研 究
韓国における児童虐待犯罪対策の現状と課題
The Present Situation and Tasks of Child Abuse Crime Countermeasures in Korea
姜 暻 來*
目 次 Ⅰ.序 論
Ⅱ.韓国における児童虐待発生現況 Ⅲ.児童虐待処罰法の概要
Ⅳ.韓国の児童虐待犯罪対策における課題 Ⅴ.結 論
I.序 論
2018年 ₃ 月に東京都目黒区で当時 ₅ 歳の女児が虐待死した事件と,2019 年 ₁ 月に千葉県野田市立小 ₄ 年の女児が死亡した事件の発生は,その深刻 性にも拘わらず他の犯罪事件と比べて重大な犯罪ではないとの認識の甘さ に対する反省に基づき,児童虐待に関する積極的な対処のために児童虐待 防止法と児童福祉法の改正案が閣議決定され,2020年 ₄ 月の施行を目指す ことになっている1)。
*
嘱託研究所員・韓国大邱カトリック大学校教授
1) 一方,これに先立ち,2019年 ₃ 月28日の東京都議会では,保護者による体罰
を禁止する東京都の児童虐待防止条例を可決・成立した。児童虐待防止条例
は,「しつけ」と称した保護者による子どもへの体罰や暴言などを禁止し,ま
た,児童虐待に速やかに対処するため,児童相談所と警察の連携を強化し,必
要な情報の共有や援助要請ができる。さらに,虐待が疑われる家族が転居した
改正案の主な内容は,①親権者の子どもに対するしつけ名目での体罰禁 止,②児童相談所は介入対応と保護者支援を行う部署を分けること,③中 核市,特別区での児童相談所の設置の促進のため,政府による人材確保な どでの支援,④配偶者暴力対策と連携するため,児童相談所と配偶者暴力 相談支援センターとの協力促進,⑤学校,教育委員会,児童福祉施設の職 員に対する守秘義務2),⑥児童相談所と警察の連携強化等である。
この改正案に関しては,特に子どもへの「体罰禁止」に対する罰則がな いため実効性に課題が残るという指摘もあるが,従来の「しつけ」名目と して肯定されてきた子どもに対する体罰が,法律によって禁止される行為 であるとの共通の認識を持つことになるため,究極的には虐待行為の抑止 効果が生み出されることが期待されている。
一方,韓国においても,家庭における子どもへの体罰は一種の「しつ け」ないし「訓育方法」の一つとして正当化されてきた。その結果,虐待 行為は家庭内部の問題であるとの認識からその虐待行為に対する公的介入 が躊躇されることとなり,また,事件化された場合でも虐待行為者に対し ては比較的に軽い処罰として対応してきたのも児童虐待をより深刻化させ た原因である3)。
こうした現状から,これまで研究者と実務家を中心に児童虐待の深刻性 に対する正しい認識と虐待行為者に対する厳格な処罰,そして被害児童に
場合は,児童相談所間で引き継ぎを徹底することなどの内容であるが,罰則規 定はないのである。
2) 野田市の事件では,市教育委員会の担当者が,被害児童が虐待を訴えたアン ケートを父親に渡したことを受けて,改正法では,学校や教育委員会,児童福 祉施設の職員に守秘義務を課することになる。
3) 大韓弁護士協会の「2013年人権報告書」によると,2012年度の間,児童福祉 法の違反として起訴された事件は48件であったが,この中で37件に対して有期 懲役が言渡された事件は ₆ 件に過ぎず,殆どが執行猶予(14件)と罰金刑(14 件),宣告猶予( ₁ 件),その他( ₂ 件)であり,執行猶予と財産刑が全体の 75.6%を示している。大韓弁護士協会『2013年度人権報告書』(2014年)256─
257頁。
対して積極的な保護措置に取り組むことが要求されてきた。さらに,「児 童福祉法」では深刻化しつつある児童虐待問題に適切な対応が困難である ため,児童虐待の対応に関する特例法の制定が要請された。
そのような中で,2013年10月に韓国南部の蔚山(ウルサン)で ₈ 歳の女 児が母親からの虐待により死亡した児童虐待死亡事件が児童虐待の深刻性 を社会的に広げ,虐待行為者に対する厳格な処罰及び児童虐待が発生した 場合に捜査機関が積極的に介入して,虐待行為を制止して被害児童を積極 的に保護することを主な内容とする「児童虐待犯罪の処罰等に関する特例 法,(以下,児童虐待処罰法)」が2013年12月に可決され,2014年 ₉ 月29日 から施行されることになった。
しかし,この法律の制定により児童虐待犯罪に対して捜査機関と児童専 門機関等が積極的に介入することができることになったが,今も重大な児 童虐待犯罪は増加しているのが現状である。勿論,こうした増加の原因 は,児童虐待処罰法の制定により児童虐待に対する社会的認識の変化と児 童虐待申告義務者範囲の拡大等による,認知件数の増加であるとも言うこ とができるが,この現状からは児童虐待犯罪が他の犯罪と比べて暗数比率 が非常に高いものであることが分かり,このような隠れた虐待行為から被 害児童をどのような方法で保護すべきかが新たな課題である。
児童虐待犯罪の約80%以上は,子どもにとって最も安心して生活しなが ら親からの保護を受けるべき空間である家庭内で発生するため,その発見 が非常に困難であり4),発見されても長い期間にわたって虐待行為が反復 的に行われる場合が多いのである。
韓国の場合,児童虐待により死亡する児童は毎年増加している。特に 2016年の場合には,36名の児童が虐待行為によって命を失った事実を考え ると5),児童虐待行為が発生した後の対応だけでは充分ではなく,発生す
4) 韓国の2016年度の児童虐待の発生場所に関する調査によると,全体児童虐待 事例の82.2%である51,351件が家庭で発生している。韓国保健福祉部・中央児 童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)119頁。
5) 韓国の児童虐待による死亡児童の数を見ると,2001年から2016年まで178名
る以前の段階からの事前予防政策を構築することがより重要となる6)。 この研究では,韓国の児童虐待の現状と児童虐待犯罪に対する対応とし ての児童虐待処罰法の概要と児童虐待の抜本的な解決のためのこれからの 課題等について検討する。
II.韓国における児童虐待発生現況
韓国における最近の児童虐待の発生現状を見ると次のとおりである。ま ず,表 ₁ は,韓国の児童保護専門機関に児童虐待として申告された件数で ある。この表によると,児童虐待件数は年々増加しているものの,特に児 童保護専門機関が18か所増設された2004年には前年度と比べて40.4%の増 である。さらに,2014年度にも36%の増加があったが,これは2013年10月 に蔚山(ウルサン)で発生した児童虐待死亡事件を機に,翌年である2014 年に「児童虐待処罰法制定案」及び「児童福祉法改正案」が国会に議決さ れ,児童虐待に対する認識の変化と申告義務者の範囲が拡大されたことに よるものであると思われる。さらに,2016年度も54.5%の増加であったが,
