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児童虐待 防止法 をめ ぐる現状 と課題

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(1)

児童虐待 防止法 をめ ぐる現状 と課題

人文社会科学研究科   社会科学専攻   地域行政政策専修

(109M255)     高 木

(2)

児童虐待防止法 をめ ぐる現状 と課題

≪ 目次 ≫

は じめに

1.児 童虐待 防止法制定

1‑1  児童虐待 防止法制定前 1丁 2  児 童虐待 防止法制定

1‑3  改正児 童虐待 防止 法 と現状

2.児 童虐待 の態様

2‑1  児 童虐 待 防止法 にお ける児童虐待

2‑2  児 童虐待防止法 にお ける被虐児童処遇 のプ ロセス

3.児 童虐待 防止 に向けた提言

3‑1  児 童虐待 防止法 に対す る提言

3‑2  児童虐待 に対す る学校 の対応 に関す る提言

3‑3  児童虐 待 に対す る大人へ の提言 おわ りに

高 木 真 清

(3)

は じめ に

『 うまれてきて くれてあ りが とう』

(童

心社 )と い うタイ トルの絵本が 2011年 4月 に 刊行 され、多 くの親達が手に取 り、子 どもに読み聞かせつつ、「思わず泣いて しまった」と い う感想が寄せ られた とい う。「ネ申様が生まれていいよ。 と言つたから・・・ママをさがし てるの」 とい う天使のよ うな子 どもの台詞に思わず、わが子をぎゅっと抱き じめたくなっ た とい う感想 も肯ける一書である。

児童虐待防止法が制定 され 10年 を経た今 日において、現在、行政のみな らず多 くの社 会的組織が 「児童虐待」について認識 を深めつつある。それは、  11月 の啓発月間のみに とどまることな く展開 されている。 しか し、一方で児童虐待の相談件数が年間で 55, 0 00件 を超 えるもの となっていることも事実である。また、本来、子 どもを守 る立場にあ る実母が児童虐待の加害者 となって しま うことも事実である。現に、実母の割合は 60%

を超 えている。

では、増加す る児童虐待 に どのよ うに対応 してゆくべきなのか。 このことについて、本 稿では、児童虐待防止法が どのよ うな経緯か ら制定に至 り、いま どのよ うな問題が存在 し ているのか とい う点を明 らかに しつつ、子 どもの身近な空間 としての学校 において虐待防 止のための早期発見、予防について提言 し、また、行政や学校だけでな く、社会全体が子

どもを支 える仕組みが求め られ るとい うことなども指摘 した。

まず、 1.で は児童虐待防止法制定前 と制定を当時の時代背景 とともに追つた。そ して、

2.で は、児童虐待の態様 と被虐児童の処遇のプロセスについて述べるとともに、虐待の 背景についてもみた。  3.に おいては児童虐待防止法の改正の必要性 とともに特に 「学校」

な どの子 どもが家庭以外 に長 く関わる機 関において、 どのよ うな形で早期の発見ができる か、 さらに提言 として児童虐待の早期発見・予防、対応についての他機 関の連携について 述べるとともに、今後求め られ る 「大人」の意識改革について述べた。 当然のことである が、実際の社会の しくみは大人で構成 され る。大人の意識が改革 されない限 り、悲劇 は繰 り返 され る。また、子 どももいつかは大人になる。いま繰 り返 され る負の連関が児童虐待 であるとす るな らば、 この連 関を断ち切 ることができるのも、将来大人 となる子 どもと今 の大人である。そ して、何 よ りこの連関を断ち切 る責務がすべての大人 と社会のすべての 組織にあるといつても過言ではない。

児童虐待防止法がいつかは 「よい意味での死文」 となることを目指 しつつ。

(4)

1.児 童虐待防止法制定

1‑1  児童虐待 防止法制定前

1947年 、児童福祉 法 が制定 され、厚生省 に児童局が設置 され た。 また児童養護施設 が敗戦直前 の 89ヵ 所 か ら 46年 には 171ヶ 所 とな り、 47年 には 306ヶ 所 に増力日し た

1。

当時は戦災孤児 な どのいわゆる浮浪児 の保護 が同法の制定の主た る 目的であつた。 こ の こ とを裏付 けるよ うに、同年 の 1月 11日 の朝 日新 聞社説 には、「浮浪児、不良児 を健や かに」 との見出 しが掲 げ られ るほ どであつた。す なわち、「孤児 よ りも家出」の保護 に力′ 点 が置かれていたのである。 そ して、 3月 には 「生活苦で子 ども達の家 出が増大」 し、 4月 か ら労働基準法で、児童の労働 が禁止 された

2。

そ して、 1948年 には寿産院事件 が発生 した他

3、

「盗みの小学生 を両親が折檻 して死な す」事件 が東京 で発 生 してい る

4。

翌 49年 、 山形県労働 基準局は 「子 どもの身売 りが 2,

500人 を突破 した」 とい う報告 を発表 した

5。

この年、児童相談所が設置 され、厚生省児 童局

(当

時 )の 「児童のケース ワー ク事例集」によれば

6、

第 1集 が刊行 された 1949年

において も、被虐待児 の事例 といえるケースが二つ掲載 されている。「虐待」 とい う語 が初 めて記載 されたのは 1950年 の第 2集 で ある。 しか も、興味深 いのは この年 の掲載事例

11の うち、 6つ の事例 が今 日定義 され る 「虐待」であ り、身体的虐待 は 2件 、 うち 「虐

待」 と記載 され た事例 は 1件 で具体的内容記述 はない ものの、「第一継母 よ り虐待」 とある 他 、心理的虐待 。ネ グ レク トが各 2件 あ り、 この他 「児童 のケニ ス ワー ク事例集」 に掲載

されていたケー ス指導 による と、ア リス・ K。 キャロル

7が

「母の注意不足 (Neglec

t)」 と したケー スは 4件 掲載 され てい る。 このあ と、第 20集 まで、毎年 の よ うに 「虐待」

事例 は掲載 され続 ける。以上 の点か ら「虐待」について も、現在 と同様 の分類 ではないが、

我 が国の戦後 の児童福祉 政策 が、孤児 。遺児・浮浪児 の保護 ばか りでは な く、家庭 内の不

1岩 崎美智子「児童養護の考え方とその進展」鈴木政次郎編著『現代児童養護の理論 と実践』

川島書店 (1999年 )15頁 39頁

2金 田茂郎 「子 どもの戦後史年表」 『 ジュリス ト増干 J総 合特集 No.16  日本の子 ども』

有 斐 閣

(1979年 )339頁

3下 │1歌 史『 近代子 ども史年表 1926‑2000昭 和・平成編』河出書房新社 (200

2年 )149頁 によると、  1944年 以来、東京・牛込で 「もらい子」の平 L児 103人 を 殺害 し、養育費・配給を着服 していた夫婦が逮捕 された事件。

4山 本健治『 [年 ]子 どもの事件 1945‑1989』 柘植書房 (1989年 )21頁

5下 ││。 前掲書 154頁

6厚 生省児童局監修『 児童のケースワー ク事例集

(第

11集 )』 (1959年 )236頁

7藤 井常文著・倉重裕子訳『 キャロル活動報告書 と児童相談所改革』明石書店 (2010年

)

3頁 〜 11頁 によれば、敗戦後の連合国による占領期 に国際連合か ら派遣 され、来 日した カナダのソーシャル ワーカーで国連顧間でもあつた。創設後間もな く混迷の真 つ只中にあ つた児童相談所の機構 を抜本的に改革 し、専門的なソーシャル ワークを基盤 としたチャイ ル ド・ガイダンス・ ク リニ ックとして軌道に乗せ ようと数多 くの提言を し、大阪 。仙台・

福岡等の各児童相談所 を訪問 したが、児童相談所に現存す る記録には抹消 されたものが多

く、「キャロル活動報告書」の記述等か らしか判然 としないものも多い。

(5)

