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大江健三郎『水死』を読む

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(1)

88

貫 か れ た ア イ ロ ニ ー

l 大 江健 三郎﹃ 水死 ﹄を読 む

佐      藤      裕      子

繰 り返 される アイ ロニ 1   

大江健 三郎の﹃水 死﹄は︑そ の冒頭から アイロニー に満ち溢れ

ている

, そ

もそ も︑この﹃ 水死﹄とい う作品は︑ 長江古義人 が作

中で書こ うと企てる ﹁水死小説 ﹂ではなく ︑﹁水死小 説﹂を書け な

かった顛 末を語る物 語であり︑ 序章﹁冗談 ﹂の中で伯 父の﹁それ

ではマ トモな就職 は望めない だろう﹂ (-

) という言葉

に︑母が﹁ 就

職できな いとならば ︑あれは小 説家になり ましょう

! ﹂

﹁﹃赤 革の

トランク ﹄に︑小説 の材料なら 詰まってお ります﹂

( 同 ) と反論し

た﹁赤革 のトランク ﹂には︑古 義人が期待 するものは 何も詰まっ

ていな かったこと ︑

   さ

らにはその 中身を処分 したのは 母 自身であ

ること が明らかと なる作品だ からだ ,

こ こで古義人 は︑一

' 私

は小説家 として生き ることにな った

, 母

親 の﹃冗談﹄ に導かれて ︒﹂

( 同 ) と

語るのであ るが︑この ﹁冗談﹂

と いう言葉こ そ︑本作品 中最も重要 なアイロニ ーとなるだ ろう ,  

何 故なら古義 人はさらに 続けて﹁こ の物語には ﹃冗談﹄と いう言

葉 があらため て笑い捨て できない仕 方で現れる はずだが︑ それは

そ の時の話と したい﹂と 語るのであ るが︑これ は第二部﹁ 女たち

ギシギ シが 優位に立つ ﹂第八章﹁ 大黄﹂の﹁ わしらが骨 身にしみて おった

のは︑戦争 に負けたと なると︑将 校さんも兵 隊もそれこ そ憑きも

のが落ちた ようで︑自 分らがやる というてお ったことは ﹃冗談﹄

や った︑本気 やなかった と平気で言 い張ったこ とです﹂と いう大

黄 さんの言葉 に連なる指 標となるだ けでなく︑ まさにこの 作品の

核 心を示す言 葉だからで ある ,

さらに序章 におけるウ ナイコとの 出会いは︑ ウナイコと 古義人

の妹アサの 仕組んだこ とではある が︑これも また十分に アイロ

(2)