これは2015年の「仁川(インチョン)小学生監禁・虐待及び脱出事件7)」
である。2012年の場合には ₈ 名であったが,2013年17名,2014年14名,2015年 16名,2016年36名で持続的に増加している。韓国保健福祉部・中央児童保護専 門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)253頁。
6) 「第 ₉ 回児童虐待防止対策に関する関係府省庁連絡会議幹事会」の資料によ ると,日本の児童虐待による死亡児童の数は,2007年の142名が最も多く,そ の 後 は,2008年128名,2009年88名,2010年98名,2011年99名,2012年90名,
2013年69名,2014年71名,2015年84名,2016年77名で徐々に減ってはいるが,
まだ深刻な状況である。
7) 「仁川(インチョン)小学生監禁・虐待及び脱出事件」は,2015年12月12日
に発生した事件である。当時11歳であった女子児童が父親と同居している女性
からの監禁・虐待から逃げて,近くの商店に駆け込み,店の主人が虐待等を疑
い警察に知らせて発見された事件である。この事件を契機に,学校を長期間に
わたって欠席している児童に対する全数調査が実施され,調査の結果,残酷な
虐待行為によって命を失った子ども ₆ 名がさらに確認された。
表 ₁ 児童虐待の申告受付件数
(単位:件,%)
区分
年度 児童虐待の
疑いがある事例 同一申告 一般相談 計 増加率 2001 2,606 63.1 1,527 36.9 4,133 100.0 - 2002 2,946 71.7 1,165 28.3 4,111 100.0 -0.5 2003 3,536 71.0 1,447 29.0 4,983 100.0 21.2 2004
*4,880 69.7 2,118 30.3 6,998 100.0 40.4 2005 5,761 72.0 2,239 28.0 8,000 100.0 14.3 2006 6,452 72.5 2,451 27.5 8,903 100.0 11.3 2007 7,083 74.7 2,395 25.3 9,478 100.0 6.5 2008 7,219 75.4 77 - 2,351 24.6 9,570 100.0 1.0 2009 7,354 79.0 101 1.1 1,854 19.9 9,309 100.0 -2.7 2010 7,406 80.5 89 1.0 1,704 18.5 9,199 100.0 -1.2 2011 8,325 82.1 84 0.8 1,737 17.1 10,146 100.0 10.3 2012 8,979 82.1 34 0.3 1,930 17.6 10,943 100.0 7.9 2013 10,857 83.0 43 0.3 2,176 16.6 13,076 100.0 19.5 2014
**15,025 84.5 93 0.5 2,664 15.0 17,782 100.0 36.0 2015 16,651 86.7 87 0.5 2,465 12.8 19,203 100.0 8.0 2016
***25,878 87.2 189 0.6 3,604 12.1 29,671 100.0 54.5
*児童保護専門機関18か所に拡大
**児童虐待処罰法制定
***児童虐待総合対策実施
資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
234頁。
の発生により政府関係部署が共同で対応する「合同児童虐待総合対策」等 の児童虐待の防止のための対応体制が構築されることによって児童虐待に 対する社会的な関心が高まったことから申告件数が増加したと思われる。
また,児童虐待申告の中で「児童虐待の疑いがある事例」が持続的に増 加しており,2010年度からは全体の申告件数の中で80%以上を占めてい る。この統計からは,従来の「しつけ」名目で見過ごされていた児童虐待
表 ₂ 児童虐待事例の類型
(単位:件,%)
類型
年度 身体虐待 心理的虐待 性的虐待 放任 遺棄 重複虐待
(複数虐待) 計 2001 476 22.6 114 5.4 86 4.1 672 31.9 134 6.4 623 29.6 2,105 2002 254 10.3 184 7.4 65 2.6 814 32.8 212 8.6 949 38.3 2,478 2003 347 11.9 207 7.1 134 4.6 965 33.0 113 3.9 1,155 38.5 2,921 2004 364 9.4 350 9.0 177 4.5 1,367 35.1 125 3.2 1,508 38.8 3,891 2005 423 9.1 412 11.1 206 4.4 1,635 35.3 147 3.2 1,710 36.9 4,633 2006 439 8.4 604 11.6 249 4.8 2,035 39.1 76 1.5 1,799 34.6 5,202 2007 473 8.5 589 10.6 266 4.8 2,107 37.7 59 1.0 2,087 37.4 5,581 2008 422 7.6 683 12.2 284 5.1 2,237 40.1 57 1.0 1,895 34.0 5,578 2009 338 5.9 778 13.7 274 4.8 2,025 35.6 32 0.6 2,238 39.4 5,685 2010 348 6.1 773 13.7 258 4.6 1,870 33.1 14 0.2 2,394 42.3 5,657 2011 466 7.7 909 15.0 226 3.7 1,783 29.4 53 0.9 2,621 43.3 6,058 2012* 461 7.2 936 14.6 278 4.3 1,713 26.8 3,015 47.1 6,403 2013 753 11.1 1,101 16.2 242 3.6 1,778 26.2 2,922 43.0 6,796 2014 1,453 14.5 1,582 15.8 308 3.1 1,870 18.6 4,814 48.0 10,027 2015 1,884 16.1 2,046 17.5 428 3.7 2,010 17.2 5,347 45.6 11,715 2016 2,715 14.5 3,588 19.2 493 2.6 2,924 15.6 8,980 48.0 18,700
*2012年から放任に遺棄を含める。
資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
242頁。
行為が「重大な犯罪」として社会的に認識されるようになったことが分か り,児童虐待の事前予防という意味では,非常に有効的である。