適切 な養育 を問題視 していた とも言 えるのではないだ ろ うか。先述 の 「児童 のケース ワー ク事例集」は、全国の児童相談所 で扱 った事例 を集 めた ものであ り、戦後 において 「虐待」

が問題視 され始 めた時期 を知 ることができる。

「児童のケース ワー ク事例集」刊行前の第二次大戦前の状況については、法制史的知見 に よれ ば、  1672年 の幼女姦す なわち性 的虐待 の事例 をは じめ多 くの事案 を見出す こと がで きる

8。

「虐待」その ものが全 くなかった若 しくは今 日のように多 くはなかった とは言い きれ ない

9。

この点については、  1933年 10月 1日 に児童虐待防止法

(以

下、戦前防止 法 )が 制定 され てい る こ とか らも明 らかである。 では、戦前防止法 は何故制定 に至ったの か。 これ には 「児童観 の変化」 も一 因 として挙 げ られ る。我 が国のみな らず 、近代以前の 社会並び に現在 の よ うな社会保 障制度 が整備 され る以前の社会 においては、子 どもも重要 な働 き手であ り、また子 どもは親 の老後保 障 としての存在 で もあつた。つ ま り、子 どもは 親 の私有物で あ り、「支配的子 ども観 」の時代 であつた。 この子 ども観 が大 き く変化 したの は、  18世 紀 か ら 19世 紀 で ある。 それ までの子 どもは大人 の価値観 に基 づ いた 「小 さな お とな」であって、社会的地位 は確 立 していなかったが、ル ソーな どの教育思想家 の主張 に よ り「子 どもはお とな とは違 う存在 である」とす る子 ども観 が深 まつていつた

10。

これ ら か ら、子 どもの人格 の尊重や子 どもの教 育の関心が主張 され、従来の子 ども観 に影響 を及 ぼ し、  19oo年 には、ス ウェーデ ンの思想家エ レン・ ケイが 「 20世 紀 は児童 の世紀 に な るだ ろ う」 と述べ

11、

児童 中心主義運動 の発端 をつ くつた。 この よ うな状況 の 中で

12、

2

0世 紀初 めに第 1次 世界大戦 が起 き、多 くの子 どもが犠牲 となった。 ここか ら、子 どもは 未熟 で あ り、保護 され る存在 で あって、それ に対 して大人 は責任 が あ る とい う意識 が高ま り、 1924年 、国際連盟 で児童 の権利 に関す るジュネーブ宣言が採択 され た

13。

この よ う

8林 弘正「児童虐待防止法」 『法学教室』 (2001 12.No.255)有 斐閣 (200

1年 )73頁

9池 田由子 「被虐待児症候群」 『 現代の児童問題 とその指導』同文書院 (1980年 )15

8頁 〜 162頁 。なお、池 田は社会が子 どもの人権を認めず行 う虐待行為を 「社会病理 と しての児童虐待」 とし、社会が子 どもの人権 を認めるようになつてか らも、親個人の精神 病理 として行 う虐待を 「精神病理 としての児童虐待」 と分類 している。

10ル ソーは近代教育思想史における「子 どもの発見者」ともいわれ、その著書『 エ ミール』

(岩

波文庫 [1762年 ])の 中で 「自然に帰れ」 とい う言葉を掲げて、子 どもの自然な成 長力に先立って行 う詰 め込み教育を批判 し、できる限 り人為的な働 きかけをや めて、子 ど

もをひ とりの人間 として尊重 し、子 どもの 自然発達力に従つて教育す ることの重要性を説 いている。

11エ レン・ケイは『児童の世紀』

(冨

山房百科文庫 [1900年 ])を 著 し、ル ソーの影響 を強 く受けて押 し付 け教育を批半 Jし た。

1219o9年 にアメ リカにおいて、セオ ドア・ルーズベル ト大統領は第 1回 児童福祉 白亜 館

(ホ

ワイ トハ ウス )会 議 を開催 し、「家庭は文明の最高の創造物である」 と述べた。

13ジ ュネーブ宣言 (1924年 )で は 「すべての国の男女は、人類が子 どもに対 して最善 のものを与えるべき義務を負 うことを認め」 として、栄養 。医療 。保護・教育・住宅等の 充足により児童の生存権 を保障 し、保護の必要性 を明確に し、子 どもの生存権 を基本に 「子

どもが保護 され る存在」であることが謳われた。

(6)

な世界的な流れは我が国においても大きな影響を与えた

14。

しか しなが ら、 この後、社会状況は大きく変化 してゆくこととなる。時は折 りしも、第 一次世界大戦後の深刻な不況が続 き、第 2次 世界大戦へ至る時代であ り、かつ 1929年

のアメ リカ・ ウォール街の証券取引所の株式大暴落に端を発す る 「世界大恐慌」 とそれに 続 く「昭和恐慌」の時代である。平成の現代に言われ る 「格差社会」 よ りも想像を絶す る 時代であつた

15。

このような社会状況のもとでは、現在のような 「児童の権利保護」ではな く、「国家社会擁護のための児童保護」 とい う視点があつたはずである。何故な ら、 193

3年 の戦前防止法は経済的困窮 に起因す る児童の虐待、乞食、身売 り等の悲惨な状況を防 止す る目的で制定 され、その保護対象は極 めて限定 されたものであ り、同法は、 1947

年の児童福祉法成立に伴い廃止 された

16。

このよ うな流れの中で、我が国における 「児童福祉」の成立契機 を 1947年 の児童福 祉法の制定をもつて画す る立場 と戦前の 「国家社会擁護」的児童保護 の色彩 を継承 してい る 1955年 以前の児童福祉ではな く

17、

1955年 以降を戦後における実質的な「児童福 祉」の成立契機 と見る立場がある

18。

とはぃえ、戦後の 「児童の権利」の確立により

19、

本 来あるべき 「子 どもの人権」が保障 され るようになったことに伴い、「子 どもの人権侵害 と しての虐待」が明 らかになるよ うになつた とも言えよ う。だが、平坦な道の りではなかつ た。 これについては、我が国において早い時期か ら児童虐待の問題 に取 り組んできた、児 童精神科医の池田由子によれば、「明治維新後、 1872(明 治 5)年 の大政官布告は人身 売買の禁止 と芸娼妓の解放 を宣言 したが、実際は 1957(昭 和 32)年 の売春防止法成 立まで、前借金による人身拘束は依然 として続いていた。」 とし

20、

実際に 1954年 には 警視庁が人身売買事件で 433人 検挙 し、この被害者は前年二割増の 8,600人 とな り

21、

14例 えば、  1927年 2月 には船員最低年齢法案が衆議院委員会で可決 され、石炭夫など の年齢が 14歳 か ら 18歳 に引き上げ られている。一方、同年 9月 には内務省が全国へ少 年専門の職業紹介所 を設置す るように通達 し、 10月 には東京市電の少年車掌 (14歳 以 上 16歳 未満 )の 募集が実施 されている。

15『 新詳 日本史』浜島書店 (2006年 )252頁 によると、「 1931年 の失業者統計は 約 40万 人

(失

業率 6%)と なつているが、実際にはこの 3〜 4倍 であつた」 とされ、加

えて 「 1931年 は北海道 。東北地方 を中心 として冷害による大凶作 とな り、 とくに東北 地方では都市の失業者の帰農な どによ り、農家は著 しく困窮 し、農業恐慌 とな り、欠食児 童や貧困農家の娘が身売 りまです る惨状は深刻な社会問題 となつた」 としている。我が国 における生活保護法の制定は戦後の 1946年 9月 1日 公布であ り、所謂セーフテイーネ ッ トの本格化は 日本国憲法 (1947年 5月 3日 施行 )以 後である。

16林 。前掲書 73頁

17野 澤正子 「戦前の 日本における児童の公的保護論の形成過程」 『 社会問題研究』第 35巻

第 2号 、大阪府立大学社会福祉学部 (1986年 )1〜 17頁

18同 上                

191947年 12月 公布の児童福祉法 も 1951年 5月 5日 制定の児童憲章以後、翌月に は改正 され、「保育に欠ける」の字句が挿入 されている。

20池 田 。前掲書 158頁 〜 162頁

21下 川 。前掲書 189頁 〜 190頁

(7)