二 - に満ちたも

のと なって いる 散歩を する古義人 を追い抜い た

﹁ 小柄な女性 ﹂のどこに 視点を当て るかといえ ば︑﹁淡い ベージュ

の シャツと同 じ色のチノ パンツを穿 いている

, 柔

かい艶 のある薄

い布 地で搬ひと つないまま と くに小さな 尻から腿へ と 吸い つ

くよ うなフィッ トぶり﹂﹁ 丸い尻のふ くらみがし なやかに動 く﹂と

いう ように︑あ からさまに

ンに 集中してい る さら に ウ エストから ヒップにか けてのライ

彼 女に追い抜 かれる際に ︑その娘の

﹁ 色白の般若 の横顔﹂と ︑

   そ

の顔かたち までしっか りと見届け ても 版権か らの収入も ︑文庫本の 売れ行きも 冷え込んで いるけれど ︑

新聞に エッセイを 連載してい るのと︑

   地味な

場所にずっ と考えて

きた ことを講演 に 行 く と︑ 記録を載せ てくれる雑 誌があるか ら

( 略 ) ﹂﹁こう

いうのが純 文学の作家 の生活の︑ それこそ﹃ 晩年のス

タイ ル﹄だとい う気がする ﹂という言 葉など︑そ れが真実で ある

か否 かに関らず ︑明らかに 作者大江健 三郎の経済 的裏事情を 想起

させ ︑読者サー ビス︑ファ ン・サービ スも忘れて はいない ,

そもそも大 江健三郎の ﹃万延一兀 年のフット ボール﹄以 降の作品

い るのだ そして﹁ 私はその川 面で別の水 音を立てる 動きに目を は︑ 太宰治作品 の有り様と 酷似してい る 太宰治はく小説の技法 >   

89 貫かれたアイロニー

引か れたまま︑ 歩き続け﹂ 常夜灯の柱 に激突する のである

, ぶ

まに 転倒するこ とを免れた 古義人の身 体は︑その 直前まで彼 の滑

稽か つ性的な視 点にさらさ れたウナイ コの柔らか な腿と胸の ふく

らみ と︑その全 身に抱きと められてい る

, そ

の 時彼が口に した言

い 訳は︑﹁雌 が一尾いて ︑形のいい 雄が四︑五 尾︑かわる がわる仕

掛け てるんです

, 鯉

の産 卵の時期な んでしょう ﹂というも のであ

る のだが︑ま さにこ れは 自分の本来 の意図とは 別に︑自ら を進ん

で 滑稽な者と して描くア イロニーの 技法である ,

ま た︑

< 自らを

貶める

> とい

うことで言 えば︑第一 部﹁水死小 説﹂

第五 章﹁大眩量 ﹂で︑﹁大 きい仕事を 放棄するの じゃ経済的 に大変

だろ う﹂という アサの言葉 や︑それに 答える妻の 千樫の﹁外 国の とい うものに意 識的で︑そ れを駆使し た作家であ ったが︑そ の一   

方で 彼の作品が 太宰治のく 真実の告白

= 私小説

> とし

て読まれて

きた ︑或いは現 在も読まれ ていること も事実であ る

, し

か し︑当

然の ことながら く誠実で正 確な自叙伝

> などあり得

ないように ︑

< 誠実に真実

を告白して ありのまま を描いた私 小説

> などあ

り得な

, 何 を書 いて︑

化は 始まるから だ 何を書 かないかを 選んだ時か ら︑フィク ション

太宰 治が自らの 実生活や生 い立ちを積 極的に

作品 の中に取り 込んで 読者の欲 望の投影の 対象とし続 けたよう

に ︑大江健三 郎もまた自 らの実生活 のみならず ︑自らの過 去の作

品 ︑またこれ から書くで あろう作品 までをも取 り込みなが ら︑読

者に 暗黙の了解 を強い︑さ らには作品 理解の方向 性を半ば強 制的

(3)

