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海外法律事情

アメリカ刑事法の調査研究(162)

米 国 刑 事 法 研 究 会

(代表 堤   和  通)

Madison v. Alabama, 586 U.S. _, 139 S.Ct. 718 (2019)

中 村 真 利 子**

 第 ₈ 修正について,①犯行の記憶がないことはそれだけで死刑執行を禁 止する理由とはならず,②精神病性の妄想がないことはそれだけで,認知 症のある者に対する死刑の執行を許容する理由にはならないことを前提 に,③本件申請人に死刑執行の理由に関する「合理的な理解」があったか 否かを具体的に検討するよう差し戻した事例。

《事実の概要》

 1985年,Madisonは職務執行中の警察官を謀殺した。アラバマ州の陪審 は,Madisonに対して有罪の評決をし,公判裁判所は死刑を言い渡した。

Madison

はその後数十年のほとんどを州の死刑囚監房で過ごした。

 近年,Madisonの精神状態が著しく悪化して,相次いで発作を起こし,

見当識障害(disorientation) 及び精神錯乱(confusion) を伴う血管性認 知症(vascular dementia),認識機能障害(cognitive impairment)並びに 記憶障害(memory loss)と診断された。

 所員・中央大学総合政策学部教授

**

 所員・中央大学国際情報学部准教授

(2)

 Madisonは,2016年の大きな発作の後,Ford (Ford v. Wainwright, 477

U.S. 399 (1986))

Panetti (Panetti v. Quarterman, 551 U.S. 930 (2007))

引用し,受刑能力がなくなったとして,公判裁判所に死刑の執行停止を申 し立て,自己が有罪となった犯罪の事実を自力で思い出すことができない ことを強調した。州はこれに対して,犯行の記憶がないとしても,Madi-

son

には,自己に対する死刑執行の理由について,Ford

Panetti

にいう

「合理的な理解」があると主張した。州によれば,これらの判断はいずれ も「著しい妄想(gross delusions)」 に関するものであって,Madison このような症状がないことは一致を見ており,受刑能力がないとはいえな いという。

  ₂ 名の精神科医の鑑定書は,おおむね各当事者の立場と一致するもので あった。Goff

Madison

側の専門家で,Madisonは死刑執行の内容を抽 象的には理解しているが,州が自己に対して死刑を執行しようとしている 理由は理解していないと認定した。Goff

Madison

について,「認知機能 の著しい低下(significant cognitive decline)」を引き起こす「主要血管性 神経障害(Major Vascular Neurological Disorder)」(血管性認知症)の症 状があると述べ,Madisonは自己の犯罪について「逆行性健忘症(retro-

grade amnesia)」の症状を示しており,このことは,当該犯罪について独

立の記憶がないことを意味すると強調した。これに対して,裁判所が鑑定

を命じた

Kirkland

は,Madisonは自己の事件について正確に議論するこ

とができ,自己の法的状況を理解しているように見受けられると報告し た。Kirklandは,Madisonの発作が認知機能の低下を引き起こしたこと は認めつつも,Madisonが診断された血管性認知症には言及せず,「精神 病(psychosis),偏執病(paranoia)又は妄想(delusion)の証拠はない」

と強調した。

 州は受刑能力についての聴聞でも,Madisonに妄想も精神病の症状もな いことを強調し,両専門家がこのことに同意した事実に焦点を当てた。州 によれば,合衆国最高裁判所は,妄想や精神病が,自己に対する刑罰を合 理的に理解する障害となっているかどうかを見ているので,Madisonには

(3)

妄想も精神病の症状もないことから,受刑能力があるといえるという。

Madison

の弁護人はこの点について争っており,Panettiは,州のいう妄

想や精神病の症状があるかどうかを基準としたのではなく,自己に対して 死刑が執行される理由を理解することを妨げる何らかの精神障害のある者 に対する死刑執行を禁止したのであるという。

 公判裁判所は

Kirkland

の証言を採用し,Madisonは,自己が直面して いる刑罰とその理由を合理的に理解していないことを証明しておらず,さ らに,Madisonに妄想の症状があることを支える証拠はないとして,

Madison

には死刑の受刑能力があると認定した。

 Madisonは次に, 連邦の人身保護令状による救済を求めた。District

Court

はこの請求を棄却したが,第11巡回区

Court of Appeals

は,州裁判 所の判断が,明白に確立された連邦法の不合理な適用であり,又は不合理 な事実認定に基づくものであるという救済要件を充足していると判示し た。合衆国最高裁判所は,Panetti