3月 には児童福祉危機 打開緊急大会が開かれている

22。

さらに 1966年 には家出少女 を芸 妓 と して売 つた として、暴力団組長 が神奈川県警 によ り逮捕 されてい る

23。

この 1966年 を もつて、「身売 り」は消 えてゆ く。 この要因 としては、第 2次 高度経済 成長 (1966〜 71年 )に よる、「経済的豊か さ」の実感・都市 と地方 の格差縮小等が挙 げ られ る。児童相談所 に以前長 く勤務 した人物による と、「棄児台帳」が 1965年 頃まで 存在 していた とい う

24。

っ ま り、 1947年 以降 1965年 頃までは、経済的問題 による「児 童 に対す る不適切 な養育」「養 育放棄」が大半であつた とも言 える。

この こ とか らも、戦前 においては 「家父長制」の厚 いベール で見 えに くい家庭構造か ら 虐待 が見 えに くくなってい た こ とがわか るだ ろ う。 また、その虐待 は上 に述べた よ うな経 済的 問題や社会不安 な どに起 因す る もの と考 え られ る。一方 、戦後 の虐 待 は、形 の うえで は 「家父長制」がな くなった とはい え、その家族構成員 の意識変革 には随分 と時間がかか つたはずである。 また、「経済的不安」等 に よるもの も根強 く存在 し

25、

その後、高度経済 成長期 に さしかか った こ とで、深刻 な 「経 済的不安」 を抱 える家庭 その ものが減少 した と はい え、所謂貧 困層 が余裕 のある生活へ転 じたわけで もなかつた。 しか しなが ら、形だけ の 「豊か さ」のマ ジ ック とも言 うべ きか、全体 を覆 い隠 しなが ら虐 待 を 「特別視」す るよ

うな状況 とも言 えたのではないだ ろ うか

26。

そ の後 、 1969年 以降 は嬰児殺 しな どの乳幼児虐待・殺人 が急増 し、  1969年 には

殺害 され た嬰児 が 9ヶ 月間で 132人 に も達 した

27。

この年 は 「断絶 の時代」 とい う言葉が 取 りあげ られ た年 で ある

28。

さらに、 1970年 には、コイ ンロッカー・ベ ビー事件が 2件 22金 田 。前掲書 335頁

23下 川 。前掲書 261頁

24以 前 、筆者 がボ ランテ ィア と して関わ つた ときに聞いた話 を総合 した もので ある。

25『 昭和三万 日の全記録』第 13巻 、講談社 (1990年)220頁 221頁 によると、

1966年 9月 3日

(毎

日新聞 。日本経済新聞朝刊、朝 日新聞夕刊

)、

全国各地で当た り屋

(半

年間で 36都 道府県において 69件 の犯行により 238万 円を手に している )を して

いた一家四人が逮捕・保護 された。 この事件においては、当時 44歳 の父親は戦時中に中 国で大怪我を負い、左手が不 自由な為に定職はなく、さらに傷疾軍人手当も年額 17万 円 程度 (1966年 当時 )で あつた。 この当た り屋一家事件では、当時 10歳 の男児が当た る役 日

(保

護時、何度 も強 く打つていたために左膝に外傷性関節炎 を起 こし、全治三ヶ月 の重症 )を 果た し、逮捕 された父 とその内妻は犯行を否認 して 自分勝手な責任逃れに終始 したものの、男児は「自動車にひかれたことなんかない !」 と言つて父母 をかばつていた。

この事件 をモデル として 1969年 映画 「少年」

(大

島渚監督 )が 制作 された。

26例 えば、 1967年 に我が子 4人 (4〜 12歳 )に 万引きさせていた母親姉妹が東京都 内で逮捕 された事件や静岡の若夫婦が生活苦か ら赤ちゃんを生き埋めに した事件、京都で は先妻 との子 (2歳 )を 邪魔であるとして殺 した事件等はいずれ も複雑な家庭環境にあつ た

(山

本 。前掲書 90頁 〜 91頁

)。

27下 川 。前掲書 283頁

28下 川 。前掲書 280頁 〜 283頁 によると、  1969年 は 「い ざなぎ景気

(当

時戦後最

長の 57ヶ 月間を記録 した実感のある好景気

)」

の真つ只中であるが、一方で交通事故史上

最高を記録 し、交通遺児育英会が設立 された年でもある。なお、「断絶の時代」 とはアメリ

カの経営学者 ピーター・ ドラッカーの同名著作か ら取 られたものである。

(8)

発生 し、 1971年 3件 1972年 8件 1973年 には 46件 に急増 している

29。

これ は、いわゆる団塊の世代が婚姻 し、家庭 を持ち、 1971年 か ら 1974年 までの第 2次 ベ ビーブームと重なる時期である。一方で、 1972年 には東京都 内で 90人 もの捨子を 記録 した り

30、

翌 1973年 には全国の乳児院で未婚の母の子が 1割 (316人 )に 達 した り

31、

官城県で 「赤ちゃん斡旋事件」が発生するなど

32、

社会的歪みの中で新たな問題が生 まれてもきた 33:そ して、  1974年 には、 『 ローラ、叫んでごらん―フライパ ンで焼かれ た少女の物語』

(講

談社 )34が ベス トセラー となった。 これを機に 「児童虐待」が社会的に 少 しずつ認知 され るよ うになつた とも言 えるが、まだ 「虐待の実態」が一般の人々はもと より、専門家にも十分に知 られていない時代であった。 このことは、「虐待」事案の研究論 文が小児医学の世界にとどまっていたことか らもわかる。

1980年 代に入 ると、  1980年 の総理府

(当

時 )に よる 「家庭内暴力調査研究」、

1

983年 の 日本児童問題調査会による 「家庭内児童虐待調査」の実施、  1985年 の児童

虐待調査研究会による『 児童虐待』の刊行などにも見 られ るよ うに、専門家が危機感 を持 つて調査研究を行 つた時代 とも言 える。ただ、 1980年 代は、高校 中退・不登校・非行 な どの問題 に児童相談所 な どの関心が向け られ、その裏側 にある児童虐待が認知 されにく い状況でもあつた。何故な ら、あくまでも 「問題の個人化」つま り、子 どもに対す る適切 な援助で解決が可能であるとい う認識だつたか らである

35。

1990年 代に入 ると、  1990年 には虐待事件が 17件 発生 し、一方、大阪に児童虐 待防止協会が設立 された。 この 1990年 度か ら全国の児童相談所が報告すべき統計項 目

の一つに 「児童虐待処理件数

(対

応件数

)」

が加えられた。  1991年 か ら 1994年 にか けては毎年 10件 以上の虐待事件が起き、 1995年 には 29件 発生 した

36。

1996年 に なると、厚生省

(当

時 )は 「子 ども虐待防止対応の手引き」を作成 した。 この年の虐待事 29下 川 。前掲書 285頁

30下 川 。前掲書 300頁

31下 川 。前掲書 302頁

32下 川 。前掲書 303頁 、山本 。前掲書 127頁 などによると、産婦人科医が人工妊娠中 絶を希望す る女性 を説得 して出産 させ、子 どもに恵まれない夫婦に 「実子」 として斡旋 し た事件。

33日 本子 ども家庭総合研究所編『厚生省   子 ども虐待対応の手引き』有斐閣 (2001年

)

11頁 によると、  1973年 、厚生省

(当

時 )が 「児童の虐待、遺棄、殺人事件調査」を 実施 している。また、下川 。前掲書 307頁 、山本 。前掲書 133頁 な どによると、自殺 の低年齢化が社会問題