90

に決定付 けているか らである

, 作

者自ら ︑長江古義 人と大江健 三

郎を重ねて 読むことを 強く期待し ︑読者もま た最新作を 理解する

ために︑ それ以前の 大江作品を 参照せざる を得ないと いう︑まさ

に相互補 完的な作品 であるとい えるだろう ,   義人が過去 に遡って︑

   自ら

の作品につ いて語る言 葉がそのま ま録

音され︑文 字に起こさ れ︑ストッ クされてい く ,  

そこ で語られる のは︑ 洪水 の川に短艇 に乗って出 かけようと す

二父 の死 の意味

﹁ 水死小説﹂ を書き上げ るための材 料が入って いる ﹁赤革のトラ

ンク﹂を 受け取るた めに四国の 森に出かけ た古義人を 待ち受けて

いたもの は︑﹁みず から我が涙 をぬぐいた まう日﹂の 演劇版を成 功

ザ・ ケイプ・マ ン させた﹁ 穴居人﹂の リーダー﹁ 穴井マサオ ﹂とウナイ コであった ,  

彼らは︑ ﹁長江古義 人の作品の 演劇化﹂を 目論んでお り︑古義人 の

﹁水死 小説﹂執筆 と並行して ︑﹁どのよ うに長江さ んの全作品 から

ひとつ のキャラク ターとして ︑コギー像 を作り出す か﹂︑そし てそ る父の姿 と︑短艇に 乗っていた コギーーの 姿を見たと いう古義人 と︑

父の短艇に 乗らなかっ た自身の行 動の顛末で ある

, こ

の顛末は︑

作中で妹の アサ︑母︑ そして大黄 さんによっ て︑少しず つ形を変 (1 ) えて繰り返 し語られる のであるが ︑それは少 年の古義人 が分身の

コギー を見たこと でも︑父の 水死とその 理由につい てでもなく ︑

父の短艇に 乗らなかっ た古義人の 行動につい てであるこ とには十

分注意が必 要であろう ,

妹のア サは︑﹁お 父さんが短 艇で大水の なかに漕ぎ 出して死ん だ

時︑

た︑ 自分 もついて来 て舵をとれ と言われて いたのにノ ロノロして

気性 の短い人だ からお父さ んがひとり で漕ぎ出し てしまった ︑

こに

   ﹁長江

さん自身に インタビュ ーを重ねて 導入する﹂ という 計 それを気に 病んでいる からでしょ う

? ﹂ ( 第一部四 )   と古義人を指

画を立て ていた

, つ

まり︑﹁ 赤革のトラ ンク﹂に入 っている

( はず

ザ・ ケイプ・マ ンの

) 小説の材

料のように ︑古義人自 身が﹁穴居 人﹂の新し い作品

のため の材料を提 供するとい うことであ る

, し

か も︑古義人 への

インタビ ューは︑ア クターズ・ スタジオが 主催してい た俳優を招

いての 公開インタ ビューの形 式を取り︑ 舞台の上で ︑ウナイコ ら

が聴衆と して見守る 中︑録音さ れるという ものであっ た︒長江古 弾し︑﹁一 段踏み込ん だ攻撃﹂

( 同 ) として︑

母が﹁亡く なる三年前 ﹂

に︑古義人 の父が﹁大 水の川に短 艇を乗り出 して水死さ れた夜の

ことを︑ 自分で話し たカセット ﹂

( 同 ) ︑

< 録

音された母 の声

> を持

ち出すので ある

' カ

セットから 流れてくる 母の声は︑ 次のように

古義人に迫 る ,

お 父さんは大 水のなかを 川降りして 水死されま したが︑

(4)

の大 水の盛んな 流れを短艇 で乗り切る ことができ ると︑

で思 うておられ たか

? ただ谷

間から︑逃 げ出したい 一心で

く考え られる余裕 はなかった のやないか とも思いま す ,   本気

そ れ

やのに コギーを道 連れにしよ うとされた のは︑尾籠 なことで

した

,   コ

ギーが濁り 水をバシャ バシャ蹴っ て戻ってく るのを

見て︑ 私は本当に 嬉しかった ですが

!( 中略 ) ﹃み

ずから我が

涙をぬ ぐいたまう 日﹄は お父さんの 行動を滑稽 に書いて︑

しかも 私が小説の 中で批判し ておる そのよう に仕立てた け

れど も︑いつか は﹁水死小 説﹂でお父 さんの名誉 を挽回して

やろ うと︑そう 企んでおる のが見え見 えやったや ないです

91 貫かれたアイロニー

か ?

ここで 妹と母が指 摘する

< 父を

独りで逝か せてしまっ た >< 自分

だけが取り 残された

> と

考える古義 人の罪障感 と後悔は︑ 漱石の

﹃こ

f ろ﹄にお

いて︑﹁先 生﹂が明治 天皇の死に 際して︑そ の後を

追って自死 した乃木希 典の心情を

   ﹁西

南戦争の時 敵に旗を奪 われ

て以来︑ 申し訳のた めに死なう くと思って ︑つい今日 まで生き

て一一 ,e た﹂

( 下﹁先

生と遺書﹂ 五十六﹂

) と考え

たことと同 質のもの

である ,

一方︑大 黄さんは︑ 古義人の罪 障感と後悔 を引き起こ した父の そし てこれはわ しの推測で すが︑長江 先生が短艇 に乗った

まま出 て行こうと されるなら ︑古義人さ んを引き返 させなく

ても ︑あのいっ もベルトに 差してあっ た三椏作業 用の小刀ね ︑

あれで 肪いを切れ ばいいです よ

, 帰

っ て来ること はない船出

やない ですか

? もう

肪いを結ぶ ことはない んです

, わ

しはね︑

古義人 さんを後に 残そうとさ れたのやと 思いますわ

! そ

の上

で長 江先生は︑ ひとり大水 の川で水死 された

,( 中略 ) 先生

淼々た る海の果て へ流れて行 かれたので はなかった

, こ

の土

地で死 ぬ人の魂は ︑森に上が って︑自分 の魂に定ま っておる

樹木の 根方にとど まるという やないです か

? 森々たる

展がり

のな かへこそ︑ 帰っていか れたのやと 思います -( 第二部 十 )