Ford

も,犯行の記憶がないことが直 ちに死刑の受刑能力を失わせるということを明白に確立したわけではな く,また,Madisonには死刑執行に必要な理解があるという州裁判所の認 定は不合理ではないとして,これを破棄した。しかし,この判断は,州の 判断を尊重する

AEDPA

の厳しい基準を前提としたものであった。

 2018年に州が死刑執行日を決定すると,Madisonは再び州裁判所に対し て,自己の精神状態はこれを妨げるものであるとして死刑の執行停止を申 し立てた。Madisonは,以前の主張に加えて,その後,さらなる認知機能 の低下に見舞われていることと,州の委員会が

Kirkland

の精神科医の免 許を停止しており,よってその前の証言の信用性が損なわれていることを 主張した。これに対して,州は,Madisonには妄想も精神病の症状もない ことに両専門家が同意したことを指摘し,記憶障害も認知症も,Panetti

Ford

の基準を満たすものではないという主張を繰り返した。死刑執行 予定日の ₁ 週間前に,州裁判所は,Madisonが心神喪失(insanity)の証 明を十分に行っていないとのみ指摘して,再び,Madisonには受刑能力が あると認定した。

(4)

 Madisonはこの判断に対する通常上訴として, 合衆国最高裁判所に対 し,死刑の執行停止の申立てとサーシオレイライの発給申請を行った。合 衆国最高裁判所は死刑の執行停止を命じ,サーシオレイライを認容した。

《判旨・法廷意見》

破棄・差戻し

・ケイガン裁判官執筆の法廷意見(ロバーツ首席裁判官,並びにギンズバ ーグ,ブライヤー及びソトマイヨール各裁判官参加)

 1 当裁判所は

Ford

で,第 ₈ 修正は,刑の言渡し後に心神喪失となっ た受刑者に対して死刑を執行することを禁止していると判断した。Ford は, 死刑囚として拘置されている間に,「妄想型統合失調症(paranoid

schizophrenia)」と関連する「広汎性の妄想(pervasive delusions)」に悩

まされるようになった。当裁判所は,自己の犯罪又は刑罰を理解する能力 のない者を殺すことは人道に反し,コミュニティの判断の意味を理解でき ない者に対して死刑を執行することは,応報としての意義を欠くと指摘し た。

 Fordは具体的な基準を提供するものではないが,当裁判所は

Panetti

で,

死刑の受刑能力がない者の範囲を明らかにした。Panetti

Ford

と同様,

「重度の精神病」に由来する「著しい妄想」に侵されていた。当裁判所は,

Panetti

に対してはなお死刑の執行が可能であるとの原判断を破棄したが,

そこでの決定的な問いは,受刑者の精神状態が精神障害によって損なわれ ており,自己に対して死刑が執行される理由について合理的な理解を欠く かどうかである。

 2 本件では,Panettiの適用に関して ₂ つの争点がある。第 ₁ の争点 は,受刑者に犯行の記憶がない場合にはそれだけで,Panettiにより死刑 執行の禁止が要求されるか否かである。第 ₂ の争点は,受刑者が認知症に 侵されていても,精神病性の妄想がない場合には,Panettiが死刑の執行 を許容するか否かである。なお,当初,当事者はこれらの事項について争 っていたが,当裁判所では,Madisonは第 ₁ の争点について州の立場を認

(5)

め,州は第 ₂ の争点について

Madison

の立場を認めた。

 A まず,精神障害のために自己の犯行を覚えていないが,それ以外は 十分な認知機能のある受刑者について検討する。記憶障害は本当である が,なお時間と場所について見当識があり,論理的に思考し,自己の考え をまとめることができる。このような事情は死刑の執行を妨げるに十分で あろうか。

 Panettiの文言からすると,そうではない。この判断は,犯行の記憶の 有無ではなく,州が自身に対して死刑を科そうとする理由についての理解 を問うている。そして,これらの一方は他方がなくても存在することがあ る。犯行の記憶がないとしても,自分がしたことを後で知れば,州が刑罰 を科すべきだとする理由を十分理解できるだろう。

 Panettiが第 ₈ 修正のテストについて示した理由付けからも,同じ結論 が得られる。Panettiは,Fordと同様に,受刑者がコミュニティの判断の 意味を理解できない場合には,死刑の執行には応報としての意義がないと した。しかし,自己の犯行の記憶がない者であっても,社会が死刑によっ て伝えようとする応報のメッセージを認識できる場合がある。同様に,