(茨

城県の小学校で女子児童 3人 が精神安定斉

Jを

飲み校舎 3階 か ら 飛び降 りなど )と なった。

34ァ メリカの重症な被虐待児の回復過程を綴つたノンフィクション作品であ り、これを機 に 「児童虐待」の認知が高まつた とも言われる。

35吉 田恒雄他 「虐待の援助法に関す る文献研究

(第

2報 :1980年 代 )児 童虐待に関す

る法制度および法学文献資料の研究第 1期 (1980〜 1990年 まで

)」

子 どもの虹情報

研修センター平成 16年 度研修報告書 (2005年

)

36下 川 。前掲書 409頁 、上野佳代子・野村知二『 <児 童虐待 >の 構築 一捕獲 される家族』

世界思想社 (2003年 )16頁 など

(9)

件 は 4件 となった。 これ以後 1998年 までは毎年 10件 をき り、  1999年 には 14件

発生 してい る

37。

この 1990年 代 は、バ ブル経済の崩壊 、い じめ問題 の深亥

1化

、不登校の 深刻化な どがある。 そ して 「新 しい家族

(父

親不在や友達親子

)」

の よ うに家族の形が変わ つてきた と言 われ るよ うになったの もこの頃である。 このあた りか ら、虐待 は 「問題 の個 人化 」か ら 「問題 の家族化 」 を経 て、社会的な視野か らの対応や対策 の必要性が世論 の中 心 とな り始め、法や制度 の整備 が始 まるよ うになった。

1‑2  児童虐待 防止 法制定

児童虐 待防止法 の制 定 には 1949年 の児童相談所設置以来 、  50年 の月 日を要 した。

この点については、戦後 の混乱期 か ら現在 まで児童相談所 のあ り方 な どを含 めて多 くの問 題 が指摘 され てい るが

38、

児童虐待 防止法 の制 定は どの よ うな経過 に よつたのであろ うか。

1989年 に国連 において 「子 どもの権利条約」が採択 され た。我 が国は 1994年 に批 准 した

39。

この発効 を受 けて、本条約 の虐待防止 のための国内法整備 の義務付 けによ り、立 法化 され た。 これ は超 党派 の議員 立法であつた。 この背景 には、先 に見てきた よ うに 19

90年 以降の児童虐待 の相 談件数 の増カロ、虐待被害 の実態 の深亥

1さ

が広 く社会的に認知 さ れ るよ うになつた こ とか ら、法的保護 の必要性 が強 く意識 され るよ うになつた ことが挙げ られ るが、「児童虐待」 に対す る認識 の温度差は大 きなものであつた

40。

これ については、

1999年 11月 18日 の衆議院青少年 問題 に関す る特別委員会 での質疑 において、 田中 甲衆議院議員 の児童虐 待 に対す る対応 強化 に対す る質 問に対 し、すべ ての参考人

(埼

玉県 中央児童相談所長今井宏幸氏 、社会福祉 法人子 どもの虐待 防止セ ンター理事長 上出弘之氏、

真野厚生省児童家庭局長 、富 岡文部省 生涯学習局長 、横 山法務省 人権擁護 局長 、川 口総務 庁青少年対策本部次長 、黒澤警察庁生活安全局長いずれ も当時 )が 「児童虐待への対応強

化が必要」 と答 え、真 野厚 生省児童家庭局長 も同様 に答 えなが らも 「現行法

(児

童福祉法

)

を適切 に執行 したい」 と述 べ てい る。 しか し、児童福祉 法 には児童虐待 の定義 もな く、ま た児童虐待 に対す る対応 は困難 になっていた 41

この質疑の半年後 の 2000年 5月 17日 、「児童虐待 の防止等 に関す る法律案」が議員 立法で提 出 され、全会一致で可決・成立 し、同月 24日 に公布 、先 の質疑か らち ょうど一 年経 った同年 11月 20日 に施行 された。

この児童虐待 防止法 は児童福祉 法 を中心 とす る福祉法的色彩 の強い制度 である といえ、

37朝 日新聞オンラインデータベース 「聞蔵」による検索結果。       

38藤 井 。前掲書 222頁 229頁 によれば、ア リス・K。 キャロルの数多 くの提言は、

我が国が占領期を脱 した後 に反故にされたために、我が国の児童相談所にはソーシヤル ワ ークが育たなかった とい う。

39「 子 どもの権利条約」への署名は 1990年 であるが、批准 したのは 「国際家族年」で ある 1994年 であつた。

40川 崎二三彦『 児童虐待』岩波書店 (2006年 )3頁

41川 崎 。前掲書 6頁

(10)

児童福祉法を補完す る法であ り、特別法 として位置づけられている。児童虐待防止法は、

施行後 3年 を目処に見直す とす る附貝 J第 2条 により、施行後 も増加 し続 ける児童虐待問題 に対応す るべ く、 2004年 に一部改正 された。 さらに、虐待 を受 けた児童の安全確保の ため、児童相談所の権限を強化 した一部改正法が 2007年 に成立 し、現在に至っている。

児童虐待防止法は、  1条 で本法の 目的が定められ、「児童虐待が児童の心身の成長及び人 格の形成に重大な影響 を与えることにかんがみ、…児童虐待の防止等に関す る施策を促進 す ることを目的」 としてい る。 この点については、 2004年 の第 1次 改正法により、 目 的規定の明確化が図 られた。すなわち、児童虐待が 「児童の人権侵害」であること、「世代 間連鎖の問題」であることを法文上認め、保護のみならず、「自立支援の必要性」を明記 し た。 さらに、 2007年 の第 2次 改正法では 「児童の権利利益の擁護」に資す ることを明 確化 した。

次に、児童虐待の法的定義 を 2条 で定めたことが大きな前進であった。 とい うのも、先 に見たように、  1980年 代か ら研究者 。実務家の間で研究が始め られた とは言え、児童 虐待の概念そのものは、これ まで研究者 。実務家の間で様 々な定義がな され、統一的見解

はなかったか らである

42。

同 2条 によると、

児童虐待 とは、「保護者

(親

権者な ど )が その監護す る 18歳 未満の児童に対 し」、

①   児童の身体に外傷が生 じ、又は生ず るおそれのある暴行 を加 えること

(身

体的虐待、

法 2条 1号

)。

②   児童にわいせつな行為 をす ること、または児童をしてわいせつな行為をさせること

(性

的虐待、法 2条 2号

)

③   児童の心身の正常な発達を妨げるような著 しい減食または長期間の放置その他の保護 者 としての監護 を怠 ること

(ネ

グレク ト、法 2条 3号

)

④   児童に著 しい心理的外傷 を与える言動を行 うこと

(心

理的虐待、法 2条 4号

)

と規定 された

43。

もつともこの うち、「ネグレク ト」 と 「′ 心理的虐待」の定義については、

2004年 の第 1次 改正法により、それぞれ修正が加 えられ、「保護者以外の同居人による 身体的、性的、心理的虐待 を放置する行為」も保護者によるネグレク トであるとされた。

また、「配偶者間

(ま

たはその他の家族に対する暴力 も含む )の 暴力 (DV)の 目撃」も心

理的虐待に含む ことが明記 された。

そ して、児童虐待の一般的禁止を 3条 に定め、これは広 く一般国民に向かつて 「何人 も 児童に対 し虐待 を してはな らない」 と禁止規定を定めた。 しか しなが ら、児童虐待の行為

自体に対す る罰則 を規定 していない為、具体的な刑法上の犯罪が成立す るまでは刑罰 によ る処罰 はないが、  14条 において 「児童虐待に係 る暴行罪、傷害罪その他の犯罪」につい

42舟 山聡 「子 どもの虐待」山田秀雄編著『 Q&Aド メスティック・バイオ レンス法児童虐 待防止法解説』三省堂 (2001年 )80頁

43日 本子 ども家庭総合研究所編・ 『厚生省   子 ども虐待対応の手引き』有斐閣 (2001年

)

14頁 〜 15頁

(11)

て、「親権 を行 う者であることを理由として、その責めを免れることはない」 としている。

さらに、「国及び地方公共団体の責務」を 4条 に規定 し、「国及び地方公共団体の責務 と して、児童虐待 を受 けた子 どもの早期発見 と保護のために関係機関などの必要な体制の整 備、児童の保護 に携わる人材 の確保及び資質の向上、通告義務などの広報・啓発の実施」