この大 黄さんの言 葉は︑小賢 しくも︑少 年の古義人 が父の読み

間 違いを指摘 した﹁森々 ﹂と﹁淼々 ﹂について ︑父の死と 重ね合

わ せて読み解 いてくれた だけでなく ︑﹁あの日 ﹂から続く 古義人の

罪 障感を救う 言葉ともな っている

, 実

の息子 よりも︑大 黄さんの

方 が本当の意 味で︑父の 死の真相を 理解してい たというこ とであ

る ,  

バ ッハ のカン ター タが意 味す るもの

そ のものにつ いて次のよ うに語って いる ,   父の死 そのものに ついてでは なくて︑そ の時父につ いて行かな

(5)

92

かった く過去の自 分の行動

> に

拘る古義人 なのである が︑作品に

はもう 一組の父と 息子︑古義 人とアカリ のすれ違い も描かれて い

る︒   E ・ W ・サイ ードの遺品 の楽譜・ベ ートーヴェ ンの﹁ハイ ト

ンに 捧げられた 三つのソナ タ﹂

   にボールペ

ンで書き込 みをした息

子アカ リに︑﹁君 は馬鹿だ﹂ と決定的な 侮蔑の言葉 を投げっけ たこ

とであ る︒そもそ もこの楽譜 は︑塙吾良 の自殺に際 して︑この 楽

譜を送 ってくれた シーン・ S の家でのパ ーティでサ イードがピ ア

ノ演 奏をした際 のもので︑ 塙吾良の死 を悼んでフ ァックスを 送っ

てく れたサイー ドの草稿が この楽譜の 裏に書かれ てあるとい う代

物であ る ,   サ イー ドが演 奏の 際に︑ ﹁第一主 題をユーモ ラスに弾い

て ︑ 第二主題を 弾くときは 悲しそうだ った﹂ と いう シーン から の

手紙を アカリに伝 え︑そのよ うな﹁弾き 方﹂をして いる演奏者 フ

リード リヒ・グル ダの C D を選んで くれたアカ リに︑﹁そ このとこ

ろを パパにわか るように︑ 鉛筆で囲 っておいて ください﹂ と 頼ん サイード のものでは ない

, 加

えてサイー ドは︑その 楽譜を本来 の

目的であ る演奏のた めにではな く︑友人の 古義人を慰 めるための

手紙

( ファック

) の

下書きに使 ったという のである

, サ

イード

のファ ックスは既 に二ユー ヨ ークから届 いているの であって︑

   そ

の楽譜 はサイード を偲 ぶ遺品 ではあるが ︑楽譜以外 のなに もの で

もない

, ア

カリは 古義人の指 示に︑鉛筆 かボールペ ンかの違い は

あるにせ よ︑忠実に 従っている

, そ

のア カリに対し て﹁君は馬 鹿

だ﹂と馬つ た古義人は ︑自らの内 部に錯綜す る様々な思 いの中に

潜むくズレ

> ︑アイロニ

ーに気付い てはいない ,

もう 一つ︑作品 中に流れる 音楽で見過 ごすことの できないも の (2 ) が︑バッハ のカンター タである

, 作

中登場 するバッハ のカンター

タは B W V 56

, こ

の作品は五 曲に分かれ ︑長江古義 人の過去の 作品

とされる ﹃みずから 我が涙をぬ ぐいたまう 日﹄で引用 される﹁そ

してわが涙 をば救い主 手ずから拭 いたまわん ﹂   (d a   W is ch t  m ir   die   

だ古義 人の指示に アカリ が鉛 筆ではなく ボールペン で書き 込み を

Tranen  mein  Henand  ab)  

という文章 は︑第四曲 ﹁レチタテ ィーヴォ した︑ というが 騒動の顛末 である ,   とアリオーソ

(Rezitativ9--Arioso

) ﹂

の最終行に あたる箇所 である ,  

そ もそも楽譜 は﹁演奏﹂ という一回 限りの行為 を︑何度も 繰り

返し︑ 再生するた めの道具に 過ぎない

, し

かも︑ サイードが 演奏 ﹃水死﹄の中では

引用されている ,   さらに続 けて第五曲 ﹁コラール

(Chora

l) ﹂

した際 に古義人は その場にい なかったの であるから どれほど演

奏のス タイルが似 たものであ っても それはグ ルダの演奏 であり︑ K o m m - o   To d- du   S c h la fe s   B ru de r-

K o m m   u n c i  f - 1 h re   m ic h   n u r   fo rt -   

(6)

Lose  meines  Schiffleins  Ruder-

Brin9e  mich  an  sichern  Po

rt 一

Es  ma9.Wer  da  Wnl.dich  scheuen.  