一方,表 ₂ は児童虐待事例の類型であるが,2001年から2014年までは,
「放任」と「複数虐待」が最も多かったが,2015年からは複数虐待に続い て「心理的虐待」が多くなった。こうした結果からは,身体虐待と同じく 心理的虐待も虐待として重要な意味を持つことが社会的に認識されている ことが分かる。複数虐待は,持続的に増加し,特に2016年には48%でほぼ 半数を占めている。すなわち,最近の韓国における児童虐待の特徴とし
表 ₃ 虐待行為者と被害児童との関係
(単位:件,%)
類型
年度 父母 親戚 代理養育者 他人 その他 未確認 該当なし
2001 1,840(87.4) 105(5.0)
64( 3.0) 39(1.9) 57(2.7) - - 2002 2,103(84.9) 142(5.7)
67( 2.7) 54(2.2) 32(1.3) 80(3.2) - 2003 2,434(83.3) 211(7.3)
113(
3.9) 104(3.6) 27(0.9) 32(1.1) - 2004 3,167(81.4) 239(6.1)234(
6.0) 134(3.4) 52(1.3) 65(1.7) - 2005 3,862(83.4) 271(5.8)225(
4.9) 147(3.2) 81(1.8) 47(1.0) - 2006 4,326(83.2) 343(6.6)275(
5.3) 148(2.8) 59(1.1) 51(1.0) - 2007 4,524(81.1) 354(6.3)386(
6.9) 143(2.6) 90(1.6) 84(1.5) - 2008 4,719(84.5) 361(6.5)225(
4.0) 169(3.0) 67(1.2) 37(0.6) - 2009 4,734(83.3) 387(6.8)331(
5.8) 134(2.4) 94(1.6) 5(0.1) - 2010 4,709(83.2) 337(6.0)419(
7.4) 115(2.0) 70(1.2) 7(0.2) - 2011 5,039(83.1) 349(5.8)482(
8.0) 92(1.5) 95(1.6) 1(0.0) - 2012 5,370(83.9) 435(6.8)397(
6.2) 108(1.7) 70(1.1) 20(0.3) 3(0.0)2013 5,454(80.3) 351(5.2)
786(11.6)
85(1.3) 85(1.3) 32(0.5) 3(0.0)2014 8,207(81.8) 559(5.6)
990(
9.9) 124(1.2) 129(1.3) 18(0.2) - 2015 9,348(79.8) 562(4.8) 1,431(12.2) 187(1.6) 166(1.4) 21(0.2) - 2016 15,048(80.5) 795(4.3) 2,173(11.6) 201(1.1) 454(2.4) 29(0.2) -* 父母には,継父母及び養父母を含む。
** 親戚には,祖父母と兄弟姉妹を含む。
***代理養育者には,同居人,幼稚園と学校の教師,福祉施設関係者,委託父母等を含む。
資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
244─245頁。
* ** ***
て,様々な類型の虐待行為が複合的に行われていることが分かる8)。 一方,表 ₃ の虐待行為者と被害児童との関係を見ると,殆どが主な保護 者である父母による虐待である。しかし,ここで注意しなければならない のは代理養育者による虐待行為である。すなわち,代理養育者による虐待 行為は,2001年に3.0%に過ぎなかったが,2015年には12.2%まで増加し,
8) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,242頁。
特に代理養育者の中で保育教職員(3.1%)と小・中・高の教職員(3.1%)
による虐待が多くなっている。この統計からは,家庭の次に,一日中最も 多く生活を共にしている者による虐待行為が多いことが分かり,これらの 者に対する予防活動の強化も必要である。
さらに,再虐待の件数(表 ₄ )を見ると,2012年度には914件であった のが2016年度には1,591件まで増加しているが,その比率は2012年度の14.3
%から2016年度には8.5%まで減少している。また,2016年度の被害児童 に対する初期措置の内容を見ると,児童が主養育者によって持続的に保護 される「元家庭保護」が14,563件(77.9%)として最も多く,続いて分離 保護4,095件(21.9%)であった。また,分離保護された4,095件の内1,184 件は,その後に元家庭に復帰されている9)。つまり,分離保護された児童 の約 ₄ 分の ₁ は,一時的な保護を受けた後に元の家庭に復帰されることに なる10)。
被害者が児童である特性上,被害児童にとって最優先されるのは,元の 家庭で親の保護を受けながら成長することである。このために先行されな ければならないのは元の家庭において正しい方法による養育に必要な環境 整備である。つまり,元の家庭での保護措置が取られる場合には,当該家 庭に対する児童保護専門機関等による持続的な養育支援及び指導監督等が 行われなければならない。
また, 虐待行為者に対する最終措置(表 ₅ ) は, 持続観察が11,733件
(62.7%)で最も多く,告訴・告発・事件処理6,018件(32.2%),児童との 分離560件(3.0%),虐待行為者との接触禁止389件(2.1%)の順である。
しかし,性的虐待の場合には,虐待被害の特性から告訴・告発措置が80.2
%として最も多く, その他の事例では60%以上が持続観察となってい る11)。
このように最近の韓国における児童虐待犯罪の現況を見ると,申告件数
9) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,24頁。
10) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,24頁。
11) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,143頁。
表 ₄ 再虐待事例件数及び児童の数
(単位:件,名)
年度
区分 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 再虐待事例件数 914 980 1,027 1,240 1,591 再虐待児童の数 826 489 873 1,072 1,397 再虐待事例比率 14.3 14.4 10.2 10.6 8.5
資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
248頁。
表 ₅ 2016年度の虐待行為者に対する最終措置結果
(単位:件,%)