などを規定 した。 この規定についても、 2004年 の第 1次 改正法では国 。地方公共団体 の責務が強化 され、「予防」「自立支援」「親子の再統合」に向けた整備の体制強化に努める べきことが明記 された

44。

さらに、 2007年 の第 2次 改正法においては 「医療の提供体制 の整備」「重大な児童虐待事例の分析」が責務 として付け加 えられ、 さらに同条は 6項 を新 設 して 「児童の親権 を行 う者は、児童 を心身 ともに健やかに育成す ることについて第一義 的責任 を有す るものであって、親権 を行 うに当たっては、できる限 り児童の利益を尊重す

るよ う努めなければな らない」 とした。

また、 「児童虐待の早期発見努力義務及び通告義務」を 5条 で規定 した。これについては、

これまでも、児童福祉法 25条 前段において 「保護者のない児童又は保護者 に監護 させ る ことが不適 当であると認 める児童を発見 した者は、これを福祉事務所又は児童相談所に通 告 しなければな らない」 との 「通告義務」規定が存在 した。 しか しなが ら、 この条文が有 効に機能 していた とは考 え られにくい。その証左 として、児童虐待が疑われ るケースの通 報件数が、児童虐待防止法制定前 と制定後の間で大きな開きがあることを挙げればよいだ ろう。そこで、児童虐待防止法 5条 は、「職務上、虐待 を発見 しやすい立場にある者 (教 師 など

)」

に虐待の早期発見に努 めるべき努力義務を課 した。そ して、 2004年 の第 1次 改 正法では、「児童の福祉 に業務上関係す る団体」

(学

校等 )に 努力義務を課 し、加 えて 「虐 待を受けた児童」か ら「虐待 を受けた と思われ る児童」まで通告義務の対象が拡大 された。

ただ し、「早期発見努力義務・通告義務」 ともに義務違反または解怠 した場合の罰則が定め られていないため、強制力 を伴わない単なる努力義務 にとどまつている。 この虐待の発見 に関 しては、守秘義務 を負 う専門職が職務上、虐待 を発見 した場合、守秘義務 よりも通告 義務が優先 され ることが 6条 3項 に明記 され、守秘義務違反 に対す る刑事免責をも明確化

している。

5条 を受け、「虐待 を受けた と思われ る児童」が発見 された とき、 8条 2項 により、児童 相談所長に対 して、虐待 を受けた と思われ る児童の 「安全確認」の義務 と必要に応 じて面 会等の手段を通 じて 「一時保護」を行 うことを定め、 さらに、 9条 1項 においては児童の 住所 。居所に立入、必要な調査 を行えると規定 している。 これは、家庭内で起きている重 大な問題 に対 しての積極的な介入傾向のひ とつの表れでもある。

そ して、  2004年 の第 1次 改正法では、  10条 1項 により、一時保護・立入調査等の 執行に際 し、「警察署長 に対 し援助 を求めることができる」 よ うにな り、この妨害・虚偽の

442004年 12月 、国 は 「子 ども 。子育て応援 プ ラン」 を策 定 し、「児童虐待 とい う親子

間の深亥

lな

事象 に対応 で きる社会 を作 り上げてい くことが、すべての子 どもと子育てを大

切 にす る社会づ く りにつ なが る」 として、児童虐待 に対す る基本 的な姿勢 を示 した。

(12)

答弁 を した場合 の罰金額 が引き上 げ られ 、 これ については 2007年 の第 2次 改正法 では さらに引き上 げ られた

45。

また、 2007年 の第 2次 改正法 では 「児童相談所 の権限強化」

に重点 をお き、 8条 で 「児童相談所長 による児童虐待 を受 けた と思われ る児童 の安全確認 が努力義務」か ら 「安全確認 のため必要な措置 を講ず ること」 を義務化 し、 8条 の 2「 出 頭要求」 を新設 し、「児童虐待 の恐れがある場合、都道府県知事が保護者 に児童 を同伴 して 出頭 要求 し、必要 な調査 または質問 をす る」 とい う制度 を創設 した。 しか し、保護者 が出 頭要求 に応 じない場合 は、 賭「道府 県知事は再度 の出頭 を求 めるこ とができる」 と 9条 の 2 で定 め、再度 出頭拒否 の場合 、「都道府県知事は裁半 J所 の許可状 を得た上で、児童相談所が 児童 の住居 に 「臨検」又は 「捜索」できる」 と 9条 の 3か ら 10条 の 5で 規定 してい る。

さらに、保護者 に対す る指導、児童に対す る保護・ 支援 として、児童虐待防止法は、「親 子の再統合へ の配慮」か ら、虐待 を行 つた保護者 に対 して指導

(カ

ウンセ リングや心理療 法な ど )を 受 ける義務 を明記 し、 さらに、指導 を受 けない場合 には都道府県知事が指導 を 受 けるよ う勧告できる制度 を新設 した。 2007年 の第 2次 改正法 では、勧告 に従 わない 場合 、都道府 県知事が児童 を一時保護 、強制入所措置な どを講ず ることが可能 になつた。

また 12条 において 「児童虐待の防止お よび被虐待児童の保護」の観 点か ら、強制入所 措置 の場合 、「児童 との面会又 は通信 の制限」 をす るこ とを可能 に し、 2004年 の第 1次 改正法 で は、  12条 2と して、一時保護や保護者 が同意 の うえ施設入所 してい る場合で も、「必要 に応 じて児童相談所長が面会や通信 を制限」す るこ とが可能 になった。そ して、

2007年 の第 2次 改正法 で は、  12条 2項 を新設 し、施設長 が 「面会や通信 の制 限」を 行 う場合若 しくは行 わな くなった場合 には児童相談所長 に通知す ることを義務付 け、同条 3項 で強制入所措置または一時保護 が行 われ た場合 、保護者 が児童 を連れ戻す な ど、再び 児童虐待 が行 われ るおそれ がある場合、「保護者 に対 して児童の住所又は居所」 を 「児童相 談所長 は 「明 らか に しない もの とす る」 とした。 さらに、児童福祉 法 28条 に定め る措置 を行 う場合 、児童虐待 防止法 12条 の 2、 同法 12条 の 3に よ り、一時保護 中の引き取 り 要求 を拒 み、同法 12条 の 4第 1項 に基 づ き、都道府 県知事 は保護者 に対 して 「接近禁止 命令」 を命 ず る こ とがで きる とした。 この 12条 の 4第 1項 の規定による命令 に違反 した 場合 は、 17条 で 「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金 に処す る」として罰則 を設 けた。

以上 の よ うに児童虐待 防止法 は制定、改正 されてきた。 この法制定の前年 である 199

9年 度 においては、全 国の児童相談所 が受 けた相談件数が前年度 の 4,690件 増 の 11,

631件 と、厚生省

(当

時 )が 調査 を開始 した 1990年 度 と比較 して約 10倍 となつて いた。 そ して、法施行後 の 2001年 の児童虐待 に関す る相談件数 は 23, 274件 、施 行後 1年 間の検挙件数 は、子 どもに対す る殺人・傷害容疑等 が 186件 摘発 、 211人 検 挙、被 害児 童 192人 で あ り、 うち死者 は 56人 で、前年 同期 よ り 13人 増加 してい る。

45児 童虐待防止法 9条 2項 後段は 「児童福祉法第 62条 第 5号 の規定を適用 (30万 円以 下の罰金

)」

と規定 していたが、 2007年 の第 2次 改正法で 「児童福祉法第 61条 の 5の 規定を適用 (50万 円以下の罰金

)」

するとした。

10

(13)

この 186件 の うち、身体的虐待 は 131件

46、

性的虐待 は 33件 、長 時間の放置 は 22件

であった。容疑別 にみ る と、殺人・殺人未遂 は 30件 、傷 害・傷害致死 は 93件 、保護責 任者 遺棄・致死 は 17件 、児 童福祉 法違反 は 15件 で あ り、容疑者別 では、実母が 79人

で 37.4%を 占め、実父・内縁 の夫は各 44人 で 20.9%、 養 父・継 父が 3人 で 15.