Du  kannst  mich  virlmehr  erfreuen-  

Denn  durch  dick  komm  ich  hinein  

Zu  clem  schonsten  Jesulein.  

93 貫かれたアイロニー

来たれ ︑おお死よ ︑眠りの兄 弟たる者よ

来たり てわれをば 連れ去れ ,

わが 小舟のとも 綱を解きて

われ を安けき港 に運び行け !

世の 人︑あるい は汝を忌み 恐れんとも ︑

われ にとりて汝 は喜ばしき 使者なり ,

げに汝 によりてそ われは入り ゆくなれ︑

こ よなく美わ しきイエス 君のみもと に ,

( ﹃バッハ

: カ

ンタ

I 夕

大全 集﹄第十四 巻︑

ルト指揮 ︑二〇〇〇 年杉山好訳 )   グス タフ ・レオ ンハ

まさに︑ このコラー ルの歌詞こ そ︑古義人 の父﹁長江 先生﹂が

選び取った ﹁大水の川 に小舟

( 短艇 ) で乗り出

して水死す る﹂最

期そのもの であり︑古 義人の父は このコラー ルの歌詞を な゛そるよ う に死んでい ったという ことである ,

一方妹のア サは︑演劇 版﹃みずか ら我が涙を ぬぐいたま う日﹄

のリハーサ ルを見て﹁ バッハの独 唱カンタ

1 夕

﹂ B W V 56 に唱和し

た 兄の行動に ついて︑次 のように指 摘している ,

l コ

ギー兄 さんが︑あ のように大 きい声でド イツ語の歌

を歌え るとは

-: ・ ( 中

) そ

のうち︑隣 りで兄さん が歌い始

めた

- ・

もう声変わ りして六十 年はたつの に︑

   キーキー声

を張

り上げ て熱心に歌 うのを聞い て︑これは 本物だ︑と 感じたの

, 本

物の感情 がこもって いると︑と 思ったわ

, あ

たしも ね︑

コ ギー兄さん が︑頭のレ ヴェルでも ︑天皇陛下 ガミズカラ ソ

ノ指 デ︑涙ヲヌ グッテクダ サルノヲ待 チ望ンデイ ルと歌つて

たとは 思わない

, そ

れでも 胸のなかに はいま︑子 供の熱い感

情がよ みがえって きているの は確かだ︑ と感じた

::: そ

して

ゾッと したわ

,( 第一

部二 )

ここで大江 は︑妹のア サに古義人 を批判させ ると同時に ︑古義人

自 身にも﹁そ してこの合 唱が続くう ち︑なにご とかが私の うちで

起 り始める

-: ・ ﹂と語 らせている ことには十 分注意が必 要であろ

, さ

らに 大江は︑大 黄さんに﹁ しかしわし はね︑長江 古義人に

は ﹃時代の精 神﹄として ﹃昭和の精 神﹄が二つ あるという 考えです ,  

古 義人さんが 生きた昭和 時代の前半 ︑つまり一 九四五年ま での﹃昭

(7)

