を行った.保育士 はグループでの遊びの拡大を行った.ST は以下の
①〜⑥を目的に指導を行った.
①食物受容の拡大:色々な味覚刺激を体験させ,受 け入れられる味覚を広げるようにした.食品の種類 についても,スナック菓子以外のもの(米飯,野菜 の煮物,魚など)も試していった.
②食事指導:お菓子のほか,食事の時間には母親のお 皿を見せ興味を引くように設定した.本児が興味を 示した場合はその食物を少量でも食べてみるように 促した.食形態は口腔機能の発達を考えると本来な らペースト食,中期食,後期食と段階を追って食形 態を上げていくが,本児の場合ペースト食は嫌がっ て食べないため,食形態にこだわらず大人の食事の 中から食べそうなものを選び,本児の口腔機能に合 わせて嫌がらない程度に再調理(つぶす,とろみを 加えるなど)するようにした.食具は、手づかみが 主で手について嫌がるものはスプーン・箸で介助し た.感覚過敏を考慮して,スプーンはプラスチック またはシリコン製のものを,お箸はプラスチックを 使用した.スプーンの場合,口唇での取り込みを促 すと嫌がってしまうので,前歯でスプーンを噛みな がら捕食しても注意はしなかった.
食事環境として,無理強いはしない,一口でも食 べたら褒める,食事の最後は褒めて心地よい体験と して終われるように設定し,母親にもこれらを説明 し実行してもらった.
③やりとりの安定:ST からの働きかけに対する反 応が安定して得られ,児の興味が持続し楽しく関わ れるように,本児の好きなおもちゃや人形,日常生 活用品を使ったやりとり遊びを行った.
④言語発達の促進:Ⅰ期と同様に,積極的にジェス チャーやマカトン・サインを用いて理解・表出を 促した.やりとり遊びや絵本の読み聞かせの中で
「ちょうだい,開けて,食べる,飲む,車,猫,犬,
コップ」など 1 〜 2 歳代の単語をジェスチャー・マ カトンサインで提示するようにした.この時は必ず 対面して音声も同時提示するようにした.音声は騒 音計で大きさを測りながら,児が移動しても反応す る 80dBSPL 前後になるように調整しながら行った.
これらの様子を母親にも同席して見てもらい,日常 生活でも使用できるようモデルを示した.聴力の フォロー,補聴器の調整は他院の受診を継続した.
⑤視知覚認知の向上:物の機能的操作が出来る種類 を増やし,さらに形の弁別を促した.具体的には,
輪投げのようにリングをポールに入れる動作,ボタ ンを押すと動く玩具の操作,日常の生活道具の用途 にあった操作のモデルを示したり一緒に行ったりし た.また容器の丸い穴にはボールを,四角い穴には 積み木を入れる,などを行い形の弁別を促した.
⑥食事量の増加に伴う経管栄養抜去の準備:1 歳 10 ヵ月(修正 1 歳 8 ヵ月)頃より白い食物を好み米 飯を食べるようになり食事量が増加したので経管栄 養抜去の検討も行った.比較的よく食べたときは,
その直後の注入量を減らすようにした.水分は経口 摂取では嫌がったので,必ず必要量を注入で確保す るようにした.
4)第Ⅱ期指導結果 3 歳 0 ヵ月(修正 2 歳 9 ヵ月)
(1)摂食
Ⅰ期以降,かっぱえびせんなどのお菓子類から米 飯,豆腐など白いものなら食べる時期が続いた.そ の後少しずつ白いもの以外でも食べられるようにな り,通い始めた通園施設では完食するようになった.
3 歳 0 ヵ月にはスプーンで自食し,3 食経口摂取可 能だが,通園施設の昼食以外は食べむら・偏食があ り,また感染性が高く体調を崩すことも多いため食 事量は安定しない.水分はコップを自分で持って飲 むようになった.経管栄養は,最低限の栄養必要量 と脱水にならない水分量が経口摂取できることが確 認できたため,2 歳 7 ヵ月(修正 2 歳 5 ヵ月)に抜 去した.