6%と なってお り、被 害児童 は男女 とも各 96人 で あつた。 この年齢別 では、  1歳 未満 が

37人 で 19.3%を 占め、

2・

3歳 が各 20人 で 10.4%、 1歳 が 18人 で 9,4%、

6歳 未満 が 119人 で全体 の 6割 以上 を占めてい る

47。

これ らは児童虐待 防止法 の制定 によ り、「虐待 の明確化」「虐待 に対す る社会的認知度」

が高まった ことに よる通報 。相談件数の増加 、虐待事案がいわゆる表 に出やす くなつた こ とを示 してい る。

1‑3  改正児童虐待 防止法 と現状

2000年 施行 の児 童虐 待 防止法 は、  1994年 の子 どもの権利 条約 の批准 。発効、 9 6年 の厚生省

(当

時 )「 子 ども虐待 防止の手引き」作成、 97年 の厚生省児童家庭局長 によ る 「児童虐待等 に関す る児童福祉法 の適切 な運用 について」の通知 とこれ による、関連機 関の連携 を強化 、法解釈や 運用 の明確化 、 98年 の厚生省児童家庭局企画課長通知 に よる

「児童虐待 に関 し緊急 に対応すべ き事項について」、 さらに同年 の 「子 ども虐待対応 の手引 き」 の作成 な どの流れ の 中で、 2000年 5月 17日 に成 立、 5月 24日 に公布 、 11月

20日 に施行 された。

この法制定前後では、例 えば朝 日新聞オンライ ン記事デー タベース 「聞蔵」にようて「虐 待」「逮捕」 のキー ワー ドで検 索 を行 うと事件数 は、  1990年 か ら 94年 にか けては 5件

に満 たなかった ものが、 95年 か ら 98年 にか けて は 5件 を超 え 10件 未満 とな り、 99

年 には 10件 を超 え、  2000年 にな る と 40件 近 くに眺 ね上が り、 2001年 には 50

件 を超 え る。 そ の後 、 2003年 には 30件 程度 とな るものの、 2004年 には 70件

超 えてい る。 この うち、重大 な児童虐待 事件 に限定 してみ て も、 2000年 においては、

愛知県武 豊町で 3歳 女児 に十分 な食事 を与 えず に餓 死 させ た として両親 が逮捕 され る事件 が発生 し

48、

2001年 には、兵庫県尼崎市で児童養護施設 か ら一時帰宅 中の 6才 男児

(小

学 1年 生 )が 「家 よ り施設 のほ うが好 き」 と言 つた ことに立腹 した母親 と義父 によつて繰 り返 し暴行 を受 けて死 亡 し、 さらに運河 に遺棄 され た事件 が発生 した

49。

2003年 に も、

山形県で腎臓病 を患 つていた 5歳 男児 の虐待死亡事件 が発生 し

50、

さらに愛知 県で母親 と交

46厚 生労働省 「社会福祉行政業務報告」によると、 2004年 度の虐待の類型別割合にお いても、総数 33, 408件 中、 44.6%を 占めている。

472001年 12月 13日 の警察庁発表による。

48杉 山春『 ネグ レク ト   育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』ガヽ 学館文庫 (2007年

)

49「 朝 日新聞」 2001年 8月 17日

50「 朝 日新聞」 2003年 6月 19日 。児童虐待事件については重罰化の傾向にあつたが、

この事件は地裁判決で母親 に懲役 11年 の刑が言い渡 され、初めて 10年 以上の刑が言い

(14)

際 していた高校 3年 生の男子生徒が 4歳 の長男 を虐待 して死亡 させ、母親 も事件の隠蔽に 関わるなどして逮捕 された事件が発生 した 5t特 にこの事件では、虐待を止めることのでき ない母親の 「未必の故意」が問題 とされた。そ して、 2004年 には大阪府岸和 田市で

1

5歳 の男子 中学生が 2年 前か ら暴行 を繰 り返 し受け、十分な食事が与え られず餓死寸前ま でに衰弱 して、意識不明の重体 となった ところで、  119番 通報により事件が発覚 し、実 父 と内妻が殺人未遂容疑で逮捕 される事件が発生 した

52。

このよ うな事件が起 こる中で、 2004年 の第 1次 改正法は 1条 で、児童虐待について

「人権を著 しく侵害」「我が国における将来の世代の育成にも懸念を及ぼす」ものであると 改め られ、児童虐待は 「重大な人権侵害」であるとい うことを謳 つた。 この第 1次 改正法

も、超党派の議員立法で可決 され、まず国民の通告義務については 「虐待を受けたと思わ れ る子 ども」に拡大 され、虐待の定義について も 「子 どもの前で夫婦間の暴力など子 ども に著 しい心理的外傷 を与える行為」にまで拡大 した。そ して、子 どもの安全確保のために 警察の協力が必要な場合、通告を受けた児童相談所な どが警察に援助 を要請す るよう義務 付けるとともに、要請を受けた警察署長は、緊急時に家庭へ立ち入 りできるものとし、警 察官職務執行法な どを積極的に運用 して子 どもを援助するように規定 された。また、 「虐待」

を子 どもの 「著 しい人権侵害」 として、被虐児童の自立支援 を国・地方公共団体の責務で あると明記 した。 しか しなが ら、 この ときも問題 となつた 「親権の一時停止」については 審議不十分 と時間不足か ら、法案に盛 り込む ことを見送つている。 これに ついては、よう や く 2010年 12月 に、法制審議会児童虐待防止関連親権制度部会第 10回 会議におい て、「児童虐待防止のための親権に係 る制度の見直 しに関す る要綱案」が取 りま とめ られ、

答申で、 「親権の一時停止」を含む民法改正案が出され、 2011年 5月 に民法が改正 され、

2012年 4月 に施行 され る予定である。

また、  13条 2で 虐待 を受けた児童への保育所の入所 を市町村に義務付け、虐待 を受 けたために学業が遅れた児童への教育、居住場所の確保、進学、就業の支援 を国 ・地方公 共団体に義務付 けた。そ して、民法上の親権に関す る事項 との兼ね合いでは、  14条 1項

で 「児童の親権 を行 うものは、児童の しつけに際 して、その適切な行使 に配慮 しなければ ならない」 との注意規定が置かれ、民法 822条 「観護養育権・懲戒権」の適切な行使の 範囲を逸脱す る虐待行為は、違法性が阻却 されないことが同条 2項 において明記 され、民 法 834条

53、

児童福祉法 33条 6の 親権の濫用による「親権喪失宣告」の制度について

も 15条 で注意規定が置かれた。

その後、 2005年 には先のオンラインデータベースの事件検索においても、一時的に

渡 され た事件 で あ る。

51「 朝 日新聞」 2003年 10月 22日

52「 毎 日新 聞」 2004年 1月 25日 532011年 5月 に改正法が成立 し、 20

の改正 は 「虐待 又は悪意 の遺棄

(ネ

グ レク の請求について、従来の 「親族」「検察官」

12年 4月 に施行 の予定である。民法 834条

)」

が初 めて明文化 され、また親権喪失の審判 のみか ら 「子」 も追加 された。

12

(15)

事件の数 は減少 したものの、 2005年 11月 までの 1年 間に全国の家庭裁判所が扱った

123件 の分析 によれば、ネグレク ト 44%、 身体的虐待 32%、 心理的虐待 20%、 性 的虐待 4%の よ うに、ネグ レク トが増カロす るな どしている。そ して、身体的虐待 も虐待事 案全体の約 3分 の 1を 占めるな ど、ネグ レク トか ら重大な身体的虐待へ と進むケースも多 く見 られ ることが明 らかになってきた。また虐待者別では、実母 49%、 実父 36%、 内 縁の夫・養父・継父な どの実父以外の男性 13%と 圧倒的に実母が多 く、家庭の中でより 子 どもと多 くの時間を過 ごす実母の虐待の危険性が垣間見 られ る結果 となつた。