持続観察 児童との分離 告訴・告発・
事件処理 児童との
接触禁止 計
11,733(62.7) 560(3.0) 6,018(32.2) 389(2.1) 18,700(100.0)
資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
142頁。
表 ₆ 2016年度の虐待事例類型別虐待行為者に対する最終措置結果
(単位:件,%)
結果 類型 身体虐待 心理的虐待 性的虐待 放任 計
持続観察 6,626 60.9 7,848 64.0 108 14.3 2,934 63.9 17,516 61.5 告訴・告発・
事件処理 3,777 34.7 3,754 30.6 604 80.2 1,409 30.7 9,544 33.5 児童との分離 288 2.6 433 3.5 18 2.4 113 2.5 852 3.0
児童との接触禁止 184 1.7 227 1.9 23 3.1 136 3.0 570 2.0
計 10,875 100.0 12,262 100.0 753 100.0 4,592 100.0 28,482 100.0 資料: 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関『2016年全国児童虐待現況報告書』(2017年)
143頁。
の増加に伴い児童虐待事例も持続的に増加していることが分かる。特に,
2014年からは児童虐待事例が10,000件を超えているが,その増加原因とし て挙げられるのは,2014年に施行された「児童虐待処罰法」と重大な児童
虐待事件の発生による社会的関心の高まりであると思われる。しかし,こ こで注意しなければならないのは児童虐待が2014年度から急激に増加した わけではなく,以前から密かに行われてきた「隠された児童虐待犯罪」が 明らかになったに過ぎないことである。つまり,児童虐待犯罪は,すでに 発生しているにも拘わらず犯罪として認知されていない暗数の比率が他の 犯罪と比べ非常に高いのがその特徴である。
多くの児童虐待犯罪は,家庭という私的な場所で行われていることと,
被害者が社会的に最も弱い立場である子どもであるため,より暗数になり がちなことは想像に容易い事である。したがって,このような隠れた児童 虐待犯罪を如何に正確に把握し対応するかは児童虐待犯罪の抜本的な対策 の構築において重要な課題である。
III.児童虐待処罰法の概要
1 .児童虐待犯罪の概念
「児童虐待犯罪」とは,保護者による児童虐待であって,児童虐待処罰 法で規定された犯罪である。この児童虐待処罰法が制定される以前には,
児童福祉法が児童虐待の概念について規定していた主な法律であったが,
その他にも「刑法」と「青少年保護法」でも「虐待」に関する規定が設け られている。一般的に児童虐待とは,身体虐待,心理的虐待,性的虐待,
身体的・心理的放任等として区分することができるが,虐待の類型につい ては様々な見解があると思われる。しかし,児童虐待の概念を「児童を保 護する責任のある個人,社会,または制度が,児童の健全な成長発達を阻 害する身体的・心理的・性的な暴力行為及び成長発達に障害をもたらす状 況に処するような放任するすべての行為」を意味することにはほぼ意見が 一致していると思われる12)。
12) 원혜욱,아동학대의 개념 및 실표적인 대책에 관한 검토,법학연구,제18
권 제₄
호,2015년,40면 재인용.韓国刑法第273条では「虐待罪」を規定している。ここでの虐待は,一般的に身体的な苦痛を与える行為は勿論,精神的
一方,「児童福祉法」第 ₃ 条第 ₇ 号では,児童虐待を「保護者を含む成 人により児童の健康・福祉を害し,又は正常発達を阻害する恐れがある身 体的・精神的・性的暴力又は苛酷行為及び児童の保護者が児童を遺棄及び 放任することを言う」と規定している。また,青少年保護法第 ₂ 条第 ₇ 号 では,「青少年暴力・ 虐待とは, 暴力ないし虐待を通して青少年に身体 的・精神的な被害を発生させる行為」と規定している。このように児童福 祉法上の「児童(18歳未満)」と青少年保護法上の「青少年(19歳未満)」
は,単に年齢の差があるものに過ぎないが虐待の概念が異なる。すなわ ち,児童福祉法では,児童虐待を ₄ つの類型として区分しているが,青少 年保護法では,虐待の概念を明らかにせず身体的・精神的な被害を発生さ せる行為として定義するだけで結果犯のように規定している13)。
一方,「児童虐待処罰法」第 ₂ 条第 ₄ 号では,「児童虐待犯罪」を児童の 保護者による児童虐待であって,刑法上の個人的法益を侵害する犯罪を犯 したり,また,児童福祉法第17条に規定された禁止行為(児童売買・婬乱 行為・身体的・精神的虐待行為等)に違反する罪を犯した場合,若しくは こうした児童虐待行為を通して児童を死亡14)ないし重傷害15)に致された場 合として規定している。この定義は,児童が死傷に至る場合を除いて刑法
な苦痛を与える行為まで含まれるのである。刑法上の虐待に該当するためには
「保護対象者に対する生命・身体に危険を惹起する程度」に至らなければなら ないとして解釈されるが,被害者としての児童は,成人の対象者とは異なり未 成熟な発達段階にあるため身体的・精神的な加害行為が成人より大きな被害を 与えるため正常的な発達を阻害して児童の福祉を侵害する恐れがある行為であ れば刑法上の虐待罪には該当しなくても児童虐待処罰法上の児童虐待犯罪に含 まれると思われる。
13) 김슬기,제정 아동학대범죄의 처벌 등에 관한 특례법 검토,법학연구,제 24권 제 ₂
호,연세대학교 법학연구소,2014년,205면.14) 第 ₄ 条(児童虐待致死)第 ₂ 条第 ₄ 号イからハまでの児童虐待犯罪を犯した 者が児童を死亡させたときは,無期又は ₅ 年以上の懲役に処する。
15) 第 ₅ 条(児童虐待重傷害)第 ₂ 条第 ₄ 号イからハまでの児童虐待犯罪を犯し
た者が,児童の生命に対する危険を生じさせ,または後遺障害若しくは難治疾
患に至らしめたときは, ₃ 年以上の懲役に処する。
の構成要件ないし児童福祉法の禁止行為と大きく異なるものではない。た だし,児童虐待犯罪の主体を「保護者」のみに限定しているため「保護 者」でない一般成人による児童虐待犯罪には適用されないことから区別さ れる。
2 .虐待被害児童の保護のための措置
児童虐待処罰法では,児童虐待の予防と対処のために被害児童に対する
「応急措置」と「緊急臨時措置・臨時措置」,そして「保護命令」とともに 児童虐待行為者に対する「保護処分」等を規定している。ここでは,各措 置の内容について検討する。
1)応急措置
児童虐待処罰法では,児童福祉法第27条の ₃ (被害児童の応急措置に対 する拒否禁止)を具体化・義務化するために現場出動(第11条)と応急措 置(第12条)を規定し,司法警察職員又は児童保護専門機関の職員の同行 要請を可能とした。これにより児童虐待現場に捜査機関と児童虐待に関す る専門家が同行して被害児童の保護のための応急措置をとることができ,