Ford

Panetti

は,精神障害に侵されており,刑罰の意味と目的を理解で

きない者に対して死刑を執行することは,人道に反すると述べた。しか し,精神障害がエピソード記憶障害を引き起こすに過ぎない場合には,そ の神経学的な原因を問わず,このことが刑罰を免れる理由となるわけでは ない。

 もっとも,このような記憶障害が,Panettiの要求する「合理的な理解」

の分析の要素となることもある。記憶障害が,他の精神障害と結び付き,

相互に作用して,州が刑罰として死刑を求める理由を理解する能力を奪っ ているとすれば,そのときは,Panettiの基準が満たされる。一切の記憶 をとどめることが困難で,新しく獲得した知識さえ直ちに忘れてしまうよ うな場合や,認知機能障害がこのような知識の獲得を妨げ,記憶隔差が永 遠に埋まらないような場合がこれに当たるだろう。神経学者,精神科医そ の他の専門家は,この種の争点について裁判所の理解を助けることができ

(6)

るが,裁判所にとっての唯一の問いはなお,当該受刑者が死刑の理由を合 理的に理解できるかどうかである。

 B 次に,精神病性の妄想ではなく,認知症又はこれと同様の障害に侵 されている受刑者について検討する。その症状によって,当該受刑者の認 知機能が損なわれているが,Ford

Panetti

に見られたような妄想を抱く には至っていない場合でも,死刑の執行停止が認められるだろうか。それ とも,妄想性障害が,死刑の受刑能力がないという認定の前提条件となる だろうか。

 Panettiは,この問いについても既に答えている。Panettiの基準は,精 神障害に,州が死刑の執行を求める理由を合理的に理解できないという特 定の効果があるかどうかに焦点を当てており,その原因には関心がない。

つまり,精神病,認知症,妄想,全般的な認知機能の低下といった症状は いずれも,これらが理解の欠如という必要な状態を生み出す限り,Panetti の下では全て同じである。

 そしてここでも,Ford

Panetti

が第 ₈ 修正の禁止について示した理由 付けがその射程を明らかにする。これらの判断は,精神障害のある受刑者 が,自己に対する刑罰にとって重要な社会の判断を理解できない場合に は,死刑の執行は応報としての意義を欠き,また,このような状況におい て死刑を執行することは人道に反すると述べた。換言すれば,受刑者が,

死ぬべきとして選び出された理由を理解できない場合には,その原因を問 わず,Ford

Panetti

の理論構成が及ぶ。

 それゆえ,死刑の受刑能力を評価するにあたって,裁判官は,診断名で はなく,その結果に目を向けなければならない。Ford

Panetti

が認めた ように,妄想性障害は,刑罰の意味を理解することができないほどに重症 となることがある。しかし,妄想には様々あり,その全てが第 ₈ 修正の要 求する理解を妨げるというわけではない。そして,同じことが認知症にも 当てはまる。認知症は,見当識障害と認知機能の低下を引き起こし,州が 自己に対して死刑を執行したい理由について合理的に理解することを妨げ ることがあるが,より軽度な症状もあり,このような理解を保つことがで

(7)

きる場合もある。したがって,Panettiの下では,認知症についても,事 案に即した個別具体的な判断が必要である。

 3 唯一残されている争点は,州裁判所の原判断に基づき,Madison 対して死刑を執行できるかどうかである。

 州裁判所は,Madisonが,「死刑の執行を停止すべきと説得するに足り るほど十分に」,「心神喪失の証明をしていない」とのみ指摘した。州裁判 所が,妄想性障害に言及するために「心神喪失」という文言を用いたので あれば,Madisonには特定の精神障害がないことを根拠として死刑の執行 停止を認めなかったことになり,これは誤りである。州は,州裁判所が

「心神喪失」に言及したのは,Madisonの依拠した州法の規定がこの文言 を用いているからに過ぎないと主張するが,州は,この法律について,妄 想性障害のある者のみを射程とするものであって,認知症のある者は射程 外であると理解しているようである。

 州は,州裁判所が最初に

Madison

の受刑能力について審査した2016年 の判断に目を向けると,州裁判所はこのことを正しく理解していることが わかるとも主張する。しかし,第 ₁ に,州裁判所が,原判断において2016 年の判断を全て包摂するつもりであったかどうかわからない。原判断はこ の点に言及しておらず,2016年の判断と同じ結論に至っているが,全く同 じ理由付けに依拠する必要はなかった。 第 ₂ に,2016年の判断それ自体 は,州裁判所が,認知症に侵されている者が