(2)口腔機能
お菓子は舌の側方運動で奥歯に移動させ粉砕する
が,下顎の回旋運動は少なく咀嚼はまだ不十分であ
る.米飯やおかずの場合は舌で押しつぶして食べる
ことが多い.水分は時々むせる.嘔吐は体調が良い 時はほとんどない.
(3)感覚
歯磨きを嫌がる以外は目立った過敏はなくなっ た.
(4)運動
2 歳 4 ヵ月(修正 2 歳 2 ヵ月)より独歩可能.
(5)認知
積木を二つ積む,車を走らせる,なぐり書きをす る,○△□を弁別して型はめをすることが可能に なった.
(6)社会性
要求は指さし,ジェスチャー・マカトン・サイン,
クレーン現象で示した.褒められると同じ動作を繰 り返し,対面するSTが視線を外すとその視線を追っ てその方を見る追随注視が出来た.ジェスチャーで
「もう一回」と示すとわかるようになり,嫌になって ももう一度遊びや食事に取り組めるようになった.
(7)言語
約 50cm れたところから少し大きめの声で名前を 呼ぶと,振り返る.日常生活の場面からマカトン・
サインは「車、ボール」などの事物名称,「寝る、洗 う」などの日常の生活動作語を合わせると約 20 語は 理解できる.マカトン・サインでの表出語彙は「ボー ル,スプーン,車」など約 10 語で,音声表出は「デ タ」,「ママ」,「オーダ」(「ちょうだい)の意)がで ている.
(8)発育
身長 85cm,体重 9.2kg.標準身長・体重曲線で見 ると身長は−2SD 以内だが,体重はそれよりもわず かに下回っている.
以上より,経口摂取は可能になったが,経口摂取 量は本児の食べむらや体調不良で安定せず,今後も 経過観察と継続指導が必要であると考えられた.発 達面は新版 K 式発達検査の項目と照合すると姿勢・
運動は 1 歳 0 ヵ月〜 1 歳 3 ヵ月,認知は 1 歳 3 ヵ月
〜 1 歳 6 ヵ月,社会性・言語発達は 1 歳台と考えら れ,全体的な発達の遅れはあるもののバランスよく 伸びていると考えられた.
Ⅳ 考 察
1.摂食困難の要因について4 ヵ月(修正 1 ヵ月)の再入院の頃までは経口摂 取が可能であったが,これは田角
1)が,基礎疾患は もつものの,新生児期には一時的に哺乳できている ケースが多いと示しているように本児も同様であっ たと考えられた.本児には,嚥下造影検査で嚥下機 能に問題がなく,また指導開始後,比較的早くから
舌の側方運動が出来ており,口腔器官の運動にも大 きな問題は見られなかった.田角
1)は摂食嚥下機能 に明らかな問題がないにも関わらず摂食困難になる 要因を検討し,心理・感覚的拒否(口腔・上部消化 管への侵襲など過去の不快体験,感覚偏倚による偏 食),幼児経管依存症,栄養過剰による医原性の経管 栄養症,食事恐怖症を挙げている.田子ら
2)は経口 摂取の経験不足による未熟性だけでは成因として不 十分で消化器・呼吸器系の基礎疾患や合併症および その治療過程の口腔・咽頭への侵害刺激の蓄積,嘔 吐やムセなどの食事に対する不快感,発達障害に伴 う感覚過敏が深く関与しているとした.田村ら
3)は 摂食拒否を有する児の指導経過を検討し,過敏,経 管栄養が影響している可能性が示されたとした.本 児の場合,24 時間持続注入で経管栄養による過剰 な栄養,著明な感覚過敏,チューブの交換による口 腔・咽頭への侵襲や嘔吐による不快体験の蓄積があ り,これらは先行研究と同様で摂食困難の大きな要 因として考えられた.また 8 ヵ月(修正 5 ヵ月)の 他院での再入院中に経口哺乳を繰り返し促され,そ の後当院初診までの間にも経口哺乳,経口摂取を促 された経過もあり,このことも過去の不快体験に該 当すると考えられた.仁平ら
4)が摂食の強要を継続 することが逆に拒食行動を習慣化させたと述べたよ うに,これらの行動が本児の摂食困難を助長した可 能性が考えられた.