94

和の 精神﹄は︑ それ以後の 民主主義の ﹃昭和の精 神﹄がそう であ

る ように︑や はりあなた にとって真 実やったの やと思いま す﹂と

語 らせてもい るのだ

, 夏

目漱石は ﹃文学論﹄ 第一編第一 章の冒頭 過ぎ ないという ことである ,   私事ではあ るが︑ 第二 次世界大戦 に

おい て 二十代前 半で戦死し た伯父を持 つ筆者にと って︑ 伯父の

死 は理不尽に 戦争に巻き 込まれて命 を落とした 無念極まり ないも

に おいて ﹁意識の焦点﹂ に つ い て ﹁ 凡そ意識の 一刻に F あ る如く︑ の であるが 伯 父がその当 時︑ 何を考 えていたの か︑ ど のような

十刻 ︑二十刻︑ さては一時 間の意識の 流にも同じ く F と称し 得べ

き ものあるに はあらざる か﹂として ︑ F を次の 三つに分類 する ,  

即 ち︑ (-

) 一刻

の意識に於 ける F ︑

( 二 ) 個人的一

世の一時期 に

於 ける F ︑

( 三 ) 社会進化

の一時期に 於ける F ︑ の三つであ る

,( 一

)  

の個人の意 識は

( 二 ) の

個人の人生 の中に存在 し︑

( 二 ) の

個人の

人 生は

( 三 ) の

社会全体の 中に存在す るのである から︑ここ で漱

石 は﹁文学﹂ を﹁文学﹂ たらしめる ための﹁ F

= 認識的要素

﹂に

ついて︑ 単に一個人 が意識した ものという だけでなく ︑社会的に 思 いで従軍し ていったの か︑ さ゛そ複 雑な感情に 引き裂かれ ていた

だろ うことは︑ 想像するに 難くない ,   幼い古 義人少年が ﹁若い将

校たち﹂が﹁毎晩大声で歌うようになって﹂それを覚え︑

ザ・ケイプ・マン       l ﹁ 穴居人﹂の﹁一一一一一一練を受けた若い人の合唱﹂に心を揺さぶられ︑当

時の思いが蘇って唱和したとして︑それは罪ではない

, 逆に︑そ のことを深 く引き受け ︑ ﹁父を見捨てた﹂ という拭 い去りがた い後

悔と 共に︑ 一九 四五年以降 の﹁昭和の 時代﹂を生 き続けるこ とこそ︑

﹁西南戦争 の時敵に旗 を奪われて 以来︑ 申し訳 のた めに死 なう く

決 定される意 識の問題︑ 即ちそれら を時代の文 脈

( コ

ンテクスト )   と 思っ て︑ つい 今日ま で生 きて一 一一 一一た ﹂

( 下﹁先生

と遺書﹂ 五 十 六 ﹂ )   の中から生 まれるもの として︑ つまり 個人という ものを歴史 的︑ 乃木希典の姿︑あるいは﹃こ A ろ﹄の ﹁先生 ﹂ の姿と重 なってゆく ,   あ るいは同時 代的な様々 な文脈や現 象から決し て自由には なれな それにし ても ﹁ バッハの独 唱カンター タ﹂ の歌詞︑ ﹁こよなく い存在とし て捉えてい たことが理 解できる ,   それは つまり個人 の        

  美わ しきイエス ﹂を 天皇と置 き換える︑ ある いは キリス ト教 以

みならず︑ ﹁文学﹂を 含む芸術一 般も﹁作者 ﹂も﹁読者 ﹂も︑

< 存

在 するあらゆ る現象

> が同

時代の文脈 から逃れる ことはでき ない

ということ であり︑我 々の価値判 断というも のは殆どの 場合︑同

時 代 の 文 化 的 社会的コン テクストに よる条件付 けの刷り込 みに 前 のヨーロッ パの伝承で ある﹁王殺 し﹂から︑ 救い主イエ ス・キ

リ ストを︑天 皇と置き換 えるのはい かにも無理 がある

, 聖

書が伝

え るイエス・ キリストは ︑侮りと辱 めを受け︑ それでもな お︑全

ての人間の 罪を贖うた めに従容と して十字架 上の死を受 け入れる ,  

(8)