虐待可否を迅速に判断することによって対象児童を適切に保護することが 可能になった。また,加害者に対しても児童虐待は犯罪行為であり刑事処 罰の対象になることを厳しく認識させるとともに虐待行為を制止するため の適切な措置をとることができる。
児童虐待処罰法第12条で規定されている応急措置は,①児童虐待犯罪行 為の制止,②被害児童の児童虐待行為者からの隔離,③被害児童の児童虐 待関連保護施設への引渡し,④緊急治療が必要な被害児童の医療機関への 引渡し等である。2016年度の場合,応急措置がとられた1,301件の事例の 中で,③の被害児童の児童虐待関連保護施設への引渡し措置が1,172件(68.6
%)で最も多かった16)。この統計からは,虐待加害者から分離して保護施 設への引渡しが必要な重大な虐待行為が頻発していることが分かる。
16) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,148頁。
このように児童虐待犯罪の発生申告によって応急措置をとることも重要 であるが,より重要なことは,虐待行為が行われる前段階での児童保護で ある。それで,児童虐待処罰法第10条では,児童虐待犯罪を認知した場合 又はその疑いがある場合には,誰でも児童虐待保護専門機関又は捜査機関 に通報することができるとし,児童保護と関連する職務を行う者17)が職務 を遂行する過程において児童虐待犯罪を認知した場合又はその疑いがある 場合には,児童保護専門機関又は捜査機関に通報しなければならないとし ている。
2)児童虐待行為者に対する緊急臨時措置
上記の応急措置にも拘わらず児童虐待犯罪が再発するおそれがあり,か つ緊急を要する場合には,児童虐待処罰法第13条の規定によって,①被害 児童又は家族構成員の住居からの退去等の隔離,②被害児童又は家族構成 員の住居,学校又は保護施設等から100メートル以内への接近禁止,③被 害児童又は家族構成員に対する電気通信を利用した接近の禁止等のいずれ かの措置をとることができる。この規定は,児童虐待処罰法の施行以前に 発生した「蔚山(ウルサン)児童虐待死亡事件」で,虐待申告を受けて児 童保護専門機関が現場に出動したにも拘わらず虐待加害者に対して適切な 措置がとられていなかったことで,その後に被害児童が死亡したことから 設けられた。すなわち,緊急を要する場合等には,緊急臨時措置によって 被害児童の保護又虐待行為を制止することができる。
さらに,従来は児童保護専門機関が被害児童を保護している中でも親権 者が親権を行使して児童を機関から連れ出してもこれを制止する方法がな かったが,児童虐待処罰法第19条による「児童虐待行為者に対する臨時措
17) 例えば,里親委託支援センター,児童福祉施設,児童福祉専門公務員,家庭
暴力関連相談所及び家庭暴力被害者保護施設,健康家庭支援センター,多文化
家族支援センター,社会福祉施設,性売買被害者相談所,性暴力被害者保護施
設,救急隊,保育園,医療機関,障害者福祉施設,精神疾患者社会復帰施設又
は精神保健センター,青少年施設と団体,青少年リハビリテーションセンタ
ー,学校等の長及びその職員である。
置18)」によって親権を制限することができ,虐待行為者から被害児童をよ り積極的に保護することが可能となった。2016年度の場合,全部で51件の 緊急臨時措置がとられ, ②号(100メートル以内接近禁止) 措置が45件
(40.5%) で最も多く, 続いて①号の住居からの退去等隔離が36件(32.4
%),③号の電気通信接近禁止が30件(27.0%)の順であった。ただ,緊 急臨時措置の件数は51件であるが,重複臨時措置の件数が111件であるな ど, ₂ ~ ₃ の緊急臨時措置が同時に申請されていることが分かる19)。
3)臨時措置
児童虐待処罰法第14条と第15条では,臨時措置について規定している。
臨時措置は, ₂ つの類型があるが,まず,第14条による臨時措置は,応急 措置ないし緊急臨時措置に関係なく検察官の職権又は司法警察員若しくは 保護観察官の申請によって検察官が請求することであり,第15条による臨 時措置は,第12条によって司法警察員又は児童保護専門機関の長から事前 に応急措置又は緊急臨時措置がとられた場合に,これに対する手続として 必要的に請求する臨時措置である。すなわち,被害児童,その法定代理 人,弁護士又は児童保護専門機関の長は,検察官に対して臨時措置を請求 することができ,また,司法警察員若しくは保護観察官に対して臨時措置 の請求申請を要求することができる(第14条)。さらに,司法警察員が応 急措置又は緊急臨時措置をとったときは,遅滞なく,検察官に臨時措置の 請求を申請しなければならない。この申請を受けた検察官が裁判所に臨時 措置を請求するときは,応急措置がとられた時から72時間以内に,又は緊 急臨時措置がとられた時から48時間以内に請求しなければならないのであ
18) 第19条(児童虐待行為者に対する臨時措置)では,次の ₇ つの臨時措置を規 定している。すなわち,①被害児童又は家族構成員の住居からの退去等隔離,
②被害児童又は家族構成員の住居,学校又は保護施設等から100メートル以内 への接近禁止,③被害児童又は家族構成員に対する電気通信を利用した接近の 禁止,④親権又は後見人の権限の行使の制限又は停止,⑤児童保護専門機関等 への相談及び教育委託,⑥医療機関その他療育施設への委託,⑦警察署の留置 場又は拘置所への留置等である。
19) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,149頁。
る(第19条)。
4)被害児童保護命令
被害児童保護命令は,裁判官が職権又は被害児童,その法定代理人,弁 護士,児童保護専門機関の長の請求によって被害児童の保護のための決定 により保護命令をする制度である。保護内容は,①被害児童の居住地又は 占有する部屋からの退去等,児童虐待行為者の隔離,②児童虐待行為者が 被害児童又は家族構成員に接近する行為の制限,③児童虐待行為者が被害 児童又は家族構成員に電気通信を利用して接近する行為の制限,④被害児 童の児童福祉施設又は障害者福祉施設への保護委託,⑤被害児童の医療機 関への治療委託,⑥被害児童の縁故者等の家庭への委託,⑦親権者である 児童虐待行為者の被害児童に対する親権の制限又は停止,⑧後見人である 児童虐待行為者の被害児童に対する親権の行使の制限又は停止,⑨親権者 又は後見人の意思表示に代わる決定等である(第47条)。
2016年度の場合,被害児童保護命令の請求は368件で,②の虐待行為者 の接近制限措置が288件(28.7%)で最も多く,④の施設への保護委託が 279件(27.8%),③の電気通信接近制限が248件(24.7%)の順であった。