2.指導内容について
指導内容に沿って指導効果について検討する(図 1).
1)注入の調整
1 日 5 回の注入にしたことで空腹時間が得られた と考えられた.田角
5)はおいしく食べるためには空 腹が必要であるが,空腹があってもストレスや体調 不良があると食欲は出ず,空腹から食欲につなげる には体調を整え楽しくおいしく食べられるように環 境を調整する必要性を述べている.本児の場合は分 割注入で空腹時間ができたと考えられるが,それだ けでは効果は得られず,脱感作や社会性の発達促進,
言語発達の促進,運動指導,食事の環境調整などと 合わせて行ったことが改善につながったと考えられ た.
2)脱感作
田子ら
2),田村ら
3)が指摘するように,口腔の
感覚過敏は食物や食具の受け入れに大きく関係して
いると考えられた.脱感作で過敏を軽減させたこと
は,食物や食具の受け入れに効果があったと考えら
れた.
3)社会性・やりとりの安定
田角
5)は食行動は食べる機能の発達のみならず,
子どものすべての発達,社会性・コミュニケーショ ンの発達にも関与するとし,Chatoor ら
6)も摂食は 愛着関係や運動機能・言語の獲得にも関係している と述べている.本児の場合,食事場面以外でも対人 反応が弱くやりとりが困難であった.そこで食事場 面以外でのやりとりの安定を図り,食事中のやりと りを促せないかと考えた.初めは本児が興味を持っ たものにSTが合わせるやりとり遊びから始め,徐々 にSTの働きかけに反応するように促した.STとの 相互のやりとりが出来るようになると,他者からの 受容が良くなり他者が促した食べ物を受け入れやす くなったのではないかと考えられた.さらに食べら れてうれしいという母親の気持ちと,褒められるこ とがうれしいという子どもの気持ちとの共感関係が 築けるようになり,このことから褒められるからも う一口食べる,といった量の増加へつながったので はないかと考えられた.
Satter
7)は食事がうまくいくには子どもとの信頼 関係が必要であることを示した.本児の場合,他院 での入院期間が長期にわたり入院中には不快な体験 も多く母親との楽しい哺乳時間や遊びの時間が少な かったことが推察される.親子で個別指導や保育に 取り組むことを通して親子の信頼関係が築かれ,母 親の本児に対する理解や対応が深まったことも改善 につながった要因として考えられた.
4)言語発達の促進
難聴を考慮してジェスチャー・マカトンサインを 用いて理解・表出を促進したことで,母親の指示や食 事の促し,繰り返しのある日常生活の中での促しが
理解できるようになった.表出面では本児の要求表 現が多様化し,要求がわかりやすくなった.Sullivan とRosenbloom
8)は,子どもが空腹や食物の好みを表 現できないと,養育者にとっては子どもの要求がわ からずお互い葛藤を抱えることになり,そのことが 摂食困難の一つの要因となることを示している.今 回,本児の要求表現,理解を伸ばしたことは親子の コミュニケーションを円滑にし,食事場面のコミュ ニケーションに役立ったと考えられた.
5)食事指導
Sullivan と Rosenbloom
8)は,食事は親子とも楽し めるものであると述べ,田角
5)は経管栄養を必要と する乳幼児摂食障害に対するステップ治療の中で,
(a) 「自分で食べる意欲を育てる」として,楽しく食 べる,食べることを強制しない,手づかみ食べを促 す,スプーンは嫌がらないときにのみ使用, (b) 「好 きなものを探し楽しく自由に食べさせる」として,
好きな飲み物や食物を探す(形態は何でもよい,量
は増やす必要はない)自分で使いやすく持ちやすい
道具を探す,と述べている.今回の指導でもスプー
ンを強要せず手づかみ食べにし,興味を持ったら食
具を使用させた.食形態にもこだわらず本児が好む
食物を優先させた.また本児が食べたいものを与え
るようにし,少量であっても食べたら褒められて楽
しく終われるようにした.これらのことはこれまで
の強要される不快体験とは異なり,本児の食べる意
欲を促し快体験として積み重なったものと考えられ
た.これらの指導内容は母親にも説明し,十分理解
を得て実践できたことも大きな要因であると考えら
れた.食べ始めた時期とほぼ同時期に単独通園が開
始されたことで摂取量の増加が得られたと考えられ
図 1.指導効果の検討た.仁平ら
4)は,家庭での経口摂取がうまくいかず 拒食行動を習慣化させているような場合は,今まで とは異なる集団生活場面からアプローチを行うこと の重要性を示唆している.さらに,通園では生活リ ズムが確立し,運動量も増えて空腹になり,また他 児の食べる様子を見て意欲がでるといった効果が得 られたと考えられた.