と ころが大江 はイエス・ キリストの 受難とその 苦しみに触 れるか

わ りに︑古義 人の父の死 への道程を 繰り返し考 え続け︑そ の意味

を 知ろうとす る大黄さん という人物 を設定する のだ

, そ

してイエ

ス・キリス トに準えら れるべきは ︑侮りと辱 めを受けつ つも︑独

り 静かに荒れ 狂う川に漕 ぎ出してい った古義人 の父である ,   芝居は 大成功を収 める ,   ﹁ 先生﹂ の 死を︑ あ くまでも﹁ 個人的なも

の﹂ として捉 えるウナイ コにとって ︑ ﹁明治の精神﹂は捉えがたい

もの 以外のなに ものでもな い ,   しかし漱石は﹁先生﹂に﹁私に乃

木さん の死んだ理 由が能く解 らないよう に︑ 貴方にも私 の自殺す

四﹁スジ﹂を通すこと

作中︑フレ イザーの﹃ 金枝篇﹄に 並んで︑作 品の肝心を 左右す

るインター テクストと して夏目漱 石の﹃こ

s ろ

﹄がしばし ば引用

さ れるのであ るが︑ウナ イコの中高 生を対象と した演劇・ 夏目漱 る訳 が明らかに 呑み込めな いかも知れ ません﹂

( 下﹁先

生と遺書﹂

五十 六

) と

も語らせて いる

, 逆

にいえば︑ まさにいか ようにも解

釈が 可能な︑作 中の﹁不確 定性﹂その ものである のが﹁明治 の精神﹂

なの だというこ とである ,  

さらにウナ イコは︑

を企 てるのであ るが︑ ﹃メ イスケ母出 陣と受難﹄ を演劇化す ること

そこに 妹のアサと ︑ リッ チャンも加 わり︑

石 ﹃こ

,   てい る

(3)

f ろ﹄ ち︑ 古義 人の み 武田 将明氏は次 のように指 摘し 作品 第二部のタ イトル通り ﹁女たちが 優位に立﹂ の大成功に ついて︑

なら ず︑ ﹁ 明治の精神 ﹂ の 擁護者たち を挑発し︑ 扇動 してゆく ,   ﹃こ A ろ﹄における﹁明治の精神﹂ という問 題について 議論 ウナイコと いう存在が ︑ 作品前半部 で魅力的に 描かれてい る分︑

するこ とではなく ︑ ﹁明治の 精神﹂の擁 護者を愚か な差別者と また 性的に奔放 な女性とし て描かれて いなかった 分︑ ウナ イコ が

95 貫かれたアイロニー

して表 象し︑

   時代精神

に殉じるよ うな行為を 感情的に否 定す

るこ とである

, か

かる﹁ 真実﹂の演 出によって ︑ウナイコ の

劇は大 成功を収め ていく

, ウ

ナイコの 勝利は劇場 型リアリズ

ムの 勝利である ,

要所要所 で劇団の俳 優がサクラ として聴衆 の間に潜み ︑ウナイ

コの目論 見通りに︑ 聴衆 をリ ードし て︑ ﹁死んだ犬を投げ﹂ させる 十四 歳の時から ︑

   血

のつながっ た伯父によ って性的な 被害を受け

て おり︑十七 歳の時に妊 娠して︑伯 母によって 堕胎させら れてい

たと いう設定は ︑﹁老作家 の相も変ら ぬ自己模倣 ﹂

( 第

一部序章 )  

と 言わざるを 得ない ,

そもそも 十四歳のウ ナイコの寝 室に伯父が 同衾するこ とになっ

たの は︑﹁屋敷 の横にある 鎌倉名物の やぐらの横 穴﹂

( 第三部十四

)  

(9)

を ウナイコが 怖がったこ とから︑ ﹁頭痛持ちで早く寝たい﹂

( 同 )  

手に口に された超国 家主義の思 想よりずっ と根深いも ので 96

と 考えていた 伯母が﹁良 い幸い﹂

( 同 ) と考えた

ことに始ま る︒靖

国 神社で嘔吐 したミツコ に理由を問 い正し︑妊 娠を疑った 伯母が︑

相 手の男を尋 ねた時に﹁ 伯父さんだ ﹂

( 同 ) と答

えたミツコ に対し

て﹁ヤッパ リー﹂

( 同 ) と大声を出

したことか らも︑ミツ コと伯父

の近親相姦 の事実は伯 母によって 予想されて いたことで あったの あった ,  

( 中略 ) ﹁鞘

の土 地は︑ この地 方の森の中 心やった

わけやな いですか

? そ

こを他所者 の若僧らが 松根を掘っ て油

を採るた めに使うて きたツルハ シやらシャ ベルやらで 掘り崩

す︑ そ して飛行機 を不時着さ せるために 整地するな どは︑

せんかっ たはずやな いですか

? そ

のような戦 術には反対 する ,  

, そ の上 で 堕胎 を強制した というので ある ,   しか し そも そもの当の 戦略を立案 した人間と して︑これ は 作中︑ ﹁メイスケ母の出陣﹂の ﹁古いバージョン﹂ では ︑ ﹁メイ 戦後流行 してわしら も耳に覚え のある言葉 ですが︑ 象徴的な