Panetti

の基準を満たし得る ことを理解していたことを示すものではない。

 これらの理由から,当裁判所は,Madisonの受刑能力について改めて検 討するために本件を州裁判所へ差し戻さなければならない。現在では,冒 頭の ₂ つの争点については結論が出ており,検討されるべき唯一の争点 は,Madisonが,州が自己に対して死刑を執行しようとする理由について

「合理的な理解」に及ぶことができるかどうかである。

 カヴァノー裁判官は本件の審理及び判決に加わっていない。

(8)

・アリトー裁判官の反対意見(トマス及びゴーサッチ各裁判官参加)

 1 当裁判所は,Madisonの弁護人が提示した「第 ₈ 修正は,犯行の記 憶がない謀殺犯に対して死刑を執行することを禁止しているか」という憲 法上の問いについて判断するためにサーシオレイライを認容した。しか し,その後,弁護人は,「州裁判所が,自分には死刑の受刑能力がないと の申請人の主張を退けたのは,他の精神状態とは異なり,認知症はこのよ うな主張の根拠とはならないとの誤った考えからである」という全く異な る主張に切り替えた。

 弁護人がこのようなことをした場合,当裁判所はサーシオレイライを無 効としてきたところ,本件でもそうすべきである。

 2 この問いについて検討することが妥当であるとしても,これを積極 に考える理由はほとんどない。州裁判所は,2016年に,「自身が科される 刑罰とその理由を合理的に理解していないことについて,証拠の優越程度 に……証明する責任を果たしていない」 と正しく指摘して,Madison

Ford

Panetti

に基づく主張を退けた。

 法廷意見は,州裁判所が認知症と他の精神状態を誤って区別した可能性 があると結論付けるにあたって,2018年の原判断で用いられた文言に着目 する。そこでは,Madisonは「死刑執行の停止を説得するに足りるほど十 分に」,「心神喪失の証明をしていない」と述べた。法廷意見は,州裁判所 の裁判官が, ₂ 年前と同じ基準を採用していないのではないか, また,

「心神喪失」を

Ford

Panetti

よりも狭い基準と見ているのではないかと 懸念しているが,州裁判所は,「合衆国最高裁判所が明確にした要件」と して「心神喪失」に言及した。したがって,州裁判所は「心神喪失」とい う文言を2016年の判断, 並びに

Ford

及び

Panetti

と同じ意味で用いてい る。

 法廷意見が,州裁判所は「心神喪失」という文言をこのような意味で用 いていない可能性があるとして破棄・差戻しという結論を導き出した理由 はいずれも弱い。

 まず,法廷意見は,州によって示された「心神喪失」という州法の規定

(9)

の文言の解釈に触れているが,州が「心神喪失」という文言について言お うとしていることを歪曲している。州は,認知症のために自己に対する死 刑執行の理由について合理的な理解を欠く受刑者は「心神喪失」ではない と主張しているのではない。

 法廷意見のもう ₁ つの根拠は,州が「繰り返し,妄想性障害に侵されて いる者のみが

Panetti

にいう受刑能力のない者に当たり得ると主張し」た ことである。しかし,法廷意見は,州が実際にこのような主張をした部分 を引用していない。そして,州がこのような主張をしていたとしても,重 要なのは,州裁判所の判断の根拠であって,州の主張ではない。

 本日の判断の本当の理由は,法廷意見において,Madisonに「合理的な 理解」があるかどうかという問いに関する州裁判所の事実認定に疑いがあ ったからであると考えずにはいられない。Madisonに重い身体的・精神的 な問題があることに疑いはないが,Madisonが自己に対する死刑執行の理 由を合理的に理解することができるかどうかという問いは,既に州裁判所 において十分に争われた事項である。

《解説》

 1 本件は,死刑を言い渡された後に血管性認知症となり,自らの犯行 を思い出せなくなった受刑者の受刑能力の有無が争われた事案である。

  死 刑 の 受 刑 能 力 に つ い て は,Ford (Ford v. Wainwright, 477 U.S. 399

(1986))

で,残虐かつ異常な刑罰を禁ずる第 ₈ 修正は,心神喪失者に対す

る死刑の執行を禁止しているとされ1), その後,Panetti (Panetti v. Quar-

terman, 551 U.S. 930 (2007))