また,児童保護専門機関の長と弁護士は,②と③,そして④と⑦の措置を 主に請求していることから,被害児童に対する専門家と専門機関が児童虐 待に対してより積極的に介入して保護していることが分かる。
3 .児童虐待行為者に対する措置
児童虐待処罰法では,児童虐待犯罪を犯した保護者に対して ₃ つの対応 策を規定している。すなわち,①検察官による児童虐待犯罪の捜査・起訴 後,通常の刑事手続きによることで,この場合でも重大な虐待犯罪(児童 虐待致死,児童虐待重傷害)に対して特例を設け,さらに,児童虐待通報 義務者による虐待犯罪については加重処罰することとしている(第 ₄ 条~
第 ₇ 条)20)。
20) 第 ₄ 条(児童虐待致死)第 ₂ 条第 ₄ 号イからハまでの児童虐待犯罪を犯した
また,有罪判決の宣告時に児童虐待行為者に対して200時間の範囲内で,
再犯予防に必要な受講命令又は児童虐待治療プログラムの履修命令を併科 することができる(第 ₈ 条)。
続いて,②検察官は,児童虐待犯罪を捜査した結果,必要であると認め る場合には,児童虐待行為者に対して相談をし,又は治療若しくは教育を 受けることを条件として起訴猶予をすることができる(第26条,条件付起 訴猶予)。この場合,検察官は,①事件の性質,動機及び結果,②児童虐 待行為者と被害児童との関係,③児童虐待行為者の性行及び改善の可能 性,④元の家庭を保護する必要性,⑤被害児童又はその法定代理人の意思 等の事由を考慮しなければならない。
最後に,③家庭裁判所による児童保護処分として処理することである。
すなわち,検察官は,第26条の事由を考慮して保護処分をすることが適切 であると認めるものについては,児童保護事件として処理することができ る(第27条)。この場合,検察官はその事件を家庭裁判所に送致し(第28 条),家庭裁判所では,審理の結果,保護処分が必要と認める場合には,
決定により,①児童虐待行為者が被害児童又は家族構成員に接近する行為 の制限,②児童虐待行為者が被害児童又は家族構成員に電気通信を利用し て接近する行為の制限,③被害児童に対する親権又は後見人の権限の行使
者が児童を死亡させたときは,無期又は ₅ 年以上の懲役に処する。
第 ₅ 条(児童虐待重傷害)第 ₂ 条第 ₄ 号イからハまでの児童虐待犯罪を犯し た者が,児童の生命に対する危険を生じさせ,又は後遺障害若しくは難治疾患 に至らしめたときは, ₃ 年以上の懲役に処する。
第 ₆ 条(常習犯)常習的に第 ₂ 条第 ₄ 号イからワまでの児童虐待犯罪を犯し た者は,その罪について定めた刑のうち最も重い刑にその ₂ 分の ₁ を加えたも のを超えない範囲内で加重する。ただし,他の法律の規定により常習犯として 加重処罰される場合には,この限りでない。
第 ₇ 条(児童福祉施設の職員等に対する加重処罰)第10条第 ₂ 項各号の規定
による児童虐待通報義務者がその保護する児童に対して児童虐待犯罪を犯した
ときは,その罪について定めた刑のうち最も重い刑にその ₂ 分の ₁ を加えたも
のを超えない範囲内で加重する。
の制限又は停止,④「保護観察等に関する法律」の規定による社会奉仕及 び受講命令,⑤「保護観察等に関する法律」の規定による保護観察,⑥法 務部長官の所管する監護委託施設又は法務部長官が定める保護施設への監 護委託,⑦医療機関への治療委託,⑧児童保護専門機関又は相談所等への 相談の委託等の保護処分をすることができる(第36条)。この保護処分は 併科することができ,社会奉仕及び受講命令は,200時間を超えることが できず,その他の保護処分の期間は ₁ 年である(第37条)。
2016年度の場合,799件の保護処分の決定があったが,⑧号の相談委託 処分(331件)が最も多く,続いて受講命令(164件),保護観察(131件)
の順であった21)。
前述のように児童虐待犯罪の場合,被害児童が虐待被害からの回復には 元の家庭で以前とは異なる正しい養育方法によって保護されることが最も 望ましいものであることを考えると,虐待行為者に対しては,特別な場合 を除き,できれば刑事処罰より児童保護事件として処理し,改善のために 保護処分を科することは児童虐待犯罪の解決においてより効果的な対策に なると思われる。ただ,この場合でも,問題解決に適した保護処分の実施と 環境調整等の措置により再虐待犯罪が行われないように注意すべきである。
IV.韓国の児童虐待犯罪対策における課題
1 .児童虐待犯罪の事前予防策としての社会的包摂
児童虐待行為者に対する厳正な処罰は虐待行為を防止するための最も強 力的な手段になるが,この手段はあくまでも児童虐待が発生した後に行わ れる措置である。すなわち,刑罰は物理的な制裁としては強力な手段では あるが児童虐待の抜本的な解決方策としては必ずしも有効な手段とは言え ないのである。韓国の児童虐待処罰法による虐待行為者に対する主な対策 を見ると,児童虐待の発生後の司法的介入の強調であり,児童虐待の抜本
21) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,145頁。
的な解決のための事前予防に関する対策はそれほど重要視されていない。
児童虐待の抜本的な解決のためには,発生以後の積極的な対処も重要で あるが,虐待の発生危険性(要因)を特定し,これに対する積極的な介入 による事前的な予防策を講じることは非常に重要である。例えば,ドイツ の場合には,児童の福祉に対する危険性があるだけでも公権力が家庭に介 入することができるとし,これによって児童虐待を発生以前から予防する ことを狙っている22)。こうした早期対応は,虐待行為が重大な虐待犯罪に まで発展することを防ぐことができることから非常に有意な対策になると 思われる。ただ,この場合でも危険性の判断基準をある程度明確にするこ とが必要である。なぜなら,明確・客観的な基準がないままの単純に主観 的な判断による公権力の介入は,私的領域である家庭に対する過度な国家 機関の介入になるからである。また,介入方法も児童虐待の事前的な予防 を目的とするため,可能な限り福祉的な側面からの支援が優先されるべき である。
一方,このような児童虐待の事前予防のための危険要因の特定との関連 では,前述した児童虐待関連の統計からもその危険要因を見出すことがで きる。例えば,韓国の「2016年度全国児童虐待現況報告書」によると,被 害児童の欠損家庭の比率は41.1%に達しており,特に,片親及び未婚父・
母の比率が27.7%で非常に高い比率であった。また,韓国の「2016年度片 親家族実態調査」によると,片親家庭の月平均所得は189万ウォンで,韓 国一般家庭の月平均所得の389万ウォンの半分にも満たないなど,生活に 困窮な状況にある23)。さらに,韓国保健福祉部の「2017年度国民基礎生活