スケさんの 生まれ代わ り﹂は︑メ イスケと母 の近親相姦 によって 行為とし て︑ 単 独の蹶起を 実行する︒

   そうやっ

てスジを通 す

生 まれた子供 とされてい る ,   作中で繰り 返される近 親相姦とい う そういう ことやった でしょう ,  

( 第 )   三 部 十 二

事実と︑

大丈夫﹂ ﹁もしあ なたが死ん でも︑ 私がもう一 度生んであ げるから︑

というメ イスケ母の 言葉とが重 なり ラ ス ト で の ウ ナ イ

コ '::、 

::1.

ツ コ

の 再びの受難 と︑ それに よる妊娠・ 出産の可能 性を

示唆して物 語は終わる ,

さらには︑ ウナイコの ﹃メイスケ 母の出陣と 受難﹄公演 に批判

的 であった大 黄さんが︑ 幼かったミ ツコを強姦 し︑今再び ウナイ

コを辱め ようとする 小河氏を撃 ち殺し︑全 ての決着を つけること

となったこ とも︑アイ ロニ

1 であろ

, 大

黄 さんは語る ,

長江 先生は︑こ の土地の人 間でもない のに森に伝 わって来 将校たちが 戦後﹁蹶起 ﹂について ﹁冗談﹂と して片づけ たこと

に怒 り︑太古の 森の破壊に 反対し︑自 ら責任を負 って︑大水 の中

濁流 に独り漕ぎ 出し﹁スジ を通して﹂ 死んでいっ た古義人の 父︑

長江 先生への敬 意を終生貫 き︑小河の 始末を付け ︑独り森に 入り︑

﹁ 樹木のもっ とも濃い葉 叢のたたえ ている雨水 に顔を突っ 込んで︑

立つ たまま水死 ﹂

( 第

三部十五

) する大

黄さんこそ ︑﹁最も強 く明

治の 影響を受け た私どもが ︑

   そ

の後に生き 残っている のは畢竟時

勢遅れ だ﹂

( ﹃こ f ろ﹄下﹁先

生と遺書﹂ 五十五

) という思

いを強

く抱 いた﹁先生 ﹂と同じよ うに︑時代 と共に生き ︑一つの区 切り

たこと には心底影 響を受けて おられて︑ それは将 校さんら相        

  として

の ﹁殉死﹂を 選んだ男だ といえるだ ろう ,  

(10)

註 (1) 島村輝氏

( ﹁﹁死﹂と﹁時代の精神﹂

- ﹃ 1Q 84 ﹄と﹃水死﹄

( ﹃組

曲虐殺﹄にも触れて

) ﹂﹃キリスト教文学研究﹄二十八号︑日本

キリスト教文学会︑二〇一一年

) に同様の指摘がある︒

(2) 論文中のバッハのコラールの歌詞については︑﹃バッハ

: カ

タータ大全集﹄第十四巻の杉山好訳に依った︒

(3) 武田将明﹁自分自身からの亡命者 1 ﹃水死﹄と晩年性﹂﹃早稲田

文学

( 第十次 ) ﹄︑早稲田文学会︑二〇

1 〇年十一月

参考文献

(1) 大江健三郎﹁﹃後期の仕事﹄の現場から 1 国際的視野における大

江健三郎シンポジウム﹂﹃群像﹄六十五巻一号︑講談社︑二〇一

〇年一月

(2) 安藤礼二﹁﹃懐かしい年﹄の変容一大江健三郎﹃水死﹄論﹂﹃群像﹄

六十五巻二号︑講談社︑二〇一〇年二月

(3) 小森陽一﹁拮抗する言葉の力 1 大江健三郎﹃水死﹄を読む﹂﹃世界﹄

八〇三号︑岩波書店︑二〇一〇年四月

( 本学教授

)  

97 貫かれたアイロ

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