6)多職種のアプローチ
Keen
10)は,効果的な治療には感覚・認知・愛着・
感情的な相互作用など多面的なアプローチが必要で あると述べている.SullivanとRosenbloom
8)も摂食 の問題には様々な訓練アプローチが必要であること を示している.PT,OT,ST,保育士といった多職 種が連携して行った指導は,この多面的なアプロー チといえるだろう.摂食困難に対する指導であって も食事指導のみを行うのではなく,子どもの全般的 な発達の評価,摂食困難の要因を検討し,必要な指 導プログラムを立て,多面的なアプローチをするこ とが大切であると考えられた.
Ⅴ ま と め
哺乳困難で経口摂取が困難になった一症例に行っ た指導の経過をまとめた.直接的な食事指導以外 に,感覚過敏に対する脱感作ややりとりの安定,言語 発達の促進,全体的な発達を促す指導を多職種が連 携して行ったことが効果的であったと考えられた.
本論文の要旨は第 110 回日本小児精神神経学会
(2013 年 11 月、名古屋)で発表した.
謝辞:本論文の作成にあたり,ご協力頂いたご家族 に深謝致します.またご指導賜りました多摩北部医 療センター石田宏代先生に深謝いたします.
文 献
1) 田角勝,向井美惠:小児の摂食・嚥下リハビリテー ション,274-277,医歯薬出版,2006
2) 田子歩,佐藤典子,辻真由美他:新生児・乳児期の 長期絶食後における摂食拒否の成因に関する研究.日 摂食嚥下リハ会誌,9(2), 180-185, 2005
3) 田村文誉,町田麗子,菊谷武他:摂食傾向を呈する 小児患者への摂食指導の効果.日摂食嚥下リハ会誌,
13(3), 409, 2009
4) 仁平暢子,加藤光剛,松浦芳子他:摂食機能獲得期に 拒食傾向を示す症例への多角的アプローチ 第 2 報集 団生活場面からのアプローチ.日摂食嚥下リハ会誌,
13(3), 410, 2009
5) 田角勝:子どもの摂食嚥下リハビリテーション,37- 39, 43-46, 127-132,診断と治療社,2013
6) Chatoor I, Schaefer S, Dickson L. et al : Non-organic failure to thrive:a developmental perspective. Pediatr.
Ann, 13(11):829-835,1984
7) Satter EM : The feeding relationship. J Am Diet Assoc, 86(3) : 352-356,1986
8) Sullivan PB, Rosenbloom L: Feeding the Disabled Child. 23-32, 47-61, Mac Keith Press, London, 1996 9) Keen DV. : Childhood autism, feeding problems and
failure to thrive in early infancy. Seven case studies.
Eur Child Adolese Psychiatry, 17(4): 209-216, 2008 10) 大石敬子編:ことばの障害の評価と指導,176,大修
館,2001
11) 家森百合子,神田豊子,弓削マリ子著:子どもの姿 勢運動発達,171,ミネルヴァ書房,1985
注釈
注 1):マカトン法はことばの発達に遅れのある人々のた めに,英国で開発された補助代替コミュニケーションの 指導法で,手指の動作表現(サイン)がある10). 注 2):ボイタ法の訓練は,特定の出発肢位において誘発
体を刺激し,寝返りや四つ這いの時に使う筋肉のパター ンを正しく誘導し,体幹を安定させ,結果として目や 口,手足などを安定して使え,呼吸や内臓の働きを改善 しながら,移動に必要な体幹のねじりと四肢交互性を誘 導する11).