22) 원혜욱,前掲注15),54頁。ドイツの場合,1991年に施行した「児童及び少 年援助法(Kinder-und Jugendhilfegesetz: KJHG)」では,2005年の改正を通し て児童及び少年が援助を受ける範囲を拡大した。すなわち,彼らの福祉に危険 性があるとの事実のみでも危険因子を除去して児童及び少年の権利を維持する ようにした。すなわち,こうした規定は,家庭内にも適用されるが,家庭内で 実質的な虐待行為が発生する以前にも危険因子が認められる場合にも援助のた めに家庭に介入することができるとした。
23) 韓国女性家族部家族政策官家族支援課「2015年片親家族実態調査」報道資
保障受給者現況」によると「国民基礎生活保障給与権24)」の全国平均は 3.1%であるが,被害児童の場合には18%として非常に高いなど25),福祉 的な支援が必要な家庭において虐待行為が多く発生していることが分か る。
また,虐待加害者の職業を見ると,無職が28.2%で非常に高く,続いて サービス業と単純販売業が15.3%であることから,雇用状況の不安定によ る経済的な困難状況も児童虐待の原因として重要な役割を果たしていると 思われる。例えば,虐待行為者の特性に関する調査によると,養育態度及 び方法不足が35.6%で最も高いのであるが,続いては,社会・経済的なス トレス及び孤立が17.8%であった。この ₂ つは,独立的なものではなく強 く結びつきがある特性である。すなわち,多くの虐待家庭は経済的な貧困 だけではなく社会・経済的な孤立による「社会的排除26)」の状態となって
料,2016. 3. 22。
24) 国民基礎生活保障制度は,個別家庭の所得が国家が定めた一定の基準に満た ない貧困層を対象として生計,医療,住居,教育等の基礎的な生活を営むこと ができるように現金若しくは現物等を支援する福祉制度で2000年10月 ₁ 日から 施行した。この制度は,貧困層に対する所得保障を「社会権」の一つとして規 定し,勤労能力の有無と関係なく,すべての貧困層の所得を保障することを規 定し,自活事業を通して勤労連携福祉(WORKFARE)を実施している。
25) 韓国保健福祉部『2017年度国民基礎生活保障受給者現況』(2017年)19頁。
26) 社会的排除と一般的な貧困との差異は,貧困が所得という経済的な不足のみ に焦点をあてているのに対し,社会的排除は,経済的な指標に加えて,生存の ために必要な最低限のニーズと標準的な生活のための資源の不足,さらには社 会的な参加に焦点をあてているということである。ここでいう「排除」とは,
経済的,政治的,社会的あるいは文化的システムにおける参加から排除されて いることを意味する。そして,排除の対象になりがちな人々は,女性,失業 者,身障者,貧困者,犯罪者などとされているが,虐待行為者の状況が非常に 多く当てはまることになると思われる。社会的排除の概念に関しては,細井優 子「ヨーロッパにおける社会的排除─概念整理の試み─」『政治・経済・法律 研究』第21巻第 ₁ 号(2018年);宮崎理「ヨーロッパにおける社会的排除概念
─ポストコロニアルな議論との関連において─」『北里学園大学大学院社会福
祉学研究科北里学園大学大学院論集』第 ₅ 号(2014年)。
おり,こうした状況が児童虐待の原因として働くだけではなく,虐待犯罪 の危険性を外部からより発見し難くしていると思われる。したがって,こ うした危険原因を持っている家庭(社会的排除層)に対する支援,例え ば,ある程度の安定した雇用と収入の確保,適切な住居,教育・訓練等の 機会提供,地域社会の途絶えない関心と支援が行われる政策(社会的包 摂)を講じることは,児童虐待の事前予防策として非常に重要な意味を持 つことになると思われる。
2 .保護事件優先主義
虐待行為の発生後の措置としての応急措置及び(応急)臨時措置,そし て被害児童保護命令等により虐待行為者と被害児童を隔離することは,追 加的な重大な虐待行為を事前に予防することができる意味で非常に有効な 方法である。ただ,これらのすべての措置は,一時的な措置であるもの の27),被害児童の福祉を図るという点からは限界がある。すなわち,被害 児童の福祉ということを考えると,児童が生活してきた元の家庭での正し い養育方法による親の保護が児童の健全な成長28)に資することになる。こ の目的に従い児童虐待処罰法においても検察官が児童虐待犯罪であって条
27) 第12条(被害児童に対する応急措置)第 ₃ 項 第 ₁ 項第 ₂ 号から第 ₄ 号まで の規定による応急措置は,72時間を超えてはならない。ただし,検察官が第15 条第 ₂ 項の規定により臨時措置を裁判所に請求した場合には,裁判所の臨時措 置の決定があるまで延長される。
第19条(児童虐待行為者に対する臨時措置)第 ₄ 項 第 ₁ 項各号の規定によ る臨時措置の期間は, ₂ 月を超えることができない。ただし,判事が被害児童 の保護のためその期間を延長する必要があると認める場合には,決定により,
第 ₁ 項第 ₁ 号から第 ₃ 号までの規定による臨時措置にあっては ₂ 回に限り,同 項第 ₄ 号から第 ₇ 号までの規定による臨時措置にあっては ₁ 回に限り,それぞ れ当該機関の範囲内において延長することができる。
28) 第 ₁ 条(目的)この法律は,児童虐待犯罪の処罰及びその手続に関する特例
並びに被害児童に対する保護手続及び児童虐待行為者に対する保護処分を規定
することにより,児童を保護し,及び児童の健全な社会構成員としての成長に
資することを目的とする。
件付起訴猶予の事由(第26条)を考慮して保護処分をすることが適切であ ると認めるものについては,児童保護事件として処理することができると している(第27条)。また,第36条に規定されている保護処分は,被害児 童との隔離だけではなく虐待行為者の養育方法の改善と治療等もその目的 としている。
このように児童の健全育成のためには,児童虐待犯罪が発生した場合に は原則的に児童保護事件として処理し,当該児童虐待犯罪が再犯であった り又は虐待の程度が重い場合(虐待致死又は虐待重傷害)に限って刑事手 続によって処理すべきである29)。保護処分を優先する場合には,虐待行為 者の問題解決のための取組に深く関与して,再犯にならないように厳格な 管理と児童の健全育成のための環境整備も一緒に行われるのは勿論のこと である。また,保護処分措置が終了した後にも,児童保護専門機関等によ る持続的な観察も必要になると思われる。
3 .関連機関の協力体制の構築
最近の児童虐待犯罪を見ると,児童虐待の問題は一部の特別な家庭にお ける問題ではなく社会的にも重要な問題であるため,政府が中心になって 専門的・総合的に対応することが必要となる。韓国の場合,児童虐待処罰 法は法務部が,そして児童虐待の類型を規定している児童福祉法は保健福 祉部の所管であり,また,児童虐待と関連する家庭内暴力に関しては女性 家族部が担当することになっている。結果的に一つの児童虐待事例に対し て複数の機関が関与することもある。しかし,児童虐待犯罪の場合には,