は,自己に対して死刑が執行される理由につ いて「合理的な理解」が及ぶかどうかが

Ford

の基準であるとの考えを示

1) Ford, 477 U.S., at 409─410. Ford の紹介・解説として,椎橋隆幸編『米国刑事 判例の動向 V』(中央大学出版部,2016年)537頁〔清水真担当〕,小早川義則

『デュー・プロセスと合衆国最高裁 I ─残虐で異常な刑罰,公平な陪審裁判─』

(成文堂,2006年)150頁,横藤田城・判例タイムズ642号55頁(1987年),中空

壽雅・アメリカ法[1988─ ₁ ]151頁(1988年)がある。

(10)

した2)。これらの判断で指摘されたのは,死刑に処せられる理由を理解で きない者に対する死刑の執行は応報としての意義を欠き,人道に反すると いうことである3)。特に前者に関しては,死刑が科されるのは,受刑者に 自己の犯罪の重大性に気付かせることができ,また,その責任の重大性か ら,この究極的な刑罰が科されるべきであるとのコミュニティの判断を正 当化することが許される場合であることが理由であるのに,その受刑者に

「合理的な理解」がない場合には,その前提を欠くということが付言され ている4)

 本件では, 第 ₈ 修正と死刑の受刑能力について一定の基準を示した

Ford

Panetti

に照らして,血管性認知症となり,自らの犯行を思い出せ

なくなった受刑者について,死刑の受刑能力がないといえるか否かが問題 となる。

 2 法廷意見はまず,第 ₈ 修正について,①犯行の記憶がないことはそ れだけで死刑執行を禁止する理由となるか,②精神病性の妄想がないこと はそれだけで,認知症のある者に対する死刑の執行を許容する理由となる かという争点を取り上げている。反対意見によれば,Madisonとその弁護 人は,①の争点についてサーシオレイライの発給申請をし,これが認容さ れたのに,その後,うまくいかないものと見て②の争点に切り替えている ので,そもそもサーシオレイライを無効とすべきとのことであるが,法廷 意見としては,①の争点も②の争点もサーシオレイライの発給申請で取り 上げられていたので,問題ないと考えているようである5)

 これらの争点について見ると,いずれも,Panettiの示した「合理的な

2) Panetti, 551 U.S., at 958. Panetti の紹介・解説として,前掲『米国刑事判例の

動向 V』544頁〔清水真担当〕,杉本一敏・比較法学42巻 ₂ 号340頁(2009年),

同・アメリカ法[2009─ ₁ ]187頁(2009年)がある。

3) Ford, 477 U.S., at 409.

4) Panetti, 551 U.S., at 958─959. 刑罰を非難の言語としてとらえる理解について は,渥美東洋『罪と罰を考える』(有斐閣,1993年)290頁以下参照。

5) Madison, 586 U.S. _, _, n. 3 (2019) (slip op. at 8, n. 3).

(11)

理解」との関係が問われている。受刑者が死刑執行の理由を合理的に理解 できない場合には受刑能力がないということになるが,この点について は,法廷意見と反対意見で見解の相違はない。また,少なくとも州裁判所

が最初に

Madison

の受刑能力の有無を審査した2016年の判断が,同様の

理解に立っているという点6)についても,意見が一致している。

 法廷意見によると,Panettiは死刑が執行される理由について「合理的 な理解」があるか否かを問題としているので,争点①の「犯行の記憶がな い」(何らかの記憶障害がある)ことも,争点②の「精神病性の妄想がな い」(妄想性障害がない)ことも,それだけで受刑能力の有無を決する事 情とはならず,個別具体的な事情に基づいて受刑者に「合理的な理解」が あるかどうか判断すべきということになる。

 そこで,法廷意見は州裁判所の原判断に目を向け,③原判断に基づいて

Madison

に死刑を執行することができるかという争点を設定している。そ

して,原判断について,Madisonに「合理的な理解」があるかどうか検討 することなく,著しい妄想のある者を指すこともある7)「心神喪失」とい う文言を用いて,その証明がないとのみ指摘して

Madison

の受刑能力を 肯定したこと8)を問題視している。法廷意見によれば,州裁判所は,妄想 性障害を意味するものとして「心神喪失」という文言を用いている可能性 があり,妄想性障害がないので受刑能力があると認定したのであれば,争 点②の帰結と相反するということになる。

 これに対して,反対意見は,原判断の用いた「心神喪失」という文言に ついて,合衆国最高裁判所が明確にした要件として挙げられているので,

法廷意見の懸念は妥当しないと反論している。州裁判所としては,既に 2016年において判断した内容であり,かつ同じ結論をとることから,簡潔 に表現しただけとも考えられるが,法廷意見は,2016年の判断もまた不十 分であると考えているようである。2016年の判断が,州側の精神科医の証

6) See Madison v. State, 2016 WL 11081587, at

₂─

3 (2016).