そ して、 2006年 には重大な虐待事件は連続 して発生 し

54、

2007年 の第 2次 改正法 では、「虐待の危険」を取 り除 くため、 12条 の 4に 「接近禁止命令」を規定 し、  17条

罰金 も定めることとなつた。

では、 2007年 の第 2次 改正法以降はどのように変化 したのだろ うか。 2007年 に おいては児童虐待に関す る相談対応件数は前年比 3316件 増の 40, 639件 、主たる 虐待者は総数が 40,639人

(前

年比 3316人 増 )で この割合は実母が 62.4%(前

年比 2.4%減

)、

実父が 22.6%(前 年比 0.6%増

)、

実父以外の父親が 6.3%(前

年比 0。 2%減

)、

その他

(祖

父母、叔父叔母など含む )が 7.2%(前 年比 0.3%増

)、

実母以外の母親が 1.4%(前 年比 0.4%減 )と なっている。そ して、 2010年 度で は相談対応件数は前年比 10, 943件 増の 55, 154件 、主たる虐待者の割合は実母 が 60.6%(前 年比 2.1%増

)、

実父が 24.8%(前 年比 1%減

)、

実父以外の父親 が 6.4%(前 年比 0.6%減

)、

その他

(祖

父母、叔父叔母な ど含む )が 7.1%(前 年 比 0.2%減

)、

実母以外の母親が 1.1%(前 年比 0。 2%減 )と なつている

55。

一方、児童虐待 に係 る事件の検挙数 と検挙人員は、総数で 354件 、 387人 検挙 とな つてお り、この内訳は殺人・傷害致死等が 42件 、 48人 検挙、傷害・暴行等が 222件 、

239人 検挙 されている。 なお、 2010年 の児童虐待に係 る事件で検挙 された人員の う ち被害者 と加害者の関係別では、総数 387人 の うち父親等 (実 父、養父・継父、母親の 内縁の夫、祖父・叔父など含む )で 268人 、母親等

(実

母、養母・継母、父親の内縁の 妻、祖母・叔母な ど含む )で 119人 となつてお り、この内訳は殺人・傷害致死等は父親 等が 37人 ・母親等が 30人 であ り、傷害・暴行等は父親等が 350人 ・母親等が 64人

54秋 田県藤里町で小学 1年 の男児を殺害 した として逮捕 された女性が、小学 4年 の長女 も 川に投げ落 として殺害 していた と自供 し再逮捕 された事件 をは じめとして

(「

朝 日新聞」 2

006年 6月 5日

)、

福島県では 3歳 の男児

(三

男)を 衰弱死 させた として両親が逮捕 され、

このとき 8歳 女児

(次

女 )と 6歳 男児

(次

男 )も 虐待を受けてお り、保護 された

(「

朝 日新 聞」 2006年 7月 30日

)。

この父親は 2002年 に長男への虐待のために長男への親権 が喪失 された経緯があつた。 さらに、京都府長岡京市では、 3歳 の男児が餓死 させ られ、

親が逮捕 された

(「

朝 日新聞」 2006年 10月 23日

)。

この事件では、それまでに近隣 の住民か らの通報で民生委員が 4回 の通報を児童相談所に していたが、児童相談所は聞き 取 り調査 もしなかった。 この男児の 6歳 の姉は警察の虐待通報により保護 されて施設入所

となつていた。

55厚 生労働省 「福祉行政報告例」 (2011年

).

13

(16)

であつた。ちなみに全体では、父親等によるものが 268人 (69.3%)と 多いが、殺 人及び保護責任者遺棄では、母親等によるものがそれぞれ 22人 (75.9%)、 17人 (8

5%)と 多い

56。

なお、 2011年 においても重大な虐待事件は後を絶たない

57。

では、児童虐待防止法は どのように虐待を規定 し、 どう対応 しているのか。そ して、こ の虐待の背景には何があるのかを次章で検討する。

2.児 童 虐 待 の 態 様

2‑1  児童虐待 防止法 にお ける児童虐待

「虐待」については、児童虐待防止法 2条 に よ り明解 に規定 された。 この 2条 は、「この

法律 において、「児童虐待」 とは、保護者

(親

権 を行 う者 、未成年後見人 その他 の者 で、児 童 を現に監護す るものをい う。以下同 じ 8)が その監護す る児童 (18歳 に満たない者 をい う。 以下 同 じ。 )に つ いて行 う次 に掲 げる行為 をい う。」 とし、  1号 で 「児童 の身体 に外傷 が生 じ、又 は生 じるおそれ のある暴行 を加 えること。」

(身

体的虐待

)、

2号 で 「児童 にわい せつ な行為 をす ること又は児童 を してわいせつな行為 をさせ ること。」

(性

的虐待

)、

3号 で

「児童の心身の正常な発達 を妨げるよ うな著 しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同 居人 に よる前 2号 又 は次 号 に掲 げ る行為 と同様 の行 為 の放 置その他 の保護者 と しての監護 を著 しく怠 ること。」

(ネ

グ レク ト

)、

4号 で 「児童 に対す る著 しい暴言又は著 しく拒絶的な 対応 、児 童 が同居す る家庭 にお ける配偶者 に対す る暴力

(配

偶者 (婚 姻 の届 出 を していな いが、事実上婚姻 関係 と同様 の事情 にある者 を含む。 )の 身体 に対す る不法 な攻撃 であつて 生命 又 は身体 に危 害 を及 ぼす もの及 び これ に準ず る心身 に有害 な影 響 を及 ぼす言動 をい う。 )そ の他 の児童 に著 しい心理的外傷 を与 える言動 を行 うこと。」

(心

理的虐待 )を 定義 し た。以下それぞれ を詳細 にみ る。

ア .身 体 的虐待

身体的虐待 とは、「児童 の身体 に外傷 が生 じ、又は生 じるおそれ のある暴行 を加 えるこ と」

である。 ここでい う、外傷 とは、打撲傷、あざ

(内

出血

)、

骨折、頭蓋 内出血 な どの頭部外 傷 、内臓 損傷 、刺傷 、た ば こによる火傷 な どを示す。 また、生命 に危険 のあ る暴行 とは、

首 を絞 め る、殴 る、蹴 る、投 げ落 とす、激 しく揺 さぶ る、熱湯 をかける、布 団蒸 しにす る、

溺れ させ る、逆 さ吊 りにす る、異物 を飲 ませ る、冬 に戸外 に閉め出す 、縄 な どに よ リー室 に拘束す る、意図的 に子 どもを病気 に させ るな どを示す

58。

虐待 が深刻化 し、子 どもが重大 56法 務省 「犯罪 白書」 (2011年 )179頁

57近 時の事例 としては、 2011年 10月 22日 、愛知県名古屋市において 14歳 の男子 中学生が母親の交際相手の男に以前か ら繰 り返 し暴行 を受け、死亡す る事件が発生 した。

この事件 においても児童相談所の適切な介入がなされていなかつたことが明 らかになつて いる

(「

中 日新聞」 2011年 10月 23日

)。

58日 本子 ども家庭総合研究所編『 子 ども虐待対応の手引き 平成 21年 3月 31日 厚生労働

14

(17)

な虐待 を受 けたあるいは殺 され るに至った事件 において共通す る課題 が 「早期発見」「適切 な支援」 な どであ り、 これ らは極 めて重要である。 2004年 1月 24日 に発覚 した大阪 府岸 和 田市 の 15歳 の男子 中学生虐待事件