被害者が最も弱い存在である子どもであるため,他の犯罪事件より迅速又 は総合的な対応が必要になるが,多数の機関が関与することで対応が遅れ ることもあり,さらに,児童虐待の予防等のための包括的・総合的な政策 の策定及び実施が困難になる可能性もある。勿論,各機関が持つ固有の専
29) 강동욱,한국에 있어서 아동학대범죄의 처리절차에 관한 고찰 -
아동학대 범죄의 처벌 등에 관한 특례법을 중심으로-,
소년보호연구,제26호,2014 년,229면.門性を生かすということからは多数の機関が関与することを肯定的にも評 価することができるが,虐待された児童の迅速な安全確保とその後の保 護,そして必要とする支援等を一貫性を持って実施するには困難な場合も ある。したがって,こうした問題を解決するために児童虐待関連機関と警 察,病院等,児童虐待事件を発見早期から迅速又は総合的に対応すること ができる複数の組織によって構成される「児童虐待
ONE-STOP
支援セン ター」を設立することも一つの方法である30)。すなわち,児童虐待犯罪が 発生した場合,医療的・司法的・福祉的な取組を一つの組織が行い,でき るだけ被害児童の身体的・精神的な負担を軽減させることが必要である。こうしたセンターの設置は,早期対応だけではなく再虐待予防のための事 後管理にも寄与することができると思われる。
また,検察官が虐待事件の処理を決定する場合には,当該児童虐待事件 の現況を最もよく知っている関連機関の実務担当者の見解を考慮するよう にするべきである。さらに,裁判所も虐待加害者に対して保護処分を決定 する場合には,実務担当者と意見を交換して虐待行為者の抜本的な問題を 解決することができる最善の保護処分が行われるようにしなければならな い31)。
4 .児童虐待申告義務者に対する教育の充実
児童虐待処罰法第10条第 ₂ 項では,児童虐待犯罪を認知したり又は疑う
30) 現在,韓国全土に38か所に設置されている「ひまわりセンター」でも家庭暴 力の一つとして児童虐待事件に対応しているが,この組織は,主に性暴力犯罪 被害者に対する対応を実施しており,児童虐待に関する特化された組織ではな いため,児童虐待に関するより専門的な措置を受けることは困難である。この ことから,2014年度には,子供支援センターと病院,そして警察及び消防署,
女性緊急電話1336番等, ₅ つの機関が児童虐待に対する連携対応をする試みが 始まったが,正式な政策として行われたことではなく,業務上の必要性によっ て個別的に実施されたことである。
31) 김종세,아동인권과 아동학대,법학연구,제31집,한국법학회,2008년,
70頁。
状況等を発見することができる職務に従事する者に対して通告義務を課 し,児童福祉法第26条(児童虐待申告義務者に対する教育)では,これら の者に対して教育を義務づけている。したがって,すべての申告義務者に は,児童虐待予防と申告義務と関連した教育を毎年 ₁ 時間以上実施するよ うになっている。2016年度の場合,申告義務者教育の対象機関の総41,767 か所の中で教育が実施された機関は41,764か所で,99.9%の対象機関にお いて教育が実施された。
これによるものでもあるが,児童虐待申告者による申告件数は2001年の 686件から2016年には8,288件として約12倍も増加した32)。しかし,この現 状と裏腹に年度別虐待行為者と被害児童との関係において申告義務者が含 まれた「代理養育者33)」 による虐待が2001年64件から2016年には2,173件 の約34倍まで増加した34)。
申告義務者の職場は,職務上に虐待行為の早期発見が容易であるが,児 童が家庭に続いて最も多くの時間を過ごしている場所でもあることから,
虐待行為が発生する危険性も他の場所より高いと言わざるを得ない。した がって,申告義務者に対する教育をより充実・多様化する必要がある。し かし,児童福祉法第26条によると,児童虐待申告義務者に対し,①児童虐 待予防及び申告義務に関する法律,②被害児童の発見時の申告方法,③被 害児童保護手続に関する教育を毎年 ₁ 時間以上実施すると規定している が,こうした専門的な教育を実施するには時間が短すぎるである。さら に,この教育は,集合教育,視聴覚教育,インターネット講義でも可能と しているため,教育導入の趣旨とは異なり形式的な教育に止まる可能性も ある。申告義務者に対する教育の充実は,申告義務者による虐待行為の予 防だけではなく,申告件数の増加からでも分かるように,隠れている虐待
32) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,236頁。
33) 代理養育者には,父母の同居人,幼稚園教職員,小・中・高教職員,塾及び 教習所従事者,保育園職員,施設従事者,児童福祉施設従事者,その他の施設 従事者,青少年関連施設従事者等である。
34) 韓国保健福祉部・中央児童保護専門機関,前掲書,245頁。
行為の発見にもつながるため,児童虐待の事前予防にも大きく役立つこと になる。
さらに,児童虐待処罰法の実施によって裁判所をはじめ司法機関の関連 者が児童虐待に積極的に関与することになり,裁判官,検察官,警察及び 弁護士等の役割がより重要となっている。虐待児童は,父母及び保護者等 の最も信頼する成人から虐待を受け,調査及び治療過程で接するすべての 成人には,被害児童の心理的な特性を配慮したより専門的な取組が要求さ れるため,児童虐待と児童の権利に関する専門的な知識が必要となる。し たがって,申告義務者だけではなく児童虐待事件に関与する司法機関の関 係者に対する専門的な教育プログラムを開発し,この教育を義務的に受け させることは,虐待児童の ₂ 次被害を防ぐことにもつながるため非常に重 要な意味を持つことになる。
V.結 論
最近,児童虐待犯罪の深刻性を認識して児童虐待に対する国家と社会の 責務が強調されている。その中で,虐待被害児童の保護と虐待行為者に対 する積極的な処罰のための法律が制定・実施されたのは,児童の健全育成 という意味から非常に肯定的な試みである。特に,児童虐待処罰法の制定 により,従来の「しつけ」ないし「訓育」名目で行われた児童虐待が犯罪 であると認識され,これに国家が積極的に介入することになったのも大き な成果である。しかし,こうした介入の殆どが虐待行為の発生後に行われ ることから児童虐待の抜本的対策としては課題が残る。このように児童虐 待の事前予防のための効果的な政策の構想は,児童虐待の抜本的な対策を 考えているすべての国の共通した課題でもある。
前述のように韓国の児童虐待犯罪の特徴を見ると,欠損家庭及び生活困 難等の福祉的な側面からの支援が切実な家庭で多く発生し,さらに,虐待 行為者の多くが無職等の不安定な雇用状況にありながら,社会・経済的な ストレスと社会的な孤立,すなわち,「社会的排除」の状況にあることが