7) Madison, 586 U.S., at _ (slip op. at 12).

8) State v. Madison, 2018 WL 1659437, at

1 (2018).

(12)

言を採用して,認知症については検討することなく,「Madisonに妄想の 症状があることを支える証拠はない」9)と認定している点で,認知症とい うだけでは受刑能力がないとはいえないとの考えに基づいているのではな いかということである。

 もっとも,2016年の判断は, 州側の精神科医の証言だけではなく,

Madison

側の精神科医の証言や

Madison

が提出した証拠等,他の証拠に

ついても触れて,Madisonは「自身が科される刑罰とその理由を合理的に 理解していないことについて,証拠の優越程度に……証明する責任を果た していない」と結論付けた上で,「さらに,Madisonに妄想の症状がある ことを支える証拠はない」と付け加えている10)。このことからすると,州 裁判所が,妄想性障害がなければ「合理的な理解」があり,それゆえ受刑 能力があると考えていたとは必ずしもいえないようにも思われるが,法廷 意見としては,争いのない血管性認知症が「合理的な理解」に与える影響 についても明示的に検討する必要があるということのようである。

 3 第 ₈ 修正は,死刑執行の理由について「合理的な理解」ができない 受刑者に対して死刑を執行することを禁止しているとの

Ford

Panetti

基準について,記憶障害や妄想性障害といった診断名ではなく,個別具体 的な事情に基づいて判断しなければならないことを確認した点で,本判決 には一定の意義があると思われる。もっとも,どのような場合に「合理的 な理解」がないといえるのかについては,いまだ不明確さが残る。

 本件の争点と直接は関係ないものの,Madisonは,本件の ₂ 年前に合衆 国最高裁判所が人身保護手続を処理した時点で67歳であり,1985年に拘置 されてから30年以上を死刑囚監房で過ごしてきたこと11)などからすると,

9) Madison v. State, supra note 6, at

6.

10) Ibid. なお,第11巡回区 Court of Appeals によると,州側の精神科医の証言で は,Madison が自己の犯行と死刑の執行との関係を理解する能力には言及され ていないし,州裁判所もこの点について検討していないから,その認定は不合 理であるという(Madison v. Commissioner, 851 F. 3d 1173, 1185─1189 (2017))。

11) Dunn v. Madison, 583 U.S. _, _ (2017) (BREYER, J., concurring) (slip op.

(13)

人身保護令状による

Madison

の救済を認めないとの

per curiam

に参加し つつも,死刑制度の運用について懸念を示したブライヤー裁判官の補足意 見が注目される。ブライヤー裁判官は,死刑の宣告から執行までの期間が 長期化していることに対して,受刑者の高齢化によって今後本件のような 事案に直面する機会が増加する可能性と,拘置期間の長期化によって死刑 の残虐性が増し,その刑罰としての正当性が損なわれる可能性に言及して いる12)。法廷意見を前提とすると,本件のような認知症も,その症状によ

っては

Panetti

の基準を満たし得るとすれば,死刑の執行停止の申立て件

数が増加し,かつ,その間にも症状が悪化していくということも十分考え られる。わが国でも,刑務所における高齢化等に鑑みると,心神喪失者に ついて死刑の執行を停止する旨定める刑事訴訟法479条 ₁ 項について,Pa-

netti

と同じ基準はとられていないとしても,本件と同様の問題が潜んで

いるように思われる。

at 1─2).

12) Id., at _ (BREYER, J., concurring) (slip op. at 2). なお,わが国では,最決昭

和60年 ₇ 月19日(裁判集民145号271頁) と最判平成 ₄ 年 ₇ 月14日(裁判集民

165号233頁)で,長期間にわたる拘置を継続した後に死刑を執行することにつ

いて,憲法36条にいう残虐な刑罰に当たらないとされている。

参照

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5) Alderman v. Knotts については,渥美・注4).. で説明したように,Katz