(い

わゆる岸和 田事件 )に おいて も、実 に二年 間 とい う長期 にわた る虐待 が あ り、衰 弱 して意識不 明の重体 となつた ところで、  119番

通報 によ り発覚 した。 また、 2011年 10月 22日 に発生 した愛知県名 古屋 市の 14歳

の男子 中学生虐待死亡事件 において も、学校 、児童相談所 な どが虐待 の事実 を把握 しなが ら、児童相談所 に よる 「適切 な支援」がな され なかつたために死亡 してい る。 しか し、子 どもの 日常 において、発見す る機会 とな る家庭 以外 の場所 は限 られ る。保 育所 な どにおい ては子 どもと保 育士の接す る時間、保育 にお ける機 会

(例

えば遊戯や昼寝 な ど )が 学校 に 比べれ ば多い ともい える。 学校 においては 1学 級 の児童 。生徒数 は 30人 以上 40人 以内 で あ り、また上級学校へ進 む ほ ど学級担任 な どや他 の教員 とのかかわ りは少 な くなつてい く。 この よ うな意 味 におい て虐待 は発 見 しに くくな ってい くもので あ り、特 に身体的虐待 の発 見は偶然 の発見が多い

59。

筆者 が以前児童相談所 において関わつたケー スで、母子家庭 の小学 2年 生男子児童 (8歳 )の A男 が身体的虐待 を受 けていた事例 があつた。 当時は児 童虐待防止法 の制定前である。 この A男 は 「 ADHD(注 意欠陥 。多動性 障害

)」

と診断 さ れ 、親 に とつて 「育 てに くい子」 で もあつた。 また、 このために母親 は 「躁 うつ病」を患 い、パー ト勤 めの傍 ら、精神科 医院へ通院治療 を受 けていた。 このケー スの場合 、母子二 人 き りの家庭 で母親 に よる A男 へ の溺愛 と裏腹 に 「子 どもへの躾」 としての身体的虐待が 存在 した。母親 は A男 の持 ち物すべてに「 A男 命 」とサイ ンペ ンではつき りと書いていた。

身体的虐 待 の激化 に気 づ いた ときの こ とは、今 も鮮 明 に記憶 に残 る。 プ レイセ ラ ピー

(遊

戯療法 )60と して、児童相談所 の敷地内の遊具で遊んでいた ときのこと、いつ もの よ うに筆 者 に 「抱 つ こ して」 と甘 えて くる A男 を抱 えた瞬間、「痛 い」 と無言 で顔 を しか めた。 ゆつ く り、「どうしたの。痛 か つたの」 との問いか けに、す ぐに 「何で もない よ」 と A男 は笑つ て答 えた ものの、 しかめた顔 が引つかか つた。 このあ と、 A男 のシャツをめ くつた とき、

背 中に大 きな内出血 の あ とな どい くつ もの傷 を発 見す るこ ととな る。 幸い、児童相 談所 で のプ レイセ ラ ピー だつたた めに、一時保護 までが迅速 にな された ことが救いであつた。 こ れ も偶然 の発 見で ある。 A男 は 「この怪我 は 自分 で転 んだんだ よ」 と何度 も何度 も繰 り返 していた。 この母親 は常 々 「 A男 を大切 に思 うか らこそ、つい手 を出 して しま う」 と言 つ ていた。筆者 の経験 か らも 「偶然 の発見」は重要である。

省の改正通知』有斐閣 (2009年 )7頁

59吉 村奏恵 「学校にできる児童虐待への支援 一学校が子 どもをネグレク トしな いために」

『 こころの科学』 (No.128)日 本評論社 (2006年 )8〜 13頁

60児 童への心理療法 としては箱庭療法や遊戯療法

(プ

レイセラピー )が あ り、遊戯療法 と

は、遊びを通 して治療関係 をつ くり、治療 を進めてい く。被虐待児や 自閉症な どの子 ども に有効 とされ、保育士や教師が活用す ることが多 く、被虐待児や 自閉症な どの子 どもにと っては、カタルシス効果

(心

の中に抑圧 された感情を発散す ることです つき りした気分に なること。 こころの浄化作用 )な どが期待 され、主 として 3歳 か ら 11歳 程度に用い られ る

(『

誠信   心理学辞典』誠信書房 (1981年 )な どによる

)。

15

(18)

「身体的虐待」の多 くは、ニュース報道な どでも 「躾 のつ もり」 との弁明がい くつかの 事例 で繰 り返 され るが、家庭 内の不安・不満 、子 どもへの歪んだ愛情が「躾 」と称 して、「身 体的虐待 」へ及ぶ ものが殆 どであ る。  1999年 9月 7日 に発覚 した茨城 県ひたちなか市 の小学 1年 の女子児童虐待死亡事件 において も

61、

日常的に躾 と称 して虐待が繰 り返 され、

つい には 7時 間 に及ぶ暴行 の末 、死 亡 した。 この事例では、夏休 み明けの学校 に

F結

膜炎 で今週いっぱい休 ませ る」 とい う母親 の連絡 の後、週明けも登校 しない児童 の様子 を気遣 うた学校 の担任教師が家庭訪 問 した夜 に激 しく暴行 を受 けて死亡 してい る。 この家庭訪問 の前後 において も近所 の住 民は 「ひ ょつ とす る と虐待か も…」 と気づいてはいた ものの積 極 的 な行 動 は とってお らず、 また家庭訪 問 した教師は母親 に玄関先 で対応 され るのみで児 童 に直接会 つていない。 この よ うに保護者 が住居へ の立 ち入 りを拒否 し、児童 に会わせ な い場合、教師が住居 に立 ち入 つてまで して児童 に直接会い、安全 を確認す るこ とはできな い。つま り、教師は校長へ報告 し、校長 は速や かに教育委員会へ通知 し、学校 または教職 員 が児童相 談所 へ通告 した上 で、児童虐待 防止法 8条 に基づ き、児童相談所等 は学校教職 員等 の協力 を得つつ、児童 の安全確認 を行 うことになる

62。

この点が 「早期発見」の足かせ のひ とつ ともなってい る。

イ .性 的虐待

性 的虐待 とは、「児童 にわいせつな行為 をす ること又は児童 を してわいせつ な行為 をさせ るこ と」 をいい、子 どもへ の性交、性的暴行、性的行為の強要・教唆、性器 を触 る又は触 らせ るな どの性 的暴力、性器や性 交 を見せ る、ポル ノグラフィーの被 写体 な どに子 どもを 強要す るな どを示す

63。

性 的虐待 は、他 の虐待 と比べて発見その ものが難 しい とい う特徴が ある‰ 虐待 の類型別割合 に よれば、 2010年 度 で 2.4%程 度 で ある。 この割合 につい ては 2004年 度 か ら 2010年 度 までほぼ変 わっていない

65。

内藤和美 は性暴力 に関す る 講演会 な どを訪 れ た女性 を対象 に、性 的虐待経験 の調査 を実施 し、その報告 に よる と調査 に応 じた女性 100名 の うち、 16%が 父親か ら被害 を受 け、兄か らの もの も含 めると2

1%に 達 した とい う

66。

性 的虐 待 は義父 か らだ けの ものでな く、実父 か らの もの も存在す る。 具体的事例 として は、刑法 旧 200条 尊属殺 重罰 規 定違憲判決 となつた 「実父殺 し事件 」 の加 害者 となった

61「 朝 日新聞」 1999年 9月 8日

62羽 間京子・保坂亨・小木曽宏 「接触困難な長期欠席児童生徒

(お

よび保護者 )に 学校教

職員はどのようなアプローチが可能か一法的規定をめぐる整理一」 『 千葉大学教育学部研究 紀要』第 59巻 (2011年 )13頁 19頁 によれば、学校教員の家庭訪間は教育活動 の一環 としてなされ るものであ り、学校教育法 37条 11項 の 「教諭は、児童の教育をつ か さどる」が法的根拠 になるとし、児童虐待防止法のような明確な規定がない ことが家庭 訪間の限界であるとしている。

63日 本子 ども家庭総合研究所編 前掲注 49、 7頁 64川 崎 。前掲書 54頁

65厚 生労働省 「福祉行政報告例」 (2011年

)

66斉 藤学『 子供の愛 し方がわか らない親たち』講談社 (1992年 )50頁

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